FRAME ARMS:RESEMBLE INFINITE STORATOS   作:ディニクティス提督(旧紅椿の芽)

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Chapter.08

査問会が終わった後、大泣きした私は葦原大尉や瀬河中尉にからかわれて笑われていた。でも、あの女性達と違ってそのなかに侮蔑とかそういうのはなくて、いつもの優しい笑みだった。とはいえ、そんな子供っぽい真似をしてしまった私は恥ずかしくなって、現在格納庫の方まで来ていたのだった。というか、適当に走ってきたらこっちに来ちゃってただけなんだけどね…………。

 

(やっぱり、空ハンガー、増えてるね…………)

 

格納庫は基本的に全ての整備ハンガーに機体が駐機状態で固定されているのだが、見た限り幾つかのハンガーは空いている。恐らく、そこの機体は破損して修理に出されたのか、それとも撃破されて二度と帰ってこないのか…………多分後者だと思われる。見たところまだ修理が終わってない機体も見られるしね。そう考えると、やっぱり私一人の力なんてたかが知れている。敵は機体であるアントだから死ぬなんて概念がないだろうけど…………私達は人間、命ある生き物だ。だから、死ぬという概念が存在している。故にこうして未帰還機がいると、どうしても辛い気分になってしまう。

 

(でも、戦争だから、仕方ないんだよね…………)

 

この現状をそうやって割り切るしかないってのも、より一層辛さを感じさせる要因なのかもしれない。どのみち、この悲しみの連鎖を断ち切るには、戦って勝つしかないんだけどね。

ハンガーに掛かっている機体を見ると、どうやら第四遊撃隊所属の機体のようだ。遊撃隊は近接戦闘で数を減らしたり、中距離支援砲撃を手薄なところからカバーしたりなど仕事の多い部隊だ。なんで第五遊撃隊じゃないかというと、あっちは漸雷と輝鎚で構成されるのに対して、こっちは轟雷と漸雷で構成されているから。それに、肩のマーキングが第四遊撃隊所属を示しているからね。この轟雷は通常状態からかなり改造されてる。まず、滑腔砲が外されて、六連ミサイルランチャーと大型リニアガンに換装。あと履帯ユニットが外されてエクステンドブースターが取り付けられてる。腰なんか、丸っと輝鎚のショックブースターがついてる。両肩は榴雷の装甲とシールドを移植、その裏に対地ミサイル(一六式対地誘導弾)を装備。右手にはガトリングガン(M547A5)、左手には…………なんと言ったらいいかわからない武器。見た目はパイルバンカーみたいな感じなんだけど、そのパイル部分が四枚のブレードになってる。おまけに両足にはタクティカルナイフ(ak-14T)が一本づつマウントされてるよ。他にはライフルやらバトルアックスやら、ナックル(一一式電磁手甲)、さらには輝鎚の盾(九五式多連防盾[巌土])

までもが、武器懸架具(ウエポンラック)に掛けられていた。…………これってさ、相当火力高いよね? というか、かなり改造加えすぎでしょ。多分、こういうのを過剰性能っていうのかもしれない。ちなみに私はこの機体が実際に戦闘しているのをこの目で見たことはない。まあ、私の方に来るのは大抵第五遊撃隊だしね。この機体は整備自体は完了しているようだが、隣の漸雷は破損した装甲を剥がされて、新しいものに交換されるのを待っているようだった。ただ、剥がされて剥き出しになったフレームを見ると、以前の私の榴雷を思い出して、相当無茶をしたんだなぁってふと思った。

 

「あれ…………? あんな機体、この基地にあったっけ?」

 

そんな中、一機だけこの無骨な機体達とは違う雰囲気を持った機体があった。しかし、何故か私が使うことになったゼルフィカールとはまた違った機体だ。気になった私は惹かれるようにその機体の方へと向かっていった。近づくにつれてその機体の様子がわかったけど…………この機体、以前に私に銃を向けてきた機体だ。そのクリアバイザーで覆われた頭部を忘れた事はない。でも、なんでこの機体がここに…………?

