SideA(八幡視点)
俺は今、雪ノ下さんの指示で、とある倉庫に向かっている。少し後ろから川崎がついてきていた。
雪ノ下さんから俺の携帯に連絡が来たのは、雪ノ下雪乃が戻って数分後のことだった。雪ノ下本人には告げられないことだと言うので、そのまま聞いてみたところ、なんだかえらいことになっていた。
「雪ノ下。悪いが俺はちょっと出る。あとで雪ノ下さんがここに来る。事情はそこで聞いてくれ。・・・由比ヶ浜も悪いが雪ノ下と一緒にいてくれ。川崎も・・・あれ、川崎どこいった」
「ヒッキーが電話してる間に行っちゃったよ。なんだかわからないけど、優美子たちのことだよね?」
「比企谷くん、今のは姉さんからよね。彼らが見つかったのかしら?」
「ああ。居場所がわかった。細かいことは後だ。・・・由比ヶ浜」
「な、なに?」
「雪ノ下についててやってくれ。・・・頼むな」
「ヒッキー・・・うん、わかった!気をつけてね!」
「おう、じゃあな」
「川崎」
「遅いよ比企谷」
「お前は残れ。何が起きるかわかんねえんだ、わざわざ危ない橋渡るんじゃねえよ」
「いやだね。その橋は比企谷、あんたも渡るんだろ?だったらあたしも行くよ。ほんとにやばかったら戻るさ」
「馬鹿野郎、危ないのがわかってんのに付いてくんなつってんだ」
「いちいちうるさいね、いいから連れていきな。あんたが暴走したら誰が止めるっていうのさ」
「・・・ほんとにやばかったら戻れよ。絶対だ」
「わかってる。ほら、行こう」
「・・・どうなっても知らねえからな・・・」
行った先に何があるのか。わかってるのは、またベルトを使うことになりそうだってことだけだ。しかも、相手の数がわからない。第三営業部所属の改造兵士はレベル2と、レベル3の実験体だけ。しかし、その全てが元軍人で、志願して改造された。雪ノ下さんからそれだけは聞いている。集団で来られるとやばいが、向こうもそれは承知のはずだ。正直川崎はこのまま家に返したいところだが、一緒に行くとなって、心のどこかに安心している自分もいる。
依存。
恐らく俺は、川崎に依存しているのだ。甘えと言っても良い。好意を持ってくれるのをいいことに、結果的にいいように利用しているような気がして自分に嫌気がさす。だが、今この期に及んでは、そうも言っていられない。何しろ時間が惜しいし、実際俺を止めることが出来るのは川崎だけなのだ。
・・・だから嫌なんだよ。俺は。自分が。
言い訳ばかり上手くなりやがって。
SideB
八幡達が到着した時、そこには既に、1つの影があった。
「戸塚!?」
「あ、八幡。やっときた」
「どうしてお前が?」
「ええとね。僕が所属してる第一営業部と、この第三はすごく仲が悪いんだって。まぁ、第三は乱暴な人たちばかりだし、僕も好きじゃないんだけど」
「いや、そうじゃなくて、どうして俺達がここに来るのを知ってた?お前の連絡先は俺しか知らないよな?」
「第一に通報があったんだ。多分雪ノ下さんだと思うけど。それで、いい機会だから第三を懲らしめてきなさいって言われたんだ」
あはは、と屈託なく笑う戸塚に、八幡は薄ら寒いものを感じていた。
「捕まってるの、昨日テニスコートに来た人たちだよね?正直僕はどうでもいいんだけど、八幡が助けに行くなら手伝うよ。中に入ったこともあるし、道案内出来るんじゃないかな」
「・・・なるほど。じゃあすまんが頼む。俺も正直やつらはどうでもいいが、奉仕部に依頼があったんでな。部長が引き受けた以上、やることはやらないといかん」
「川崎さんは大丈夫?ここからはかなりハードになるから、僕と八幡で行くね。ここは死角になってるから、ここで待っててくれればいいから。後で第一の車が来るから、あの人達を助けたら乗せるのを手伝ってくれると助かるな」
「わかった。気をつけてね。比企谷も、ついでだけど戸塚、あんたも」
「おう、行ってくるわ」
「あはは、ありがと、いってきます!」
SideC
財団、第三営業部内衛生保全課地下。葉山達はそこに捕らえられていた。
暗く、空気の湿ったうら寒いコンクリートの部屋。葉山と一緒に連れてこられた三浦、海老名は、その一昔前の監獄のような「待ち合わせ室」の床に直接座っていた。
こつ、こつと革靴の音がする。やがて彼女たちの前に、白衣を着た男が一人現れた。
「・・・さて、お嬢さん方。ここに来て丸24時間経った訳だが・・・気分はどうだね?」
「・・・」
「・・・お仲間が心配か?」
「・・・隼人と戸部をどうしたし」
「片方は寝ている。もう片方は・・・そろそろ始まるよ」
「は、始まるって、なにが?」
「もちろん・・・ああ、失礼、私はこの「財団第三営業部衛生保全課の課長をさせてもらっている、熊谷というものだ。で、先程の質問だが」
熊谷と名乗った男は、そのねっとりした口調で続けた。
