あと、長くなりました。
タイトル通り、です。
sideA
蜘蛛男の襲撃から明けて翌日。無難に授業をこなした八幡は、部室に向かっていた。
八幡は一人でいることを好む。煩わしい人間関係を嫌っていることもあるが、うっかりした拍子に自分の秘密がバレることを恐れていることが大きい。元来社交的な性格ではなく、小さい頃から一人遊びは得意だったので、一人でいることに何も苦を感じない。そしてそれは沙希も材木座も同様で、学校内で彼らがつるんでいるのを見た人間はいない。それでもスマホで連絡などは時折しており、彼らのコミュニケーションとしてはそれで充分なのであった。
それに、彼ら三人が集まると良くも悪くも目立つ。材木座は逃避、八幡は回避、沙希は警戒をもって他人との一線を画するので、その空気が他のクラスカーストなどという彼らにとっては心底どうでもいいシステムには相性が悪すぎるのだ。それでいて沙希などは外見がかなり良いので、集まってしまうとどうしても目立ち、あらぬ噂を呼び込むことになる。
奉仕部部室。
ここにもまた、怯懦をもって他人との壁を厚くする少女がいる。
「うす」
「!・・・はぁ・・・来たのね・・・」
深い溜め息と共に部長に迎えられた八幡は、ガタガタと椅子を引っ張り出して座った。鞄から手帳を出すと、面白くもなさそうに読み始める。
「今日の活動は特にないわ」
「そうか」
「だから帰っていただいて結構よ」
「そうか」
「・・・聞いてるのかしら?」
「聞いてるよ。部員なんだからいるのは構わんだろ」
「私は認めていないわ」
「そうか」
のらりくらりとした受け答えに苛ついた雪乃が声を上げようと息を吸い込んだところで、八幡が口を開いた。
「雪ノ下陽乃」
「・・・!」
「雪ノ下さんのお姉さんだそうだな」
「・・・貴方、姉の知り合いなの?」
「ああ」
相も変わらずつまらなそうな表情で、視線だけを動かして雪乃を見た。
「事故の時、病院で知り合った」
八幡は手帳を閉じると、今度は身体ごと雪乃に向かい、続けた。
「あの事故の時、見舞いに来てくれたのは雪ノ下さんだけだったよ」
「・・・ごめんなさい。昨日はあんな感じだったけれど、本当に悪いと思っているの。つい最近貴方を知ったのも本当よ」
「ああ、責めてるわけじゃねえんだ。だから言いながら出口を指差すんじゃねえよ。・・・だが、気になることはあってな。・・・あの時、車の後部座席に乗ってたのは雪ノ下さん、あんただった。雪ノ下姉じゃない。なのに、なんで当人には知らされず、姉が代理で見舞いに来たんだろう」
「・・・確かにそうね。それに私は、姉さんが御見舞に行ってたということも、今知ったわ」
どういうことだ?
八幡自体余り気にしてはいなかったが、そもそも車に撥ねられたとはいえ、体内変身前でも頑強さは普通の人間の比ではない。それが4tトラックであっても、ほぼ無傷だったはずだ。それが、運ばれた先の病院で数日間とは言え入院する羽目になった。更に、通り一遍の検査程度では普通の人間と変わりない結果しか出ないはずの八幡の身体のことを、彼女はいつの間にか知っていた。財団とのやり取りのあった企業の代表だ、知っていること自体はおかしくないが、あの事故は偶発的なものだったはずだ。そもそも、散歩中に逃げた犬を助けようとしての事故だ。それをきっかけにして知り合った・・・?
一瞬考え込んだ八幡だったが、すぐに思考を止めた。
まぁいっか。
雪ノ下技研の雪ノ下陽乃が色々と肚に据えているものがあるのは今更だ。
アミーゴと立花レーシングの常連の雪ノ下さんが信用できる人なのは変わらない。ベルトの件は世話になるが、それは材木座の厚意からのものだ。
分からないことは、分かるまでほっとけばいい。
「急に黙り込んでどうしたのかしら?大分気持ちが悪いわよ?」
「ひでぇなおい・・・まぁいっか。あのな、雪ノ下。ちょっとマジな話なんだが」
「・・・なにかしら」
雪乃は急に雰囲気の変わった八幡に、尋常ならぬ警戒心を抱いていた。椅子ごと下がり自分の身体をその細腕で抱く姿は、逆に嗜虐心をそそるものではあったが、八幡は全く意に介していない。
「警戒すんなって。あんたの姉さんまで知り合いなのに、うっかりしたことするわけねえだろ。そうでなくてもそういう類の興味はねえよ」
「あら、そうなの。てっきりそのつもりで入部したのだと思っていたわ」
「えー・・・」
「だって私」
ゆっくり微笑って言う雪乃に、八幡は二の句がつげなかった。
「かわいいもの」
sideB(八幡視点)
まぁ、外見が良いのは認めるよ。可愛いっていうより綺麗って感じだけど。でもなぁ・・・
「見た目だけじゃなぁ・・・」
「失礼ね。聞こえてるわよ」
「あら、口に出てたか。まぁそんな訳だからよ、そんなに警戒」
「し、しつれいしまぁす・・・」
話してる時、遠慮がちな声がしてドアが開いた。いや、遠慮がちならまずノックしろな。入ってきたのは、なんとなく見たことがある女子だった。なんての?横おだんご頭っていうの?あとチチ。・・・名前なんだっけな。
そいつは俺の顔を見るなり、びっくりした顔で叫んだ。
「なんでヒッキーがここにいるの!?」
ヒッキーてお前。
「・・・ヒッキーてのは俺のことか」
「?当たり前じゃん。ヒッキーって言ったらヒッキーのことでしょ」
「何言ってんのか全然わかんねぇよ・・・雪ノ下、我慢しないで笑ってもいいんだぞ」
すげぇ肩震わせて口押さえてんじゃねえか。・・・なるほど、こういうのは可愛いわ。
「ご、ごめんなさ・・・くくくっ、ひ、ひっきー・・・くくくくっ」
いや、あなたが昨日言ったのも大概だからね?