 

「その機体が気になるのか?」

 

突然後ろから声をかけられて、背筋が伸びきった私。一人でいる時に後ろから声をかけられること、未だに慣れてないんだよね…………なんでなのかはわかんないんだけど、こうなると猫みたいに驚きまくってしまう。うぅ〜…………早くなんとかしたいよ。とりあえず、声の主を確かめようと私は後ろを振り返った。

 

「あ、あれ? 箒? な、なんでここにいるの?」

「それは、さっき不届き者を独房に入れてきてな、それと私の機体がここに搬入されたと聞いたから確かめに来たまでだ」

「え? 箒の機体?」

「ああ。あれだ」

 

そう言って指差したのはあのクリアバイザーの機体。え…………も、もしかしてこの間私に銃を撃ってきたのって——

 

「形式番号RF-13S、機体名[妖雷]。本来なら昨日私に引き渡される予定だったが、移送中に他の機体同様、あの馬鹿共に強奪されてな。回収後はここでセットアップする事になったんだ」

 

それ聞いて安心する私。いや、まさか昔の友人が銃を向けて、剰え撃ってきたなんてなったら…………多分、私は正気じゃなくなると思う。だって、箒が引っ越すまでは結構一緒に遊んだからね。ほら、お姉ちゃんと束お姉ちゃんがよくつるんでいたから、なんか自然と私たちもそうなってた。

 

「まぁ、そのお陰で女尊男卑一派を一網打尽にできたのだがな。私も警邏隊としてしっかり仕事をこなせたと思ってる」

「ふーん——って、箒って国防軍人なの!?」

「…………今さら気付くか、普通。あ、私の階級は少尉だぞ」

 

なんか昔の友人が同じ職場にいた件について。ってか、そりゃ驚くでしょ!? 何年も音信不通だったんだから、尚更だし…………てか、どこの部隊に配属されているんだろう?

 

「マジですかい…………で、どこの配属になったの?」

「第零特務隊だ」

「だ、第零特務隊…………?」

「簡単に言うと、万事屋みたいなものだ。警備から救援まで行う、西崎将軍及び国連直属の部隊らしいぞ」

 

…………それ、むちゃくちゃエリート部隊じゃないかな? どう考えたって国連直属の時点で相当エリート部隊だと思われる。それも、私みたいに特化した部隊じゃなくて、全領域対応(オールラウンダー)の部隊だから…………箒ってやっぱり凄すぎる。昔からそうだったもんね…………剣道でも突然謎の剣技を生み出して私をボコボコにしてたし。

 

「はぁ…………なんでこう、私の周りの人ってすごい人しかいないのかな…………」

「そういうお前もグランドスラム中隊所属という時点ですごいと思うんだが…………具体的にどう凄かったんだ?」

「うーん…………機密事項だからあまり話せないけど、ドイツに遠征した時に会った人たちは、ドイツ軍特殊部隊の隊長に、米陸軍第四十二機動打撃群の所属の二人、うち一人は米海軍第七艦隊のブルーオスプレイズだし、英海軍第八艦隊の狙撃パイロットとかかな?」

「…………スケールが大きすぎて、今一つ伝わってこないな。しかし、ブルーオスプレイズって、あの横須賀にたまに来る、あの?」

「そう。その蒼ミサゴ隊だよ」

 

どうやら、ブルーオスプレイズについては箒も知っているらしい。まぁ、結構な頻度で横須賀に来るからね、あの部隊。私はレーア以外の隊員に会ったことはないけど、レーア曰く殆どはその辺の若者と変わりないし、問題行動は起こさないから心配しなくていいって言われてるんだよね。それと、箒にはお姉ちゃんと束お姉ちゃんの事は話していない。それが一番の機密事項だから。理由はよくわからないけど、外に漏れると大変な事になるってことは間違いない。

 

「なるほど、確かにそれならすごいな」

「でしょ? 最初に会った時は本当に緊張したよ〜」

「私もその面々に囲まれたら緊張するだろうな。特務隊に配属された時は緊張したものだ。…………で、話は変わるんだがいいか?」

「うん? いいけど、どうかしたの?」

 

