二月二十日。
ヒトゴーマルマル――――午後三時。
執務室にて。
「よし、できた」
と、時打はスケッチブックに描いた絵を見て、満足そうに笑みを零す。
「見せて下さいまし」
それを向かいに座る熊野が受け取る。
それを見て、感嘆の声を漏らす。
「噂には聞いてましたが、これ程とは・・・」
そこに描かれているのは、笑みを零す熊野の似顔絵。しかも、上半身まで描かれているのだ。
これほど似ているとなると、驚くのも無理もない。
「感想は?」
「とても上手ですわ。鈴谷が生きてたら、見せたいほどですわ」
と、悲しそうにその絵を眺める。
だが、そんな不穏な空気を払いのけるように、熊野は話題を切り替える。
「それはそうと、準備はいいですの?」
「ああ、大丈夫だ」
その中身は、大和との決闘だ。
昨日の事、執務室に訪れた大和から決闘を申し込まれた時打。
当然、それを受け入れた時打だが、明石が、闘技場の改修工事まで、まだ三日はかかるとの事で、その間に、大和は自分の艤装の調整を行っているのだ。
一方の時打はそれまで英気を養う為に、こうして絵を描いているのだが、正直言って暇を潰しているとしか思えない。
だが、これも実は修行の一環でもあるのだ。
飛天御剣流は、『速さ』を追求した剣術。
その中に、相手の表情を読んで次の攻撃を予測するという洞察力も必要になってくる。
その為に、誰かの顔を絵に描く事で、その表情を細かく描く事で、相手の表情を理解出来るようにしているのだ。
最も、絵を描く時に、その時の表情を記憶しておく、というのもあるのだが。
「前にも言いましたが、大和さんは長門さんより強い。おそらく今頃、地上戦に慣れるように訓練している筈です」
「ああ、重々承知しているよ。今回ばかりは、『奥義』を使う事になるかもしれない」
「・・・・それって、前に天龍に繰り出したあの・・・」
「いや、あれは違う。確かに傍から見ればあれが奥義っぽく見えるけど、あれはその一歩手前だ。奥義はあんなものの比じゃねえよ」
「・・・・」
『あれ』を超える必殺技。
熊野は背筋に悪寒の様なものを感じた。
あの九つの斬撃の残像が見える技を超える技となると、一体、どれほど凄い技なのか・・・・熊野には想像できなかった。
「とにかく、次はいつもよりもっと気を引き締めないとな。大和はこの艦娘の中で、誰よりも強い。きっと、誰よりも」
「・・・・」
時打の手が震えている。
それは武者震いのかもしれないが、それは、ただの純粋な恐怖。
大和という巨大な存在に対しての、圧倒的恐怖。
それでも、彼は戦おうとしている。
彼女と、分かり合う為に。
「そう、ですの・・・」
「ああ。だからこそ、俺は負けられない。アイツの答えを見つけてやるには、負けちゃいけないんだ」
彼にとって、戦いの敗北は死、そのもの。
だからこそ、彼は負けられない。
「戦いは明日の正午。おそらく、アイツも最高のコンディションでやってくる筈だ。だったら俺はそれに誠心誠意答えないといけない。だからこそ、俺の全力持って、アイツの最強に打ち勝つ。それが、俺に出来る事だ」
グッと、右手を握りしめる時打。
「それで『答え』が見つからなかったら?」
「何、後は言葉攻めにするだけさ」
「それで惚れたら?」
「それこそありえない。あいつもうケッコンしてるみたいだし」
「ふふ、そうですわね」
笑い合う二人。
そこでふと、時打は思むろに執務室の扉の方へ向かう。
そして、思いっきりこじ開ける。
「きゃあ!?」
「なにしてんだ翔鶴」
と、壁に寄りかかってたのか、翔鶴が転げこんでくる。
「いたた・・・て、ててて提督!?」
「気付かないとでも思ってたのか?」
「ひう・・・・だ、だってぇ・・・」
と、転んだ事が痛かったのか、涙目になる翔鶴。
「ま、なにか話して過ごそうぜ。話し相手は多い方が良い」
「そ、それじゃあお言葉に甘えて・・・・」
そうして、三人は楽しく談笑した・・・・
一方で、大和は・・・・
「第十四斉射、って――――!!!」
轟音、次に水柱。
「きゃぁぁあ!?」
その内数発の直撃を受ける扶桑。
「なんて無茶苦茶な火力・・・・」
その一方で瑞鶴が汗をにじませた笑みで大和を睨む。
ここは鎮守府近海の演習場。
そこで、大和は、瑞鶴を旗艦とする扶桑、山城、羽黒、高雄、神通の艦隊相手に一人で戦っていた。
「烈風も彗星も落とされちゃったし・・・後残ってるのは流星だけ・・・・」
大和の異常な防空能力に圧倒されている瑞鶴。
先ほど四十六センチ砲の餌食になった扶桑はすでに轟沈判定を受け退場。
残っているのは小破の山城と必死に避け続けていた神通と瑞鶴のみ。
「なんて正確な射撃なのよ・・・・不幸だわ」
「流石に・・・これ以上は・・・・」
完全に疲れ切っている山城と神通。
瑞鶴は自分の艦載機をほとんど破壊され、残っているのは艦攻の流星だけ。
「せめて艦爆さえ残っていれば・・・」
大和の実力は知っていた。
だが、今の大和の実力は逃亡した時より更に強くなっている。
「三式弾、装填」
「ッ!?」
大和の口からその様な言葉が漏れた。
「まずッ・・・」
