Re:ちょろすぎる孤独な吸血女王   作:虚子

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第二話 『幼女拳炸裂』

「ラルトレアだ。よろしくな、スバル♪」

 

「お、おう。思いのほか好感度高くてびっくりだぜ。ラルたん」

 

「たん?」

 

「愛称ってやつだ」

 

 

 くふふっとつい笑ってしまうラルトレア。

 この口が達者なお調子者のことを完全に気に入ってしまっていた。

 

 スバルもまた、ラルトレアの幼い美貌、その赤い瞳に目を奪われていた。血のように赤く、その光彩は幼さに反してドロドロと濁っている。

 そのアンバランスさにスバルは引き込まれていた。

 

 

「ああ、そうだ。スバル、そういえば異世界がどうのと言わなかったか?」

 

「あ、いや、あれはその、あれでして!」

 

「今さら誤魔化さなくていいだろう? 私も同じだ。気が付けばここにいた」

 

「マジで?! ラルたんが俺を召還した美幼女魔術師とか?!」

 

「いや私も呼び出されたのだ。誰か、とかは分からない」

 

「そっかー。でもよかったぜ、一人でどうしようかって不安だったんだ。ラルたんと出会えたのは運命だな! デステニー! 間違いない!」

 

 

 ナツキ=スバル。

 黒い短髪に、鋭いつり目のお調子者。

 とても愛嬌のある青年。

 

 

「そうだな、運命だ」

 

「おう、そうだぜ。でもただの運命じゃない! きっと赤い糸だな! だからたぶん能力無双じゃなくて助っ人無双なんだろう。ラルたんってもしかしてめちゃくちゃ強かったりして??」

 

「紅い糸とはスバル本当に……。いや、私の力か? 私は弱いぞ、なにぜ幼女だからな」

 

 

 

 ああだこうだとスバルと話しているうちに、いくつか分かってきたことがある。

 スバルの出身は日本だということ。

 しかしラルトレアは日本という国を知らない。

 

 それはつまりラルトレアの世界とスバルの世界は違うということになる。

 

 

 

「スバルは元居た世界に戻りたいのか?」

 

「そうだなぁ、でもこっちの世界が楽しければそれでよし! ラルたんに出会えたしな! これでこの世界に居る価値はある!」

 

「……スバル……。私も、ぐすっ、元の世界には戻りとうない」

 

「おいおい涙は似合わないぜ! せっかくの可愛いお顔が台無しだ」

 

 

 

 くふっ、とラルトレアは泣きながら笑った。

 元の世界にこうやって会話ができる存在なんていない。城に居た彼らだって、ラルトレアを本当に童女扱いしてくれることはないだろう。

 

 彼女は吸血鬼の女王なのだ。

 絶大な力を持つ不老不死の化け物である。

 しかし今はただの幼女だった。血を吸わなければ弱体化するだけだ。

 

 だがこのまま放置してしまうのは危険だった。だから――

 

 

「スバル……」

 

「ん? お、マジマジ何ですか?!」

 

 

 ラルトレアは両腕を広げてスバルに真正面から抱き着いた。

 その薄い胸板をスバルに押し付ける。

 

 スバルの短い髪先、襟足のところ、その日差しを浴びていないような首筋にくちびるをくっつけた。その柔らかい感触にスバルがビクンとふるえる。

 

 

 がぶっ。

 なるべく痛くならないように、幼女の犬歯をスバルの肉に突き立てた。その小さな傷跡から漏れ出るごく少量の血液を吸う。

 甘噛みをしたあとは、ペロペロと優しく舌を使ってなめてやる。

 

 これで”吸血衝動”は抑えられる。最低限の吸血だ。幼女並の肉体能力を維持できることになる。

 

 

「ああお父さんお母さん息子は今から幼女と超えてはならない一線を越えそうです……」

 

「何を言っているのだスバル」

 

「あ、あれ?」

 

「契約だ。紅い糸のな」

 

 

 

 契約だなんて嘘だった。

 眷属をつくるための吸血もすることができた。それをすればスバルはラルトレアの言いなりだ。でも、それはしたくなかった。

 

 

「スバル、行くぞ。まずは情報収集だ。情報は戦において命だからな」

 

 

 照れを隠すように、ラルトレアはスバルの手を引いて歩き出した。それになされるがままに、ついてくるスバル。

 