箒は突然話題を変えてこようとした。なんでこのタイミングなのか謎すぎるけど、向こうは至って真剣な顔をしている。箒の場合、笑うことなんてほとんどなかったから昔は常にこんな真顔だったけど、今私を見据えている目は真剣そのものだった。

 

「いや、その…………今更言うのもなんだが、お前は私の知る一夏、なんだよな?」

「当たり前じゃん。なんなら私と箒しか知らない箒の弱点を話してもいいんだよ?」

「例えば?」

「耳の穴に息を吹きかけると悶え苦しむ、とか」

「あ、確かに一夏だ」

 

どうやら、私が箒の知っている私である事を理解してくれたようだ。そうそう、最初の頃は箒に剣道で負けっぱなしだったから悔しくて、仕返しとばかりに耳に息を吹きかけたら、何故か海老反りになって謎の悲鳴をあげたんだよね。目の前でそんなことが起きたため、まぁ私も泣いたよ。そのあとのことはよく覚えてないけど、箒は耳に息を吹きかけるのが弱点だという事だけは覚えてた。

 

「どうやら私の考えすぎだったみたいだな…………変な疑りを持ってすまなかった」

「いいよ、気にしないで。………それより、そう思ったのって…………やっぱり、名字が変わったから?」

 

私がそういうと、箒は首肯して答えた。まぁ、普通そうだよね。昔の友人の名字が変わっていたら誰だって気になるか。深入りはあまりしたくないけど、気になってしまうものは仕方ない。私は一度呼吸を置いてから、箒の疑問に答える事にした。

 

「じゃあさ、箒は私達FAパイロットがどんな風に見られているか知ってる?」

「? 国を護っているんだから、そこそこいい扱いじゃないのか?」

「ううん、その反対。大概の人は私達がどんな事をしているのか知らない。そのせいで、『お飾り』とか『穀潰し』とかって言われてるんだよ。だから私は『織斑』の名を捨てたの…………お姉ちゃんの顔に泥を塗らないようにね」

 

お姉ちゃんの名前も守りたかったし…………何より、お姉ちゃんと秋十を守りたかったからね。経済的にも私の家はお姉ちゃんに頼りっぱなしだったから、若年兵としてでも雇ってくれる国防軍に入る事にしたんだよ。その時にFAパイロットの世間での実情を聞いたから、戸籍上は名字を変える事にした。今ではもう二人の家族じゃない。けど、それでもよかった。私達が戦う度に、二人が生きる日が一日でも伸びるんだから…………だから、私は戦いに身を投じた。

 

「千冬さんの…………まぁ、お前らしいったらお前らしい、か。昔はいつも千冬さんにべったりだったからな」

「そういう箒だって束お姉ちゃんにべったりだったじゃん。人の事言えないよ?」

「そうだったか?」

「そうだよ。ってか、箒はなんで国防軍に入ったの? 束お姉ちゃんは反対しなかったの?」

 

ここで私はずっと気になっていた事を箒に質問した。箒はどうして国防軍に入ろうと思ったんだろう? そんな事したら束お姉ちゃんが絶対全力で止めると思うんだけどな…………あの人、お姉ちゃんに似て重度のシスコンだから。なお、お姉ちゃんの場合シスコンブラコンのハイブリッドだけど。

 

「私が入った理由か? そうだな…………あえて言うなら、姉さんの夢を守りたかったから、だな」

「束お姉ちゃんの夢? ということは、宇宙に行くっていうやつ?」

「そうだ。ある日、あの人は私にこう言ってきたんだ。『夢が叶えられなさそうだ』ってな。私自身、姉さんの夢が叶うところを見たかったからな。なんとしてでも助けてあげたくなったのだ。丁度私は重要人物保護プログラムで政府関係者と繋がりがあったからな。その時に西崎大将と知り合ってな、実情を知った私は迷いなく入隊を志願したよ」

