Re:ちょろすぎる孤独な吸血女王   作:虚子

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二章のプロットを構築した、あとは書くだけだ
もってくれよマイフィンガーたち……!


第二章 血にまみれた一週間
第一話 『嫌な朝』


「うーむ……嫌な朝だ……」

 

 

 きらきらと光り輝く朝日が窓から差し込んでいた。

 ラルトレアの居る客室からは屋敷の正面、広大な庭園が広がっている。人が見れば、感嘆の息を漏らすであろう景色に、ラルトレアは苦々しい顔をした。

 

 

 太陽、その日差しなど吸血鬼にとって大敵だ。

 ザコの吸血鬼がまともに浴びれば、灰となって死んでしまうほどに。

 

 

「ま、朝日をあざ笑いながら飲む血は最高だがの」

 

 

 

 ラルトレアは手に持ったグラスの血を飲み干した。

 2リットルビンにたっぷりと入れられた紅い血潮。それを次々に胃の中へと流し込んでいく。

 空になったビンは七本。

 まだ中身の入っているビンは十本以上置いてあった。

 

 

 それはラルトレアがメイドに用意させたものと、途中でラルトレアが買い占めたものだった。

 王都から屋敷へと戻る途中と、戻ってからできるだけ多く収集した。

 次に血をいつ調達できるか、わからない状況だ。

 

 

「やはり山羊の血はマシなのだ。人間の方が良いが、仕方あるまい」

 

 

 人間のを飲みたくなったら、スバルのを飲めばいい。

 されど、これから山羊の血も手に入れられるかは分からない。

 最悪、豚の血も飲まなければならないだろう。

 

 

 

「だが、しばらくは血のストックに困らないだろう」

 

 

 今のストックなら、ほとんどの『血霊器具』を発動できる。

 それでもいくつか、量が足りないため使えない、バカみたいに燃費の悪いものがあるが、それを使う状況になることは少ない。

 

 

 ラルトレアは考え込む。

 

 

「んー……疲れたのだ。我は考えてばかりだ。少しくらいぐうたらしても良いだろう」

 

 

 ラルトレアが脱力をして窓辺にしなだれかかる。ほっぺたに当たるグラスの冷たさが心地よい。

 そんな余韻に浸っていると。

 

 コンコン。

 

 

「お客様。当主、ロズワール様がお戻りになられました。どうか食堂へ」

 

 

 メイドの声が聞こえてくる。

 双子のメイドの、どちらの方だろうか。ラルトレアが扉を開けると、水色の髪が頭を下げていた。

 

 

「おい、メイド。スバルはどうした」

 

「すでに食堂へ向かわれております。ロズワール様がお客様方と朝食をご一緒したいと」

 

「ロズワールが、か。ふむ」

 

 

 ――あのピエロのような珍奇な男は考えが読めない。警戒、すべきなのであろうな。

 

 はぁ、とため息を吐き出しながら、昨夜初めて会った人間の貴族、もとい魔術師を思い浮かべた。

 

 

「では行くのだ」

 

 

 ラルトレアは食堂へと向かった。

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 廊下を歩いていると、向こう側からスバルとエミリア、桃色髪のメイドがやってきた。

 

 

 

「おっ、ラルたんおはよう! 今日もおっかぱ頭が可愛いな――って、あれおかっぱァ?! いつの間にか髪切っちゃって幼女力がアップしてやがる?!!」

 

「くふっ、おはようなのだ。スバル」

 

「ラルトレア、スバルが寝てる間にいきなりお風呂で切っちゃったのよ? せっかく綺麗な黒髪なのに」

 

「うるさいのだエミリア! 我がしたいようにする!」

 

「おうおう、朝から俺のエンジェルたちがキャッキャウフフと、仲が良くて結構――ん、お風呂?」

 

「ラルトレアと一緒にお風呂入ったの」

 

「くそっ! なぜ俺はその空間に居なかったんだ!!! ドリルロリのせいで眠りこけているとか、神よ。なぜ俺を起こしてくれなかったのですか――」

 

「スバル、起きていてもスバルがあのときお風呂に入れることはないと思うけど」

 

 

 言い合いをしながら、スバルとエミリア、そのあとにラルトレアが続いていく。食堂へとたどり着くと、道化のような男が待っていた。

 

 