「で、何のようだ?っていうか、どうやってここを知ったんだ?」
「あ、えっとね、平塚先生に相談したら、ここに行きなさいって」
「なにか相談ごとかしら?2年の由比ヶ浜さん、だったかしら?」
「おぉ、すげぇな、接点ないのに知ってんのか・・・」
「あなた同じクラスよ?」
「・・・まじで?」
「ヒッキーあたしのこと知らないの!?信じらんない!マジキモイ!!」
なんとなく見たことあるどころじゃなかった。
「おいお前「由比ヶ浜さん」・・・」
あれ、雪ノ下なんか怒ってる?
「マジキモイというのは、本気で気持ちが悪い、という意味でいいのかしら?」
「え、あ、うん・・・でも本気で言ったわけじゃ」
「意味が分からないわ。本気で気持ちが悪いのでしょう?まぁ、あなたの嗜好性癖はいいとして、それは普通、思っても言うべきではない言葉よ。比企谷くんでなければあなた」
「え、え、」
「殴り飛ばされても文句は言えないわね」
いや俺はいいのかよ。まぁいいか。・・・いいのか?
「ていうか雪ノ下さん」
「なにかしら?」
「いきなり擁護してくれてるけど、どういう心境の変化だ?」
「あなた、姉さんに認められているのでしょう。あの人が友人関係になるなんて、よほどのことよ」
「・・・へぇ」
「なにかしら?何かおかしいことでも?」
「いや、感じからしてあんまり仲が良くねえのかなって思ってたからな。意外だなと」
「苦手よ」
「・・・さいで」
「嫌いではないけれど。・・・それに」
「あん?」
「・・・あなた、部員だから」
おぉう。
なんだこの可愛い生き物。・・・ちょっとあいつに似てる、か。
雪ノ下は、俺たちが話してる間、不安げに立ち尽くしている由比ヶ浜に向かって言った。
「それで、何の御用?まさかうちの部員に罵声を浴びせるために来たわけではないのでしょう?」
「え、ええと、その、ごめん、なさい」
「私に謝られても困るのだけれど」
「あの、ヒッキー、ごめん、ね?」
謝る気あるのかなこいつ。それとも俺の名前知らないのか?
「別にいいが、俺の名前は比企谷八幡だ。知ってるかどうかはわからんが、正直いきなりあだ名で呼んでくる人間と俺はコミュニケーションを取る気はない。・・・雪ノ下、こいつの依頼がなんだかは知らんが、俺は関わるつもりはない。・・・ちょっと出るわ。頭冷やしたら戻ってくる」
仕方ないわね、と呟く雪ノ下と、ひたすらオロオロしている由比ヶ浜を置いて、俺は自販機に向かった。もちろんMAXコーヒーで口直しするためだ。
ちなみに俺は、割と素で名前を間違えられる。ひきたに、と呼ばれるパターンが多い。それについてはもうある程度諦めはついている。だが、ヒッキーとはな・・・。向こうはともかく、俺の知らないやつにいきなりあだ名で呼ばれても、あの状況じゃなきゃ自分が呼ばれたなんて気づかねえよ普通。
まあ、どうせもう話すこともないだろう。それより雪ノ下だ。あの態度の変化はなんだ?昨日と打って変わって、というより、雪ノ下さんの名前が出た途端に警戒心が緩んだ。まあ姉と付き合いのある人間にそうそう辛辣な言葉も吐けないだろうが、それだけじゃない。根本的に評価が変わった気がする。素の自分を出してもいい相手、と思ってくれたのだろうか。昨日の罵倒は正直、腸煮えくり返りそうだったが、警戒心から来るハリネズミの棘だというのは理解した。そして、由比ヶ浜に対しての態度は、怯えよりも怒りだ。あれは、俺の為に怒ったのではなく、姉の認めた相手の為に怒った、のだろう。結果俺の為になってはいるが、感情の出処は別だ。あれは一種のシスコンになるのだろうか。もうちょい情報が欲しいところだな。
落ち着いたところで部室に戻ると、誰もいなかった。ふと見ると、俺の座っていた椅子にレポート用紙が置いてある。「家庭科室にいます。来なくてもいいけれど、部室にはいて下さい。話があります」とあった。
「・・・どうすっかな」
まぁ許可もあるし、このまま待っていてもいいだろう。だが、家庭科室か。料理でも教えているんだろうか。・・・そんな依頼もやるのかこの部活?
