地面に倒れ伏す、葉緒。
その様子を、息を挙げながら、打刀・影丸を持った右手をだらりと下げる吹雪。
「ハア・・・・ハア・・・・ハア・・・・」
その刃に、血はついていない。
峰打ちだ。
「ハア・・・ハア・・・んっぐ・・・」
出掛けた唾を飲み込み、深呼吸で息を整える吹雪。
「吹雪」
ビクリ、と体が跳ねる。
表情が強張る。
怒っているだろうか。
そんな不安が、吹雪の心に満ちる。
吹雪は、ゆっくりと振り返る。
そこには、不機嫌そうな顔で腕組みをして、吹雪を睨む時打の姿がある。
「し、司令官・・・・」
吹雪は、そんな時打から、視線を外す事が出来なかった。
時打が、手を伸ばす。
それを見た吹雪は思わず目をつむる。
―――怒られる、そして殴られる。
そう思った瞬間だった。
吹雪の肩を誰かが掴んだかと思うと、一気に引き寄せられる。
そして、何か、暖かいものに頭をぶつける。
「・・・・?」
恐る恐る目を開いてみると、そこには、白のワイシャツの生地。
「・・・・良かった」
弱々しく、時打が呟いた。
一瞬、それに目を見開いた吹雪だったが、時打がすぐに離れると、左手を振り上げ、それを思いっきり振り下ろす。
「ギャン!?」
とんでもない差のあるアメとムチ。
それに頭を抑える吹雪。
「いたたぁ・・・・」
「お前な、提督である俺の許可を取らずに勝手に外出するとかどういう了見だ。それも目的が俺の影丸とか何考えてんだこのバカ。川内から聞き出したのかも知れねえけど、俺にちゃんと外出許可を取りに来て、それなりの理由を述べれば俺だって影丸をお前に託したさ。それに・・・・」
酷く早口な説教が吹雪の耳を突き抜ける。
その時打の様子に、吹雪は、どうにも安心感を覚え、思わず微笑んでしまう。
その時、吹雪の体が光り出す。
「え!?」
「なんだ!?」
それに驚く時打と吹雪。
光が収まると、そこには、いつもの白いセーラー服を着た吹雪が、影丸を左腰にさげて立っていた。
体形も元に戻っている。
「あれ?」
「そうか、心意改装は一定時間しか持たないんだっけか」
戸惑う吹雪に冷静に分析をする時打。
「ま、とにかく、今回の事は、帰ったら一週間の謹慎処分+反省文十枚書け。良いな?」
「は、はい・・・」
「吹雪!」
突然、どこからか声が聞こえた。そちらへ向くと、神社の門の入り口から、黒髪の女性、長門が焦燥感に駆られた表情へ吹雪へ走ってきていた。
「な、長門さ・・・」
吹雪が言い終わらない内に、長門は吹雪に抱き着く。
「このバカ!何故勝手にどこかへ行くんだ!心配したんだぞ!」
「・・・・ごめんなさい」
嗚咽を漏らす長門に、吹雪は、そう微笑んで謝った。
「提督さん!」
「おい無事か!?」
更に、瑞鶴や響夜もやってくる。
「時打!」
「時打くん!」
「剛玄さん、美織さん」
更に、勝義と美織も来る。
「優香は!?」
「あそこです」
そう問い質してくる美織に対し、時打の代わりに吹雪が、長門に抱き着かれた状態で指を指して答える。
その先には、そよ風に揺られながら、木に引っかかっている籠があった。
その中から、赤子の泣き声が聞こえた。
「「優香!」」
「俺が取ります!」
その籠へ駆け寄る勝義と美織と時打。
「瑞鶴さん・・・・あの・・・」
瑞鶴を見て、口ごもる吹雪。
そんな様子の吹雪に、瑞鶴は微笑む。
「すまないって思ってるなら、行動でとり返しなさい」
「はい」
吹雪は、そう返事を返した。
「吹雪ちゃん!」
「吹雪!」
さらに、入り口の方から声が聞こえた。
「あ、清松さん、重信さん」
「無事だったんだ!」
「って、時打ィ!?」
「え?うわ!?本当だ!?」
清松と重信だった。
「清松さん、重信さん。どうしてここに・・・」
優香を下した時打が、二人の姿をみるなりその様に言う。
「ああ、いや、吹雪ちゃんがここに・・・・」
「うぉい!?吹雪、お前その刀どうしたぁ!?」
二人も吹雪にかけよる。
「やれやれ・・・・」
そんな様子に、時打は、苦笑いを浮かべた。
「すまない時打。手を煩わせるような事をして」
背後から、勝義がそう謝罪する。
