Re:ちょろすぎる孤独な吸血女王   作:虚子

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第八話 『嫉妬の幼女』

 まだ夕刻にはならないが、少しだけ日が傾き始めた貧民街。

 

 

 

「よっ、兄弟。景気はどうだ?」

 

 

 スバルが貧民街で声をかけたのは一回目で盗品蔵の場所を教えてくれた中年の男だった。この無精ひげのやつれたおっさんは案外重要なことを教えてくれることをスバルは知っていた。

 

 

「フェルトにちょっと用があってな。どこにいるかわかんねぇ? 住み家でもいんだけどさ」

 

「フェルトの奴のねぐらなら、そこの通りを二本奥へ行った先だ」

 

「感謝するぜ。助かったよ、兄弟」

 

「気にすんなよ、兄弟。――強く生きろよ?」

 

 

 

 そう言って、苦笑しながらおっさんが去っていく。フェルトの住み家は判明した。まだフェルトが盗品蔵に行く時間にはまだ早いはずだ。待ち構えていれば会えるかもしれない。

 

 

「スバル、本当にその盗人はねぐらに戻るのか?」

 

「わからねぇ。正直自信はない。ただ、盗品蔵で待つには少し時間が余るんだ。できることならロム爺より先にフェルトに話をつけたい。なら、どこで待つかっていえば、ねぐらしかない」

 

 

 ラルトレアの言うことももっともだ。フェルトが戻ってくるという確証はない。

 

 

 

「ふーむ、手探りだのぉ。それなら、泥棒娘はスバルに任せるのだ」

 

「え? ラルたん、いずこへ?」

 

 

 考えて踵を返したラルトレアに、スバルは疑問符を浮べた。

 

 

「戦というのは始める前に決着しておるのだ。心配するでない。準備が終わったらちゃんと盗品蔵へいく」

 

「いやいやいや! 盗品蔵へ行く前にフェルトと交渉するんだってばよラルたん?!! えっ、なに? 信頼されてないってこと?!」

 

「そのフェルトというのはきっと金にがめつい娘っ子なのであろう?」

 

「いやそうだけど……よ、よくわかったなラルたん」

 

「なら、そういうことだ。スバルが買い取ろうとすると、ふっかけてくるのではないか? その盗人は」

 

「ラルたんすっごい……どこかで見てたん?」

 

 

 ラルトレアが分かったのが不思議で不思議で仕方ないという様子のスバル。スバルからあらかたの流れを聞いたラルトレアには容易に想像できることだった。

 スバルは余りにも世間を知らなさすぎる。

 

 逆にラルトレアは貧富の差をもつ“人間”という生き物をよく知っていた。

 

 

 

「貧しき者をよく知らんのだなスバルは。エルザに依頼された盗っ人は、スバルという新たな取引相手がやってくれば、値段をつり上げることができると踏むであろう。その引き際を競うのが商人というものだ。貧しき者ほど、その欲は大きく引き際を知らぬものだ」

 

「は、はへー……」

 

 

「だが交渉する価値はあるのだ。だからスバル、がんばってみよ。我はその後に備えて盗品蔵で待っておる」

 

「ラルたん……全然俺に期待してないよね?」

 

「スバルに能力を期待して隣にいるのではないからな」

 

「ぐっ、なんか嬉しいような悲しいようなフクザツな気分だぜ……」

 

 

 

 ラルトレアからすれば、能力で見るなら、スバルは即切り捨てるような人材だ。でもそうはしない。メイドでも執事でも騎士でもないのだ、スバルは。ラルトレアにとって、スバルは共に道を歩むパートナーに他ならない。

 

 特別一緒にいる理由はない。損得勘定が発生しない関係。それは家族であったり友人であったり、もしくは恋人であったりする。一緒にいたいから、一緒にいる。それだけなのだ。

 

 

「さて、我は行くぞ。気になるからといって後を追うでないぞ。あまり見られたくはないからの」

 

「そんな言い方をされると、すっげえ気になるのが人間でありまして――いや追わないって! マジで本当に100%! 乙女の秘密は守る! 可愛い女の子ならなおさらだ!」

 

「くふふっ、そうかそうか。もっと褒めていいのだぞ? では、またあとでな」

 

「お、おう。笑顔が堕天使級だぜラルたん」

 

 