ちょっと気になったので、家庭科室をのぞいてみることにした。
sideC
「喰うのか、これをマジに・・・」
家庭科室についた八幡は、改めて由比ヶ浜から謝罪を受けた。八幡は謝罪を受け入れたが、結局最後まで彼女は「ヒッキー」と言い続けていた。
依頼はどうやら、世話になった人だかにクッキーを焼いて感謝の気持ちを伝えたい、とのことだったが、肝心のクッキーが作れないため、作り方を教えてほしいというものだった。そこで雪乃が監督し、とりあえず作ってみようということになった、わけだが。
「雪ノ下さん、見てたんだよな?間違ってるとことか無かったのか?」
「・・・正しいところがなかったわ・・・」
「あ、あはは・・・」
「これ本当に元小麦粉かよ・・・。叩いたらすごいいい音出そうだぞこの備長炭」
「奇遇ね、見ていた私もそう思うわ」
「これは正直喰っちゃだめだと思うぞ」
「そうね、もったいないけれど。・・・あ、でも比企谷くんなら」
「殺す気か。いやほんと勘弁して」
「いいから!ヒッキー食べてよ!」
「ちょ、待ておい、おっぐぁぁぁ・・・」
「由比ヶ浜さん、流石にそれは・・・」
無理やり食わされた八幡の回復には、MAXコーヒーを3本消費した。
「どうすれば良くなるかしら」
「割とガチで二度と料理をしないってのが正解だと思うんだが」
「それは最後の手段ね」
とりあえず今度はアドバイスをしながら、ということになった。
が、それが追いつかない勢いで由比ヶ浜がやらかすのだ。
「・・・エプロンの紐が結べない段階で嫌な予感はしてたのだけれど」
割と致命的なレベルの不器用さである。
「やっぱり、向いてないのかな。才能ないし」
その言葉に、八幡はカチンときた。雪乃は眼光鋭く由比ヶ浜を見つめる。
「じゃ、やめろ」
「え?」
「え、じゃねえよ。才能ないんだろ?向いてないんだろ?俺は知らねえけど、それが言えるくらいの努力をしたんだろ?それで無理ならやめるしかねえだろ」
「そ、そんな言い方することないじゃん!あたしだって頑張ってるんだから!」
「頑張るのはお前の勝手だ。俺らが頑張ることじゃねえ。だから、続けるもやめるも言う立場じゃねえ。ただ、諦めるんなら言ってくれ。正直帰って寝たい」
それに、と八幡は続けた。
「才能があって努力するやつも、才能なんかなくても努力するやつも、俺は両方知ってるけどよ。才能が必要なのは、ある程度出来るようになってからだと思うぜ。基本のことが出来ねえでそれを才能のなさのせいにするとか、俺にはわからねえよ」
「・・・そうね。才能の有無なんて今の段階では関係ない。認識を改めなさい」
「・・・でも、でもさ、こういうの、最近はみんなやらないっていうし・・・。やっぱり向いてないんだよ、あはは・・・」
「付き合ってらんね」
「・・・え?」
「雪ノ下さん、悪いけど帰るわ。話は後日ってことで頼む。正直胸糞悪いわ」
「そう、仕方ないわね・・・。お疲れさま」
「ひ、ヒッキー・・・」
「由比ヶ浜」
八幡は視線も向けず、ドアに手をかけながら言い捨てた。
「それが上手く出来たとして、誰にやるんだか知らねえけど。今のお前が作ったもんなんて、誰も喜んで受け取りゃしねえよ。無理やり理由作って逃げんな。逃げるなら堂々と、これ以上はめんどくさいからやめますとか言え。その方がまだ理解出来る」
「それもどうなのかしら・・・」
「雪ノ下さん」
八幡は声のトーンを落とし、雪乃にだけ聞こえる声で言った。
「悪い、あと頼む」
「貸しってことにしておくわ」
八幡は限界が来ていた。額が割れるように痛い。これ以上この空間にいると、体内変身が始まってしまいそうだった。
「あー・・・」
家庭科室を出て、部室の荷物を取った八幡は、バイクに跨りながら深い溜め息と共に呟いた。
「コーヒー飲みてえ・・・」