微エロ注意。
「ラルたん?! ちょっ、えっ、なに? 俺SOSを聞いて駆けつけてくれたとかそういうの?!」
「スバル……」
「ど、どうしたラルたん!」
崩れ落ちたラルトレアは、ラインハルトの手を払い落としつつスバルへと寄りかかって、何とか力を振りしぼろうとしているような感じだった。
「あとで……」
「いやもうしゃべるな! なんでこんなボロボロに……一体誰が。今はもう眠っていいんだぜ、ラルたん……」
「スバル……あとで、お尻ぺんぺん百回だ……がくっ」
力を使い果たしたのか、スバルの腕の中でスース―と寝息を立て始めるラルトレア。それはまさしく噓寝であるのだが、スバルは全く気付いていない。
「お尻ぺんぺん……一体どういうことなんだラルたん……」
「スバル、彼女は?」
「いやなんていうか、あれだ。親戚の女の子みたいなもん、かな? 知り合いの女の子だ、そうとしかいえん」
ラインハルトに問われて、いまいち正しい答えがわからない。
ラルトレアに関して知っていることといえば、日本人でなく、スバルとは違う世界の住人であり、幼女であるということだけだ。
暗い顔をして落ち込んでいる彼女をスバルが見つけ、知らずに異世界に迷い込んだ幼女だとスバルは考えていた。
「とにかく大事な女の子なんだ! って、あれ、ラルたんさっきラインハルトの名前呼んでたよな? もしかして知ってる?」
「いや、記憶力は良い方だと思うけど、あいにくと初めて見る子だね」
「そっか。まあラインハルト有名そうだしな、ラルたんが知っててもおかしくない、のか? 『剣聖』とか呼ばれてたよな?」
「生まれた家が少し特殊でね。かけられる期待と責任に日々押しつぶされそうだよ」
肩をすくめて薄く笑いながら言うラインハルト。
「それで彼女の名前はなんていうんだい?」
「愛しのマイエンジェル、ラルトレアちゃんだ」
「ラルトレア、ね。スバルとは少し名前が違うようだね。出身は同じじゃないのかい?」
「出身か、答えづらい質問なんだよなぁ。ラルたんは、俺とはちょっと違うな。ラルたんは西の方って言ってたかな。俺はもっと東だな、東の方」
「ルグニカより遥か東方、まさか大瀑布を超えて、かい? それは冗談にしか聞こえないね」
「大瀑布ぅ?」
まず、瀑布という単語が分からないスバル。
必死に脳みそのタンスを引っ張り出して中身をひっくり返してみるがさっぱり出てこない。もしかして仕舞ってすらいないかもしれない。
「くっ、ここで地理知識が問われるとは! なぜ俺は教科書を持ち歩く癖をつけなかったんだ!」
「誤魔化しているわけでもないのかな? とにかく、ルグニカは今は少しややこしい状況にある。そんな王都に何の用だろう? 僕でよければ手伝うけど」
「王都に来た理由はうまく説明できないが、そうだな、悪いけど頼みたいことがあるんだ。ラルたん、この子をの面倒を少しの間見てやってくれないか?」
「この子、のかい?」
「うん、そうだけど。あれ?」
スバルは腕に抱いたラルトレアをラインハルトに渡そうとしたが、一向に離れない。それどころか眠っているはずのラルトレアは物凄い力でスバルのジャージを引っ掴み、顔をスバルの胸板に押し付けていた。
「どうやらスバルの所が良いようだね」
「え、ちょっ、マジ? はい、いい子いい子ぉ~、いい子はラインハルトさんの所へ行きましょうねぇ――あべぶっ」
スバルがラルトレアをなだめようと頭を撫でていると、くすぐったそうにしてから、いきなり頭を跳ね上げた。
必然的にラルトレアの頭がスバルの顎へとクリーンヒットする。
「あまり無理強いはいけないよスバル。それで、この子の面倒を見る以外に、何か手伝うことはないかい?」
「いてて舌噛んだ。てか優しすぎんぜラインハルト……頼るのが心苦しいくらいだぜ。頼みたいっていうか、聞きたいことが一つあるな。真っ白いローブを着た銀髪の女の子を見てない? 俺らくらいの年の」
「ローブに銀髪……」
「すっげえ美人でちっさい猫を連れてるんだけどな。心当たりはない感じ?」
「……見つけて、どうするんだい?」
「彼女が落し物をしてな。それを届けてあげたいだけだよ」
