FRAME ARMS:RESEMBLE INFINITE STORATOS   作:ディニクティス提督(旧紅椿の芽)

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なんか、このシリーズ一万字越えが多いな…………


Chapter.05

あれから二週間が過ぎ去っていった。私の怪我が外出できるレベルまで回復したのと同時にあのチームは解散、みんながそれぞれの部隊に帰って行ったのと同時に、私もまた日本へと帰ったのだった。とはいえ未だに負傷者の身。日本の最前線である館山基地には向かわせてもらえるわけがなかった。しかも、さらに弱った事が起きているしね…………。

 

「うわぁ…………まだオーバーホール中かぁ…………」

 

目の前には肩部装甲と脚部装甲、そしてロングレンジキャノンを外された榴雷の姿があった。ここは日本国防軍の主要基地にして中心地でもある横須賀基地。本土防衛軍の他に海軍の中心地もここだ。その証拠にこの基地には日本国防海軍の主力である第一護衛艦群はじめとした水上打撃部隊の艦艇が停泊している。ちなみに本土防衛軍と海軍は割と仲がいい。私も何度か艦にお邪魔させてもらった事がある。確か私が乗ったのは、こんごう型イージス護衛戦艦三番艦[はるな]だった気がする…………よく覚えてないけど。

というか、何故オーバーホール中かというと、前回の戦闘で機体が中破したからね…………しかも後で渡されたレポートによればフレームまでダメージが及んでるらしく、それに伴って各部の点検も行わなくちゃいけなくなったというわけだ。榴雷としての装甲を外された機体は、頭以外を見れば轟雷そのものであり、どこか寂しげな感じが今の榴雷から感じたのだった。

 

「おぉう、今日も来たのかい、一夏ちゃん——いや、紅城中尉」

「あ、楯岡主任。いつも通りに名前呼びでいいですよ。それより榴雷の調子はどうですか? 」

「そうかい。昨日の内に榴雷の装甲パーツを手配したところだ。明日の午前には届くってよ」

 

この無精髭が特徴的な人は、この横須賀基地の整備班長にして国内に配備されているフレームアームズの保守点検とオーバーホールの全てを管理する整備の鬼こと、楯岡淳士技術官。一応階級に関しては中尉クラスらしいんだけど、本人曰くそこら辺にいる近所のおっちゃんみたいに接してって言ってる。そんなわけで私もかなり軽い感じで接している。とはいえ、年上だからそんなフランクには接せないけどね。

 

「それにしても、こんな状態になる状況って一体どういう事だ? まるでフレズヴェルクにやられたみたいな感じじゃねーか」

「あ、あはは…………」

 

ついでに言っておくけど、あの任務、最重要機密案件だったらしく、あの任務に関係する一切を話すことができないんだよね…………だから、本土防衛軍の方にも全く情報がないという状態だ。とはいえ、海外まで行って修理作業に従事していた楯岡主任の目だけは誤魔化せなく、割とばれそうになっている。てか、フレズヴェルクにやられた機体を見たことがあるんですか…………。ただその場は笑って誤魔化すことしかできなかった。

 

「まぁ、深い詮索はしねえよ。知ったら俺の首が飛ぶかもしれねえんだろ?」

「それは…………多分、そうかもしれないです…………」

「なら聞かねえや。俺にできる仕事と言ったら、こうやって機械弄りをする事くらいだからな」

 

そう言って豪快に笑ってみせる楯岡主任。こういう姿を見ていると、本当に近所に住んでそうなおっちゃんみたいだ。

 

「それでだ、上の連中からお前の機体に改造を加えていいことになったらしいぞ」

「え? 本当ですか!?」

「ああ。それについて少し話しておきたいんだが…………とりあえずそこにでも座るか? なんでかは聞かねえが、ずっと松葉杖でいるのは辛いだろ?」

 

そう言って楯岡主任は私にその辺の椅子に座るように促してきた。まぁ、まだヒビが治ってないし、それ以外にも重度の打撲箇所とかがあるせいで足のギプスと包帯とか外せないんだよね。そのため松葉杖を使っているんだけど、この状態で長時間立っているのは中々辛い。動けるようになったとはいえ、まだ完治してないからね。

 

「それじゃあ…………お言葉に甘えて」

「あいよ。そんじゃ、行くぞ」

 

私は楯岡主任の後を追って椅子のある場所へと向かった。松葉杖があるせいでそう早くは動けないから、時折主任がその場で待っていてくれた。その優しさが顔に似合わないなぁといつも思う。主任の顔って、どちらかといえば前線にいそうな人の顔なんだもん。

なんとかしてたどり着いた場所は、整備班の休憩室だった。格納庫の一角に設けられたそこは、急ごしらえなのかあんまり広いとかそういう感じはしなかった。でも、椅子があるだけいいかな。あと、ここからでも私の榴雷の姿が見える。ってか、かなり近いんじゃ…………どれだけ松葉杖に慣れてないの、私…………。とはいえ、そろそろ腕が辛くなってきたので、とりあえず椅子に座らせてもらった。

 

「どうだ、茶でも飲むか?」

「あ、いえ、大丈夫です」

「ん、そうか。それじゃ話を始めようと思ったんだが…………今回はちょっと別件で手が離せなくてな…………代わりをつけることになったんだ」

「代わり、ですか?」

「ああ、そうだ。おーい、雪華ー!」

 

