ヒトサンマルマル――――午後一時。
長官より、提督の任を任された天野時打は、自身の初期艦である電とともに、就任先の黒河鎮守府に一般車に偽装した護送車で向かっていた。
服装は、支給された白い軍服だ。
「ここまでする必要あるのか・・・」
「あの鎮守府を加えたいくつかの鎮守府は、その存在を隠されてますから一般人に見られるのはまずいんですよ」
時打の言葉に運転手の人間がそう言う。
ちなみに電は時打の隣でこっくりこっくりと眠たそうに頭を振っていた。
確かに、何か重要機密がある鎮守府を見られるのはまずい。
それに、着任の時に政府に反抗する組織に襲われ、その鎮守府を乗っ取られる事も多々あるのだ。
だから、これだ。
「まあ、いいけど・・・おい、起きろ電」
「あう!?」
強烈なデコピンを額に喰らい、眠気を吹っ飛ばされる電。
「う~、酷いのです」
「お前の我が侭で逆刃刀を持たせてやってるんだ。これぐらい安いものだろ」
「いくらなんでも仇で返すような真似しないで下さい!」
時打の逆刃刀・深鳳を抱えながら、そう反論する電。
ちなみに、電が腰の後ろに提げている小太刀は『逆刃刀・
しばらくすると、トンネルが見えて来た。
「そろそろですよ」
運転手の隣に座る護衛官がそう言う。
「そろそろか・・・」
「はいなのです」
突然、緊張しはじめる時打と電。
そして、トンネルを抜ける。
「あ・・・」
電がパワーウィンドウをあけ、身を乗り出して、外を見る。
「わあ・・・」
その先に見えるは、目的の黒河鎮守府。
「あれが、黒河鎮守府・・・・」
正面の窓を見て、時打はそう呟いた。
鎮守府の入り口付近にて、駆逐艦の暁と響、雷は草むらからその様子を見ていた。
理由は当然、新しく着任する提督の視察だ。
「どんな人なんだろうね」
響がそう呟く。
「どんな人だって、どうでもいいわ。最後の提督なんだから、姿ぐらいは見ておきましょう」
暁がそう答える。
「はあ。どうして本部はこうろくでもない提督なんて寄越すのかしらね」
雷がそう呟く。
まあ、どうせ長門からの命令なのだし、第一印象でどれほどの人物なのかを長門に伝えるだけだ。
後は、平穏な日々が続くだろう。きっと。
電のいない生活が・・・・
そう考えているうちに、響が口を開く。
「きたよ」
その言葉で、三人とも息を殺し、身を潜める。
響の言った通り、護送車かと思われる車が、この山に囲まれた鎮守府の正門で止まる。
そして、扉が開き、そこから一人の青年が現れる。
白い軍服で、帽子は被っていない。髪の色は黒髪で、顔はそこそこ良い。
目の色は深い海色。
そして、もう一人。
その姿を見た瞬間、息が詰まるような衝撃が三人を襲った。
「いな・・・ずま・・・?」
暁が切れ切れの声で、そう呟く。
そう、その人物は、彼女たちの妹であり、数年前に『轟沈』した筈の、暁型駆逐艦四番艦『電』なのだ。
ただ、彼女たちが知っている電と違うのは、腰の後ろに小太刀を携え、一本の刀を抱え込んでおり、なにより、雰囲気が全く違う。
あの、心優しい性格の電が、あそこまでの気迫を出せるとは思ってもみなかったのだ。
「ど・・・して・・・・」
この事は、大淀から聞かされていない。
いや、そもそも、特例で学生時代から艦娘を持っている事例は少なくない。
今回は、彼女がいる事を本部から聞かされてなかったのだ。
「ど、どうしよう暁・・・」
雷が狼狽した様な表情と声で暁に訪ねる。
「ッ・・・!」
暁は歯を食いしばり、重々しい決断をする。
「・・・・・長門さんに、報告する」
「で、でもそれじゃ・・・・」
