昼食のあとのひととき。
ロズワール邸最上階、中央の部屋に屋敷の主とそのメイドが階下の景色を眺めていた。
アーラム村の方角へ街道を歩いていく三つの人影。そのうち黒髪の少年が両脇を歩く二人の少女へと身振り手振りして話しかけていた。昼食の時の会話から察するに「でぇと」というものに興じるつもりだろう。
屋敷の主はその膝に座る桃色髪のメイドへささやく。
「いばらの道を進むよぉだね、彼は。あの身のひとつで何を成し遂げるのか。まぁ、今のところは最小限の被害で済んだといえるとも」
「しかし最後にはロズワール様のお手を煩わせてしまい……」
「最後の後始末なんて大した手間でもなぁいんだよ。それより――スバルくんのその後の経過はどーぅだい?」
「肉体的な損傷でいえばかすり傷程度でしたのでレムが対処しました。ただ、マナの枯渇の方はベアトリス様が処置してくださいましたが……」
「完治はできなかった、ということだぁね。あの子が肩入れするのも不思議な話だが、治しきれないだなんて一体、あの剣は何だったろぉーね」
「ベアトリス様は呪いに近いとおっしゃていましたが……」
「あはぁ。あれこれ推察するよりもスバルくんに渡した本人に聞いた方が早いんだけどねぇーえ。どうにも私は嫌われてしまったようだぁよ。あの姿になってからというのもの、口を一切聞いてくれないというのは悲しいものだ」
屋敷の主、ロズワールは食客として遇している黒髪の少女、ラルトレアへと視線をずらす。スバルの斜め後方を歩いてつまらなそうに空を見上げている彼女。ロズワールが一度屋敷を離れる前に見た姿とは大きく変化している。
幼い童子からエミリアと同じくらいの少女へとなったラルトレアはスバル以上に得体が知れていない。
「ただ、彼女の様子を見る限りではスバルくんを失うのは本望ではないようだぁーね。実際、ベアトリスほどの治癒魔法の使い手がいなければ、仮死状態から復活できていないんだからねぇ。それで、壊れかけのゲートを治すにはどうしたほうがいいんだろぉーね」
「より高位な治癒術師に見てもらうしかないと」
「大精霊様とベアトリスの見立てなのかな?」
「はい」
「ふぅーむ。王都にいる治癒術師に依頼するしかないよぉだね。スバルくんは我が家の使用人であり、二度も危機を救ってくれた恩人だからねぇーえ。まぁカルステン家と交渉する必要が出てくるかもしれないが、そこはエミリア様が買って出てくれるだろぉーね」
次にロズワールが目を向けたのは、スバルの横を歩く銀髪の少女。王選候補者である彼女はスバルに助けられた恩があり、その負い目を感じているところがある。ゲート修復に治癒術師の手が必要となれば、カルステン家との交渉に出向いてくれるだろう。
「そうだ。ロズワール様にご報告しなくてはならないことが……」
「なんだい?」
「レムのことですが」
「スバルくんが体を張ったのだから、少しは疑心もほぐれたと思ってたんだけどぉ?」
「ですが、レムはまだ疑っているようです」
「それはまたどうしてかぁーな?」
「バルスが少々、うまく対処し過ぎたためかと。起こることをあらかじめ知っていたかのようにも見えました。そこが引っかかるのでしょう」
スバルは最初からあの子犬がウルガルムであるのではないかと疑っている節があった。ウルガルムと対峙するためにあの剣を用意して、村を見て回っていた。
ロズワール邸に来て日が浅いスバルがそれに気づくにしては勘が良すぎるのでないか、とラムでも思っていた。
自分が思うならなおさら、双子の妹は疑ってしまう。
「まーぁ、あの子が近くにいて呪いに気づく前に、スバルくんは動いていたそうじゃなぁい? まだ疑うのも不思議なことでもないのかな。私としてはスバルくんを間者などと勘繰るつもりはないんだけどねぇーえ。でもまぁ、言ったところで疑いは止められないだろうね」
「そう、ですね。あの子が早とちりする可能性が低まったとはいえ、あることにはあります」
「釘は刺しておこう。あとはエミリア様だぁね。スバルくんも大変なことだ。これからまーぁた忙しくなる。苦労をかけるけど、ラムもレムもよろしく頼むよぉ?」
「仰せのままに。この身はあの炎の夜からずっと、ロズワール様のものです」
スカートの裾を摘まみ、その場で膝を折って小さなお辞儀。
「此度の王選、なんとしてでも勝たないといけない。私の、目的のために――龍を殺す、その日のために」
剣呑な声が生まれては消えていく。
のんびりとした昼下がりの出来事。黒髪の少年と二人の少女が近くの村へと遊びに行っているときの一幕。