Re:ちょろすぎる孤独な吸血女王   作:虚子

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第五話 『天敵、剣聖、世界に愛された男』

「ヒヒヒ、まだ足りん、まだ足りんぞ!!!!」

 

 

 ついに防波堤が崩れて我慢が限界を超えた。

 そもそも吸血鬼という存在はその”吸血衝動”にあらがうことはできない。今まで耐えていたのは、ひとえにラルトレアの精神力である。

 

 

「――『吸血解放Ⅰ』」

 

 

 蓄えた血のストックを一段階だけ解放し、その血の力を肉体能力に回していく。まだ余りはある。この低い背丈、短い手足だと戦いづらい。

 だから。

 

 

「『吸血之鎌(ブラッティ・サイス)』、さぁあて早く逃げた方がよいぞぉ、逃げねば喰われるのみだ!」

 

 

 一振り。

 禍々しいほどの赤く濁った死神が持っているような鎌が振るわれた。その一撃がいとも簡単に一人、二人、また一人と切り裂いていく。

 

 

「――キャァアアアッ!!!!」

「逃げろ逃げろ!!!」

「化け物だ!!!」

「化け物が現れたぞ!!!」

「衛兵を! 誰か衛兵を呼べ!!!」

 

 

 鎌に少しでも触れた者から物凄いスピードで全身の血が抜かれていき、その血は大口を開けたラルトレアの中に吸い込まれていく。

 

 そしてまた一振り。

 半径二メートルの範囲内、逃げ遅れた獣人、恐怖で腰の砕けた少女、ラルトレアの威圧に耐え切れず突っ込んできた地龍がみな死んでいく。

 一撃でも掠っただけで血を抜かれていった。

 

 

「ア、アヒャヒャヒャヒャヒャヒャッ!!! ヒヒッ…………」

 

 

 高笑いのあとに訪れたのは、空虚感だった。

 

 

「……くだらぬ、くだらぬ……我はまた何を繰り返しておるのか……あれほどまでに悔いてもなお、止められないのだ……」

 

 

 ある程度吸血したことで、一時的な猛烈な”吸血衝動”が冷めていく。スバルがいたなら、賢者タイムだと評したことだろう。

 

 

「なぜスバルは現れぬ……スバルが現れぬ以外、人の動き、空気感、日の差し加減、全て同じはずだ……時間遡行ではない? なら強力な『地点蘇生(リスポーン)』に巻き込まれたか? ありえん……」

 

 

 周囲から一斉に人が逃げ出し、物が散乱するなかでラルトレアだけで広場に居た。噴水だけがその動きを止めずにいる。

 

 思案に暮れ、そしてある一つの仮説に行きついた。

 もしかすると。

 

 

「もしかすると、この現象を起こしたのはスバルではないのか――? 我ではない。我の『地点蘇生』も聖騎士の劣化に過ぎん……我は記憶を保ち、スバルだけが行動を変えている」

 

 ということは。

 

 

「そうか。それならば全てに筋が通るが、はたしてスバルにそんな異能が――」

 

 

 そうラルトレアは結論を出そうとして。

 

 

 

「――そこまでだ」

 

 

 思考がぴたりと止まる。

 巡らしていた考えを邪魔したのは誰か、振り向いた先にいたのは、赤髪の青年だった。燃え上がるような赤だ。ラルトレアの瞳に込められた血のような赤とは違い、透き通っている。

 

 

「……何だ貴様?」

 

 

 青年の放つ神秘的ともいえる雰囲気には、ラルトレアは以前一度出くわしたことがある。

 聖騎士団長、カイザー・クロムウェル。

 あのキザったらしい男もまた、この目の前の好青年と同じオーラを持っていた。

 

 ――天敵だ。

 

 

「ラインハルト・ヴァン・アストレア、君を退治する人間だ。それ以上、君の狼藉は認めない。そこまでだ」

 

「我を退治するだと……? 昔、似たようなセリフを我を吐いた大馬鹿者がおったわ。結果はこの有様よ」

 