そう呼ばれて私の榴雷を点検していた子がこちらへと向かってきた。身長はここから見てもかなり小さいことがわかる。その上、日本人ではまずあまり見ない雪みたいに真っ白で綺麗な髪と青い瞳。その頭の上にちょこんと乗せられた帽子が少し愛らしく感じる子だ。というか私この子の事知ってる。

 

「というわけで、またお前の機体を担当することになった市野瀬雪華だ。あとのことはこいつに聞いておいてくれ。そんじゃあと任せたぞ」

「はーい。というわけで、またよろしく、一夏」

 

前回、ドイツに行く前に軽く点検した際にも、わざわざ館山基地にまで来てしてくれた整備士であり、同期で入隊した市野瀬雪華が再び私の整備担当となったそうだ。ちなみに雪華と私は同い年、階級は雪華の方が下で軍曹。だけど、別に下士官と士官の違いはあってもほぼ親友みたいなものだから、普通に名前呼びする仲である。私はあまりそういうの気にしない性格だし、雪華もそんな感じだからね。

 

「よろしくね、雪華。それで早速改造の件なんだけど…………」

「わかってるよ。許可されたパーツとその個数がそこにあるから、好きなの選んで」

 

そう言って雪華は私にタブレット端末を渡してきた。そこには許可が出ているパーツのリストが表示されている。アサルトライフルのような一般的な携行武器だけじゃなく、他の機体のパーツまで揃っているという充実ぶりだ。しかし、選択可能数は三種類で、それぞれ二個ずつまで装備できるとのことだ。ただ…………機体の改造は、新たに部隊配属された時やかなりの戦果を上げた時だけなんだよねぇ…………私の場合、最初の改造は中隊に配属された時だけど…………今回特に何もしてないことになるんだよね…………あの任務、機密事項だし。でも、あの戦闘で他に必要なものがわかったから、このタイミングでの改造はかなり嬉しい。

 

「そういえば、この間壊しちゃったリボルビングバスターキャノンはどうなるの?」

「…………あの鈍器としても使える武器を壊したってどういう事?」

「ま、まぁ、色々あったんだよ」

「ふーん。でも、一夏の備品リストに載っていたからその内再支給されるとは思うけどね」

 

あ、一応備品リストには載っているんだ。それならいいかな。あの武器、割とお気に入りだったし。そんな風に思いながらタブレットを操作していると、ある武器が目に止まった。

 

「ねぇ、このセレクターライフルって何?」

「それは、現地で武器を幾つかに換装できる武装だよ。榴弾砲にミサイルランチャー、火炎放射器にイオンレーザーライフルにもなる。メインコンポーネントと換装用ユニット全種で格納スロットの二つを消費するけど、今の榴雷の空きスロット数なら問題ないね」

 

だいぶ曲者感がある武器だけど、多機能っていうのは便利だなぁ。とりあえず候補には入れておこっと。使い方によっては支援砲撃の火力もあげられそうだしね。武器類はひとまず後にするとして、機体側の追加パーツを見る事にした。

 

「グラインドクローラー? これ何? かなり履帯ユニットに似ているんだけど」

「掘削機にトレンチャーってのがあるんだけど、それを履帯ユニットの代わりに取り付ける、一種の推進ユニットだよ。榴雷を履帯ユニットで動かすと、履帯が滑るという事態も起きていたしね。一応ナノメタルコートがしてあるから近接攻撃もできるし、輝鎚ほどの重量がなかったらローラースケート状に展開も可能。これ自体の重量もあるからアウトリガーとしても使えるよ」

 

グラインドクローラーの外観は本当に今まで使っていた履帯ユニットと同じだけど、その履帯に細かい刃が幾つも取り付けられている。確かにあれをがっつり当てられたら削り取られそうだよ。でも、今までは万が一の近接戦の時に武器を展開するラグがあって何度か危ない目にあった事もあるから、これはいいかもしれない。

 

「それじゃ、それを追加で」

「はーい。まぁ、試作装備だから誰かに試験運用して欲しかったというのもあるんだけどね」

「…………つまり、私はちょうどいいモルモット?」

「誰もそこまで言ってないからね!? そ、それよりも他に何かないの?」

「そうだねぇ…………緊急離脱用の推進器とかあればいいんだけど、榴雷にそれは過剰性能になるよね?」

 

と、言いながらも一番はそれが欲しかった。前回フレズヴェルクに急に襲われた際、そんな装備があればもしかすると事態を回避できたかもしれないと後になって考えたんだよね。機体のせいじゃないって事は分かっているんだけど、でもそう思っちゃう事が時々あるんだよ。

 

「ふーん。じゃ、試しにやってみる?」

「はい?」

「砲撃機の空挺降下以外による展開方法の模索の為とか、『グランドスラム中隊の英雄に特別な機体を与えました』って言っちゃえばいいと思うんだけどね。実際、その過剰性能を見てみたいし」

「いやいやいや、その推進器を取り付ける場所なんてもうないよ!? ハードポイントはミサイルコンテナで埋まっているでしょ!?」

「そうでもないんだよね〜〜」

 

そう言って雪華は私からタブレットを取ると、私に新たなページを見せてきた。そのページは他の機体のパーツ。改造される際に取り外されて放置されている、いわば余剰パーツの一覧が載っているページだった。そして、雪華が表示したのは…………何処かで見た事がある、というか館山基地にある、あの機体のパーツだった。

 

「これこれ、輝鎚用のショックブースターと腰アーマー。多少強引な方法になるけど、取り付けはできるよ」

「なんでこんなものが余剰となっているの!?」

 

そう、館山基地での防衛戦でいつも最前線に駆り出される鉄の塊、輝鎚用の装備だった。本来は展開速度を上昇させるための装備なんだけど…………なんでこれが余剰となっているんだろ…………?