ラインハルトはその瞳を細め、しばし考え込んでから、
「すまない。心当たりはないな。もしよければ、探すのを手伝うよ」
「探すの手伝ってもらったら心苦しさで死にそうだわ。大丈夫、これは俺がやらなきゃいけないことなんだ。がんばって探すさ」
「そうかい。なら、僕はこれで失礼するよ」
「おう、ありがとなラインハルト!」
颯爽と去っていく赤髪の騎士。良い人な上にイケメンとかもう文句のつけどころが無さ過ぎて逆に怖い。
きっとモテモテなんだろうな、とかスバルがくだらないことを考えていると。
「スバル……」
「おわっ、ラルたん起きてたのか?」
「何か言うことはないのか?」
黒髪の幼女が上目づかいでスバルを見上げてきた。スバルはポリポリと頬をかいて、何か上手い言葉はないかと考えていたが、一つ違和感に引っかかった。
「あれ、そういえばラルたん……なんで俺のことを……?」
なぜ、ラルトレアがスバルのことを覚えているのか。
この四回目の世界では、スバルはラルトレアに声をかけていないのだ。
「我が……全て覚えているからに、決まっておろうが!!!」
ゴゴゴゴ――と、腕の中から、ぎゅっと逃げられた幼女パンチが発射された。その丸っこくて柔らかいパンチは発射二秒で、目標地点であるスバルの右ほおに到達。
ぐりぐりと、捩じるようにこぶしをぶつけるラルトレア。
「ひふへっ、いはいいはいはい! 痛いでふ! ほぶっ、いたいでふしんでしまいまふ!」
「我の心の痛みはこんなものではないわ! 我をずっと放置しよって!! やはり貴様か! 貴様が原因なのだな!!」
「はひ、すびばぜん! ほへでふほへがやりまひた!(俺です俺がやりました!)」
「わかった。どうして、どういうふうに何があって、何をしようとしているか言え!! すべて言うのだ!! さあ吐き出すのだ!!!」
「わふぁりまひた、わふぁりまひたからもうやふぇてくだはい!」
両側のほっぺたぐりぐり攻撃に観念したスバルは、痛みで少し涙目になりながらもようやく解放された。ほっぺたをさすりながらスバルは正座させられ、仁王立ちする幼女を前にして話を切り出した。
「スバル、貴様は自ら『三回』、力を使った。そうだな?」
「……ああ、そうだぜ。それに気づいてるってことはラルたん――」
「こらぁあああ!! 誰が余計なことを喋っていいと言った!! この口か、この口なのだな!!」
今までのイライラを晴らすように、ラルトレアはスバルの顔面を素足で踏んづけていた。右足の指でスバルが目つぶしされているからいいものの、見えていたらそこにはあんよを持ち上げた幼女の見えてはいけない部分があっただろう。
「よし、次の質問だ。力の発動条件はなんとなく分かっているのだ。スバルが死んだら自働的に発動するのだろう? スバルからはあまり力が感じないからな」
「――はひそうです」
「それで? 我を放置して、一体何をしていたのだ?」
「い、一回目に、一緒にいました銀髪の女の子、を、です、ね……」
「…………」
銀髪、という単語が出た瞬間、スバルを絶対零度の眼差しが襲った。これ以上言うと殺される。そんな予感さえある。
「ほお、それで? サテラと言ったか、その銀髪媚び売り女を、どうしたと?」
「い、いやサテラは偽名だったといいますか……とにかく、盗まれた徽章を――」
「――偽名か、やはりな」
「気づいておられたのですか……ラルトレア様」
「ああ、性根のひん曲がった女のやりそうなことだ。それで、徽章がどうした。盗まれて、盗品蔵に持っていかれるのであろう?」
「はひ、フェルト、という女が徽章を盗み、それで、盗品蔵で依頼人のエルザという女が受け取りに来てですね……結果、フェルトも、徽章の持ち主もエルザに殺される運命にありまして……ええ、はい」
「まったく、女ばっかりだ。エルザ、というのは一回目の盗品蔵にいた女でいいのか? スバル」
「お、おう。そうだぜ。たぶんエルザだ」
ラルトレアの怒りが和らいだのを感じ取ったスバルが、ふぅっと安堵のため息をはきだす。明らかに自分より年下の小さな女の子がこんなにも怖いとは思いもよらなかった。