 

 会話しながらもラルトレアは周囲の様子を観察していた。

 完全に四方八方を衛兵らしき、いや騎士というべき男たちに囲まれていた。

 さらには、ラルトレアの背後から一番から近い裏路地からは、紫髪の男が顔を出している。突破はすこし難しそうと判断せざるをえない。

 

 

「剣は抜かぬのか、ラインハルトとやら」

 

 

 赤髪の青年はその腰に差した騎士剣をいまだ抜いていない。それを疑問に持つラルトレアにたいし、その蒼い双眸を細めた。

 少し笑っている。

 

 

「君はここまでのことをしておいて、まるで戦う気がない。戦意の無い相手に、この剣は振るえないようだ。どういうことだろう? どうしてこんなことをしたんだい?」

 

「腹が減ったからだ」

 

 

 この問いもまた過去に言われたことがある。あのときは、「貴様が飯を食らう理由は何だ? 我も、同じだ」と答えような気がする。

 

 

「そうか。君は人間ではないんだね」

 

「ああ、我は吸血鬼だ。――『吸血変化』」

 

 

 血のストックがごっそり減っていく感覚がある。

 ラルトレアの肉体が急激な成長を始めたのだ。それに合わせてダークドレスもサイズを変えていく。

 

 七歳の童女から、十四歳の少女へと変貌していく。身長が伸び、体重が増え、胸がふくらみ、お尻が少し大きくなる。

 

 

 

「驚かないのだな、ラインハルト」

 

「十分驚いているよ」

 

「どうだ。美しかろう? 我は美しく強いのだ。我が他の女に劣っているはずがない!! そうだろう!! なぜだ! なぜあんな銀髪女にばかり!!!」

 

 

 ラルトレアはその長く流れるような夜に溶け込む黒髪を振り乱し、その赤くどろついた双眸を憎しみに歪ませた。

 『吸血之鎌』を肩に掲げ、上体を前へ傾ける――

 

 

「『吸血解放Ⅳ』――ストレス発散に付き合ってもらおうラインハルト!」

 

 

 ダンッと石畳を踏み砕き、叫んだラルトレアは『吸血之鎌』を大きく振りかぶった。その範囲内にラインハルトは収まっている。

 だがラインハルトはすぐさま後ろに飛びずさり、その途中に地面に落ちた剣を拾う。武器商人が落としていったものだ。そこらじゅうに散らばっている。

 

 

 剣を構え、ラインハルト一歩を踏み出した。その一歩に、大気がふるえる。ラルトレアには、空気中の魔力がラインハルトに味方しているように見えた。この光景も一度見たことがある。

 こういう輩は世界に愛されているのだ。忌み嫌われ生まれ落ちた自分と違い、祝福される側の強さなのである。

 

 

「――――!」

 

 

 ラルトレアは慣れない少女の肉体がビクついているのを感じていた。力の差だ。この戦い、必ず負ける。いや完全体になったとしても勝てるかどうか分からない。ただ、その過程でこの王国ぐらいは滅ぼせるだろうが。

 

 だが、ラインハルトもラルトレアの技は初見のはずだ。ラルトレアが見るに、ラインハルトは小細工を弄して戦う手合いではない。ならば、こういう変則技が効く可能性もある。

 

 ラルトレアは突っ込んだ。そこにラインハルトが振りかぶってくる。頭から真っ二つにする斬撃だ。

 

 それを。

 

 

「――『暗黒沼』」

 

 

 ラインハルトの剣先がラルトレアの額に触れようというとき、いきなりラルトレアが地面に沈んだ。斬撃はそれを追うように、地面に突き刺さる。

 

 周囲の騎士どもが息をのんで驚いているのが分かる。だが、これはラインハルトは予測している、いや、わかってゆっくり斬撃をそのままにした。きっとどんな攻撃をされても反撃できるとわかっているのだろう。

 

 なら、

 

 

「油断していると足をすくわれるのだ」

 

 

