Re:ちょろすぎる孤独な吸血女王   作:虚子

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第十五話『スバルむそう』

 五周目四日目、昼前。

 アーラム村への道中にて。

 

 

「ほらベア子かっけぇだろこれ! なぁおいベア子!」

 

 

 嫌な気分を紛らわそうと、スバルはいつも以上のテンションとうざさでベアトリスに絡んでいた。

 お守り代わりの牙だった剣を空に掲げるスバル。

 事実、ラルトレアに貰った剣はスバルの中二心をくすぐってくる。

 

 

 血のように真っ赤な刀身と、どす黒い柄。

 

 

 持っているだけでダークサイドに落ちてしまいそうな剣だ。

 下手に扱うと指が落ちてしまいそうになるので、すぐにスバルは分厚いボロ布で包み込んで、細い紐で縛り上げる。それを慎重に左手に持った。

 

 できることなら、漫画に出てくる剣士のように、ちゃんと鞘に入れて肩に紐で引っ掛けたいところだ。

 

 

「うるさいやつなのよ。その剣は一体なにかしら」

 

「お? やっぱり気になっちゃう?」

 

「バルスには無用の長物であることは確かね」

 

「ひっでぇ姉様だな。餞別なんだよ、ラルたんからの。おいおいレムりん、そんな怖い目をすんなって。俺ってば今、結構ぎりぎりの精神状態だからよ……」

 

 

 信頼を得るには、本音を晒していくしかない。

 泣きついて気張って、行動で示していくスタイルだ。ストレスが溜まってしょうがない。あの子犬のように頭頂部に10円ハゲが出来ていてもおかしくない。

 

 

「心配しなくてもいいのよ、メイド。あの吸血鬼が屋敷で動いたらベティがわかるかしら。それに、あれは眠っているというより、心が死んでいるのよ」

 

 

「……」

 

 

 フォローしてくれたベア子に、スバルは何も返せない。

 

 

「事情を知っているやつはだんまりを決め込んでいるから、事実は闇の中かしら」

 

「ベアトリス様は、どうしてそちらの肩を持つのですか。レムには分かりかねます」

 

「別にベティは味方しているわけじゃないのよ。これは契約かしら。頭を下げて頼み込んできて鬱陶しかったから仕方なしに引き受けたのよ」

 

 

 素直じゃないベア子の言葉にも、スバルの涙腺が緩み始める。

 

 

「ただ、そいつが相当無理をしていることは確かかしら。ベティはそこまで非情じゃないのよ」

 

 

 耐えきれなくって、スバルは歩くスピードを速めて先へと進んだ。

 

 後ろの方で、ベア子とレムとラムがついてくる気配がある。突然速く歩き出したスバルをそっとしておいてくれるらしい。

 

 

 ――くっそぉ、幼女に泣かされた……

 

 

 スバルは腕でがしがしとこぼれてきた涙を拭って、空を見上げた。青く澄んだ空だ。こんなにも世界は平和そうに見えるのに、スバルの目の前には困難が立ちはだかっている。

 

 

 

 

 ――。

 ――――。

 

 

 

「信じられないのなら、自分の目で確かめるといいのよメイド。あんなものを持ってきているのだから、覚悟だけは評価すべきなのよ」

 

「あの剣が何だというのですか、ベアトリス様」

 

「分からないかしら。呪われているのよあれは」

 

「バルスが言っていたわ、呪いがどうのこうのと」

 

「その呪いとは、少し違うのよ。あれにはベティも知らない魔法が織り込まれているかしら。とても危険なものなのは確かなのよ。最悪、命を削りやがるかしら」

 

 

 

 

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「村が見えてきたのよ」

 

 

 しばらくしてベア子とレムとラムが追いついてきて、すぐにアーラム村の入り口が見えてきた。

 半円というか、アーチ状の門だ。ああいうのをたしか拱門と言うんじゃなかっただろうか。

 

 

「それじゃバルス、先に買い出しよ」

 

「――。え? 俺も?」

 

