Re:ちょろすぎる孤独な吸血女王   作:虚子

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第九話 『正義もまた遅れてやってくる』

 ラルトレアは盗品蔵へ入ってきた銀髪女の後頭部を見ていた。正確にはその首筋、うなじの辺りを。

 口を開き、成長した牙が影の中で披露される。

 

 

 

「……いた。今度は逃がさないから。絶対に返してもらうわ」

 

 

 

 日も暮れ始めた盗品蔵、その入り口に銀髪の少女は立っていた。その姿を見たフェルトが悔しそうな表情をしながら、一歩、後ろへ下がる。

 

 

 

 

「しつっこい女も嫌われるんだぜ」

 

「大人しくすれば、手加減くらいはしてあげる」

 

 

 

 まさかの偽称サテラの登場に、スバルは驚かざるを得ない。一回目のときよりも、明らかに登場が早まっている。

 

 

 銀髪の少女は出口を塞ぎながら手のひらをこちらへ向けてくる。

 

 

 パキンッパキンッ。

 

 という氷がひび割れるような音が室内をこだまする。スバルはそれが彼女が魔法を発動しようとしているものだと知っていた。

 だんだんと室内の温度が低くなっていく。

 

 

 

「私からの要求はひとつ。――徽章を返して。あれは大切なものなの」

 

 

 彼女の前方を、氷の柱が何本か浮遊していた。

 致命傷を避けるためか、刺突ではなく打撃武器にしたいからかは分からないが、先っぽが丸みを帯びている。

 

 一発でも発射したら殺す。絶対に殺す――ラルトレアはそう決めていた。狙いがスバルであろうとなかろうと、あとでスバルには「スバルを守るためだ」と言えばいいのだから、殺さない理由はない。

 

 

 それを知ってか知らずか、スバルは汗が背中を流れるのを感じていた。でしゃばらないようにただ無言で目の前の光景を見守ることに徹する。

 

 ――一体どうなってんだ。てかラルたんどこよ?!

 

 

 

 

「……ロム爺」

 

「ただの魔法使いなら儂も臆したりせぬが……この相手は」

 

 

 

 ロム爺は銀髪の少女を見やり、

 

 

 

「お嬢ちゃん。……あんた、エルフじゃろう」

 

 

 

 ロム爺の口から出た単語に、スバルは思わず顔を上げる。

 

 ――エルフ?! あのファンタジーものでお馴染みの?!

 

 その問いに少女は小さく息を吐いてから答えた。

 

 

 

「半分は違う。……半分はエルフだけど、半分は人間だから」

 

「銀髪の、ハーフエルフ!? まさか……?」

 

「違うわよ! ……私だって、迷惑してるんだから」

 

 

 ハーフエルフ、という単語にラルトレアはどこか納得がいっていた。

 

 ――何かと思えば半端者ではないか。

 純血のラルトレアはハーフを蔑視すると言う悪癖があった。彼女のメイドであるクリスのおかげで、多少は偏見が軽くなっているものの、先入観というものは簡単にはなくならない。

 

 

 会話が流れていく間もフェルトの表情は固いままだ。

 さっぱり事情が理解できないスバルに、フェルトは自嘲気味に笑うと、

 

 

「兄ちゃん。よくもアタシをはめてくれたな……」

 

「は?」

 

「持ち主に返す、とかほざくから怪しいとは思ってたんだ。ハナっからグルだったんじゃねーか」

 

 

「……? どういうこと? あなたたち、仲間なんじゃないの?」

 

 

 

 フェルトとの諍いに困惑する偽称サテラに対して、フェルトはそれを小馬鹿にするように鼻で笑って、

 

 

「猿芝居してんじゃねーよ。こっちは詰みだ。さっさと徽章を取り返して、アタシを笑えばいいじゃねーか。あぁ!! クソが!」

 

 

 苛立ちに頭皮を掻き毟ってしまうフェルト。

 それを見て、眉を寄せる偽称サテラ。

 そんな二人の間にスバルは「まぁまぁ」と割って入り、

 

 

「もういいじゃねぇか。フェルトは徽章を返して、銀髪の君はお家に帰る。盗られないようにちゃんと手に握りしめてな」

 

「その優しさが逆に不信感をかきたてているのがわからないの?」

 

「釈然としねーのはアタシもだ。兄ちゃん、どういうことか説明してくれよ」

 

 

 

 フェルトは金は貰えないが命は助かる。偽称サテラは徽章を取り戻して殺されない。みんなで助かる、ハッピーエンド作戦は崩壊した。

 

