Re:ちょろすぎる孤独な吸血女王   作:虚子

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第十話 『一日の終わり』

 屋根の壊れた夜の盗品蔵。

 エルザとラインハルトが対面していた。ラルトレアは傍観者となったスバル、銀髪女の間にすかさず割り込んで、スバルの腕をがっちりと掴んでおく。

 

 エルザが口を開いた。

 

 

 

「赤い髪に空色の瞳――あなた、騎士の中の騎士、『剣聖』ね。嬉しいわ、素敵な相手ばかりと出会えるだなんて」

 

 

「一応聞いておかなくはなりませんね。投降する気はありませんか?」

 

「無理なオーダーね。私はもう我慢できないの」

 

「あまり女性に暴力は振るいたくないんですが……」

 

 

 ラインハルトは壁際に立てかけてあったボロイ両手剣をつかむ。その感触でも確かめるように数回振って、

 

 

「こちらでお相手させてもらいます。ご不満ですか?」

 

「――いいえ。良い、良いわ。それでわたしを楽しませてちょうだい!」

 

 

 両手剣を構えるラインハルトは一歩を踏み出した。その一歩で強烈な風圧が盗品蔵のなかをひっかきまわした。エルザの体勢が少しグラついた、かと思えば、次の瞬間には彼女はナイフを投げていた。計四本、同時だった。

 

 

「これはどうかしら?」

 

 

 エルザはナイフを投擲するとともに、大きく跳躍。空中で天井に張り付かんばかりに宙返りして、天井を足場に、ラインハルトへと突き進む。

 

 

「――飛び道具では、僕を傷つけられない」

 

 

 その直後、ラインハルトを狙っていたナイフの射線がいきなり逸れ、壁へ突き刺さった。エルザもそれを見て襲撃をやめ、近くの床へと着地する。

 

 

「うふっ、矢避けの加護ね」

 

「生まれつきのものでね……卑怯だとは思わないでほしい」

 

 

 

 投げナイフでの遠隔攻撃は意味をなさない。そうなると、残る選択肢は近接での一騎打ちしかない。ラインハルトは真正面からエルザへと剣を構えた。

 その構えを取った瞬間、ラインハルトの周囲を力の渦が包んだ。まるで空気中の魔力が彼に味方しているように、ラルトレアには見えた。

 

 ――やはり格が違うのだな……敵に回れば打ち取られるのは我だ……。

 

 

「――やっちまえ! ラインハルト!」

 

 

 勝利フラグが立ったと見たスバルはすかさず口を挟む。

 ラルトレアはお調子者の彼を見ながら、やらわかく微笑む。そこには勝者の余韻があった。エルザとのバトルというより、もっと別のことでの。

 

 

 

「いったい、なにを見せてくれるの?」

 

「――『剣聖』の一撃を」

 

 

 エルザの問いかけに、ラインハルトが短く答えた。

 瞬間、盗品蔵の空気が一気に引き締まり、スバルでもわかるほどの重圧がのしかかってきた感覚に陥る。

 それに圧しつぶされたのか、銀髪の少女がスバルの方へよろめく。そこをラルトレアという障害を簡単にかわして、支えることに成功する。

 

 

 

「ちょっ、おい。大丈夫か?」

 

「ごめんなさい……ちょっと、肩を貸して」

 

 

 スバルは体重を預けてくる少女にどぎまぎしながらも、必死に抱きとめる。

 幸い彼女の体は細く、スバルでも支えることができていた。その様子を見上げる幼女が一体。その鋭い眼差しにスバルは気づいていなかった。

 

 

 何が原因だと考えて、スバルには一つしか思い浮かばなかった。ラインハルトが取った構え。その威圧感、それが全てだ。

 

 ラルトレアも嫉妬にまみれながらも、目の前の男の力量を感じていた。

 『剣聖』と呼ばれるラインハルトが今、力を解放している。ラルトレアはその力に心地よい敗北感を感じざるをえなかった。

 

 

 

「『剣聖』、ラインハルト・ヴァン・アストレア」

 

「『腸狩り』エルザ・グランヒルテ」

 

 

 

 名乗りを上げる両者の間、空気が限界まで張りつめていた。

 殺意と剣気がぶつかり合い、大気を震わせているのだ。 

 

 貧民街の盗品蔵で、殺人鬼と英雄が向き合い、

 

 

 

「――――ッ」

 

 

 

 破壊の嵐が巻き起こった。

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 

 嵐の後の静けさのなかで、ラインハルトの持っていた両手剣が粉々に砕けていった。もはや砂状になったそれは風に流れて消えていく。

 