「それが本来の目的よ。自分の職分を忘れてはならないわ」

 

「あれ、姉様がまともなことを言っているような気がするぞ? 普段は人権を無視したことしか言わないというのに」

 

「ラムの言うことはいつも正しいわ。それに、めそめそ泣く男に人権はなくってよ」

 

「あああぁっ! ノーカン! ノーカンでお願いします!」

 

 

 ――スバルにとってその村を訪れるのは、これで三度目だ。

 

 一度目はレムと訪れ、二度目はベアトリスとレムと回った村落。

 領主の屋敷のすぐ側にある村にしては規模が小さく、住んでいるのはせいぜいが三百人前後。

 

 

 村人とふれあいながらも、買い出しを進めていく。

 

 ベアトリスにはガキどもと子犬を重点的に見ておくようにあらかじめ言ってある。それを言ったときには怪訝な顔をされたものだが、この際仕方がない。

 犬子どもを疑ってでも、このループを抜け出したい。

 

 

「おー、これは何だスバル―」「かっけぇー」「剣だ剣だー」

 

「おいおいガキどもそれに触んじゃねぇ!」

 

「とったりー」「次はオレなー」「やーいスバルこっちだぞー」

 

「ベア子ぉおおおヘルプミー!!!」

 

 

 情けなく叫びながらも、どうにか奪われかけた剣を取り返すスバル。

 ハァハァと荒い息を整えつつも、ベアトリスの方を見て頷く。決して非難しているわけじゃない。呪術の気配はどうだ、という合図だった。

 

 

「問題ないのよ。それより、その剣をもう離さない方が良いかしら」

 

「正論過ぎてぐうの音も出ねぇよ……ん?」

 

 

 

 スバルの袖を引っ張ってくる感触。

 これはアレか。見ると予想したとおりにおさげの少女がいた。この子の案内でいつもあのガブってくる犬っころと出会うのだ。

 

 

「えっとね、あっち」

 

 

 以前と同じ方向を指さしてくる少女。

 スバルはベアトリスを見て。

 

 

「こっからが気合入れるところだ、ベア子」

 

「一番にブルッてるやつが何を言っているのかしら」

 

「それは言わない約束だぜ……」

 

 

 と。

 

 気合を入れなおすスバルのもとに、レムとラムが戻ってくる。

 

 

「バルス、ちゃんと荷物番はできていた?」

 

「スバルくん、あんまりはしゃぐのはよくないです」

 

「二人そろって俺をガキ扱いか。上等上等。今に見てろよ、大英雄スバル様がちょちょいのちょいよ!」

 

 

 自分に自分で火をつけて無理に燃え上がっていくスバル。

 しっかりと左手に剣を持って、その包みをすぐに取れるようにヒモを緩めておく。

 

 

「絶対驚くって」「絶対喜ぶって」「絶対嬉ションするって」

 

「こっちは普通に漏れそうだっつーの……」

 

 

 ガキたちにくすくすと笑われながら押されていって、村の外れへと移動していく。すると、見えてきた。

 

 柵の外に、前回と同様に地面にお座りしている『子犬』が。

 

 

 こいつだ。

 

 低くても今のところこいつしか可能性がないんだ。こいつが外れれば誰が呪術師だ、ということになる。

 

 

「――ベア子」

 

 

 スバルは、ふと歩みを止めて、後方にいるベアトリスへと声をかける。彼女は面倒くさそうに頷いてから。

 

 

「わかったのよ」

 

「調べるだけで良い。後は俺が――なんとかする」

 

 

 一歩、また一歩。

 ベアトリスがガキたちに囲まれた子犬に近づくたびに、『子犬』の表情が心なしか険しくなっていく。

 

 そして――

 

「ふがーっ」

 

「いだっ!」「あー! 逃げたー!!」「ペトラだいじょうぶ?」

 

 

 おさげの少女が抱えていた子犬が飛び出して、ペトラの腕を噛んでから森へと一目散に走っていく。

 

 

「――ベアトリスッ!!!!!」

 

「わかってるのよ!」

 

