Re:ちょろすぎる孤独な吸血女王   作:虚子

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二章第四話を一部変更・削除しました


第五話 『遅すぎたスバル』

 ロズワール邸、ラルトレアの居室。

 日は沈み、夜がラルトレアを出迎えていた。光をすべて消して、月明りを浴びながら物思いにふけっていた。

 

 と、そこに。

 

 ――コンコン。

 

 

 

「ラルトレア? 入ってもいい? ちょっとお話があるの」

 

「べつに。かまわないのだ」

 

「じゃ、失礼するね」

 

 

 

 ラルトレアと同じ年だという銀髪の少女――エミリアが入ってくる。お風呂のあとは微精霊と話すだとかで外へ出ていたはずだった。

 ラルトレアも誘われていたが、微精霊というのがあまり好かないラルトレアは拒否した。

 

 

「何の用なのだ」

 

「えっと、スバルのことなんだけど」

 

「…………」

 

「ラルトレアにもいろいろあると思うんだけど、スバルに誘われてね。明日、でぇと? に行かないかって」

 

「……でぇと?」

 

「うん。男と女で出かければそれがデートって、スバルは言ってたけど――」

 

「――なぜ、それを我に言うのだ」

 

 

 エミリアの言葉をもう聞きたくなくて、ラルトレアは部屋を飛び出した。追って弁解してくるエミリアを完全に聞き流して、廊下を走っていく。

 

 

「待ってラルトレア!」

 

 

「――どいつもこいつも、うるさいのだ……」

 

 

 ラルトレアは影の中に沈み、姿をくらました。案の定、パックを呼び出せないエミリアはラルトレアを見失い、とぼとぼ自室へと戻っていく。

 

 イライラというよりも、むなしさがラルトレアを支配していた。

 

 むなしくなって、屋敷の中をぐるぐると徘徊した。

 ゆるやかな脱力感と、怒りすぎて疲労感さえある。

 

 と、そこに。

 

 

 ジャラジャラジャラ……。

 

 

 ラルトレアの耳に、鎖の音が届いた。

 

 

 ――なんだ?

 

 と疑問が生まれると同時に。

 

 

 

「――っぁああ!! うぇおぇえああああああああああああ!!!!」

 

 

 

 スバルの声が、スバルの叫びが響いた。その瞬間、ラルトレアの鼻腔に濃厚な血の匂いが入り込んでくる。

 この匂いは。

 嗅ぎ慣れたこの血の持ち主をラルトレアは知っている。

 

 

 考えるより早く、ラルトレアは動いていた。影の中を猛スピードで駆け抜け、血の発生源へとたどり着く。

 

 そこには。

 

 

 

「……おい貴様……メイドの分際で何をしておる」

 

 

 

 視界に入ってきたのは水色髪のメイドと、鎖のついた鉄球。そして瀕死のスバル。血を垂れ流し、腕がもがれている。

 

 あの鉄球だ。トゲの鉄球。それがスバルを――

 その鉄球を投げたのは、レムとかいうメイドで――

 

 

 

「――誰の許しがあって、スバルを殺しておるのだァ!!!!!」

 

 

 

 ラルトレアが声を張り上げ、メイドが戦闘態勢を取る。

 

 

 そして――ラルトレアの視界がぐにゃりと曲がって――

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

「…………」

 

 

 

 きらきらと光り輝く朝日が窓から差し込んでいた。

 ラルトレアの部屋から広大な庭園が広がっているのが見える。人が見れば、感嘆の息を漏らすであろう景色に、ラルトレアは無表情だった。

 

 

 すこし日差しのせいで肌がひりつく。

 

 

「……スバルが、死んだ……」

 

 

 

 ラルトレアは手に持ったグラスの血を見た。

 

 ヤギの血だ。

 

 そしてずらりと並ぶ7本の空ビン。まだあと十五本くらいある。それらにはたっぷりと血が入っていた。

 

 

 

「あのメイドが、スバルを……」

 

 

 あの水色髪のメイドがスバルをいたぶって――巻き戻った。

 瀕死状態のスバル、ゆがむ視界、そしてこの状態。

 それしか考えられなかった。

 

 

 巻き戻った分の時間は綺麗さっぱり消え去り、スバルとラルトレアだけがそれを覚えている。それが、スバルの力。

 

 

 ラルトレアはグラスの血を飲み干し、ビンに口をつけてその中の血を全て吸い込んだ。一本、また一本。

 あれだけあった血のビンが次々と空になっていく。

 

 そして。

 

 コンコン、とノックがした。

 

 

 

「お客様。当主、ロズワール様がお戻りになられました。どうか食堂へ」

 

 

 

 メイドの声が聞こえてくる。

 声だけでは双子のどちらかはラルトレアには判別できない。しかし、それはどうでもいいことだった。水色の方だろうと、桃色の方だろうと。

 

 ――どちらでも変わりはない。

 

 ラルトレアが扉を開けると、水色の髪が頭を下げていた。

 

 

 

「……スバルは、どうした」

 

「目覚めると同時にどこかへ行かれましたので、姉様が探しております。見つからないとなると、おそらくは禁書庫にお隠れになっているのかと」

 

「……ふぅん」

 

 

 スバルは禁書庫、ラムはそれを探している。エミリアはどこか分からない。ロズワールは食堂。

 

 そして今、ラルトレアの前にはレムがいる。

 屋敷にいるのは、これで全員。

 

 

 

「では食堂に案内しろ」

 

「はい」

 

 

 メイドが水色の後頭部を見せながら、前を歩く。赤い絨毯の、ながい廊下を。

 一歩、また一歩。

 メイドの歩みをラルトレアはじっと見ていた。

 