 それほどの威力を持った一撃。それを正面から受けたエルザの姿はどこにも見当たらない。だが、このときラルトレアは気づいていた。

 

 ――血の匂いが残っておる。

 

 

「髪の毛一本も残らないとかえげつねぇ……」

 

 

 スバルは、ラインハルトの圧倒的な力に呆けているようだ。ラインハルトの方は、観察してもエルザの生存に気づているかどうか判別できない。

 

 

「これにて一件落着ってか……?」

 

 

 銀髪女の方も、またスバルと視線を合わせて媚びを売っている。卑しい女だと愚痴りながらも、ラルトレアは周囲の様子を探っていた。目ではなく、鼻で。

 

 

「無事に、終わったの?」

 

「ああ、どうにかな」

 

 

 会話する二人をラルトレアは少しばかり思考から除外することにした。そのこともあってか、スバルが少女のことをじろじろと見つめたことは見逃される。

 

 

「どうしたの? 黙って見つめて、すごーく失礼だと思うけど」

 

「首はちゃんとついてるよな?」

 

「……当然でしょ? 何を言っているの?」

 

「そうなんだよな、当たり前だな! よしラルたん今夜は宴だ! 祝勝会だぜぱーっと行こうパーッと! もう全財産つぎ込んでいいくらいだ!」

 

「――む? そうだの。散財と浪費は我も嫌いではないのだ」

 

 

 

 スバルは吸血鬼の幼女の頭をがしがしと撫でてから、この窮地を救ってくれた英雄へ向き直る。

 

 

 

「ラインハルト。マジ助かった。裏路地でのことといい、俺の救命信号を受け取るアンテナでも持っているのかよ、友よ」

 

「そんなものがあったのならもっと早く来れたのだけれどね、スバル」

 

 ラインハルトは少し苦々しい表情をしてから、顎で盗品蔵の入り口だった場所らへんを指し示してくれる。スバルがそちらを見ると。

 

 

「あ」

 

 

 ぼろぼろになった盗品蔵を嘆く巨体の老人と、八重歯がチャームポイントの金髪少女が縮こまっていた。

 

 

「助けを呼ぶというスバルの判断のおかげであり、僕を見つけた彼女のおかげでもある。僕は最後の後始末をしただけだよ」

 

「いやでもホント助けられてばかりだぜ、もう一回いうけどありがとな」

 

「当然の事をしたまでだよ、スバル」

 

 

 イケメンスマイルのイケメン。もはや嫉妬を越えてあきらめの境地だ。これが本物の英雄というやつなんだろうとスバルは勝手に納得する。

 そんなスバルとイケメンが話していると。

 

 

「あの子は……」

 

 偽サテラがフェルトの姿に気付いたようだった。彼女からすればフェルトは盗人、こんなことに巻き込んだ張本人である。

 スバルはフェルトの前に回り込んだ。

 

 

「ストップストップ! フェルトがラインハルトを呼んでくんなきゃ、俺たち今死んでたぜ? ここはどうか一つ! 俺の顔に免じて、許してやっちゃくれないか?」

 

「あなたの顔に免じてって……むぅ」

 

 

 スバルの発行する免罪符がどうやらお気に召さない様子の偽サテラ。

 ぷくーっと頬を膨らませ、怒りを表現しているつもりなのだろう。それを見たスバルの表情筋がついつい緩んでしまうが、唐突に襲いかかってきたつま先の痛みで引き戻される。

 

 

「――いててて痛いってラルたん! つま先をグリグリすんのはやめてマジで! 爪が、爪が剥がれちゃう!」

 

「我が居ながら他の女に見惚れるとはどういう了見だ? 答えろスバル」

 

「ちょっなにラルたん?! いきなり思春期反抗期真っ盛り?! さすがのスバルさんでもロリ女房属性とかはまだちょっと理解できねぇってあだだだだだだだ!!!」

 

 

 

 つま先を踏みながら二の腕をつねるラルトレア。

 そんなやり取りに微笑ましさでも感じたのか、ラインハルトは爽やかに笑った。そして英雄はフェルトへとゆっくりと歩み寄っていった。

 

 爽快すぎてもう何も感じない。持てるものと持たざるものの違いとしか言いようがないレベルなのだ。

 フェルトも逃げようとはしない。そんな二人をスバルは静かに見守っていると。

 

 

 

「――スバル!」

 

 

 

 唐突に踵を返した英雄の叫びに、ぞっと背中に悪寒が走った。

 