 騎士とも執事も違う。

 スバルは一体自分にとって何なのだろうか。

 家族だろうか、友人だろうか、それとも。

 

 考えることは尽きない。

 

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

「次はこっちだ」

 

 

 

 目つきの悪い黒髪の少年が、高貴そうな振る舞いの幼女の手を引っ掴んで連れまわしている。そんなふうに、周りからは見えるだろう。

 実際はその正反対。

 

 黒髪の幼女が黒髪の少年を引っ張りまわしているのだ。一見兄妹にも見えそうな彼らだが、身なりも違えば力関係もちがう。

 

 口だけが達者な少年と違って、幼女の行動力と頭の回るスピードは凄まじい。

 

 

 まずスバルがあしらわれた果物屋の主人に対して、情報収集。「自分はとある遠方の国の貴族であり情報が欲しい。リンガを買うから何でも話せ」というような意味のことを、わざと長ったらしくそれっぽく言って、世界の情勢を聞き出した。

 

 ここが親龍王国ルグニカということ。使われている通貨のこと。などなど、日常的なことなどだ。

 

 

 

「感謝するぞ主人、この礼は必ず返す。我は恩を忘れぬ王なのだ」

 

「おう嬢ちゃん元気でな」

 

 

 

 果物屋の主人に別れを告げて、次に街中を歩くことにした。

 歩いている人々、使っている道具とか食べ物。

 

 

 

「できれば警察の詰め所とか交番みたいなのあったらいいんだけどな」

 

「ふーむ。衛兵の詰め所ならありそうなものだがな。――ん、少し混んできたな」

 

 

 

 雑多な人々が通りを行きかっている。

 腕を組んで考えていたラルトレアはその人ごみの中へ突っ込んでいき――

 

 

 

「スバル? スバル? どこだ? スバル!」

 

 

 

 呼びかけても人々の声、馬車の音でかき消されていくのがわかる。

 背の低いラルトレアは見つかりにくく、見つけにくい。

 さらに吸血を最低限しか行っていないために、察知能力さえ幼女並みだ。

 

 もともと心の弱いラルトレアは、迷子になった不安からか、じんわりと涙が浮き上がってきていた。

 

 いつからこんなに自分は涙脆くなってしまったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 その頃スバルといえば。

 

 

「やべぇ、強制イベント発生だ」

 

 

 

 まさかの幼女との仲良しイベント後に、チンピラトリオとの仲良し(?)イベントがあるとは思いもよらなかった。

 

 ラルたんと歩いていたら人混みに突っ込んでしまい、無事はぐれしまい、一旦裏路地に抜け出したらこの有様である。

 

 

 手汗を気にして手をつなぐのをやめたのが運の尽きだ。

 

 

 

「いやいや異世界召喚だぜ。俺無双パターンからすれば、ひょっとしたら俺はこの世界じゃメチャクチャ強いかもわかんねぇ。ラルたんとの契約がここで力を発揮する可能性も……そう考えたら体が軽い気がしてきた! いけるかもわかんねぇ!」

 

「なーんか、ぶつぶつ言ってるよ、アイツ」

 

「状況がわかってないんだろ。教えてやればいいんじゃないか」

 

 

 

 もしかして、という考えがスバルの気分を盛り上がらせる。

 これで弱かったら、ラルたんに示しがつかない。

 

 

 

「おっと、調子づいてられんのも今のうちだぜ。言っとくが、俺みたいなタイプはこうやって路地裏でチンピラに絡まれたパターンの妄想も日常茶飯事だ。ラルたんパワーでバッタバッタなぎ倒して、明日の俺の糧にしてやんよ、経験値どもめ」

 

「なに言ってんのかわかんねえけど、俺らを馬鹿にしてんのはわかった。ぶち殺す」

 

「そりゃ……こっちのセリフだ!」

 

 

 

 しかし現実はそう甘くない。

 

 

 土下座。

 チンピラの一人がキランと光るナイフを取り出したのを見たとき、全身がすくみあがり、すぐさま土下座態勢へと移行。

 

 

 

「すみません俺が全面的に悪かったです許してください命だけは――!」

 

 

 土下座プラス命乞いの合わせ技。

 和を尊ぶ日本人らしい行動でこの場を乗りきろう、そうしよう。

 

 

「へへっ、動けないようにしてから身ぐるみ剥いでやるよ」

 

「か、金目の物が目的ならぶっちゃけ無駄だぜ。なにせ俺は一文無し……!」

 

「なら珍しい着物でも履物でもなんでもいーんだよ。路地裏で大ネズミの餌になれ」

 

 

 

 つまりはパンツとシャツだけになり、金もケータイもスナック菓子も全部奪われた挙句、この路地裏に放置されろ、と。

 

 そんな醜態を晒しながら、あの頼りになる幼女様が見つけてくれるまでガクガク震えて待っていろと……。

 

 

 ――それだけは絶対に避けたい!!

