ヒトヨンマルマル―――午後二時。
大和は竹林に来ていた。
自分の記憶の中で、最も安心できるのがこの場所だからだ。
幸い、電は駆逐艦たちに連れていかれたので、大和は今は完全なフリー。
ならば一目のつかない所で、ゆっくりと・・・・
「こんっの!」
「遅い」
「ぎゃん!?」
突如、どこからか聞こえてきた声で身構える大和。
「まだまだァァ!!」
「猪突猛進戦法じゃなおさら勝てないぞ?」
「オレが同じ戦法で来ると思ったか!」
「だろうな」
「へ?」
「セイッ!」
「ぎゃあ!?」
声と同時に鋭い金属音が聞こえてくる。
誰かが金属製の武器を打ち鳴らしているのだろうか?
そして、茂みから少し顔を出し、視線を向けると・・・・
「あれは・・・」
「これで、どうだァァ!!」
左手に持った刀剣を右から左に薙ぐ、天龍。
だが、その刀は空ぶってしまう。
「飛天御剣流」
「しまっ・・・!?」
「龍巻閃!」
「ぐあ!?」
それよりも早く、それを背後から受けようとしていた人物、時打が時計回りに高速回転。
右足を軸にして刃をかわし、その遠心力を利用して、天龍の背中に叩き込む。
そのまま地面に倒れる天龍。
「ッ・・・!」
思わず立ち上がりかける大和だったが、すぐに天龍が立ち上がったので、止まる。
「だー!くっそ!全然勝てねぇ!」
「いや、随分と動きが良くなってきてる。水上の白兵戦なら、たいていの相手にはやられないだろう」
「そういうけどよ・・・オレは今、アンタに勝ちたいんだよ。電にも勝てねえしよぉ・・・」
「牙突は突進技故に視界が狭くなるから、右側に回り込めば一撃ぐらいは入れられるぞ?」
「本当か!?」
「最も、牙突を見極められばの話だがな」
「ッ・・・・」
そんな会話をする時打と天龍。
「よし!もう一度頼む!」
「ああ、良いぞ」
そして、試合を再開する二人。
「・・・・・」
「天龍。さっき提督が鍛錬している時に、あんな風に襲い掛かって返り討ちにあったんですのよ」
「!?」
いきなり声をかけられ、ビクッとなる大和。
気付くと、左側に竹に背中を預けている熊野の姿があった。
どうやら、大和の存在に気付いているらしい。
「不思議なものですわよね。たった二週間。それだけでこの鎮守府のみんなに受け入れられてるなんて。どんな器の持ち主なのでしょうか?」
淡々と語り出す熊野。
「初日に長門さんの砲弾を斬った時は、どうしようかと思って、いない筈の鈴谷を探してしまって、次に提督の言った生きろという言葉に困惑して。そして長門さんと決闘するっていった時には、何を考えているんだと思って執務室に押しかけた時に、あの人なんて言ったと思いますか?」
熊野が懐かしそうに笑う。
「『お前たちを知る為だ』っていって、お茶を出してきたのですよ。しかも危険物なんてないとでも言う様に口をつけたものを差し出して来た時には、本当に馬鹿だって思いましたわ。間接キスというものをご存知無かったのかって今でも思いますわ」
天龍がまた吹っ飛ばされる。
それでも負けじと剣を拾い、時打に飛びかかる。
「そんなあの人の言葉や行為に、私、少し口説かれてしまいましたわ。本当に優しくて、私たちの為に、体まで張るんですのよ?長門さんに勝った時は、本当にやるんだなって思いましたわ。そして、優しいからこそ、過去の事を引きずっている。少なくとも、彼に本気で惚れている翔鶴は、そう思ってる筈ですわ」
「・・・・」
翔鶴があの提督に惚れているのは驚きだが、それよりも驚いたのは長門と決闘で勝ったという事だ。
一体、ただの人間がどうやったら艦娘、それも戦艦に勝てるのか・・・・・。
「・・・・・」
「貴方は、どう思いますの?大和」
「・・・・」
大和はしばし、考え、震える声で答える。
「・・・・分かりません・・・大和には・・・あの人の事が分かりません・・・・」
