Re:ちょろすぎる孤独な吸血女王   作:虚子

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第十三話『五周目の朝』

「――みんなみんな守って助けてハッピーエンドだ!!!!!!!」

 

 

 

 

 

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 四周目?日目、荒れ果てた王国・???。

 

 赤髪の青年がその抜き身の刃を一匹の蝙蝠へと向けていた。

 

 

「……ラルトレア、もし君にまだ自我が残っているならもう止めるんだ」

 

 

 黒い翼を折りたたむように、蝙蝠は身を小さくした。もうどこにも飛べない。一歩たりとも動けなかった。血が足りないせいで、再生もままならない。

 しかし死ねない。

 

 死と痛みの狭間を抜け出せずにもがいていた。

 人を殺し生物を殺し、六十式以降の『血霊器具』を使ってなお、目の前の男からは逃げることができなかった。

 

 ただでさえ傷ついていたラルトレアの心が、力を使うたびに擦り切れていって――パックとの乱闘の際に、ついに意識が吹っ飛んでいた。

 

 

 だが今最後の瞬間、ラルトレアの自我がわずかに浮上する。

 

 

 ――もう……疲れたのだ……

 

 

「残念だよ。君は殺し過ぎてしまった。だから見逃せない。暴れる意思がなくても、その身を滅さなければならないんだ」

 

 

 青年が剣を振り下ろし、その一撃が放たれた。

 

 随分と小さくなった蝙蝠が光の奔流へと飲み込まれていき――

 

 そして、最後の力を振り絞って、いるべき場所へと戻っていった。 

 

 

 ――あぁ……

 

 

 

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「――」

 

 

 スバルの力が発動したと気づくまでに、ラルトレアは長い時間を要した。

 うつろな瞳に太陽の光が差し込んできてもなお、何も考えることができなかったのだ。

 窓辺に立つのが自分で、前方に広がる景色がロズワール邸の庭園だということさえ分からない。ただ、疲れ切った精神が体を支え切れなくなって、重力に従って後ろへと倒れていく。

 

 

 床に倒れたって痛みさえ感じないはずだった。

 そんなことさえ分からないのだから。しかし、ラルトレアを襲ってきたのは柔らかい感触だった。人間のぬくもりだった。少し筋肉質で、雄の匂いがした。

 

 

 だからといって、ラルトレアの思考は止まっている。本能以外の全てが機能を停止し、最低限の意思さえ朽ち果てていた。自分を抱きとめたのが誰で、それが何を意味するかさえ分かるはずもないのだ。

 

 

 心が止まったまま、時だけが過ぎていく。

 

 

 何も考えられない。

 でも、感じることはできた。ラルトレアの折れた牙を触る感覚がある。それを触る人間に愛おしさを感じる。彼の危険を感じることができる。

 

 

 何も喋ることができない。

 でも、聞くことはできた。ラルトレアの手を握ってくる感覚がある。二人いる。誰か二人が両側からしっかりと、ぬくもりで包み込んでくる。

 

 声が聞こえてきた。

 

 

「……ラルたん、ありがとな。ずっと守ってくれたんだろ? すっげぇ感謝してるぜ。でも、まぁ女の子が男を守るんじゃカッコ悪すぎるし情けなさ過ぎて、立つ瀬がないと言うか立場がないというか、だな。とにかく、ラルたんは俺が守る!」

 

「スバルって女の子なら誰にでもそういうこと言うの?」

 

「――ちょっ、エミリアたんマジ命知らずだよその発言?! ダメだって、今だけはダメなんだってこれマジのガチでリアルだから!」

 

「何を言っているか全然分かんないんだけど……」

 

「とにかく、ラルたん早く目を覚ましてくれよ。そんでもって――話を、しようぜ。俺ってば分からねぇことばっかりでさ。ここいらで答え合わせをしたいってわけよ。だけど! 悪いが先手は打たせてもらったぜ」

 

 

 ぎゅっと、右手が熱くなる。

 

 

「やっぱり日本人の血が流れてっからか知らねぇけど、雇われ根性が染みついているんだろな。今、俺はロズワール邸で、使用人として働いてるわけよ。お? 怒ったか? 怒ったかラルトレアちゃん? 激おこぷんぷん丸なら俺と喧嘩をしようぜ。もちろん博愛主義者のナツキさん家のスバルくんには暴力NGだかんね?! そこんとこ、しくよろぉー」