 

「いやー、だって殆ど甲型じゃなくて丙型になったからね。ショックブースターどころか、下半身ごと余ってるくらいだよ」

 

確かに輝鎚は進軍速度の問題で、丙型へ移行されているけど、昭弘の輝鎚はどっちになるんだろ…………輝鎚の甲乙丙、その全ての装備を一緒くたにしてしまったような機体だから、よくわからない事になっている。曰く、試験機を預けられたとか言ってたっけ。

 

「うーん、それじゃ取り付けてみようかな? 取り外しはいつでもできるんだっけ?」

「はいはい。一度つけた装備の取り外しや取り付けは、申請が必要だけどいつでもできるよ」

「おっけー。ついでにセレクターライフルもつけてもらっていい?」

「どうせだから二丁手配しておくよ。リボルビングバスターキャノンよりは脆いからね。保険はかけておかないと」

 

いやいや、あれは意図して壊しちゃったわけじゃないんだけどなぁ…………寧ろ物凄く頑丈だったのに、フレズヴェルクがあっさり斬り裂いちゃっただけなんだけどなぁ…………でも、それは口外できないための、適当に笑って過ごすしかなかった。

 

「それじゃ確認。セレクターライフル二丁、グラインドクローラー一セット、ショックブースター…………以上で問題ない?」

「うん、間違いないよ。それでお願いするね、雪華」

「任された」

 

そう言ってタブレット端末をしまった雪華だが、何故かため息を吐いていた。…………もしかして、私が榴雷をあんな姿にしてしまったからかな…………?

 

「どうしたの、ため息なんて吐いて」

「まぁ、ちょっとね…………」

 

そう言ってまたため息を吐く雪華。そして、目線を向けたのは私の榴雷——の隣にある機体。メインカラーは白、所々にアクセントとして蒼が入っている。何よりあちこちに配置された推進器と、鋭角的なフォルムが目を引く。見た感じではまだ非武装のようだ。その機体につきっきりで楯岡主任が作業をしているのが目に入った。というか、なんかお姉ちゃんが乗っていたゼルフィカールに似ている。

 

「あの機体は? 見た感じベースはゼルフィカールみたいだけど」

「その通り。ベースはゼルフィカールだよ。八割完成しているから、あとは主任がシステム周りの調整をするだけ。そうなんだけどねぇ…………どう? 一夏もあの機体見てみる?」

「そうだね…………この後やることもあまりないし、どのみちこれじゃ訓練はできないからね。折角だし見てみたいな」

「おっけー。それじゃ、行ってみようか」

 

というわけで、雪華に連れられてあの機体を見に行く事になった。再び松葉杖での移動だよ。あと、太ももまである多数の傷だけど、やっぱり一生残るみたいで、制服にニーソを追加してもらった。いや、ストッキングでもよかったんだけど、あれだと傷が透けて見えるから、見えないこっちの方を選んだんだよ。まぁ、館山基地の人は誰一人としてこの姿見てないんだけどね。結局帰還報告も回線越しだったし。日本に帰ってきてからはずっと横須賀基地にいる。

 

「これが、私も開発に携わった機体、YSX-24RD/BE[ゼルフィカール・ブルーイーグル]だよ」

 

改めて見るその機体は、物凄くかっこよかった。でも、何処か寂しそうにも見える。どうしてなんだろう…………そんな事を感じるなんてありえないのに。

 

「どう? 一夏、感想は?」

「凄くかっこいいね。それに綺麗な機体だ、って思ったよ」

「なんだお前達、こっちに来てたのか」

 

私達が来た事に気付いた楯岡主任が仕事の手を止めてこっちに来た。というか、今思ったけど、この機体を作るのに雪華も関わってるって…………それってかなりすごいことじゃない?

 

「主任、そっちのシステム周りは?」

「大丈夫だ。今仕方終わったところさ。あとはセグメントライフルを量子変換して終わりだな。で、一夏ちゃんの方はどうなったんだ?」

「こっちも大丈夫。まぁ、そこそこ気の狂った機体になるかもしれないけどね。主任の許可は得ていたから、立川の工廠にデータ送っときましたよ」

「そいつは助かるぜぇ。——それで、一夏ちゃん、この機体をどう思う?」

 

楯岡主任から雪華と同じ質問をされて少し笑ってしまった。やっぱりこういう人たちって、自分の作ったものの感想が気になるんだね。

 

「とてもいい機体だと思いますよ、かっこいいですし。ただ…………」

「ただ?」

「…………なんだか、少し寂しそうにも見えるんですよね。なんでなのかわかんないんですけど」

 

私がそう言うと二人は少し暗い顔をしてしまった。え、えーと…………私、何か悪いことを言っちゃったのかなぁ…………それだったら謝らなきゃ。二人にとって機体の整備と開発は何よりも大事なものだって言ってたから、もしそれを傷つけるようなことを言っていたら尚更だ。そう思って謝ろうと口を開こうしたとき、それを遮るように先に楯岡主任が口を開いた。

 

「…………一夏ちゃんの言ったことはあながち間違っちゃいないよ。だってなぁ…………」

「…………確かに予定操縦者がアレじゃあ、この子もそう思うと思うよ」

 