頭を抱えるように、そういう大和。
「・・・どうすれば、いいんでしょうか・・・」
「そうですわね・・・一度、本音で語り合ってみてはどうですか?」
「ほ、本音で?」
熊野の言葉に困惑する大和。
「まだ長門さんとの問題を解決していないのでしょう?」
「ッ・・・・」
その事を指摘され、口ごもる大和。
「だったら、その淀んだ気持ちを何かをやって吹っ切らせれば良い。それも、提督と戦えば特に」
実は、翔鶴救出の後、何人もの艦娘が時打に決闘を持ちかけた。
しかし、全員が全員、返り討ちにあった。
山城の艤装が龍槌閃によって破壊され、川内の俊敏な動きでも神速には追いつけず、瑞鳳が艦載機で攻撃をしかけても龍巻閃・息吹で全て吹き飛ばされアウト。
しかし、その戦いの中で、時打が彼女たちに言葉をかけ、心を解きほぐし、そして信頼を得た。
彼は、そんな風にここの艦娘たちと、本音で語り合う様に、一本の刀で戦った。
嘘偽りなく、本気の技で。
「・・・・」
「どうします?裏にある闘技場では、既に貴方と提督が戦う事を想定して改修工事が行われていますわよ?」
そこまでする必要があるのか?と、なんとなく疑問に思ってしまう大和。
本気でぶつかる・・・・
ただの人間相手に。
「・・・・少し、考えさせて下さい」
そう言い残し、立ち去る大和。
「・・・・」
「わぁぁあ!?」
「!?」
いきなり天龍の悲鳴が聞こえ、弾かれるように熊野はそちらを見た。
その瞬間――――
ドウッッ!!
九つの残像が見えた――――
「・・・・」
「・・・・」
そして、轟音と共に、天龍とすれ違う時打。
一方の天龍はというと、服に八つ、擦った後があり、頭の髪がほんの数本はらりと落ちる。
大きなダメージは無い。故に、寸止めだ。
その技の迫力にしばし絶句するしかなかった熊野と天龍。
「ふう・・・・」
息を吐く声が聞こえ、我に返る熊野と天龍。
天龍はバッと振り返り、時打の後ろ姿を見る。
だが、その表情は、恐怖で埋め尽くされていた。
熊野の表情も、得体のしれない技を見せつけられて、わなわなと震えていた。
時打は、何も言わず、剣を右に薙ぎ、そして腰より少し上に手を挙げるとくるりと刀を反転させて逆手持ちになると、そのまま鞘に納める。
そして振り返ると、いつもの笑顔で彼女たちに微笑む。
「悪い。あんまりにも天龍の戦法がすごかったもので、ちょっと大技使っちまったよ」
すまない、と言いながら、苦笑する時打。
「さ、さっきの技に名前は・・・・」
天龍が震える声で尋ねる。
その問いに時打は・・・
「大和と戦う時に、技名を言いながらやってやるよ。もし早く知りたかったら電に聞くんだな」
と、時打は歩き出す。
「今日はここまでにしよう」
そう言い残し、彼は去っていく。
堤防の上で、体育座りをしながら、大和は物思いにふけっていた。
先ほどから、熊野に言われた言葉が妙に引っかかる。
決闘、それも提督、更に言えば人間だ。
とても艦娘と互角に戦うなど、規格外過ぎてやる気にもならない。
―――分からない。
考えれば考える程分からなくなっていく。
あの天野時打という人間が。
深海棲艦相手に何も出来ず、自分たち艦娘に頼る事しかできない、ただの人間の癖に、艦娘と互角に戦う事が気に喰わない。
それでも、彼を信頼する艦娘が何人もいるというのも、また、事実。
まるで、『あの頃』の様に――――
―――違う。あの提督はあの人じゃない。重ねてはいけない。
―――あの人以外、信じられない。信じてはいけない。信じては――――
そう、割り切ろうとする大和。
「・・・・どうすれば、良いんですか?・・・・一ノ瀬さん」
ここにはいない、大切な人の名前を呼ぶ大和。
――――それは・・・あの、残忍な提督が着任し、早々に、轟沈が多くなってしまい、新たな建造艦が、多くなってきたころの事だった。