 

「ねぇスバル、げきおこぷんぷんまる、ってすごーく怒ってるってこと?」

 

「めずらしくエミリアたんに意味が伝わった?!」

 

 

 ささやかな会話と優しい笑い声。

 そんな温かい空間の中でラルトレアは眠った。

 

 時だけが、過ぎていく。

 

 

 

 

 

 ――あぁ……

 

 

 朝日が昇り昼となって夕方となる。

 夕日が沈んで夜がやってきて、また朝日が顔を出してくる。

 そして二度目の夜。

 

 夜、ラルトレアの居室。

 キングサイズのベッドの上から聞こえてくる静かな寝息に、スバルはつい口角が上がってしまうのを感じる。今のスバルはクソ真面目だった。決して変態的な妄想などしていない。

 

 

 小声で、誰にも聞こえないような声でつぶやく。

 

 

「ラルたんの手ってちっちぇー……てか吸血鬼は冷たいっていうイメージがあったんだけどなぁ、体温的に」

 

 

 ――。

 

「……吸血鬼、ヴァンパイア……そういえば血を吸うっていう以外によく知らねぇなぁ。あとはにんにくと太陽と十字架が嫌いとか? いやラルたんふっつーに日光浴びまくってるな……」

 

 ラルトレアの手の指を開いて、スバルは自分の手を合わせる。

 

 

「うーん……そういえばラルたんっていくつくらいなんだろうか……七歳とかそんくらいか? いやでも吸血鬼を人間の枠で考えてもな……」

 

 

 ――……。

 

 

「ふぁぁ~……ねむい。今日も一日頑張りましたよ、ラルたん。ラムのやつが仕事を押し付けてきたけどな。さすがに二周目の俺に抜かりはない。きっちりと仕事を……いや何とかこなしたぜ。繰り返しても繰り返しても、ランダム要素って案外多いもんでな。まさかロズっちと風呂に入るとは思わなかったな……」

 

 

 ――…………。

 

 

「風呂……いつかラルたんと背中の流し……いや、……でもまぁ色んなこと、ラルたんとしたいって思ってよ。ショッピングに行くとか? 世界中をぶらぶらするとか? エミリアたんは忙しそうだしな。二人で行ってもいいかなって……」

 

 

 スバルは両手でその白い手を包み込む。

 

 

「この屋敷のループを抜け出さないと、全部できねぇんだぜ? あれもこれも全部ぱぁーだ。でも、心配ご無用! このナツキ=スバルが全部全部、ラルたんが寝てる間に解決してやんぜ。呪いも呪術師も、レムのこともな。だから、頑張ったラルたんはぐっすり――」

 

 

 ――あぁ、心地よいのだ……。

 

 

「――おやすみ、ラルトレア」

 

 

 スバルは部屋を後にした。

 自分の手に残る、あの感触を確かめるように何度も握っては開いた。五周目・二日目、今日することはも寝るだけだ。

 

 自室に戻ってスバルはベッドに飛び込んだ。

 

 

 そして眠りにつく。最後に、切り傷だらけのスバルの手を握り返してくれた感触を思い出しながら。

 

 

 

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「――ってことだベア子、俺に力貸してくんね?」

 

「何がどうなったらそうなるのよ。目障りだからさっさと消えるといいかしら」

 

 

 

 三日目の早朝、スバルは禁書庫へ来ていた。

 禁書庫の司書さんことベアトリスが睡眠を取っているかは知らないが、彼女はいつも通り本を読んでいた。

 

 

「いいじゃねぇか。俺とお前の付き合いだろ?」

 

「ベティーはお前なんかと親しくした覚えはないかしら。それに、会ってまだ三日も経っていないのよ」

 

「おいおい偉い人に教わらなかったのか? 大切なのは時間じゃねぇ。絆の深さだ!」

 

「ベティ―とお前の間に絆なんてもの存在しないかしら」

 

「今俺のハートゲージを地味に削ったよ?! 言った俺も俺なんだけどさ!」

 

 

 いつものようにスバルの冷やかしに、嫌々ながらも付き合ってくれているベアトリス。スバルは知っている。この金髪ドリルロリ娘が人を見捨てられない優しいヤツなのだということを。

 

 

「真剣なんだよ、ベアトリス」

 