 スバルの変な甘言を聞きながら、ラルトレアは踵を返して貧民街の路地へと進んでいった。その顔はゆるみきっており、ニマニマとしている。

 

 お仕置きをしたことで怒りが薄れ、今の甘い言葉ですべてチャラである。少しばかり褒め言葉としてスバルのセンスはどうかと思うが、ラルトレアはそれを気に入っていた。

 

 

 さて。

 

 

「さっそく見つけてしまったの」

 

 

 

 歩いているとそこかしこにうろちょろしている。排水溝、どぶ川、草の茂みのなか。ゴミを漁っているのもいる。

 ドブネズミだ。

 そのでっぷりと太った胴体をすばやく引っ掴んで絞め殺す。そして雑巾のようにしぼって、血を吐き出させた。直接口につけたくはないのだ。

 

 

 

「獣の血はさすがに不味いな、いけて二十匹か。それ以上飲むと吐いてしまいそうだ」

 

 

 獣の中でもネズミは格別にまずい。まるでゲロを食っているようだ。腐っているし臭いもひどい。最悪だ。だが背に腹は代えられない。

 

 勝手に殺してもよくて、そこらじゅうに割といる小動物なんてこのドブネズミくらいなのだ。スバルの手前、人間は殺せない。

 

 

「スバルの血をもっと吸ってもよかったが……ぶっ倒れられても困るのだ」

 

 

 口からこぼれた血を手で拭って、それを舌で舐めとっていく。貴重な血だ。あと少し。あと少しで、まともに戦える状態になれる。男をもった女というのは苦労するものだということをラルトレアは改めて感じていた。

 

 こんなにも我慢して尽くしているからには、それ相応の振る舞いをしてもらわないと割に合わない。

 

 

 

「ましてや他の女にうつつを抜かすなど!」

 

 

 

 あってはならない。だが、ラルトレアにはもっと許せないことがある。

 

 

 スバルがもし、このままなあなあの関係を続け、銀髪女とラルトレアをどちらも囲おうものなら――

 

 

 

「ま、そうはならないであろう」

 

 

 ラルトレアには自信があった。女としての自信だ。

 女として優れたラルトレアに必ず男のスバルは惹きつけられ、絶えず愛情を注いでくれるに違いない。いやそうでなくてはおかしい。

 まさか、ラルトレアを側室の一人として扱うなんてことはないだろう。

 

 

「我を側室にするとなるとスバルにはこの世の帝王となってもらわなくてはならんな! ふふふっ! おかしな話よ」

 

 

 そう笑いながら、十匹目のドブネズミから血をすべて搾り取った。干からびたネズミをそこらに放り投げる。口にため込んだ血をすべて呑み込んで胃へと流し込んでいった。

 

 

 

「――ふぅ、こんなものか」

 

 

 

 ようやく人間一人分くらいの血液量にはなっただろう。使える血の量は限られている。このストックをどう配分していくかが問題である。

 

 人間まるまる一人分を使って一度は使える『血霊器具』は、1番から51番までのものだ。

 

 52番目の『血霊器具』、五十二式『領域吸血』は最低でも人間三人分は必要になってくる。決めた範囲内の生物すべてを問答無用で吸血するという、とても便利なものだが、燃費が悪すぎる。こんな人が少なそうなところで使うものではない。

 それに、『領域吸血』を使うのはラルトレアが本気で人間を滅ぼす勢いで戦うときだけだ。今はその時ではない。

 

 

 

 基本的に血の消費量が激しい『血霊器具』しか持っていないラルトレアだが、ごく少量で発動できるものも、なかにはある。

 

 

 15番から24番まである『弱点解除』だ。これは一度につき一つの弱点しか無効にできないポンコツ『血霊器具』であるのだが、血はほとんど消費しない。

 

 

 あとは、五式『吸血存在』と二十五式『鏡映反射』という、吸血鬼のオーラを消して、その副作用である鏡の無反射をまた打ち消すという、あまり意味のないものくらいか。

 

 

 

 これらの消費量の少ない『血霊器具』は自働的に発動することになっている。だから、あとは何に使うかだ。

 残りを全部使って、五十式『血之終焉』という、ラルトレアが触れた血を爆発させるだけの一回ぽっきりの大技を使うのもいい。

 

 