 二人の注目を集めてしまい、事情を言えという、何とも返しの困る攻撃を受けるはめになった。こんなどんづまりな時に助けてくれるスーパー幼女はどこに行ったのか。

 

 そのときラルトレアは自分を求めるスバルの視線に気づいていた。しかしここから飛び出て上手く乗り切るには、もはや全て説明するしかない。うまい言い訳がラルトレアにもすぐには思いつかなかったのだ。

 

 飛び出すか、飛び出すまいか――その一瞬の躊躇が、一つの狂気の接近をラルトレアに知らせていた。

 

 

 盗品蔵の入り口から、にゅぅっと、流れるように黒い狂気が現れ、先ほどまでラルトレアの狙っていた銀髪女の首筋に迫っていた。

 

 ラルトレアの位置から見れば、殺人鬼の首筋が丸見えである――

 

 

 その瞬間。

 

 

 

 

「――パック! 防げ!!」

 

 

 スバルが叫んだ。

 忍び寄る狂気――黒い装束の女が銀髪女が首を刎ねようとした時、その首元に青白い魔法陣が展開された。

 

 黒い女の持ったククリナイフと魔法陣がぶつかり、金属質な音を立てる。鼓膜をふるわせるその音を聞きながら、ラルトレアは飛び出した――

 

 

「我ごと殺せパック!!!」

 

 

 

 『吸血解放Ⅱ』。

 微弱ながらも肉体能力を底上げしてから、ラルトレアは黒い女の首元にしがみつき、その両腕を後ろから引っ掴んでひねりあげた。

 ラルトレアは両足で女の腰に巻きつき、パックの攻撃が当たるように女を固定する。

 

 

 次の瞬間、氷柱の連撃が黒い女を襲った。その余波から逃げるようにまた陰に潜み、スバルの足元へと戻った。

 

 

 

「えっ、ラルたん?! パックやめろ!! やめろって!!! ラルたんまで死んじゃったらどうすんだ!!」

 

「我ならここに居るぞ?」

 

「――いや何言ってんだって、はえ?」

 

 

 まるで幻覚でも見ていたのかといった感じのスバル。だらしない顔をしてラルトレアを見つめたあとに、目をゴシゴシこすっている。だが何度見てもそこにいるのは黒髪の幼女である。

 

 

「どっちも、ベストのタイミングだったよ。まさか影に潜んでた君が味方だとは思ってなかったけど。ありがとう、助かったよ」

 

「感謝するがいい」

 

「え? あれ? どういうことラルたん?」

 

 

 まだ状況についていけないスバル。

 情けない彼の代わりに、ラルトレアは彼の真似をしてサムズアップ。

 

 そして。

 不意打ちを邪魔された挙句に反撃をくらわされた殺人鬼はというと。

 

 

 

「――ふふふ、素敵。精霊に、可愛いお嬢ちゃんは一体何かしら。いえ、さばいてみたらわかることね」

 

 

 だらりと垂れさがった両手にククリナイフ。だが、全身を串刺しにされたはずのエルザが無傷で立っていた。

 

 

「――備えあれば憂いなし、ってね。要らないかと思ったけど、着てきて良かった」

 

 

 黒い外套を脱ぎ捨てて、ククリナイフをくるくると回して遊んでいる。ラルトレアは地面に落ちたその上着をじっと見ていた。

 ――魔法を防ぐものか、便利なものもあるのだな。

 

 反撃が失敗したことにラルトレアは何とも思わない。どれだけ準備しても全てに対応できるとは限らないのだ。すべきことは、現状で持てる全てを出せる準備だけだ。

 

 

 エルザはうっとりした顔で室内を見回して、ひとりひとり獲物を確認していく。パック、偽称サテラ、ラルトレア、スバル、ロム爺とみて、最後にフェルトを冷めた目で見て。

 

 

 

「商談は不成立。この場の関係者は問答無用で皆殺し。徽章はその上で回収することにするわ」

 

 

 エルザは聖母のように薄く笑って、フェルトに告げる。

 

 

 

「――あなたは仕事をまともにできないゴミよ。死になさい」

 

「――――ッ」

 

「てめぇ、ふざけんなよ――!!」

 

 

 エルザに怒鳴ったのはフェルトではなく、スバルだった。

 その言動に、さしものラルトレアもびっくりしてしまう。ラルトレアだけではない、この場にいる全員が驚いていた。

 

 

