Re:ちょろすぎる孤独な吸血女王   作:虚子

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第十一話『世界の終わり』

 アーラム村・昼。

 

 子どもたちの悲鳴。土を踏む音、逃げる音。

 そしてそれをかき消してしまうほどの羽ばたき。

 スバルの視界を真っ黒に染めるように無数のコウモリたちが周囲を舞っていた。

 

 

 ――そのコウモリを切り裂く鉄球。

 鎖の音を伴いながら、トゲのついた鉄球がコウモリの壁を割っていく

 

 

「――早くこっちへ来るかしら!!!」

 

 

 ベアトリスが焦ったような声。

 コウモリが飛び交う隙間から小さい手を伸ばしてくる。

 

 しかしその小さい手がスバルを掴み取ることはない。その前に、ギュッと違う白い手がスバルの腕を引っ張った。

 

 

「――――」

 

 

 見れば、そこに見慣れた童女の顔があった。

 黒いおかっぱの女の子だ。青褪めた顔に、どろりとした赤い瞳が二つあり、そのどちらも光が失われている。

 

 ラルトレア。

 スバルはその女の子の名前を知っていた。

 

 身長130センチくらいの小さな、可愛げのあるはずの女の子が死人のような目でスバルを見て、そうしてその小柄な体を鉄球が吹っ飛ばした。

 

 

 

「――ぉ、ぉい、や、やめ――」

 

 

 ラルトレアの胴体に棘のついた鉄球がぶっ刺さり、その勢いのままに宙をういて森の方へと突き進んでいく。

 

 ドンッ。

 と、若木に腹に鉄球をめり込ませたラルトレアがだらりと血を流してこっちを見ていた。その瞳にはやはり感情がない。

 

 スッとラルトレアが右手を天に向けて――

 

 

「――『血之弾丸』」

 

 

 一瞬にして手のひらの上に赤い球体が形成されて、直後ソレがレムへと一直線に射出された。

 

 ――マズイマズイマズイマズイッ!

 

 

 スバルは何も動かずにただぼうっとしていることもできただろう。ただ、このときだけは考えるよりも早くに、体が動いていた。

 

 血の球体を受け止めるように、射線上に立ったのだ。

 

 

「このバカは一体何をしてやがるのかしら――!」

 

 

 スバルの上半身を消し飛ばすはずだったのソレが、ベアトリスの手の平によって受け止められる。レムを庇うはずの行動を幼女に止められるという痴態に、スバルは思わず腰が抜けそうになってしまう。

 

 ――自分は何をやっているんだ、と後悔しかけるスバル。

 

 だが事態はそんなスバルを待ってはくれなかった。

 

 

 

「――――――――――――――――――――――――――ァ!!!!」

 

 

 ラルトレアが急に意味のない音を叫び出す。

 

 すると周囲を飛行していた千羽以上のコウモリがラルトレアに集まり、そして勢いよくハジけた。

 

 

「――ベアトリス様ッ!」

 

「本格的にまずいのよ。早く逃げるかしら、メイド」

 

 

 大声で話し合うベアトリスとレム。

 スバルには、何をそんなに焦っているかが分からない。ラルトレアが叫んだだけだというのに。

 

 スバルは何が起きているのか、手がかりを探すために周囲を見回した。

 

 

 

 そして――気づいた。

 

 

 レムのすぐ近く、あの子犬を持っていた少女が無残にコウモリに食い殺され、その死体からすぅーっと血が漂っているのだ。

 

 空中を血がひとりでに流れ始め、その行きつく先を追う。

 

 

「――ムラク!」

 

 

 ベアトリスが何事か叫び、直後――スバルの肉体がふわっと軽くなり宙をういた。そして空を上っていくと、村の様子が徐々に見えてくる。

 

 

「範囲魔法に近いかしら。でもこれほどまでに凶悪なものはベティでも初めて見るのよ」

 

 

「――ぁぁあ」

 

 

 スバルは見た。

 

 大口を開けて、血を一心に吸い込んでいるラルトレアを。そしてその周囲で倒れている子どもたちから血がドバドバと空気中へと流れだしていっている。

 

 子どもたちだけじゃない。

 村に居る全員が、老若男女関係なしに地面に倒れ、傷もないのに血を不自然に垂れ流しているのだ。

 

 

 吸われている。

 

 ラルトレアが彼ら全員の血を、触れることなく空気を介して吸っているのだ。

 