 だが、持久戦になるとラルトレアの負けは確定する。使ったら必ず一撃で仕留めなければならないのだ。

 

 

 と、なれば。

 

 『吸血解放Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ・Ⅳ』と『暗黒沼』の組み合わせしかない。あとは武器だが、三十式『吸血之剣』で十分だろう。防御が薄いからあと一つ使うとして、それらを使うと考えると、『吸血解放』が『Ⅱ』までしか使えない。

 

 

「この肉体だから……うーむ、少し不安ではあるな」

 

 

 『吸血解放Ⅳ』なら文句はない。この幼女形態でも十分にこの世界では戦える。というか、負ける相手の方が少ない。

 ただ、『吸血解放』を使わないとラルトレアは下手したら、というか当然ただの幼女であるのでスバルよりも弱い。

 

 『吸血解放Ⅰ』を使ったところでスバルと良い勝負、『吸血解放Ⅱ』でスバルをフルボッコにできるレベルだ。不安でしかない。

 

 

 

「『吸血変化』を使うか? いや、あれを使うのは馬鹿か……」

 

 

 使って幼女から少女になるのはいいが、なったところで、という話だ。他の『血霊器具』が使えないのでは意味がない。ただの足手まといだ。

 

 

 

「よし、これでいくか」

 

 

 

 戦略はまとまった。結局はバランスタイプだ。

 これが一番安定する。

 

 

 ラルトレアはネズミを踏んづけながら、盗品蔵へと向かう。日はもうずいぶん傾いてきたころだ。もうそろそろ、夜が来る。

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 盗品蔵の前、前を歩いていたスバルを発見した。静かに近づいて隣に並んで、にやりと笑ってやるラルトレア。

 

 

「スバル、我は信じておったぞ」

 

「くそっ、ああそうですよ失敗しましたよチクショウ! ラルたんの「やっぱりそうなのだな」っていう生暖かい眼差しが痛い! 恥ずかしさで全身で痛い!!」

 

 

「おい兄ちゃん、悶えてっとこ悪いけどそっちのチビは誰なんだ?」

 

 

 スバルの隣に居た金髪の少女がラルトレアを一瞥する。その八重歯とラルトレアをチビ呼ばわりしたこと、その顔だちすべてが気に食わないラルトレア。

 

 

「チビではない。このチビが。我はラルトレア=ディル=カルトスだ」

 

「どう見てもおめーの方がチビだろうがチビ! 偉そうな名前しやがって!」

 

「ちょいちょい! 二人とも喧嘩はやめてくれ! これから大事な場面なんだから台無しだ! ラルたんもここは我慢してって、ラルたん、フルネームそんな長かったん?」

 

 

 そういえばスバルには言ってなかったな、とラルトレアは得意げになる。腕を組み、無い胸を反らして金髪の少女を見下ろそうとする。ただ身長は足りていない。

 

 

「そう、我の名前なのだ。ぷっ、そんな小娘と違って我は尊い存在なのだ。名前からにじみ出ておる」

 

「アタシにだってフェルトって名前があんだよ馬鹿にすんな!」

 

「貴様がフェルトだということを知ってて言ったのだこの馬鹿が!」

 

「だ、だれが馬鹿だこの馬鹿! 馬鹿って言った方がバカなんだよバーカバーカ!」

 

「何だと貴様! 我に向かって馬鹿を連呼するとは許せん殺してくれる!!」

 

 

 スバルの眼前で繰り広げられるまさかまさかの低レベルの争い。

 

 背の低い女の子と、幼女が口喧嘩をする様子は見方によっては微笑ましいものではあるが、なんだかラルトレアの方が本気で殺気立ってしまっている。

 

 ここは止めないと、とスバルは二人の間に割って入り、

 

 

「よーしそこまでだ! いいか二人とも、争いは何も生まない。どっちも傷つくだけで終わって、いいことなんて一つもない。みんな仲良く、みんなハッピーが一番なんだぜ、わかったら仲直りの握手を――」

 

 

「「うるさい!!」のだ!!」

 

 

 スバルの両側からほっぺにめり込むパンチ。まさかの両面攻撃と貧血がかさなって、スバルの視界がぐるぐる回る。

 

 思えば、なぜかこうも不幸な立ち回りばかりなのだろうとスバルは自らの運命を嘆いていた。

 

 

「いや、時間もねぇしさ。な? 早く行こうぜ、ラルたん」

 