 

 ベアトリスがペトラに駆け寄って、その噛み傷を調べていく。するとすぐに顔色を変えて。

 

 

「お前の、言う通りなのよ。これは呪いかしら」

 

「――ッ!」

 

「どこへ行くのよッ!!!」

 

「アイツは、俺が何とかする!!!」

 

 

 紐を引き抜いてボロ布を取っ払う。赤黒い刀身をむき出しにして、その柄を掴んですぐ走り出した。

 

 スバルはどんな制止があっても止まるつもりはなかった。

 

 ここだ。

 

 ここしかない。

 

 解決するとしたらここしかないんだ。

 

 

「スバルくん!!」

 

「レム――」

 

「レムも、行きます」

 

「いや、でも」

 

「あれはおそらくウルガルムという魔獣です。それが入ってきたということは――やっぱり、結界が切れています」

 

 

 スバルに二の句を継がせない勢いの良さで、そのままスバルとレムは森の中へと入っていく。子犬の姿はもう見失ってしまっている。

 

 

「レム、やっぱりだめだ。俺がやらなきゃいけな――」

 

「――ッ!!」

 

「――ぅぉおおあわっ!!」

 

 

 横の茂みから突然、ドーベルマンみたいな大型犬が飛び出してきて、スバルの横っ腹へと噛みつこうとしてきた。それをレムが――どこから取り出したのか、例のモーニングスターで吹っ飛ばしていく。

 

 

「やっぱりつぇえ……」

 

「スバルくん、先に行きます」

 

「あの、レムさん。それはいったい……」

 

「護身用です」

 

「え、いや」

 

「――護身用です」

 

 

 きっぱりと言い切られて、これまた何も言えなくなるスバル。レムの後を追うように、スバルは駆けていく。

 

 ベア子はペトラの解呪、ラムはきっと屋敷に戻ってロズワールを呼び戻そうとしてくれているに違いない。

 あとはスバルとレムで子犬を捕まえて、結界を修理するだけだ。

 

 それでラルたんの目が覚めて、大団円。

 

 それしか、ない。

 

 

「いました――!」

 

 

 レムが後方を走るスバルにささやく。

 森の獣道を走り続けて、襲ってくるウルガルムをレムが撃退していくうちに、開けた場所に出た。

 

 その中心に、あの『子犬』がいる。

 可愛い顔をして、その顔に獰猛な表情を刻み付けていた。

 

 

 すると。

 

 

「―――ォォォォオオオオオッ!!!!」

 

 

 その小柄な体格には見合わない野太い咆哮が耳をつんざく。

 見る見るうちに、『子犬』の体が巨大化していく。今まで襲ってきたエセド―ベルマンみたいな獣へと変化していった。

 

 しかしその大きさは今までのとは段違いだ。

 体躯も筋肉量も五倍くらいは違うだろう。

 おそらくはあの子犬に扮していたウルガルムが親玉で――

 

 

 その親玉の声に呼応するように、百以上の気配がぐるっと囲い込んできた。

 

 ――ガサガサガサ……。

 

 

「……囲まれ、ました」

 

 

 周囲360度、茂みの奥から血走ったような獣の目が何百も見えている。

 

 

「絶体絶命のピンチって奴かよ……。おそらく、あのでっけぇのが親玉なんだよな」

 

「スバルくん、なにを……」

 

「カッコ悪いこと言うけど、周りの奴は任せていいか? 俺が、あいつを仕留める」

 

「馬鹿なんですか?! スバルくんが敵うはずがありません! 逃げるのが最善の策です!!」

 

「そんなこと百も承知だ。――だけど、ここは腹をくくる場面なんだよレム」

 

 

 

 スバルは赤黒い刀身をボスウルガルムへと向ける。

 

 ――ここでやらなきゃダメなんだよ……ッ!!

