Re:ちょろすぎる孤独な吸血女王   作:虚子

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第十四話『決戦前日』

 

 五周目・三日目の昼下がり。

 ロズワール邸、調理場。

 

 手こずりながらもジャガイモみたいな芋の皮を包丁で少しずつ剥いていく。

 スバルは様子を窺うように双子のメイドを何度もチラ見してから。

 

 

「そういえばラム、近くに……村があるだろ?」

 

「バルス、そんな情欲に満ちた目でラムを見ても無駄よ」

 

「おい姉様、偏見って言葉を知ってるか?」

 

「生憎とラムの辞書には載っていないわね」

 

「なら書き記しておくことだな。俺は今すっげぇ困っている! こんな俺がそんな目をすることはない。断じて――ない!」

 

「悩み事をそんな自慢気に言ったのはバルスが初めてね。――で、どうして村に?」

 

「ちょっくら不安要素を取り除きたいと思ってな。悪いけど詳しいことは言えねぇし説得しようにも証拠がねぇんだ。そろそろ香辛料が無くなりそうだろ?」

 

 

 スバルがそう言うと、ラムは確認するような視線をレムに送る。

 

 

「レム、そうなの?」

 

「はい、姉様。たしかに数日中には買い出しに行こうと思っていました」

 

 

 頷いて同意してくれるレム。

 一周目でも四周目でも買い出しに行っている。ランダム要素はあれど、物が足りなくなるという事態は起こりやすい。

 

 

「そう。なら村に行くわよバルス」

 

「――え? 姉様とか?」

 

「なに? バルスの分際でラムが不服だというの? 思い上がりも甚だしいわ」

 

「いや、そうじゃなくてさ」

 

 

 言って、スバルは黙々と作業を続行していたレムへと目を向ける。それに気づいたらしいレムは横目でそれを見て。

 

 

「何ですか、スバルくん。姉様と、スバルくん……は仲良しですから二人で行けばいいいんじゃないですか」

 

「レム、ラムはバルスが嫌いよ」

 

「……さっきから姉様の言葉が刺々しすぎてちょっと死にそうなんですが」

 

 

 スバルは包丁を操る手を止めて、レムへと一歩近づいた。

 

 

「――ってのはまぁひとまず置いといて。レムりんも一緒に行こうぜ、村にさ」

 

「…………」

 

「いいのか? 俺についてこなくて。気になるんじゃないのか? 俺が何するか」

 

 

 レムの表情が厳しい。

 少し驚きの色も透けて見えるが、それでもその表情を見るだけでスバルは今にも泣きそうだった。

 どんなに気張っても気張っても、いつの間にか足元がグラついている。調子のいいことを言って紛らわすしかない。

 

 

「ちょっくら悪者退治するだけだ。ベア子と一緒にな」

 

「スバルくんは自分で死ぬつもりなんですか?」

 

「おいおいその返しはキツすぎるぜ……でもまぁ今はしょうがねぇか。死なねぇよ俺は。死ぬのはすっげぇ怖いんだ」

 

「……」

 

「ただし! 誰かを守るためになら死ぬ覚悟はできる。そんで守って笑ってハッピーエンドってわけよ」

 

「バルスはますます意味が解らないわね」

 

「意味不明でOK! 俺は俺の道を行くぜ。で、どうすんだレムりん。行くのか、行かないのか」

 

 

 ここが正念場だ。

 できればラムだけでなくレムもついてきてほしい。

 呪術師を退治してレムの誤解も解けてくれちゃって一石二鳥。それでいきたい。

 

 

「スバルくんがそこまで言うなら」

 

「よっし! じゃあさっそく――」

 

「意気込んでるところ悪いけどバルス。買い出しは明日よ」

 

「えぇー……」

 

「ロズワール様が外出なさるからそのお見送り。仕事もバルスがサボったせいで溜まっているのよ」

 

 

 

 

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「――ってことだベア子、明日になった」

 

「いきなり引っ張り出しておいて迷惑なやつなのよ。数時間前の記憶を取り消したいところかしら」

 

「ベア子、ヤクソク、マモル」

 

「――っ! 本当に鬱陶しいかしら!!」

 

 

 

 本気で禁書庫から追い出されそうなのでここらへんでやめておく。

 スバルは柔らかく笑って。

 

 

「――ありがとな、ベア子」

 

「急に何かしら。気持ち悪いだけなのよ」

 

「お前がいてくれて本当によかった。俺はお前が思っている以上に感謝してんだぜ。なにしろ十倍以上の恩があるからな」

 

「ふんっ、感謝くらいは一応受け取っておくかしら」

 

 

 

 ぷいっとそっぽを向いて素直じゃないベア子。

 そんな彼女を横目に、スバルは禁書庫をあとにした。勝負は明日だ。レムとラムとベア子で呪術師攻略に挑む。

 

 

 武力の面では問題はない。

 ただしスバル以外で、だが。

 

 まずはあの子犬を調べよう。

 ベア子に調べてもらって、そうだったら、捕らえて屋敷に持って帰ってロズッちに押し付ける。今日どっかに行ってしまったが、戻ってくるまでベア子に飼いならしてもらうことにしよう

 

 子犬をどうにかしたら、あとは呪術師探しだ。

 きっと効果を確かめるために近くにいるはずだ。そいつも捕らえて衛兵に突き出そう。そのあとはベア子に頼んでアーラム村の守りを固めてもらえば全部解決だ。

 