「む、確かにそうだ。時間はないのだ。早く案内せよ、フェルト」

 

「え、偉そうに……ま、あとで覚えてろよな。兄ちゃんの付き添いってことでいいんだな?」

 

「そういうことにしておいてくれ」

 

 

 フェルトに何とか納得してもらうと、三人で盗品蔵の前に立った。フェルトが扉をノックして、しばらくしてから何やら合言葉のようなものを言い出した。

 ラルトレアはすかさずそれを記憶しておく。

 

 フェルトと同時にスバルも合言葉を言っていたことから、前に似たような状況があったのだろうと推測できた。

 

 

「――変な合言葉を言っておるのは誰じゃぁあ!」

 

 

 バァンッと勢いよく扉が開かれ、入口に頭をぶつけそうな禿げ頭の巨人が出てきた。この図体のでかい老人が、スバルの言うロム爺だろう。

 

 

「そんな怒ると血管切れちまうぜ?」

 

「それならなおさら怒らせるんじゃないわ! なんじゃお前! 帰れ!」

 

 

 苛立つロム爺を、スバルの後ろにいたフェルトが現れて。

 

 

「悪い、ロム爺。この兄ちゃんもアタシの客なんだ。入れてやって」

 

 

  

 ため息をつきながら、仲裁に入るフェルト。

 そのすぐそばで、焦りを誤魔化すためか、スバルがヒューヒューと悪びれた様子もない顔で口笛を吹いている。

 

 

「老人、我とスバルには時間がない。入れさせてはくれぬか」

 

「ちっこい嬢ちゃんもおるのか……まあいい。とっとと入れ」

 

 

 投げやりに許可をくれるロム爺。中へ戻るその巨大な背中に続いて、埃っぽい空気の中をフェルト、ラルトレア、スバルの順で進んでいった。

 

 ラルトレアが室内の様子をくまなく確認する。他に誰か潜んでいないか、何か罠が仕掛けられていないか。幼女の目では判別もしにくいが、ラルトレアの長年の勘が無いと告げていた。

 

 そのかたわらをフェルトは、自分の家みたいに、カウンターの上に腰掛けて、ミルクを勝手に飲んでいた。スバルはといえば、ソワソワと不安そうにしている。

 

 ――そこまで恐ろしい相手かの、エルザというのは。

 

 ラルトレアが見たのは一度だけ、ほんの一瞬だ。腹部を切られて死んだふりをして、スキを窺っていた。

 

 スバルは二回目でもあの女に遭遇したというし、死因もエルザだという。怖がるのも無理はない。

 

 

 怖気づくパートナーを引っ張ってやろうと、ラルトレアが率先して話を進めようとしたが、先に口を開いたのはスバルだった。

 

 

 

「で、爺さんや。時間がないんだ、すぐに本題に入りたい」

 

 

「厄介そうな予感がしてならんが……なんじゃい」

 

「頼みたいのは俺の持ってきた『魔法器』、これの鑑定だ。値段をつけてほしいんだ。その値段でフェルトとのやり取りが進む」

 

 

 言いつつ、スバルもジャージのポケットから携帯電話を取り出した。その初めて見るような形状に、ラルトレアの興味がそそられる。

 

 

 テーブルに置かれたそれをロム爺は一度見てから、確認するようにフェルトを見やり、フェルトが頷くのを見ると視線を戻した。

 

 

 

「これが魔法器……見るのは初めてじゃが……」

 

「たぶん世界でオンリーワンだ。あと、繊細な魔法器だから扱いには注意な」

 

 

 ロム爺がそのごつい右手で、折り畳み式の魔法器をゆるやかに開く。すると、そこには精緻に描かれた金髪の少女の絵がある。ラルトレアは後で聞こうと考えながらも周囲の警戒を怠らない。

 

 

「この絵は……」

 

「題して、フェルトちゃんの一日、だな。この魔法器は時間を切り取って、そこに閉じ込める。人の手じゃ、到底できない真似できない綺麗さだろ?」

 

「スバル、あとで我の絵も!」

 

「はいはいわかりましたよラルたん様。で、どうだ爺さん」

 

「これは確かに恐れ入ったのぉ。もしも儂なら、聖金貨で二十枚は下らずにさばいてみせる。それだけの価値はある」

 

 

