FRAME ARMS:RESEMBLE INFINITE STORATOS   作:ディニクティス提督(旧紅椿の芽)

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Chapter.07

(あれからどのくらい経ったんだろう…………)

 

前回の防衛戦後、連行された私はこうして今、基地の独房に入れられていた。パイロットスーツから制服には着替えさせてくれたけど、外に出ることは論外、常に見張られているような状態だ。私自身、罰を受ける覚悟であの機体に乗ったというのに…………何故だろうか、床の冷たさが少し心に突き刺さるような気がした。

あと、私を連行した機体達はライブラリに登録されていたよ。髑髏みたいなバイザーをしていた機体が[RF-9 レヴァナント アイ]、武者鎧みたいな感じの機体が[RRF-9 レヴァナント アイ・リベンジャー]らしい。けど、あと一機の頭部の殆どを占めるクリアバイザーが特徴的な機体だけはわからなかった。特徴を見る限りはレヴァナント アイと、それと同系列の[RF-12/B セカンドジャイヴ]を組み合わせたような機体だったけど…………でも、全部所属だけはわからなかった。普通なら必ず機体はどこの所属なのかを登録されているはず…………細かい部隊云々は仕方ないとして、最低でも日本国防軍とは登録されているはずなんだ。一体どういうことなんだろう…………。

 

(うーん…………今回の件といい、前のアーテルといい、わからないことが多くて頭がこんがらがってきちゃったよ…………)

 

なんで以前は私を襲ったはずなのに、今回は私を助けたのか…………アントは破壊の限りを尽くすと教えられてきた私にとって、あのアーテルの行動は全く理解できなかった。幸い、今まであった尋問でも、私がアーテルと出会い、剰え会話したなんて事は全く問われなかった。そんなことがバレたらそれこそスパイ容疑で銃殺刑かもね…………内心、そこのあたりのログが見つからなくてよかったと思っている。…………まぁ、私自身を否定されるような事は何度も言われたんだけどね——。

 

『男に与するなど、叛逆にも等しい行為だ。この裏切り物が!!』

『貴様は我々の権威を失墜させようとしているのだぞ。貴様などいない方が世界の為になる』

『この戦績も、男共に媚び売ってつけてもらったものだろう。我々の栄光に泥を塗るな!! この出来損ないが!!』

 

——まぁ、こんな感じだったかな…………しかも、それを言ってきたのは皆女性ばっかりだったから、きっと女尊男卑主義者なんだろうなあとは思った。でも、私に反論は許されなかった。尋問されるときは決まって椅子に縛り付けられて、向こうが望んだ答えをしなかったときは頬を叩かれたり、蹴り倒されたりもした。時には頭から水をかけられたことだってあったし…………精神的にも肉体的にも参りそうだよ…………。それに…………ここから出たとしても、クビは確定なんだろうなぁ…………お姉ちゃん達になんて言ったらいいんだろ…………。

 

「はぁ…………」

 

いろいろ考えていたら、思わずため息が漏れてしまった。光がほとんど入ってこない部屋にいる自分は、本当に日陰者なんだと実感させられる。世間での評価は本当に低いからね、私達パイロットも前線にいる国防軍人も。みんな、ISがいいとか、IS操縦者の方がいいとか、あまつさえISの方が強いとか言ってるし。そのせいで、前線に立つのは男だけでいいとか、そういう人達と一緒に戦っている女性も裏切り者とかと言われる始末だ。私が多分、その例だと思う。私の犯した過ちは認めるけど…………その思想にだけは負けたくない。だって私は、市民を守る国防軍人なんだから…………差別なんてしたくはない。

 

「おい」

 

ふと独房の外から声をかけられる。声の主は私を尋問した時に頬を叩いた女性だ。

 

「面会だ。五分だけ時間をやる。まぁ、この後は査問会があるからな、精々別れの挨拶でもしておけ」

 

そう言ってその女性はそこから立ち去っていった。そして、入れ替わるように来たのは、

 

「雪華…………?」

 

私を送り出してくれた雪華だった。でも、俯いていてその表情はわからない。もしかして、この間の戦闘で横須賀の方に流れ弾とかが行って、それで怪我でもしたのかな…………?