一体どういうことなんだろう…………? 少なくとも私の言葉が原因じゃないってことはわかったけど、操縦者がアレって…………? そんな風に思ったときだった。

 

「——まだ仕上がんないの?」

 

ふと私たちの背後から声が聞こえた。何やら見下しているような感じの声音だ。振り向くと、一人の女性少尉がこちらをイライラした顔で見ている。

 

「こっちだってやってるが、他の機体も整備しなきゃならん。あんたの機体だけに構っていられるほど暇じゃねえんだ」

「はぁ? 別に他の機体なんてどうだっていいじゃない。どうせ、全部私よりセンスのない男共の機体でしょ」

「そうは言うが、こちとら整備が仕事だ。あんたの我儘に付き合ってられる余裕はねえよ」

「たかが男の分際で…………まあいいわ。とにかくさっさと仕上げなさいよ。それくらいしか価値がないんだから。できなかったらクビにするわよ」

 

…………間違いない。この人、女尊男卑に染まった人間だ。ISが世に出てからというもの、女性にしか動かせないと知った政府が女性優遇制度なんてものを作っちゃって、こんな感じに女性が幅を利かせているのだ。ちなみに私はそんな事はないよ。第一、差別とかそう言うの嫌いだし。だけど私は、こういう人たちの事だけは許せる気がしない。つい眉をひそめてしまった。隣に目をやると雪華も同じように眉をひそめている。

 

「なに、あなた達? その男の肩を持つ気なの? ふん、たかが整備士の分際で…………テストパイロットの私に歯向かったらどうなるかわかってるわよね? 問答無用でクビよ、クビ。そうなりたくなかったら、私の言うことを黙って聞いてればいいのよ。私は選ばれた人間なんだから」

 

そう言ってその人は格納庫を後にしていった。…………多分制服の上に着ているジャケットのせいで階級章が見えなかったからかもしれないけど、私の方が階級上なんだけどなぁ…………それに、楯岡主任だって中尉なんだから階級は上なのに…………。私にはなんであんな物言いができるのかわからなかった。整備班のみんながいなかったら、私達パイロットは力を全力で発揮できないというのに…………。

 

「全く…………なんなの、あいつ。本ッ当にムカつく!! この子のためにどれだけの時間と労力がかかったのかわかっていない!!」

「あぁ、同感だ…………それにバカにするのは俺たちだけならまだ構わないが、英雄でありアイドルである一夏ちゃんまでバカにしやがって…………! 俺があいつの上官なら即行で解雇してやるぞ!」

「主任! 私、あいつに叢雲撃ちたい! というか撃たせて!」

「だったら俺も試製三式破城槌を叩き込みたいわ!」

 

…………あのー、二人とも論点がかなり違うと思うんだけど。私の事で怒ってくれるのは嬉しいけどさ、それよりも自分たちのことの方で怒らないのかと私は思った。

 

「んんっ…………すまねえな、一夏ちゃん。見苦しい所を見せちまった。でもな、お前さんがバカにされるのだけは黙っちゃいられなかったんだ…………」

「私もそうだよ…………親友をバカにされて怒らない人なんていないって」

 

そう言う二人はひどく申し訳なさそうな顔をしていた。なんだかどんよりとした空気になってきたよ…………うぅ〜、私こういう空気苦手なんだよぉ…………。

 

「確かあいつって、正規の手順を踏んで入隊してねえんだよな…………コネかなんかを使って訓練積まずにFA正規パイロットになって、テストパイロットになったとか言ってたな」

「しかも轟雷とかスティレットどころか、素のアーキテクトすら動かしたことがないとか…………そんな奴にこの子を託したくはないね」

 

…………なんか、それを聞いていたらこっちも腹が立ってきた。若年兵である私達だって、それこそ死ぬ気で訓練を受けて、今の榴雷を託されたというのに…………その訓練を受けてないなんてどんな甘えだと思った。もしお姉ちゃんがそのことを聞いたら、絶対本気で怒る。多分逃してはくれない。

ただ、いつまでもこんな空気でいるわけにはいかない。というか、本当にこっちまで辛くなってくる。

 

「そ、そうなんだ…………でも、私もこの機体に乗ってみたいなぁ」

 

思わずそんなことが口から漏れてしまった。まずい、と思った時には既に遅し。二人はその言葉をしっかりと聞いていたようだ。その証拠に鳩がロングレンジキャノンを受けたみたいな顔をしている。多分、怒られるんだろうなぁ…………榴雷に何か文句あるんじゃないのかって。別に榴雷に不満なんてないよ。ただ純粋にそう思ったことが口から出ただけ。ひとまず怒られることを覚悟していた私だけど、全然怒られなかった。

 

「…………やっぱりこういう機体には一夏ちゃんじゃね…………?」

「…………同感です、主任。今から書類改竄しちゃいます…………?」

 

こっちまでは何を言っているか聞こえなかったけど、何やらひそひそと話を始める二人。最初は何か突然のことで立て込んでしまったのかと思ったけど、それがしばらく続くとなんだか仲間外れにされている気がして少しふてくされそうになった。

 

「あのー——」

「よし、一夏ちゃん。君のバイタルデータを取りに行こう。定期検査が先週あったけど、やってないだろ?」

「た、確かにそうですけど…………」

「なら決まった。雪華、検査室へ一夏を連れて行け! すぐに検査開始だ!」

「了解! ということで、一夏」

「え?」

 

