FRAME ARMS:RESEMBLE INFINITE STORATOS 作:ディニクティス提督(旧紅椿の芽)
「ちょいと多すぎじゃねえのか、これ…………」
戦闘開始から早二十分。第十一支援砲撃中隊長である葦原浩二はそう言葉を漏らしていた。自機から伝わるアント群の姿。視界のほとんどがそれらに埋め尽くされる事など幾多も経験してきた彼だが、それでもこの状況に慣れるという事はない。
『隊長、そうぼやいても仕方ねえものがありまっせ』
「そんな事言われてもなぁ…………こいつがパツ金な美女だったらどれだけ嬉しい事なのやら…………あぁ、機械の連中より、早いとこ美女と熱い夜を過ごしてぇ…………」
『…………いつもの隊長で安心したっすよ』
なお、浩二の女癖はどこにいっても平常運転であるようだ。それを聞いた部下は呆れた声で返答したが、それ以上に安心したのかもしれない。上に立つものが事を焦ってしまっては、下の者達は動揺し、下手をすれば部隊が壊滅してしまう事だってある。ゆえに、この平常運転である浩二の女癖は、部下達にとって一種の気休めみたいなものとなっていた。
再び鳴り響く電磁音。浩二の周りに展開された、彼を含めて五機の榴雷による砲撃はアント群中央部に着弾。その圧倒的破壊力を持って撃滅せんとするが、その攻撃も物量に押し返され、未だ戦局に出口が見えない。
『で、他の部隊の動向はどうなんです? まさか、もうくたばったなんて話はナシっすよ?』
「んな事あったら、俺らなんざ速攻あの世行きのチケットを手に入れたようなもんじゃねえか。まだどこの部隊も生き残っちゃいるが…………前の連中がどこまで持つか知らねえぞ」
『じゃ、その前に撃破数を美味しくゲット、というわけね?』
「そういうこった。そんじゃ、連中に
『『『『了解!!』』』』
浩二のその言葉を皮切りに、彼とその周りに展開している榴雷・改五機に加えて、その直衛についている轟雷三機、漸雷三機が武装を構えた。榴雷は自慢のロングレンジキャノンとシールド裏のミサイルランチャーに加えて脚部のミサイルコンテナ、轟雷や漸雷は滑腔砲やバズーカ、中には手持ちのロケットランチャーといった重火器の数々が一同に揃う。戦列を揃えた砲兵の姿は見るものを畏怖させるが、機械であるアント群はそんな事を気にせず突っ込んでくる。
「全機、射撃開始!!」
浩二の号令とともに轟音が鳴り響いた。射撃時の轟音と着弾時の爆音が奏でるオーケストラは、その演目ごとにステージを激しく揺らす。この演奏を聴いた観衆は皆揃って腰を抜かす事だろう。しかし、この場に観衆などはおらず、ましてや単純なプログラムしかないアントにはその壮大さが伝わらない事が唯一残念な事だ。砲弾が着弾する、腕が空高く舞い上がった。ミサイルのシャワーが降り注ぐ、機体が焰の中に沈む。だが、それでも爆炎の中をアントは突き進む。彼らにはまるで撤退という考えがないかのように。
『隊長! 第一陸上攻撃隊から支援要請! どうやら、ゴブリン野郎の群れらしいっす! 座標データを送ります!』
「座標データの受信を確認した。引き続き第二陸上攻撃隊の支援は02が指揮をとれ。03から06は俺と一緒についてこい!」
『『『了解!!』』』
部隊を二分した第十一支援砲撃中隊はその集中投射火力を低下させるも、陸上攻撃隊の支援を続行していた。鳴り響く破壊のオーケストラは未だその終幕を見せる事はなかった。
『あ、こちらグランドスラム08。隊長、ライドカノンが弾切れなった。前線に突っ込んでくる』
「はいはい。まぁ、陸上攻撃隊と遊撃隊の連中には話し通しておくから、あとはいつも通り任せたぞ〜」
グランドスラム08——三河悠希少尉はそう浩二に告げると、自機である漸雷を加速させ、前線へと突っ込んで行ったのだった。浩二はその背中を見送ると、再び榴雷のロングレンジキャノンを展開する。バイザー越しに彼が確認したのは、コボルドに撃破された第一陸上攻撃隊所属の轟雷の姿であった。周囲にはシュトラウスも集まりつつある。その光景に歯ぎしりしながらも、彼は部隊の指揮をとらなければならない。冷静さを欠かないように、彼は再び指示を出した。
