食戟のソーマ×ジョジョの奇妙な冒険~Sugar Soul~   作:hirosnow

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ブリング・ミー・トゥー・ライフ その3~マカロン・パリジャン~

 薙切えりなのスタンド、「フィフス・ハーモニー」。

 その能力の一つが、「その料理が美味かどうか?」を判定することだった。

 発動条件は、えりな自身が料理を口に入れること。舌で味わうこと。その料理に「至らない点」があれば、その「至らない点」の数の分、体感的な「重さ」となって、調理人へフィードバックされる。

 ただし、野菜や果物を無加工の状態で口にした場合、生産者にスタンドの効果が及ぶことはない。あくまでも、食材が加工、つまり、調理されている場合にスタンド能力が発言する。

 「重さ」が返ってきた料理人は、スタンドのことを知ることはなくとも、どこが欠点や瑕疵があるのかを明確に知覚することになる。

 えりな自身に超人的な味覚があって、この能力は初めて有効たるものであり、この能力を持って、料理店から味見役、指南役のオファーを未成年でありながら、請け負ってきたのである。

 えりなは、「第一の能力・リフレクション」と呼んでいた。

 

 

「これは、マカロン。マカロン・パリジャンね」

 透明なガラスの器の中のお菓子を見て、えりなは言い放った。マカロンはイタリアを発祥とされ、それがフランスに広まったと言われている。日本で主に食させるものは、「パリ風のマカロン(マカロン・パリジャン)」と呼ばれる種類だ。

柔らかいマカロン(マカロン・ムー)と言うのが、正しい名称だけどね」

 理莉香が説明を加えた。

 えりなは、細くて長い、白い指で、マカロンを一つ、摘まみあげる。表面はツルンと光沢があり、生地の下部が膨んでいる。

「へえ、(ピエ)が綺麗に出来ているのね」

 えりなは、賞賛の言葉を口にした。

「フィリングは、シンプルなバタークリームかしら?」

「卵が課題だからね。バリエーションは作らないで、プレーンだけで勝負しようと思ったんだ」

「では、いただこうかしら」

 えりなは、形のよく、白い前歯で、マカロンに歯を立てた。瞼を閉じて、咀嚼する。

 

「緋紗子」

「は、はい」

 突然、名前を呼ばれた。

「あなたもいただいたら、どうかしら?それから、そこのあなたも」

 えりながら指で指し示した方角には、失意に打ちひしがれている二階堂がいた。

「ぼ、僕ですかァ?」

 二階堂、緋紗子の準に器の中のマカロンを銘々に手にとって、口に運ぶ。

 

 カリッ__。

 生地の表面には歯ごたえがあるが、中はしっとりと柔らかく、口の中でホロホロと崩れていく。

 

 次に口の中に広がるのは、フィリング__バタークリームの濃厚な風味だ。

 

 アーモンドの香ばしさ、粉糖の甘さ、卵黄とバターの濃厚さ。一口で食べ切れてしまうほど小さなサイズだが、口に入れるとこれらが渾然一体になって、押し寄せてくる。

「う…も、もう、一つ…」

 口の中に先程まで広がっていた余韻が消えると、無性に、また、それが欲しくなってきた。だから、半ば無意識に手を伸ばす。

「お、美味しい…」

 これも無意識の発言だ。今度は一口目よりも、冷静にこのマカロンを味わうことができた。生地の固さと食感が絶妙だ。

 緋紗子自身、マカロンを食すのは初めてではないが、肯定的な感想を持ったことはない。まるで、砂糖の塊を()むような感触だったり、或いは、歯に引っ付くような感覚だったり、美味しいと感じられなかったからだ。

 しかし、理莉香の作った、その一品は緋紗子のそれまでの価値観を変えた。さらに、もう一個、手を伸ばして、食べたところで、自身の行動を「はしたない」と思って、赤面した。

「ンまぁ~い!!」

 いや__お坊っちゃんの外面もプライドもかなぐり捨てて、がっついている二階堂を見て、「これよりはマシだろう」と考えることにした。

 