「仕方ないじゃない!」
暁は押し殺した声で雷に怒鳴る。
「言ってたじゃない。もし、艦娘を引き連れていたら、その娘も殺すって・・・・恨みを持って、ここの現状を告げられたら、私たちは終わりなのよ!」
だからと言って、自分たちの姉妹艦である彼女を閉じ込め、監禁しておく事も、拷問をして服従させる事もできない。
ならいっそ、殺してしまえば、なにも起こらない。
そこから先は平穏な日々が続くのだ。
「・・・・・行くわよ」
そして、暁の後を追うように、響と雷も追いかける。
ちらりと、電の方を見た雷だったが、すぐに、暁たちの後を追った。
「行ったか・・・・」
一方で、護送車を見送った時打と電。
「今のは、暁型だったな。だけど、お前がいなかったな」
「はいなのです・・・」
電は、少し暗い表情でうつむく。
暁型は、どの鎮守府でも、かならずと行っていいほど、四人ともそろっている。その内の一人がいないとなると、轟沈してしまった可能性が高い。
艦娘は、人の手によって作られた人工生命体だ。
軍艦の魂を、その軍艦をモデルとした体とスペックに与える事で、初めて深海棲艦に対抗できる存在となる。
その体を作るのが彼女たちについている妖精。同時に、彼女たちの艤装を動かす為に必要な存在だ。
艦娘が中枢神経だとして、艤装はその体。そしてそれに乗る妖精たちはいわば運動神経のようなものだ。
艤装がダメージを受ければ、それほど艦娘の戦闘能力が下がる。
その上に、艦娘自体もダメージを受けても戦闘能力が下がるのでこの上無いほど不便だ。
ただ逆に、艦娘が治れば艤装が直り、艤装が直れば艦娘も治る。そうした、造ったのは自分たちの癖に分からない事も多々存在する。
その理由は、造るのに協力した妖精たちにしか分からない事もあるのかもしれない。
話を戻すが、そうした軍艦の魂を持つ艦娘たちだが、深海棲艦との戦いが始まってから二年後、魂を分ける、『分魂』をする事が出来たのだ。
その為、艦娘を量産する事が出来るようになり、ここにいる電にも、同じ駆逐艦『電』の魂を持つ、全く同じ容姿の艦娘がいるのだ。何十人も・・・・・。
「行こう」
「・・・・はい」
重い空気の中、彼らは、鎮守府の中に入っていく。
足音が聞こえる・・・・・
この広間に近付いて来ているようだ。
一応、『見せしめ』という事でこの部屋には、ほとんどの艦娘が集まっている。
近付いてきているのは二人ほどだ。
一人は二十歳に近い男、もう一人は小柄な少女のものだ・・・・
全く、短い間に提督が何度もくるから、どれがどんな体格の人間のものか、分かるようになってしまった。
まあいい。今日はこんなうるさい足音から、こいつらを引き離す事が出来るのだ。
そして、こんな汚れ仕事を、他の娘たちには任せられない。
だから、私がやるのだ。もう二度と、この娘たちに、あんな目には遭わせない。
だから、私は、この砲門を向けるのだ。
ただ、暁たちの話では、小柄な少女の方は、電だと聞いた。
参ったな・・・・彼女たちの妹だというのに。私が手を下さなければならないとは・・・・
だが、私は展開した艤装の砲塔の一つをこの広間の、新しい提督が入ってくるであろう扉に向ける。
悪いな、私たちの安全の為だ。死んでくれ。
そして、ドアノブが回り、扉が開かれ、私の14㎝単装砲が火を吹いた。
玄関に張ってあった『どこにもよらず一階の広間に来い』という指示に従い、俺と電はそこへ向かっている。
・・・うん、殺気剥き出しじゃなねえか・・・・
近付けば近付く程強くなる殺気。一体どれほど無下な扱い受ければここまで強くなるんだ?
