何とか1本上がりました。
一応推敲はしていますが、万全とは言えないので、こっそり修正する、かも。
sideA
「つまり、昼休みにテニスの練習に付き合って欲しいと」
「うん。・・・お願い、できるかな?」
由比ヶ浜の一件以来、部員以外の人間の出入りがなかった奉仕部だったが、急な依頼が舞い込んできた。相手は「あの」戸塚彩加である。
「戸塚彩加くん、だったわね。うちの部員とも仲が良いようだし、廃部同然の部活を立て直したいとのことであれば、受けるのは吝かではないわ。出来る曜日やシフトなども考えてみるから、明日からやりましょう。まずはお互いの実力を見てみないといけないし、明日は一応全員出席ということで。いいかしら?」
「ありがとう、雪ノ下さん。八幡もよろしくね」
「あぁ・・・」
戸塚の去った後、奉仕部にいるのは八幡、雪乃、沙希、由比ヶ浜の4人である。いきなりの戸塚の依頼に、八幡も沙希も思うところがないではないが、内容そのものはいたって普通、テニス部主導のお手伝い要員となれば、断る理由はなかった。
「にしても、よく受けたな、雪ノ下」
八幡の言葉に、沙希と結衣が頷く。結衣が入部したことで精神的に落ち着きが見え始めた雪乃だったが、八幡が沙希を連れてきた時は、室内の温度が3℃は下がったのではないかと思うほどであった。
奉仕部などと言いながら、八幡が入るまでの間、ずっと依頼者を門前払いしてきた雪乃であったが、八幡の入部、由比ヶ浜の依頼達成、さらには入部して以来、まるで初めて味方と出会ったかの様に心を開いていた。八幡が初めて会った時に見た怯えのような感情は、少なくとも表向きには出てこない。まだ1ヶ月も経っていないにも関わらずである。その心境の変化には八幡も戸惑うことがあった。由比ヶ浜の件が終わり奉仕部に顔を出した時、雪乃本人から「呼び捨て、なんなら下の名前で呼んでも構わない」と言われた時にはある意味本気で心配したものだったが、その実、姉の陽乃から八幡の話を聞いたこともあり、態度が軟化していたのだった。さらには沙希のことも聞き及び、更に「あの2人はきっと雪乃ちゃんの味方になってくれるよ。だってわたしの友達だもん。変な色眼鏡で雪乃ちゃんを見たりしないしね。・・・それともあれかな、雪乃ちゃんは自分の味方も警戒して、最後には裸の王様になっちゃうタイプなのかなー?」などと子供じみた挑発を姉から受け、まんまと乗ってしまい「部員の世話くらいきちんとするわ。いつまでも姉さんの後を付いていくばかりじゃないのよ」と言い放っていた。
とはいえその本質が変わったわけではなく、初対面の相手にはやはり必要以上に怯えを感じているようだし、言葉の端々にそれが表れることはあった。
「その理由が正当なものであって自発的に何かをしようというのであれば、手助けするのを厭いはしないわ。・・・ただ、そうね、今までは断る前提で話を進めていたけれど、最近は比較的中立で話を聞けるようになった、のは否定しないわ」
「おぉ・・・ゆきのんがデレてる・・・」
「なっ!」
「もー可愛いなぁゆきのんはー!」
由比ヶ浜の入部以来、奉仕部の雰囲気は穏やかになっていた。八幡が休みの間も毎日顔を出し、事故の一件もお互いに謝罪し合うことで問題にならずして和解していた。
「比企谷」
「ん?」
「こいつら、いつもこうなの?」
「最近はな。雪ノ下のキツさはある意味対人恐怖症というか、人見知りみたいなもんだし、由比ヶ浜は弱気の部分を吹っ切ったらかなりグイグイ行くタイプだったみたいだしな。ここに放り込まれた時はこんなに賑やかな部になるとは思いもしなかったが」
「・・・そうね、正直私も予想外だわ。最初はちょっと鬱陶しかったのだけれど、今は・・・」
「うっとーしーとかひどいし。まぁでもいいや、いまはー?」
「・・・ほんとにグイグイいくね、由比ヶ浜・・・」
「ねーねーゆーきのーん、いーまーはー?」
「ちょ、ちょっと離れて・・・そ、そうね、今はこういうのも嫌いじゃない、かしらね」
「んふふー、もーゆきのんったら素直じゃないんだから―」
「百合百合しいのはいいとしてよ、雪ノ下、ちょっと相談があるんだが」
「なにかしら?」