「エルザか。厄介そうな相手ではあるが、勝てないことはないのだ」
「ぇええっ?! マジで? ラルたん、そんな強かったん?」
「当たり前だ。隠しておったが、我は最強なのだ」
シュッシュッ、と短い手足でシャドーボクシングを繰り広げるラルトレア。闇のように黒い長髪が体に合わせて揺れ動き、汗でほっぺたに髪の毛が張り付いた。
本人は大真面目なのだが、スバルには喧嘩を真似する小学生二年生にしか見えない。
「ラインハルトにはさすがに負けるがな」
「負けちゃ最強じゃないんじゃ――いや違う、最強です最強です! ラインハルトにも引けを取らないラルたんさいつよ!!」
ラルトレアが一睨みすると、スバルがすぐさま言葉を訂正する。お仕置きは効果抜群のようだ。
――これからはちょっとずつ調教が必要だな。
ラルトレアはもうすでに次にお仕置きを考えていた。
「スバルはどうしてあの男と? 我は二回目にあやつと会ったのだ」
「俺は助けてもらったんだよ。ここでチンピラトリオに絡まれた所に、ラインハルトがご登場っていう。ま、俺の頭脳プレイってやつだな!」
「そういうことか。あの男は恐ろしく強い。敵にすべきではないのだ。仲間に取り入った方がよいな」
「俺もそう思うぜ。ふつうに良い奴だったし友達になっておきたいところだ。で、さて、ラルたん、俺はあの子を助けたい。ラルたんがどう言おうとやめやしない」
「……意思は固いのだな」
「ああ、一回目俺はあの子に助けてもらった。あんないい子がエルザに殺されるのを黙って見てられねぇ。助けたいんだ。それにフェルトもロム爺も、小悪党でもむざむざ見過ごすっていう選択肢は取りたくない」
「くふふっ、良い顔をしておる。勇ましい漢の顔だ」
微笑むラルトレアに、スバルは立ち上がって親指を立てる。
「おう、そうだぜこの不肖ナツキ=スバル! 受けた恩はなるべく返す! 困った女の子を見つけたらすかさず助ける! それが男ってもんだ!」
「ほお、そうか。なら、まず我を助けてもらおうかの」
「……へ?」
「まあここに座れ」
裏路地の段差に疑問符を浮べるスバルを座らせ、ラルトレアはその正面に立った。歩み出て、スバルの膝に両足を開いて座る。
「ちょっ! なになにどういうことですかラルたん?!」
ラルトレアは短い足でスバルの腰をがっちりホールド。
もう逃げることはできない。
そのままラルトレアは両腕をスバルの首の後ろに回しつつ、薄っぺらい胸をスバルに押し付けていく。
「……スバルの鼓動が聞こえる」
つぶやきつつ、ラルトレアはさらにスバルへと体を密着させた。もう隙間を残さないというぐらい力強くハグしながら、両足でスバルを締め付けた。おのずと、ラルトレアの下腹部あたりがスバルの同じ部位に押し付けられる。
「ラルたん? いやマジでどういう状況? 小さいとはいえ女の子、いやでも相手は幼女だ相手は幼女だ、静まれナツキ=スバルここで少しでも興奮したらあれだ、逮捕だ牢屋行きだ、人として終わりだ」
「かぷっ」
「ひょぉほほっ?!!」
スバルの首元に熱い感触が生まれる。スバルは思考がうまくまとまらなくなった。
ラルトレアの黒髪がスバルの頬をさわさわと、鼻につくたびにいい匂いが、幼女の薄い胸、ダークドレスのサラサラとした肌触り……
そしてなにより、溶けてしまいそうなほど熱い熱い、口の中の感触。やわらかい唇が、白い歯が、ねっとりとした舌がスバルの皮膚の薄い部分にふれている。
「ふぅ――」
「っっうううう?!!! いってぇえええ!!」
突然耳に息をふきかけられたかと思えば、次の瞬間、皮膚の引き裂く感覚がスバルを襲う。まるでぶっとい注射針を首に刺されたような。
鋭利な刃物とはまた違う。ラルトレアの成長した犬歯が思いっきり突き刺さっていた。一回目よりも深く、大きく穴を開けている。
その傷口から、どっぷりと鮮血があふれだした。その血潮を、スバルの命の源をラルトレアは吸い取っていく。
「え、飲んでる?」
スバルは聞いた。ごくり、ごくり、と密着した幼女が喉を鳴らしているのを。
そんな捕食されるというシチュエーションに、スバルは言い知れぬ興奮を感じていた。心臓が爆発してしまいそうなほど脈打っている。
