FRAME ARMS:RESEMBLE INFINITE STORATOS   作:ディニクティス提督(旧紅椿の芽)

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Chapter.04

「…………う…………うぅ…………っ…………」

 

重くなった瞼をゆっくりと開くと、そこには、見たことのない天井が広がっていた。まだ意識もぼんやりとしている。でも、この鼻にくる匂いは…………薬? 周りの状況が未だに読めていない私は取り敢えず体を動かそうとしたけど、腕には何か付いているし、両足は何かで固定されていてうまく動かせない。それでも、上半身だけは起こすことができた。窓から差す光の中、意識が少しずつはっきりとしてくる。窓から見える景色はいつも見ている無残な姿に変わり果てた戦場とは違って、人のいる町と自然が目に映った。ここは一体…………それになんで私はここに寝かされているの…………。左腕に違和感を感じていたので、そっちを見ると点滴が打たれていた。なんでなんだろう…………だめだ、全然覚えていない。

 

「一夏さーん、入りますよー…………って、まだ起きていな——」

 

ドアが開く音ともに、何かが落ちて音を立てた。ふとその方向に目を向けると、固まった状態で持ってきたと思われるバッグを落としてしまっているエイミーの姿が見えた。しかも、アメリカ軍の制服に袖を通している。

 

「エイミー…………? どうかした——」

「い、一夏さぁぁぁぁぁん!!」

 

私が呼びかけたら急にこっちに意識が戻ったのか、ハッとなるエイミーだったけど、その直後一直線に私に向かって抱きついてきた。ちょ、ちょっと待って! 私、何故か点滴してるから! しかもまだベットからも降りられていないよ!

 

「え、エイミー? い、一体どうしたの?」

「よかったぁ…………一夏さんが生きててよかったです…………」

 

"私が生きててよかった"…………!?

 

「ちょ、ちょっとエイミー!? 今なんて言ったの!?」

「え…………? ですから、一夏さんが目を覚ましてよかったって言ったんですよ…………もう三日も目を覚まさなかったんですから…………」

 

三日!? 本当に私に何があったの!? …………だめだ、思い当たる節が出てこない。限界まで記憶を引きずりだそうとするけど、全く出てこないから困った。それに、エイミーはエイミーで泣きじゃくっているし…………私が言えた立場じゃないけど、本当エイミーは年相応の女の子だなって思う。

 

「おい、ローチェ少尉。ここは軍施設とはいえ病院だ。もう少し静かに——」

 

全くもって状況が飲み込めず、一体どうしたらいいのかわからないでいる私の元に別なお客さんがきた。長い銀髪からしたら、ラウラかな?

 

「——ハーゼ01より各員へ。緊急事態だ。至急、第四病棟三階六○二号室まで集合せよ。繰り返す、直ちに集合せよ。以上」

 

…………ラウラもラウラで大事にしてないかな? とはいえ、さらに状況を困惑させられた私は一旦思考することを放棄した。何をどうしたらいいのかわからず、ラウラが招集したみんなが集まるまでこのカオスな空間が続いていた。

 

 

暫くして私のいるところに人が集まってきた。先に来ていたエイミーやラウラは省くとして、レーアにオルコット少尉、そしてお姉ちゃんと束お姉ちゃんの、この間の作戦に参加したみんなが集まっていた。一体これはどういうことなの?

 

「本当に目が覚めたんですね…………」

 

そう言って、あんなにクールだったレーアが目尻に涙を浮かべていた。よく見ればみんな目尻に涙を浮かべている。あの人前では鬼のように厳しいお姉ちゃんも、いつもはおちゃらけているような束お姉ちゃんもだ。

 

「何が…………あったんですか…………?」

 

私はずっと疑問に思っていたことを口にした。本当に私は何もわからないから…………だって、さっき目が覚めたみたいなものだし。それに、あの作戦がどうなったのかすらわからないし。

 

「…………本当に、何も覚えてないのか?」

 