「…………束お姉ちゃんの反対はなかったの?」

「勿論あったさ。入隊して訓練課程を終えてすぐに『なんで入隊したの!?』ってな。姉さんはこういうところから私を遠ざけたかったみたいだが、生憎私はじっとしていることが苦手だからな、姉さんの夢を叶える手伝いをしたかったと答えてやったら、泣き出していたよ。『ごめん、ありがとう』って言いながらな」

 

…………そうだったんだ。箒は束お姉ちゃんの夢を叶えたくて、戦う道を選んだんだね…………やっぱり、箒は凄いよ。というか、瀬河中尉ほどじゃないけど男前すぎる。どこかの女尊男卑に染まった人たちとは大違いだ。まぁ、アレと比べるのが烏滸がましいと思うけど。

 

「まぁ、それにな、女尊男卑が嫌いだからこっちに来たというのもある。ここなら彼奴らの気味の悪い目も無いし、奴らを私がしばくことだってできるからな」

 

あんな風にな、と言って笑い飛ばす箒はとても輝いて見えた。本当、不器用だけど、曲がった事が嫌いで迷いの無い彼女は一本の剣のように思える。凛とした佇まいはまるで現世に蘇った侍。その言葉が一番彼女に相応しいと思った。…………とはいえ、しばくと言った箒の雰囲気にうすら寒いものを感じたのは気のせいだと思いたい。

 

「私についてはこんなところだ」

「そっか…………やっぱり、箒は凄いよ」

「そんなこと無いさ…………それよりも、傷は大丈夫か?」

 

そう言って箒は私の顔に貼られた湿布を指差してきた。これは査問会の前に叩かれて、腫れ上がってしまったからね。格納庫に来る途中出会った整備班の人に貼ってもらったんだ。湿布の冷たさが今はどこか心地よかった。まぁ、しばらくの間叩かれたり蹴られたりしたから、彼方此方に痣ができているんだけどね。治療なんて全くしてもらえなかったし。もうこれ以上傷跡を増やしたくはないなぁ…………戦場に立っているとはいえ、自分で言うのもなんだけど一応女の子なんだからそうも思うよ。

 

「うん、これくらい平気だよ。まぁ、口の中切っちゃったみたいだから、暫く塩分とかはダメだけどね、沁みるし」

「そうか…………その、すまなかったな。早く助けられなくて」

「箒は悪く無いよ。一応私にも非があるんだし…………それに、ちゃんと助けてくれたじゃん」

「だがそれはあくまで結果論であってだな…………」

「あー、もう! そうやって自分のしたことに納得しないの、箒の悪い癖だよ? この話はやめにしよ?」

「う、うむ。一夏がそう言うなら仕方ない、か…………」

 

それでも箒は納得してない様子だったけど、この少々辛気臭い話から抜け出すことはできた。箒は真面目ゆえに結構責任を感じやすい性格だからね。そういうところは好きなんだけど、かなり引きずるからこうやって話を切らないといけないのが玉に瑕かな?

 

「…………でも、心配してくれてありがと」

 

けど、お礼はちゃんと言わないといけないよね。こうして心配してくれる人がいるって、かなり大切なことだから。だから、そういう人達に感謝する心を忘れちゃいけないんだ。いつ死ぬかわからない身だからね。

 

「フッ…………どういたしまして、だ。私はお前のそういう真面目で自分に正直なところを尊敬するよ」

「え? それってどういう——」

「——篠ノ之少尉!! 機体の搬入時刻になりました!!」

 

私が箒に言った意味を問おうとした時、格納庫の外から箒の事を呼ぶ声が聞こえた。どうやら、あの機体をここから運び出すとのことだ。

 

「了解した! 軍曹はすぐにでも車両に搭載できるようにしておいてくれ!」

「了解しました!!」

 

箒は外に向かってそう答えると、あの機体の方へと向かっていく。その背中はとても同じ年とは思えないほど大人びて見えた。私はその背中を追って、同じ方向へと歩き出していた。

 

「これでまたお別れ、だね…………」

「そうだな。だが、今生の別れじゃないんだ。そんな顔をするな」

「でも、折角会えたのに、なんだか名残惜しいね…………」

「仕方ないだろう。一夏には一夏の、私には私の任務がある。けど、いつかまたきっと会えるさ。その時を待っていればいい」

 