 

「えりな様」

 緋紗子は自身が仕える主に意見を求めた。

「そうね。このマカロンには、特筆するほど目新しい工夫やアイディアが凝らされているわけではないわね」

 このとき、理莉香はカチンとして、表情筋を微かに強張らせた。

「けれども、その焼き方は非の打ち所がないわ。最上の仕上がり、いい仕事をしたと言えるわね」

 えりなの評価は上々のようだ。

「それに、挟んであるバタークリームだけど、アングレーズタイプにしたのね?」

「まあね。一番、口溶けがいい」

 バタークリームには、大別して三つの種類がある。

 一つは、イタリアンメレンゲタイプ。卵白でメレンゲを作り、そこに熱いシロップを加える、ふんわりとした軽い味わいが特徴だ。

 次に、パータポンプタイプ。卵白は使わず、泡立てた卵黄に熱したシロップを混ぜて作る。濃厚でバターの香りを最も感じられる。

 最後がアングレーズタイプ。卵黄のコクに牛乳が加わり、バターの風味が引き立てられる。理莉香が言及したように、三つの中で、最も口溶けがよい。

「鍋に牛乳とバニラビーンズを入れて火に掛けたら、卵黄とグラニュー糖を泡立てておく。そいつに温められた牛乳を加え、もう一度、鍋に入れて煮詰めるんだ。卵が固まるといけないから、絶えず混ぜ続ける。根気がいるんだよね」

「それに、バターも、その場で作ったわね?」

「ご明察。バーテンダーみたいに、シェイクするだけで、特別なことはしてないけどね」

 緋紗子はえりなと理莉香の会話を聞いて、軽い戦慄を覚えた。

 特別なことや工夫をしていないだって?

 否。調理の作業手順の一つ一つが、最高の一手で、プロの仕事だ。

「文句なしと言いたいところだけど、でも、()()()()()()()()()()

 えりなのスタンドから、パワーアンクルが射出され、理莉香の右の足首に嵌まった。

「お?」

 えりなによって、何らかのスタンド能力の影響を受けたと感じた。

「貴女も気づいているでしょう」

「まあね。焼いた後、冷蔵庫で休ませるべきだ。生地とクリームが馴染むからね。で、あたしは不合格になるわけ?」

 えりなは、首を横に振った。

「いいえ。時間の制約がある以上、致しかないことでしょう。いずれにせよ、貴女は、私の設けた基準点は超えていますから、合格と捉えて結構です」

「そりゃよかった。わざわざM県から出てきたんだ。新幹線の代金が無駄にならなくてよかった」

「早合点はしないで下さいね。筆記試験の結果も加味して、合否の判定が出ますので。正式な結果は、後日郵便で届く書面にて確認して下さい」

 えりなは、緋紗子を連れて、調理実習室を出て行った。聞くところによると、彼女には、これから予定が詰まっているということだった。

 

 

 西園和音から、試験が終了したことを告げられ、その場で解散する旨の指示が与えられた。だが、理莉香には、悶々とした思いが胸に(くすぶ)っていた。

「クソッ!あいつの舌を唸らせることができなかった…」

 理莉香は、それが今の自分の実力なのだと、受け入れることにした。

「まあ、いいじゃない?」

 横から聞こえる声は二階堂のものだ。

「僕なんか、『不味いわよ』って、罵倒されたんだよ」

 震える声で彼は語った。

「でも、君のマカロン、最高だよ。さっき味見したんだけどさ、そしたら、なんていうの、来年もここの編入学を受けてやろうって思ったんだ。僕は必ず、受かってみせる。そして、あの、神の舌で、もう一度、罵倒して貰うんだ!!」

