ハイスクールD×D イマジナリーフレンド 作:SINSOU
まるで万力で締め上げられるような痛みが頭を襲う。
視界が歪み、足元がふらつき、自分が今どこを歩いているのかすら曖昧だ。
考えることさえも、頭の痛みで苛まれる。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
キリキリと痛む頭に手を当てながら、私は校舎の廊下を歩く。
目指すはギャスパー君がいるオカルト研究部。新校舎からは遠いけれど、今の私はそこが避難場所に思えた。
あの時、怒りに任せ、『友達』を使ってあいつをねじ伏せようとした。
もしもリアスさんが止めなかったら、私はあのまま『友達』の手を振り下ろしていただろう。
兵藤一誠からの問い詰めと、リアスさんの瞳から見えてしまった怯えの色、そして周りからの視線。それに私は耐えきれなかった。だから逃げ出した。
取りあえず、落ち着くまでギャスパー君と一緒にいよう。でも、落ち着いたらどうしよう?もう、あそこには戻りたくない。私が耐えられないから。
そう思う一方で、私はしなければならないことをする。
「ごめんなさい」
私は『友達』に謝る。
私を守ってくる『友達』なのに、私は『友達』を私情で使おうとした。木場さんと塔城さんの前で、人を傷つける為に『友達』を使いたくないと言っておいて。
「ごめんなさい」
私は『友達』に謝る。そうしないと私の心が壊れそうになるから。
でも『友達』からの返答はない。怒っているのか、それとも許しているのか、それすらも判らない。
未だ足元がふらつきながらも私は進む。片方の手を壁にもたれているから、ふらついて倒れることはないだろう。
それにしても、今の私は変だ。さっきからどうして頭が痛むんだろう?苦しいのだろう?こんなことは今までなかったはずなのに。
そもそも、私は人を傷つけるのが好きじゃなかったはずなのに。どうしてあいつを・・・。
そんな考えが頭を掻き乱す中、私の耳に、私の名を呼ぶ声が聞こえた。その声が、酷く頭に響く。
「夢殿さん!」
振り返れば、木場さんと塔城さんが私の元へと駆け寄ってきた。
私の有様に二人は驚いた後、一緒にオカルト研究部まで付いて来てくれることになった。
二人は私を支える様に歩いてくれることに、私は感謝した。
「夢殿さん、一体どうしたんだい?」
「どうしたって、何のことですか?」
「とぼけないでください。今のことな先輩の姿を見て、何にもないわけないじゃないですか」
塔城さんの言葉に、私は平気なように笑う。でも、塔城さんの顔は変わらない。
「今のことな先輩はおかしいです。足元だってフラフラじゃないですか」
「大丈夫だから、少し気分が悪くなってるだけだから。少し休んだら、きっと元に戻るから」
「嘘だね」
私の言葉に、さっきから黙っていた木場さんが答えた。顔を向ければ、木場さんの顔が苦笑していた。
「夢殿さん、分かって言ってると思うけど、どう見たって大丈夫じゃないよ。顔色は悪いし、身体だって震えてる。足元もおぼつかないみたいだし、どう考えたってまともじゃない。それなのに、大丈夫なんて言うのはちょっと悲しいかな」
「それは、どういうことですか?」
木場さんの言葉が、私には分からない。木場さんは何を言いたいんだろう?
「夢殿さんは、僕たちを頼るのは嫌いなのかな?」
その言葉に、私は言葉を失った。
「夢殿さんは、今でも僕たちと距離を取ってると思うんだ。契約活動の手伝いもしてくれるし、時には差し入れもしてくれる。夢殿さんのおかげで、部長も僕たちも助かってる。夢殿さんは僕たちに対して、本当に大切な人だよ。でも、夢殿さんからは、僕たちにあまり頼みごとをしないよね?」
「それは・・・」
木場さんの言葉に、私は言葉を返せずに口籠る。
「気付いてないと思うけど、夢殿さんは凄いと思うよ。学校の手伝いだけじゃなく、僕たちの手伝いもしてくれる。気付いたら何でもやってしまう。でもね、夢殿さんだって僕たちに頼っても良いと思うんだ。辛いことも大変なことも、一人で抱え込む必要はないと思う。もし何か困っていたら、僕たちに頼って欲しい。僕たちだって、君の力になりたいんだから」
「そうです。私たちだって、ことな先輩の力になりたいんです」
木場さんと塔城さんの言葉に、私は心が軽くなった気がした。舞ちゃんだって、桐生ちゃんだって言っていた。治私は一人で抱え込んでるタイプだって。誰かに頼っても良いんじゃないの?と。
そうかもしれない。今でも私は、悪魔も天使も堕天使にも、あまり良い感情はない。でも、木場さんや塔城さん達と一緒にいて、一括りにするのは間違いだと思えた。嫌な人もいるし、良い人もいる。それだけのことなのかもしれない。だったら私は、私の周りの人を信じようと思う。
「木場さん、塔城さん・・・ありがとう、ございます」
私は二人のお礼を言う。それは私の本当の気持ち。二人のおかげで、私は凝り固まっていた疑心がほどけた気がする。
「どういたしまして。少しは頼ってくれないと、お礼が返せないからね」
「そうです。恩の借りっぱなしは、私たちも嫌ですから」
「じゃあ、今までの恩をまとめて返して貰いますから、覚悟してくださいね」
そんな言葉を交わしていると、オカルト研究室が見えてきた。まだ少し遠いけれど、部室から光が漏れている。
何やら音が聞こえているけど、ギャスパー君が何かしているのかな?