「君たちは、改造兵士というのを知っているかね?もう20年になるかな、君らが生まれる前の話だが、かつてこの国には【財団】と呼ばれる組織があった。今でも存在はするが、当時は知る人ぞ知る、巨大複合企業だった。複合企業だ、業態は様々だが、その中で一番力を入れていたのが【兵器産業】だ」
2人は、急に饒舌に語りはじめた熊谷の声がまるで耳に入らないかのような顔をしていたが、全く構わぬといった風情で話は続いていく。
「簡単に兵器といっても、これまでのような武器や戦車、戦闘機などではない。・・・もっとコンパクトに、自分の意志を持ち、目的のために自らを運用出来る。・・・そう、分かりやすく言えば、人間兵器。それが改造兵士だ」
「・・・え・・・」
「さて、そこでさっきの続きだ。君たちと一緒に来た男子生徒、片方は既に改造済みだ。もう片方も準備が整い次第【治療室】に入ることになる。しかもだ、今回はなんと、レベル4の実験だ。なに、心配することはない。実験とは言ってもすでに実用段階には入っているのだ。ただ、レベル4、次世代改造兵士は部ごとのコンペがあってね、それに勝たないと正式にレベル4としての商品にはならない。・・・だから、探していたんだよ」
「若く、健康で、精神力の弱い身体をね」
熊谷の言っていることは半分もわからない。だが、葉山と戸部が何かひどいことをされた、されようとしているのは理解出来た。
「君たちはどうやら、精神力が強いようだからね。そのあたりをゆっくりとなじませていって、それから本格的に改造という流れになる。・・・まぁ、今は休んでいるといい。・・・おやすみ」
それだけ言うと熊谷は踵を返した。三浦の眼から熊谷の姿が見えなくなるタイミングで、何かガスのようなものが2人に向けて噴射された。
「ごほっ、ごほっ・・・な、なに、こ・・・」
「ゆ、み・・・」
強力な催眠ガスにより、三浦と海老名の2人は、強制的に深い眠りに落ちていった。
SideD
八幡達が財団施設に向かっている頃。
総武高校奉仕部部室には、雪ノ下陽乃が訪れていた。
「こうやって会うのは久しぶりね、姉さん」
「雪乃ちゃん中々会ってくれないんだもん。お姉ちゃん哀しい」
「はぁ・・・。それで、この状況はどういうことなのかしら。比企谷くんからは姉さんが来るとしか聞いていないのだけれど」
「あ、あの・・・」
「ん、あなたは?」
「ゆ、由比ヶ浜結衣、です。ゆきのんとは友達で、その」
「ゆきのんて・・・」
「由比ヶ浜さん・・・」
「・・・いい!」
「ね、姉さん?」
「ゆきのんいいね!私もこれからそう呼んでもいい?」
「だめよ」
「えー、いけずだなぁ・・・。でもそうか、由比ヶ浜、ガハマちゃんね」
「ガ、ガハマちゃん・・・」
「・・・姉さん、由比ヶ浜さんはいても大丈夫なのかしら」
陽乃におされ気味の雪乃だったが、その言葉で急に居住まいを正した。
「正直、聞かないほうがいいかもしれないね。・・・ただ、ガハマちゃんの気持ち次第、になるかな」
「あたしの、気持ち次第・・・」
「そう。これからの話しを聞いて、それでも雪乃ちゃんとお友達でいてくれるなら、っていう感じかな。人によっては知らない方が幸せ。そういう話」
「・・・由比ヶ浜さん。今日は奉仕部としては活動もなくなったし、帰っても大丈夫よ。私のことは、心配しなくてもいいから」
「・・・ううん。いるよ」
「由比ヶ浜さん・・・」
「あたし、決めたんだ。ゆきのんとヒッキーは、ちゃんとあたしを見て、叱ってくれた。ダメなところを、ちゃんとダメって言ってくれた。そして、友達として一緒にいてくれる。だったら、あたしは逃げない。聞きたくないからって耳をふさぐくらいなら、もっと辛いかもしれない人の手を握るよ。だからゆきのん、一緒に話、聞かせて?」
「・・・ありがとうね、ガハマちゃん」
由比ヶ浜は話をしている間、ずっと雪乃の眼を見ていた。雪乃は耳まで赤くしながら、その話を黙って聞いていた。驚いた表情で、でも少し嬉しそうな雪乃を見て、陽乃は本心からの笑顔になっていた。
「じゃあ、話そうか。・・・正直、かなり重い話になるよ。内容は3つ。雪乃ちゃんのこと、今比企谷くん達がやってること、それから」
3つ目については、陽乃はここで言うかどうかを未だ悩んでいた。この情報はまだ裏が取れていない。それに、雪乃の決して強くはないメンタルでは、その前の2つでいっぱいいっぱいになるだろう。
「3つ目は・・・まだ確証がないからいっか。じゃあ、その前に自己紹介しておくね。雪乃ちゃんは知ってることだけど」
陽乃は由比ヶ浜の方に向き、深く頭を下げた。
「雪ノ下技術研究所、所長の雪ノ下陽乃です。大学生でもありますが、そちらは現在休学中です。この度は私共の問題に巻き込む形になってしまい、誠に申し訳ありません。雪乃の姉として、そして」
(ここからは雪乃ちゃんの知らない話だ。ごめん、ほんとごめんね)
「雪乃の改造責任者として、深くお詫び申し上げます」