「・・・・電」
「はい」
名前を呼んだだけで理解したらしく、深鳳を差し出してくる。
良い妹を持ったな。
俺はそれを受け取り、左腰に差さずに左手に持つ。
多分、この鎮守府にいる誰かがあの見えて来た扉に向かって主砲むけているんだろうけど、この際仕方の無い事だろう。
ここはブラック鎮守府。提督に恨みを持つ奴は少なくない。
だから、ここで少し恐怖を植え付けてしまうかもしれないけど、死んで電が一人になるよりはマシだ。
そして、扉の前に立った俺は、一度深呼吸をして・・・・ドアノブを回して少し開けた瞬間、思いっきり蹴り飛ばして開けた。
その瞬間、目の前から赤い閃光が走り、長年の修行の成果で鍛え上げた動体視力で砲弾が撃ち出されている所を目撃する。
それを視認した俺は、すぐさま深鳳を抜刀。
まだ抜け切っていない状態で、砲弾の斜線上に深鳳の逆刃の方を向けた状態で構える。
俺の故郷にいる一番の鍛冶職人が造ったこの深鳳は、そこらの鉄など薄氷の様に斬る事が出来る。
だから、例え艦娘の砲弾など、簡単に斬れる!しかも実験済みの証明書付き!
重い衝撃が両腕に来る。だが、それは一瞬の事ですぐに、ギャリィィィンッ!!!という音と共に、砲弾が真っ二つに斬れ、俺の両脇を抜けていく。
そして最後に、背後と正面からのほぼ同時の轟音。初速は音速を超えるのだから、当然だが、音が後から聞こえてもおかしくはない。だから、背後でおそらく壁が砕ける音と発砲の音が重なったのだ。
「ふう・・・」
俺は、一息つくと、刀を鞘にもどし、後ろにいるであろう電を見る。
「大丈夫か電」
「けほっけほっ・・・はい、大丈夫なのです」
巻き起こった土煙をもろに被ったのか、咳き込む電。無事でなによりだ。
そして、電の背後には、撃ち抜かれた拍子で吹き飛んだ壁。
・・・・修理代、どれくらいだろうか・・・・
俺は癖になってしまった苦笑をして、俺は、砲撃をしてきた張本人であろう人物を見る。
威力からして14㎝単装砲だろう。資料によれば、それを撃てて、そして提督に向かって撃てる人物といえば、あいつしかいないだろうな。
ここでたった四人しかいない戦艦の一人、『長門』だ。
艤装を展開したままつったって放心してる。驚いているのが見え見えだ。
まあ口に出す事はしないがな。
「行くぞ、電」
「あ、はいなのです!」
俺は深鳳を電に預けて、広間の北側の壁へ向かい、そこでここにいる艦娘たちを一度に見回す。
そして俺は口を開いた。
なんて事だ・・・・
まさか、ただの人間が、砲弾を斬るなど、だれが予想できたか・・・
「ふう・・・」
一息吐いた砲弾を斬った張本人は、土煙で付いた埃を払う事をする前に、後ろを向いた。
「大丈夫か電」
「けほっけほっ・・・はい、大丈夫なのです」
まさか、自分より他人の心配をするとは・・・私の予想を裏切る様な行為をするこの男は一体・・・
提督は皆同じだ・・・・私たちを無下に扱い、思いを踏みにじる存在だ。
信じてはいけない。
「行くぞ電」
「あ、はいなのです」
電に刀を預けた。何故だ?まだ砲撃されるかもしれないんだぞ。
そんな思いとは裏腹に、彼は北側の壁に近付き、そこで立ち止まって私たちの方を見た。
一度、この場にいる私たち艦娘たちを見回した。
そして、彼は口を開いた。よく、通る声で。
「今日から、この鎮守府に着任する事になった、天野時打だ。好きなように呼んでくれて構わない。クソ提督でもクズでも構わない。だが、俺がお前たちに言う『命令』であり『最優先事項』は・・・」
そこで私はもう一度主砲を向けた。
ふざけた命令なら、容赦なく撃ち抜く。まだ私には、41㎝連装砲がある。
今度こそ、確実に葬って・・・・
「生きろ。どんな事があろうと、絶対に生き抜け。轟沈など、俺が許さない。そして、仲間は見捨てるな。仲間がどんなに瀕死だろうと、困難だろうと、絶対にここに帰ってこい。ここは、お前たちの家なのだから」
時が止まった様な感覚に見舞われた。
生きろ、だと?何を馬鹿な事を。そんな事を言っておきながら、どうせ私たちを無下にするつもりなのだろう。
だったら、私がその化けの皮を剥いでやる。
そう、思った瞬間だった。
「という訳で俺からいう事はこれだけ。全員解散!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?
