Muv-Luv ユウヤ・ブリッジスの第二な人生 作:nasigorenn
かれこれこの世界に来てからざっと一週間くらいが経った。
最初の頃は色々と戸惑ったもんだが、慣れてくれば寧ろそれが普通だと思えるくらいに馴染んだよ。
よくよく考えれば、BETAがいなくて軍隊に入隊せずにいたとすれば、こんな感じになるのだろう。
そうそう、気になって図書館に行ってこの世界の歴史について簡単にだが調べてきた。
少しの誤差はあるが、基本歴史はほぼ同じ。戦争中にBETAの糞共が侵略してきたところから一気に変わってるみたいだ。
戦争についてはかなり続いたようだが、人間同士の戦争ってのは別の意味で健全だ。だから痛み分けやら何やらで冷戦やら何やらが起きたりして、今現在の平和な世界が出来上がった寸法らしい。あの糞共と違い利害関係ってものがあるだけ、まだ人間同士ってのはお利口らしい。
そんな黒々としたもんが未だに世の中蔓延っているもんだが、そいつが一般市民を巻き込むのは早々にない。衛士の本分に政治を巻き込むなってのはあの時痛いほど良くわかったが、こっちじゃそんなこともないから気楽なもんさ。
そんなわけであっちとこっちの違いを改めて知った俺は、だからといって驚くようなことも無くこの生活を満喫することにした。
いや、確かに向こうに戻りたいって気持ちはある。仲間のことも気になるしな。
でも、こっちの世界でも既に皆大切に思えちまうんだ。一週間もすれば完全に決別なんて無理だと心底思ったね。
それぐらいこの世界は楽しくて幸せだ。
それに言っちまえばアレなんだが、あの戦いの時に俺はもう死んだようなもんだ。あれから起死回生が思いつくこともないし、既に死ぬことは受け入れていた。
だから降って湧いたようなこの奇跡を満喫することは決して悪いことではない。
二度目の人生のようなものだ。今度は今度で思うがままに生きてみるのもいいんじゃねぇかって、そう思うんだ。
「んじゃ次の英文を訳してみろ、唯依」
「はい。ん~~~~~と………」
教本に書いてある英文を見てああでもないこうでもないと悩む唯依。
そんな彼女がいる場所は何やらこの家では少しばかり浮いている部屋だ。部屋の壁紙は淡い黄色で全体的に明るく和室では無く洋室。ベットに勉強机、そしてそれらを彩る妙にデフォルメされたぬいぐるみ達。壁に掛けられた学校の制服と机に掛けられたバック。全てが初めて見たものであり、それでもこの部屋が女の子の部屋だということを強く意識させられる。
そう、ここは彼女の自室だ。
生まれて初めて女性の自室に入った気がする。いや、軍の寄宿舎の部屋に入ったことはあるが、ああいう部屋は基本的に無駄が少ないようにしてるからなぁ。こうも女の子らしいというのは本当に初めてだ。
そんな自室にて、俺は彼女の家に下宿させてもらっているお礼と言うわけじゃないんだがこうして唯依に勉強を教えているわけだ。
ちなみに教えてる教科は英語。
仮にもアメリカ人でもあるからな。英語は共通語ってこともあるからまず間違えることもない。そして唯依は英語がかなり苦手なんだとさ。
だから俺の教えは打って付けってわけだ。
というわけで勉強机に肩が触れあうくらい近い距離で唯依にこうして英語を教えている。
明らかに近すぎるんだが、そう言うと何故か唯依の奴、
『そんなこと、ないです!』
って顔をかなり近づけて言うんだよ。
あの迫力ときたら、マジで怖かった。どれぐらい怖いかと言えば、向こうでアイツに殺気を向けられて殺され掛けた時並みに怖い。
だから思わず頷いちまった。いや、それをNOとは絶対に言えないだろ、あの状況で。
それが例え触れあう肩の感触が柔らかかったり、たぶんアイツが使ってるシャンプーの香りなんだろうが、そいつが薫ってきたりしてもだ。
しかもアイツの私服、やけに露出が派手だったりするんだよなぁ。
いや、露出狂ってわけじゃないんだが、スカートが短めだったり肩が出てたりしたデザインの服だったりとか、な。
年相応のおしゃれなんだが、それが更に似合っているもんだから見ていてドキドキしてくる。
え、年の割に何言ってるんだって?
そう言うけどよぉ、唯依がそんな可愛い格好してるんだぞ? 無茶言うなよ。
向こうじゃアイツのの私服姿なんて見れなかったからなぁ。
そんな状態でも何とか冷静なふりをして何とか教えることに集中する。
「『サムとケティは公園のベンチで抱き合っていた』………ず、随分と派手なことをするんですね、海外の人は………」
先程の英文の訳をした唯依は顔を赤らめながら俺の方を上目遣いでチラチラと見つめてきた。
おい、例文に出てくる二人がアメリカ人だからってアメリカ人なら皆そうなんじゃないかって思うなよ。
「おい、翻訳間違ってるぞ。ペットの犬の事が抜けているだろうが。ここの答えは『サムは公園でケティのペットの犬を抱きしめた』だ。意味がまったく違う」
「あぅ~……」
注意されて恥ずかしそうにする唯依。そりゃあんな訳をすれば恥ずかしくもなる。しかも間違えてだからなぁ。
その後も英文の翻訳を言うのだが、まぁなんだ………ケアレスミスが多かった。
仕方ないんで次は発音のチェックでもするか。
「んじゃ次はこの単語を言ってみろ」
適当に単語を選び唯依に言わせる。
そして発音を聞くのだが、少しばかり違う。
「違う。そこの発音はもっとしたを尖らせて」
「こ、こうですか……」
顔が赤いまま何とか発音する唯依。
少しはマシになったかな。そう思っていると、何やら唯依は顔を真っ赤にして瞳を潤ませながら上目遣いで俺を見つめてきた。
「そ、その……なんだか………キス、するみたいですね……この単語……」
そう言われて気がついたが、顔だってかなり近い。そんな距離で単語の唇の動きだけ見ると、言われているのに近い感じには確かになる。
俺の目に前には唯依の艶やかな唇があった。みずみずしく、それでいて艶気を感じさせるそれは何やら妖しい。
互いに見つめ合える距離でそう言われ、意識しないわけが無くて俺は顔が熱くなるのを感じていく。
熱い…………熱くて気恥ずかしくて、どうにも唯依と目を合わせられない。
それは向こうも同じらしい。
互いに気恥ずかしさを感じたまま、この日の家庭教師は終わった。
(ぶ、ブリッジスさんも顔真っ赤だったし、決して無反応じゃないはず! それに………真っ赤な顔で目をそらすブリッジスさん……可愛いなぁ……)