そう言って箒はあの機体に乗り込んでいく。武者鎧のようにも忍者のようにも見える赤い機体に箒が完全に乗り込み、ハッチが閉鎖されると、バイザーの下に隠れていた緑色のデュアルアイが光った。

 

『それじゃ一夏、またな』

「うん…………箒も元気でね。ばいばい」

 

箒は私に向かって軽くサムズアップした後、そのまま格納庫を後にしていく。夕焼けに照らされた彼女の背中は凄く凛々しく見えた。格納庫に一人残された私だけど、明日からの休暇に備えて荷物整理をしなきゃいけないことを思い出して、急いで基地の自室へと向かったのだった。

 

 

(こんなところかな?)

 

荷物をまとめ終わった私は、後基地を出るだけという状態になっていた。と言っても大して荷物は無いんだけどね。私が午前中だけ通っている学校の教材と制服、私的なものでいったら私服とかケータイとかドライヤーとかそのくらい。元々化粧とかもしないし、私服も必要最低限しか持ってきてないしね。だってまず外出する事もそんなに無いし。

 

(あとは明日の朝一で行くだけかぁ…………)

 

明日は土曜日。一般的には休みの日だから、帰るには丁度いいかな? 今まで休暇はあったけど、何故かその度にアントの大群が出てくるから、休暇なんてあったようで無いようなものだ。そのせいでこの一年間、秋十には顔を合わせて無い。最早、顔も忘れられてるかも…………。もしそうだったら、結構へこむかもしれない。

 

「はぁ〜…………」

 

そう思うと何故かため息が出てきてしまった。そのまま備え付けのベッドに倒れ込んだ。うぅ…………割と硬いベッドだからそこそこ痛い。しかも痣とかできてるの忘れてた。それも相まって結構な痛みになって私に襲いかかってくる。はぁ…………何やってんだろ、私。でも、こうやってバカなことやってられるって、いいことだよね…………なんの意味の無い時間をなんの意味もなく過ごすって。これが一般の日常なのかもしれない。最近は戦うことが日常みたいなものだったからね。そう考えると、この無意味に過ごす時間が少し愛しく感じられた。

そんな風に考えていたら、いつの間にか私の意識は暗闇の先に落ちていったのだった。

 

 

翌朝。

日も完全に登りきってない時間だけど、今のうちに出るしか無い。休暇とはいえ、半分懲罰みたいなものだし。後のことは葦原大尉がみんなに説明してくれるそうだから、よかったけど…………誰にも見送られずに出るのって寂しいかな。ちなみに今の私は学校の制服を着用している。私服もあるにはあるんだけど、あれは外に出る用というよりは寝る用に近いからね。ゼルフィカールは昨日ハンガーに掛けられていたのを確認したし、持って帰るものにも忘れ物は無さそうだ。

 

(一週間後、また戻ってくるね)

 

そう部屋に別れを告げて、私は部屋を出た。朝の一番早い時間ということもあって、廊下には誰一人としていない。朝回りの人もいるんだけど、この時間じゃまだ戻ってきてないと思う。ただ私の足音だけが廊下に小さく響いていた。それがより一層寂しさを感じさせていたのは言うまでもない。つい俯いて、下を向きながら歩いていた。

 

「もう行くの?」

 

そんな時ふと声を掛けられ、思わず驚いて顔を上げると、其処には外回りを終えたような格好をしている悠希がいた。比較的小型化されている小銃だが、悠希にとっては少し大きめな感じがする。

 

「うん…………休暇と言っても懲罰みたいなものだし。開始時刻が今日の六時からだから…………早く出て行かないと、拘束されるしね」

「そっか。それじゃ、これ持ってって」

 

そう言って悠希が私に手渡してきたのは、基地の売店で売っている携行糧食(エナジーバー)。私も訓練の後はよく食べるよ。一般的なプレーンの他に、ピーナッツ味とか結構いろんなフレーバーが出てる。ただ、どれもこれも食感が同じだし、水分がなくなるから多くは食べられないけどね。まあ、すぐに栄養を補給したい時とかは便利だけど。