「小さい女の子いじめて喜んでんじゃねえよ! この内臓大好き異常性癖者が!! というかどういうタイミングで出てきてんだよ、今か今かと外で待ってたのか!? マジで恐いんだよ顔も見たくねぇ! 俺がどれくらいお前が会いたくなかったかっていうとなぁお前に会うくらいなら毎日ゴキブリ千匹とエンカウントする方がまだマシっていうレベルなんだよ! つまりお前はゴキブリ神だ! いやそれは違うか!」

 

「……なにを言ってるの、あなた」

 

「恐怖と焦りで頭の中フルバーストしちまったせいで何言ってっかわかんなくなってきたんだよチクショウ! そんな盗品蔵ですがお暇な皆様はぜひ寄ってみてはどうでしょうか!」

 

 

 意味のないスバルの怒声。

 幼女の前だから訳分からないことは言わないでおこうという、というストッパーさえ今ではぶっ壊れてしまっている。

 スバルはその流れのままで、

 

 

「よし大体これくらいか――やってくだせえ、パック閣下!!」

 

「惚れ惚れする無様さだね。だから、期待に応えるとしよう」

 

 

 

 浮かび上がる氷柱。

 エルザの四方八方を囲むように二十本ほどもあるそれを見て、ラルトレアはふたたび影の中にもぐった。隣に居るスバルは気づいていないが、エルザはそれを見ていた。

 

 

 

「ボクの名前はパック。――名前だけでも覚えて逝ってね」

 

 

 次の瞬間、氷柱による砲撃が射出されたと同時に、ラルトレアはエルザの足元に出現してそのくるぶしを掴んだ。ラインハルトには通用しなかった技だ。

 念のために、『吸血之剣』を生み出して、ラルトレアは口にくわえる。いつでも射出できるように構えた。

 

 

 だが。

 

 

「――ッ!」

 

 

 両手が、手首から切り落とされていた。

 エルザはパックの一撃を避けるよりも、屈んでラルトレアへと攻撃を与えてきたのだ。影から地上へと出ると、壁際に血まみれのエルザが立っていた。

 

 切断されたラルトレアの手首からダバダバと血が流れだし、口にくわえた『吸血之剣』が吐き出された床に刺さった。

 

 

「正気ではないの。腹にどでかい穴を開けてまで我を斬りたかったのだな」

 

「――ふふふ、ええそうよ。精霊もいいけど、あなたの方がよっぽど興味があるの。できればお腹を切り開かせてほしいのだけど」

 

「ラルたんッ!!」

 

「静かにしておれスバル。こやつは我が殺す。安心するのだ」

 

 

 後ろを振り返らなくとも、狂いそうなほど心配しているスバルのことを感じることができる。

 ――ああ、この手だ。この手があったのだ。男は女の弱いところに惚れる。こうして我が傷つけば傷つくだけスバルが我の事を見る。

 

 

 笑って、ラルトレアは生えてきた”新しい左手”で『吸血之剣』を掴んだ。エルザの方も、腹にぶっ刺さった氷柱を抜いている。おびただしい血の量が床に飛び散っていく。

 

 

「ボクとしては女の子同士がそんな血みどろで戦うのは感心しないんだけどなぁ」

 

「ふふふ、女の子扱いされるのなんていつぶりかしら。精霊さん、あなたも混ざってきてちょうだい。一緒に踊りましょう?」

 

 

 言って、エルザがラルトレアへと突進してきた。ダッと跳ぶように距離を詰めてくると、幼女の小さい首めがけてククリナイフを一振り。しかしラルトレアの小さな体はまた影の中へと沈んでいく。

 

 エルザが不意打ちを読んで後ろへとナイフを振った瞬間。

 

 

「よそ見はよくないなぁ。お望み通りボクも混ざってあげるよ」

 

 

 背後からのパックの連撃を強引に体をひねって打ち返していく。だがすべてははじけず、一部は太ももや二の腕に突き刺さっていく。

 さしものエルザも対応が間に合わない。

 そのねじれた背中を、一つの影が移動した。

 

 

「――『吸血之牙』」

 

 

 ガブリッと、エルザの肩の肉を噛み千切らんばかりにラルトレアが襲い掛かった。『血霊器具』二式を発動させ、牙がエルザの肉に食い込み、凄まじい勢いで血を啜っていく。

 

 だがエルザはその吸血をものともせずに、ククリナイフをある場所へと投げつけた。

 

 

 盗品蔵の隅っこで戦いを見守るスバル、フェルト、ロム爺の方向へと。ナイフは回転するたびに、スバルの額へと向かっていった。

 

 

 

「――貴様ぁあああああ!!!!」

 

 

