sideA(八幡視点)
おやっさんの店、立花レーシングは、総武高校からバイクで20分程の距離にある。地図の上では北東方面、海から離れていく感じだ。ついでに言えば、俺が住んでいるのは立花レーシングの隣、1階に喫茶店「アミーゴ」の入っているマンションだ。交通の便が良くないので、バイク通勤が許されている。といっても排気量は125cc以下、いわゆる「原付二種」までではあるが。俺のバイクはもっと排気量が大きいので、通学にはおやっさんからバイクを借りている。最初は便利だからとスクーターを勧められたのだが、どうにもしっくりこないので、SUZUKIのWOLF125という、20年以上前のバイクを借りた。2ストでうるさいわオイルが焦げて臭いわ、マフラーからオイルがピンピンはねてくるわで万人受けなどする訳もないバイクだが、パワーバンドに入れた時の加速、うまくギア繋がったときの気持ちよさはそうそう味わえるものじゃない。
まぁ、雨の日とかは地獄なんだけどな。そういう時は大人しくスクーターを借りることにしている。
おやっさんの店は午後7時には閉まる。今時商売気のないことだなぁと思っていたら、どうやらおやっさん、うちのマンションのオーナーらしい。割りと悠々自適で、正直羨ましい。今日はバイトは休みで、帰りの時間も7時を回っているため、アミーゴに立ち寄ることにした。ここにはさっき平塚先生に話した友人の1人がいる。
「あ、いらっしゃいませ・・・あ、比企谷、おかえり」
「おう。・・・おやっさん来てるか?」
「まだちょっと整備が残ってるって。裏から入ってこいって言ってたよ。・・・それにしても随分遅かったじゃない、独身に絡まれてたんだって?」
そういってくす、と笑ったこいつは、川崎沙希という。同じ総武高校、ついでに同じクラスだ。去年の今頃だったか、ちょっとしたことで知り合い、俺の妹と川崎の弟が同級生ってこともあって意気投合した。まぁ他にも軽い日常や重い事件もあったんだが、まぁいいか。
こいつと俺には「シスコン(川崎はブラコンも)」という共通項がある。俺の妹の小町は中学3年生で、母親と一緒に少し離れた実家に住んでいる。俺だけ一人暮らしなのはまぁ事情があるわけだが、特に家族仲が悪いわけではない。はず。・・・だよね?
川崎はさっき出た弟の他、保育園に通う妹、更に下に2人目の弟がおり、その全てを溺愛している。基本的に面倒見が良く、主婦スペックがやたら高い。青みがかった銀髪をポニーテールに結っており、女子にしては高い身長と美人だがキツめの目つき、人見知りから来るぶっきらぼうな言動からヤンキー扱いされることが多いが、本人はごく普通の、B級ホラー映画が恐くて夜寝られなくなる、空手の有段者である。・・・ごく普通?
「・・・部活に入れられた」
「は?あんたが?え、部活?」
川崎は一瞬呆けた表情になったが、やがて
「・・・ぷふっ」
吹き出しやがった。ちくしょう、素で笑いやがったな可愛いじゃねえか。
「作文が気に入らねえから罰として、だってよ。・・・お前、雪ノ下雪乃って知ってるか?」
「雪ノ下・・・って、もしかして」
「呼んだ―っ!?」
タイミングいいなおい。
「もー、帰ったら裏から来てねって言ったのになー」
わざとらしく頬を膨らませて見せているのは、雪ノ下陽乃。例の雪ノ下雪乃の姉である。
「こんばんは、雪ノ下さん。・・・ていうか、アレ雪ノ下さんが絡んでますよね」
「んー、何のことかなー?」
「俺が奉仕部に入部させられた件ですよ。どうせ雪ノ下さんが吹き込んだんでしょう、平塚先生に」
「・・・ほんとに鋭いねえ君は。でもわたしが頼んだのは、雪乃ちゃんの部活に連れて行って欲しいってだけだよ?そしたら多分君は雪乃ちゃんをほっとけないと思ったしさー」
「鋭いのはどっちだよ・・・。まんまとその通りですよ。なんであんなに怯えてんですかあいつ。攻撃的すぎて逆に本性ばれちゃってますけど」
「その辺はまぁ、おいおいね。君自身に直接知ってもらいたいことでもあるし。まあ仲良くやってよ。なんなら彼女にしちゃってもいいからさっ」
