そして皆さん、少し遅れましたがあけましておめでとうございます!
始まりの指令
ヒトサンマルマル――――午後一時。
横須賀防衛省、その長官室に、一人、黒い学生服で、腰に一本の刀を差した青年が一人。もう一人、その見た目から気弱そうな小さな少女が一人。その腰の後ろに一本の小太刀を差している。
その二人が長官室の扉の前に立っていた。
「行くぞ・・・・」
「は、はいなのです」
何気に緊張した様子の二人は、意を決したのか、扉を勢いよくあける。
そして、入った途端、すぐさま気を付けをしてからの敬礼をする。
「
「駆逐艦『
すると、机に座っている一人の五十代と思われる男が一瞬、鋭い眼光を向けてきた。
その気迫に、怖じ気づく事なく、敬礼を続行した。
それを見た、男・・・長官はすぐに顔を綻ばせた。
「おお、来たか時打」
「お久しぶりです。長官」
天野時打。年齢は十八。
彼は、まだ海軍関係の高校を卒業していない、とはいっても、もう卒業できるほどの成績は得ているのだが、とある敵性勢力に対する為の教育を受けていた。
温暖化による海面上昇と同時に深海より出てきた、深海棲艦。
その出現により、人類の領海域のほとんどが、奴らに奪われ、日本は、海外からの支援を完全に絶たれてしまった。
もちろん、抵抗はした。海上自衛隊が護衛艦などの艦隊を出撃させ、奴らの迎撃に向かった。
だが、奴らの力はそんな、
こちらの砲弾は効かず、魚雷も効かず。だというのに、向こうの攻撃は通用する。
そのおかげで、自衛隊はボロボロになって帰って来た時には、国中がパニックに陥った。
だが、そんな絶望に光が差すように、希望とも呼べる存在が現れた。
とある研究で作られた存在。かつて、『軍艦』と呼ばれた艦船の魂と記憶を体に宿し、『艤装』と呼ばれる武装を身に纏い、奴らと戦う存在。
その名を『艦娘』。
唯一、奴らと互角に戦う事の出来る存在であり、『兵器』である。
そして、時打の傍らのいる少女、『電』こそが、その存在の一人で、『駆逐艦』のカテゴリーに入る艦娘の一人だ。
「今回来てもらったのは、他でもない」
長官が、机の上に置いてあった一枚の紙を、時打に差し出す。
それを時打が受け取る。
「・・・・提督、ですか」
「という事は、お兄ちゃん、司令官になるのですね!」
まるで、妹のようにはしゃぐ電。
「ああ・・・・といっても、お前が就く鎮守府は新任のお前には、少々荷が重い所なのだが・・・」
「ブラック鎮守府ですか?」
「ああ」
ブラック鎮守府。
そこは、そこに就く提督が、そこの艦娘たちを、屈辱な行為をさせたり、無理を言わせて轟沈させたり、いわば、提督が艦娘たちを『人』として見ず、『使い捨て道具』として扱う、無情な心情の持ち主が就く鎮守府だと言う事だ。
艦娘は、法律により提督を攻撃する事が出来ず、提督が許さない限り、あらゆる行動を制限されてしまうのだ。さらに、提督の命令は絶対という常識が植え付けられている上、もし提督の命令に逆らったりすれば、提督によっては死よりも苦しい罰を与えられる事もある。
「しかもそこはその中でも一際酷くてな、この一年、何度も提督が着任したのだが、全員三日と持たず辞退してしまったんだ」
「そこで、お兄ちゃんなのです?」
電が長官に問いかける。
「ああ」
それを長官は肯定する。
「唯一、特例で艦娘と一緒に生活してきたお前なら、と思ってな。そして何より、
「そうなのです!お兄ちゃんに勝てる人なんていないのです!」
長官の言葉を肯定する電。
その二人の言葉に照れるように頭を掻く時打。
「やめろよ電。長官はともかく、お前に言われるとむず痒くて仕方が無い」
「でも本当の事なのです!」
反論できないのか、苦笑した時打は、すぐさま話題を戻す。
「分かりました。そこの鎮守府は俺が持ちましょう」
「そうか。だが、やめたければいつでも言ってもいい。お前はまだ学生だからな」
「そういえば、お兄ちゃんはまだ学生なのに、なんで提督に選ばれたのです?」
そこで、電が最もな質問をする。
長官はこれを聞くと、肩をすくめ、答える。
「ここの鎮守府にいる艦娘たちは、少々過激でね」
「提督に砲雷撃戦するとか?」
「そうだ」
「そいつは随分物騒な所ですね」
苦笑する時打。
だが・・・
「それで、俺が適任と」
「電をここまで