「お前ら! 前方にいるゴブリン野郎と鳥頭共をぶっ飛ばすぞ!!」
『『『了解!!』』』
その声とともに、爆音と爆炎のステージは再び幕を開けたのだった。
『にしても、一夏の奴がいない時に来るなんて…………』
「確かに榴雷一機分の火力が足りてねえけどな…………だが、俺たちがやらなきゃどのみち敵は蹴散らせねえぞ」
『くっそー! 一夏ちゃんの声で挨拶されたら俺、まだ力が出せるのに!!』
「そんな事言ってる暇あったら、とにかくトリガー引いてろ。俺だって金髪のねーちゃんの写真を一夏の奴から受け取るのを楽しみにしてんだから」
『…………どういう状況なんすか、それ?』
『とか言ってる間に、ヴァイスハイトのお出ましでっせ!』
攻撃はさらに苛烈になっていくが、敵は減る様子がない。そんな先の見えない戦場に誰もが神経をすり減らしていたのだった。
◇◇◇
(これで四機目か)
マシンガンを構えていたアントに対してショットガンを叩き込んだ悠希は心の内でそう思っていた。彼自身、砲撃戦というよりは近接戦がどちらかというと得意な分野である。そのため、彼の駆る漸雷はより近接戦に特化したセッティングになっている。背中と両脚にはエクステンドブースターが装着され、また脚部にはサブブースターまでもが取り付けられているのだ。しかし、それゆえにベースとなった漸雷より遥かに操作性が悪くなっているのも事実だ。そんな機体を操る悠希は特にこれといった苦もなく、淡々とアントに攻撃を加えていた。
「おっと、あぶね」
背後から急に振り下ろされたバトルアックスをブースターによる操作で強引に回避する悠希。そのまま背後に回り、バトルアックスを振り下ろしたアントに向かって左腕に装着されたダブルバレルガンのバヨネットを突き刺した。その攻撃で機能中枢を破壊されたのか、そのアントは動き出す気配を見せる事はなかった。
『ずいぶん派手にやってるじゃねえか』
「榴雷も裸足で逃げ出すような火力を振り回してる昭弘には言われたくないよ」
バヨネットを引き抜いた悠希の背後から幾多もの銃弾が飛び交う。しかしそれらは全てアント群へと叩き込まれていく。攻撃の主は第五遊撃中隊所属の輝鎚——操縦者は古地昭弘だった。彼の機体もまた特殊な形状だ。頭部こそ輝鎚・甲のままであるが、胴体や脚部には輝鎚・乙特有の増加装甲、そして背後には輝鎚・丙の大型ブースターユニットが取り付けられていた。これが輝鎚に機動性と強化された防御力を付与し、試作した機体である。昭弘はその機体の両手に大型ガトリングガン、両背部に二連装砲を装備させている。その火力は素の榴雷を軽く凌いでいた。
『相変わらず思うんだが、俺らって配置をミスったよな…………? 俺の方が砲撃向きだろ』
「そう言っても仕方ないよ。まぁ、その申請を出すにも、どのみち現状これで生き残るしかないけどね」
昭弘の砲撃を背に、悠希は再び敵中へと突貫していった。この辺には未だアーキテクトタイプのアントしか展開してないが、いつコボルドやシュトラウス、そしてヴァイスハイトが出てくるかわからない。故に、早期に殲滅しておきたいというのが二人の本心だった。ガトリングと二連装砲による砲撃で多数のアントが蹴散らされる。生き残ったアントもショットガンを叩き込まれるか、ダブルバレルガンを叩き込まれるかで沈黙していく。
「そういや、他のメンバーは?」
『少し厄介な奴を相手にしている…………どうやら、この鉄塊でも相手になるか怪しいところだとよ。現に漸雷二機が沈黙してる』
「ふーん。それじゃ、早く片付けて、応援に行かないとね」
そう言うと悠希は弾の切れたショットガンを格納し、代わりに日本刀型近接戦闘ブレードを取り出した。それを見てか昭弘もガトリングガンを格納し、二振りのバトルアックスを構える。前方には素体アントの他、コボルドやシュトラウスが少しずつ混じり始めた。姿勢を低くし、二機は突撃の体勢をとった。