ぱしゃん、と硬いものが割れる音がした。
「おい大丈夫か川崎」
「ちょちょちょっと手がすべっちゃっただけ。気にしないで」
「そうか?ちと手見せてみ」
「あっ・・・」
川崎の手を取る。少し切ってるな。俺はカウンターに入り、救急箱から絆創膏を出して指に巻いてやった。
「お前にしちゃ珍しいな。疲れてんじゃねえか?無理すんなよ?」
「あ、あう・・・」
俺はここの、引いては川崎の入れるコーヒーが好きだ。超甘党で基本コーヒーと言えばMAXなアレしか飲まないが、ここのコーヒーだけは別だ。だから、それを入れる川崎にはぜひご自愛いただきたい。
「でさ、比企谷くん」
「あ、そうだ、何か用事だったんですよね?」
「例のアレ、完成したよ。プロトタイプだけど」
「!」
それを早く言ってくれよ雪ノ下さん。
「まじですか!」
「さっき持ってきて、立花さんに預け・・・あ、ちょっと比企谷くん!」
俺は喫茶店を飛び出し、おやっさんの所に走っていった。
sideB
「おやっさん!」
「お、帰ってきたか八幡。陽乃ちゃんに聞いたな?」
「はい、で、どこに?」
「ほら、そこの応接テーブルのところに置いてある」
「おぉ・・・」
八幡が目を向けた先には応接用のローテーブル、そしてそこには黒い肌着のようなものと、大きめなバックルのようなものが置いてあった。
「もー、話終わる前に走っていっちゃうんだから・・・」
雪ノ下陽乃が呆れ顔で入ってきた。その後ろには沙希の姿もある。
「強化スーツの上下とナノドライバー。比企谷くんの身体に完全にフィットするようになってるからね。ちょっと試してみたら?」
子供の様に目を輝かせる八幡に、陽乃は苦笑しつつも優しく声を掛ける。
「いや、でも今すぐは」
「大丈夫。いいから脱いでみて?あ、全部ね」
「へぁ?」
いきなり脱げと言われ、八幡は戸惑い、沙希は顔を赤くする。そんな2人をニコニコ、いやちょっとニヤニヤと眺める、立花藤兵衛だった。
「よし八幡、事務室が今空いてるから、そっちで着替えてこい。陽乃ちゃん、強化スーツの上には服を着られるんだよな?」
「ええ、普段はそれで問題ありません。比企谷くん、肌着をつける感じで着てみて。その上から服を着ても大丈夫だけど、今回は試着ってことで、スーツだけね」
「まじか・・・恥ずかしすぎるだろそれ・・・」
「いいから!それとも沙希ちゃんに手伝ってもらう?」
「川崎からかうのやめてくださいよ、あとで俺が大変なんですから・・・」
ぶつぶついいながら、八幡は事務所に消えていった。
「陽乃さん」
「ん、どうしたの沙希ちゃん?」
「あいつは、あれで楽になれるんでしょうか。疑ってるわけじゃないんですけど、その」
「今までより無茶しそうってことかな?」
小さく頷く沙希に、陽乃は優しい目を向け、そっと髪をなでた。
「ひゃうっ」
「大丈夫。そうなっても、わたしや沙希ちゃん、立花さんがいるじゃない」
「それは、そう・・・なんですけど」
「沙希ちゃんは優しいね」
「え、あ、いや、そんなんじゃなくてっ!ただ、あたしは・・・」
「着ましたよ。・・・けど、この格好でそっちいくんすか・・・」
言いながら八幡は事務室から出てきた。強化スーツと呼ばれたそれは全身タイツの様に、首から上、手首から先、くるぶしから先を残し、八幡の締まった身体を覆っていた。ただ、普通のタイツと違うのは、肩と股間、膝と肘に薄いパッドの様なものが入っていることだった。
「おぉー眼福眼福」
「変態かよ・・・」
「あーひどいなぁ。まぁいいや、その状態でこっちのバックルを持ってみて」
「これですか。・・・なんかこういうの懐かしいんだけど」
「うちの弟も良く遊んでたよ。あれ、色々追加されてお金かかるんだよね・・・」
「確かに似てるねー。じゃあ簡単に説明・・・と、来たかな」
誰が、と言いかけて、八幡は外の音に気づいた。なんだかんだ、夢中になっていたようだ。外からは、いつもの和太鼓を不規則に叩くようなアイドリング音が聞こえる。
「説明は彼からしてもらおうかな、せっかくだしね」