 

 

「ぅらぁああああああ――ッ!!!!!!」

 

 

 周囲のウルガルムが動く前に、スバルが一歩を踏み出す。

 一斉に、彼らの視線がスバルへと移り、何匹かがスバルの視界の端に映り込んでくる。しかし構うことはできない。

 レムに任せるしかない。

 

 

「お前をぶっ倒してハッピーエンドじゃぁああああ!!!!!!」

 

「ダメですスバルくん――」

 

 

 レムの悲痛な声が、背後からゆっくりと聞こえてくる。

 世界が――スローモーションになっていった。

 スバルの極度の緊張からか、世界の時間が引き延ばされているのだ。

 

 

 そして、見えた。

 

 

 ボスウルガルムの体が薄く光り、その下の地面が隆起していくのを。そしてそれは土の川のように上流から下流へ、ボスウルガルムからスバルへと流れていく。

 

 自然の濁流がスバルを飲み込もうとしていた。

 

 

 だがスバルは退くこともできない。足は前に進んでいる。

 

 

 この土の波を止める方法を、スバルは知らない。食い止めるための魔法も――使えやしない。 

 

 

 声が、聞こえた。

 

 

 ――スバル……我を許してくれ

 

 

「――当たり前だぁあああああああああ!!!!!」

 

 

 スバルは剣を振り下ろす。

 そしてその剣先から、赤黒い剣撃が放たれる。禍々しい力の波動が土の濁流へとぶち当たり、粉砕していく。

 大地に亀裂が入り、風圧で襲い掛かるウルガルムを吹き飛ばしていく。

 

 

 ――スバル、スバル……

 

 

「俺の方こそごめんな……あ、れ……力が……」

 

 

 ――これはお仕置きなのだ

 

 

「あっれぇ……ラルたん……これは……洒落になんねぇ……って……」

 

 

 スバルの気力、精神力、体力がまるで穴の開いたタイヤのようにしぼんでいく。

 脱力しきったスバルの肉体が、ぐらっとふらついて、剣を地面に刺してやっとのことを倒れるのだけはこらえた。

 

 ――さっきの月牙○衝みたいなので全部持ってかれたってことか……?

 

 

「グゥォォォォォォオオオオオオ――――ッ!!!!!!!」

 

 

 スバルの頭上に、ボスガルムの咆哮が降りかかってくる。

 

 

「――スバルくんッ!!!!!!」

 

 

 レムの叫びがとても遠い。

 モーニングスターを振り回している音が絶えることなく聞こえてくる。しかし、その音もまた遠い。

 

 目の前にいるボスガルムのよだれと獰猛な息遣いのほうがよっぽど鮮明に聞こえてくる。

 

 

「やっべぇ…………」

 

 

 あんぐりと大口を開けたボスガルムの牙が視界に映る。一瞬だ。このすぐ一瞬後に、スバルは食われる。それがわかっているのに、一ミリも体が動かない。

 

 

 ――スバル

 

 

「愛してるぜ……ラルたん」

 

 

 棒切れみたいになった自分の腕を、最後の力で動かした。

 それにつられて、絶対に離さなかった剣が横からボスガルムの顔を狙う。そんな力の抜けきった横薙ぎは牙にカチンと当たるだけで――

 

 

「い”っでぇ――ッ!!!!!」

 

 

 グッシャとボスガルムの巨大な牙がスバルの左肩と背中に食い込んで、ずんずんと顎を閉じてくる。

 喰いちぎられる――

 スバルの左半身はもうボスガルムの口腔内に捕らわれていてもう抜け出しそうにない。あと二秒もすれば、上の牙と下の牙にスバルの肉が引き裂かれる。

 

 ――でも、まだ二秒もある。

 

 スバルは感覚のなくなった腕に、その右手に全神経を集中させた。体はもう限界を超えている。だがまだ意識は保てているし、立てている。

 ならまだ力は残っているということだ。

 

 だから、その力を最後の一滴まで絞り切って、この一撃に――

 

 

「こぉんじょう入ってるかァ――――ッ!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 ――つぎ込んだ。

 

 全身全霊の一撃が――スバルの命を削ってでも放った力が剣の刃となってボスガルムの牙を砕き、顎を引き裂いていく。

 