 

「こんな時間なら朝飯まだでしょ。なら、これでも食べていったら?」

「でも…………これって悠希の分じゃ…………」

「俺の分はここにあるから。気にしなくていいよ」

 

そう言って悠希は自分のエナジーバーを見せてから、私の横を通り過ぎる。その淡々とした態度がいつも通りで変わらないなぁと思いながら、さりげなく渡してくるあたり、優しいなぁって思った。

 

「あ、行く前に駐車場に行くといいよ」

「え…………?」

 

駐車場に行くといいって…………それってどういう意味なんだろう? まぁ、ここから一応私の自宅までは電車を乗り継いで行かなきゃいけないし、その最初の駅までも結構距離はあるけど…………まさか送ってくれるなんてわけないし…………。

 

「んじゃ、また」

「あ、ちょ、ちょっと——」

 

行っちゃった…………結局、その意味もわからずに私は駐車場へと向かうことにしたのだった。

 

 

私が駐車場に向かうと、其処には結構車両が停まっていた。一般的な高機動車に軽装甲機動車、装甲トラック…………挙げ句の果てには戦車や多連装ロケットシステム自走発射機(MLRS)やFA移送用車両まで停車しているという、ある意味物騒な駐車場だ。でも、ここに来たからって何があるわけでもないし…………それに、私、運転免許なんて持ってないから運転なんてできないよ? そう思った時だった。

 

「おい、一夏」

 

何処からか聞こえるエンジン音とともに私の耳に入ってきた声。その音がする方に目を向けると、

 

「って、昭弘!? なんでここに…………」

「細かい事は後で話す。とりあえず乗れ」

 

そう言って昭弘は高機動車から顔を出してきた。なんで昭弘が運転しているのかは気になるけど、とりあえずその言葉に従って車に乗ることにした。この高機動車の他に一般的なジープとかそういうのもあるけど、高機動車はそこそこ車高が高くて乗りにくい。それでも、フレームアームズに乗り込む際に使うタラップよりは低いけどね。

 

「荷物は載せ終わったな?」

「う、うん。これで全部だよ」

「それじゃ、行くとするか」

 

そう言うと、昭弘は車を出した。基地を出て一般道に入り、そのまま駅のある方へと向かっていく。結構状況が読み込めてないけど、これって送ってもらってるって認識でいいのかな? けど、それよりも気になる事がある。

 

「てか、なんで高機動車なわけ? 他にもジープとかあったでしょ?」

 

そう、別に少し大型の高機動車をわざわざ使わなくても、結構多数配備されているジープとかそっちの方を使ってもよかったはず。なのになぜこれを選んだのか、私はそっちの方が気になってしまった。

 

「いや、あっちだとな、俺の体が収まりきらねえんだ…………」

「…………大体同じ年なのに、なんでここまで悠希と差が出たんだろうね」

 

返ってきた返答に思わず苦笑いしてしまいそうになった。確かに、昭弘の体はもう一般男性と比較しても大差ないどころか、逆にこっちが追い抜かしているほど大きい。しかもその全部が筋肉という恐ろしい鋼鉄ボディ。そのせいで、轟雷系統のスリムな装甲機には乗る事ができず、最初から輝鎚を預けられるという始末だ。おまけに趣味が筋トレという、脳みそまで筋肉が詰まっているんじゃないかと思わず考えてしまいそうになる。

 

「俺が知るか。だが、彼奴もかなり筋力が付いてきてな、俺と同じく片手でリンゴを潰せるくらいにはなったぞ」

 

昭弘…………人間じゃなくて、それゴリラじゃないのかな…………? 普通の人はリンゴを片手で潰すなんてできないと思うんだけど…………。

 

「なんか言ったか?」

「な、何も言ってないよ!?」

 

何故か考えていることを読まれそうになった。理由はわからない。別に顔に出していたつもりはないんだけどなぁ…………もしかして、気づかないうちに出ていたのかな?