 絶叫するラルトレアは牙を外してすぐさま影に潜った。地上を走るよりも影の中を潜行する方が圧倒的に速い。

 回転するククリナイフが呆けるスバルの額に刺さろうとしたとき。

 

 ガギンッ。

 間に合わない、と判断したラルトレアが影から飛び出し、顔面でそれを受け止めた。勢い余ったラルトレアが木の壁に突っ込んでいく。

 

 ポロポロッ……と壁を破壊したラルトレアが木くずを舞い上がらせながら立ち上がる。彼女は猛烈に怒っていた。

 口もとを触ってみるとわかる。

 牙が折れていたのだ。

 

 

「”同種”の貴様には分かるであろう……牙を折られる悲しみを、この怒りを……」

 

「牙がなくなれば爪で。爪がなくなれば歯で。歯がなくなれば骨で。骨がなくなるのならば命で。それが私のスタイルよ」

 

「救いがたい馬鹿だ。死ぬがいい」

 

 

 反吐が出る気分だった。

 牙を折られたのはこれで二度目。同じ吸血鬼に折られたのはこれで初めてだ。万全の状態ならばこんなカスなど簡単にミンチにできるというのに。

 

 ――これが献身か。愛なのだ。人を殺せば簡単に勝てる相手に、スバルの為にこうも苦労を重ねる……これこそが愛。

 

 

「――『吸血解放Ⅲ』」

 

 

 エルザが吸った血で解放段階を一段階上げる。剣術なんてまとも知らないラルトレアが見様見真似で『吸血之剣』を構えた。

 

 

「スバル、その者どもを連れてさっさとここから逃げるのだ」

 

「ぐっ、ラルたん。お、お俺も――」

 

「――足手まといになっておることが何故分からん?!! さっさと行くのだ!!」

 

 

 時には厳しさも必要なのだ。ラルトレアはそう言い訳する。

 これ以上スバルを狙われると本当にやられる。いくら強いラルトレアでも、血が無くなればただの童女に戻ってしまうのだ。そうなれば待っているのは死だ。

 いくらスバルに尽くしても、死んだらそのお返しを受け取れない。

 

 

 パキンッ。

 逃げようとしたスバルたちを狙うエルザの側面から、パックとエミリアが攻撃を与える。間一髪で三人は扉から外へと脱出していった。

 

 

 

「パック、まだいけそう?」

 

「ごめん、スゴイ眠い。ちょっと無理そうだ。」

 

 

 ――毛玉が限界か。ということは我と銀髪女でやらねばならぬのか。

 

 パックの輪郭が段々とぼんやりとしていき、

 

 

 

「あとはこの子と一緒にがんばるから。今は休んで。ありがとね」

 

「君に危険があれば、オドを絞り出してでもボクを呼び出すんだよ」

 

 

 パックの体が霧となって消え失せる。その様子を黙ってみていたエルザが、残念そうな声を出した。

 

 

「――あら、もう終わりなの。もっと、もっと、楽しませてちょうだい!」

 

 

 

 エルザが標的を変えて銀髪女へと切りかかった。もう一つ持っていたらしいククリナイフを振り下ろすが、それを奇妙な魔法陣が妨げている。

 

 その側面に、『吸血之剣』を構えたラルトレアが突進していく。だがそれをエルザは刃を滑らせるようにして逸らし、その勢いのままに銀髪女へと蹴りを繰り出していく。

 

 

 力自体は拮抗しているのに、現状はエルザに押されている。

 原因は明らかだ。二人がまったくと言っていいほど連携していないこと。ラルトレアが、隙あらばエルザに偽称サテラを殺させようとしていた。

 

 ラルトレアは慢心していた。この女など自分だけで殺せると。エルザとのつばぜり合いも力では負けていない。ただ、技量が圧倒的足りていなかった。

 

 

 だから。

 

 

「――がぼっ」

 

 

 ラルトレアの小さな口から血の塊が流れ落ちた。腹部に刺さったエルザの腕が、内部をひっかきまわすようにして動き回る。

 

 

「ふふふ……ああ、いい。いいわ。ちょっと冷たいのね、あなたの内臓って。まるで死んでいるみたい」

 

 

 

 ククリナイフを手から弾いたラルトレアは完全に油断していた。

 

 ――ぬ、ぬかったか……だが、まだだ。

 

 

 銀髪女も目の前の惨状に動きを止めている。エルザもまたラルトレアの中身をいじくることに夢中になっている。

 この場にはもうスバルはいない。まとめて二人とも殺してしまおう。

 五十式『血之終焉』。

 当初の予定では防御として『吸血之壁』を使うつもりでいたがその必要もなくなった。

 