「さっきの戸塚の依頼な、すまないが俺メインでやらせてくれねえか。仮にも男子テニス部だし、練習付き合うにしても体力が必要だしな。由比ヶ浜はお世辞にも運動神経良さそうに見えないし、雪ノ下も技術はともかく、体育会系は苦手なんじゃないか?」
「あら失礼ね。確かに筋力はそれほどあるわけではないけれど、体力自体は並以上にはあるわよ?以前は病弱で持久力もなかったけれどね」
「え、ゆきのん運動も出来るの!?もう完璧じゃん!」
「いや、だからちょっと、どこ触って・・・こら、ちょっと離れなさい」
「おぉ、そうなのか、すまん、じゃあローテで2人ずつってことでいいか。なにも全員で付き合うこともないしな」
「そうね、では私と由比ヶ浜さん、比企谷くんと川崎さんでローテーションを組みましょう。川崎さんも入ったばかりだし、そのほうがいいでしょう?」
「そうだね、比企谷なら付き合いもそれなりに長いし、問題ないよ」
「・・・え、川崎さんとヒッキーって付き合ってるの?」
「付き合いが長いつったんだ。俺と川崎はバイトやらなんやらで去年から付き合いがあんだよ。俺と付き合ってるとか、川崎に謝れ」
「あ、そうなんだ、ごめんね川崎さん」
「いや、それはいいけど・・・」
沙希は内心、少し落胆していた。もちろん八幡と恋人の関係にあるわけではないが、せめて少しくらい躊躇して欲しかった。せめて「付き合いがある」ではなく、「友人」と言ってくれたなら・・・と思わずにはいられなかった。
sideB(八幡視点)
明けて翌日、昼休み。
俺と川崎、そして戸塚は、テニスコートに来ていた。初日は雪ノ下がやりたがったが、その前に確認しないといけないことがある。もちろん、このメンツ以外には聞かれてはまずい話だ。
「・・・じゃあ戸塚、今回の依頼に裏はないってのは信じていいんだな?」
「うん、もちろん。1年ぶりに学校に通えて、活動してるのは僕だけとはいえ好きなテニスも出来て、八幡もいて、わざわざこれを壊すようなことはしないよ」
「・・・」
「僕はね、八幡」
戸塚はそう言いながら一歩足を踏み出した。待って待って近い近い、なんでこいつ男なのにこんないい匂いするんだよぉぉう。
「八幡や、八幡の大切な人に嘘はつかない。今でも八幡を財団に引き入れたいのは変わらない。でも、こないだ戦って、無理やり誘っても駄目だって思ったんだ。財団からもしばらくは動く必要はないって言われてるしね。・・・八幡」
「ん、誰か来るな・・・」
「比企谷も戸塚もほんと耳いいね・・・あ、あれは」
「あーっ、テニスコート開いてるし!あーしテニスしたい!」
先日の金髪縦ロールと愉快な仲間たちがこっちに歩いてくる。
「あ、戸塚、あんたテニス部だったん?ねー、あーし達もテニスやるし、いいっしょー?」
「あ、えと、三浦さん、だっけ。僕達一応部活の練習でここ借りてるんだけど・・・」
「えーなんて?そんな小さい声じゃ聞こえないし!」
威圧的だなぁこいつ。どんだけ周りからちやほやされてんだよ。
実際、部員は戸塚だけ、コートは2面あるから、別のコート使ってやるのは黙認してやってもいいんだが・・・
「やるのはいいとして、道具持ってねえだろ。どうすんだよ」
「あんたがこっちに渡せばいいじゃん。何いってんの?いいからこっちよこせし」
「はぁ・・・。おい、戸部、あと金髪イケメンの人。こいつ普段からこんなんなのか?」
「ひ、ヒキタニくん・・・」
「やぁヒキタニくん、みんなでやればもっと楽しいかと思ってね。どうだろう、戸塚くんの練習も兼ねて、試合形式でやるっていうのは?」
ふと気づくと、由比ヶ浜がいない。大方部室で雪ノ下とメシでも食ってるんだろう。あと眼鏡の地味かわいい感じの子がいるが、後ろの方でちっちゃくなってるな。あいつあれか、こないだ鼻血吹いたやつか。
「八幡」
戸塚が耳打ちしてくる。
「・・・・・・ね」
「・・・なるほど」
俺は連中に向き直ると、ラケットを突き出した。
「ほら、じゃあ使えよ」
「最初からそうしろし」
「ただ、試合はそれほど時間がねえ。サーブ勝負しねえか」
「サーブ勝負?」
