Re:ちょろすぎる孤独な吸血女王   作:虚子

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第六話 『血の力、愛の力』

「静かにせよ、スバル♪ ――五十七式『血之魅了(ブラッティ・ラブ)』」

 

 

 その言葉が発せられた瞬間、グシャッとスバルは心臓を掴まれた――ような感覚に襲われた。

 圧倒的な力が、理不尽な暴力がスバルの精神を、スバルの心を鷲掴みにしてくるのだ。このときスバルが抱いた感情は一つだった。

 

 

 ――怖い。怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖いッ!!!!!!!

 

 

 

 逃げたくて逃げたくてたまらない。だが、逃げることはできない。そんなものはスバルに与えられていないのだから。

 

 そうしてやがて恐怖という感情さえ無くなっていく。

 スバルの全てはラルトレアのものであり、ラルトレアはスバルの全てを決定できるのだ。感情も言葉も、すべて。

 

 ラルトレアが望めば恐怖という感情は消え去るのだ。

 

 

「我はスバルを愛しておるのだ。スバルは我を愛しておるだろう?」

 

「…………」

 

 

 カクンとスバルは頷いた。頷くしか、なかった。

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 

「我はスバルを愛しておるのだ。スバルは我を愛しておるだろう?」

 

 

 

 血まみれの廊下で、ラルトレアは愛の告白をする。そうして支配の力を使い、スバルを頷かせる。

 恥ずかしくて、あえて言葉を喋らせることはしなかった。

 

 

 

「ふふふッ……スバル……スバルぅ……」

 

 

 膝立ちで呆然とするスバルを小さな胸で抱きしめて、ラルトレアはスバルをゆっくりと持ち上げていった。

 

 

「――『吸血化身』。さぁ、行くのだ。どこか遠くへ……」

 

 

 メキメキメキィとラルトレアの背中から、肉をかき分けるようにコウモリの翼が飛び出した。

 翼を大きく羽ばたかせ、その風圧で窓が吹き飛ぶ。

 

 バッサバッサッ。

 ラルトレアの羽音が屋敷中に響き渡る。

 

 だが、そこに邪魔者が現れる。優雅な立ち振る舞いをするピエロが、角を曲がってきて姿を見せた。

 

 

 

「――ふん、出てこなければ捨て置いたものを」

 

「んふぅ、我が家の使用人が殺されているんだぁーよぉ。そんな状況で当主が怖くて出てこれないだなんて不甲斐ない話じゃぁないか」

 

「敵討ちに来たと?」

 

「あはぁ、それはどぅーかな。私としては、そのナツキ・スバルくんを見ておきたかった、という所だぁーねぇ」

 

「……そういうことか。ボルフォーン、殺せ」

 

 

 命令を口にすると、それはすぐさま実行された。

 ボルフォーンという騎士は魔術師に対してめっぽう強い。いくらロズワールが優れた魔術師だろうと関係ない。

 そのための、ボルフォーンだった。

 

 

「――抵抗しないのか。魔術師というのは奇妙なものなのだ」

 

 

 ボルフォーンにされるがままに、切り伏せられるロズワール。死ぬ直前まで奇妙な笑いを浮かべていた。

 

 

「……ハァ……なんだか興がそがれたのぉ、スバル」

 

 

 ラルトレアは自分の腕の中に収まったスバルを見やる。

 うつろな瞳。

 表情のない顔。

 

 すぐにそれが、瞳に光が差し、柔らかな表情に変化していく。

 ラルトレアが念じればすぐにそうなる。

 これが『血霊器具』の力だった。

 

 

「うふふッ、これからは苦しむことはないのだ……」

 

 

 五十七式『血之魅了』。

 目を見るだけで相手を支配することができる。ただし、ひとりだけ。

 自我を崩壊させず、意のままに操ることも、本人の意思に戻すこともできる。

 

 

「ボルフォーンよ、エミリアを殺したのちに我を追ってこい」

 

「――」

 

 

 大男は無言で頷くと、手に持った刀剣を投げつけた。ブゥンと空気を切り裂きながら斜め後方へと飛んでいき、壁を破壊しながら突き進んでいく。

 

 その貫通した穴の先に、銀髪が揺れるのを認める。

 

 

「……何だ、おったのか。探す手間が省けたの、エミリア」

 

 

「――ラルトレア」

 

 

 

 意を決したように、姿を現したエミリア。彼女を守るようにふわふわとパックも浮いている。

 真剣な面持ちで、ラルトレアを睨み付け。

 

 

「私は、あなたを許さない」

 

「ハッ! 貴様の許しなど要らぬわ、このたわけ」

 

「せっかく……お友達になれると思っていたのに」

 

「我に友など要らぬ。ましてや貴様を友と思ったことなどないわ!」

 