ラウラがそう怪訝そうな顔をして聞いてきた。その表情には、ありえないとか何故とかというものが色々と織り交ぜられているように思えた。

 

「はい…………全然覚えていなくて…………」

「そうか…………話してもいいが、下手をすると辛い事を思い出すことになるぞ。それでも聞くのか?」

 

ラウラの言葉を皮切りに深刻そうな顔をするみんな。そんなに…………でも、私は何が起きたのか知らなきゃいけない。私はみんなに気圧され力無くだが、その言葉に頷いた。

 

「…………わかった。なら話そう」

 

ラウラは一度息を吐くと、そのまま言葉を紡いだ。

 

「お前がフレズヴェルクを撃破した後、私達と合流しようとしていた時だった。お前は奴に襲われたんだ」

 

襲われた…………!? その言葉を聞いた瞬間、急にその直前の記憶が蘇ってきて、記憶が途切れる前の事が思い出されてきた。そうだ…………確か、魔鳥を倒して、ラウラ達と合流して前線基地の中枢を破壊するために移動していた時に——

 

「…………白い…………鎌を構えた、魔鳥…………」

 

蘇ってきた記憶には、振り向いた時に白い魔鳥が私に鎌を振り下ろそうとしているところが鮮明に出ていた。そして、そのことに体が震えた。あの死ぬかもしれない感覚…………拭いきれないような恐怖が不意に私を襲った。

 

「——そうだ。国連軍識別コード、NSG-X2[フレズヴェルク=アーテル]…………あのベイルゲイト攻略戦が終結して以降、世界各地で確認されている最強の魔鳥だ」

 

そう言ってラウラは私にタブレット端末を渡してきた。そこには確かに私が遭遇したのと同じ、あの白い魔鳥の姿が映っていた。パールホワイトに青いクリスタルユニット、そして二振りの大鎌が特徴…………間違いなくあの機体だ。これが私を攻撃してきた機体…………そう考えると、タブレット端末を持っている手が震え始めた。

 

「奴はお前を攻撃した後、撃破されたフレズヴェルクの残骸の一部を回収した後、戦域を離脱…………その後の行方は不明だ。その後、お前をエイミーとレーアに運ばせて、我々で基地中枢の破壊は完了…………経過はこんなところだ」

「…………負傷者は?」

「…………お前一人だけだ」

 

ラウラからの報告が終わってからも、私の腕の震えは止まらない。フレズヴェルクが怖いからじゃない…………この気持ちはいつも感じている…………自分が足手まといになってしまった…………自分が情けなく感じて…………結局私はただのお荷物なんじゃないかって…………私は英雄でも、なんでもない…………ただの若年兵でしかないんだから…………。そう思うと自然と下唇を噛み締めていた。

 

「それで、怪我の度合いなんだがな…………両足に裂傷多数、右の脛に小さいヒビが二つ、全身に打撲と暫くは安静だ。アーテルに襲われたのに、ここまで軽傷なのは奇跡的だぞ」

「そうだよねぇ…………今まで生き残ったのは数えられる程度しかいないし…………君もその奇跡の中に入ったんだよ。不幸中の幸いというしかないね」

 

ラウラと束お姉ちゃんがそう言ってくるけど、私の耳には入ってこない。今の私の思考は、ただ自分が足を引っ張ってしまったという事実だけしか見ていなかった。そんな時だった。

 

(あ、れ…………?)

 

先ほどからアーテルの画像を眺めていて気づいたことがある。私を襲撃した機体の画像と、他の機体を襲撃した時の画像で少しだけ違いがあった。私を襲った機体は右肩に紫色のマーキングが施されているのに対して、他の機体を襲ったのにはそれがない。これは一体…………もしかして——!