「あはぁ、おはよーぅ。目が覚めたんだねぇ。よかったよかった」

 

 

 ロズワールは、スバルを見て嬉しそうにしている。

 親しげにスバルの両肩を叩いて、至近距離で見下ろし、そのまま視線をラルトレアへとずらしてくる。

 

 

「やぁ、昨日ぶりだねぇ。山羊の血はお口にあったかなぁ?」

 

「ああ、美味であった。感謝するのだ、ロズワール」

 

「――へ? 山羊? ラルたんどういうって、ああ、そういやそうだったな」

 

 

 聞きかけて、途中で気づくスバル。ラルトレアが吸血鬼だということを、今思い出したのだろう。

 スバルは本当にラルトレアに対して警戒しないどころか、自然体で接してくる。ラルトレアはそれがたまらなく嬉しかった。

 

 

「あはぁ、どういうことなのかぁーって聞きたいところではあるけどぉ、大体予想はつくねーぇ」

 

「おうよ、うちのラルたんは特別製の幼女なんだ。くれぐれも丁重に扱ってくれよな」

 

「もちろん、そうするつもりだぁーとも」

 

 

 ロズワールがラルトレアに気持ち悪い視線を向けてくる。生暖かい笑顔をわざと作っているのが見え見えで、吐き気を催してくる。

 だがそれにかまうことなく、ロズワールは。

 

 

「そぉれぇにぃしぃてぇもぉ……」

 

 

 次に、しげしげとスバルを上から下まで観察する。顔をしかめるスバル。

 

 

「どぉーもフツーの人っぽいねぇ。そればっかりはちょこぉっと残念」

 

「おいおい、このやばい幼女を連れて、エミリアたんの命を助けた俺がフツーだと?」

 

 

 ――たん? 

 ラルトレアは自分の耳を疑う。まさか、エミリアにも「たん」という至高の愛称をつけているのではあるまいな、と。

 

 

 

「あはぁ、ごめんごめん。種族的な意味で、フツーってことだぁーよぉ。私てっば『亜人趣味』の変態貴族で通ってるからさぁ」

 

「やべぇ、なんか堂々とし過ぎて逆に惚れ惚れする変態っぷりだぜ」

 

「レムとラムもそうだし、エミリア様を支援するのも同じ理由さぁ」

 

 

 ――それにしても亜人か。エミリアはハーフエルフ、あのメイドらも薄々と感じていたが純粋な人間ではないということなのだな。

 ラルトレアはそのとき初めて、この場に居ないメイドの双子へと意識を向け始めた。

 

 

「っていうか、支援ってどゆ意味? そもそも二人の関係性が俺にはちんぷんかんぷんなわけだけど」

 

「あれぇ? 事情を知らないなんて、不思議だねぇ。まーぁ、朝食でも食べながら説明してあげよーぉじゃないかぁ」

 

 

 事情。王候補であるエミリアと、その後見人である宮廷筆頭魔術師のロズワール。

 そういえば眠っていたスバルはまだ聞いていないのか。

 

 ラルトレアが説明しようかとも思ったが、ロズワールが話すらしい。

 スバルが鷹揚に頷いている。

 

 

「おぅ、頼むぜ。俺ってば朝ごはんどころか、たぶん昨日の昼前からなんにも食ってねぇしな」

 

「そぉれは重畳。おぉーっと、そう言っている間に、用意ができたよーぉだねぇ」

 

 

 

 ロズワールがそう言って上座に座り、その右手にエミリアとスバル、対面する左手にラルトレアが座る。

 食堂の戸が開かれ、

 

 

「失礼いたしますわ、お客様。食事の配膳をいたします」

「失礼するわ、お客様。食器とお茶の配膳を済ませるわ」

 

 

 

 台車を押し、食堂に入ってきたのはあのメイドたちだ。外見的特徴からはラルトレアと同様に分からない。耳が長くないことから、エルフではないだろう。

 匂いからは、分からない。

 嗅いだことがない匂いだった。

 

 ラルトレアが考えている間に、配膳が終わっていた。

 ラルトレアの前には血のボトルとグラスが置かれる。

 

 

 

「おほー、いいねいいね。いかにも貴族的な食卓だ。……てか、ラルたんの食事がマジで血でリアル感はんぱねぇな」

 

「リアルカンとは何だ? スバル」

 