「「!」」
すると、木場さんと塔城さんの雰囲気が変わった。柔和だった顔が、氷のように鋭くなった。
「小猫ちゃん、夢殿さんをお願い。ギャスパー君の他に誰かいる」
「分かりました」
「え?」
二人の会話に私は頭が追いつかない。ギャスパー君の他に誰かいる?でもここは私たち以外にいるわけない・・・
「夢殿さんは小猫ちゃんとここで待っていて。どうも様子がおか・・・」
その言葉を聞き終える前に、私の意識は『止まった』。
目の前に見えたのは、真っ赤に染まった廊下だった。旧校舎特有の木造の廊下や壁、汚れた窓も、赤色が飛び散っていた。そして異質だったのが、さっきまでいなかったのに、何やら変な服を着た人たちが廊下に倒れていたこと。彼らの身体は、まるで何かに斬られたような傷跡が見え、そこから真っ赤な液体が溢れていた。多分、目の前を真っ赤に染めているのもこれなのだろう。
そんなことを思っていると、何やら爆発音が聞こえ、ビリビリと窓ガラスが震えた。音の方へを顔を向けると、窓から覗く景色もまた異常だった。だって、校庭の地面が抉れているし、校庭に植えられている木々は真っ赤に燃えている。沢山の天使悪魔、堕天使、そして廊下に倒れているのと同じ格好の人たちが倒れているのだから。いや、むしろ積み上がっていた。
なにこれ?
私の頭が理解できない。さっきまで一緒に木場さんと塔城さんと話していたのに、気付いたらこうなっていた。気付けば見慣れない景色に変わっていた。舞ちゃんの読んでいるファンタジー作品のような光景だ。おかしいな、いつの間に私は、異世界に迷い込んだんだろうか?そんなことを考えていると、不意に声をかけられ、身体を揺さぶられた。
「ことな先輩!大丈夫ですか!?」
くるりと声の方に目を向けると、塔城さんがいた。でも、なんで塔城さんも真っ赤なのかな?
「塔城さん?」
「良かった、気が付いたみたいですね。ことな先輩、ここは危険です。早く会議室まで戻りましょう」
「え?」
危険?何を言っているだろうか。塔城さんの言葉がよく解らない。だって、私たちはギャスパー君のいるオカルト研究部に行って、休むはずでしょう?なのに、なんで危険なんだろうか?
「小猫ちゃん、夢殿さんは!?」
「大丈夫です、気が付いたみたいですから」
呆けていると、隣にいた筈の木場さんが、何故か前から走ってきた。不思議なことに、身体中が傷だらけで、手に魔剣を握りしめて。
「木場さん?どうしてそんな恰好・・・」
「説明は後で。今は安全のためにも、早く会議室に戻ろう。動ける?」
私を強引に立たせると、木場さんは私の手を引いて、来た道を戻り始める。
「あの、何か起きたんですか?」
事情を呑みこんでいない私は、何が起きたのか尋ねた。なぜか二人とも深刻そうな顔をするけど、私には解らない。中と外の光景といい、何が起きているんだろうか?
「襲撃です」
「はい?」
塔城さんの言葉がうまくつかめない。襲撃?なんですかそれは。私の頭は大混乱です。
「部長と一誠君の話からだと、どうやらこの会談をよく思っていない勢力が襲ってきたみたいなんだ。それでギャスパー君の力を使って、無理やりにここ一帯の時間を停止させたんだ。僕や一誠君等は逃れたんだけど、夢殿さんと小猫ちゃんはそれを受けてしまってね。でも部長と一誠君のおかげで、無事ギャスパー君を救出できた。だから時間停止も解けたんだよ」
「時間が止まっていた間、祐斗先輩は私たちを守ろうとして、敵の魔法使いたちに防戦だったんです。そのせいで木場さんが怪我を・・・」
木場さんの姿を見れば、それは一目瞭然だ。本人は何ともないみたいだけど、制服が所々傷がついている。
「木場さん、その傷は・・・」
「大丈夫。これくらいの傷は平気さ。っと、お喋りしている暇はないよ。今は、ともかく会議室に戻ろう」
木場さんに手を引かれている中で、私の頭は情報の濁流にのまれていた。何もかもが解らない。会談から逃げ出して、木場さんと塔城さんと話して、気付いたら目の前が真っ赤で、和平を阻止する勢力から襲撃されてる?何ですかそれは?
混乱する中、私は校庭から聞こえてきた声を耳にした。
「俺は永遠に戦えるならそれでいい。それが俺の願いだ」
「ヴァーリ、俺は『強くなれ』と言ったが、『世界を滅ぼす原因を作るな』とも言ったはずだ」
「関係ない。俺は強くなるためなら、他がどうなろうと知ったことじゃない。そのために世界が滅びかけようと、それもまた面白いじゃないか」
「愚かですねアザゼル。用意周到な貴方が、危険である白龍皇を放置するとは。その結果がこれです。彼のおかげで、ここまで上手く行ったのですから。吸血鬼を奪還されたのは想定外でしたが、オーフィスの力を得た私が、貴方に負けるはずがない!貴方をここで始末し、サーゼクスやミカエルたちも後を追わせます」
「は!言ってろ。俺はともかく、サーゼクスやミカエルはお前よりも優秀だ。そんな姿になっても、あいつらに勝てるとは思えないがな」
「良いでしょう。この町諸共、貴方をここで殺します!」
その言葉に、私は足を止めた。
「夢殿さん?」
「ことな先輩?」
二人の声が聞こえるが、今の私にはどうでも良かった。今の会話で、私はその言葉が聞こえてしまった。
『この町諸共、ここで殺す』
その言葉だけは、その言葉だけは耳から離れない。
真っ赤な血に染まった廊下、燃え盛る校庭、積み上げられた死体、傷だらけの友達エトセトラエトセトラ。
そして、この町ごと殺すという言葉。
『一緒に行こう』