もう解散なのか?
他にいう事とかないのか?
「あ、そうそう」
私たちが戸惑っている間に、退室しようとしていた男は思い出したかのように振り向いた。
「さっき長門がやったように人誅したい奴は明日から襲いかかって来ていいぞ。それで気が晴れるなら何度でも相手してやるよ」
またもや衝撃。
襲いかかって来ていいとか何を言っているんだ?
確かに私の砲弾を斬ったのは驚いたが、不意打ちで対応できる程お前は強くないだろ。というか、対抗する方法が今電が持っている刀。下手したら、私たち艦娘でも死んでしまうんじゃ・・・
「あの、長門さん」
「ん」
そこで奴の初期艦であろう電が、一枚の紙を持って私に近付いて来た。何のようだ?
「後で、これを読んでから司令室に来て下さい」
そう、堂々という。
・・・・だめだ。どうにも違和感を感じてしまう。
私の知っている電とは、全く違う。
あの娘は、こんな堂々としていない。あの砲撃で、腰を抜かさないどころか、驚いた様子でも無かった。
一体、どのように育てたら、ここまで強くなるんだ・・・
私は、一瞬寒気の様なものを感じながら、その紙を受け取った。
「では、私はおに・・・司令官の所にいきますね」
そして、彼女は奴の後を追うように、去っていこうとした。
「あ、ま・・・・」
そんな彼女を、私は引き止めようとした。だが、それよりも早く、電は止まって振り向いた。
「皆さん!」
まるで、思い出したかのように、笑顔を向けて、私たちが知っている電の人物像から、ありえない様なハキハキとした、堂々とした声で、ある事を言った。
「先ほど、司令官が言った『襲っても良い』という事ですが、まず、殺される事などありえませんから」
殺される事は無い。それは当然だろう。だって、そんな事をすれば、この国の貴重な戦力を失う事になるのだから。
だが、そんな考えを裏切るように、とんでもない事を言った。
「ただし、大怪我する事だけは覚悟して下さいね」
大怪我・・・・つまりは、私たちが大破する程のダメージを受けるという事なのだろうか?