「第十五斉射、って――――――!!」
瑞鶴たちが反応するよりも早く、大和が三式弾を撃ち出す。
三式弾が真っ直ぐに瑞鶴たちに向かい、そして、そのすぐ頭上で爆散、炸裂する。
「「「きゃあああ!?」」」
瑞鶴は大破で艦載機を飛ばせなくなり、神通は轟沈一歩手前。山城もなんとか中破にとどまっているが、流石にこれ以上は戦えない。
「ッ・・・ここまでか・・・」
「じゃあ、私の勝ちって事でいいですね?」
大和が、そういう。
「ええ、そうなるわね・・・・」
と、瑞鶴は苦い笑みで大和にそういう。
山城と神通も同じ気持ちの様だ。
「ふう・・・」
と、大和がそう息を吐き出した瞬間、ドッと汗が滝の様に流れる。
かなりの集中力を要していたいた様だ。
「大丈夫ですか?」
瑞鶴が彼女にかけよる。
大和は、汗を手で拭うも、まだ汗は流れ続ける。
「やっぱり、一人で艦隊相手取るなんて無茶だったんじゃない」
「そうですね・・・でも、貴方たちの話を聞くかぎり、提督はこれ位頑張らないと、勝てない気がするの」
と、大和は、鎮守府の方へ視線を向ける。
そこにいる、一人の人物に向かって。
「そうね・・・」
瑞鶴も、それに同意する。
「提督さんは、そこらへんにいる人たちは違う。誰よりも速くて、誰よりも強くて、誰よりも優しい。今までだって、軽い冗談を除けば、嘘を吐く事なんて無かった。そんな提督だからこそ、この鎮守府を任せられる」
瑞鶴は、そう語る。
「この戦いで、答えを見つけられるかどうかは分かりません。ただ、分かる事は、私は『答え』を見つける為に負けられないという事だけ」
大和は、拳を握りしめる。
「大丈夫」
瑞鶴が口を開く。
「きっと、答えは見つかる」
そう、言う。
「・・・・・」
まだ拭えぬ不安。
今回の戦いで、自分に何がもたらされるのか。自分はこれからどうなるのか。
それは分からないが、それでも、この戦いは避けられない。
「そろそろ戻ろう。砲弾とか燃料とか補給しなくちゃ」
「そうですね」
瑞鶴の言葉に乗る大和。
今は、明日の戦いに備えよう。
そう思う大和だった。
次の日――――
鎮守府、闘技場にて。
時打が、扉より反対側の壁際で立って待っていた。
その腰には、逆刃刀・深鳳が携わっていた。
闘技場の外にある観客席には、この鎮守府に在籍する三十隻程の艦娘たち。
それと、この鎮守府に居候している響夜。
「そろそろか?」
「うん、多分」
響夜の疑問に、瑞鶴が答える。
「まだ調整に時間をかけてるのでしょうか?」
「おそらく、かなり念入りにやっていると思うな」
「それほど、司令官の事を警戒してるって事でしょ?」
「大丈夫よ。司令官なら」
上から、電、響、雷、暁がそう言う。
ちなみに、明石はまだ来ていない。
闘技場の時打は目を閉じて、意識を集中させていた。
「提督、かなり精神統一してるな・・・」
「そうですわね・・・・」
「やっぱり、大和型ってなると、そこまで警戒する必要があるんだね」
「そのようですね」
「だ、大丈夫なのでしょうか・・・」
「羽黒はいつも心配しすぎだと思うな」
天龍、熊野、川内、神通、羽黒、そして古鷹型重巡一番艦『古鷹』がそう言う。
「どちらにしろ、大和の火力は直撃すれば即死亡になるほどの威力だ。いくら提督の『神速』をもってしても、油断すれば、大和の精密な射撃の餌食になる。それほどまでに、大和は強い」
長門が、響夜と瑞鶴の隣でそう言う。
「提督にはまだ奥の手である『奥義』があると聞いたけど、それが今回の大和さんに勝つ為の鍵かもしれない。うまくそれを決めれればいいのだけれど・・・」
長門の反対側で翔鶴がそう言う。
――――そして、扉が開く。
『ッ!』
全員が息を飲む。
入って来たのは、当然、大和。
ゆっくりと、歩き、入り口から数歩進んだところで止まる。
時打が眼を開け、彼女に話しかける。
「よく来たな。調整はもう済んだのか?」
「ええ。お陰様で。・・・・・よろしいんですね?私と戦い、貴方が負ければ、二度とその剣を振れなくなりますよ?」
「なに、負けるつもりなんて毛頭ないさ。お前と分かり合う為に、俺は俺の全力を持って、お前という最強を打ち倒す」
と、身を屈める時打。刀は、抜刀しない。
「それに、これはお前から仕組んだ決闘。この戦いの挑戦者はお前だ。だから、今更自分から引くような事を言ってどうする?」
と、時打は不敵に笑う。
「そうですね。それは私の落ち度でした。どうやら、まだ心配性な性格が残っているみたいです」
大和は右拳を左肩に置く。そして、彼女の体が光る。
「ですが・・・・」
そして、その光は徐々に形を成し、やがて、一つの巨大な鋼鉄の塊へと変貌する。
大和の艤装だ。
日本最強に相応しい程に巨大な艤装。主砲の四十六センチ砲が計三基九門もあり、艤装のあちらこちらに副砲や対空機関銃が多い。
その巨大な艤装の迫力に圧倒される時打。
だが・・・・
「準備はいいですね?」
「ああ、俺はいつでも出陣可能だ」
と、ぶわッと剣気を発する時打。
両者の準備が整ったと確認した大淀が、決闘開始のゴングを鳴らす。
「決闘開始ッ!!」
次回『時打VS大和』
お楽しみに!