抱きついた男の瞳の中に、ラルトレアは自分の顔が映っているのを眺めていた。熱っぽく、情熱的に愛をささやいている自分がどこか面白おかしく思えてくる。血霊器具でラルトレアは自分の頭身をエミリアと同等のものに変化させていた。
『吸血変化』という力だが、幼女の体から少女へと成長させるには相当な血液量が必要となってくる。それをするだけの効果があったと、今証明されている。
「聞こえるのだ……スバルの鼓動は心地よいの」
少しふくらました胸を押し付けやると、面白いように心臓が跳ね上がっている。おどおどするスバルの顔もまたたまらない。
「ら、ラルたん?」
「――キヒッ、どうしたのだ? す・ば・る」
「いやあの何というか。この体勢だと、色々と暴発してしまいそうっていうか……」
スバルからしたらどうしたもこうしたもなく、ラルトレアが目覚めているという安堵と、なんか大きくなっていきなり抱き着いてくるというハプニングに思考が回らない。一旦、ラルトレアを引き離して二人でベッドに腰かけることにした。
横に並ぶように座って、なるべくラルトレアを見ないようにつとめながら、スバルは話を切り出した。
「そういやラルたん。なんで、大きくなってんの?」
「もともと我は体のサイズを自由に変化できるのだ。童女の姿でいたのは、単に血の消費を抑えるためだけなのだ」
「なるへそなるへそ……え、ってことはラルたんって年いくつ?」
「年なんて気にするのだな、スバル。それを知ったところで何になるというのだ?」
「いやまぁ法律的なあれというか、何というか。……今もすんげえ限界なんだよ?! 年が俺が思ってた通りならまだ何とかこらえ切れるというか!」
「百七歳なのだ」
「ひゃっ……。吸血鬼って、そんなもんなん?」
「我が知っている吸血鬼の中では我は四番目に長生きなのだ」
「マジでファンタジーだな、ラルたん。いやまぁ分かってたけど真剣に言われると、なんかこう違うんだなって」
「くふふっ、おもしろいの」
ラルトレアはスバルの横顔をじっと見つめながら言葉を返す。
当のスバルといえば、腕を組みながら天井を見上げながら何やらうなっているが、必死にラルトレアの美貌が目を逸らそうしていることが丸見えだ。
――キヒッ、あわてておる、あわてておる。
「で――さ、ここからは真面目な話。ラルたんは俺を守ろうとしてくれたわけだろ?」
「そうなのだ」
「ラルたんは全部覚えているのか?」
スバルが問い掛けてくる。
ラルトレアはその問いにすらすらと答えた。
「我はスバルがあのメイドに殺されているのを見たのだ。そこからは感情が高ぶっておったせいであまり覚えておらん」
「俺がレムに殺されたのって、この屋敷の廊下でのことか?」
「そうなのだ」
「ってことは、俺の読みは当たってたのか……ラルたん」
「わかっておる。スバル、我はスバル以外の生物をたやすく殺すのだ。それは我が吸血鬼だから、ではない。我はそういうふうに生きてきたのだ」
スバルはラルトレアの告白を受けて、複雑な感情を抱かざるを得ない。
自分を守るために、レムだけでなく、エミリアもラムも殺せると言っているのだ。嬉しい反面――
「我が恐ろしいか、スバル」
「……。エミリアたんとはちょっと仲良くしてたんじゃないのか?」
「我にとって、仲が良いから殺さないという選択肢はない。我はスバルを愛しておるし、我にとって必要だから守るのだ」
スバルは言葉に詰まった。
暗にそれはエミリアが必要なくなれば殺すと言っているものだからだ。
「いや――俺は決めたんだ。受け入れるって。でもラルたん、俺はエミリアたんもレムもラムも、俺が関わってきた、優しくしてくれみんなを大切にしたいんだ」
「わかっておる。わかっておるのだ。もうエミリアやメイドどもを殺さないのだ」
「そう、か。よかったぜ、ラルたん……」
ひとまず安心して天井から視線を下ろすと、すぐ真横にスバルをのぞき込むように首をかしげているラルトレアの顔があった。
「――ほわっ?!」
長い黒髪の美少女が微笑しながらこちらを見ている。しかもベッドに座って。二人きりで。
未だかつで出くわしたことのないシチュエーションにいるということを、あらためて実感させられる。
「かわいいの、スバル」
「勘弁してくだせえ、堕天使ラルたん様……」
童貞には危険すぎる毒だ。
しかもこうやって女の子に可愛い可愛いと言われると、自然と視線が下に落ちてうつむいてしまう。
そのさらけ出してしまったスバルの首筋に、ぬるっという生暖かい感触が走る。
「うひゃっ!??」
ラルトレアがスバルに寄りかかって、スバルのうなじをぺろぺろと舐めていた。その妙にざらついた舌の感触がリアル感抜群で、思わず変な声が出てしまっていた。
「すばるぅー、一緒にベッドで寝るのだ……」
しなだれかかってくるラルトレアの長い髪が、さわさわとスバルの胸元に垂れてきて、変な気分になってきてしまう。
「いやいやいやッ!! 何かやばいって、ラルたん?! 雰囲気に流されそう! 雰囲気に流されそうなスバルくんがここにいますよ?!!」
「むぅ……うるさいすばるなのだ……」
ぎゅぅーっと物凄い腕力でスバルは無理やりベッドに仰向けにさせられる。そのかたわらにラルトレアがゆっくりと飛び込んできて、がしっとスバルの左腕にしがみつく。
その瞬間に漂ってくる血の香りと、発達途上のふくらみがむにゅむにゅとスバルを刺激してきた。
「すばる……」
「やばいやばいやばいやばい……」
スバルの体はどこもかしも硬直してしまって、ピクリとも動かない。
ラルトレアの吐息がスバルの首筋をくすぐってきても、緊張しすぎてしまって皮膚の感覚もずいぶん鈍くなっている。
「つかれ……たのだ……」
「やばいやばいってラルたん――へ? 寝てる?」
気を失ったように、動かなくなるラルトレア。
寝息もほとんど感じないために、寝ているのか死んでいるのか、そもそも吸血鬼は寝るのかという疑問さえわいてくる。
「……ふぅー……卒業しちまうのかと思ったぜ……」
スバルはしばらく目をつむったラルトレアにしがみつかれたまま、そのままの体勢で天井を見ていた。
「乗り越えたんだ、よな」
緊張のせいで寝れずにいると、窓の方からあわい光がにじみ始めてきた。暁の空だ。じんわりと差し込む朝日が、スバルの頬をあたためてくれる。
スバルはゆっくりと起き上がって、ラルトレアの拘束をそっとほどいた。
今にも目を覚ましてにやりと笑いそうな少女を見下ろして、その前髪をそっと撫でる。
「おやすみ、ラルたん。ついに待ち望んだ朝が来たばっかりだけどな」
そのままスバルはラルトレアの居室を後にして自分の部屋に戻った。今日はすることがたんまりとたまっている。
エミリアとレムとベア子に色々と説明しなければならない。そのあとにエミリアたんとラルたんを誘ってデートにでも行こう。
そんな計画を立てながら、スバルは遅めの睡眠をとるのだった。