「そしてこの好奇心溢れる知的幼女! ラルたんが、堕天使級の退廃感と見た目の可愛さがあいまって最高って話」

 

「ふふっ、まあよいのだ。スバルの言葉はとても心地よいからの」

 

 

 ニカッと、歯を見せて笑うスバルに、ラルトレアは頬が緩むのを感じる。

 対面する二人の間に、気持ち悪い声が割って入ってきた。

 

 ロズワールだ。

 

 

 

「あはぁ、喜んでくれてなによりだぁーよぉ」

 

「おうよ、うまそうな朝ごはんに、可愛い女の子。これを喜ばずして何を喜ぶというのか! そうだろ、ロズっち」

 

「あはぁ。ひょっとして、ロズっちというのは私のことなのかーぁな?」

 

「他に誰がいんだよ。ロズっち。いいじゃん、響きがさ」

 

「……まぁ、そうだぁーねーぇ。では、そろそろ食事にしよう。――木よ、風よ、星よ、母なる大地よ」

 

 

 

 手を組み、目をつむってロズワールは呟き始めた。

 メイドもエミリアも同じようにしている。スバルも慌てて真似ているようだが、ラルトレアは何もしない。

 吸血鬼にそのような習慣は皆無だ。

 黙って、様子を見守ることにした。 

   

 

「それじゃ、スバルくん。いただいてみたまえ。こう見えて、レムの料理はちょっとしたものだよ?」

 

「む……普通以上にうめぇ」

 

 

 皆が食事を始めるなか、ラルトレアはグラスに血を注ぎ、口をつける。少しずつ、少しずつ味わうように飲んでいく。

 がっついていては、スバルに嫌われるかもしれない。 

 そう考えてのことだ。

 

 スバルは食事の最中でもよくしゃべる。

 とくに、双子のメイドたちに話しかけていた。スバルは彼女らのどこに興味を持っているのだろうか。その髪色とか、容姿だろうか。

 もしくは、スバルの世界では双子が珍しいのかもしれない。

 

 エミリアまでメイドのことを褒めている。

 

 

「二人はすごいのよ。この大きい屋敷の維持をほとんど二人で回してるんだから」

 

「今、エミリアたんが屋敷の使用人が二人しかいない的なこと言ってたんだけど」

 

 

 ――やはりスバルがエミリアに「たん」をつけておる……!

 話の途中で、しっかりと聞こえてしまった。

 スバルが、ラルトレアと同様の愛称をつけていることを。

 

 だが、ラルトレアの怒りは気づかれず、話は続いていく。

 

 

「あはぁ、現状はそうだねぇ。ラムとレムしかいなくなっちゃったよ」

 

「二人だけとか馬鹿じゃねぇ? 仕事量多すぎてブラック確定だろ。過労死すんぜ。――それとも、これ以上雇えないみたいな状況ってこと?」

 

 

 ――くそぉ、イライラするのだ。

 エミリアが王候補なのだから、間者の可能性を考えれば雇うなど不可能であろう! と、事情を知らないスバルに怒りが向く。 

 

 その怒りを知ってか知らずか、ロズワールが呑気な声を出す。

 

 

「本当に不思議だぁーね、君は。ロズワール・L・メイザースの邸宅まできて、事情を知らないってぇいうんだから。よく、王国の入国審査を通ってこれたもんだね?」

 

「……それは……まぁ、俺もラルたんも密入国みたいなもんだからな……」

 

 

 入国審査もクソもない。

 いきなり王都のど真ん中に召喚されているのだ。ラルトレアは。

 スバルからは聞いていないが、同じようなところだろう。

 

 だが、そんなどうでもいいことにも、ラルトレアは口を出してしまう。

 

 

「ふんっ、我は正規のルートで入っておる。しかしその必要はなかったようだな。スバルを見逃すとは王国もずさんなものだ」

 

「っええラルたんそうだったん?!! 俺だけ? 俺だけ知らない間にやばいことしてたのか?!!」

 

「呆れた。あっさりと喋っちゃって。私たちが報告したら、スバルは牢屋に押し込められて、ぎったんぎったんにされるんだから」

 

「ぎったんぎったんて、きょうび聞かねぇな」

 

 

 

 ――ああぁ! イライラするのだ!!