 最初は歩調を合わせて、少しずつ、少しずつ速めていき――

 

 ラルトレアがメイドの背後に忍び寄った。

 

 

 

「――ぁ」

 

 

 ラルトレアの手刀が、メイドの心臓を貫いた。

 

 

「お前など要らないのだ」

 

 

 

 ぽたり。

 血の雫が絨毯に垂れ落ちる。ラルトレアの指先から、ぽたりぽたりと連続して落ちていく。それは止まることなく、続いていって――

 

 ラルトレアは――腕を横に振り抜いた。

 すると、メイドの胴体がバランスを失って、どさりと床に横たわった。

 

 血まみれになった右腕、その右手についた肉の欠片をぺろりと舐めとる。

 

 

「――まずいのだ」

 

 

 ペッと。

 ぽっかりと穴の開いたメイドの背中へと吐き出した。もう血なんて飲む必要はない。十分に飲み干している。

 

 

 『吸血解放Ⅳ』。

 童女の形態のままで、肉体を最高レベルにまで高めていく。

 ――……これであのエルザでさえひねり殺せるくらいになったろう。

 

 

「スバル……我が間違っていたのだ。我は我。我のやり方で、お前を手に入れるのだ」

 

 

 そう、この力。

 吸血鬼の力。血の力――『血霊器具』で奪い、支配し、勝ち取るのだ。

 

 ――我は強いのだ。強い我が、なぜ苦しまなければならないのだ。

 

 

 

「……ふんっ、最初に来たのは貴様か」

 

「よくもレムを……ラムの妹を……ッ!!!!!」

 

 

 惨劇にかけつけてきたのはメイドの姉だった。桃色髪の方。双子の片割れが死んで、嘆き、怒り狂っているのだろう。

 前のめりにいきり立って、強くラルトレアを睨み付けてきた。

 

 だが、使用人ごときが、そのような目を向けることすら烏滸(おこ)がましい。

 

 

「思い知るがいい。支配者の強さを。――来い、五十九式」

 

 

 

 桃色髪のメイドが仕掛けてくる前に、先手を取る。

 すべては先手必勝。

 ラルトレアは倒れた片割れのメイドを踏んづけ、そしてそれを溶かした。メイドだった肉を、メイドだった血を使って。

 この世界にラルトレアの騎士を創造する。

 

 

「――我が騎士ボルフォーンよ」

 

 

 メイドの死体から、ラルトレアの血を混ぜ込んで二メートルを超す大男が出現する。

 その者は屈強だった。

 磨き抜かれた肉体に怨念をまとっていた。

 

 

 銀色に近い白髪を短く切りそろえ、その手には血の色をした刀剣が握られている。

 

 それを見ていた桃色髪のメイドが怒りに任せた絶叫する。

 

 

 

「絶対に殺してやるッ!!!!」

 

 

「ボルフォーン、その者を――殺せ」

 

 

 

 ボルフォーンは一瞬でメイドとの距離を詰め、刀を振り下ろす。それを遮ろうとメイドが魔法を発動させる。

 だがその風の魔法はボルフォーンに触れる否や掻き消えていった。

 

 騎士である彼を止めるものは何もなかった。

 その斬撃が、すっぱりとメイドの首を跳ね飛ばす。

 

 

「――クケケケッ、弱いのぉ弱いのぉ。魔法なんてものを信じすぎるからそうなるのだ」

 

 

 引きつるような笑いを浮かべながら、ラルトレアはメイドの頭を踏みつけた。何度も何度も、踏みにじるように、あざ笑うように。

 

 その余韻に浸っていると、ボルフォーンが視線を巡らしているのを感じた。高笑いをしている主人の命令を待っているのだ。

 

 

「――ん、何だ」

 

 

 

 ボルフォーンの示す先に、廊下の先に呆然と突っ立ている黒髪の少年がいた。弱く、もろく、口がよく回るお調子者で――

 

 ラルトレアが支配すると決めた相手――スバルだった。

 

 

「……なっ、なにやってんだ……おい、ラル――」

 

「待っておったのだ、スバル」

 

 

 キョドキョドして落ち着きのないスバルへ、優しく諭すように言う。

 

 

「――さてスバル、どこへ行こうか。南か北か、東か南か。国を陥落させて乗っ取るというのもいいかもしれないのだ。だがまぁルグニカはあきらめよう。ラインハルトには勝てないのだ」

 

「な、なッ、なに言ってんだ――」

 

 

「んふふっ、スバルは長生きをしてもらわないと困るのだ。いつまで力が続くかもわからぬしの。できるだけ死の危険から遠ざかって、我とゆっくり時を過ごすのがよいのだ。こんな屋敷になど居てもつまらぬであろう?」

 

 

 ラルトレアは絶句するスバルに近づいて、その顔を両手で掴んだ。

 ぐいっとスバルの顔に自分の顔を寄せる。

 スバルの焦るような、不安がるような鼻息が頬に当たる。

 

 

「我が! スバルを愛し、スバルが我を愛す。永久に、永遠になのだ! キヒヒヒ、素晴らしい!」

 

「――ッ!!!!」

 

 

「静かにせよ、スバル♪ ――五十七式『血之魅了(ブラッティ・ラブ)』」

 

 

 ラルトレアの血のようにどろりとした瞳に、スバルは意識を吸い込まれていく。スバルの思考が、スバルの意識が、スバルの精神が全て血に絡み取られた。

 

 ラルトレアは完全にスバルを支配した。

 

 

 

「――くふっ、くふふふふふっ……ふはぁ、はははははははははッ!!!」

 

 




ボルフォーンさんはディムズデイル・ボイルドみたいなイメージ。

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