Re:ちょろすぎる孤独な吸血女王   作:虚子

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第二話 『ふて寝で終わる一日』

 ――じゃ、俺を屋敷で雇ってくれ

 

 

 

 ラルトレアはスバルの言葉に耳を疑った。

 

 ――雇ってくれ……は? やと、は?

 

 パリンッと、いつの間にか持っていたグラスを手で割っていた。つぅーっと赤い血が白い右手からあふれ出してくる。

 

 

 スバル、エミリア、ロズワール、メイドの双子の視線がラルトレアに集まっていた。

 

 

「……少し、手元が狂っただけなのだ。して、スバル……雇われるというのは、屋敷の使用人ということか?」

 

「いやまぁそうなるわけだけど、ラルたんも一緒ってわけじゃない。俺はジャージから執事服にフォームチェンジってなわけだが、ラルたんもよければメイド服に……はっ、もしかしてメイド服着たくないとかっ?! それで何かぷんぷん丸になってんの?!」

 

「……スバルは我にメイドになれと……?」

 

「別にそうじゃないって! ただメイド服も似合うと思ったんだよ。ダークドレスも良いけど、メイドラルたんも……! いや、待てナツキ=スバル。違う! こんな不純な理由じゃないはずだ! そう、労働! 働いて衣食住を安定させる! 健全な肉体に、ほどよい労働にこそ健全な精神が宿るってことだ」

 

「…………」

 

「ま、心配しなくてもラルたんは俺が養ってやんぜ。三食昼寝付きだ。毎日ぐーたら生活で、血もがぶがぶ飲み放題。どうよ?」

 

 

 

 ラルトレアにはスバルが分からない。

 なぜそんなことを言い出すのか。それはスバルの引きこもり経験から出たものなのだが、ラルトレアには想像もできないのだ。

 

 ラルトレアにとって使用人とは、メイドとは、執事とは支配される人間だ。

 誰かに使われ、誰かに搾取される側なのだ。

 ラルトレアは支配者だ。

 彼らを支配し、上に立つ存在であり、そのことに誇りを持っている。

 

 ラルトレアはスバルを対等の存在として見ている。そのスバルが使用人になる。

 

 ――ありえない……

 

 この屋敷に留まるという選択肢も選びたくないくらいだというのに。金と生活ならラルトレアならどうとでもできる。多少強引な手段ではあるだろうが、スバルとなら上手くやれるだろう。

 それで二人で生活して、この世界でのんびりすればいい――

 

 ラルトレアはそう、考えていた。

 スバルと長く生きるために、スバルの寿命を延ばす方法にさえ頭を悩ませていたくらいなのだ。

 

 

 

「あはぁ。それなら雇われなくても、食客扱いとかで構わないじゃない」

 

「――あっ、そんな手があったのか!? ロズワール!?」

 

「最初の要求が有効だねぇ。男に二言はない。だろぉーぅ?」

 

「あっ、あああそうだよそうだ! 男は二言とかしないもんね!?」

 

 

 そんな会話もラルトレアには届いていない。

 メイドが割れたグラスを片付ける間、ラルトレアはずっと自分の手を見ていた。自分の小さい手を。

 血は、もう止まっている。

 

 

「でぇ、そぉいうことだけど、どーぅするのかなぁ?」

 

 

 ロズワールがこちらを見ていた。

 ラルトレアの答えはすでに決まっている。

 

 

「我を食客として(ぐう)せ。スバルが雇われている間だけ」

 

 

 その要求にロズワールはうなずく。ここまでのやりとりを聞いていたエミリアがここで口を出してくる。

 

 

「ラルトレアの方が妥当よスバル。今からでもロズワールに間違えましたごめんなさいして変えてもらったら?」

 

「いや曲げねえ! 決めた、俺は使用人ライフをエンジョイしてやる! ラムちーとレムりんだけで屋敷の維持も大変だろうし、下男的ポジションからスタートだ」

 

「……スバル、あなたは欲がなさすぎるわ」

 

 

 エミリアがスバルにぐいっと詰め寄った。

 

 

「……パックのもそうだし、そもそも、盗品蔵でのことだって茶化して……。スバルは感謝の気持ちがわかってないのよ。……あんなことで、命を救われたことへの恩なんて、全然返せない……」

 

 

 エミリアが、弱々し気な顔をつくる。スバルはその表情に心苦しさを感じているようだった。

 ラルトレアは、そのスバルの表情を、その瞳をじっと見ていた。

 

 

「エミリアたんはわかってねぇな。俺は、心の奥深く、心の奥底一万マイルぐらいから、その瞬間瞬間でマジで欲しいもんを望んでるんだぜ?」

 

「――え?」

 