「良いんですよ剛玄さん。俺とアンタの仲だろ?それに・・・・・」
時打は、勝義の後ろにいる美織、そして、その美織が抱えている籠の中で眠る優香の姿を見る。
「・・・貴方には、大切な人を失う気持ちを味わってほしくない」
「そうか・・・・」
その笑みに、陰りが浮かぶのをみた勝義は、そう、申し訳なさそうに答えた。
「時打くん!」
そこへ、清松がやってくる。
「君も疲れてるだろうし、今日は僕の所に泊まっていきなよ。勝義さんは、事後処理で忙しいだろうし」
「そうだな・・・死んだ組員たちを弔わないとな」
「手伝いましょうか?」
「いや、お前はもう、この街の人間じゃない。お前が、これ以上関わる事は無い」
「でも・・・・」
「時打。お前、『提督』になったんだろう?だったら、お前はお前の戦いをしろ。俺たちは、俺たちの戦いをする。だから、彼女たちと生きろ」
そう、勝義は言った。
「・・・・分かったよ。ありがとう。剛玄さん」
そう、深々と頭をさげる時打だった・・・・・・
「どうだぁぁあ!!!」
「なにをぉぉお!!!」
清松が経営している賭博場にて、響夜と瑞鶴が、丁半で白熱した戦いを続けていた。
「
「おっしゃぁぁぁああ!!」
「負けたァァァァアア!?」
どうやら、丁で響夜が勝ったようだ。
「もう一回よ!!」
「おう!何度でも負かしてやるぜ!!」
更に、瑞鶴の連敗。
「ははは・・・・白熱してますね・・・」
「そうだな。ほれ、ロイヤルストレートフラッシュだ」
「んな!?」
一方で、時打と吹雪はポーカーをやっていた。
「ど、どうやって・・・」
茫然とする吹雪。
「ま、たまたま運が良かっただけだろ?」
と、ケラケラと笑う時打。
「うう・・・・」
一方で吹雪は悔しそうな表情になる。
「あまり賭博に熱中するなよ」
そこへ長門がやってくる。
大量の金を持って。
「おい長門。その金どこで手に入れた?」
「いや、先ほど『ぱちんこ』?なる機械で手に入れてきたんだ。案外面白かったぞ?」
「えー」
唖然とする時打と吹雪。
「お前・・・・いずれ破産するぞ」
「え?」
「もう一回よぉぉぉぉおお!!!」
「ちょ!?分かったから抱き着くな!?うおぉぉぉお!?」
「はあ・・・疲れた」
楽屋の一室にて、時打は用意されたベッドに倒れる。
そこで、天井を見上げながら、時打は、ふと思い浮かんだ疑問を思い浮かべる。
陸上での心意改装。
もとより、時打自身である『飛天童子』をイメージしたのだろうが、艦娘が、本来の戦場である海では無く、陸で戦うなど、前代未聞―――――という訳ではないか。電と長門、そして大和がいい例だ。
ただ、自分の存在を剣士に置き換えるならいざ知らず、時打が心配しているのは、吹雪の持つ影丸の事だ。
本来あれを作った人物は、その刀を持つ人物に見合った刀剣を作る事を得意としている。
だが影丸の場合、戦国時代の時に作られたもので、それの元主が死に、それが巡りに巡って、大正時代でそれを作った鍛冶屋の一族に返却。そのまま先祖代々に受け継がれ、時打が、『ある事件』と共に持ち出したものだ。
本来、打刀が作られ始めたのは江戸。
戦国時代での主流は『太刀』だ。
打刀と太刀の違いは、刃を上にして左腰に下げた時、刀身の鞘に納める部分、『
なので、その頃では気付かれる事は無かったが、外側に銘を刻んだ影丸は、その時代初めての打刀と言えるだろう。
戦国の世で切り捨てた兵士の血だけでは無く、その間の江戸、明治でも人を斬り続けた影丸。
戦争になれば、当然、一族がその刀を置いて逃げるのは当たり前の事。だが、空襲を受けてもなお、破壊される事なくしぶとく残り続けた。
そして、影丸は、戻ってきた一族の人間によって、『縁起の良い刀』として持ち帰ったのだ。
そんな刀を時打は持ち出したが、自然と手に馴染んだ為に、戦いが終わるまで愛用していたのだ。
ただ、その間で斬った人間の数は数知れず。
三千という数字も曖昧なのだ。
もしかしたら、それ以上なのかもしれないし、それ以下かもしれない。
だが、決してそれに込められた怨念は少なくは無い筈だ。
何故、吹雪の様な、正義感の強い彼女を、影丸は選んだのだろうか?