 

「どうしたの、雪華? どこか痛いの?」

「違うよ…………ただ、こんな時も力になれないなんて…………自分が悔しくて…………ごめん、一夏…………また力になれなかったよ…………」

 

俯きながら言葉を紡ぐ雪華の足元には水滴が溜まっていく。どうやら力になれなかったから、自分の無力さを嘆いているのと、私に何も出来なかった事を悔いているようだ。でも、私にはそう思えない。

 

「そんな事ないよ、雪華。だって、雪華達があの機体を私に使わせてくれなかったら、守れる命も守れなかったかもしれないんだよ? だから、泣かないで、ね?」

 

鉄柵越しに雪華の手を取る。今の私にはこれが限界だ。でも、ゼルフィカールを使わせてくれなかったら、瀬河中尉を失っていたかもしれないし、IS学園の民間人に被害が出ていたかもしれない。そう考えると、雪華は私に十分なくらい力を貸してくれた。

 

「ごめん、一夏…………本当は私が慰めに来たのに、逆に慰めてもらっちゃったね」

「気にしなくていいよ。こうして話に来てもらっただけでも、心が軽くなったから」

 

実際、ずっと一人でいたからね…………寂しくなって何度も泣きたくなったけど、そんな余裕すら与えてくれなかった。でも、雪華が来てくれたから、その寂しさもどこかに消えていった。やっぱり、自分の知っている人に会うと心も落ち着くんだよね。

 

「でも、一夏。これだけは覚えてて。私達は絶対貴方を助けるからね」

「おい、面会は終わりだ。さっさと失せろ」

「は、はい…………じゃ、一夏。その時を待っててね」

 

面会時間はほとんどなかったけど、最後に伝えられた事——助けると言っても、一体どうする気なんだろう。もう私には…………時間がほとんど残されてないというのに。それに、罪人である事に変わりはない。そんな私に手を差し伸べてくれる人たちがいる…………それだけで胸がいっぱいになった。

徐に鋼鉄の柵が開く。でも、両手には手錠をされたままだし、逃げる事は不可能だ。

 

「さぁ、お待ちかねの査問会だ。さっさと立ち上がれよ、クズが」

 

その女性が言うように動くが、せめてもの抵抗として睨みつける。私は…………こんな事には決して屈したりなんてしない…………屈したら、お姉ちゃんにも秋十にも怒られる。それになにより、私自身が負けを認めてしまう事になる…………それだけは絶対に嫌だ。

 

「なんだその目は? まだ私達に逆らうつもりか? まぁいい。今は粋がる事を許そう。尤も、それが原因で反逆罪に問われるかもしれないけどな!」

 

そう言って高笑いする目の前の女は見ていてかなり気分が悪かった。これほどまでに人を不快にする人に会った事はない。これがISが生み出した闇、そして、束お姉ちゃんの夢を潰した根源…………怒りで思わず唇を噛み締めていた。

 

「…………るさな…………」

「…………あぁん? なんだ?」

「許さない! 貴方達のような真似は、私が! 絶対に許さないんだからっ!!」

 

怒りで感情的になってしまった私はそんな事を口走っていた。でも、そのお陰でスッキリした気がする。許す気なんて更々ない。(みんなが言うには)いつもは穏和にしている私だけど、今回の件は攻撃的にならざるを得ない。女尊男卑主義者ってのは勝手が過ぎるよ…………! 命令無視に、人格否定に…………! 私が直属の上司だったら、六七式長射程電磁誘導型実体弾射出器(ロングレンジキャノン)を躊躇いなく撃ってるところだよ!!

 

「このっ…………! この後に及んでまだ言うのか! 貴様のような危険思想がいるから我々の尊厳が失われるんだ!!」

 

突如として襲う左頬の痛み。そして、衝撃に耐えられず、バランスを崩して壁に体をぶつけてしまった。そしてその場に崩れ落ちる私。…………痛っ…………口の中も血の味がする。叩かれた時に切ったのかもしれない。だが、こんな事で負けてなんていられない。私はそのままその女を睨み返してやった。その事に若干狼狽える女。

 

「な、なんだその目は! き、貴様のような危険思想を持った人間は早く始末するべきなんだ!!」

 