『そういや、俺も聞きたいことがある。お前、一夏に会ったんだよな?』
「うん。昭弘以外には言ってないけど」
『…………あいつ、元気そうだったか?』
「うん。ここにいた時と同じくらい元気だった」
昭弘の問いにそうなんでもなく答えた悠希であるが、
(ま、怪我してたなんて言えないか。一夏に口止めされたし)
内心、嘘の答えをしてしまったことに何か思う節があったようだ。とはいえ、ここは戦場。迷いの思考を一瞬で切り捨てた彼は敵陣へと再び突っ込んでいった。
「そんじゃ、いつも通り、撃ち漏らしはお願い」
『わかってる。だが、できる限り一箇所に集めてくれよ』
「はいはい」
◇◇◇
「くっ…………厄介な物量だな!!」
『ぼやいても数は減りませんよ、姐さん』
「ンな事は私にだってわかるわ!」
そう叩きつけるように言って、飛んできたコボルドを再び地上へと叩きおとすのは、スティレット制空仕様とその操縦者である瀬河真緒中尉。彼女は自身の部隊である第二三航空戦闘隊を率いて、館山基地防衛の支援に当たっていた。既に対地攻撃用のミサイルは弾切れであり、代わりにロングライフルを構えて攻撃していた。高威力の銃弾が飛翔してくるコボルドを穿っていく。しかし、上空にはコボルドのビーム・オーヴガンによる攻撃で幾多ものビームが交錯しており、少しでも油断すればあの世に逝ってしまう。そんな状況が変わらない事に毒突くのと、先の見えない戦いに男勝りな彼女は苛々を募らせていた。
「で、ヴァイパー02! 第一陸上攻撃隊の第二ライン撤退率は!!」
『こちらヴァイパー02! 現在撤退率は八十五パーセント! なお、撤退中の損害は無し!』
「よーし! そのまま連中を下げたら一気に反抗だ! それまで全機勝手にやられるなよ! 勝手に死んだら命令違反であの世に迎えに行ってやるぜ!!」
『『『イエス、マム!!』』』
彼女の周りに集まる三機とは別に、現在損害が最も大きい第一陸上攻撃隊の撤退支援を行なっている四機にそう檄を飛ばした真緒は攻撃の手を更に強めた。眼下に群がるコボルドやシュトラウスの非装甲部へと的確に、だが激しく銃弾が叩き込まれていく。攻撃を受け擱座した機体はそれでも動こうともがくが、直後に飛来した第十一支援砲撃中隊の砲弾によって屠られるのだった。
『それにしても、これ弾数足りるのか? 俺なんてガトリング撃ち切っちまったぞ』
「03、弾が切れたら気合いで切り込んでくだけだろ。何度も言わせんな」
『へーへー』
『こちらヴァイパー02。第一陸上攻撃隊の撤退は完了です!』
「おっし! お前ら! 聞こえたな? これより私らは反抗に出るぞ! 全機兵器使用自由! 残らずアリ共を食い尽くせ!!」
『『『イエス、マム!!』』』
真緒を含めた四機が先行し、後方から新たに四機が加わる。その後、
「おっと、あぶねえぞ05!」
その様子が視界に入った真緒はロングライフルに通常弾ではなく
『す、すみません、姐さん』
「礼なんざ後回しだ。しっかし、なんでこのAPFSDSを全面配備しねえんだ? 今後も
そんな愚痴を漏らしながら、真緒は自機にビーム・オーヴガンを向けていたコボルドの右肩を吹き飛ばして地面へと送り返す。その間に体勢を立て直した僚機は攻撃を再開した。
『ですが、もう少しで新型が配備されるそうですので、そういうことはなくなるんじゃないですか?』
「かもな。まぁ、私は
軽口を叩いてはいるが、状況は一向に変わる気配を見せない。二機とも残弾はほとんど残っておらず、今構えている武器が最後の銃火器である。残りわずかな弾を確実に当てていく二機。
「こいつで最後のプレゼントだ!」
最後の弾を撃ち、シュトラウスの頭部を穿った真緒はロングライフルを格納、代わりに野太刀型近接戦闘ブレードを構えた。僚機のスティレットもサブマシンガンの弾が尽きたのか、既に近接戦闘に移行しようとしていた、その時だった。
『ぐがぁっ!?』
「どうした、05!?」
