艦隊これくしょん その刀は誰が為に   作:幻在

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初日の生活その2

ヒトマルヒトゴ――――午前十時十五分。

指令室にて。

「翔鶴と瑞鶴について?」

「ああ。お前が知っている。そして、言える限りの事を言ってくれ。もちろん、強制はしない」

執務机に向かって、神妙な顔付きで長門を見る時打。

今朝、翔鶴と瑞鶴にあった時打。

その時の二人の様子に気になる事があったのだ。

「翔鶴になにがあったのか聞きたい」

何故、あそこまでのトラウマを持っているのか。

その理由を知りたいのだ。

長門は、持っていた書類を執務机に置き、数歩下がる。

「・・・・私が知っているのは、彼女たちが、私が建造される前にいたという事だけだ」

「建造される前?」

「ああ、名簿を見ればわかると思うが、彼女たちは・・・・その・・・私を建造した提督の前の提督の頃からいたようでな」

「そうか・・・・・ん?」

時打はそこで、何かを思い出したのか、机の引き出しにある名簿を引っ張り出して、開く。

「? 提督?」

「・・・・」

あるページに眼を着ける時打。

「なあ長門」

「なんだ?」

「その頃の艦娘って・・・・・・()()()()()()()()?」

「ッ・・・」

長門は視線を逸らす。それほど、答えたくない事なのだろう。

「・・・・やめておこうか」

「いえ・・・・・」

名簿を閉じかけた時打を止め、長門は告白した。

「・・・・翔鶴と瑞鶴の二人以外・・・全員轟沈した」

「・・・・・そうか」

空気が重い。

長門の答えに、何も言う事の出来ず、短く答える事しかできない時打。

「薄い反応だな」

「大きなリアクションを取ろうにも、その時の気持ちを感じる事は出来ない。出来るのは・・・何も知らないバカみたいな戯言をいう事だけだ」

「ふ・・・・そうか」

自虐的な笑みを浮かべる長門。

そこで名簿を見つめたままの時打は、立ち上がる。

「ありがとう長門。そこまで言ってくれれば十分だ」

「どこに行くんだ?」

「屋上だ。少し風に当たってくる」

「そうか・・・・・・」

「すまないな」

指令室を出た時打は、真っすぐ屋上へ向かった。

 

 

 

 

 

 

「・・・・」

屋上にて、駆逐艦『雷』は黄昏ていた。

フェンスに両腕を乗せ、目の前にある海を眺める。

「・・・・電」

そう、呟いた時、ぎぃぃ・・・と、屋上の扉が開く音がした。

「?」

気になり振り向くと、そこには白い軍服を着た一人の男性。

「し、司令官?」

「雷か」

少し、狼狽した声で、その人物の仮称を言い、その司令官と呼ばれた人物、時打は彼女の名を呼んだ。

「ど、どうしたの?こんな所で?」

「それはこっちのセリフだ。俺はただ単に風にあたりに来ただけだ」

と、雷の隣に立ち、海を眺める時打。

そんな時打を少しの間見つめた雷は、また海の方へ視線を戻し、口を開く。

「ねえ、司令官」

「なんだ?」

「あの電とは、いつあったの?」

ふと、思いついた質問を投げかけた。

「そうだな・・・・」

その質問に答える時打。

「あいつの出会いは、単なる偶然だったんだ」

「え?偶然?」

雷は目を丸くして、また時打を見る。

「五年前にな・・・・・」

偶然にも、横須賀の鎮守府の敷地に迷い込んで、更にそこから工廠に入り込んでしまったのだ。

そして、そこで、建造されたばかりの電に出会った。

その時、常に深鳳を持ち歩いていたので、電を怖がらせてしまい、更にはそこの警備員に捕まってしまったのだ。

本当なら、記憶消去されて、元の家に送り返されるのだが、時打は海軍関係の学校の生徒。更に、『妖精』の姿を目撃している事から、提督としての素質があると見込まれたのだ。

その時、当時その鎮守府で提督をやっていた、時打に黒河鎮守府を(まか)したあの長官、『壱条(いちじょう) 豪真(ごうま)』にはとてもお世話になった。

そして、豪真のお陰で、時打は電を自分の初めての艦娘にしたのだ。

「そうなんだ」

「ああ。あの偶然があったから、今の俺がいて、電がいるんだ」

時打は、さぞ懐かしそうに、遠くを眺める。

雷は、その横顔をただ見つめる事しか出来なかった。

だが、すぐに視線を海へ戻し、語り出す。

「・・・・・私たちの電は、さ」

「ん?」

「いつもドジ起こして、何もない所で転んで、泣き虫で。その癖に誰よりも勇敢で。誰かのピンチには必ず助けに行く。この鎮守府では、たった一人、()()()()()()()()()()()()だったんだよ」