 

 わざとではないだろう、と思っていても、エミリアの言葉遣いに、スバルがそれに興味を示すことに、苛立ってしまう。

 

 グラスの血を飲み干し、貧乏ゆすりをどうにか封じ込める。

 スバルが自分だけを見ない。

 スバルが自分だけを特別視しない。

 スバルが自分だけのものにならない。

 スバルの「たん」が自分だけのものにならない。

 

 

 ラルトレアの強欲と傲慢、独占欲に火がつきはじめる。

 自分以外の他者を支配し、それ以外の関係性を持ってこなかったラルトレアに、他人をおもんばかるという気持ちは少ない。

 

 スバルという対等の相手を得て、ラルトレアはどう接していいか分からなくなる。

 

 ラルトレアの頭の中は単純で明快だ。

 

 ――我がスバルを特別としているのに、なぜスバルは我を特別にしないのだ。

 

 

 自分の想いを言葉にすれば、それが相手に必ず届き、自分の思い通りになるというラルトレアの考え。

 人と真面目に接し始めてまだ日があまり経っていないラルトレアは、それを改めることができない。今までずっと独りぼっちで、誰かを支配し誤魔化しつづけきた代償が、今現れている。

 

 

 

 黙りこくるラルトレアを置き去りに、周囲は会話を進めていた。

 

 

「王様不在だと国ってどうなるんだ? 王族がいないとなると民意優先で総理大臣選出するのか?」

 

 

 ――総理大臣、という単語にラルトレアが反応する。

 スバルの言うように、ラルトレアは知的好奇心が強い。スバルのことなら尚更だ。

 

 ただ、それを尋ねる気にはならなかった。

 

 

「――王不在の王国など、あってはならない」

 

「そりゃそーだ。んで、王不在の王国は新たに王を選ばなきゃならない。でも血族はほぼ壊滅。なら国の誰もが納得いくような形で、王様を選び出さにゃならんと」

 

「――ホント、スバルって変な子。なんにも知らないのに、そうやって頭が回るんだから。まさに賢い愚者って感じなのよね」

 

「そう褒めんなよ。褒められ慣れてねぇからすぐ好きになんぞ」

 

 

 ――ぶちっ。

 ラルトレアは自分の頭から血管が切れる音を聞いた。

 ただ、それを表には一切出さない。前髪で表情を隠し、ちびちびと血を飲み続けている。 

 

 

 

「あはぁ、そんな彼を引きつけるのはひとえに貴方の魅力なのでしょうーねぇ、エミリア様」

 

「さっきから、ちょくちょく気にはなっていたんだが……屋敷の主が、エミリアたんを様付けで呼ぶ?」

 

「自分より、地位の高い方を敬称で呼ぶのは当然のことだぁーからねーぇ」

 

 

 意地悪く微笑むロズワール。

 

 

「――えっと、エミリアたんてばつまり」

 

 

 

「今の私は、ルグニカ王国第四十二代目の『王候補』。ロズワール辺境伯はその後ろ盾よ」

 

 

 

 エミリアの言葉に、スバルが一瞬、ぽかん、としてから。

 

 

「――……え? ってことは何か、エミリアたんは未来の女王様かもしれないって? となると、俺ってばその女王様の命の恩人な上に、王選敗退を防いだ救世主! ってことだな」

 

「認めよう、事実だからねぇ。で、その上で問いかけよう」

 

 

 ロズワールが席から立ち上がり、その長身でスバルを見下ろす。

 それを勇ましい眼差しで見上げるスバル。

 

 

「おう、聞くぜ。耳の穴は掃除してある」

 

「君は私になぁにを望むのかな? どんな金銀財宝を、あるいは酒池肉林でも。徽章の紛失、その事実を隠ぺいするためなら何でもしよう」

 

「へっへっへ、さすがはロズっち。話がわかるじゃねぇの」

 

 

 ――いったい、スバルは何を望むのか。

 隠れた前髪の奥から、ラルトレアはその様子を見ていた。くちびるからグラスを離し、テーブルに置く。グラスの持ち手部分をもてあそびながら、その言葉を待った。

 

 

 スバルは偉そうに腕を組んでから。

 

 

 

 

「じゃ、俺を屋敷で雇ってくれ」

 

 

 

 スバルの言葉と、ともに――

 

 

 パリンッ。

 

 

 ラルトレアの持っていたグラスが粉々に砕け散った。




そして、ベア子は禁書庫から出てこない。

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