突如として僚機が撃たれた。ギリギリで回避したものの、左肩のスタビライザーとエンジンに着いてる安定翼を吹き飛ばされ、機体バランスは一気に崩壊しかけている。そのような機体でも体勢をなんとか立て直しているのは、彼が歴戦の兵士であるからだろう。
『だ、大丈夫です…………スタビライザーが吹っ飛んだだけっすから…………まだやれます』
僚機はそう言っているが、真緒には到底そのようには思えなかった。空戦型の機体バランス制御は一部が自動化されているとはいえ、一般的な戦闘機パイロット並の集中力を要求する。機体損傷時には自動で重量バランスを制御するが、スタビライザーなどのパーツをやられた際はその限りではない。僚機は体勢を立て直したとはいえ、自機に表示された
「いや、このまま後退する」
『た、隊長!? まだ自分はやれます!! このまま継戦を——』
「ばーか。弾切れでその機体じゃ足手纏いが関の山だろ。言っておくが、自爆特攻なんて考えんなよ? それをしたら最後、お前には懲役百年の私刑を私は科すよ。それにだ——」
真緒は一度呼吸を整えてから言葉を紡いだ。
「——優秀なパイロットは機体と違って替えが効かねえ。だからよ、勝手に死に急ぐんじゃねえよ」
パイロットの養成にも時間がかかる。それはどんな兵器を扱う上でつきまとう問題だ。そして何より、部隊で築き上げた連携や絆というものを再び同じ状態に戻すことはできない。這いつくばってでも生き残れ——真緒にとってそれは誰がなんと言おうと譲れないことだった。
『…………了…………解っ』
僚機は奥歯を噛み締め、なんとか絞り出した声で返答した。悔しさの滲む声、それは足を引っ張った自分のやるせなさから出たものなのか、それともおめおめと逃げ帰ることの罪悪感からなのか、それは彼自身にしかわからない。
『パイソン03よりヴァイパー01へ。どうした、何かあったか?』
「こちらヴァイパー01。ああ、ちょっとトラブっちまってね。できれば後退の援護を頼みたいんだが…………」
『了解した。十秒後にそちらへ向かう』
攻撃を躱しながら後退し続ける真緒たちに通信が入る。どうやら自分と同じ横須賀基地所属の部隊——第二一航空戦闘団の機体のようだ。
「十秒も援護射撃無しに撤退とか、かなりきついな、こりゃ。やれるか、05」
『生き残れって言ったのは誰でしたっけ…………? 精々、隊長より先に川を渡らないようにはしますよ』
「その意気だ。終わったら、酒でも奢ってやるさ」
真緒たちが展開しているのは戦域の最深部。現在支援砲撃は、第一陸上攻撃隊及び第二陸上攻撃隊の撤退支援に用いられており、支援砲撃中隊及び館山基地所属の機甲部隊の砲撃支援は望めない。加えて、敵の攻撃は緩むことなどない。だが、それでも彼女は生き残るという意思を消すことはなかった。
『こちらパイソン03、貴官を発見した』
その意思を貫いた結果なのか、予定より二秒早く援護に当たってくれる二機が合流しようとしていた。
「おお、助かる助かる。援護、感謝するわ」
『へっ、困った時はお互いさ——』
しかし、合流は叶うことはなかった。真緒たちに合流する直前、二機は光波に撃ち抜かれ、そのまま推進剤に引火したのか爆発、撃破されてしまった。その事に動揺したのか、僚機は一瞬動きを止めそうになったが、生き残るという意思が強かった為か後退をし続ける。
「な、なんだあの攻撃は!? 見たことねーぞ!!」
『隊長! あの攻撃です…………自分を撃った攻撃はあれです!!』
厄介なものが出てきたな——真緒は内心そう思った。今まで散々コボルドやシュトラウスを相手にしてきた彼女はその度に放たれるビームというものに慣れていた。眩い輝きを放つ光の矢、それが彼女の認識であり、故に回避する術も知っていた。だが、今の攻撃は違う。まるで、光の弾が飛んでいったように見えたのだ。避けられるかどうかわからない、初めて相対する武器に逃げ切れるか、その事が彼女の頭の中を駆け巡っていた。その思考を中断するかのように鳴り響く
(くっ、ここまでなのか…………!!)