 ギラギラとその灰色の瞳を輝かせるロム爺。

 スバルはフェルトへとドヤ顔で鼻を鳴らし、

 

「とまぁ、こんな感じだ。さっき言った通り、聖金貨で二十枚以上。これで徽章と交換だ」

 

「その顔、ムカつくなぁ」

 

 

 面白くないのか、フェルトは不満げな顔つきをしているが、聖金貨二十枚以上手に入ると聞いてその喜びは隠しきれていない。

 

 

「万事即決即断! 全てにおいて速さが優先されるんだ! さあ早くその徽章とここの価値が確かで高価な魔法器とエクスチェンジィ!! お前には速さが足りない!!」 

 

 

「あー、はいはい。なんでそんなに急いでんだ? てか、そもそも……」

 

 

 スバルは焦っていた。フェルトが喋るたびに、死が少しずつ少しずつ近づいている気がして、気が気でないのだ。

 フェルトはその瞳を細めると、核心をついてきた。

 

 

「なんで兄さんはこの徽章を欲しがんだよ?」

 

 

 

 問われたスバルは思わず言葉が詰まった。完全にやらかした。そんな絶望感丸出しのスバルを、ラルトレアは横から見ていた。すかさず助け船を出してやる。

 

 

 

「我が欲しいと言ったのだ。露店で我が目をつけておったのに、先に買われてしまったのだ」

 

「ふぅん、そんなに欲しいならすぐに買えばよかったじゃねぇーか」

 

「そのときはあいにくと持ち合わせがなくてな。我はお忍びで来ておるのだ。スバルに無理を言ってな」

 

「そ、そうだぜ。いやぁラルたんの為ならこのナツキ=スバル、月だって取ってきちゃう!」

 

 

 ――スバルぅ、大根役者ではあるが……まあよい。

 

 大体のストーリーができたら、あとは穴をふさいでいくだけだ。

 

 

「依頼人の姉さんはわざわざアタシを使ったんだ。売られてたんならその必要はなくねーか?」

 

「知らんな。我は銀髪の女が露店でそれを買うのを見て、交渉して譲ってもらおうと思って後をつけていたのだ。そこの貴様が盗んだのだ。手間をかけさせおって」

 

 

「そんなにこの徽章が欲しかったのか? いや、ってことはこいつには、見た目以上の価値があるんだ。魔法器を出すっていうことから考えて、それ以上の金になる」

 

 

 ラルトレアは目の前の貧者をひどく冷たい目で見ていた。引き際をわかっていない者を見下すものだった。

 そこで焦ったのか、またスバルが口を出した。

 

 

「待て待て、フェルト。お前、その考えは……それだけはマジにやめとけ」

 

 

 

 スバルの額に嫌な汗が生まれ、顎を伝ってズボンに落ちる。

 

 ――やばすぎる、ラルたんの目がやばい。ここで止めないと本当にヤりかねないだろこれ。

 スバルの第六感が、隣の幼女がスーパーダーク幼女に変貌していることを告げていた。事実、スバルが口を開かなければラルトレアはフェルトを殺していた。

 

 ラルトレアの頭にはスバルと、スバルがやろうとしている『銀髪女の救出』ということしかない。フェルトなんていう盗人はもはや障害物でしかなかった。

 

 

 ――エルザが来るかもしれねえってのに、どんだけ八方ふさがりなんだよこれ!

 

 

 

「聖金貨二十枚で手ぇ打っとけ! それ以上は欲しがるな! ……お前の依頼人だって、それ以上は出してこない!」

 

「アンタがなんでそれを知ってんだよ」

 

「あばばば……」

 

 

 一度やらかして幼女にフォローされ、また完璧にやらかしたスバル。

 

 

「語るに落ちてるってやつだな。――関係者の兄ちゃんよ」

 

 

 もはやこの交渉に意味はない。ラルトレアはそう判断した。スバルに任せようと思っていたが、あまりこちら方面でも才能はないらしい。

 

 疑いはじめたフェルトはスバルの言葉を信じない。

 

 

「いいようにやられとるのぅ、小僧っ子。年下の小娘に情けない」

 

「あんたのせいだろ……手強すぎて泣きそうだ……」

 

 

 スバルもきっと強引に奪うしかないと考えているだろう。ラルトレアはそう判断した。そしてゆっくりと、『暗黒沼』――自分の影へと存在感を消しながら沈んでいく。

 