そう言って女は腰から拳銃を引き抜いてきた。銃口は真っ直ぐこっちを向いている。しかもこの近距離だから外れるのは宝くじに当たるくらいかな…………短い人生だったよ。結局、何もする事が出来なかったなぁ…………ごめんね、お姉ちゃん、秋十…………先に向こうで待ってるからね。でも、最後まで抗い続けてみせるよ…………それが今の私にできる事だから。そう思った時だった。

 

 

 

 

 

「——そうだな。危険思想を持った者は始末するべきだなぁっ!!」

 

 

 

 

 

「くぼぉあぁっ!?」

 

突然声がしたかと思ったら、目の前にいた女が吹き飛ばされていた。しかも、頭に膝蹴りを食らった状態で。…………あれ、ものすごく痛そう。まぁ、同情する気なんてないんだけどね。

 

「な、なんなんだお前は…………何が目的——」

「——口を開くな、この醜女が。少し眠っていろ」

 

そう聞こえたと思ったら、柵に女が叩きつけられていた。よく見たら白目を剥いて泡を吹いている…………なんだろ、人ってこんな風になるんだと変な納得をしてしまう自分がいる。人って、あまりにも突飛な事に巻き込まれると、思考が変な方向に向くんだね。

女を蹴り飛ばした人は拳銃を拾うと、そのまま懐にしまった。後ろ姿しか見えないけど、国防軍の制服の裾を少し伸ばした赤い服を着ていて、さらにポニーテールも相まって、まるで戦国の乙女のような感じがする。なんだろ…………初めて会った気がしない。前にもどこかで会ったような気がするんだよね…………どうしてなんだろう。

 

「さてと、無事…………ではなさそうだな」

「え、えっと貴方は——」

 

その人が振り向いた時に私は言葉が出なかった。

 

 

 

 

 

久しぶり(・・・・)だな、一夏」

 

 

 

 

 

「ほう、き…………?」

 

だって、五年も前に別れた幼馴染がそこにいたんだから…………。

 

 

「査問委員長、紅城一夏中尉を連れてきました」

「そうか。なら、君は下がっていてくれたまえ」

「承知致しました」

 

数年ぶりに再会した幼馴染の箒によって会議室へと私は連れてこられた。入ると中には大勢の人が集まっており、その中には葦原大尉や瀬河中尉、さらには楯岡主任、そして基地司令の武岡中将までもが揃っていた。その反対側には横須賀で出撃拒否をした女性少尉と私を尋問した人達が全員揃っていた。その人達の視線はかなりきついものだよ…………睨んでくる人はいるし、中には気味の悪い笑みを浮かべている人もいる。対して葦原大尉達は皆一様に黙って目を閉じ、腕を組んだまま動こうとはしない。…………も、もしかして、本当に私はクビになるの…………?

 

「さて、では査問会を始めるとしよう。査問委員長はこの私、西崎透吾郎大将が務めさせていただく」

 

日本国防軍本土防衛軍の全てを指揮する最高指揮官、西崎透吾郎大将の言葉には圧力が感じられた。正直武岡中将よりも歳はとっていると思うんだけど、それゆえに感じる威厳とか威圧とかが凄くて…………ちょっと漏らしちゃいそうになった。あ、この事はできれば内緒でお願い…………結構恥ずかしい事だから。

 

「で、本日の議題だが、紅城中尉による暴行の件だ。中尉、身に覚えはあるかね?」

「…………はい。あの時の事はよく覚えてます」

 

そりゃ、ついこの間みたいなものだから忘れるはずないよ。それに、あんな事を言われたんじゃ、いやでも頭に残っている。否定する事ができない、間違いない事実に私は首肯してから肯定の返事をした。

 

「内容に関しては此方も報告書を受けている。どうやら、君があの機体——ゼルフィカールを強奪するためにテストパイロットを殴ったと聞いているんだが…………真偽はどうなんだね?」

 

大将は目を細めてそう聞いてきた。まずい…………あの目は嘘をついたらただじゃおかないって目だよ…………お姉ちゃんも同じような目をした事が何度もあるからわかるよ。でもそれより…………私が機体を強奪するために暴行したって…………なんでそんな報告書が出てるの!? 確かに殴り飛ばしたのは事実だけど…………でも、強奪なんてするつもりはなかったよ!! 罪に問われるのは覚悟していたけど…………でっち上げの報告書が出ているなんて…………まるで私だけに非があるように言われているようで…………悔しくて唇を噛み締めていた。

 