その銃口から光波がいつ放たれるかわからない。だが、真緒にはその時間がやけに長く、そして自分の周りの時間が非常にゆっくりと進んでいるように感じた。これが死ぬ直前ってやつなんだな——瀬戸際となった今、真緒の思考はいつになくクリアになっていた。
(悔いの残る人生だったな…………)
銃口の奥に光が溜まっていく光景を見つめながら、これが最後だと腹を括った、その時だった。
『やらせるもんかぁぁぁぁっ!!』
突如として聞こえてきた叫び声。と同時に、目の前のヴァイスハイトは強力な蒼色の光を放つ極太のレーザーに貫かれ爆発四散した。それにより正気に戻った真緒は少し遅れて回避行動をとり、撤退速度をさらに上げた。
「な、なんだ今の攻撃は!? どこから撃ってきた!?」
何事かと思い、ふと視線をレーザーが放たれた方に向ける真緒。その視界には、蒼い翼を広げた荒鷲の姿が映っていたのだった。
◇◇◇
「ま、間に合った…………!」
全速力で飛ばして館山基地に向かっていた私——一夏は、瀬河中尉にベリルショット・ランチャーを向けるヴァイスハイトの姿を確認していた。瀬河中尉の機体もその横の僚機も格闘武器しか構えてない。まずいと判断した私はイオンレーザーカノンを展開、ヴァイスハイトに照準を合わせて放った。初めて使うレーザー兵器は思いの外反動が少なく、またその大口径レーザーは多大な破壊力を持っており、一撃でヴァイスハイトを撃破した。す、すごい…………榴雷のロングレンジキャノンでようやく破壊できる機体をこんないとも簡単に…………と思ったけど、残弾数を確認すると残り五発。そう易々と撃てる代物じゃないと判断し、代わりにアサルトライフルを展開して瀬河中尉の元へと向かった。
「中尉!! 無事ですか!?」
『その声…………まさか、一夏か!? ふぅ、助かったぞ。病み上がりにしては上出来じゃねえか!!』
突っ込んでくるコボルドに対してアサルトライフルを撃ち、牽制しながら瀬河中尉の状態を確認する。中尉には何も怪我とかないようだけど、僚機の方はダメージがかなり出てる。
「それよりも、現在の状況は?」
『全体はわからないが、私達は弾切れで撤退してる最中さ。それよりも、その機体って確か——』
「まぁ、色々事情が…………って、とにかく今は撤退を急いでください。これ貸しておきますんで!」
とりあえず、瀬河中尉に今構えていたアサルトライフルとマガジンを渡した。さっき弾切れって言っていたから、これさえあれば撤退時の牽制射撃に使えるかもしれないからね。
『すまん、恩にきるぞ!! お前はどうするんだ?』
「私は敵を倒しながら中隊と合流します。それでは!!」
そう言って瀬河中尉と別れた私は、第十一支援砲撃中隊が展開しているであろう場所へと目掛けて移動を開始した。アサルトライフルを渡した私は次に改良型セグメントライフルを展開する。どうやらリニアライフルらしい。装填弾数は二十発。大体アサルトライフルくらいとはいえ、予備のライフルがあるがそれ以外の予備マガジンはない。でも、泣き言なんて言ってられない。
「せやぁぁぁぁっ!!」
正確に照準を定め、セグメントライフルを放つ。聞き慣れた電磁音と共に放たれた弾は真っ直ぐヴァイスハイトの胸部を直撃し、機能中枢を破壊したのかその場に崩れ落ちた。は、破壊力すごい…………。まぁ、そんな感嘆している暇なんてないんだけどね。さっきから物凄い
「こいつ…………っ!!」
飛びかかってきたシュトラウスに最後の弾丸を叩き込んで沈黙させる。それと同時に次のライフルと交換しようとした時だった。目の前に四脚のアントが現れた。それも、そのど真ん中に構えている砲台の砲身を私に向けて。今ライフルの交換をしても、次の弾が撃てるまで僅かな時間ができる。距離もそれなりに離れているが…………この機体の加速力を信じれば、接近戦に持ち込める。私はさらに機体を加速させた。どうしてここまで自由に扱えるのか、自分でも不思議に思うくらい、動きが滑らかだった。飛んでくる砲弾を躱しつつ、ライフルを格納し終えた私は次のライフルを左手に展開させる準備をして、左腰にある武器を引き抜いた。
「こいつでもくらえぇぇぇぇぇっ!!」
引き抜かれた柄からは蒼色のレーザーが刀身となって展開された。これがイオンレーザーソード。それを思いっきりふるって四脚のアントを斬りつけた。すると、アントがまるでバターのようにすっと切り裂かれたのだ。最後まで振り切った直後にアントは沈黙した。…………一体楯岡主任達はどんな機体を生み出そうとしていたんだろ…………?