 

「それにしても、変ですわね…………アーテルは現在、月面攻略部隊が交戦中ですわよ? それを突破などしていたら、その通りの報告があるはずですわ」

「だとしても、あの魔鳥は一機しか確認されてないはずだ。現に、一夏を襲った奴はその後衛星軌道上に一気に上昇していったぞ」

「まぁ、例え二機いたとしても、その証拠がないからな…………それに、同一機体と言える証拠もない。現時点ではなんとも言えないな…………」

 

オルコット少尉やラウラ、それにお姉ちゃんがそんな話をしている。どうやら話題は私が気になったあの機体についてのようだ。私も気になったことだからその話に混ざろうと思ったけど…………

 

「いずれにせよ、やっと戦うことに変わりはない…………ですよね、博士?」

「そうだね。一応、第三ステージの降下艇基地を抱えている国には対フレズヴェルク用の機体を集中配備しているし、もうそろそろ中国に預けた新型機もロールアウトするし、戦うことには変わりないよ」

 

その本質的なところを言われて、話には混ざれなかった。そうだよね…………一体でも二体でも、戦うという選択肢を選ぶしかないということに変わりはないもんね…………。それに、今ここで話していても何も変わらないし、そのうち正式に発表されるかもしれないからね。

 

「…………博士の言う通り、だな。さて、面会時間もあまり残されていない。我々は撤収するが、ローチェ少尉」

「は、はいっ!」

「貴官には紅城中尉の世話を頼む。この中では一番親密そうだからな」

「了解しました!」

 

どうやらこれでお開きになるみたいだけど…………やっぱり、お荷物になってしまった感が拭えない。ラウラの誰も怪我せずに帰還っていうのも出来なかったし、こうして病院でお世話になっているからね…………こうしている間にも日本にいる中隊のみんなは前線で体を張っているんだろうなぁ…………早く治して復帰しないと。

 

「それでは、また明日来るぞ」

「何か必要なら遠慮なく言ってくれ」

「なんでもすぐに用意するからね!」

「ただし、年齢的にふさわしくないものは容認できんがな」

 

そう言ってラウラやレーア、束お姉ちゃんにお姉ちゃんは病室を出て行った。なんだか最後にお姉ちゃんにからかわれた気がするよ…………べ、別にそんなものに興味ないし!

 

「あれ? オルコット少尉? 何か用があるんですか?」

 

エイミー以外全員出て行ったのかなと思ったけど、何故かオルコット少尉まで残っている。なんで? 私に何か用があるのかな?

 

「あ、そうそう。たしかセシリアさん、一夏さんに言いたいことがあるそうですよ?」

「ちょ、ちょっとエイミーさん!? 何をいきなりバラすんですの!?」

「え?…………言いたいことって何?」

 

本当になんなの? …………もしかして、軍人として情けない、とかかなぁ…………それだったら泣きそうな気がするんだけど。そんな風に思ってしまったから、つい階級は私のほうが上なのに、ビクビクしながら尋ねてしまった。

 

「え、えぇっと、その、ですね…………このメンバーになって、ブリュンヒルデや篠ノ之博士を除く他の人の事を名前呼びにしてらっしゃるのに、私だけそうじゃないというのがどうも腑に落ちなかったので…………わ、私のことも、セシリアと呼んでください!」

 

そう言ってかなり綺麗な礼を決めてきたオルコット少尉——じゃなくて、セシリア。というか、その礼の仕方って上司にものを頼み込む時の——って、一応私のほうが階級上だから上司になるのか。

 

「そ、そこまで頭下げなくてもいいよ! その代わり、私のことも名前で呼んでね、セシリア」

「ち、中尉を名前呼びに!? そ、それでは上官に対する敬意とかが——」

「いやいや、セシリアはちゃんと公私を弁えそうだし、そういうところしっかりしてそうだからね。それに、プロフィール見たけど、私達同い年でしょ? 私、同い年の人とかは階級関係なしに名前呼びしてもらってるんだ」

 

あまり聞いたことのない事を言われたせいか、セシリアはありえないといった顔をしていた。まぁ、普通はこんな事を言う軍人はいないからね…………尤も、こんな風にしていたら中隊の大人や詰所の人を含めた基地内にいるみんなから年下扱いされて、葦原大尉に子供扱いされる始末だけど。あまりにも度がすぎるのはあれだけど、実際ほぼ最年少だからね…………子供扱いされても仕方ないと一部割り切っている。