「そうよ、その女が悪いのよ!!」

 

そんな私にさらに追い討ちをかけるかのように声を上げる人がいた。よく見るとあの時の女性少尉だった。

 

「おそらく、そこの中尉(・・)さんは私の事を妬んだのよ。自分の方が上なのに新型を支給されないなんてありえない、とでも考えたのでしょ? 見るからに精神も幼そうな中尉(・・)さんですからねぇ」

「ち、違います!!わ、私は、そんな事思ってなんて——」

「だから、この間の出撃の際に機体を強奪したのよ。テストパイロットである以前に一兵士である私が務めを果たそうとしていた時に、その中尉は私情に駆られて私に暴行を加えた! それ以上でも以下でもないわ!!」

 

あの女性少尉がいる周りの人はそれに賛同するかのように色々と言ってくる。尋問の時に言われた人格否定に、今回の件で自分達が何も罪がないように言っている。でも…………あの証言は間違ってるよ。何が務めを果たそうとした、だよ…………自分は戦場に行く気がなかったくせに…………!!

 

「——静まれ」

 

けど、そんなガヤも大将の一言で静まり返った。その声には怒りとかそういうものは全くなかったけど…………やっぱり凄みとかそういうのが感じられた。

 

「それで、紅城中尉。君から言う事はあるかね?」

 

そのまま向けられる私への発言。もう、ここで全てを話すしかない…………自分に必要以上にかけられた嫌疑は今しか振り払えないだろう。だから、自分のした事をありのままに話した。

 

「はい…………確かに殴り飛ばしたのは事実です。私もこの手で殴ったのを覚えてますから」

「でしょ! ならすぐに拘束を——」

「しかし! 私は強奪なんてする気はなかった!! 殴った理由は一つだけ…………あの少尉が前線に立つ仲間の命を軽視したから、それだけです…………」

「あ、あなた何を言って——」

「——少尉、私は君に発言権を与えた覚えはない。中尉、続けてくれ」

 

大将の言葉により再び静まり返った室内で、私は言葉を続けた。

 

「はい。この間の出撃の際、私は諸都合で横須賀基地にいました。すぐにでも応援に向かおうとしたのですが、自機である榴雷は修理中で、とても出撃などできない状態でした」

 

そこで一度区切って深呼吸をし、再び話し始めた。

 

「その状況に落ち込んでいた時、隣の方から口論が聞こえてきたんです。見ると、整備班長である楯岡主任とそこの少尉が何やら言い争っていました。聞けば少尉は『自分はテストパイロットだから関係ない』、『出撃は自分の本分じゃない』、『男は戦って死ぬしか価値がない』などと言っていたので…………まるで前線にいる人達の命を軽視しているようにも、私のいる中隊の仲間が侮辱されてしまったようにも聞こえたので、つい手が出てしまったわけです…………」

 

思い返すと言われた通り私情に駆られていたのかもしれない。でも、これだけは自信を持って言える。私は中隊と戦場に立つ人達の尊厳を守りたかった、それ以上でも以下でもない。

 

「事情は理解した。しかしだ、この査問会に意味はない。すでに君への処遇は決まっている」

 

そう告げられた時、私は絶望の淵に立つってこういう事なんだなって思った。真実を話したというのに、それを受け入れてもらえなかったように聞こえてしまって…………思わず涙が出てきた。悔しくなって、顔を伏せてしまった。その場に崩れ落ちそうになったけど、葦原大尉達がいる手前でそんなみっともない姿は見せたくなかったから、立ち続けてはいたけど…………こんな事って…………!! はぁ…………これで本当にクビになるのかな…………結局、お姉ちゃんや秋十に何もしてあげられなかったよ…………。

 

「今回、紅城中尉は厳重注意処分とする。加えて、一週間の休暇を与える事が昨日決定した」

 

…………え?

 

「って、ちょっと!! 処分が軽すぎるんじゃないの!? こいつは私の機体を——」

「中尉の戦績を考えれば妥当な判決だろう。初陣にもかかわらず逃げ遅れた民間人を救った、我が国防軍の英雄だ。そう易々と手放したくはないというのが総意なのだよ」

 

それにだ、と大将は言葉を続けた。

 

「貴様のように人の命を軽視するような輩よりは遥かにマシだからな」

「な、何故なのよ!? わ、私が嘘の報告をしたとでもいうの!? そ、そんなの、証拠が無きゃ——」

 

女性少尉は何やらうろたえた様子でそう口走るけど、大将は静かに懐からあるものを取り出した。あれは…………ボイスレコーダー?