それが、未だに不思議でならない。
ふと、時打の部屋のドアがノックされる。
「?」
「吹雪です。司令官」
「ああ、入れ」
時打がそう言うと、ノブが回り、吹雪が入ってくる。
「どうした?」
その表情は、少し暗かった。
「司令官・・・・」
そして、吹雪は、影丸を握る左手に力を込めて、言った。
「・・・・ずっと、一人だったんですか?」
「・・・・」
「ずっと・・・・たった一人で戦い続けてたんですか?」
吹雪が、そう問い質す。
「・・・・どうしてそれを?」
時打は、理解した様な口調で、そう言った。
「影丸の記憶を見ました。貴方は、加賀さんに出会う前・・・・貴方は、黄金連合からも、
吹雪は、そう問い詰めた。
それに時打は、溜息を零し、手を合わせて俯いた。
「・・・・普通、子供が人を殺すと思うか?」
「・・・・いえ」
「それが理由だ。子供の分際で人を殺すな。子供の癖に悪者殺してヒーロー気取りか、てな。あの頃の金山市の風紀は、乱れきっていたと言っても過言じゃない。反乱軍も、その中身は黄金連合と同じだった。まともな人間は、当時リーダーだった剛玄さんを含めて、一部の組織と幹部だけだった。だからこそ、手柄を俺に横取りされたくないから俺を殺そうとしてきたんだ」
「そして、加賀さんが死んだ・・・・」
吹雪は、辛そうに俯いた。
「あれは、もともと黄金連合が計画してた計画に反乱軍がそれを利用しようとした。俺が反乱軍に入ったのは、剛玄さんの説得のお陰かもしれないが、とにかく、
ぎゅう、と時打が両の手を握りしめた。
「すでに剛玄さんは、反乱軍の中にいる、独占欲高い奴を消そうと企んでたんだ。もともと、そういう奴を
そう、時打は述べた。
「・・・・・・」
吹雪は、その場で、立ったまま、俯いて聞いていた。
「それが、俺の最後の仕事になった。もともと金は殺した奴から取ってたし、良い終着点になったと思ったよ」
そして、時打はベッドに倒れた。
「・・・・・でもさ、そういう奴らにも、家族の一人や二人はいた筈なんだ」
吹雪は、嘆くように自白する。
「どんなクズにだって、血のつながった家族がいて、悪に堕ちなければ養っていけなかったのかもしれなかった。俺は、そういう奴を何人も何人も殺していった。命乞いをしてきた奴もいた。家族の為に生きようとした。愛する誰かの元へ帰ろうと戦った奴もいた。俺は、そういう奴らを、何千人も殺していった。その結果、この手に残ったのが、姉さんが書き残した、遺書と手紙、そして紹介状と渡すべき相手の名前と居場所だった」
「司令官・・・・・家族が抜けてますよ?」
「それもあるのか・・・・もう、帰らないって決めてるんだ。母さんはともかく、妹に、血を見せたからな」
時打は、そう言った。
「それって、どういう意味ですか・・・・?」
吹雪は困惑した。
それは、影丸の記憶に無い事だからだ。
「それを聞くか?」
「・・・すみません」
起き上がりながら、時打に聞かれ、吹雪は口籠ってしまう。
「・・・・まあ、お前になら良いだろ。俺になりたいならな」
「ッ・・・・」
そう言って、時打は、言った。
「俺の故郷の町長の息子を殺したんだ。妹の目の前でな」
「!?」
「学校での事だった。昼休みに、妹の元へグラウンドに行ったら、どうやら、妹がソイツに蹴ったサッカーボールをぶつけちまったみたいでな。引き連れてた、取り巻きでアイツを痛めつけて、女子たちと一緒に妹に悪口を浴びせて、とにかく妹を追い詰めていったんだ。当然、止めたさ。だけど、取り巻きに邪魔されて、ダメだった。仕方なく実力行使に出ようと思ったけど、その直前で、奴が言ったんだよ。『有能の兄に見合った無能な妹だな』ってな」
吹雪は、思わず身震いした。
「そこからはタガが外れて、そこにあった木の棒で、アイツの眼にそれを突き刺して絶命させた」
眼は、深く棒などが突き刺されば、脳に強烈なダメージが浸透して死に至る事がある。