「ふん。お前が勝手に付けた愛称から元に戻したって何の効果もないかしら。むしろ胡散臭すぎて墓穴を掘ったのよ」

 

「――くぅ! 甘くないな、ベア子。いやツンデレ的視点から見てみると割とポイント入っているのかこれ? 分かりづらいなぁベア子。本音ではこう呼んでほしいんだろベア子? なぁベア子ベア子ぉ~」

 

「お前本気でぶっ飛ばされたいのかしら!??」

 

 

 ベアトリスが魔法か何かでスバルを追い出そうと、その小さい手のひらを向けていた。一旦禁書庫から突き飛ばされて扉渡りされてしまうと、今日中にはもう会えなくなるかもしれない。

 ここは何としても抗いたいところだ。

 そう思っていたはずなのに、スバルの心は魔法を発動させようとするベアトリスを見るだけで、しぼんでしまっていた。

 

 悲しいというかそういうことじゃなくて、ひたすらむなしかった。薄ら笑いが変な風に歪んで、口がへの字に曲がっていた。

 

 

 

「――変な奴なのよ。どうしてそんな顔をするのかしら」

 

 

 ぴたりと、突き飛ばすのを思いとどまってくれるベアトリス。

 

 そんなにも変な顔をしているだろうか自分は、とスバルは手で顔を元に戻そうとする。

 

 

「いや……なんだかいっぱいいっぱいでよ。一気に燃え上がったのはいいけど、寝る前とか飯食ってる時に冷静になっちまうんだよな。これ、詰んでるだろって」

 

「……何を、言っているかしら」

 

「だってどうしようもねぇじゃねぇか! どうすりゃいいか思いつかねぇんだよ!! 四方八方囲まれてることは分かってる……やる気は取り戻した。で、どうするって考えて、なんだか躁鬱状態。呪いの見当はついてるんだけどなぁ……肝心の呪術師がまだ出てきてないし、当の俺に戦う方法がねぇんだから……」

 

「……力が欲しいのならお前の連れてる吸血鬼がいるのよ」

 

「ダメだ。あの子からだけは、力を借りれない」

 

「なんでそこまで強情なのかしら。力を選り好みしている状況じゃないことくらい、お前の顔を見ればわかるのよ」

 

「――どうしても、だ」

 

 

 男の子には意地ってもんがあるんだ、とスバルは目でベアトリスに訴えていた。

それが伝わったのか、単に呆れられたのかは分からないが、ベアトリスの表情が若干柔らかくなる。

 

 ここが決め時、押し時だと考えたスバルは攻めに出る。

 

 

「よし、わかった。俺も身を切ろう。お前が俺に協力してくれるなら、お前のマナドレインを何千回でもどんだけでも受けてやる」

 

「本当に何千回もしたらお前は死ぬのよ。それに、言うほどお前のマナに価値はないかしら。多少は相性が良いかもしれないけど、それだけなのよ。――それとも、死んででも力が貸してほしいという覚悟が、お前にあるのかしら?」

 

「――ある! でも死にたくはねぇ」

 

「……お前、本当に死ぬのが怖くないような目をしているのよ。気が狂っておかしくなっているのかしら」

 

「……死ぬ覚悟なんて、簡単に出来っこねぇよ。死ぬのは死ぬほど怖い。怖すぎて発狂しちまうくらいに怖い」

 

「……」

 

 

 押し黙るベアトリスに、スバルは吠える。

 

 

「死にたい、だなんて言ってる奴をぶっ飛ばしたいくらいに、俺は死ぬのが怖い。だけどな、死ぬほど守りたいものがあんだ。生きて守って、そんで俺は膝枕されながら死ぬ! それが俺の人生計画ですけど何か?!」

 

 

「うるさいやつなのよ、お前は」

 

 

 そう言って、手を差し出してくるベアトリス。これはつまり――

 

 

「一日だけなのよ。一日だけ、お前に付き合ってやるかしら」

 

 

「――よっしゃ、それならそうと早速いくぜベア子!」

 

 

 

 スバルはその手を取り、慌てるベアトリスを気遣うことなく禁書庫から飛び出していく。高らかに叫びながら、スバルは満面の笑みを浮かべる。

 

 

 

「運命様上等だぁあああああああ!!!!!!!!!!!」

 

 




もしかして、今日ってレムとラムの誕生日?

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