 

「で、では、い、一夏さん」

「なに、セシリア?」

「こ、これからもよろしくお願いしますね」

「もちろん、こっちこそ」

 

そう言って握手をしたけど、何故かセシリアは顔を赤くしてしまった。どうしてなんだろう…………ただ、新しく友人ができたから少し嬉しくなって顔が緩んでしまっただけだけど。

 

「…………そ、その微笑みは卑怯ですわ…………」

「ん? 何か言った?」

「い、いえ! で、では、失礼します!」

 

そう言ってセシリアは足早に病室を去っていった。一体なにがあったんだろう…………何か気に触ることでもしたのかな? それだったら後でちゃんと謝らなきゃ…………。

 

「…………この人、自覚無しであれですから危険です…………」

「…………エイミー?」

「は、はい! なんでしょうか!?」

 

よくよく見たらエイミーも同じ状態になっていた。なんで? 私には理由がわからないよ…………。

 

「いや、私ってこれからどうしたらいいのかなーって」

「そうですね…………それじゃ、とりあえず背中を拭きましょうか?」

 

確かになんだか背中とかがベタベタする感じがあるし、少しさっぱりしたいね。

 

「それじゃお願いしようかな?」

「はい、お任せください!」

 

そう言うとエイミーは洗面器にお湯を汲んできて、その中にタオルをつけて濡らしていた。そして、そのタオルを絞っていたけど、なんだかその姿がお手伝いしようと頑張っている子供みたいな感じに見えた。前にこんなシーンをドラマでやっていたの、基地のPXにあるテレビで見たっけ。

 

「では、服を脱いでもらっていいですか?」

 

言われるがままに着させられていた病院服の上を脱いだ。まぁ、左腕に点滴を打たれている関係上、そっちの方はどうしようもなかったけどね。

 

「じゃ、拭きますね」

「うん、お願い」

 

背中に程よく温かいタオルが当たる。それだけでも十分気持ちがよかった。さっきまでのへこんでいた自分も何処かへと消えていきそうだ。辛いことがあった時はいつも基地の外にある銭湯で、こうやって気分を変えていたっけ。まぁ、非番の時だけだけど。

 

「一夏さんの肌って綺麗ですよね…………なんだか羨ましいです」

「そんなことないって。エイミーの方が白くて綺麗だよ」

「いえ、一夏さんの方が綺麗です。でも…………」

 

突然エイミーの手が止まった。そして、聞こえてくる声音は何処か弱々しい。

 

「…………一夏さんの両足の裂傷はもう消えないそうです。あまりの衝撃に内部剥離を引き起こしたフレームと装甲が突き刺さったようで…………大腿下部四分の一から足首まではもう傷だらけだそうです」

 

…………むしろそれだけでよく生きていたよね、私。他の襲撃パターンを見たけど、胴体を真っ二つとか、腕が吹き飛ばされたりとか、こんな軽傷ですむレベルじゃない状態だったよ。それこそ命を落としているケースの方が断然多い。そんな状況で生き残ったって…………私ってかなり運がいいのかな?

 

「…………だ、だから…………わ、私…………あ、あの時なにも出来なかった私が悔しくて…………情けなくて…………」

 

次第にすすり泣くような声に変わっていった。どうやら、自分の事を思いつめていたのは私だけじゃないみたいだね。

 

「そんな事ないよ。誰のせいでもないんだし、突然だったから仕方ないって。それに、逃げられなかった私も私だしね」

「そ、そんな…………わ、私は一夏さんの直衛だったのに…………あの時私が一夏さんの代わりに——」

「エイミーッ!」

 

…………エイミーのそこから先の言葉は聞きたくなかった。だって、それはいつも私が絶対口にしないって決めた言葉だったから。私の背中越しに私は話し始めた。

 

