FRAME ARMS:RESEMBLE INFINITE STORATOS 作:ディニクティス提督(旧紅椿の芽)
ゴミの山の中で一生を終えかけていた弟を引きずり出した私は、空気がきれいな縁側に連れて行って、呼吸を整えさせていた。幸いにも命に別状はなさそうだが、あれほど劣悪な環境にいたんじゃ身が持たないと思うよ。
「ふぃ〜…………あー、死ぬかと思った。ありがと、一夏姉」
「別に大した事はしてないんだけどなぁ…………まぁ、あんなところで死なれなくて良かったよ」
現在深呼吸をして外の空気を吸っているのが私の弟である織斑秋十だ。戸籍上は違う事になっているけど、それでも私の事を家族として受け入れてくれている。なお性格はお人好しな上に、無意識の内に女の子を落としているそうだ。少なくとも、小学校の時は完全に落としていたのが両手の指で数えられないくらいいた。おまけに本人は超がつくほど鈍感だからね。その行為に全く気付かないのだ。姉として先が思いやられるよ。
「全く…………せっかく一夏姉が帰ってきたのに…………なんかごめん」
「謝らなくていいんだけど…………とりあえず、何があったの?」
私が秋十にそう問いかけると、何故か私から目を逸らした。…………何か後ろめたいことでもあるのだろうか? 心なしか汗をかいているようにも思える。てか、めちゃくちゃ冷や汗かいてない?
「そ、その、一夏姉」
「なに?」
「これは非常に由々しき問題だ…………なにが起きても、冷静でいてくれるか…………?」
「だから、なにが起きた——」
「——千冬姉が掃除をしようとした」
…………あれ? 私の耳が変になったのかな? 本来なら聞こえてはいけないものが聞こえたような気がするんだけど。
「…………ごめん、秋十。今なんて?」
「…………千冬姉が掃除をしようと、手をつけたんだ」
「うわぁぁぁぁぁっ!! 現実として受け入れたくないよぉぉぉぉぉっ!!」
聞きたくなかったし、信じたくなかった。なんで!? なんで手をつけちゃうのかな!? お姉ちゃん、自分が家事全般をすると大変な事になるって自覚してるのかな!? ただできないならまだ百歩譲って許せるけど、しようとした瞬間に被害が拡大してしまうってどういうこと!? 料理をしようとした暁には、バイオハザードになるか、大量破壊兵器が完成するか、リアルに未知との遭遇を果たすかとか、常識では考えられないことが発生するというのに!! …………まぁ、今回は掃除だから良かったけど…………って、全然良くない!! そのせいで現状ダストハザードと化しているんだから!! やっとの事で帰れて嬉しいはずなのに、帰ってきたらこんな戦場にも引けを取らない感じで惨状になっていて、思わず泣きたくなってしまった。
「なんでこうなるの!? なんとかしてこの状況を回避することはできなかったの!?」
嘆きとかそういうのが混じって、思わず秋十に八つ当たりしてしまいそうになった。秋十に当たるのはお門違いだってわかってるけど、こんなオチになるのは嫌だよ!
「…………その、俺が止めようとした時には既に…………」
「もうやだぁ…………ぐすん」
「一夏姉、泣かないでくれ…………」
弟に慰められる姉ってどうなんだろう…………? まぁ、一日ずれで秋十が産まれたからそう呼ばれてるだけで、実際双子の姉弟みたいなものなんだよね。それでも、ここまで姉の威厳がないと…………やっぱり私ってダメだなぁって思ってしまう。しかし、この現実から目そらしたいというのも事実であり、一番上の姉のせいだから尚更嫌になってくる。お姉ちゃん、無駄にやる気だけはあるから困る。あれだけ料理厳禁と掃除厳禁のお触れ書きを出しておいたというのに…………。
「と、とりあえず俺たちで掃除するとしようぜ? 千冬姉はその最奥部にいるから引きずり出さないと…………」
「…………うん。でも、さすがにあの量を私達だけで捌き切るとなると日が暮れると思うんだけど…………」
一瞬館山基地のみんなか横須賀基地のみんなに応援でも頼もうかと思ったけど、懲罰休暇の身でそれは流石にできないし、身内のことがバレると色々面倒だし…………何より身内の所為で自宅がダストハザード、もしくはゴミ屋敷になっていたなんて恥ずかしくて言えない。