 

 

 

「こちらへ、来るのよ」

 

 

 

 バッサバッサと羽音を鳴らしながら、小柄な女の子が空を上がってくる。その背にはコウモリのような翼を二対、大きく広げている。

 牙をむき出しにして、スバルの横にいるベアトリスを睨んでいた。

 

 だが。

 

 その狙う的にしては大きすぎる翼に、鉄球が振り上げられた。背後から翼を根元から痛みつけるその攻撃に、ラルトレアが口から大量の血を吐き出す。

 

 

「――――ァ!!」

 

 

 鉄球の衝撃を受けながらも、ラルトレアは体勢を維持しながら空を滑空しつづけている。

 スバルの周囲をぐるぐると、鉄球を避けるようにして空を飛んでいた。

 

 

「――このままでは埒が明きません」

 

 

 木々を伝うようにして、レムが飛び上がってくる。モーニングスターを持って、いつでも投げれるように鎖をめいっぱいに伸ばし切っていた。

 

 そうして振り上げるように狙いを定めて――

 

 投擲された鉄球はスバルの脚へと正確に向かっていた。

 

 

「――は?」

 

 

「――――――――――――――――――ァア!!!!!!」

 

 

 

 呆然とするスバルの目の前に、コウモリの翼が見えた。

 

 傷だらけになって出血しているその小さな背中が、ドォンと衝撃を受けてスバルの両腕の中に収まってくる。

 

 小さいその体が、同じくらいの大きさの鉄球を受け止めている。トゲが至る所に突き刺さり、脱力しきった腕と顔が自ら刺さりに行っている。

 

 その表情は、スバルに見えない。

 

 ただ、聞こえたのだ。かすかな音が、言葉にならないような小さな声が。

 

 

 ――……す、ばる。

 

 

「……ぁああああああ!!!」

 

 

 聞いたとき、スバルの奥からも変な声が漏れだした。

 顔が完全に引きつっているのが自分でも分かるくらいに、自分の感情をスバルはコントロールできていなかった。

 

 

 そして。

 

 

 ブクブクブクとラルトレアの小さな体が急激に膨張しはじめた。

 コウモリのような翼がより大きくなり、スバルを包むように丸まっていく。視界が黒に染まっていく中、最後の光景が鮮烈に刻まれた。

 

 

 血を抜かれて干からびた村人。血を奪われて地面へと落下していくレム。

 そして宙に浮きながら、うつむいたまま動かないベアトリス。

 

 ぽつりと、ベアトリスの口から言葉が出る。

 

 

 

「契約だけは……守るかしら」

 

 

 

 ベアトリスの小さな手がスバルに狙いを澄まして、力が放射される。

 転移の力がスバルを多次元へと引きずり込み、遠く離れた山中へと放り出す。ゴロゴロと地面をころがっていき、小石の感触を味わうことになる。

 

 

 うつ伏せになった体で、無理やり首だけを動かして音の鳴る方角を見た。

 

 

「……ラル、たん……」

 

 

 

 そこに、ラルトレアが見えた。

 空の半分を覆いつくすほどの大きい大きい一匹の蝙蝠が、地面を這って今にも飛び上がろうとしていたのだ。

 

 黒い巨体をうならせるたびに、その巨大な口にどこからか血が集まっていく。赤い瞳を持った巨躯の蝙蝠が血を吸い暴力の限りを尽くしていく。

 

 

 

 

 そして、突風を巻き起こしながら空へと羽ばたいた。

 

 スバルとは真逆、王都の方角へと。

 

 

 五十メートルを超すであろう巨大な化け物となったラルトレアが飛んだ。

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 

「………ぅぁあ」

 

 

 スバルは突っ立っていた。

 森の中腹あたりにたったひとりで、呆然と屋敷があったところを見ていた。

 

 

 森は所々が地面ごとえぐれている。ロズワールの屋敷があった場所には残骸しかない。村はおろか、建物として成り立っているものが地平線の限りを見回しても見えてこない。

 

 

 何もない。

 

 いくらベアトリスを呼んでも返事は返ってこない。

 

 まるで世界でただ一人取り残されたような圧倒的な孤独感がスバルを支配してくる。そんな悲痛に満ちた叫びに応えるかのように屋敷の残骸の中から何かが立ち上がった。

 

 遠目から見てもわかるように、

 

 