私が雪華に呼ばれたと気付いた時、既に私は雪華に背負われていた。って、えぇぇぇぇぇっ!? なんで背負われているの私!? というか、私と雪華は身長差があるのになんでこんないとも簡単に背負われるわけ!? 一体何が起きたのか私にはさっぱりわからなかった。

 

「というわけで、検査室へれっつらごー!」

 

私の意見など聞かれるはずもなく、雪華と楯岡主任に検査室へと拉致られたのだった。…………一応、怪我人なんだから優しくてしよぉ〜。

 

◇◇◇

 

「——で、結果はどうなんだ?」

 

一夏が帰った後、雪華と淳士の二人は一夏のバイタルデータに目をやっていた。暗い部屋で男女二人きり…………彼らの尊厳のためにも言うが、何もいかがわしいことはしていない。淳士は雪華を手際のいい助手としてしか見ておらず、また雪華も淳士を尊敬している上司としか見ていない。そんな二人が見ているのは、先ほど回収した一夏のバイタルデータだった。

 

「これは凄いね…………今まで見たことがないよ」

「本当だな…………あいつとは比べ物にならん」

 

バイタルデータにはフレームアームズの適性も含まれている。この適性が高ければ高いほど、フレームアームズを身体の一部のように滑らかに扱うことができるのだ。それ故に、戦力と生存性を上げるために、日本国防軍を含む各国軍は最低適性値をランク[B]に設定している。これが標準的な適性値となり、満たなかった者は志望に関わらず後方配置となる。そんな一夏のランクは、ディスプレイに表示されていなかった。いや、表示できなかったというしかない。

 

「それにしてもこれは異常だと思う…………幾ら何でも、測定不能(・・・・)って…………」

「搭乗時間に比例して伸びるということはあるが、流石にこれは凄えよ…………まぁ、素が凄かったからな…………」

 

そう言って淳士は比較として表示されている、一夏の初期バイタルデータを見つめてそう言った。その時の彼女のランクはほぼ最高クラスである[A+]。確かに搭乗時間に比例して適性値は伸びることがあるが、前列は少ない。しかも、その全てがランク[B]から[A-]への上昇だ。栄えある第十一支援砲撃中隊指揮官である葦原浩二の適性でさえ[A-]ということから、一夏の凄さというものがうかがえる。

 

「…………でも、もう今更手遅れだよ…………一部の女尊男卑派の強硬手段で決定されたんだから…………」

「どうせ、上の連中にも膿はいるってか…………なんとかしてこっちも時間を稼ぐか。雪華、お前の妹が手がけているアレはいつこっちに納入される?」

「確か二週間後だったと…………」

「それまでに説得するしかねえな、こりゃ…………」

 

二人の顔色はみるみる悪くなっていく。一夏のバイタルデータと同時に表示されていた機体データ——YSX-24RD/BE [ゼルフィカール・ブルーイーグル]の全体像のバイザーだけが二人を見つめていたのだった。

 

◇◇◇

 

「やっとギプス取れたぁぁぁぁぁっ!!」

 

出撃する気配のない、横須賀基地のFA用滑走路の側でそう叫んだ。やっとだよ、一ヶ月近くギプスで固定されていたんだから、解放されたらもう軽くて軽くて。まぁ、傷を隠さなきゃいけないのは仕方ないんだけどね。その為の黒ニーソである。偶に白ニーソを使うときもあるけど、その度に横須賀基地の男性整備員のほとんどから、目に毒だから止めてくれと言われたんだよ。ちなみに反応しなかったのは楯岡主任と、たまたま機体の整備に来ていた悠希だけ。一体どういう事なの…………別にいかがわしい格好をしているわけじゃないんだけどなぁ。とはいえ、やっと自分の両足で立てるという事実に喜びを隠せない。

 

「一夏、お前相当嬉しそうだな」

 

一人滑走路付近で馬鹿騒ぎしている私の元にやってきたのは、かなりスタイルがいい女性中尉。格好は出撃時に着るパイロットスーツ姿だ。

 

「あ、瀬河中尉。そうですね、やっと怪我から回復したんですから! これでまた訓練に戻れます!」

 

瀬河真緒中尉、この基地で過ごしている間なんだかんだで私に絡んでくる人だ。年齢は言えない——というか、言ったら殺される——けど、そのスタイルの良さから男性職員の中ではかなり人気が高い。搭乗機体は日本国防軍じゃかなり少ないスーパースティレットⅡ(SA-16s2)。一度見せてもらった事があるけど、レーアの対地攻撃用とは違って、此方は制空権を確保する為の機体らしい。まぁ、いずれにせよ葦原大尉と比べると常識人だ。あの人は本当にセクハラギリギリの事をしてくるからなぁ。

 

「ははは! お前ってやつは本当に生真面目だよな! 私なんか訓練放っぽって、上官と乱闘した事あるぞ」

「えぇー…………それっていいんですか?」

「さぁな? まぁ、お陰で私はこういう仕事ができてんだけどな。でも、驚いたぞ。あのグランドスラムの奴が負傷したなんてさ。あの中隊はそう簡単に怪我しねえからな」

 

確かに、重装甲の榴雷・改を中心とした部隊だからね。護衛として轟雷や漸雷(三二式伍型丙)も配備されているけど、どの機体にも大概滑腔砲が装備されているし、装備してない機体でもバズーカとかロケットランチャーを装備している。そんな重火力、重装甲の部隊じゃ怪我人が早々でないわけだ。…………うん、ここに一人昨日まで怪我人だった人がいるね。それじゃ驚かれるのも無理ないか。