「はぁ…………ちょっと弾のところにでも行って応援でも頼んでくるわ。多分彼処にならそれなりに人が集まってるだろうしさ」
「え? ケータイで呼べばいいんじゃないの?」
「…………俺のケータイ、あのゴミの奥」
「…………ごめん」
秋十はかなり落ち込んだ様子で弾君達がいる五反田食堂まで走って行った。まぁ、私が電話をしてもそれまでなんだけどさ、色々と説明もしなきゃいけないだろうしね。だって、名字の違う人が堂々とここにいるわけだし。それじゃ、私も片付けを始める準備をしますか。というわけで、裏の物置のところまで行って、その中に入る。幸い荷物の中には整備する時に着る作業用のツナギが入ってたからそれを使うことにしよう。制服が汚れるのだけは避けたいからね。着替え終わったら、今度は防塵マスクとゴーグルを装備して、と。こうでもしないとあの魔境に入る勇気なんてない。前なんてお姉ちゃんと束お姉ちゃんが起こした
「うぉーい、一夏姉! 弾達を連れてきたぞ!」
玄関の方から秋十の声が聞こえた。どうやら援軍は到着したみたい。じゃ、私も行かなきゃいけないね。玄関の前に行くと、弾君に蘭ちゃん、それに数馬君まで集まってくれていた。というか、みんなここに私がいる事に驚いているようだ。
「うん、ありがと。それじゃよろしくね、みんな」
「お、おう…………しかしな、なんで一夏が秋十といるんだ?」
「も、もしかしてお前らって…………」
「つ、付き合ってるんですか!?」
…………なんか論点がすごくずれているような気がする。まぁ、名字が違うわけだし、そうも思っちゃうか。それで、私が説明しようとしたんだけど、
「はぁ? 何言ってるんだ? 一夏姉は俺の姉だぞ」
「「「えぇぇぇぇぇっ!?」」」
秋十がそんな私の考えなどいざ知らずといった感じで、カミングアウトしやがりました。そのおかげでみんなあんぐりと口を開けて呆然としている。ただでさえ混沌としたこの家を前に、さらに混沌とした状況を生み出さないでくれるかなぁ…………?
「ちょ、ちょっと一夏! 秋十の言ってることってマジか!?」
「う、うん。そうだよ、今は紅城って名乗ってるけど、元は織斑だからね。中学に入る前、訳あって変えたんだ。まぁ、その訳は言えないけどね」
「…………なんか俺、凄くとんでもないこと聞いた気がする」
「…………お兄、私もそうなんだけど」
「…………ちなみに秋十、これ知ってるのって何人くらいいんの?」
「俺達と千冬姉くらいだな。あ、口外はするなよ、結構やばい話だから」
「「「りょ、了解…………」」」
まぁ、確かに無闇矢鱈に話は広めてほしくないけどさ、そんな脅しみたいなことする必要ある? こう見えて秋十も結構なシスコンだったりするから困る。私の家の一族にまともな人間はいないのかな…………そう本気で思ってしまった。
「それじゃ始めよっか」
「それはいいんだけどさ…………こんなに道具いるのか?」
そう言って弾君が指差した先には、掃除機にビニール袋にちりとりに竹ぼうきとたくさんの道具が載ったリヤカーがあった。おまけにみんな防塵マスクとゴーグルは装備している。これが最低限の装備だから、本当お姉ちゃんには家事をさせたくない。いちいちこんなことをしていたらこっちの身が持たないし、今回みたいに秋十が瀕死どころか天に召される可能性が高くなるからね。
「まぁ…………中を見たら理解すると思うよ」
「ふーん。でも、掃除にこれっているのか? 普通どころか絶対使わねえだろ、これは」
そう言って数馬君が取り出したのは氷結式の殺虫剤に木槌、そしてエアガンのショットガンだ。まぁ、普通どころか絶対にお世話にならないと思う道具達だけど、今回はもしかすると必要になる可能性が高いんだよね。
「それ、一番重要な装備だぞ…………一応一夏姉に預けておいてくれ」
「お、おう。ほら、一夏」
「うん、ありがと」
その道具を受け取った私は殺虫剤と木槌をツナギのホルスターに、ショットガンは肩からかけて背負うことにした。これで少しは安心できるかな? 万が一遭遇してもこれで葬れるし。というか、蘭ちゃん、なんでそんなそれ絶対必要みたいな顔してるの?