残りの弾は全て合わせて二十五発。心許ないが、やるしかない。どのみち、戦うしか先を得られないんだから…………。今のところ出せる限界まで出して、戦場を駆け抜ける私。その道中で何体かアントを斬り伏せたり、撃ち抜いたりしたけど、数えてないや。
『な、なんだあの機体は!? 見たことねえぞ!!』
『化け物かよ…………でも、これなら勝てるぞ!!』
『よっしゃぁっ!! 俺らもあの機体に続けぇぇぇぇぇっ!!』
何やら私の知らないところで反撃が始まったみたいだ。すでに戦況はこっちに有利に傾いていたのかもしれないけど、こんな風にして戦線を追い上げていくのを見るのは初めてかもしれない。今までは後方からしかその光景を見る事が出来なかったからね。
そして、大分後ろまで下がった時、セグメントライフルは全弾が尽きていた。かといってイオンレーザーカノンを撃つにも敵も味方も入り乱れている状況じゃ撃てない。ただ、斬り伏せながら突き進んでいる時だった。視界に見覚えのある機体が目に入った。ブースターを取り付けた漸雷と全部盛りの輝鎚…………間違いない、あの機体は——
「悠希! 昭弘!」
『その声…………一夏?』
『お前、まだ横須賀にいるんじゃ!?』
悠希と昭弘の機体だ。二人とも近接装備で敵を斬ったり、叩き割ったりしている。うん、これどっちもパワー型だよ。というか昭弘…………バトルアックスの振りが間に合わないからって素手で打ち砕くかな普通…………まぁ、輝鎚のパワーならできないこともないと思うけど。
「その横須賀から飛ばしてきたんだよ。話はまた後で。で、悠希、中隊の展開場所は?」
『ここから北北西方向。そっちの機体はデータリンク機能してないの?』
「う、うん…………訳ありの機体だから、ね。それじゃ、また!!」
『あ、ああ。気をつけてな』
二人を後にした私は悠希に言われた方向に機体を向けた。この先に中隊が展開している。早く合流して戦域データリンクに登録してもらわないと…………どうやらこの機体は未登録だったみたいだから、現在レーダーマップだけを頼りに移動している。ここに味方機体情報を表示する戦域データリンクがなきゃ、誤射だってしてしまう可能性があるし、迅速な支援も行えない。それに、いくら友軍コードを出していようと、未確認機であるなら捕縛、悪くて撃墜されかねない。そして、その登録を許可できるのは自分のデータを預かっている部隊長クラスのみ。残念ながら横須賀基地には私のデータを持っている隊長クラスはいなかった。となると、私の中隊にいる葦原大尉に頼むしかないのだ。
「邪魔、だよっ!!」
特大チェーンソーで切り掛かってきた猿型のアントを逆にイオンレーザーソードで切り裂いた。チェーンソーを構えていた腕を切り捨て、そのまま幹竹割の要領で頭から斬った。メイン武装の弾が切れた以上、損傷覚悟で近接戦を行うしかない。そんな時、またベリルショット・ランチャーを構えていたヴァイスハイトを見つけた。色もなんか毒々しい紫色をしていて、まるでフレズヴェルクみたいな感じだ。見ているとあの時に撃たれた記憶が蘇ってくる。でも…………躊躇なんてしてられない。すぐさまイオンレーザーカノンを構え、発射した。高密度のレーザーは一直線に突き進み、ヴァイスハイトの胴体を消しとばした。…………なんだろ、嫌な予感がする。ベリルショット・ランチャーは私が前にドイツで戦ったフレズヴェルクの武装。それをヴァイスハイトが装備していて、カラーリングもフレズヴェルクに似ている…………まさかとは思うけど、もうあの中にフレズヴェルクがいるのかもしれない。まぁ、そんな事を考えてもどうしようもないんだけどね。
そう思いながら機体を飛ばし続けると見慣れた機体が見えてきた。白い装甲に両肩のシールド、両脚のミサイルコンテナに突き出た二つの主砲——間違いない、あの機体は榴雷だ。そして、館山基地でその機体を装備している部隊は一つ——第十一支援砲撃中隊、通称グランドスラム中隊だけだ。やっとだ…………やっと合流できた!