 

「まぁ、怪我してもそうそう死ぬ玉じゃねえだろ。お前も、中隊の連中もよ」

「そうですね。特に葦原大尉なんかは…………」

「…………お前の上司って、浩二かよ。あの変態じゃ死ぬわけもねえか」

 

そう言って遠い目をする瀬河中尉。あ、大尉と面識あるんだ…………というか、そういう顔をしたという事は同じセクハラ紛いのことを受けた事あるのかな。

 

「で、話変わるんだけどさ——一夏、今日のパンツは何色だ?」

「中尉!? い、いきなり何を!?」

 

何故か私のスカートに手を伸ばしてくる中尉。思わず後ずさりしてスカートを手で押さえた。

 

「いやぁ、浩二ならこのくらいしてそうだなって思ってな。あと、可愛い女の子に手を出さない奴がいないとでも思ったのか?」

「そ、それにしたって、ここでする事じゃないですよ!! 第一、人の目がありますって!!」

「あ、人目につかなきゃいいんだ」

「そういう問題じゃないです!!」

 

さっきから中尉にからかわれすぎて、少しムッとなって、頬を膨らませそうになった。というか、中尉ってこんな事するんですね…………するのは葦原大尉だけくらいと思っていたのに。

そんな風に滑走路上で弄ばれていた時だった。

 

『——緊急事態発生! パイロットは速やかに機体へ搭乗し待機せよ! 繰り返す、パイロットは速やかに機体へ搭乗し待機せよ!——』

 

突如として鳴り響く警報。これが鳴り響くという事は——

 

「ま、まさか、アントの襲撃!?」

「しかねえだろうな…………行くぞ、紅城中尉!」

「りょ、了解!!」

 

聞くのは何度目になったのかわからないサイレンを背にし、私と中尉は格納庫へと走って行ったのだった。また戦闘が始まる…………そう考えるだけで、少し胸が痛くなってしまった。

 

 

(——これでよし)

 

格納庫にあるロッカールームでパイロットスーツへと着替えた私はヘッドギアを片手に、そこをあとにした。私達のパイロットスーツはいろんなものが付いている。頭以外全身を包むスーツは硬質ラバーの内側にケブラー繊維が張り巡らされているし、さらに首や肩、胴体前面、手の甲の他に膝や足首から下には特殊軽量合金製のプロテクトアーマーが取り付けられている。これで内部剥離による裂傷を防ぐらしいけど…………私の場合、あまりの衝撃の強さに剥離の勢いも強く、生身だったら貫通していたレベルとの事。まぁ、膝が無事だったのは幸いかな。ヘッドギアにもかなり機能あるけど、説明している暇はない。着替えている最中に館山基地への支援任務が発令されたのだ。横須賀基地の人も大事だけど…………館山基地の人達は私の家族みたいだし、何より中隊のみんなが心配だから…………。そう考えると走る速さが自然と速くなる。同時に焦燥感にも駆られていた。

 

「楯岡主任! 私の榴雷は——」

 

私の榴雷が駐機してある場所へと向かった。昨日の時点で改造はされてないがもとの姿に戻った榴雷があった。なのに今私の目の前にあるのは、何もないハンガー。どういう事なの…………私の機体はどこなの!?

 

「…………ごめん、一夏」

 

ふと後ろから名前を呼ばれ、反射的に振り向くとそこには雪華がいた。彼女はかなり申し訳なさそうな顔をしている。本当ならどうしてそんな顔をしているのかを聞いていたのかもしれない。

 

「榴雷は…………私の機体はどこなの!? 昨日はあったはずだよ!?」

 

だけど、今は状況が状況の為、私の機体が今どこにあるのかを雪華に問い詰めていた。一刻も早く向こうに行かなきゃいけない…………その思いが、私をさらに焦らせていた。

 

「…………今、あの子は立川の工廠にいるよ。改造の為に搬出したのが昨日の夜。知らないのも無理ないよ。悪気はなかったんだ…………ただ、今回は間が悪かったんだよ」

 

その言葉にさらに顔を俯かせる雪華。だけど…………そんな事はどうでもよかった。ただ、今の私は…………誰の力にもなれないお荷物状態なんじゃないかと思ってしまった。機体のないパイロットほど、使い道のない人はいないと思っているから、その無力感はなおさらだ。

 

「で、でも、一夏はまだ病み上がりだし、無茶はさせられない…………けど、一夏の気持ちもわかるよ…………その、力になれなくてごめん」

 

雪華はそう言って私に謝ってきたけど、それすらも耳に入ってこない。別に私一人の力ですべてが変わるなんて思ってない。でも、それでも、私が戦わない事で生き残る人が一人でも減るとなったら…………そう考えるたびに唇を噛み締めていた。そんな時だった。

 

「——ふざけないでよ!!」

 

突然格納庫のとある場所からそんな怒号が聞こえてきた。その場所というのは——私たちのいる場所の真横。そう、あのゼルフィカールが駐機されている場所だった。

 

「ふざけてんのはどっちだ! お前にも出撃命令が出てんだ! お前はそれを無視する気か!!」

「はぁ? なんでこの私が出なきゃいけないのよ! 第一、そういうのは前線の奴らの仕事でしょう? 私のようなテストパイロットの本分じゃないわ!」

「そんな屁理屈通るわけねえだろ! テストパイロットだろうがなんだろうが、パイロットである以上お前は出撃すんだよ!!」

 