「はっちまーーーーん!!」
裏口のドアを勢い良く開いて転がり込んで来た太った男は、八幡のもう1人の友人、材木座義輝であった。
「お前エンジンくらい止めてこいよ・・・」
「問題ない、我が離れれば一定の時間で止まるようになっておる」
「まぁ、あのエンジンは急に止めると次動かなくなるからなぁ。・・・お、止まった」
「うむ、うっかり焼き付いたのも一度や二度ではない。・・・して八幡、着心地はどうだ」
材木座は八幡に向かって聞いた。
「おお、少し締め付けはあるけど逆に動きやすい感じだな。パッドも動きを邪魔しない」
「良きかな良きかな。採寸と型は川崎女史の手製だからな。ナノドライバーの方はどうだ、試してみたのか?」
「ううん、わたしから説明しようかと思ったんだけど、丁度材木座くんの音が聞こえたからさー。直接説明してもらう方がいいかなって」
「うむ。では八幡よ、説明いたそ「手早くな」・・うむ」
材木座は八幡からナノドライバーを受け取った。そして部屋の片隅にあるホワイトボードに近づくと、やたらキレのいい動きで振り向いた。
「では説明しよう。ナノドライバーとは、この中にあるナノマシンを八幡の身体に散布し、超強化外骨格を形成する装置である。形成、装着に必要な時間は約3秒。この間は関節を出来るだけ楽にし、動きを止めなくてはならない。そもそもこのナノドライバーは」
「材木座」
「・・・む、なんだ八幡、まだ説明の途中だぞ」
「俺理系苦手なんだよ。平たく言ってくれ」
「むぅ、いたしかたあるまい。・・・平たく言うと、変身ベルトだ。これを腰に当て、両側にあるスイッチを同時に押すとベルトが巻かれる。巻いた状態でパスワードを音声入力、3秒待つと出来上がりだ。平たいだろう」
「平たくしすぎてちょっとお子様ヒーローみたいになっちゃってるんだけど」
「・・・材木座、ちっと気になるんだがな」
「うむ、なんでも聞くが良い」
「パスワードを音声入力ってお前、それもしかして」
「うむ!」
若干げんなりした表情の八幡に向かって、材木座は自信たっぷりに言い放った。
「古今東西、ベルトを装着して外骨格を形成させるにふさわしい言葉はただ一つ!」
更に、かっこいいつもりだろうか、丸々とした指で眼鏡をくいっと上げ、
「“変身”だ」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「だーっはっはっは、いいじゃないか八幡、かっこいいぜ!」
立花は豪快に笑い飛ばしたが、あとの3人はドン引きであった。
「・・・と、とにかく比企谷くん、このナノドライバーは中にナノマシンを内蔵してるんだけど、解除するたびに量が減る、使い捨てなんだ。だから3回使うごとにメンテが必要になるから、そこは気をつけてね。メンテの仕方自体は難しくないから、沙希ちゃんにも教えておくよ」
「・・・あ、わ、わかりました。よろしくお願いします」
「あ、あと、服を着てても使えるけど、解除する時には服はなくなってるからね。装甲の生成で瞬間的に高熱が出るから、一瞬で炭になっちゃうんだ」
「まじすか・・・」
「まだプロトだからねー。そのへんは今研究中。・・・さ、せっかくだし、一回変身してみよっか!」
「いや、だって俺今」
「大丈夫だよー。今のままでも使えるし。基本的には頭と胸、手足にプロテクターが装着される感じかな。もちろんフルに能力を引き出せるわけじゃないけど、これだけでも強化はされるよ」
なんとなく釈然としないまま、八幡はナノドライバーを腰に当て、スイッチを押す。しゅる、と小さい音がすると、左から伸びたベルトが右に回り、自動で腰にしっくりと収まった。
「おぉ・・・」
これには八幡も感嘆の声を上げた。
『やべぇ、これかなりかっけぇぞ』
問題はこの後である。流石に高校生にもなって「変身!」はちょっと恥ずかしい。が、材木座のキラキラした瞳、陽乃のニヨニヨした瞳、おやっさんのほっこりした瞳、そして沙希のちょっとドキドキしつつワクワクした様子を見ると、これはもう逃げられねぇな、と観念した。
「はぁ・・変身」