『グランドスラム01より
おまけに交信してきた相手は葦原大尉だ。これならすぐにいけるかも!
「こちら第十一支援砲撃中隊所属、紅城一夏中尉です! コールサインはグランドスラム04!」
『って、お前かよ紅城。まだ横須賀にいたんじゃねーの?』
「いやぁ、訳あってこの機体で——って、それよりもデータリンクに登録してもらってもいいですか!? じゃないと下手したら撃墜されそうなので…………」
『へいへい。登録はこっちでしておいてやるから、敵を蹴散らしてこいよ。その機体じゃ、接近戦主体だろうからな』
「復帰早々すみません! よろしくお願いします!」
『あ、ところで頼んでたパツ金美女の写真は——』
いつものセクハラ話になりそうになったところで交信を終了した。と同時にレーダーマップの
『全ユニットに通達! 睦海降下艇基地より二機、IS学園島方面に向かっています。早急に撃破してください!』
まさかの増援。それも方向はIS学園島…………つまり、IS学園がある方向だ。そこにいる生徒たちはどうか知らないけど、正直ISはアントに対して有効な手段とは言いにくいという事を私達は教えられてきた。それどころか撃破される可能性だってあるとも…………それに、そこには民間人がいる。このまま見捨てるわけにはいかない。しかし、味方の損耗も激しくて、一番速度が出るのは私だけ…………行くしかないってことはわかっていても、その責任が重くて苦しかった。
『だとよ、グランドスラム04。お前の機体の足ならまだ間に合うんじゃねえか? なら行ってこい。ケツは俺が拭いてやるからよ!』
そんな風になっている私を葦原大尉が後押ししてくれた。まぁ、いつものセクハラ話混じりだけど。でも、命令された以上はやるしかない。
「自分で拭くから結構です!! それじゃ、行ってきます!!」
私はフォトンブースターを最大出力で噴かした。彼我の距離はまだ離れているけど…………でも、なんとか間に合わせる。この機体最大の推進器であるイーグルユニットも最大出力で起動させる。これもあれば間に合うはずだ。素早く流れてゆく景色を無視し、撤退し始めているアントも無視して二つの光点を目指した。しかし、海上に出ると、波風の影響を受けてうまく飛ばせない。…………まぁ、初めて空戦型に乗ってここまで飛んでこれたこと自体奇跡なんじゃないのかなって思ってるけどさ。でも、結局間に合わなかったら意味がない。機体高度を高くした私は二機を追いかけるように飛んだ。向こうの速度は何やらゆっくりとしている。それが必死になって追いかける私への当て付けなのか、それとも敵は来ないという慢心からなのかはわからない。けど、IS学園に近づかれる前に撃破しないといけないという事実は変わらない。
(後少し…………後少し…………!!)
敵影が少し見えてきた。でもまだ
依然として二機は増速する気配もなく、私に背を向けたままだ。捕捉可能距離まで残り僅か…………神経が一気に張り詰めるが、こんなところで気張りすぎて失敗したら目も当てられない。深呼吸をして力み過ぎた身体のあちこちを柔らかくする。そして、照準可能となった瞬間、私はイオンレーザーカノンのトリガーを二回引いた。二条の光線はひたすら前に進み続け、二機を同時に破壊するかのように見えた。だが、撃破したのは一機のみ。もう一発は左腕を吹き飛ばしたにすぎなかった。そして、敵であるヴァイスハイトは此方に気づいた。残った右腕にはあの異形の長銃——ベリルショット・ランチャーが装備されていた。いや、なんでこうもあの武器を持った機体が増えてるのかなぁ…………あれ、まともに当たると轟雷ですら大破するって前にドイツで聞いたんだよね。多分、この機体じゃ確実に大破するよ。下手したら撃破されるかもしれない。そんな恐怖がどこからともなく私の全身を駆け巡った。
そんな私の事はいざ知らず、ヴァイスハイトは此方に向けたベリルショット・ランチャーを放ってきた。距離が離れている以上、前聞いた時に光弾は結構減衰してしまうらしいけど、それでも当たるとやばい代物であることに変わりはない。光弾を避けつつ接近し、イオンレーザーカノンを放つも、機能中枢である胴体に当たらない。今度のは右脚を吹き飛ばしただけだった。次に放たれる光弾をギリギリで躱す。確かあれって連射が出来なかったはず…………なら、今しかない!