「じゃ、俺と一夏姉で先に中に入るから、蘭はその後ろを掃除機とかかけてくれ」
「はーい! わかりました、秋十さん!」
「あれ秋十? 俺らは?」
「お前らは交代でゴミ捨て。多分地獄のチキンレースになるぜ?」
「へいへい。そんじゃ、片方は中の手伝いってわけだな」
「そういうことになるね」
秋十のお陰で作業分担はかなり早く終わっていた。まぁ、普通に考えて私達が突入要員だよね…………いつもは後方支援なのに違和感があるよ。とはいえそんなことを言っていたら今夜は野営確定なのでさっさと終わらせるべく、再び玄関のドアを開けたのだった。中には相変わらずのゴミの山。埃漂う空気。あと、その辺の隅で何かが蠢いている。…………これを友人達に見せるのってかなり気がひけるなぁ…………。
「うわぁ…………前の時より酷くねえか?」
「…………これが人間のなせる業なのか?」
「…………そういえばあの時、お兄も数馬さんも結構あとの方に来たから、あの悲劇は知らないんだっけ」
確かにドン引きしているようだけど、前にもとかそんな言葉が聞こえてきた。ちょっと待って、もしかして——
「…………秋十?」
「…………実を言うと前にもこれより低いレベルだけど、グランド・カタストロフが…………」
はい、あとでお姉ちゃん見つけたらお仕置きすることが確定しました。一回程度ならまだギリギリ禁酒一ヶ月程度で許そうかなとか思ってたけど、二度目となったらもう許さない。禁酒に加えて、持ってるお酒の半分くらい燃料として使ってやる。
「フフフ…………じゃ、早く片付けてお姉ちゃんしばかなきゃ」
「い、イエス・マム!!」
というわけで掃除開始。まずは順当に手前のゴミ袋から手をつけて行って出していく。その受け取りを弾君がして、積み込みと最初の廃棄は数馬君がする事になった。で、少し開けてきた場所から掃除機と竹ぼうきで蘭ちゃんが綺麗にしてくれる。そういう作戦で行っていたんだけど…………
「…………減らないんだけど」
「…………一夏姉、思っても言わないで」
減る気配が見えない。既に弾君と数馬君が四往復してゴミ捨て場に持って行ったのに、減らないってどういうことだろう? それでもリビングに通じる道はなんとか確保したけど。どうやらリビングはドアが閉まっていたお陰でこの大災害の被害を受けなかったようだ。それだけがせめてもの救いだよ…………。
「これ今日中に終わるんですか…………?」
「終わらないとここで俺ら寝られないんだが…………」
終わらせるしかない、そうしないと本当に野営確定なんだから。なお、野営装備はない。愚痴もほどほどに作業を黙々と続けていた時だった。
「!? い、一夏さん…………今何かがそこを動いたような…………」
蘭ちゃんが何か動くものを見つけてしまったようだ。私と秋十は目線で会話をし、そのままその場所のゴミ袋を一つずつ撤去していく。今回も黒い彗星か古代生物か未知との遭遇になるんだろうなぁ…………前は何やら
そんな昔のこと考えながら作業をしていたら、とうとうそいつと邂逅してしまった。カサカサと蠢くそれは、小判みたいな形をしていて、節があって、触角がある——間違いない、三葉虫だこれ。本当だったら捕獲して博物館とかに持って行ったらいいと思うけど、おそらく黒い彗星がこの劣悪環境下において突然変異してしまったものだと思われるので、殺処分しなきゃいけない。
「秋十、スプレー」
「へーい」
秋十がホルスターに取り付けておいた殺虫剤を吹き付け、完全に凍結させたことを確認してからビニール袋に突っ込み、それごと木槌で叩いた。うまく凍ってくれたようで、見事木っ端微塵になった古代生物はゴミ袋と一緒に廃棄処分である。
「い、いったい今度は何が出たんですか? ま、また台所の黒い彗星ですか?」
「まぁ、もしかするとそれに近いかも…………この家は地球の歴史を遡るつもりかよ」
「…………前はウミサソリも出たもんね」
こんな感じに古代生物と邂逅しまくるせいで、いつの間にか結構な数を私も知るようになってしまった。今のところまだ小さいものがほとんどだけど…………これが本気で突然変異を起こして恐竜なんて出た暁には国防軍を呼ばなきゃいけない気がする。多分、私たちの手には負えない。
その後も
「ギャーッ! 奴だ! 黒い彗星が四匹出たぞ! 殺虫剤を貸してくれぇぇぇぇぇっ!!」
弾君が黒い彗星と出くわしたり、
「なんじゃこりゃぁぁぁぁっ!? エイリアンじゃないのか!? ショットガンをこっちに!!」
数馬君が
「…………なんかキノコが生えてますよ? どうやったら生えるんですか…………」
蘭ちゃんがゴミ袋から生える
「…………この家は魔境じゃねえのか? なんで
秋十が何やら小さい
「もうやだ…………なんでこんな暗黒物質ができるの…………」