「あぁ。ミスするまで何発連続で入れられるかの勝負だ。時間は3分。ジャッジはお前らの方に川崎、こっちにそこの眼鏡さん。俺らが負けたらこの休み時間、このコートはお前らが好きに使えばいい」
「比企谷、本当にいいの?」
「いいだろう、じゃあはじめようか。こっちは経験者の優美子がいく。ヒキタニくん達は?」
「ここの主は戸塚だからな、戸塚がやるってことでいいよな」
「うん、じゃあ川崎さん、ボールのカゴとってくれるかな?・・・ありがと。これ、三浦さんが使って。僕はこの」
ぱぁぁん。
戸塚が落ちているボールを拾った時、破裂音が大きく響いた。見ると、戸塚が拾ったボールが破裂し、中身が細かく飛び散っている。
「あ、いけない、強く掴みすぎちゃった」
再び戸塚が別のボールを拾うと、
「僕はこのボールを「ぱぁぁん」・・・あ、また」
縦ロール達は完全に固まっていた。川崎も同様だが、こっちは後で説明しておこう。
戸塚がボールをわざと握りつぶしたことを。
「おいおい戸塚、ちゃんと手入れしてるのか?」
「うーん、してるつもりだったんだけど・・・ごめんね、びっくりしちゃったよね」
「あ・・・いあ・・・う・・・」
「縦ロールはちょっと無理っぽいな。・・・おい戸部と金髪イケメン、どっちか入れよ。戸塚も今ので手を切ったみたいだし、俺とやろうぜ」
「は、隼人くん頼むっしょ。俺ちょっと勝てる気しないし・・・」
「な、戸部・・・仕方ないな。・・・お手柔らかに頼むよ、ヒキタニくん」
「お前が俺の名前をちゃんと言えたら手加減してやるよ、葉山」
とりあえず、予定通り。あの縦ロール、普段は威張ってても実は気が小さいと踏んだ俺と戸塚は、キンキンとやたらうるさいあの女王様を黙らせることにした。この集団、あくまでもトップに立つのはあの葉山って金髪だ。こいつらにこれ以降邪魔させないとすれば、ここでトップを引きずり出し、叩き伏せる必要がある。だが、あいつが最初から矢面に立つことはない。現に縦ロールに勝負させようとしたしな。なら、引きずり出せばいい。
どっちもまともに相手するなんてめんどくさいことはしない。あの女王様は猫騙し的なことでどうにかなる。その上で王様を叩き潰せば、それ以上絡んでくることはないだろう。眼鏡の子は乗り気じゃなさそうだし、戸部は最初から俺にびびっている。由比ヶ浜がいないのが幸いだったな。
sideC(沙希視点)
「葉山、やっぱりゲームにしようぜ。お互いテニスはあんまり経験ないだろ。サーブ対決よりゲームのが分かりやすく決着しそうだしな」
「・・・いいだろう」
「サーブはそっちからでいい。時間もないし、1ゲームで勝負だ」
やっぱり比企谷、葉山の名前知ってたんだ。まぁあんだけ教室ではしゃいでるんだし、耳にはしてるよね。でも、ちょっと意外だったな。もっとストレートに、力で排除することだってこの2人には軽く出来るはずなのに。まぁどういう形でも、あいつが負けるのなんて想像できないけど・・・。
多分比企谷は、葉山グループの心を折りにいってる。最初なんで戸塚がボールを破裂させてるのかわからなかったけど、あれを目の前で見たら確かにビビるよね。テニスボールって、車に踏まれても割れないっていうじゃない?それを2回も目の前で割られたら、戸塚のことを知らなかったら、あたしだってビビる。
つまり、あいつらはあれで、向こうのナンバー2を無力化させたんだ。そして奥にいる王様を引きずり出した。これで王様を潰せば、てことなんだろう。
あたしも多分比企谷も、別にあいつらに恨みはない。博愛主義を気取ってちょいちょい声を掛けられることはあるけど、今のところ深追いされてるわけでもない。嫌うだけの接点があるわけでもない。ただ、好きじゃないだけだ。ほっといてくれればいいだけ。ただそれだけだ。それだけのことが出来ないってところが気に入らない。なんとなくだが、ちょっとでも気になるやつは自分の傘下に入れておきたい、そんな性質なんじゃないかと思う。ただし、自分の目の届く所にいる人間、っていう注釈が入る。なぜなら、他のクラスには葉山のグループに近い人間がいない。中には関係を持ちたい人もいるらしく、たまに教室の外から様子を伺ったりしているみたいだが、声を掛けたり掛けられたりしている所を見たことがない。