 

「――――ッ!!」

 

 

 痛んだ木材の下から黒い影が出現する。その挙動を、ラルトレアはじっと見ていた。ラルトレアがスバルとじゃれ合って、ラインハルトが離れた瞬間を待っていたのだろう。居ると分かっていればそれくらいは予測できる。

 

 問題はエルザは誰を狙うか。

 エルザが向かったのは銀髪女の方向。

 ラルトレアにエルザを止める気はなかった。しかし――

 

 

「やらせねぇえええええ!」

 

 

 ラルトレアが予想していたより早く、スバルが動き出したのだ。

 石を置いて足を引っかけることも、服を何かに絡ませる余裕もない。

 

 スバルはあの女を庇うように、棍棒をすぐさま拾い上げ、とっさに腹をかばうようにガードした。

 

 

 エルザの打撃を受けた棍棒はスバルごと壁に激突。

 

 

「この子はまた邪魔を――」

 

「そこまでだ、エルザ!」

 

「かならず! 全員の腹を斬ってあげる。それまでに十分腸を労わっておいて」

 

 

 バネのように跳躍して逃げ出すエルザ。

 戦闘続行は色々と支障が出ると判断したのか、ラインハルトはその背を追わない。

 銀髪女がまっさきにスバルへ駆け寄って、

 

 

「ちょっと大丈夫!? 無理しすぎよっ」

 

「何を大げさに……傷くらいすぐに――この銀髪! それ以上スバルに近づくな!」

 

「くぉぉお……美幼女と美少女に囲まれてるぜ。二人の顔を見ただけでげ、げげ元気百倍よ。ま、さすがに俺も命を張らないとな? もうエルザはいなくなったよな?」

 

「すまない、油断していたよスバル。君がいなければ彼女を……」

 

「おっとラインハルト、皆まで言うな! って、ラルたんなんで睨んでの?! 可愛いお顔が台無しだぜ? な? スマイルだ、すま~いる!」

 

「むむむ……まあ、今日だけは見逃してやるのだ」

 

 

 謎のお許しを貰ったことだし、とスバルは銀髪の少女と向かい合った。

 一回目、裏路地でスバルを助けてくれた少女。このちっとも甘くない世界で、損過ぎる生き方をする女の子。根はとても優しいけど、あまり素直になれていないスバルの恩人。

 スバルは精一杯のカッコつけポーズを決めながら、

 

 

「俺の名前はナツキ・スバル! いっぱい他にもあるんだけど、俺はずっと聞きたかった一番知りたいことがある!」

 

「な、なによ……」

 

「俺はたった今、というか一度目の不意打ちの方もそう! 命の恩人、君というヒロインを助けた主人公さんなわけですが、そんな俺に相応の礼があってもよくない?!」

 

「……わかってるわよ。私にできることなら……だけど」

 

「ならば! 俺の願いはあまねく星の中でも唯一無二! 一つだけだ!」

 

 スバルはもったいぶって間を開けているとき、

 

 

「そういえば女、お前の名前は何だ?」

 

「エミリアよ」

 

「――ぅぉおおいいい!!!! おいおいおいラルたん!!! ねえ今、俺史上最高に格好いいシーンの超絶イケメンセリフを奪わなかった?!! ひどくない?! さすがにひどくない?! ほわぁああ!! キレちまったぜ、久しぶりにキレちまったよラルたん!! 見逃してやるとかいう約束はどこに行っちゃった?!!!」

 

 

 過去最高で、というか人生で一回あるかないかというシーンが全て台無しだ。せっかく指を鳴らして、親指を立てて決め顔を作ろうとまで考えていたのに。

 

「スバル」

 

「ラルたん、ラルたんは知らないかもしれないけどさ、世の中にはやっていいことと、やっちゃだめなことがあるんだよ……」

 

「血、出ておるぞ」

 

「……へ?」

 

 

 

 スバルはラルトレアが指さす先、ジャージをまくると、腹部に打撲したのか、紫に変色しているが、そこに赤い横線が引かれているのだ。

 

 

「やばい。やばいラルたんエミリアたん助けて」

 

 

 まず刃物特有の鋭利な痛みがこんにちはし、その直後――スバルのお腹が横にぱっくり割れた。ブッシャァアと血の噴水の出来上がりである。

 

 

「――スバル!?」

 

 

 自分の名前を呼ぶ女の子を聞きながら、スバルの意識は切れていった。そうして、スバルの長かった一日がようやく終わったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 




第一章、完

疲れたお……
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