Muv-Luv ユウヤ・ブリッジスの第二な人生 作:nasigorenn
まさか二人がああも激突するとは思ってもみなかった。
確かにお互いプライドが高いところがあるのは向こうでも知っていたが、向こうでは二人ともここまで互いに威圧し合っていることもなかったからなぁ。
あれから本当に大変だった。
俺のこれまで人生に於いて、自分から喧嘩をすることはあっても他人の、それも女同士の喧嘩を仲裁することなんてなかった。
だからどうすれば良いのかなんてわからず、互いに俺の腕に密着し合い相手を諦めさせようとする二人の言葉に耳を傾ける。
「私はこの後ブリッジスさんに本場の英語を教えてもらうんです! 二人っきりでみっちりと、互いに肩が触れあうくらい近い距離で、一緒に教科書を見ながら手とり足取り教えてもらうんです! だから大学の『ただのお友達』はお帰りください!」
「そうはいかない! さっきから聞いていれば羨まし……けしからんことばかり言って! この恥知らずめ! そんなふしだらでスケベな女なんかとブリッジスを一緒にいさせるわけにはいかない! やはりブリッジスは私と一緒にこれからカフェに……いや、この際酒を交えにいくべきだ。そこでこれまで不憫だった彼の愚痴を聞いてその苦労を労ってやる! だからその家庭教師の仕事は今日はキャンセルだ!」
互いにいがみ合いながら言い合う二人。
言葉だけ聞けば仲が悪そうなものだが、互いに俺の腕を引っ張って密着しているあたり、似た行動をしているのだから案外悪くないんじゃないか、仲?
それに出来れば離れて欲しい。大きく柔らかいのが両腕にむにむにと当たるし、男とは違う甘い、それでいて少し違う良い香りが薫ってくる。
その二つだけで俺の心臓に実に良くない。え? 年甲斐もなくドキドキするなって?
俺だって一応男で性欲だってあるんだ。するなってのは無理な相談だろ。
「そっちこそ何言ってるんですか! どう聞いてもその後、その……ごにょごにょでご休憩みたいな流れじゃないですか! 何がふしだらだのスケベだの……それは貴女のことじゃないですか! 私とブリッジスさんはそんないかがわしい関係なんかじゃありません! もっと清らかで綺麗な、それでいて純粋な間柄なんです。それに何より親公認の仲なんですよ! ブリッジスさんのご両親からも、『息子のことをよろしくお願いします。出来れば孫は早いほうが良いかなぁ』って言われてるんですから!」
顔を真っ赤にして必死にそう言う唯依。
ちょっと待て! 今聞き捨てならないことが聞こえたんだが? 俺の両親に頼まれているだと? おい、ママについてはまだわかるが、俺は親父とは会ったことも見たこともないんだぞ。向こうじゃママがそういう親父関係のものは殆ど残さなかったからなぁ。あったのは日本人形くらいなもんだった。
いったいどんな親父なんだ? 後で詳しく唯依に聞いてみよう。
「ふん、すぐにそういう方向に持ってきたがるのは言っている人間がそういう風にしたいからいうんだ。馬脚を現したな、この変態小娘め。私とブリッジスは最高のライバルであり、常に互いを高め合う友人なんだ。そこにそんな邪なことなど………ない」
「その間は何なんですか、その間は!」
「に、日本語は難しいから少し噛んだだけだ! 他意はない!」
追求されて顔を赤くしながら慌てて否定するクリスカ。
それでも納得いかないのか、唯依はクリスカを睨み付ける。
こいつら、いつになってもまったく決着が付かない。流石にこれ以上は時間が無駄になっちまうし、何より二人の喧嘩を見てニヤニヤしてるVGとヴィンセントがどうにもむかつく。絶対にろくなことは言わないだろうし、楽しんでる二人はさらにからかうだろう。
そうなったらたまったもんじゃない。
だから俺は二人の火花が散る間に入るかのように二人に声をかけた。
「そこまでだ、唯依、クリスカ! いい加減にしろ」
その言葉に体をビクッと震わせそれまでの言い合いを止める二人。二人ともそれまで見ていた互いの目を俺へと向ける。
そんな二人に俺は軽くため息を吐きつつ話しかける。
「こんなところで喧嘩しても仕方ないだろ。それに家庭教師の件は唯依の親に頼まれている正式な仕事だ、サボるわけにはいかない」
「ブリッジスさん…………!」
「ブリッジス……」
俺の言葉に感動するかのように目を輝かす唯依。クリスカは俺の言葉に落ち込んでいるらしい。
「とは言え唯依も妙に勘ぐりすぎだ。クリスカはそんな邪推はしない。失礼なことを言ったんだからちゃんと謝れ」
「ブリッジス…………!」
「ブリッジスさん…………」
今度は唯依が落ち込みクリスカが感激する。
落ち込んでいる時の二人はまるで怒られて落ち込んでいる犬のようだ。少しばかり可愛いと思っちまった。
そんなことを思いつつ、俺は二人に提案をする。
「今日は家庭教師があるから帰る。だけど明日は予定を開けるから、皆で一緒に飲みにいこうぜ。それで良いだろ」
その提案に不服そうにする二人。だが、これがちょうど良いだろう。
俺の提案に少し考えた後に、二人は仕方ないかと俺から離れた。
「ブリッジスさんを困らせるわけにはいきませんから、仕方なりません。今日はこれで勘弁します」
「困らせる気はなかった。すまない、ブリッジス」
二人はそう言って俺に謝る。
これでやっと終わったか………なんかもう、疲れた。
向こうじゃこんなことなかったからなぁ。これもまた、平和ならではの問題というやつなんだろうか?
そう思いつつ、俺は問題がこじれないようにこの場から離れることに。
クリスカはもちろんヴィンセント達にも帰ることを伝え、そして唯依と一緒に歩き出す。
俺の隣を歩く唯依はどこか申し訳なさそうに俯いていた。
「どうしたんだよ、唯依? 元気がないようだけど」
そう問いかけると、唯依は俯いたまま答えた。
「すみませんでした、ブリッジスさん。困らせる気はなかったんです。ただ、その………ブリッジスさんがビャーチェノワさんの方に行ってしまうんじゃないかって思ってしまって………」
そう言いながら落ち込む唯依。
そんな唯依に俺は軽くため息を吐くと、その頭を優しく撫でる。
「別に俺はどこにも行かないって…………もう離れたくないしな………」
後半は小さく呟くだけだから聞こえないだろうが、それでもそう伝えると唯依は顔を赤らめながらあげた。
そして俺の手をちょこんと掴む。
「その………家に着くまで握っていても……良いですか?」
上目遣いに赤らめた顔でのお願い。その年相応のお願いは可愛くて、俺はそれを素直に聞くことにする
「あぁ、いいよ」
「はい、ありがとうございます!」
俺の許可を得て、唯依は本当に嬉しそうに言うと、俺の隣に立ちながら一緒に歩いて行った。別になんとないことだが、それでも唯依は顔を赤らめつつも幸せそうだ。
そして、繋いだ手はとても柔らかくすべすべしていて、確かな女を感じさせた。
そうして俺は下宿先まで一緒に帰った。