「…………ごめんね、急に大きな声出しちゃって。でも、そこから先の言葉は聞きたくなかったの。エイミーは自分がそうなればよかったって言っているけど、それは私のこの状態が無意味な事になっちゃうんだよ。それに、襲われたのが私でよかったって思っているの」

「…………えっ?」

「この程度で済んだのは、榴雷の追加装甲があったおかげ。もしエイミーの轟雷だったら、多分エイミーは今こうして私の背中を拭いてないよ」

「…………一夏さん…………」

 

しばらく無言の空間が続いた。まぁ、でもこれだけは譲れる気がしなかった。例え、誰かが戦死してしまったとしても、それはその人が選んだ結果。それを他人に『私がしっかりしていたら——』とかと言われたら、その人の死は唯の犬死になってしまうし、その人の最期を侮辱する事になってしまうからね。殆ど葦原大尉や他のみんなからの受け売りだけど。

 

「…………その、ごめんなさい。私、一夏さんの気持ちを考えずに物を言いそうになってしまって…………」

「別にいいよ。エイミーは悪気があって言ったわけじゃないんでしょ?」

「そ、それはそうですけど…………」

「それなら仕方ないよ。あくまでこれは私自身の価値観みたいなものだからね。でも、少しでもその人の最期とかを綺麗にしてあげたかったら、私の考えも頭の片隅には置いておいて…………」

 

また沈黙が流れた。私たちの間に音を立てるものはない。ただ時間だけが過ぎていくだけ。でも…………らしくない事しちゃったなぁ…………私ってあまりああやって人に何かを言うのって苦手だし。それに、半分エイミーにお説教染みた事しちゃったからなぁ…………なんだか悪い事しちゃった。エイミーだって、自分を責めちゃっていて弱っているってのに。

 

「そうですよね…………一夏さん、ありがとうございます」

 

なにか非難されるんだろうなー、と勝手に思っていた私だけど、返ってきたのはお礼の言葉。その事に逆に困惑してしまった。どうしてなのか理由を聞こうとしたけど、

 

「一夏さんの考え、私にもわかりましたから…………その考え、私も持っていいですか?」

「うん。受け売りの受け売りになるけどいい?」

「はい! 私はそんな事気にしませんから」

 

別に理由を聞くまでもなかった。背後から聞こえてくる声は、さっきまで聞いていた涙ぐんだ声とは違う。もっとはっきりとした意志の込められた声になっていた。…………こんな風にすぐ立ち直れるっていいな。私は結構時間がかかっちゃうから…………多分、エイミーは強いんだと思う。

 

「それはそうと、背中拭き終わりましたよ? 次はどうしますか?」

「いきなり話をそっちに変えちゃう…………? うーん、そうだなぁ…………」

 

次に何をするのかと聞かれたが、何をしてもらったらいいのかわからなくて考えてしまう私。そんな時、ふと音がなった。それも自分のだ…………かなり恥ずかしいよ、人前でお腹の音が鳴るって…………。

 

「お腹が空いているみたいですね。では、食事の方、持ってきますね」

 

エイミーは少し苦笑いをしながら一旦病室を後にしていった。…………めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど。一応私の方が階級上なんだよね…………威厳とかそういうのとは無関係だと思っていたけど、こんな風にされるなんて…………最早上官とかそういうの、本当に垣根がなくなりそう…………まぁ、そういう方が好きなのは認めるけど。

こんな風にエイミーに身の回りの事を世話されながら、一日を過ごしていったのだった。…………ただ、トイレに入る時くらいは一人で行かせてよ…………。

 

 

「では、また明日の朝来ますね」

「うん。それじゃ、おやすみ」

「はい。おやすみなさい」

 

就寝時間になるとともに、面会の時間も終了となった。エイミーは手荷物だけを持って、病室を後にした。残されたバッグの中には必要な着替えとかそういったものが入っているそうだが、今の所一人で着替えするのは少し難しいからね…………ほら、両足に添え木されちゃってるし。