 ラインハルトの股下に、ラルトレアが出現する。両足をくるぶしで掴み、影中から大振りの鎌が射出される。角度からして避けることはできない。

 その、はずだった。

 

 影から飛び出した鎌はラインハルトを一つも掠めずに勝手に逸れていく。

 

 

「つくづく嫌なやつだ」

 

「次はこちらの番だ」

 

 

 ラルトレアはすぐに両足から手を放し、影の中をもぐって距離を取る。

 

 しかし。

 

 

「そこだ」

 

 

 ラインハルトが向きを変え、右方向に一直線に剣を振り下ろした。その斬撃を空気を切り裂き、地面をも割っていく。

 

 斬撃を放った剣は粉々となり、風に流されて消えていく。

 

 

 

「おっと、危ない危ない。貴様こそ人間ではないな」

 

「吸血鬼に言われるだなんて光栄だよ」

 

 

 ラインハルトの斬撃を間一髪で避け、地上に飛び出すラルトレア。振り返り、ラインハルトにまた突っ込んでいく。ラルトレアは剣術が得意ではない。どちらかといえば肉弾戦の方を得意としているが、ラインハルトには通用しないだろう。

 

 ならば、もう吸血鬼らしく血を吸うしかないだろう。

 

 

 ラインハルトがいつの間にか拾っていた剣を振り下ろしていた。またこの形勢だ。屈んで肉体能力に任せて突撃するラルトレアはまるで獣で、ラインハルトはそれを狩る狩人だ。

 だが狩人はその獣の特性を知っているだろうか。

 

 

「――『吸血化身』」

 

 

 ラルトレアの肉体が、千羽のコウモリへと変貌する。斬撃を避けるように、コウモリはあちこちに飛び上がり、いくつかは斬撃の風圧に巻き込まれていく。

 

 だが、そのうちの数十羽が斬撃をよけ、右から左から、上から下からと四方八方からラインハルトへと牙をむき出しにして食らいつこうとする。

 

 

 このとき――ラルトレアの本体は影に潜りこんで、建物の上に移動していた。だがあのコウモリたちもラルトレアの一部なのだ。コウモリたちの牙がラインハルトに食い込んだ瞬間、一気に血を吸うことができる。

 

 だが。

 

 

「やはり無理か」

 

 

 結果はなんとなく想像できていた。あんな世界から愛された男が、奇襲とか不意打ちに倒れるはずがない。

 

 それはラルトレアは重々承知していたことだった。なぜなら、あのような男に一度ラルトレアは敗北しているのだから。

 負けて、城の地下室で封印されていたのだ。似た男に勝てる理由なんてない。吸血鬼は良くも悪くも成長しないのだ。

 

 ずっと強いままで、ずっと同じ相手には勝てない。

 

 

 ――血のストックがゼロに近い……これで限界か……。

 

 

 無様に逃げに徹するのもいいが、なんだかもう疲れてしまった。スバルとは出会えないのだ。

 おとなしく拘束され、また地下室に閉じ込められるとしよう。

 

 影から地上に出ようとして、視界がゆがむのを感じた――

 

 

 ぐにゃぐにゃと、世界がまた暗転していって――

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 

「…………またか」

 

 

 

 ラルトレアが目を開けると、そこは広場だった。

 中央には噴水があり、石畳らしき道路があり、自分はそこに突っ立ってる。

 

 もうお馴染みの風景だ。

 

 これで疑念が確信に変わる。問題はスバルが来るかどうかだ。

 

 

 うつむいたまま、ラルトレアがいつもの定位置に腰かけることにした。このまま待っていればいいのだろうか。自分から動くべきではないのか。

 

 いや自分が動いたらなおさらスバルと出会えないかもしれない。それだけは避けたいが……しかし、ここに留まるのも嫌だ。

 

 

 なら、どうするか――

 

 

 




とある幼女「我を退治するとほざいた大馬鹿者がおったわ。結果はこの有様よ」


結果:ボコボコに負けて無事退治され、その挙句地下室に封印される。

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