「これで終わりだよっ!!」
ガラ空きとなった胴体めがけてイオンレーザーカノンを放った。直撃コース、確実に当たると思った。だが結果は——外れた。どうやら、着弾の直前にベリルショット・ランチャーを持ってきてTCSを張ったようだ。拡散してダメージは与えたみたいだけど、撃破には至ってない…………って、呑気に解説してる場合じゃない! 最後の弾を撃った以上、もう残された手は接近戦しかない。向こうも反撃とばかりにクリスタルユニットの付いている銃床を此方に向けて斬りかかろうと接近してくる。イオンレーザーカノンを格納し、私は腹を括ってイオンレーザーソードに手をかけた。その瞬間
『——邪魔ダ』
機械音混じりの篭った声が聞こえたかと思ったら、目の前のヴァイスハイトは綺麗に腰から両断されていたのだ。思わず制動をかけて止まる私。そして、その残骸が海面に向かって落ちていき、視界が開けた瞬間、思わず息を飲んでしまった。だ、だって、目の前にいたのは——
「う、そ…………そんな…………」
——あの
『——別ニ戦ウツモリハナイ』
「そ、そんな言葉が信じられると——」
『——ナラ、コレデドウダ?』
そう言うとアーテルは両手に構えていた大鎌を両方の太ももにそれぞれ懸架した。しかも、両手まで上げてだ。だけど…………やはり信じきることはできそうにない。自分を傷つけた張本人なら尚更だ。
『無理ニ信ジロナド言ワナイ。ダガ、コレダケハ憶エテオケ——』
——私ガ倒スマデ、勝手ニ有象無象如キニ殺ラレルナヨ。
「——ッ!! ま、待てっ!!」
そういった時には既に遅し。アーテルは変形し、空高く舞い上がっていった。もう追いかけることなどできない。それでも、当初の目的を果たせたからよしとしようかな…………でも、やはりあの言葉が耳に残って仕方ない。アーテルは何を望んでいるのか、そもそもアントは何を考えているのか…………そんな事を考えてばかりで仕方なかった。私はしばらくその場で呆然としていたのだった。
◇
どれくらいぼうっとしていたのだろうか…………既に戦闘は終了していた。基地から立ち上がる黒煙がその激しさを物語っている。私も早く戻らないと…………そう思って機体を館山基地に向けた時だった。
『動くな』
突如として鳴り響く
「そ、そんな…………」
周りにはあまり見たことのない機体が幾つも展開していた。頭が髑髏を模したものが二機、何やら武者のような姿の機体が二機、そしてクリアバイザーのような頭をした機体の計五機。それぞれが私に銃口を向けていた。な、なんなの…………これは一体なんなの!? も、もしかして、この機体を使ったから!?
「なんなんですか一体!? 私は許可を取って——」
乾いた音が鳴り響いた。放たれた弾丸は頭部装甲の一部を掠めていった。放ったのは正面にいるクリアバイザーの機体。その証拠に銃口からは硝煙が立ち昇っている。そ、そんな…………友軍機なのに、どうして…………。
『騒ぐな。次に騒いだら命の保証はない』
あまりの気迫に気圧されて、思わず言葉が出なくなってしまった。身体も硬直して動かない。かろうじて機体の姿勢制御システムが空中に留まらせてくれていた。
『そうだ、そのまま大人しくしているんだ。そうすれば危害を加えるつもりはない』
クリアバイザーの機体からそう伝えられるけど、銃口は今度こそ確実に私の頭へ照準を合わせている。おそらく反抗はおろか質問すら許されないと思う…………もう、じっとしているしかないのかな…………。
『よし。では、紅城一夏中尉、貴官には任意同行してもらうぞ』
尤も拒否権はないのだがな、と付け加えられる。どう見たって拒否なんてさせる気ないでしょ…………これだけ銃を突きつけているんだから。包囲された私はそのまま連行されて基地へと帰還したのだった。
感想とか待ってます。
あー、早くバーゼラルド組みたい…………。
-追記-
大学に合格しました。あと、高校も卒業できそうです。