 

「ここにはゼルフィカールが記録していたログが残されている。言っておくが、フレームアームズに残されたログは改竄することが不可能だ」

 

そう言って大将はレコーダーを再生した。流れてきたのはあの時の口論だ。丁度、楯岡主任とあの女性少尉が言い争っている。すると、突然鈍い音が聞こえてきた。あれ、私が思いっきり殴った音だ。確かプロテクトアーマー付きのところで殴ったからね…………それじゃ鈍い音もするはずだ。その後は私と女性少尉の口論となって、最後に一段と鈍い音がした後、何かに叩きつけられるような音が聞こえてきた。…………いくら頭に血が上っていたとはいえ、あの時の自分は相当とんでもないことをしていたんだなぁって、思い返された。

 

「言い訳は幾らでも聞いてやる。だがな、事実はもう返らん。何よりの証拠が今のログだ」

 

大将の鋭い眼光を受けた女性少尉は一瞬怯んだが、それでも言い足りないのか食い下がってきた。あれだけ西崎大将が言っているのにまだ食い下がってくるって…………そんなに私の事が気に入らないのかな…………?

 

「け、けど! 正規パイロットでもないのに、あの機体を使ったという事は、強奪も同然——」

「ああ、その件についても話しておかなければならなかったな」

 

してやったり、といったような顔をして私の事を見てくる女性少尉の陣営。その爬虫類のようにねっとりとした目が寒気を催す。あまりにも気持ち悪くて、思わず後ずさりしてしまった。というか、そっちの方に気を取られてしまったけど…………大将は新たに私に罰を下すつもりなようだ。も、もしかしてさっきのはブラフで、今度こそクビの宣告!?

 

「紅城中尉、ゼルフィカールについての感想はあるかね?」

「…………はい?」

 

クビの宣告が来ると予想していた私には本当に予想外の質問だった。多分私の顔は、まるで鳩がイオンレーザーカノンを食らったような顔をしているに違いない。てか、鳩がそんなものをまともに食らったら消し飛んじゃうか。で、でも、大将がこんな質問をしてくるからには何か意味があると思うから…………正直に答えた方がいいはずだ。

 

「なに、あの機体で実戦を経験した君に、あの機体の評価を聞きたいのだよ。実際のところどうなんだね?」

「そ、そうですね…………被弾していないので装甲に関しては言えませんが、運動性能、速度、即応性はかなり高度なものだったと思います。それに、外付けされていたイオンレーザーソードの取り付け位置も取り回しの点から見たら抜群の配置でした。でも、一番はテールユニットであるイーグルユニットでしょうか? おそらくあれが加速と安定性を両立している一番の要因だと考えます…………こんな感じでいいのでしょうか?」

「うむ。機体評価をしてくれて助かるよ。以降は君がゼルフィカールを運用してくれたまえ。開発も横須賀から館山へと移行する。これは本部の意向でもある」

 

…………はいぃぃぃぃぃっ!? まさかのこっちはお咎め無しで、寧ろもう一機増えるの!? ふと、葦原大尉達の方を見ると、みんな薄っすらと笑みを浮かべていた。もしかして、雪華が助けるって言っていた事ってこの事なの…………?

 

「ちょ、ちょっと!? あの機体は私のでしょ!? しかも、中尉にはあの榴雷とかという鈍亀が既にいるというのに!?」

 

榴雷の事を鈍亀呼ばわりされてムッとなる私。そりゃそうでしょ。だって、榴雷は私が初めて支給された機体だし、今まで何度も実戦を経験してきた機体で、何より私の命を救ってくれた機体でもあるから…………思い入れは人一倍強いと思ってる。だから、そんな命を預ける相棒をバカにされてなんとも思わないほど私はバカじゃない。

 

「本部としては、実戦経験があり、かつ適性値が[A-]以上、そして市民を守る国防軍人としての意識がしっかりしている者があの機体の操縦者として相応しいと判断。その全てにおいて抜きん出た数値を持っていたのが、紅城中尉という事だ」

 