 もがくスバルに気を取られて、まだロム爺とフェルトはそれに気づいていない。

 

 

「フェルト、頼むよマジで……一生のお願いですから神様フェルト様」

 

「ダメだ。交渉相手としては認めるけどよ、依頼人の方も聞かなきゃフェアじゃねーだろ? この徽章のことをぶちまけて、それに見合った対価を用意するなら話はちがってくるけどよ」

 

 

 

 フェルトの瞳には貧民街で生き抜くための強さがあった。

 スバルの言動から、懸命に徽章の真実をもぎ取ろうとしているが、無意味なことだった。スバルにとって徽章を欲するのはエルザとは違い、『恩を返す』という理由だけだ。

 

 その思いを、スバルはいつの間にか口からこぼしていた。

 

 

 

「俺は……元の持ち主に返したいからだ」

 

「は?」

 

「それをあるべきところに返す。だから徽章を欲しい」

 

 

 

 スバルは本音を吐き出し、頭を下げた。

 

 

「……フェルト。儂には嘘だとは思えんのじゃが」

 

 

「ロム爺も冗談だろ? 兄ちゃん、騙したいなら説得力のある嘘をつけよ。アタシは騙されねーよ。そうだ、アタシは……アタシは騙されない」

 

「フェルト……」

 

 

 

 決意を確認するように、フェルトは繰り返す。その苦虫を噛み潰したような表情は痛々しく、スバルは言葉をかけるのをためらってしまう。

 

 つまるところ、交渉は失敗した。

 

 

「――誰だ」

 

 

 そのとき。

 ロム爺が表情を険しくして、入口の方を睨んだ。

 膝をついていたスバルは呆然としていたが、そちらの方を見やろうとして気づいた。

 ――あれ? ラルたんは? ラルたんどこいった? 

 

 

 

「アタシの客かもしれねー。まだ早い気がするけど」

 

 

 

 だがラルトレアの不在よりも、スバルの脳内は今の状況からある答えを導き出した。――夕刻の盗品蔵、扉をたたく音、フェルトの依頼人――エルザだ。

 

 

「――開けるなフェルト! やられるぞ!!」

 

 

 だが、少しばかり早すぎる。

 窓からの光はオレンジ色になりつつあるが、日没ではない。

 エルザが出現するのは日没後なのだ。

 

 

 ――くそっ、ラルたんは消えちまうしエルザは来るし勘弁してくれよ!!

 

 

 その言葉はスバルの心のなかで留まるに終わり、外に出ることはなかった。フェルトは扉が開かれて、夕日の光が薄暗い盗品蔵へと差し込んだ。

 

 

 だが、踏み入れてきたのはエルザではなく――

 

 

 

「――やられるとか、わたしそんな物騒なこと、すぐにしないわよ」

 

 

 

 影の中のラルトレアが歯ぎしりを立てる。

 

 ――このぶりっ子銀髪女が!

 

 ラルトレアを苛立たせるのは女の表情だ。スバルに媚びるように(ラルトレアには見える)、唇を尖らせて、仏頂面を演出しているのだ。

 

 

 ――それを可愛いと思ってやっておるのか! ええ!?

 

 

 

 ラルトレアの嫉妬が再燃した瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 





『血霊器具』

・一式  吸血之鎌  
 血を吸いとる、大きい死神が持ってるような鎌

・二式  吸血之牙  
 牙に食い込んだ者の血を吸い取る

・三式  吸血奴隷  
 吸血した者を操る(細かく操れない上に自我が壊れる)
 
・四式  吸血変化  
 自身の成長を操る(成長具合により消費量が異なる)

・五式  吸血存在  
 吸血鬼としてのオーラを消す 副作用で鏡に映らない

・六式  吸血化身  
 眷属の姿となる(コウモリ千羽)

・十式  暗黒沼   
 影の中を移動できる(ラルトレアのお気に入り)

・十一式 吸血解放Ⅰ 
 ちょっと強くなる(幼女形態だとスバルレベルになれる)


 五十番目あたりまではおふさげアイテムもあるが、それ以降は凶悪兵器。
 しかし六十六番まで全部使って、聖騎士団長カイザーさんに負ける。
 よってラインハルトにも当然のように負ける。


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