ふと目をやると楯岡主任とあの女性少尉のやり取りが目に入った。内容からして、あの少尉にも出撃命令が出たみたい。なのに、その命令に従わず出ようともしていないようだ。それを証明するかのように、彼女はまだパイロットスーツに着替えていない。ましてや制服の下に着込んでいる感じもない。

 

「まだわからないの? だから、私は出ないわよ。こんな華やかじゃないところに私が行くなんてありえない。こういうのは前線の連中の仕事でしょ。テストパイロットは後方でその様子をのんびり見ているだけでいいのよ」

「てめえ…………自分に力があるのにそれを使わないとはどういう了見だ!! ここにはな…………今その力が無くて悔しい思いをしている奴らだっているんだぞ!!」

 

楯岡主任はいつに無く感情的だった。その言葉、一つ一つがまるで自身のことを言っているように思えてくる。そして、その言葉——力が無くて悔しい思いをしている奴らがいる、という言葉に少し頭を冷やされた。そうだよね…………何も力が無いのは私だけじゃない。きっと、心の中では整備班のみんなだって戦いたい、そして守りたい、失いたく無いはず。その軍人として大切な想いを持ってない女性少尉に、私はいつの間にか腹が立っていた。目の前の少尉はゼルフィカールという力があるのに、それを使おうとしない。多分、単に苛立ちの矛先を変えただけなのかもしれないけど…………その事が私には腹立たしくて、我慢できそうになかった。それでも、なんとか今は堪えようとしていた。

 

「そんな事は私が知ったことじゃないわ。そいつらはそいつらで、私は私。一介の整備員風情が調子に乗らないで。それに——」

 

 

 

 

 

「——どうせ死ぬのは役に立たない男共だから」

 

 

 

 

 

「——ッ!!」

 

我慢なんてできなかった。気がつけば私はあの女性少尉の顔をぶん殴っていた。しかもプロテクトアーマーでだ。その一撃をまともに受けた女性少尉は吹っ飛ばされて、近くの柱に叩きつけられていた。

 

「あ、あなた! いきなり何を——ぐうっ!?」

「…………それは、こっちの台詞ですよ少尉」

 

叩きつけられ、彼女は私に何か文句を言ってこようとしたようだが、その前に胸倉を掴んで無理やり立たせた。いつもだったらこんな事をしないだろう。私だって内心驚いているくらいだ。けど、止めるつもりはない。

 

「…………男だったら死んでもいい、あなたはそう言っているんですか?」

「ぐっ…………そ、そうよ! 男なんて戦って死ぬくらいしか価値がないのよ!」

 

その言葉の後、間髪入れずにもう一発殴った。

 

「男は戦って死ぬくらいしか価値がない、だって…………? ふざけているのはどっちだよ…………あなたの方がよっぽどふざけた事を…………よくそんな事を簡単に言えますね!!」

 

その言葉に私の怒りは一瞬にして沸点を超えた。男の人だって、戦うことが全てじゃない。それに、楯岡主任を始めとする整備班のみんながいるから、私たちは全力で戦えるのに…………その努力を、この女性少尉は一瞬にして無駄にした! そして、中隊のみんなを…………館山基地で今命を張って戦っているみんなを蔑ろにした!! その事が私には許せなかった。

 

「この…………下士官風情が!! いい気にならないでよね! 上官不敬罪であなたを訴え——がはっ!?」

 

もう話すことなんてない。私は躊躇いなく彼女の腹に膝蹴りを叩き込んだ。プロテクトアーマー付きの一撃をもろに受けた彼女はその場で気を失ったようだが、どうだっていい。話しても平行線のままだったし、これ以上口を開かせたままにしていたら、命を張っているみんなを侮辱させてしまうから。口を閉じさせるにはこれが一番だと思ったからそうしたまでだ。

 

「…………上官不敬罪で訴えられんのはお前だよ。お前が下士官呼ばわりしたやつは、日本の英雄である中尉様だぜ——って、聞こえちゃいねえか」

 

そう言ってフンと鼻を鳴らす楯岡主任。それでふと我に返った私。その瞬間、非常にまずい事をしたと思ってしまった。いや、だってあんなのでもこのゼルフィカールのパイロットなわけだし、人手を削ってしまったんだから…………まずい、非常にまずい。

 

「で、時に一夏ちゃんよ」

 

楯岡主任に名前を呼ばれて背筋が伸びきった私。多分、声音的にかなり怒られる…………下手したら査問会物…………そう考えただけで、身体が錆び付いたかのようにぎこちなくなる。ふり返ろうにも動きがぎこちない。普通なら聞こえないはずの錆び付いたパーツ同士が擦れてあげる悲鳴にも似たような音が、私の身体から聞こえてくるようだった。

 

「使える機体が一機増えたわけなんだが…………お前さんはどうしたい?」

 

そう言って楯岡主任が親指で示すのは、あのゼルフィカール。その言葉の意味を理解した私は答えるのにそう時間はかからなかった。

 

「——是非、私に使わせてください!!」

「待って一夏!? あの機体は空戦用…………陸戦用の榴雷とは勝手が違うんだよ!?」

「わかってるよ…………使い慣れてない機体で出るってことは私だって怖い」

「な、なら、なんで——」

「けど! それ以上に仲間が…………中隊の誰かが傷つくのはもっと怖いの!! だったら私はこの機体で戦う!!」

 