 赤黒い波動がスバルの眼前を通り過ぎ、ボスガルムの体を貫通して血飛沫を上げていった。

 

 

 ボスガルムが真っ二つになって、地面へと倒れていく。そんな光景を最後に、すぅーっとスバルの意識は消えていった。

 

 

 地面に倒れた衝撃も、駆けつけてきた彼女らの足音も心配するような声も聞くことはできない。

 

 

 

 

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

 

 

 

「――ウルゴーア! あっはぁ、良いとこ取りってやつだぁーね」

 

 

 

 

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 ――真っ白い、何もない世界にスバルの精神は横たわっていた。

 

 

 見上げてみると、すぐ横に巨大な男が立っていた。二メートルか、二メートル五十くらいは身長がありそうなそのデカ男はスバルを無表情で見下ろしていた。

 

 肩まで伸ばした白に近い銀髪と、澄んだような蒼い瞳。

 

 その肉体は人間の限界を体現するような肉体美を放つほど鍛えられており、一切の無駄がない。

 

 

 武人だ。

 スバルはそいつを見て、そう思った。

 

 

 だけど全く心が宿っていない。

 情がなく機械のような武人みたいに見えた。

 

 

 表情もなく、何も意思が感じられない。

 

 

 だけどそんな彼を見て、スバルは寂しそうだと感じていた。

 

 

 ――名前をきいてもいいですか

 

 

 珍しく丁寧な口調で、ちょっと緊張しているスバルは聞いてみた。

 

 すると。

 

 

「騎士、ボルフォーン」

 

 

 武骨な答えが返ってきた。

 

 

 

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 目覚めて最初に視界に入ったのは、見慣れたロズワール邸の天井だった。

 

 ぼんやりとした意識のなかで、脱力しきった体が布団に包まれているという感覚を味わっていた。何があったっけ、とかそんなことを考える。

 

 すると。

 

 

「――起きて、くれましたか」

 

「……すらまっぱぎ、レム」

 

「すらまっぱ……? スバルくんの故郷のご挨拶ですか?」

 

  

 スバルの右手側。

 首をかしげるレムがベッド脇に座っていた。

 

 そして反対側から聞き慣れた声が聞こえてくる。

 

 

「こら、ぼけてないでしっかりしてスバル」

 

「起きたら両手に女の子とか、ある意味じゃ男児の本懐だよなエミリアたん」

 

「まだ寝ぼけているのかしら。それとも、素の反応がそれなら死んだままの方がよかったのよ」

 

「ベア子ぉ……」

 

「……ぅわっ、何なのかしらこの男。いきなり泣きそうになるとか痛すぎて見ていられないのよ」

 

 

 

 起きたら両側にレムとエミリアたん、そして部屋の壁に寄りかかるベアトリスがいる。そんな三人に見守れて目覚めるとか主人公すぎるだろ俺、とかそんなことを考えてながら、ちょっぴり涙腺が漏れ出た涙をぬぐう。

 

 

「……とりあえず、あの後どうなったのかが聞きたいかな」

 

「はい。スバルくんは、どこまで覚えていますか?」

 

「俺が二発目の月牙○衝をボスガルムにかましたところまでだな」

 

「……では、そのあとのことですね」

 

 

 たんたんと、レムは事務的に事の顛末を話してくれる。

 

 スバルが意識を失ったあと、ペトラの解呪が終わったベアトリスとレムによりスバルに襲い掛かるウルガルムを押し返しながら時間を稼ぎ、ロズワールの帰還を待った。その三十分後、ラムが連絡を取ったロズワールにより森にいる全てのウルガルムの殲滅が行われたという。

 

 そのあとはエミリアたんも駆けつけて森の結界を直して、アーラム村で歓迎を受けて屋敷に戻ってきたという。

 

 

「え、俺どんだけ寝てたの?」

 

「寝ていたというより、仮死状態だったのよ。丸二日、お前は死んでいたかしら。マナの供給を受けて、やっと回復したのよ」

 