「流石にそこまではしませんよ」
悪い冗談だとさらに苦笑する時打。
そして、やがて観念したかのように笑うと、姿勢を正す。
「分かりました。この天野時打、提督の任を受けます」
「言ってくれると思ったぞ」
そして、あらかたの手続きを済ませた二人は自室に戻った。
「一週間後に着任か」
資料を見て、また苦笑する時打。
「今日は苦笑してばっかりですね。いつもの事ですが。それだから回りから苦笑男と言われるんですよ」
「仕方ないだろ、癖なんだから」
かれこれ十五年はやっているのだ。
「直すべきなのです」
「ほっとけ」
こつんと軽く電の頭をたたく。
「あう~」
恨めしそうに叩かれた頭を押さえながら時打を見る電。
時打は、携えていた刀、『
逆刃刀とは、「逆さまに刃がついている刀」という意味の略称で、その名の通り、本当に刃が逆さまに付いているのだ。
その為、こんな刀では人を殺す事など、まず無理だし、これで居合をやっても、単なる打撃攻撃にしかならないのだ。
しかし、流派の技によってはその威力は絶大で、まず喰らえば骨が砕けてもおかしくない。
特に、飛天御剣流なんかの、一対多数を想定した剣術の様な剣術なら。
そして、深鳳を置いた時打は、この部屋に
「さて、秘書艦は最初は誰にしようか・・・」
「この『長門』って言う人が良いんじゃないでしょうか?なんだか、この鎮守府の事をなんでも知っていそうな気がします」
「その前に殺されなきゃいいんだがな」
またもや苦笑する時打。
「大丈夫なのです!その時は私が守ってあげるのです」
「はは、期待してるよ」
今度は電の頭を撫で、褒める。
「えへへ」
「そんじゃま、秘書艦はこいつにしておいてさっさと荷作りして寝ますか」
「はいなのです!」
電が、段ボールを取ってくると言い、部屋を出て行った。
その様子を微笑ましく見届け、ふと名簿の一つの名前に注目する。
「・・・翔鶴」
その名を、ふと、零した。
一方で、ここは時打と電が着任する予定の鎮守府、『黒河鎮守府』。
「新しい提督が着任するそうですよ」
一人の艦娘が、司令室の窓から外を眺めている艦娘にそう告げる。
「そうか・・・・全く、本部はまだ諦めてないのか」
うんざりした様な声音でそう言う、黒髪の艦娘。
「今回はどうしますか?」
「もう追い出すのは面倒だ。
顔色一つ変えずにそう言う女性。もとい、戦艦『長門』。
「そうですか。ですが、バレたらおしまいですよ?」
「かまわん。それほど我々が本気だという事を伝えれば良い。連絡は、もとより私がやって来たのだからな」
冷酷に、そう言う長門。
その声音から、微かに怒りの情が感じられる。
「分かりました、全員に伝えておきます」
「頼んだぞ」
長門の返事を聞いた艦娘、『大淀』は司令室からでて、放送室に向かった。
彼女が出て行ったのを見た長門は、外を見て、険しい顔で外で楽しく遊ぶ艦娘たちを見る。
「・・・・お前たちは、必ず私が守ってやる。だから、あなたには死んで貰うぞ。新しい提督殿」
すでに、顔からは笑みが消え失せたかのような表情で、外にいる彼女たちを、その眼差しだけは、優しい色で見下ろした。
ある一つの部屋。
そこに、一人の白髪の少女がいた。服装は弓道着で、スカートの様な袴の色は赤。
ベッドに腰をかけ、虚ろに、光が失われた眼で、一枚の写真を眺めていた。
「翔鶴姉・・・・」
ふと、部屋の扉が開き、そこから、ツインテールの少女が入ってくる。
白髪の少女、正規空母、五航戦の『翔鶴』は、一度、写真から眼を外し、入って来た少女、同じ五航戦で、妹の『瑞鶴』を見る。だが、すぐに写真の方へ目線を戻す。
「どうかしたの?瑞鶴」
「さっき、長門さんから聞いたけど、また、来るんだって、提督」
一瞬、びくりと、肩を震わせた翔鶴。
「・・・・そう」
先ほどとは違い、掠れた声。
「翔鶴姉・・・私・・・」
「大丈夫よ、瑞鶴。きっと、すぐにいなくなるから・・・・」
震える声を絞り出し、体を震わせる翔鶴を、心配そうに見る瑞鶴。
「翔鶴姉、大丈夫・・・・もう、あんな目には合わせないから」
どうしようもない恐怖を刻まれた姉を、まるで怯える子供をあやす様に抱き締める瑞鶴。
そう、もう二度と、あんな苦しみは味合わせない。必ず。
小さな嗚咽と共に、時間は過ぎて行った・・・・