…………ほぇ? えっと、私ってそんなに凄い適性値とか持ってたっけ? というか、なんだかんだで楯岡主任と雪華に拉致紛いの事をされてデータを採られた時の結果をまだ聞かされてないんだけど…………もしかしたら、今聞けるのかな? すごく場違いな気もするけど…………聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥と言うしね。

 

「あ、あのー、西崎大将、少し質問してもよろしいですか?」

「なんだね、中尉。何か不満でも——」

「そ、そうではなくて、私ってそんなに高い適性値を出したのかなと思って…………宜しければ、今教えてもらってもいいですか?」

 

大将は私の質問に暫く考えた後、口を開いた。

 

「楯岡技術中尉、今ここで公表してもいいかね?」

「問題はないでしょう。いずれ公表される代物ですし」

 

楯岡主任は肩をすくめてそう言っていた。って、そのうち公表とかの前に私に教えてくださいよ…………。

 

「わかった。なら教えよう。紅城中尉、君の適性値は測定不可能…………便宜上、ランク[SSS]と判定する事になった。確か、測定器が故障しかけたそうだな、楯岡技術中尉」

「ええ、全くですよ。測定終了後に機械がオーバーヒートやら回路がショートやらをしてたんですから、復旧に丸二日かかりましたねぇ」

 

…………次々と出てくる驚きの事実に脳みそが追いつかなくなってきている。えーと、私の適性値が測定不能で、最早最高クラスの[A+]を超えての[SSS]となったと…………もう訳わかんないよ。これ、査問会じゃなくてただのドッキリ企画なんじゃないかと思ってきた…………。

 

「それと、君に二機同時保有許可(ライセンス)を与える事になった。これは本部と国連議会の決議の結果だ」

「ら、ライセンス!?」

「その通りだ。君にはゼルフィカールに乗ってもらうが、それ以前に第十一支援砲撃中隊の人間だ。戦闘の要である支援砲撃要員を削る事は出来ない。故にだ、通常は榴雷を、不測の事態にはゼルフィカールを使ってくれたまえ。その辺は君の自由に任せよう」

 

…………なんか話が飛躍しすぎて、色々追いつかなくなってきている。まさかの私にライセンス!? そんな者持っている人なんて噂でしか聞いた事ないんだけど!? 例えば、現在衛星軌道上で月面から飛来するフレズヴェルクを狩るカトラス(SX-25)に乗ってる人はもう一機隠し持ってるとか、欧州方面でジャイヴ系のカスタム機に乗ってる人は変形する機体を切り替えて使ってるとか等…………ほとんど眉唾ものみたいな感じの話なのに、一気に現実味を帯びているんだけど…………。なんだろ…………この先ちゃんとやっていけるのか不安になってきた。って、あれ? いつの間にか私の罰、かなり軽くなったよね? 寧ろ、好待遇に変わってないかな?

 

「さて、これで紅城中尉に関する事項は以上となる。中尉、質問はあるかね?」

「い、いえ! ありません!」

「よろしい。他の事は武岡中将に聞くといい。では、これにて紅城一夏中尉の事項は以上とする。休暇の後からはしっかり頼むぞ、中尉」

「は、はい! 期待に応えられるよう、精一杯努力させていただきます!!」

 

私は大将の言葉にそう答えた。結構色々回り道をしたみたいだけど…………でも、余計な罪を振り払う事が出来て良かった。とはいえ、叩かれたところが少し腫れていて、痛いんだけどね…………。

 

「よろしい。では——貴様らの処遇を言い渡そう」

 

大将は私に向かってそう優しく言葉を投げかけてくれたが、直後また鋭い目つきとドスの効いた声であの女性少尉の陣営に向かってそう言った。

 

「わ、私たちの処遇!?」

「なんで私たちが!?」

「黙れ。貴様達の犯した罪は大きい。立川から運び出された五機のフレームアームズを強奪し、紅城中尉を拘束。その後、暴行を加えたと内偵より聞かされているのだ。その行為、許されるとでも思っているのか? それにだ、そこの少尉は紅城中尉に対し、侮辱とも取れる発言をした上に、命令無視。どれもこれも許されざる行為だ。故に貴様らにはそれ相応の罰が下る」

 

大将は一度息を整えると再び言葉を紡いだ。

 

「貴様ら全員に懲戒免職及び四年の禁固刑を言い渡す。これは決定事項だ、異論は認めん」

 