「またスバルは無理をして……どれだけ心配させれば気が済むの?」

 

「愛ゆえに……っていうか、俺の事はいいんだよ。で、ベア子。呪術師はどうなったんだ、結局のところ」

 

「お前が倒したのよ。あのウルガルムという魔獣が呪い、というより捕食行為を行っていたかしら」

 

「なるほど……あれ、俺噛まれたよな?」

 

「スバルくん、呪いが発動する心配はありません。術者であるウルガルムは死にましたので、効力が失われています」

 

「そうか……」

 

 

 薄く微笑みながらいうレムに、スバルは目を細めた。

 

 呪術師の問題は片付いた。

 レムの方も大丈夫そうだ。

 

 

 あとは――

 

 

「話すことが色々あるの、分かっているわよねスバル」

 

「……おうよわかってるってエミリアたん、まだ最後の詰めが出来ていないってことくらい」

 

「……?」

 

 

 可愛く首をかしげて、よく分からないというようなエミリアたん。

 

 そうこれはスバルしか解決できない問題なのだ。

 

 だから。

 

 

 

 ――。

 

 ――――。

 

 ――――――。

 

 

 

 

「すぅー……はぁー……」

 

 

 スバルは力の抜けきった体を引きずりながら、ある部屋の前に立っていた。

 深呼吸して、もう一度深呼吸。

 マナーとして三回ノックしてから、ドアノブを捻って中へと入り込んだ。

 

 大きなキングサイズくらいのベッドがあって、カーテンが開けられて風が入り込んできている。

 

 ベッドに近づき、その奥をのぞき込むスバル。

 

 

 大きく膨らんだ布団はくるまっていて、顔も出してくれていない。

 

 

「ラルたん……」

 

 

 顔も見たくない、とかそういう意味だろうか。

 

 冷たい夜風がスバルの頬を撫でていく。

 

 ぽっこりと中央がふくらんだこの布団の塊をめくろうかと考えて、スバルはその手を止めた。

 ベッドに座って、ただじっと見つめるだけで、手が動かない。初めの一言は何といえばいいのか分からなくなる。

 

 

 ひゅーっと、風が吹いて。

 

 

「――ふふふ」

 

 

 窓の方から妖艶な声が聞こえてきた。

 振り返るスバル。

 思わず、息をのんだ。

 

 

 

「いい夜なのだ、スバル」

 

「ラルたん……か?」

 

「我以外に、誰に見えるのだ?」

 

「いや、だって」

 

 

 

 月明りを浴びる黒髪の少女がいた。

 エミリアたんと同い年くらいの、うら若き乙女が窓辺に腰かけてスバルに微笑んでいる。

 

 腰にまで届く長い黒髪と、赤い瞳。

 全身をダークドレス、両手には薄布でできた黒手袋。

 

 とびっきりの美少女が、スバルに微笑んでいた。

 

 

 

「おもしろいのぉ、最初からこうしておればよかったのだ」

 

 

 クスクスと、呆気に取られているスバルを笑っている。

 

 

「ラルたん――」

 

「ごめんなさいなのだ、スバル」

 

 

 頭を下げるラルトレア。気がつけばスバルは先手を取られていた。

 その姿勢のまま、ラルトレアは話を続けていく。

 

「スバル、我は独りよがりだったのだ。我はスバルを愛しておる。だからスバルもまた我を愛すのが当然なのだと考えていた。だから、スバルが使用人となったこと、エミリアなどにうつつを抜かしたこと、我の思い通りにいかぬこと全てが許せなかった……」

 

「いやそれは――」

 

「違わないのだ……断じてだ。我はその部分を思い直した。想いを言うだけではだめなのだ……スバルは、我のことをどう思っているのだ?」

 

「ラルたん、俺はエミリアたんも大事にしたいし、もちろんラルたんだって――」

 

 

 スバルはどちらも大切にしたいと、そう告げようとしたときのラルトレアの表情が忘れられなかった。悲しそうだった。辛そうだった。

 だが、ラルトレアの思い通りに、スバルは自分の感情を捻じ曲げることなんてできない。

 それなら、どうすればとスバルは思いを巡らせる。

 