 

 

 

 

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「スバル! スバルはどこだ! くそっ、こんなとき鼻が効けば……」

 

 

 

 完全にはぐれてしまった。

 血を吸っていない自分の弱さが嫌になる。これでは本当に迷子の童女ではないか……!

 

 

 ここで無理やりに人を襲い血を吸うという選択肢がある。

 だがそれをするのは躊躇われた。

 この世界の住人たちにラルトレアを殺すほどの強者がいる可能性があるのだ。

 

 こんな弱体化状態で襲われて死ぬわけにはいかない。どうにしか生きて生き抜いて、スバルと合流しなくては。

 

 

 それに――

 

 

「スバルに嫌われてしまうかもしれないしな……ん?」

 

 

 

 人混みを避けて、壁際を歩いていたラルトレアは裏路地から逃げ出すように飛び出してきた三人組を目にした。

 

 三人ともが汚い身なりをしていて、粗悪な顔つきでおそらくは善人と言えないタイプの人間である。それが必死の形相で何やら話している。

 

 

「くそっ、精霊使いとはついてねえ!」

 

「あの女はともかくつり目男の方はカモだったのによお!」

 

「きっと女に絞られてんぜあの黒髪!」

 

 

 

 駆けていくチンピラトリオ。

 彼らが話していたワードのなかに聞き捨てならないものがあった。

 

 

 つり目、黒髪、精霊使い。

 もしかしてスバルは今襲われているのか――?

 

 

「待っておれスバル! この私が助けてやるぞ!」

 

 

 スバルのプライドをずたずたにするようなセリフを叫びながら、一体の幼女はチンピラトリオが通った思しきルートを突き進んでいく。

 

 大通りの曲がって、裏路地へとぐんぐん突き進んでいく。

 そこで何度目かの角を曲がったところで――

 

 

 

 いた。

 

 

 

 スバルだ。

 毛むくじゃらの獣に膝枕されている。その隣にいる銀髪の女が精霊使いだとすれば、あの毛玉の方が精霊か。

 

 

 

「貴様らぁ、スバルをどうするつもりだ――?」

 

 

 

 銀髪の女と毛玉がこっちを見る。

 ラルトレアはすぐさま臨戦態勢へと移行した。血のストックはごく少量だ。

 

 吸血鬼として最低限の能力を保つための、『血霊器具』を作動させているだけ。

 

 

 一つは『弱点解除(デリート)』。銀の弾丸、十字架、にんにく、太陽などのあらゆる弱点を完全に無効にする。もともと耐性の強いラルトレアにとっては補助でしかないが。

 

 二つ目は『吸血存在(オーラ・ハイド)』。吸血鬼としてのオーラをかき消すものだ。感知にするどい奴をも人間だと騙すことができる。

 

 

 そして最後に。

 

 

「リア、気をつけて。たぶんただの女の子じゃないよ」

「え、パックそうなの? でもどうしよ、あんな小さな女の子に」

 

 

 ズズズ、とラルトレアが影に潜った。

 

 

「舐めるなよ――!」

 

 

 『暗黒沼(ダーク・スワンプ)』。

 太陽の遮られた路地裏は彼女の狩場だ。

 

 影の中を潜って移動し、毛玉と女の背後へと出現する。そしてまずは厄介そうな毛玉の方から攻撃だ。

 

 

 怒りを込めた『幼女拳』が炸裂する!!!

 

 

「あ、目覚めたみたい」

 

 

 ひゅっと、毛玉が上体を横にずらして、『幼女拳』を軽々とかわす。勢いがついた拳はそのまま前方へと進んで――

 

 

 

「これが美少女膝枕か……ってそんなわけ――ほへぶしっ!!」

 

 

 

 起き上がったスバルの左ほほに幼女の拳が突き刺さった。

 

 

「――あ」

 

 

 幼女は幼女でもただの幼女ではない。

 意外と威力の高いパンチで、スバルはもう一度意識を吹っ飛ばされた。

 


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