五歳の頃から飛天御剣流の修行をしていた時打だからこそ、人体の事についてかなり詳しく調べていたのだろう。
そして、本気で殺す気があったからこそ、時打は、町長の息子を殺す事が出来た。
「そして、すぐにその場から逃げて、知り合いの鍛冶屋に逃げ込んで、刀を盗んで金山市に逃亡した。思えば、もともと金山市に行ってそこの内情を正そうとしたからな。良い区切りになったと思うよ」
時打は、自虐する様に笑った。
それほどまでに、滑稽な事だから。
「わ、私・・・・」
何を言ったらいいのか。だが、口が、あまりの話の大きさに、上手く動かなかった。
吹雪が受け継いだのは影丸の記憶。
そこには、影丸が蓄積してきた、主の記憶と、殺した人間の顔と表情。そして、数。
だが、時打が殺したのは、その中でダントツの数だった。
「あまり自分を責めるなよ。俺がやった事だ」
そんな吹雪の頭を撫でる時打。
「こんな血塗れた手でも、誰かを守りたいって思えるだけで、俺は満足なんだよ。それに、これ以上お前たちに、大切なものを失って欲しくないんだ。その為に、俺は、海で戦うお前たちの代わりに、陸で戦ってるんだ」
吹雪は、なおもつらそうに、俯く。
「さ、この話は終わりだ。もう遅い、部屋に戻って寝ろ」
そう言う時打だが、吹雪は、少し躊躇ってから、思い切って、顔を挙げる。
「司令官」
「なんだ?」
「司令官は、一人じゃありません。それだけは忘れないでください。長門さんや、私たち艦娘だけじゃない。響夜さんもいます、豪真長官もいます、友人の翔真提督や、三鷹提督も。そして、貴方の事を本当に好きだと思っている
そう言い残し、吹雪は、部屋を出て行った。
やり切ったという顔して。
「・・・・」
それに、しばし唖然とする時打。
「・・・・はは」
そして、笑みを零す。
「なんか、痛い所突かれたな。こりゃ、ますます頑張らないとな」
そう呟く、時打だった。
翌日。
ヒトマルヒトヒト―――――午前十時。
金山駅。
「お騒がせしてすみませんでした」
そうぺこりとお辞儀をする吹雪。
その背中には、包みに包まれた棒状のもの・・・打刀・影丸が背負われていた。
「いいんだよ吹雪ちゃん」
「そうよ?貴方のお陰で優香を取り戻せたんだから、そんな
そう言う美織。
「剛玄さんも、金山市の復興。頑張って下さい」
「ああ。もうお前の様な奴を出さない為にな」
一方で、時打と勝義がその様に会話をする。
「吹雪」
ふと、勝義が吹雪の方を向く。
「あ、はい」
吹雪は、そんな勝義の方を見る。
「・・・・・・ありがとう」
「!・・・・はい」
勝義の言葉に、一瞬、目を見開いた吹雪だったが、表情を戻すと、いつもの笑顔に戻り、そう返した。
「おーい!切符もう買ったよー!」
「早くしないと置いてくぞー!」
駅の入り口で、瑞鶴と響夜がそう叫ぶ。
「あいつら・・・」
そんな二人の様子を見て、やれやれと言った感じで頭をおさえる長門。
「ははは・・・・」
そんな様子に苦笑する時打。
「さあ、行ってやれ」
「重信さん・・・・分かりました。では、ありがとうございました」
そう、お辞儀をする時打。
「ああ」
「ここの治安が良くなったら、会いに行くからね」
「それまで沈むんじゃないぞ」
「じゃあね、吹雪ちゃん」
そうして、時打たちは、彼らと別れた。
そして、電車の中で。
「なあ。吹雪」
長門が、隣に座る吹雪に声をかける。
「? なんですか長門さん」
「あの時、お前は私を守るって言ったよな」
「はい。そうですよ?」
吹雪は、そうあっさりという。
「今でも、それは変わりません」
吹雪は、そう返す。
「そうか・・・・」
長門は、ふと考え込むそぶりを見せると、また口を開く。
「お前が私を守るっていうなら、私はお前を守る。だから、強くなったってことを証明してくれ」
「・・・・はい」
そうして、彼らは、
次回 五月雨編
『孤独の少女』
その心、無感也。
お楽しみに!