そうなって病室に一人残された私は特に何もする事がなく、ただ外の景色を眺めていた。柔らかい月明かりだけが窓から差し込んでくると思ったが、その先に街の明かりが見えた。多分、其処では普通に、極普通に平和というものを感じながら人々が生活しているんだよね…………私達はそれを守れたんだよね…………? ふとそんな疑問が思い浮かんだのだった。

 

(こんな風に空を見たのはいつぶりかなぁ…………)

 

ふと空を見上げたら、大きな丸い月が煌々と輝いていた。それに負けないように周りの星たちも輝いている。…………そういえば、訓練時代に、疲れた時はいつもこうやって空を見ていたっけ。そうしたら、今苦しんでる自分がなんだかちっぽけに思えてきたりして…………それに、秋十やお姉ちゃんと同じ空の下で生きてるって思えてたし…………そのおかげであの厳しい訓練乗り切れたんだよね。…………ちなみにその訓練で何人かは性格が百八十度変わった人もいるよ。例えば、虫すら殺せなかった子が今じゃ感情もなくアントを潰してるし…………本当、あの訓練は凄かったなぁ。

 

「——っていうか、そこで覗き見してないで、入ってきたらどうですか? 別に怒りませんよ?」

 

さっきから薄々感じてはいたんだけどね…………ほら、戦場に出ちゃうと、否が応でも周囲に気を配らなきゃいけないし、時々潜伏しているアントとかもいるからね。そうなると、自然と誰かの視線を受けていることとか結構感じやすくなるんだよ。とはいえ、別に殺意とかそういった類のものはないし、別に敵意とかもなさそうだしね。それに、この視線の向け方はあの人(・・・)だってわかるから…………。

 

「あ、あはは…………やっぱりいっちゃんには気付かれちゃったかぁ…………」

「ばればれだよ、束お姉ちゃん(・・・・・・)

 

振り返るとバツの悪そうな顔をした女性が現れた。その顔はまるでいたずらがばれた子供みたい。秋十も今じゃ手がかからないけど、昔はやんちゃだったからね。あまり怒ったことないけど、凄くバツの悪い顔をしていたのは覚えている。そして、その頭についてるメカメカしいウサ耳…………間違えようがない、あれは束お姉ちゃんだ。ISができる前はお姉ちゃんや秋十と一緒に道場に通っていて、束お姉ちゃんとその妹の箒ちゃんと一緒に剣道をしていたんだ。箒ちゃん、元気にしてるかなぁ…………もう何年も会ってないや。

 

「うぬぬ〜〜…………今度こそ気づかないと思ってたのにぃ〜〜」

「昔はいつもかくれんぼとかしていたんだから気づかないわけないよ」

「そういえばいっちゃんがいつも鬼だったもんね。懐かしいなぁ、あの頃…………」

 

そう言って束お姉ちゃんは不意に空を見上げた。雲一つない夜空には満月が見えている。…………そういえば、月のウサギの話はよく聞くけど、もしかして束お姉ちゃんがその正体じゃないかと思っちゃうときがあるんだよね。昔からよく月を見上げていたし。

 

「…………ねぇ、いっちゃん。いっちゃんはこの世界、どう思ってる?」

 

突然投げかけられた質問に私は答えをすぐに出せなかった。というか、何をどうやったらそんな話題に行き着くんだろ…………それに、この質問ってなかなか答えにくいものだよね? そんな急に言われても…………。

 

「別に答えなくてもいいよ。束さんが勝手に聞いただけだし。でも…………私は今の世界があんまり好きじゃないんだ」

「どうして、ですか?」

「そうだねぇ…………やっぱり、ISかな。本当は自由な世界をみんなに見て欲しかっただけなのに、今は権力の象徴として縛り付けるものになっちゃってるし。束さんは縛り付けることが嫌いってのは、いっちゃんも知ってるでしょ?」

「前にもそんなこと言ってたもんね。私は自由が欲しいんだー、とか」

 