しばらくして。スバルの視界がややクラクラとしてきた頃に。
「くふふっ、美味しかったぞ。スバル、限界ぎりぎりまで吸わせてもらったぞ」
「…………」
「ん、スバル? 吸いすぎたか? スバル! おいスバル!! ……何か固いものが当たっておる……何だこれは?」
白目を向いているスバルをユッサユッサと揺さぶってやるが反応はない。ラルトレアは立ち上がろうとして、下腹部に当たる何かに気づいた。
それを足で踏んづけてやると。
「あだだだだだ!! やめて! もうやめて!! 死んじゃう死んじゃうから!! もう恥ずかしさとあれやこれやでお嫁にいけない! というか、なんかもう人として終わっちゃったよ?!!」
裏路地にスバルの絶叫がいつまでも響いていた。
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「…………おっちゃん……聞きたいんだけどさ……ここらでスリ騒ぎとかなかった……?」
「なにも買わずに、と言いたいところだが、お前……どうした。なんか人生終わったみたいな顔してるぞ」
「いや……まあ、色々、ね……で、どうなの……」
「スリか、悪いが珍しくもなんともない」
「……マジで!?」
「うおっ、いきなり元気になるなよな」
裏路地から抜け出したスバルとラルトレアはまた大通りでウロウロしていた。スバルとしては、どうにかして銀髪女かフェルトという盗人に出会いたいところだった。
後ろで聞いていたラルトレアが、露店が立ち並ぶなか、細い路地につながる壁を指さして、
「八百屋の主人よ、あの穴はそのときのものではないか?」
「ん、ああそうだ。よくわかったな。見ていたのか? いきなり魔法ぶっ放すんだからびっくりだ。氷柱が矢みたい飛んでいってたぞ」
主人の言葉にスバルは思わずガッツポーズをした。追う形にはなるが、証拠は掴めた。
「あの子だ!」
「スバル、あの銀髪女だとなぜわかる?」
「氷魔法っぽいのを使ってたんだ、一回目の裏路地で。ってことは、出遅れたか。もうフェルトは徽章を盗んだ後だ」
「では、どうするのだ?」
「フェルトと合流するしかねぇ。徽章を返してもらうよう交渉するんだ」
「ということは盗品蔵ということか?」
「いや、フェルトが盗品蔵へ行く前に徽章を取り返しておきたい。貧民街だ。たぶんフェルトは貧民街に暮らしている。あいつの住み家に行くしかない」
「そうか、では行くか」
「ラルたん……ここからさき本当に危ないんだ。また痛い思いして死ぬかもしれない。できれば、連れていきたくない。ここに――」
「それは我が小童だからか?」
ラルトレアは分からず屋のスバルへ問いかける。気づかいはありがたい。だが、いつまでも子供扱いするのは許せない。ここでそう答えればさらにお仕置きをするつもりだったが。
「いやちげえよ。ラルたんが大事だからだ。傷ついてほしくない」
「放置したくせにの」
「うぐっ! それはまあ、俺もこんがらがってたんだ。気が動転してて……いや、言い訳はよくねえな。ごめん、気が付かなくて。自分のことで精いっぱいだった。俺はあまり器の大きい男じゃねぇ、考えられることがあんまり多くねえんだ。今は正直言って、あの子のことでいっぱいだ。だから、連れていきたくない」
「…………。はぁぁああ、貴様は女たらし、というやつなのか? スバル」
でっかいため息をわざと吐き出して、うろんげな瞳でスバルを見た。
「お、おお女たらしちゃうわ! 異性経験値がゼロに近い俺に言っていいセリフじゃないぞラルたん!」
「……いつかは清算せねばならぬのだぞスバル。我は一歩たりとも退くつもりはない。よいな?」
「え、あ、はい」
「さて、いくか! 主人、邪魔したな」
そろそろ爆発しそうな雰囲気の八百屋主人を一応なだめおいて、ラルトレアは歩き出した。強引にスバルの手を引っ張って。
「ちょいちょいちょい! ねえ今の話聞いてたラルたん?! 俺の熱意のこもった説得はどこにいっちゃったんだ?!!」
「そんなものは捨てたのだ」
くふふっとラルトレアはその赤い瞳を歪ませるように笑うのだった。