「へえ・・・」

提督の命令に逆らえる艦娘。

それはつまり、自分の意思で、行動できる艦娘という事だ。

艦娘には、どんな考えを持っていようが、必ず守らなければならない、『呪い』ともいうべき『命令』がある。

『提督の命令には、必ず従え』

これは、どんな艦娘でも持っている、絶対的『常識』であり、逆らう事の出来ない命令・・・・という訳ではない。

この『命令』の強さは、鎮守府によって違う。

ブラック鎮守府では、この『命令』は強く発揮され、ホワイト鎮守府では、この『命令』は弱く発揮される。

その理由は、なんでも、『提督』に対する『恐怖心』で決まるらしい。

恐怖心が弱まれば『命令』による強制力は弱まり、恐怖心が強ければ『命令』による強制力は強くなる。

ここの艦娘たちは、前の提督に、圧倒的『恐怖心』を植え付けられてしまっているようなのだが、どうやら、その『電』だけは、『イレギュラー』の様だ。

おそらく、稀に生まれるその『命令』を持たない艦娘。あるいはある拍子に『命令(呪い)』を打ち破ったのだろう。

どこぞのVR世界の封印コードを破って片目が吹っ飛ぶ様な事でもしたのだろう。

ただ、そうなると、一つ、ある、考えたくもない可能性が浮かんでくる。

「なあ、雷・・・・」

「大丈夫だよ司令官。()()()()()()()()()()()()()()()()

どうやら、時打が言おうとしていた事を分かっていたようだ。

「そうか・・・・・でもさ」

時打は、ポケットからハンカチを取り出し、それを雷に差し出す。

「まずは涙拭けよ」

「え・・・?」

気付くと、雷は泣いていた。

「あ、あれ・・・?」

雷は、セーラー服の袖で涙を拭うが、それでも涙が止まらない。

 

相当、怖い事があったのだろう。

 