 

「そ、それよりもなんで昭弘が運転してるの? 免許とか取ったの?」

「ああ、お前がこっち(館山基地)にいない間にな。これ以外にも、輸送車両なら一応ほとんど乗れるぞ」

 

知らないところで同僚がかなり大人になっていた件について。というか、装甲トラックまで運転できるんだ…………そう考えたら、昭弘がただの筋トレ馬鹿でなかった事に一安心する私がいた。

 

「へぇ、それは凄いね。でもさ、なんで私の事を送ってくれるの? 休暇とはいえ、これ一応懲罰みたいなものなんだけど…………」

 

私はここで一番の疑問を投げかけてみた。だって、普通懲罰が下された人を乗せて、送ったりなんてする? よっぽど重犯罪を犯して護送とかで運ばれるのならわかるけど…………厳重注意処分の身で、懲罰とはいえ休暇が与えられているから、そこまでされる必要なんてないはずなのに…………。それにどうせ家に帰るまでは特別やりたいことなんてないし、歩いたってそれまでかなぁって思ってたからなおさらだ。

 

「中将と葦原大尉からの命令だ。お前を最寄りの駅まで連れて行けってな。どうやら、お前だけを歩かせて駅まで行かせるという事がダメらしい」

「それ、どういう事…………?」

「俺もその辺は聞かされていないからわからない。だが、お前にこの長い距離を歩かせるのが気に食わなかったからとか理由はあるだろうな。だからこうして駅まで送っているわけだ」

 

昭弘はそう言うけど、頭の中では今ひとつ理解が追いついていない。あ、あれ…………? これって一応懲罰なんだよね? それだったら別に歩かせてもいいと思うのに…………なのに何故歩かせるのが気に食わないという結論に至ったのだろうか。昭弘も、これ以上はわからないといった感じだし、結局のところ、本当の理由なんてものがないのかもしれない。でも葦原大尉ならともかく、武岡中将がそんないい加減な感じで説明をするなんて事はありえないから…………あれ? なんだろう…………いつの間にか真相は藪の中へと消えていた。というか、全くもって答えが見えないって、裏がありそうで怖いよね…………。

その後しばらく無言の空間が続いた。私も何を話したらいいのかわからなかったし、昭弘も昭弘で運転に集中しているようだったからね。それから少し進んだところで、車は信号に引っかかって止まった。

 

「済まなかったな」

 

唐突に昭弘は私に謝罪の言葉を述べてきた。え? 昭弘って、私に何かしたっけ? 別に何もされてないし…………どうしてなんだろう。

 

「俺のいる部隊はいつもお前を始めとする連中に助けてもらっている。お前たちがいなかったら、俺たちはとっくの昔に死んでいるはずだ。だから…………お前が連行されたと聞いた時、何もできない自分が情けなくてな…………助けてやれなくて済まなかった」

 

あ、そう言う事…………でも、それは昭弘が気にする事じゃないと思うんだけどなぁ。連行されたのはあの女性少尉に暴行を私が加えてしまったからだし、仕方のない事だったと思うんだよね。

 

「それは昭弘が謝る必要なんてないよ。仕方ない事だったんだから…………それに、私はちゃんとここに戻ってきたじゃん」

「そう言われてもな…………」

 

信号が青になった事を確認した昭弘は再び車を走らせた。ふと昭弘の顔を見ると、どうにも納得してないような顔だった。うーん、昭弘って結構頑固なところあるんだよね。これ、どうしたらいいんだろ…………?