はい、クビの通告が出されましたー。というか、こんな十数人も一気にクビにしても大丈夫なのかな…………? それだけ戦力が下がっちゃうわけだし。

 

「な、なんでよ!? なんで私たちの方が重罪なわけ!? 全く意味が——」

「——キャンキャン吠えてんじゃねえよ、いい加減諦めろ」

 

食い下がろうとした女性少尉に対して、瀬河中尉がそう言葉を放った。前に横須賀基地でお世話になった時の優しい声じゃない。心の底からの怒りを込めたような言葉だった。

 

「あんたらの方が重罪に決まってんだろ。なんせ、私の命の恩人に手を出してんだからな」

「それは貴方の勝手でしょう!」

「そういうあんたらも随分身勝手な事を言ってたようだけどな…………本当なら今ここでぶん殴ってやりたいところを必死に抑えてんだ。寧ろ感謝しな」

 

そう言って腕を組んで目を閉じる瀬河中尉…………だけど、あんなに怒った姿を見るのは初めてかもしれない。横須賀基地にいたときは数回ほど私のスカートをめくろうとするような、少しセクハラ気味と、色々と世話を焼いてくれる優しい人だったのに…………。

 

「瀬河中尉の言う通りだ。俺だって、自分の部下がこんな目に合わされてんのに、黙っちゃいられねえ。確かに紅城中尉は若年兵だ、色々と幼いところはあるだろ」

 

…………葦原大尉? その、視線が今日は胸とかそういうところに向かないって…………それって、もしかして本気でキレてます? 葦原大尉の顔を見たら幾つもの青筋が立っている。多分、中隊のみんなが見たら驚くだろうね…………普段、セクハラしかしてこない飄々とした性格の人だから尚更だ。

 

「だがな、こいつの精神はお前らなんぞよりよっぽど大人だ。それこそ中隊の連中もこいつには頭が上がんねえよ。そんなこいつに暴行をしたなど…………俺や中隊の連中は黙っちゃいねえぞ」

 

普段全く見せることのない睨み顔をする葦原大尉。…………本当に葦原大尉なんですよね? 全くもって普段からは想像ができないんですけど…………。

 

「しかも、そこの少尉はアーキテクトすら乗った事が無いとか。俺らからすればそんな奴に機体を預けるのはゴメンだ。貴重なFAをそう易々と潰されてはこっちの身ももたねえよ」

 

さらに追い討ちをかけるかのように楯岡主任までもが言ってきた。声こそいつものような感じだけど、ここまで淡々と喋る主任を見るのは初めてだ。

 

「そういえば、内部に女性権利団体の者がいたそうじゃないか。奴らの手引きにより、正規の訓練を受けずに入隊してきたものも多数いたそうだ。若年兵ですら正規の訓練を受け、その努力のもと日々努めを果たしているというのに…………それを行わぬ貴様ら等に国防の任を与えるなど片腹痛いわ!!」

 

中将がガチギレ!? あのいつもは少しのんびりとした感じで、私の事を孫みたいに見てくるあの中将がだよ!? これ本気でやばいでしょ!? …………中将は絶対怒らせないようにしよう、私は心の中でそう誓ったのだった。ただ、中将は、いつものように戦場に駆り出される私たち若年兵の事を考えていたから…………多分、そこから来た言葉なんだと思う。まぁ、私自身、正規の訓練を受けてない人となんて組めそうにはないからね。

 

「まぁ、落ち着け中将。それに君達も少し熱くなりすぎだ。——では、後は任せるぞ」

「御意」

 

大将はそう言うと今までずっと無言を貫いていた箒が立ち上がり、女性少尉の陣営の前までやってきた。

 

「さて、先ほど西崎大将が述べた通り、貴様らには刑罰が待っている。よって、ここで拘束させてもらうぞ」

「くっ…………! この小娘が!! いい気になっ——」

「——狼藉は控えろ。騒げば寿命が縮むだけだ」

 

…………あまりの事に言葉が出なかった。何やら騒ぎ出した女性少尉に向かって箒は腰に構えていた刀を抜き放った。それは寸でのところで止められていたけど…………一歩間違えればここが血の海に変わることを想像するのは容易だ。それをなんのためらいもなく行える箒って…………一体何があったんだろ。尤も、その脅しを受けた女性少尉はおろかその周りの陣営も一瞬にして静まり返った。