 何、こいつ!? 理莉香は冷たい視線を送った。

「ところで、マカロン、残ってないかな?一度、食べたら、病み付きになってしまって」

「いや、ないよ。さっき、作ったもので全部」

「ええ?残年だなァ」

「余った時間で、作ったパウンドケーキがあるけど、食べる?マカロンが失敗したときの保険だけど」

「食べるよ、食べるさ。んんーーーッ?これは、餡子?晒し餡かな?抹茶も使ってある。和風のケーキか…」

 二階堂は、フォークで一口分を切り分けると、早速、口に運び、これを咀嚼する。

 すると__二階堂の目の前に、今まで見たことのない光景が広がってきた。

 

 

 えりなは緋紗子とともに車に乗って、移動をしていた。目的の場所は、都内にあるスペイン料理の店だった。新しいシェフが就任し、オーナーからシェフの新メニューを味見を依頼されたのだ。

 しかし、えりなは妙な違和感を感じていた。それは、隣の緋紗子からだった。どうも気分が上機嫌で、こころなしか、肌が潤い、ツヤツヤしている。

「なんだか、あの後、妙に充実した気力がみなぎっているんですよね」

 えりなの脳裏をある仮説がよぎる。スタンド能力の影響だろうか__と。そうすると、理莉香は、自分と同じスタンド能力の持ち主ということになる。

「上手くは言えないのですが、彼女のマカロンを食べた途端、体中が、こう、フワーーーッと、癒しと安らぎで、満たさせるような感覚になって、今は、頭の中がスッキリした感じです」

 えりなは、断定するには尚早だと考えた。緋紗子の話も、脳のエネルギーが不足したところを、糖分で補給したことを、やや過剰気味な脚色が付けられたと解釈ができる。

 それでも、えりなには、理莉香の存在が気になった。彼女には、才能がある。えりなの直感によれば、理莉香は製菓職人(パティシエール)だ。

 4月になれば、彼女は(April come she will)、きっと、この遠月学園へやって来るだろう。えりなには、確信にも似た思いがあった。

 

 

 その頃、理莉香は、泡を吹いて、その場に昏倒した二階堂を見て、「あー、やっちまったな」と、一言呟いた。苛立ち、憤怒、そんな負の感情に囚われて、集中力を欠いた状態で作ったお菓子は、とてつもなく不味い。

「ねえ。どんな風に不味いのか、薙切えりな風に解説してみてよ」

 理莉香の問いに対して、息も絶え絶えに二階堂は答えてくれた。

「綺麗なお姉さんだと思ってナンパしたら、オカマのお姉さん(お兄さん)で、無理やりに初めてのキスを奪われて、舌まで入れられた、そんな味がするのよォオオオオオ!!」

 律儀にえりなの口真似まで似せて、二階堂は意識を手放した。

「わかったよ、二階堂 圭明!!『言葉』でなく『心』で理解できた!」

 こうして、遠月学園中等部の三年次への編入学試験は、波乱のまま、幕を閉じた。

 

 後日、杜王町にある理莉香の自宅へ合格通知の入った一通の郵便が届いた。

 

二階堂(にかいどう) 圭明(よしあき)不合格(リタイア)

 

←To Be Continued




スタンド名:フィフス・ハーモニー
本体:薙切(なきり)えりな
【破壊力-E/スピード-D/ 射程距離-D/持続力-A/精密動作性-B/成長性-A】
 人型、近距離タイプのスタンド。本体であるえりなの味覚に反応して出現する。(口に何も含まない状態では、発動しない。)
◆第一の能力・リフレクション
 口にした料理の欠点や瑕疵があった場合、料理人に対して、体感的な「重さ」としてフィードバックする能力。「重さ」はパワーリストやパワーアンクルの形をとって、手足に装着される。非スタンド使いには、肉体疲労の一種に感じられる。このとき、自分の料理の欠点を明確に知覚することになり、えりなの味覚を部分的に共有することになる。
 能力の解除条件は、欠点を克服した料理を完成させることである。えりなが任意解除、または、期限を定めることも可能。
 元々は、えりな自身が自分の料理の出来を判断するために用いていたが、料理店から味見役、指南役のオファーを受けるときにもこの能力を使用している。

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