 

「…………まぁ、お前がそう言うのならいいか」

「うん。だから気にしなくていいからね」

 

意外にもあっさり納得した昭弘。この話結構長引くかなぁっと思っていたが故に、なんだか拍子抜けしたような感じもした。でも、これでいいのかもしれない。あんまりずるずると引きずるのは好きじゃないし、私に関係する事で長々と悩み続けて欲しくないからね。

そのまま車は進み、いつの間にか駅のすぐ近くまで来ていた。日もだいぶ上りきってきたし、始発まであと十分もの時間時間の余裕ができた。

 

「しばらくの間、会えないね」

「そうだな。だが、制服を着ているという事は、学校には行くんだろ?」

「まぁ、行けって言われているし、やれる事と言ったらそれくらいだもん。行くに決まってるよ」

「それならその時に会えるだろ。そう長い別れじゃねえんだ」

「そっか…………それもそうだね」

 

そんなやり取りをしている間に駅の前に到着した。駅のコンクリートに反射して、朝焼けが少し眩しく感じられる。私は荷物を取り出し車を降りた。乗る時はそこそこ段差があった高機動車だけど、降りる時は駅の段差の高さもあってかそんなに高くは感じられなかった。

 

「帰りはこっちに着いたら連絡をくれ。迎えに来る」

「うん、わかった。それじゃ、またね」

「ああ、またな」

 

少しだけ言葉を交わして、昭弘は基地へと戻っていった。朝焼けのせいで眩しかったけど、私はその高機動車の後ろ姿が見えなくなるまで、その場に立っていたのだった。

 

 

何本か電車を乗り継いで、午後には東京のとある郊外に到着していた。私の一応自宅はこの辺にあるんだけど、道中久しぶりに見る街並みは殆ど変わってなくて、どこか安心した気がする。戦場に変わってない事が私にとって一番安心した事項である事に変わりはない。誰だって自分の住んでいたところが焼け野原になっていたら嫌でしょ。まぁ、その分前線の悲惨さとかそういうのを知らないんだろうけどね。ほら、私達が日夜戦っている事なんて近隣住民以外には、情報統制がなされているし、その近隣住民も箝口令かが敷かれているから、どこからも情報は出ないんだよ。

まぁ、今の間は少しくらい忘れててもいいかな? 懲罰とはいえ一応休暇だし、やっとの事で取れた休みみたいなものだからね。とはいえ、ここ最近は負傷で一ヶ月近く休んでたから、リハビリとかもしなきゃいけないんだけど。そう考えると、今後は少し訓練の質を上げて、悠希や昭弘達と一緒に筋トレでもしなきゃいけないかなと思った。

そんな風に考えながら歩く事数分、ようやく見慣れた家が見えてきた。表札には『織斑』の文字。ここも全然変わってないんだね…………なんとなく嬉しいな。しかし、玄関の前にまで来た時に、その考えは一変する。扉の隙間から何やら謎のオーラが玄関から滲み出てきているような気がした。直感でわかる、これは非常にまずい事態だと。本当ならこういうのには手を出したくはないんだけど…………自宅である以上、手を出さないわけにはいかない。意を決して、私は玄関の扉を開いた。

 

「た、ただいま——って、なにこれ!?」

 

扉を開けた瞬間、私の目に飛び込んできたのは、溢れんばかりのゴミの山。黒いビニール袋に包まれた廃棄物が堆く積み上がっていた。おまけに息をすると物凄く埃っぽい空気が入ってくるし、謎の臭いとかもしてくる。な、なにがあったのこれ…………自宅に帰ってきたのは良かったけど、まさかゴミ屋敷になっているなんて想像ができなかった。というか、なにをどうしたらこうなるわけ!? もしかして、私が家を出てからずっと掃除をしてこなかったとか…………流石に秋十がいる以上、それはないと思うけど…………。

あまりの惨状に私が呆然の立ち尽くしていると、突然ゴミの山の一部が動いた。ま、まさか、台所の黒い彗星!? こんな状態じゃいてもおかしくはないけど…………でも、帰ってきて真っ先に会うのがそれってのは嫌!! でもでも、早く処分しないと大変な事になるし…………一応、確認だけはしてみよう。あまりにも埃っぽいので靴は脱がずにそのまま家に上がった。そして、その蠢いたゴミ袋を取り除くとそこには——

 

「…………うぉ…………い、一夏姉? お、おかえり…………」

「あ、秋十ぉぉぉぉぉっ!?」

 

——ゴミの山に埋もれて瀕死になっている弟、秋十の姿があったのだった。


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