私がその辺に転がっている形容しがたい何かを淡々とゴミ袋に詰め込んでいったりと、中々に混沌とした光景が繰り広げられていた。常識的な人なら三分と経たずに卒倒する環境にかれこれ二時間近くいても平気なあたり、相当私も常識が壊れてきたんだなぁって思えてくる。
「ふぅ…………これで最後だね」
目の前には今まで以上にうず高く積み上がったゴミ袋の山が出現した。この先はトイレだったはずだから、もうこのゴミ山と出会うことはない。つまり、これがラスボスというわけだ。…………はぁ、ここに来るまで本当にしんどかった。黒い彗星は出るし、古代生物は出るし、未知との遭遇も果たしちゃうし…………本当、お姉ちゃんは掃除をしただけなんだろうか? 実は科学実験でもしてたんじゃないの? まぁ、とにかく今はこの最後の壁を崩すだけだ。
「最後だけど、何が出るかわからないから、気を引き締めていくよ」
「「「「い、イエス・マム!」」」」
そして何故か軍隊式の返事をする秋十達。なんでこんな事になったのか私の方が知りたい。しかも全員が途中で拾った木刀、殺虫剤、ショットガン、竹ぼうきと重装備化している。まぁ、これなら次に何が出てきてもなんとかなるのかな?
というわけで、作業再開。とにかくゴミ袋を手当たり次第にとっては外に放り出していく。今のところ何も蠢く気配はないから、あとは普通の掃除をするだけだ。
「あぁー…………やっと掃除してるって感じがするぜ…………」
「こんなにも掃除が楽って、不思議な感じがしますね…………」
「…………前はこれより酷かったなんて言える…………?」
「…………普通に考えて言えねえだろ…………」
「もうごみ捨て場が満タンになったぞ!! どーすんだ、この残り!?」
かなり悲惨な声があちこちから聞こえるけど、私と秋十の間では呆れの声しか出なかった。というか待って、ごみ捨て場が満タンになったの!? あそこって道路の一角を丸ごと使った大きめのごみ捨て場だと思うんだけど!? …………ゴミ処理場の人、物凄い量のゴミが行くので頑張ってください。
そして、ようやく残り十袋くらいかなと思った時、人の手が出てきた。その光景に弾君達三人は軽く悲鳴をあげるが、私と秋十は呆れと嘆きのため息しか出てこない。ここに至るまで約三時間、まだ夕暮れにはなってないけど、午後の半分使ってようやくだ。さて、窒息死される前に回収するとしますか…………。
「秋十、そこのバカお姉ちゃんを引きずり出して、どっかにやっておいて。後は私達でやるから」
「へーい…………」
少々げんなりした雰囲気で秋十は出ている手を引っ張って本体を取り出した。無論出てきたのは気絶しているお姉ちゃん。ジャージを着て掃除しようとしたらしいけど、この惨状の爆心地に居たため、全身埃まみれで少々汚い。秋十によって引きずられていくお姉ちゃんの姿を見た三人は、『…………あぁ、またかぁ…………』と何か達観したような顔つきになっていた。…………本当、身内が迷惑をかけてごめん。
その後、残ったゴミ達は綺麗に片付き、結局、元の家の状態に戻るまで合計三時間半もかかってしまったのだった。
◇
「変なお化け屋敷より怖かったです…………」
「それは…………ごめん」
「でも、相変わらず貴重な体験になるわ、これ」
「そんじゃ俺たちは帰るからなー。お疲れさーん」
「おう。気をつけて帰れよ」
地獄の掃除を終えた後、三人は疲れ切った表情をして帰って行った。本当に心から申し訳ないと思う。貴重な体験とか弾君は言ってくれるけどさ…………あれ、貴重とか通り越して危険な事だからね? これがもし料理とかだったらバイオハザード確定だよ。というか、掃除をして未知の生命体を生み出す時点で色々とおかしい。そういう人を私達は家事の天災と呼ぶ。
「はぁ…………休暇の初日がこれとか先が思いやられるんだけど…………」
「一夏姉の頭から休むという概念が消えそうだな、こりゃ…………」
三人を見送った後、私達は揃ってため息をついた。うぅ…………久々にきた休暇だから、自宅で少しはゆっくりとできると思ったのに…………こんなオチってあるのかな…………? そんな事を思いながら、再び玄関をくぐり、リビングの方に向かった。
「な、なぁ秋十…………これを解いてくれないか?」
そこにはツボ押しマットの上に正座させて、両腕を縛り、額に『懲罰中』の張り紙を貼り付けられているお姉ちゃんの姿があった。なお、これは秋十がやった模様。掃除を終えたら、秋十がいつの間にかこんな事をしていたんだよ。手際いいなぁと思いながら、そういえばお姉ちゃんには前科ありだった事を思い出し、それで妙に納得してしまった。
「解けるわけないだろ、千冬姉…………大体なんで掃除をやろうとしたんだ…………おかげでこっちは三途の川を一瞬渡りかけたんだぞ」
あ、やっぱり瀕死になってたんだ。というか、よく半日以上あんな環境で生きていられたよね…………私だったらすぐに天に召されそうなんだけど。あ、お姉ちゃんに関しては別に心配はしてない。色々と死にそうにないし。例外はフレズヴェルクくらいかな?