ありえない。
だけど、誰もそれを口に出す事ができない。
何故なら・・・・
彼女から放たれる気迫が、それをどうしても止めてしまうのだ。
一体、彼女・・・いや、彼女をこんな風にした奴は一体何者なのだ・・・
かすかな恐怖を植え付けられた状態で、私は、司令室に向かった。
ヒトヨンヒトゴ――――午後二時十五分。
「やりすぎです」
「申し訳ない」
今、時打は電に司令室で正座させられていた。
「仕方なく私が一役買って恐怖を和らげたから良かったものを、次からは気を付けて下さいよ」
「はい・・・・」
正座は子供の頃からやっているので馴れているから、足が痺れる事は無い。
しかし、かなりの身長差があるのか、時打が正座しても、身長が全然変わる事が無いのだ。
時打が怒られて猫背になっていなければの話だが。
「全く、次からはもう少し加減して言って下さいなのです」
「はい・・・・」
電に見下され、時打はとほほと苦笑する。
そして、そんな様子を外から見ていた者がいる。
(いや・・・・何も言えなかったのは全部お前の所為なんだが・・・・)
長門である。
電に言われた通りに司令室前に来たのだが、中の様子を見ようと今時古い、中世式鍵穴扉の鍵穴から中の様子を覗いているのだ。
その状況をありえない様な表情で見る長門。
(なんで提督が怒られているんだ・・・)
その様な状況を見るのは初めてだ。
普通は、提督が違反を起こした艦娘を怒るものであり、艦娘が提督を怒る事はありえない筈なのだ。
だが、それはもちろん、他の鎮守府の事を知らない彼女たちの意見であり、この様な状況はブラック鎮守府とは正反対のホワイト鎮守府では珍しくない事なのだ。
「すみませんでした」
「もういいのです」
電は腕組みを解き、表情を崩すと、時打に手を差し伸べる。
「さ、仕事をするのです」
「ああ」
時打は、電の手を取り、立ち上がる。
「さて、電。彼女をいれてやってくれ」
「はいなのです」
え、と思った長門だったが、そんな思考を始める前に目の前の扉が内側に向かって勢い良く開く。
「え、うわあ!?」
「さ、入って下さい」
驚いて、後ずさる長門。
まさか自分が反応するよりも早く行動されるとは思っても見なかったのだ。
「あ、ああ・・・・」
そんな返事しか出来ず、つったってしまう長門。
「遠慮せずに入ってくれないか?お茶とか出すから」
「い、いや、そこまでしなくても・・・第一、砲撃した相手を持て成すなど・・・」
「いやいや、昨日の敵は今日の友と言うだろ?」
「それをいうなら明日の敵は今日の友なんじゃ・・・」
「いえ、今日の敵は明日の友ですよ」
なんだがばらばらな意見を言い合う三人。
「ま、とりあえず入ってくれ」
「・・・・」
少々不満な表情で中に入る長門。
「さて、電から渡された資料は見てくれたかな?」
時打は机に座り、長門にそう問いかける。
「はい。しかし、何故私を秘書艦に?」
長門は最もな質問を時打に返す。
「理由としては、お前がこの鎮守府の事を一番良く知っていると思ったからかな」
「・・・何故、そう思うと?」
確かにこの鎮守府の事はよく知っている。
だが、彼にその事を知るすべはない筈だ。
「資料を見たけど、お前が一番、ここの艦娘たちの世話を焼いている事が分かったんだ。だから、艦娘たちの事を良く知っているお前に、秘書艦を頼もうとした。それだけさ」
なるほど、資料か。
納得がいった長門だが、それでも、まだ時打の事を信じた訳ではない。
もし、この男が他の艦娘たちに、何かしら手を出そうというものなら、すぐに砲撃して殺す。
例え、一回じゃ当たらなくても、何度も撃ち込めば、かならず当たる筈だ。きっと。
「もちろん強制じゃない。お前がいやなら、昔からの馴染みである電に任せるけど・・・」
「いえ、やらせて頂きます」
「いいのか?」
「ええ。ただし、こちらから条件があります」
そう、
「分かった。いってみろ」
「では、ここにいる艦娘たちには、その刀を向けないで頂きたい」
これは絶対条件だ。彼は自分から襲っても良いといったが、もし、その刀でここの艦娘たちを傷つけようものなら、自分が風穴を開けてやる。