いつになく感情的だったのは私の方かもしれない。ここまで感情を爆発させたのはいつぶりだろうか…………もしかすると初めてなのかもしれない。

 

「——お前の負けだ、雪華。お前だって一夏ちゃんなら任せられるって言ってただろうが」

「け、けどそれはあくまで機種転換訓練をしてからの話であって…………」

「それに、誰も一夏ちゃんを止められやしないさ…………さっさと立ち上げるぞ!! さぁ、一夏ちゃんも乗り込んじまいな!!」

「はいっ!!」

「り、了解です…………」

 

近くに置いておいたヘッドギアを被った私は開いている背部ハッチからゼルフィカールの中へと乗り込んだ。それと同時にプロテクトアーマーについているコネクタが機体内部と接続されていく。これにより私たちの動きを皮膚の電位差で機体が読み取ってくれる。このおかげで、私達は自身の身体と同じようにフレームアームズを扱う事ができるのだ。すべてのコネクタが接続された後にハッチは閉まり、視界は暗くなる。フレームアームズの内部にはモニターなんて物は存在していない。万が一、頭部被弾の際にモニターの破片が刺さったら目も当てられない。代わりに炭素繊維とケブラー繊維の複合材が張られている。じゃ、どうやって外を見るのかって?

 

「網膜投影…………開始」

 

その言葉を皮切りに私の視界は急に明るくなり、外の景色が目の入ってきた。そう、コネクタ接続されたヘッドギアによる網膜投影で外を見るのだ。これならモニターの破損もないし、その分のスペースを装甲に割り振れる。それに、ディスプレイを視線操作することもできるしね。

 

「一夏、機体を起動するよ」

「了解」

 

雪華のその言葉を皮切りに幾多の情報が表示されていく。

 

——ALL UE UNIT(全UEユニット)BOOT(起動)]。

——ALL SYSTEM(全システム)CLEAR(異常無)]。

——ALL WEAPONS(全武装)CLEAR(使用可能)

——ALL PHOTON BOOSTER(全フォトンブースター)CLEAR(異常無)]。

——PILOT DATA(搭乗者データ)CERTIFICATION(認証)

——PRESET PROGRAM(初期設定プログラム) FINAL PHASE(最終段階)COMPLETE(完了)

——YSX-24RD/BE(ゼルフィカール・ブルーイーグル)ENGAGED(起動)

 

起動した。これならいける…………そう私は思った。長い間乗ってきた榴雷と同じくらい、この機体が不思議と体に馴染む。動作の遅れもない。

 

「起動完了。どう、一夏? 気分が悪かったりとかある?」

「全然ないよ。榴雷と同じように乗れてる」

 

雪華の質問に答えながら武装のチェックを行う。外付け武装は高出力イオンレーザーソード、格納武装に改良型セグメントライフル二丁と日本刀型近接戦闘ブレード…………正直武装の量が榴雷からしたらかなり心もとない。

 

「一夏ちゃん、その機体の専用武装がまだ届いてないんだ…………セグメントライフルも弾倉は今取り付けられている分だけ。代わりと言っちゃなんだが、この武装どもを使ってやってくれ」

 

そう言って楯岡主任は武装を台車に載せて持ってきた。見たところブルバップ式のアサルトライフルと…………弾倉の付いてないバズーカらしき何か。

 

「主任、この武器は…………」

「ああ、イオンレーザーカノンだ。試験装備らしいが、こいつの機体出力ならなんとか使えるだろ」

 

ひとまず渡された武装を量子変換していく。アサルトライフルの弾倉は予備も含めて五つ。イオンレーザーカノンの発射可能数はわからないけど、大出力みたいだから、あまり多くはないと思う。でも、武装が増えたおかげで、さっきの心もとなさは無くなった。

 

「ありがとうございます、主任、雪華」

「礼なんざいいから早く行ってきな。そいつの足ならまだ間に合うぜ」

「管制室に情報は送ったから、後は滑走路に出てそっちの誘導に従って。じゃ、頑張ってね」

 

二人の声を背に、私は滑走路の方へと向かった。本来この滑走路はスティレットやラピエールなどの空戦機体用なのだが、この機体だって空戦型だ。使ってはいけないということもないだろうし、何より雪華がそう言っているから問題ないだろう。

 

『横須賀コントロールよりグランドスラム04へ。第一滑走路への進入を許可する』

「了解。第一滑走路へ進入します」

 

誘導されるままに第一滑走路へと入る。その方向は館山基地へと一直線に結んでいる。早く行かなければという思いがより一層焦りを生むが、ここで焦ってしまっては大惨事を引き起こす事はわかっている。一度気を落ち着かせるために深呼吸をした。

 

『第一滑走路への進入を確認。グランドスラム04、離陸を許可する!!』

 

背部ユニットを起動し、この子の翼を広げさせる。このユニット——イーグルユニットのお陰で推力はかなり上がっているとのこと。まぁ、これが付いていた姿がまるで鷲の尾羽のように見えたというのがこの機体の名前の由来だって、主任も雪華も言ってたっけ。

私は全てのブースターを最大出力で起動する。それと同時に全身へと襲いかかる圧力に骨が軋みをあげそうになる。でも、今の私にそんなことは関係なかった。頭の中にあった事は、一刻も早く館山基地に辿り着く事、ただそれだけ。

 

 

 

 

 

 

「——了解! 紅城一夏、ゼルフィカール・ブルーイーグル、出ます!!」




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