「あの瞬間、俺は君の名前が知りたかった。ガチで。信じる神はいないけどさ、神に誓ってもいいくらいにな。メチャクチャ腹空いてたし、プレッシャーと不安で立つのもやっとだった。もっと他にやりようはあったし、落ち着いて考えれば他に望むものもあったと思う。――でも、俺は自分に嘘はつかない男だ」

 

 

 スバルは言った。

 使用人になるという望みは、本心から出たものだと。

 

 スバルはまだ口を閉じない。

 

 

 

「俺は超欲張りな男だよ。――だってそうだろ? 美女とひとつ屋根の下を合理的に獲得するうえに――」

 

 

 ――がたん。

 ラルトレアが椅子を倒して唐突に立ち上がる。スバルが言葉を止め、視線が集まる。が、気にせずに食堂の扉へと向かった。

 

 

「うぇっ、ラルたん?!」

 

 

 乱暴に扉をあけ放ち、ラルトレアは足早に廊下へと飛び出した。

 後ろから、スバルが追ってくる気配を感じる。

 

 スバルに追いつかれる前、ラルトレアはつぶやく。

 今にも泣きそうな顔だった。

 

 

 

「……なぜだ……なぜなのだ……」

 

 

 

 

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 ロズワール邸、廊下。

 

 

 

「ラルたん急にどうしたんだよ! もしかしてエミリアたんに格好つけてたから怒っちゃったのか?!」

 

「……スバルはうるさいのだ」

 

 

 

 スバルに肩を掴まれて、ラルトレアは振り返った。その顔に表情はない。

 見れば、若干焦ったような顔のスバルがいる。

 

 

「なぜなのだ? スバルはなぜ、この屋敷に留まりたいのだ?」

 

「ラルたん……?」

 

「メイド服などと茶化すでないぞ。今回だけは軽口は許さないのだ」

 

「……いやふつーに屋敷にいたいんだよ俺。ラムもレムも可愛いし、なによりエミリアのそばに居たいんだ。あの子が俺に負い目を追ってるようにさ。俺も同じなんだよ。あの子を二回も死なせてるんだ。一回目はラルたんだって見ただろ?」

 

「……」

 

 

 ――またエミリア、またエミリアなのだ。

 

 スバルは同意を求めるようにラルトレアを見るが、それがなおさらラルトレアの怒りを掻き立てていく。

 

 

「――だから、俺は」

 

「……それが何なのだ」

 

「ラルたん?」

 

「それが何だと言うのだ。あんな女放っておけばよかろう! 路地で助けられたからとか何なのだ。この世界ではなかったことであろう! そんな存在しない恩など忘れてしまえ!」

 

「……っ」

 

「……他の誰でもないスバルの力で、あの恩は消えたのだ。あの事実をスバルと我以外に誰が知っておる。何を気にする必要がある。使用人などならなくてよい。さっさとこの屋敷から出て我と――」

 

「……ラルトレア」

 

「――っ」

 

「それでも、俺はこの屋敷で使用人をやるよ。一度言ったことだしな? 食客でもよかったかなと後悔しないでもないけど」

 

「……ここまで言っても意思は変わらぬと言うのか。……それなら、好きにするがいい」

 

 

 スバルが後ろを向いて食堂へと戻っていくのが分かる。ラルトレアは用意された客室へと小走りで戻った。

 後ろの方でスバルとエミリアの声がした。

 

 それをかき消すように、ラルトレアはベッドの中に飛び込む。布団にくるまって。

 

 

 

「――しばらくは……口をきいてやらないのだ」

 

 

 いつの間にかラルトレアはそのまま眠ってしまった。そうしてラルトレアのロズワール邸二日目は過ぎ去っていった。

 

 

 

 

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 スバルは食堂へと戻る途中で、エミリアに出くわした。

 

 

「エミリアたん……なんで俺意固地になちゃったんだ……巻き戻して言い直してぇ……」

 

 

 スバルはさっそく後悔していた。

 

 スバルが繰り返した世界、死んだ世界での出来事を否定され、スバルは思わず使用人をすると言い張ってしまった。

 今思えば、本当に食客で良かった気がする。

 後悔することだらけだ。

 食客ならラルトレアもそこまで怒らなかったに違いない。

 

 でもスバルが死に戻りした世界のことを覚えているラルトレアだけには、言ってほしいセリフではなかった。

 

『路地で助けられたからとか何なのだ。この世界ではなかったことであろう! そんな存在しない恩など忘れてしまえ!』

 

 幼女にそう言われて意地を張ってしまった。

 明らかに年下の女の子にムキになる自分が嫌になりそうだ。

 

 

「ラルトレアを怒らせたんでしょ、スバル。さっきの真剣さはどこにいったの。どっちつかずが一番最悪よ」

 

「あばばば!! エミリアたんからもこの評価! 天使と堕天使に嫌われて踏んだり蹴ったりだよ!」

 

 

 こうして、スバルの使用人ライフが始まった。

 




うーむ

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