「そ、それはだな…………一夏がそのうち帰るって前に言ってたから、少しはできるようになった事を見せようと思ってだな…………」
あー、そういえば言ってたっけ。次の休暇になったら顔を出すって…………でも、その休暇って確か予定ではあの後の二ヶ月後になっていたはずだから…………これ、休暇が早まって正解だった? 下手したら第三の被害が出ていたかもしれない。あんな大災害、二度と起こしてはいけない、何度もそう誓ってきたが、事の元凶をなんとかしない限りは無理だ、これ。
「それで家の主要通路全部込みで溢れ返させて、おまけにあの黒い彗星を繁殖、突然変異させちゃったら意味ないでしょ…………」
「ぐっ…………確かにそれはそうだが…………私は善意でやろうとしてだな…………」
お姉ちゃんに反省する気配が見えない。よし、こうなったらやることは一つだけだね。前科二犯だとしたら、やっぱりこうするのが妥当だ。
「はぁ…………秋十、お姉ちゃんが隠し持ってるお酒、その半分持ってきて。没収するから」
「あいよー」
「ちょ、ちょっと待て!? そ、それだけはやめてくれ!!」
「え、やだよ? だってお姉ちゃんこのくらいしないと反省しないでしょ?」
「い、一夏ぁ…………」
大好物であるお酒を没収されると知り、その場にうなだれるお姉ちゃん。世間一般で言われている世界最強としての威厳はどこにもなく、残念なお姉ちゃんの姿しかそこになかった。多分、世間の人がこれを見たら多分『誰これ?』って顔をすること間違いない。
「まだ加熱してアルコール分飛ばさないだけマシでしょ?」
「鬼か…………お前は鬼なのか…………?」
なんと言われようが私はどうだっていい。死因が身内の掃除、もしくは料理とかにならないようにするにはこうしなきゃいけないんだ。あと、帰った家がゴミ屋敷になってないようにするためにも。
「おー、一夏姉。とりあえず高そうな酒持ってきたぞー」
「うん、ありがと。それじゃ私の部屋の金庫にでも入れておいて。番号は任せるから」
「おっけー」
「ま、待て秋十! せ、せめて…………せめてその赤霧島だけは——」
「——悪い、俺だってゴミの中で死にたくはねえから」
「秋十ぉぉぉぉぉっ!!」
流石の秋十も慈悲なんてなかった。そのまま秋十によって没収されるお酒を前に、お姉ちゃんはこの世の終わりみたいな顔をしていた。というか、そのお酒ってどのお金で買ったの…………? 少なくとも私の送っているお金で買ってないと思いたい。あれ、一応生活金として送っているから。確かに楽はさせてあげたいけど、そのお金で豪遊されるとなったら…………私、本気で怒るよ?