てか、束お姉ちゃんを縛り付けることは多分不可能。例え三重の防壁を張った檻であっても、突破してしまうのが束お姉ちゃん。唯一拘束できるのがお姉ちゃんと箒ちゃんだけだ。尤も、お姉ちゃんの一撃を受けてもなんともない顔をしている束お姉ちゃんは十分お化けの類じゃないかと思う。でも、いつもの口調とは裏腹に、顔は何処か沈んでいるように思えた。

 

「そうそう。だからさ、地球再開発計画——リスフィア計画に参加したのに、結果はこうだよ…………月は戦場となり、地球もまた戦禍に飲まれつつある。そして、そこで戦う人の存在は隠蔽され続けていて、女性がその人達を抑圧している…………なんのために私や他のみんながアーキテクトを作ったのかわからななくなっちゃったよ…………」

「で、でも束お姉ちゃん、お姉ちゃん達が作ったフレームアームズがなかったら私達は誰も守れなかったんだよ…………だから、そんなこと言わないで…………」

「でも! 私はただ宇宙を見たかっただけなの! そして、いっちゃんとの約束を果たしたかった…………けど! 月は奴らの本拠地となって…………いっちゃんは、私たちの作った物で怪我をしたんだ! いや、いっちゃんだけじゃない…………これまで力尽きていったみんな、私の夢の犠牲者になるんだ…………」

 

束お姉ちゃんはいつの間にか涙を流し始めていた。いつもの笑っている元気な姿はない。今目の前には弱々しく泣いている束お姉ちゃんの姿しかなかった。でも、束お姉ちゃんの言葉に引っかかった。

 

「束お姉ちゃん…………誰も犠牲にはなってないよ」

「で、でも…………多くの人が死んで…………」

「そうだけどね…………みんな、必死になって大切なものを守ろうとしただけだよ。束お姉ちゃんの夢が悪いわけじゃない。だから…………そんな事言わないで」

 

勿論、私が束お姉ちゃんの今の気持ちを完全に理解できているわけじゃない。寧ろ、その真逆のことを言っている可能性だってある。でも、束お姉ちゃんが自分の夢の所為にしているのだけは見ていられなかった。あんなに目を輝かせて私に話してくれた夢、そしてその時に交わした約束…………それらがなんだか、どこか遠くに行っちゃいそうに思えたんだ。

 

「でも、私は束お姉ちゃんの夢が叶うように頑張るよ。だって、まだ月のウサギを見せてもらってないんだから。絶対、月に連れて行ってよ?」

 

そう、交わした約束というのは、束お姉ちゃんが私に月のウサギを見せてくれるということ。小さい時、何かの絵本で月にウサギがいると思い込んだ私は束お姉ちゃんに月のウサギに会わせてって言ったの。そうしたら、束お姉ちゃんは謎のメカメカしいウサ耳を付けて『私がその月のウサギなのだ〜〜! だから、いつか月の基地にいっちゃんを連れて行ってあげる!』と言って、私と約束したんだ。勿論、月にはウサギなんていないし、束お姉ちゃんがというわけでも…………ないわけじゃない、か。でも、その約束を守らなきゃ…………だって、宇宙に出るという事が束お姉ちゃんの夢だからね。だから、私はその夢を叶えさせてあげるために戦う。奴らに束お姉ちゃんの夢を潰させやしない。

 

「そうだったね…………束さんとした事が、自分の夢を自分でケチつけちゃうところだったよ。でも、いっちゃんも無茶だけはしないでよね?」

「それだけは流石にわかんないかなぁ…………?」

「えぇ〜〜…………」

 

私がそこまで言ったら束お姉ちゃんはいつものテンションに戻った。涙の跡は残っているし、目も赤く腫れちゃっているけど、それでも、やっぱりこっちのテンションの方が束お姉ちゃんらしくていいや。

 

「でも…………必ず一緒に行こうね、月に」

「…………うんっ!」

 

こうして私と束お姉ちゃんは再び約束を交わしたのだった。…………絶対、約束は果たすからね、束お姉ちゃん。




誤字報告とか感想とか待ってまーす。

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