「・・・・今話さなくても良いけど、今は思いっきり泣いた方が良いんじゃないか?」

「はは・・・・あの時、もう、全部、流したと思ったのに・・・まだ・・・」

雷は、時打のハンカチを受け取り、涙を拭きとる。それでも止まらないが、ただ、自分の提督の誠意は受け取っておこうと思った。

「・・・・心配するなよ」

「え?・・・わ!?」

時打は、雷の頭をわしゃわしゃと撫でまわすと、真剣な眼差しで、雷を見る。そして、言い放つ。

「お前たちは、絶対に誰一人として沈めない」

その言葉が真実かどうかは分からない。

ただ、それだけで何かが決壊した。

「しれ・・・かん・・・」

「だからさ、心配するな、雷。そんなに心配なら、今度は電を沈めない様に強くなれ」

ただただ涙が溢れ出る。

優しく微笑む時打に、雷は、ただ、泣く事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

ヒトヒトマルマル――――午前十一時。指令室。

長門は、目の前の光景に、少し目を疑っていた。

雷が・・・・・提督の時打に膝枕をしてもらって寝ていたのだ。

「すう・・・・すう・・・・」

その幸せそうな寝顔に、どうしても起こすのを躊躇ってしまう長門。

一方で時打は、淡々と名簿のを眺めていた。

「提督」

「ん?なんだ長門」

時打は名簿から目を離し、長門を見る。

「一応・・・・・何もしてないよな?」

「ああ。たが少し話しをしただけで、後は何もしてないぞ」

「そうか、なら、なんで泣いた後があるんだ?」

じとっと怪しむ様に時打を見る長門。

「少し、こいつから、()()()()()()()()を聞いてな」

「・・・・そうか」

彼女たちの電・・・・・それはつまり、雷のトラウマを聞いたという事だ。

どうやら、それを話した事で、自然と涙を流して、最終的には大泣きしたという事になる。

そして、今、雷は泣き疲れて寝ているという事だ。

「長門、お前は仲間の所に行ってもいいが・・・どうする?」

「いや、ここで監視させて貰う。お前が雷に何かしないか心配だ」

「しないんだけどな・・・お前も退屈だと思うが・・・・」

「お前がここの艦娘たちを傷付けるよりはマシだ」

「そっか・・・・」

時打は苦笑して、名簿を閉じる。

「長門、悪いんだけど、そこの棚にあるスケッチブックと鉛筆と消しゴムを取ってくれないか?中身見てもいいからさ」

「?」

長門は指をさされた棚から飛び出しかけているスケッチブックを見つける。

それを手に取り、開けてみる。

「これは・・・!」

その中身は・・・・・電の絵ばっかり描かれていた。

「な、何故電?」

「いやぁ、いい相手がいなくてさ。電が一生懸命頑張っている所とか、寝顔とかさ」

「趣味なのか?」

「まあね。でもちゃんと他の奴らの事も描いてるぞ。決してシスコンって意味じゃないから」

「それをいうならロリコンなんじゃ・・・・ってなんでシスコン?」

時打の言葉に疑問符を浮かべる長門。

それで、少し考えた時打は、また口を開く。

「なんというか・・・・義理の兄妹みたいな?あいつだって、俺の事お兄ちゃんって呼んでたし」

「・・・・」

もはや絶句するしかない。

色々な意味で、規格外だ。この提督と駆逐艦。

「ま、まあいい」

とりあえず、スケッチブックを時打に渡した長門は、向かいのソファに座り、同時に時打は受け取ったスケッチブックを開き、一緒に受け取った鉛筆を右手に持つ。

「・・・・」

「? どうした?描かないのか?」

「・・・お前を描いても良いか?」

「は・・・・・?」

唐突な頼み事に困惑する長門。

「いや、なんでだ?」

「お前が目の前にいたから」

「そこの本でも描けばいいだろう?」

「お前がそういうなら描くけど・・・・やっぱ生き物が良いんだよなあ・・・・イタチとかタヌキとかイヌとか、後、一生懸命に何かを成し遂げようとしている人とか」

「・・・」

その真顔で言う事に、なんとなく納得してしまう長門。

あのスケッチブックの中には、剣道着を着て、必死に木刀を打ち込んでいる電の姿もあったのだ。

あの表情は、確かに一生懸命な感情が見て取れた。

他の絵にも、その人物の感情がしっかり伝わる様に描かれていた。

「はあ・・・・分かった」

「え?」

「描かせてやる。変な風に描くなよ」

「ありがとう長門」

 

―――ありがとう

 

それを聞いた長門は、複雑な気分になってしまう。

建造されていらい、一度も提督の口から聞いたことのない、感謝の言葉。

その言葉に、どうしても心が揺れ動いてしまう。

筆を動かし、今、長門を描いているのであろう時打の表情は、真剣でもあり、どこか楽しんでいる様に感じられる。

「長門ってさ」

「ん?」

「何か、好きな事とかある?」

「なんだ?藪から棒に」

「いや、なんとなくだ」

時打は、表情を緩め、微笑みながら長門に聞く。

それに長門は、少し躊躇いがちに答える。

「そうだな・・・・やっぱり、あそこの窓から皆が楽しそうに遊んでいるのを見るのは、皆の笑顔が見れて、嬉しい事があるな」

「そっか、大事なんだ。ここの皆の事が」

「ああ。皆、大切な仲間だ」

少し、表情がほころんでしまう長門。

「・・・皆が皆、この世に生を受けた、『人』だからな」

「え?」

時打の言葉に首をかしげる長門。

「だってそうだろう?お前たちが、どんなに人から離れた力を持っていても、それは結局、海の上でだけだ。陸上じゃ、お前たちは、()()()()()()()()()?」

「!?」

何気に、そう言われた長門は衝撃を受けた。

「な・・・にを・・・」

「? 前の提督にお前は兵器だって言われたのか?まあ、見方は人それぞれだから、その事に口を出す気はないけどさ。それでも、お前たちは、『艦娘』という事を除けば、『ただの女の子』なんだからさ」

その言葉に、驚愕する長門。

艦娘は、確かに、『心』があり、『兵器』だ。

しかし、艦娘にとっては、『兵器』という自覚の方が強く、その事だけは、どうしても覆らない、艦娘に存在する共通の絶対価値観だ。

だが、そんな彼女たちにも『心』があるのだ。

ただ、彼女たちを扱う『提督』がその存在の重さに気付けるかどうかの違いだけ。

この黒河鎮守府より、陸の方へ出てったことの無い長門たち、黒河鎮守府の艦娘たちにとっては、時打の考えであり思いは、彼女たちには信じられないものだ。

当然、困惑するが、それよりも、浮上してくる感情があった。

「笑ったな」

「え?」

長門は、知らぬ間に笑っていた。

「うん、いい笑顔だ」

時打は、そう呟くと、ささっと、鉛筆を先よりも早く動かす。

「できた」

そして数分経ち、時打は満足そうに鉛筆を止め、絵を見る。

「ほら」

時打は、その絵を長門に差し出す。

それを受け取り、その絵を見た長門は、もう何度目か分からない驚愕に見舞われた。

優しく微笑み、嬉しそうな眼差しでこちらを見る長門が描かれていた。

それはまさしく長門そのものであり、長門の一面でもある。

「こ、れは・・・」

「ここまで優しく微笑んだのは初めてだろ?あの時見たのは、まだ俺の対しての警戒が解けてなかったから、なんか強張った笑みだったからさ。それとも、なんか嫌だった?」

苦笑気味にそういう時打。

それに、長門は、笑みを零しながら、その絵を抱きしめる。

「いや、嫌ではない」

「そうか、なら良かった」

時打は、安心した様に笑う。

ただ、長門の方は、一つの決心が着いたようだった。

「提督」

「ん?」

長門は、スケッチブックを机の上に置く。

「私はまだ貴方を認めた訳ではない」

「うん」

「だから」

長門はソファから立ち上がり、時打を見下ろす。

「私に、貴方を見極める機会(チャンス)をくれ」

機会(チャンス)?」

時打は理解出来ていないような表情をする。

そして、長門は、彼女が思いつく限りの方法を口にする。

 

 

「私と決闘してくれ」

 

 

 

 


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