「――――」

 

 

 

 一頭の獣が大地に凍てつく咆哮を上げた。

 

 

 灰色の体毛を全身に流し、金色に輝く瞳を持った獣。

 先ほどのラルトレアにも劣らない大きさのそれが怒り狂ったように王都へ向かって進撃していく。

 

 

 

「…………な、なにが……」

 

「――まるで、俺が世界で一番不幸だ。とでも言いたげな顔なのよ」

 

「べあとりす……」

 

「そんな絶望も無意味かしら。もう、終わりなのよ。この世界は」

 

 

 ベアトリスが指をさす。王都の方角だった。

 夕焼けでもないというのに、空が真っ赤に染まっている。

 

 

「あの吸血鬼は世界の各地から血を集めているのよ。お前とお前の近くだけは効果を免れているかしら」

 

「おれ、だけ……?」

 

「みんなみんな死んだのよ。にーちゃが怒ってじきに人間全員死ぬかしら」

 

「あれ、ぱっく……なのか? なんで――」

 

「にーちゃが世話をしていた小娘が死んだのよ」

 

「――は」

 

 

 エミリアが死んだ。

 

 スバルの目の前が急に暗くなってきて、視界がぐるんぐるんと回転し始める。まともに考えられなくなって、すがるように空を見た。

 

 

 そして、王都の空に一筋の光が差した。光の奔流が地上から天へと一直線に伸びていく。

 

 

 それは盗品蔵でラインハルトが見せたあの圧倒的な光。『剣聖』の一撃だった。

 

 

「いくら剣聖でもこんな広範囲な攻撃から人間全員は守り切れないのよ。ましてやにーちゃとあの吸血鬼の――」

 

 

「――そこをどいてください、ベアトリス様」

 

 

「メイド、お前も馬鹿なヤツなのよ。この男を攻撃さえしなければこんなことにはならなかったかしら」

 

 

 機能を停止しかけたスバルの眼球が、ズタボロになって血を流すレムの姿を捉えた。血に塗れたモーニングスターを手に、憎悪の視線でスバルを睨み付けている。

 

 

「契約は契約、ベティはこの男を守るかしら」

 

 

「ベアトリス様、ここは屋敷ではありません。ましてや禁書庫も今は壊れています。そんなあなたにレムから守ることなどできません」

 

「…………」

 

 

 押し黙るベアトリス。

 

 鎖の音が少しずつ近づいてきて――

 

 

 それでもスバルは一歩も動けなくて――

 

 

 ドォォォ――バサササッ!!!!

 

 何かが羽ばたく音が聞こえて、その風圧がスバルの頬を撫でていく。安心せよとでも言わんばかりに、スバルの上に覆いかぶさるように影をつくった。

 

 

 

「――――ァァアアアッ!!!!」

 

 

 突如、巨大な蝙蝠が近くに出現していた。

 その蝙蝠が前足を振り上げて、地面へと振り下ろした。

 

 ズシンッと、地響きのあと、持ち上げられた前足。

 陥没してえぐれた地面のふちに、青い髪の毛が残っている。鉄くずとなった鎖と鉄球。それはレムの死を意味していた。

 

 

 

「……ぁ」

 

 

 もはや言葉をつくることができない。

 

 見上げると、大口を開けて地面丸ごと飲み込んできようとしている蝙蝠。真っ赤に染まった口腔内と赤い瞳が、黒い体表に浮き出ている。

 

 

 巨大な牙がベアトリスを突き刺そうとしたその瞬間、光の剣撃が蝙蝠の頭蓋を貫いた。

 血を噴き出し、横に倒れていく蝙蝠。

 大きく口を開けて倒れているその黒い生物のかたわらに、赤い髪の青年が音もなく着地した。

 

 

「――残念だけどスバル、僕は世界を守るためにこの子を殺さなければならない。沢山の人が死んだんだ」

 

 

「らいん、はると……」

 

 

 

 ラインハルトが、その腰に付けた鞘から一本の刀剣を抜いた。巨大なコウモリの頭部、その赤い右目がスバルを見ていた。

 

 うるんだその目が、ただじっとスバルの瞳を見つめていた。

 

 口がわずかに動いて――

 

 スバルには不思議とそれが何という言葉なのか分かった。

 

 

 

 

 ――さよなら。

 

 

 

 

 周囲一面に飛び散った血が急激に膨張し――爆発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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