「うおぉぉ…………私の燃料がぁぁぁ…………」
「最低でも私の休暇期間中は没収、ついでに一ヶ月の禁酒だからね。あと、これに懲りたら私か秋十の許可がない限り、料理も掃除もダメだから」
台拭きとかカップ麺程度ならなんともないのだが、本格的に掃除を始めると大惨事になるというのだからタチが悪い。はぁ…………これだからお姉ちゃんには男の人がくっついてこない。というか、このまま結婚させて家事を任せたら、その人が確実にあの世送りになる未来しか見えない。できれば家事全般ができる人と結婚してほしいと私と秋十は思っている。
「は、はい…………」
お姉ちゃんは非常に沈んだ顔をしているけど、そんな顔になりたいのはむしろこっちだ。懲罰とはいえ、やっと出撃のかからない休暇を手に入れることができたというのに、帰ってきてすぐに大掃除とか、年末の大仕事かなとか思ってしまったんだから…………おかげでご近所さんから『あら、大掃除? 気がはやいわねえ』とかと言われたんだから…………おまけに初日からかなり疲れたし、全然休めなかった。泣きたいのはむしろこっちだよ…………。
「一夏姉、しまってきたぞー」
「それじゃ、夕ご飯の準備でもしよっか。秋十、何か食べたいものとかある?」
「そうだなぁ…………青椒肉絲とかいける?」
「うーん、材料あればいけるかもしれないね。でも、一応買い物に行ってくるから。ちょっと遅くなってもいい?」
「おう。なら、俺も一緒に行こうか?」
「そうだね、荷物持ちしてもらってもいいかな? それに、秋十なら冷蔵庫中身覚えていそうだしね」
「おーい、私はどうなるんだ…………?」
「あとその場で四時間正座」
「…………悪魔だ…………」
そう言って再び崩れるお姉ちゃん。それを背に私と秋十は買い物に行く準備をしていた。なお、今の私達の力関係で言ったら、私が一番強くてお姉ちゃんが最下位である。家事のできる度合いがこの家の力関係を左右するといっても過言ではない。しかし、今から私服に着替えるのもなんだか億劫だから、荷物の中に仕舞った学校の制服に着替えることにした。幸い、埃まみれになっておらず、ちょっとシワがあるかなくらいだから、問題なく着れる。因みに今秋十は冷蔵庫の中身を確認しに行っている。だから別に恥ずかしくなんてない。お姉ちゃんも項垂れて顔を伏せているしね。
「秋十、そっちは確認終わった?」
「ああ。ついでに、丁度色々切らしかけていたからそれも買わないといけなくなったわ」
「お財布の中身、足りるかな…………?」
「なんとかなるだろ、きっと。早くしないとセールの時間が終わっちまうぜ?」
「そうだね、それじゃ行こっか」
「おうよ」
「…………完全に蚊帳の外だな、私」
お姉ちゃんが何かぶつくさ言ったような気がするけど、気にしない。準備を終えて私達は玄関へと向かった。玄関周りも蘭ちゃんが掃除してくれたおかげで、最初に入った時よりはかなり綺麗になっている。…………あぁ、思いだしただけであのダストハザードは嫌になってくる。でも、それって…………ここが戦場と離れているから、その当たり前の日常が流れているから起こることなんだよね…………? そう考えると、私達が守ってきたものが残っている感じがして、自分たちのしていることが無駄じゃないって思えてくる。
「…………そう言えば、まだ言ってなかったな、一夏」
「うん? なに、お姉ちゃん?」
ふとお姉ちゃんがリビングの方から声をかけてきた。というか、ツボ押しマットごと玄関まで出てきた。どうやって移動したのか聞きたいけど、お姉ちゃんの事だから強引な手段を使って出てきたに違いない。
「その…………よく生きて帰ってきてくれたな。おかえり、一夏。それと、いってらっしゃい」
かけられた言葉は、多分ごく当たり前な言葉だと思うんだけど…………でも、その当たり前の言葉が私にとってはとても大事な言葉に聞こえた。思わず、その場に少し立ち止まっていた。こんな挨拶をするのはいつぶりだろう…………少なくとも入隊する前はいつもあったはずだ。
「おーい、一夏姉! 俺、先に行ってるぞー!」
すでに玄関を出ていた秋十に早く来いと催促される。夕ご飯の材料を買うために弟と一緒に出かける…………そんなどこにでもあるような当たり前の光景が、私の目に映っていた。掃除したり、買い物に行ったり…………私にとっての日常が、ごく普通に流れている…………そう考えただけでどこか嬉しいものがあった。弟に急かされた私は急いで靴を履き、買い物袋を持って外へ出た。そこにいつもの言葉を付け加えて。
「うん、ただいま、お姉ちゃん。それと、ちょっと買い物に行ってくるね」
最近思った事
オルタナティブガールズをやっているんだが、その中のシルビアってキャラが、轟雷ちゃんにめっちゃ似てると思った。
至極どうでもいい事でした。