 

 一番の問題は、レムとラルトレア。

 

 

 ベア子が居るっていってもこの二人がどうにかなっちまったら止められない。取り返しがつかないことになる確率が高い。

 

 

 そうなると。

 

 ベア子の力を借りるのは最初だけだ。

 

 子犬との接触の時にだけ、判断してもらうだけに留めた方が良い。

 

 スバルだけでやるしかないのだ。

 

 これはできるだけスバルだけで解決すべきことだ。そうでなきゃ、信頼は勝ち取れない。スバルが実際に行動して体を張ってこそ、あの二人は抑えることができる。そう、スバルは考えていた。

 

 

「ふぅー……責任重大だな、俺」

 

 

 ロズワール邸の廊下を歩いて、スバルはその部屋に着いた。

 

 コンコン。

 一応ノックして返事を待つ。

 何も返ってこないので、スバルは遠慮なく入った。

 

 ラルトレアの眠る部屋。

 

 

「今日もすやすやだな、ラルたん」

 

 

 大きなベッドにおかっぱ頭が見える。

 黒い前髪と、長いまつ毛。

 日本人らしからぬ顔だちで、少し鼻が高くてくちびるの色素は薄い。

 

 7歳くらいの女の子に、スバルは精神をすり減らさんばかりの慎重さで近づいていく。ベッド脇にある椅子に腰かけて、その寝顔をのぞき込む。

 

 

 

「さぁて、ようやく明日だ。考えれば考えるほど自分の弱さに気づくんだよ。でも、俺がやるしかねぇ。あの犬っころに目星をつけてんだ。呪術師をどうにかして、レムとも仲良くしたい」

 

 一息。

 

「この屋敷に居たいっていうより、エミリアたんとも仲良くしたいし、レムにもラムにも嫌われたくねぇんだ。それは女の子だからってわけじゃなくて、この世界で俺に接してくれたしさ。ラルたんもそうだぜ? 俺の痛い声かけに応じてくれた時はビビったけどな」

 

 

 ふぅーとまた深呼吸。

 

 

「ロズっちだってそうだ。あんなヘンな恰好しているけど俺と一緒に風呂に入った。それだけでいい。俺に関わってくれたやつらを大事にしたい。それに順番を決めるのは後だ。みんな一番でもいいってわけにはいかないからな」

 

 

 スバルは布団からはみ出ている小さな手を取る。

 

 

「俺は今のところ、エミリアたんが好きなんだ。ラルたんの気持ちは嬉しい……けど、ラルたんってまだまだ小さいし、たぶん年も離れてるだろ? ていうか、年とかいろいろなこと知らないんだよラルたん。そういうところも含めて、改めて話をしようぜ」

 

 

 そして、スバルはその小さくて可愛い手を広げて、自分の手と重ね合わせた。

 

 

「話をしてさ、よかったら力を貸してほしい。都合が良すぎるかもしれねぇけど、俺ってばこの世界じゃすっげぇ弱いんだわ」

 

 

 寝ている幼女に自分の弱さを晒すとか本当に情けない。

 しかしここぐらい、気張るのはやめたかった。

 ずっとそうしていたら心がまたぶっ壊れそうな気がしたのだ。

 

 無理して泣き出して、果てはエミリアたんに膝枕される、のは良いかもしれないが、それをレムとラムに見られたらと思うと辛すぎる。

 

 

 スバルは自分の弱さを振り切るように立ち上がって、ポケットから白い牙を取り出した。

 

 

「これ、お守り代わりに持っていくぜ」

 

 

 スバルが祈るように強く握って――

 

 

「……ん?」

 

 

 ちくり、と。

 牙を包み込んだ手のひらに痛みが走る。

 

 固く握りしめた拳を開いてみると。

 

 

 ――シュンッ。

 

 

「――ぅおわっ! へ、何じゃこれ――?」

 

 

 手のひらに、一メートルくらいの刃渡りの剣があった。

 

 血のように赤く、柄だけが黒い。鍔はなく、スラリと鋭く光を反射している。

 

 盗品蔵でラルトレアが使っていたものではない。あれよりも凄まじいオーラを放っていることくらい、素人のスバルにでもわかった。

 

 

 

「……かっけぇ……」

 

 

 牙が剣に変化するとかどこの主人公だよ。

 しかもこのダーク感。

 もはや負ける気がしない。

 

 

 

「ラルたん、これで頑張れってか……」

 

 

 眠ったままの黒髪の女の子を見つめて、その開かないまぶたを凝視した。しかしぴくりとも動かない。

 

 揺すりまくって、本当は嘘寝なんじゃないのかと確かめたいところだったが、あと一歩のところで押しとどめた。

 

 それはこの場面ですることじゃないだろう。

 

 

 

「……じゃ、ラルたん。行ってくるぜ」

 

 

 

 スバルは自室に戻って明日に備えた。

 午前中には行くというから、早起きしてラジオ体操して体をほぐしておきたいところだ。しっかり朝食を取って、剣を持ってベア子を持って出発。

 

 そして呪術師倒して一件落着。

 

 それがいい。

 

 

 真剣に明日起こることをイメージして、すぐに眠りについた。

 

 

 

 こうして五周目三日目の夜が過ぎていった。

  

 

 

 

 

 

 


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