既に学校の外に居場所を見つけているあたしたちから見れば、なんて小さい王国だろうと思う。そんな小国の王様が、よその国にちょっかいをかけるのが嫌なのだ。さらに由比ヶ浜のように、外の国との関係を作るのが気に入らない王様は、手下や女王を上手く焚き付けて手駒を減らさないようにする。あたしにはそういう風に見えてならなかった。
「じゃ、いくよ、ヒキタニくん」
「来いよ王様」
葉山がサーブを打つ。運動部、サッカー部だっけ?なだけあって、バネの利いたいいサーブだ。コースも悪くないんじゃないかな。対して比企谷は・・・動かなかった。
「15-0」
「・・・はっ、口だけじゃんあの腐った目のやつ」
「優美子、ヒキタニくんを煽るなって・・・」
「戸部、あんたビビリすぎ。中学んとき何があったかしんないけど、隼人のサーブに全然反応出来てないじゃん」
三浦がようやく再起動したのかな。でも、惜しいね三浦。
比企谷は、動けないんじゃなくて、動かなかったんだよ。まあそれに気づかなくてもしょうが無い。だって、今のボール、比企谷は目だけ動かして何かを確認してたんだから。
「次いくよ」
「こいよ」
葉山が再びサーブを打つ・・・た瞬間、比企谷は動いていた。
「くっ」
次の瞬間、ぱぁん、と小気味いい音を立て、ボールは葉山のすぐ横でバウンドした、はずだった。ボールの跡が葉山のすぐ脇にあり、ボールは後ろのネットを突き破った。と思う。
「・・・え?」
「審判」
「・・・あ、15-15」
審判の海老名が宣言して眼鏡の位置を直す。
おそらく比企谷と戸塚以外には、今のボールは見えていないだろう。
「な・・・」
「っべー・・・」
三浦と戸部が絶句している。正直、ちょっと同情もしている。なにしろ、面白半分で絡んだ相手が、2人ともボールを破壊できるほどの力とキレを持っているのだ。さらに言えば、「普通の」人間とは違う。望んでそうなった訳じゃないけど、規格外にも程がある。
「君達は・・・」
「・・・次は俺のサーブでいいんだよな」
「あ、ああ・・・」
比企谷はボールを受け取る。無造作に上げたそれを比企谷は、軽く打ち抜いたように見えた。
SideD
「じゃ、俺の勝ちってことでいいな。もうこういうのは勘弁してくれ。練習にならん」
「ごめんね、コートで遊びたいなら、道具持参でコート使用許可もらってやってね」
比企谷と戸塚が声をかけるが、葉山達は半ば放心状態でコートを去っていった。
「悪いことしちゃったかなぁ・・・」
「ノリノリでボール握りつぶしといて何言ってんだ。・・・にしても、ここが目立たない場所で良かったな。ギャラリーも来なかったし、あいつらもかっこ悪くて誰にも言えないだろ」
「そうだね。勝ち負けならまだしも、内容がちょっとばれちゃまずいことしちゃったしね」
「え、ボール割るの、まずかった?」
「比企谷のサーブもだよ。・・・あれはさすがに普通の人間には出来ないね。・・・バウンドした場所が焦げてるとか、「1箇所しか」跡がないとかさ」
「まぁ、あれだ。言ったところで信じるやつなんかいねえだろ」
「王子様もびっくりだね・・・」
「戸塚、雪ノ下達が付き合う時は気をつけろよ。出来れば球出しノックくらいにしとけ」
「そうだね、気をつけるよ」
「さて、じゃあ戻るか。そろそろ休み終わるし」
「うん、ありがとう八幡、川崎さんも」
「あぁ、まああたしは何の役にも立たなかったけどね」
「んなことねえよ、ありがとな川崎」
「う、うん・・・」
テニスコートを出る時、沙希は一瞬だけ後ろを振り向いた。自分でも何故かはわからなかったが、何か引っかかるものを感じていた。
* * * * *
テニスコートは敷地内の端にある。
コートの外側にはすぐ、総武高校を取り巻く道があり、そこには一台のリムジンが停まっていた。
「・・・確認出来たか」
「はい。戸塚彩加にも気づかれていません」
「比企谷八幡はどうか」
「表情からは読み取れませんでした。ですが」
「どうした」
「去り際、川崎沙希が一瞬こちらを向きました。気づいた様子はありませんが」
「わかった。さっきの学生どもは手はず通りに。川崎については一旦保留する」
「・・・承知しました」