 今床には大量のラルトレアの血が付着している。この量ならこの盗品蔵ごと木っ端みじんにできる。

 

 だが。

 

 

 

「うおぉぁあああああああ!!!! ラルたんから離れろやぁあああああ!!!!」

 

 

 スバルだった。

 釘を何本も刺した棍棒を持ち上げながらこちらへと突っ込んでくる。

 

 ――スバルぅ……ああ、スバルぅ……

 

 エルザはラルトレアから腕を引き抜いて、スバルと対面する。エルザが血をなめとりながら、微笑みを浮かべた。

 その血がラルトレアのものだと気づいたスバルは――

 

 

「どれもこれも俺がビビッたせいだ何をしてるチキッてんじゃねえ! 俺だってやればできるんだよぉ!! 男の子だからなぁああ!!!! 今助ける!!!!」

 

 

 スバルが棍棒に引っ張られるようにスイングをかましていく。

 それをいとも簡単にかわしていくエルザは遊んでいるようだった。まずは、ラルトレアからエルザを引き離すとラルトレアを抱き起し、

 

 

「だ、だだ大丈夫だ。俺が来たからには万事解結全て問題ナッシング!」

 

「くふ、ふっ。馬鹿なやつなのだ。愛しておるぞ、スバル」

 

「ちょっ、この場面で愛の告白?! いやいやあと数年、せめて数年! って言ってる場合じゃねえだろ! 血! 腹から血が止まらねぇって!」

 

「――? なんだそんなことか。ほれ、触ってみろ」

 

「いや俺ちょっと実は血が苦手で……ってあれ、傷は?」

 

 

 切り裂かれたダークドレスの腹部。その血にまみれた部分をラルトレアに手を掴まれたスバルがまさぐってしまう。

 だがいくら触っても、血の感触があるだけで、幼女のなだらかなお腹には傷口が見当たらない。

 

 

「はぁぁあよかった……またやり直しかと思ったぜラルたん。――いやいや! なんで? なんで治ってんの? どういうこと人間技じゃないよねこれ絶対!」

 

「それは我が人間ではないからの」

 

「……マジで言ってんの? 幼女じゃなくてスーパーダークネス幼女だ、とかいうオチじゃないよな?」

 

「そうではない。我は正真正銘の吸血鬼なのだ」

 

 

 エルザに偽称サテラが応戦しているなかで、驚愕の真実を伝えられるスバル。エルザが優勢な中で悠長なことはしていられないのだが、なかなか放置もできない事実だった。

 

 氷魔法とククリナイフのぶつかる音がまた響いた。

 

 

「吸血鬼さんだから、今まで俺にかぶりついてたと? ってことは何だ、俺はいつの間にか眷属とかにされちゃったりして、強大なパワーを?!」

 

「いや、しておらんが」

 

「あ、そっすか……」

 

 

 ――眷属にしてほしいのか? スバルは。

 ラルトレアは眷属になったスバルを想像をしてみるが、スバルが多少は強くなるものの「あーうー」としか言わなくなる未来が見える。スバルだと自我を保てなさそうだ。ラルトレアはすぐに却下した。

 

 

「さて、そろそろかの」

 

「あら、お腹の穴がふさがってしまったのね。では、また空けてあげましょう!」

 

「その必要はない。貴様が取れる選択肢は二つに一つだ。逃げるか、負けるか」

 

「うふふ、どの口が言っているのかしら。まずはあなたの四肢を落とした後に、そのすぐ横でその男を――」

 

 

 エルザがラルトレアを挑発しようと、邪悪な提案をしてくるが全ては無意味だ。ラルトレアにはわかっていた。スバルと一緒に居た二人が助けを求め、そして、誰がやってくるのかを。

 

 一度ラルトレアを負かした、カイザーと同じオーラをまとう男。いくらか血を吸ったラルトレアの察知能力ですぐそこまで来ていることが分かる。

 

 

 そして。

 盗品蔵の天井を破壊しながら、一人の赤髪の男が現れた。

 

 

「――そこまでだ、『腸狩り』」

 

 正義を体現した男が盗品蔵の床に降り立った。

 その空色の双眸をまっすぐエルザへと向ける。

 

 

「危ないところだったようだけど、間に合ってなによりだ。さあ――フィナーレといこうか」

 

 

 

 微笑みを浮かべるイケメンは、燃えるような炎色の髪をかき上げて声高にそう宣言した。

 

 




あと一話……

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