 

「スバル……」

 

 

 赤い瞳をうるませて、ラルトレアがゆっくりと近づいてくる。

 

 

「我はスバルを愛しておる……我だけでなくても、よいのだ」

 

「ラルたん……」

 

「どうなのだ、スバル。我の想いを受け入れてはくれぬか?」

 

 

 黒いドレスをまとった華奢な少女が、スバルの鼻先にまで近づいて、そんな甘い言葉をささやいてくる。

 薄い胸のふくらみに、首筋の艶めかしさにどうしても目を逸らしてしまうが、それを何とかスバルは押し殺した。

 

 

 

「あ、ああ……」

 

 

 肯定の言葉が、思わずスバルの口から出た。

 一生懸命、心のこもった愛と言葉を向けてくる少女を、スバルは拒むことができなかった。

 

 

「くふふっ、これは約束なのだ。わかっておるな? スバルは王になるのだ」

 

「……ぁああ……えっ?」

 

「当然であろう? 我とエミリアを囲うというのなら、凡俗で許されるはずがないのだ。エミリアを王とし、エミリアと婚姻関係となり、ルグニカの王座を牛耳るのだ。そうすれば、我はスバルの女として我慢してもよい」

 

「……ふぇ……マジで言ってる? ラルたん」

 

「まじ、なのだ」

 

 

 キヒヒッと笑いながら、ラルトレアがスバルに体を寄せてきて、スバルの肩に顎をのせてくる。密着した二人の息遣いが自然と荒くなっていった。

 

 

 ふぅーっとラルトレアの吐息が、スバルの耳元をくすぐる。

 

 

「ほわぁっ?! やばい、やばいってラルトレアさん?! 何か色々と流されているような気がするし!? ていうか何で大きくなってんの?!!!」

 

「何もやばいことなどない。はよ王となれ。使用人でいる期間など考えれば些末な時間なのだ。我も我慢が足りなかったのだ。王選とやらがあるのだろう? さっさとエミリアを勝たせるのだ。よいな?」

 

「タンマ、一旦休憩をお願いしますラルたん様?!」

 

 

 うまく思考がまとまらないスバル。

 いきなり急成長をとげたラルトレアにまず驚き、スバルの言葉を潰すようにラルトレアがどんどんと話を進めていく。

 

 

「気にすることなどない。我は強いのだ。王選の他の候補者など殺せばよい。ただ、我は力を貸すだけなのだ。だから、我の気に入らぬことはせぬし、スバルの思い通りにいかぬこともするのだ」

 

 

 ギュギュギュゥ~と腕でスバルを締め付けるラルトレア。

 その腕力もさることながら、スバルは自分の胸板にあたる感触から逃れられない。

 

 

「我を思い通りにしたいのなら、我を越える英雄になるのだ。男として、我を屈服させてみよ。我を愛に酔わせ、力を使わせるだけの女にしてみせるのだ。それができないのなら、スバルは我のものだ」

 

「いや、あの、あれ、ちょっと何言ってるか――イダッ」

 

 

 がぶり、とスバルの首元に噛みつくラルトレア。

 牙がしっかりと肉に食い込んでいた。

 

 

「ちょっとした契約なのだ。それでスバル、話をするのだったな。我もスバルのことを知りたいのだ。我はラルトレア=ディル=カルトス。れっきとした吸血鬼なのだ」

 

「……本当に反省していますんでしょうか、ラルトレアさん」

 

「我は心の底から反省しているのだ」

 

「いやまじ――うひゃっ!??」

 

 

 ぺろりと、ラルトレアがスバルの耳の穴に舌を突っ込んで舐めまわす。

 悶絶するスバルを見て、ラルトレアが牙を見せるように笑う。その狂ったような笑いは誰にも見られることなく、

 

 

「――キヒッ」

 

 

 ――月の光がただ無感情に彼女を照らし続けていた。

 




二章完結

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