 

「それでいい。警邏隊、こいつらを拘束せよ」

 

箒がそう言うと、入り口から館山基地の詰所に勤務しているみんなが入ってきた。手には縄やら手錠やら、様々な拘束具が持たれている。それからというものは早かった。十数人もいる人を手際よく手錠をかけて、さらには猿轡まで嵌めて、そのまま縄で縛り上げてから室外へと引きずり出していった。流石に猿轡を嵌められて言葉を発することは難しくなっていたようだけど、結局最後の一人が連れ出されるまで何かを言い続けていた。…………あんな人間だけにはなりたくないなぁ。

 

「では、これにて査問会を終了とする。各員、各自の命令に従って行動せよ」

 

そう言って西崎大将と箒は会議室を出て行った。最初から最後まで威厳に満ち満ちた人だったなぁ。この広い空間に残されたのは、私と、葦原大尉、瀬河中尉、楯岡主任、そして武岡中将だ。

 

「紅城中尉」

「は、はいっ!」

 

唐突に葦原大尉に呼ばれて硬直する私。そのままこっちに来いと手招きをされたので、その通りに従って葦原大尉のもとに向かった。

 

「あ、あの、一体なんでしょうか?」

「とりあえず、両手を出しな」

 

そう言われて両手を前に出す私。視界には手錠をはめられた私の両手があった。…………そういえばずっとこれをつけられたままだったっけ。

 

「いいか? 絶対に手を動かすなよ」

 

そう言われて、私はそのまま手を前に出したままにしていた。すると、葦原大尉は両腕だけ榴雷を起動させた。一応、フレームアームズも部分展開ができるけど、緊急展開と同じようにエネルギーを消費するから、あまり使用は推奨されない。そして、私の手錠をその強靭なパワーで引きちぎった。ジョイントから破壊された手錠は私の腕から床へと落ちていく。

 

「お前はよく頑張ったよ。本当、中隊の誇りだ。それに…………今までよく耐えていてくれたな。すぐ助けてやれなくて御免な」

 

そう言って、私の頭を撫でてくる葦原大尉の顔は作戦が終了した時に見せるような笑顔だった。それを見て私もなんだか安心した気持ちになって、なんだか目尻が熱くなってきた。

 

「ん? 一夏、お前…………泣いているのか?」

「ふぇ…………?」

 

瀬河中尉に言われて気付く私。そっと拭ってみると確かに涙が流れ落ちていた。あ、あれ…………な、なんで…………なんでだろ…………な、涙が、溢れて止まらないよ…………。

 

「って、あ、あれ? お、俺なんか泣かせるようなことでも言ったか?」

「うぉ? あー、葦原ー、お前一夏ちゃんを泣かせてんじゃん。どうすんだこれ?」

「一層の事、大尉、君も休暇にさせてやろうか?」

「滅相もございません!!」

 

楯岡主任や中将が葦原大尉に何か言ってるけど、わからないよ。というか、涙が本当に止まらない…………なんで…………もう、悲しくもなんともないのに…………。

 

「…………まぁ、今は思いっきり泣いておけ。聞いたぞ、お前が尋問を受けたって。というか、その顔の傷でわかるわ。辛かったんだろ? 痛かったんだろ? …………なら泣いてスッキリしとけよ。ここには俺や中将、瀬河に楯岡しかいねえからさ」

 

そう言われた瞬間、この暫くの間のことが蘇ってきた。尋問されて、叩かれたり、蹴られたり、水を掛けられたり、有る事無い事言われたり…………そんな苦痛の日々が脳裏をよぎった。叩かれるのも蹴られるのも痛かったし…………有る事無い事言われるのは辛かったし…………何よりみんなに会えなくて寂しかったし…………だ、だめ…………それ以上考えたら涙が止まらなくなる——

 

「ぐすっ…………うぅっ…………」

「中隊内で上官としての立場もあるから、お前はなかなか甘えねえけどさ、偶にはいいんだぜ。国防軍人である以前にお前は、まだ一人の女の子なんだからな…………本当、よく耐えたよ。お疲れさん」

 

——その言葉を聞いた瞬間、押さえつけていた私の心は堰を切ったように溢れ出したのだった。


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