「な、なんで……ラムを、ロズワールを殺したの……ッ! スバルを、スバルをどうするつもりなの?!」

 

「貴様に関係のないことなのだッ!!!」

 

 

 エミリアへ反発するように、ラルトレアはスバルを強く抱きしめる。しかしラルトレアの短い腕ではスバルの体は大きすぎて、ずるっとこぼれ落ちていく。

 必死にエミリアを拒否するラルトレアは、その状態に気づかない。

 

 

「貴様に……貴様に我の何がわかる……ッ!!」

 

 

 ぼて、とスバルの胴体が床に崩れ落ちて、だらんとした四肢が広がる。無表情な顔が、光のない目がエミリアの視界に入った。

 

 

「スバルは、スバルは置いていきなさい……っ! そのままだとスバルが可哀想よ」

 

「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れぇえええ!!!!」

 

 

 手放してしまったスバルを放置して、エミリアへと飛びかかろうとするラルトレア。だがエミリアはそれを気にも留めずに、スバルへと一心に優しく言葉を投げかける。

 

 

「スバル、スバル……返事をして、スバル……」

 

「うるさいうるさいッ! 消えるがいいッ!!!!!!」

 

 

 突っ立つボルフォーンの横を飛んで、ラルトレアは二式『吸血之牙』を発動させる。もっとも原始的に、もっとも痛みと恐怖が伴う方法でエミリアを黙らせたかった。

 

 

 だが。

 

 

 

「――ぁ……ぇ」

 

 

 

 スバルが、声を発した。

 

 

「――――は……?」

 

 

 血霊器具、五十七式『血之魅了』がかかった状態のスバルが、声をあげたのだ。

 

 声をあげた。

 自分自身の意思で。

 ラルトレアがそれを望んでいないというのに。

 

 

 立ち止まって。

 振り返って、呆然とするラルトレア。

 

 

「……ぇ、ぇみ……えみりあ……」

 

 

 

 そして、ずるずると、床を這うように。

 スバルが動いた。

 

 ラルトレアがそれを望んでいないというのに。

 

 

「……ぉ、こ、こわ、い……ぁたす、け、て……ぇ」

 

 

 

 ラルトレアの開いた口がふさがらない。

 視線はスバルを見ているのに、ぐるぐると視界が回り始める。

 

 力が。

 ラルトレアの支配を体現する力が。

 

 

 

「――わ、れの力が、わ、た、あ、」

 

 

 

 ぐらりと。

 足元が泥のようにぬかるみはじめて、まともに立てなくなり――ずるずると後ろに引きさがって、背中が壁につく。

 

 嫌だ嫌だと。

 首を振りながらラルトレアはスバルを見る。その口がまた開いていた。

 

 

「……ぇ、えみ、りぁた、たす、けて……」

 

 

 

 その音を境に、ラルトレアの世界から音が消失する。

 

 

 

「―――――――――――――――――――――――――――――――!!!!!!!!!!」

 

 

 ラルトレアの精神が現実を拒みはじめ、その口が言葉にならない音を吐き出し続ける。髪を血が出るまでかきむしり、周囲へと暴力を振るい始める。

 目の前をいち早く壊したい。

 それだけだった。

 

 

 ――壊せ壊せ壊せ壊せ。

 

 

 壁を破壊し床を破壊し、天井を破壊する。徐々に屋敷自体が崩れていった。

 

 

 ――殺せ殺せ殺せ殺せ

 

 

 ボルフォーンがその命令を忠実に実行する。

 騎士が銀髪の少女に襲い掛かり、黒髪の少年の首をぎしりぎしりと締め始める。その動きがなくなると手を放す。

 動きはじめると、また首を絞めていく。

 

 足をそいで手をもぎとって、血を限界まで吸ってなお、死なせない。

 

 

 意味のない音を叫びながら、少年の全てを支配しようとする。何としても、少年の意思を捻じ曲げようする。

 少年の全てを奪い、手のひらに掴み取ったと確信するまで、やめることはない。

 

 

 そして、ついに少年は息絶える。

 

 

 やり過ぎたラルトレアが、無意識に蘇生を始めようする。だがその前に、視界がぐにゃりと曲がり始め――

 

 

 

 少年の死を起点に、時間が巻き戻っていった――

 

 

 

 

 

 

 そして少年とラルトレアが迎えた三周目の世界。

 

 ロズワールの屋敷から、ラルトレアは姿を消した。




・ボルフォーン


 ラルトレアの『血霊器具』五十九式によって生み出された騎士。
 ラルトレアが思い描く騎士を体現しており、五十八式『吸血魔剣』を装備している。
 白に近い銀髪の大男で、基本的に何も喋らない。



・五十七式『血之魅了』
  
 
 相手の目を見ただけで、自我を壊さずに想いのままにコントロールできる。
 だがその一方で常に大量の血を消費しつづける。

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