フィリピン海。
そこは、かつてマリアナ沖海戦が起きた場所であり、史上最大にして最後の航空機動部隊決戦となった場所だ。
そして、そこには、空母の大鳳、翔鶴の残骸が眠る場所でもある。
そして、そこに向かわされた大和、長門、陸奥、千歳、夕立、村雨の六人。
この作戦、戦略以前に、士気がガタガタだった。
また、誰かが沈むのかという根拠のない迷信を胸に抱いた状態で、出撃させられればそうなるのは当然。
そして、最も精神にきていたのは大和だった。
何度も仲間が沈められる瞬間を見せられ、抗議する度に嘲笑られ、艤装を展開しようとした瞬間、彼の秘書艦である五月雨に取り押さえられる。
それがどうしようもなく悔しくて、同時に、いつ自分が壊れてしまうのではないかという恐怖があった。
そして、悪夢は現実となった。
未知の深海棲艦の出現。
その一撃で夕立が沈む。
そこからは一方的な展開だった。
敵の連合艦隊に出くわし、どんどん仲間が沈んでいく様に耐えられず、逃げた大和。
長門が止めたが、それを振り切って逃げに逃げ続けた。
そこから先は、覚えていなかった。
気がつけば、ここに戻ってきていた。
あれから、十年以上もたっていたらしい。
その間、自分は何をしていたのか、何故、なんの補給もせずに十年間生き残れたのか、それがさっぱり分からなかった。
ただ、気が付いた時に思った事は、どうしようもない、後悔だった。
既に、翔鶴と瑞鶴以外の、あの頃の仲間たちはもういない。
全てが、あの男に建造された艦娘だけであり、どうしても、大和は『偽りの仲間』という認識を抜け出せないのだ。
本当に、仲間だと信じられない。
知らない人は信じられない。
初対面の相手が信じられない。
それが、大和の根本に座する、絶対価値観だ。
「・・・・・」
両膝に顔をうずめる大和。
―――もういっその事、このまま・・・・
「・・・・でさぁ、川内って酷いのよ。夜になると夜戦だ夜戦だー!って言って夜騒ぐから眠れなくって眠れなくって」
「ああ、確かにあの騒音は迷惑だな」
「でしょ!?そう思うでしょ!?いっその事口にガムテープでも貼っ付けてろっていいたいわよ全く」
ふと、後ろから声が聞こえた。
首だけを後ろに向け、肩越しに、その声の正体を見る。
「ハッハッハ!そりゃあ良いな!」
「よし、今からでもガムテープを・・・・あ」
そこにいたのは、緑かかった黒髪を二つに結って、最近改装したらしく、黒っぽい道着と茶色のスカートみたいな袴を来た艦娘、空母の瑞鶴と、腹にサラシを巻き、黒ずんだ白い無生地のズボンに白いボロコートを着ており、右手には釣り竿、左手にはバケツといった道具を持っている男が一人。
明らかに、ここの人間、更に海軍関係の人間ではない。
「ッ!」
思わず立ち上がり身構える大和。
「わー!待って待って!」
「落ち着け!」
そんな大和を止めるように、瑞鶴は両手を前に、男は釣り竿を持った右手をそのまま突き出す。
「どうして、一般人がここに!」
だが、それでも警戒を解かない大和。
「待って大和さん!この人は翔鶴姉の恩人なの!今、訳あってここに泊めてるだけだから!」
「そ、そうだぞ!?翔鶴救出に協力してやったんだからな俺は!」
と、弁護する瑞鶴と弁明する男。
「・・・・信ずる証拠は?」
「あー、もう!前はこんなに疑心暗鬼じゃなかったのに・・・!」
頭を抱え始める瑞鶴。
「ッ・・・」
その様子に心を痛める大和。
瑞鶴がこうなると、大抵の事は本当だ。
あまり、瑞鶴を疑いたくないのが大和の本音だが、時打以上に得体のしれないこの男の事はどうしても信用ならないのだ。
と、そこで男が口を開く。
「あー、俺は佐加野響夜。ここの裏手にある黒河市で喧嘩屋をやっていた奴だよ。話しは時打から聞いてる。俺はただここで瑞鶴と釣りをしに来ただけだからよ。邪魔なら場所を変えるが・・・」