そこで彼はすぐに口を開こうとしたが、意外な人物によってそれは遮られてしまう。
「待って下さいなのです」
電だ。
何故だ。何故彼女はその条件を止めるのだ。
「電・・・」
どうやら、時打も予想外のようだった。
「その条件を出す前に、あなたには知ってもらいたい事があるのです」
「知ってもらいたい事・・・?」
オウム返しに聞くと、電は頷く。
「司令官」
「ああ、分かった」
すると、時打は、自分の左側に立てかけていた刀を持ち上げ、柄の方を長門に向けて差し出す。
「?」
一瞬、身構えた長門だったが、柄の方を差し出して来た時打の行動に戸惑いの表情を浮かべる。
ただ、柄の部分を向けてきたという事は、抜けという事なのだろう。
なので、長門は右手で柄をつかみ、一思いに一気に引き抜く。
「これは・・・!?」
そして、驚愕した。
その理由は、この刀は、刃が逆さまに付いているのだ。
「そんな刀で人を殺せないだろう?」
「あ、ああ・・・そうか、そういう事か・・・」
先ほどの広間での一見。最後に電が言った事の意味がようやく分かった。
『殺される事は無いが、大怪我はする』。その理由は、この刀が人を殺すためのものじゃないという事だ。
相手を鎮圧する事を目的としたこの刀では、大怪我をさせる事が出来るが殺す事はない。
そして、先ほど長門の砲弾を斬った芸当は、この峰の刃でやった事なのだ。
そしてなにより、長門は、この刀の美しさに見とれた。
綺麗な波模様に、天井の証明に照らされて、黒光りする刃。
そして、刃こぼれ一つしていない刃。
「でも」
そこで、時打が口を開く。
「俺がその逆刃刀を使うのはあくまで砲弾の迎撃だけだ。それに、彼女たちに使うのは体術であって、それを使う時は、相手がどうしても止まらない時。あるいは、
その言葉に乗せられた気迫に、長門は一瞬、寒気の様なものを感じた。
この男はただ者じゃない。
言葉に嘘偽りが無い様にも思えるし、なにより、勝てる気がしない。
艦娘として生まれ変わった身なのに、自分は、戦艦の筈なのに、どうしても、彼の気迫に怯えてしまう。
「そうだ、他には?」
「え?」
「他に条件はあるか?いくらでも構わないよ。それとさっきの条件は飲んであげるよ」
遠慮するな、とでもいう様に微笑み彼を見ていると、持っていた警戒心がだんだんと解れていってしまう気がした。
それが、なんだか恐ろしい。
だから今、先手を打たなければならない。
「では、次に、自分の言った事に責任を持って貰う事」
「分かった」
「私たちを無下に扱わない事」
「ああ」
「私たちを大切に扱う事」
「了解」
「私たちを、平等に扱う事」
「うん」
「私たちに、十分な援助をする事」
「分かった」
たくさんの条件を出した気がする。
そのすべてを、電が記録してくれいる様だったので、少し安心した。
「最後に」
「うん」
そして、この提督は、最後まで自分の話を聞いてくれた。
「・・・・私たちを、この逆刃刀で、その仇なす輩から、守る事」
「分かった」
「そして、このどれかを疎かにするようだったら・・・・」
そして、右手に持った逆刃刀を、時打に向けた。
「・・・・私に、一回殴らせろ」
この時、どうしてこんな事を言ったのか、理解出来なかった。
ただ、彼は、逆刃刀を鞘に納めながら受け取った後、確かに言った。
「分かった。どれかを疎かにするようだったら、お前に殴られるよ」
そこで、長門は、久しぶりに笑った。
「約束だぞ」
そして、一つ、彼は人差し指をたてた。
「それじゃあ、こちらから、簡単な条件を一つ」
ぴくり、と、長門は笑みを引っ込め、冷徹な視線を時打に向ける。
「・・・なんでしょう?」
「俺、実は電以外から敬語使われるの馴れていないんだ」
そして、長門は彼の意図を察した。
「だから、俺にはタメ口を使ってくれて構わない。これは飲んでも飲まなくても良いよ。君の自由にすれば良い」
そこが見えない男だ。
長門は、そう思った。
「分かった。私も息苦しかった所だ」
その反応に、時打は嬉しそうに笑い、右手を差し出す。
「それじゃあよろしく。長門秘書艦殿」
「ああ、よろしく頼む。天野時打司令官殿」
そして、長門も右手を差し出し、その手を握った。