と、自己紹介してきた。
その上、この場から退こうとしている。
「いえ・・・・良いですよ。そこで」
「お、悪いな」
と、その場に座り込み、釣り糸を海面にたらす響夜。
大和は、響夜に背を向けて、また座る。
一方の瑞鶴は安心した様に安堵の息を漏らし、響夜の隣に座る。
そのまま、沈黙が続き、釣りの方にも音沙汰無いまま、時間が過ぎていく。
ふと、そんな沈黙を破ったのは響夜だった。
「お前、前はここのエース務めてたんだって?」
「・・・いきなりなんですか?」
「いや、ただ聞いただけだ。気にすんな」
と、また気まずい沈黙が続く。
が、今度は大和がその沈黙を破る。
「・・・・確かに、私はこの黒河でエースと呼ばれていたかもしれません」
大和が語り出す。
「・・・あの男が来るまでは、楽しい事が沢山ありました。春はお花見、夏は夏祭り、秋は紅葉狩り、冬は雪合戦。本当に、退屈しない毎日でした・・・」
だんだんと、声が震えてくる。
「そんなある日、提督・・・一ノ瀬さんは、海軍警察に捕まりました。本当に、何もしていないのに・・・誰も、轟沈なんてさせていないのに・・・」
それは、悲しみではなく、怒り。
「何も、出来なかった。ただあの人が連れていかれていくのを、見る事しかできなかった・・・・私は、逆らう事が・・・出来なかった・・・・」
だんだんと、怒りから、どうしようも無い悔しさが滲んだ声が漏れる。
「違う」
突然、瑞鶴が否定をする。
「瑞鶴?」
「大和さんは・・・・何もしなかった訳じゃない。提督が連れていかれるのを、黙って、何も出来なかった私たちと違って、大和さんは、しっかりと自分の意志を言えた。何も出来なかった訳じゃない・・・!」
声を震わせ、確かな、ここにはいない、誰かに向けられるべき怒りを込めた視線を、水平線の彼方に向ける。
「大和さんは、確かに言った。提督は誰も沈めていない。そんなのは全て
と、波に打ち上げられて、落ちていたのか、手頃の石を掴み、立ち上がってそれに怒りをぶつけるように投げる。
ぽちゃん、と音を立てて水面に沈んでいく。
「・・・・」
「・・・・大和さん」
そんな様子を見届けた瑞鶴が、幾分か落ち着いた声音で、大和に問う。
「大和さんは、今はどうなの?悔しい?それとも、悲しい?それとも・・・・居なくなりたい?」
「・・・・」
瑞鶴の言葉を、黙って聞く大和。
「大和さん・・・」
瑞鶴は、そこで一つ間を置く。
そして・・・・・
「――――提督さんと戦ってみなよ」
「・・・え?」
大和は思わず瑞鶴の方を見る。
「答えが見つからないなら、提督と戦う。きっと、その戦いの中で、『答え』が見つかるから」
瑞鶴は、実は翔鶴より一足先に、時打の左腕の傷と、『
そして、支えていこうと思った。
ついでに、姉の恋を応援する為に。
「謝りたいんでしょ?長門さんに」
「・・・・・」
大和は、無言でうなずく。
「そうと決まれば、後は行動あるのみ!ね、響夜!」
「おう!そうだな!」
と、釣り糸を引き上げた響夜がすでに戻る準備を済ませていた。
「え・・・え・・・?」
その行動に困惑する大和。
「行こう大和さん!本音をぶつけるなら今だよ!」
「ちょ!?まだ、やると決めた訳じゃ・・・・」
「だったら、アイツを見極めるって事で良いんじゃねえか?」
「!」
響夜の言葉に、ハッとする大和。
確かに、時打はここの提督。
そして、ここの艦娘にも認められ、慕われている。
だが、自分は、まだ彼の事が信じられない。
だったらどうするか?
本当に信用出来る人かを見極める他無い。
大和は、ハア、と溜息を吐き、そして、よどみの消えた瞳を二人に向ける。
「――――提督はどういう戦い方をしますか?」
次回『何がビックセブンだ』