FRAME ARMS:RESEMBLE INFINITE STORATOS   作:ディニクティス提督(旧紅椿の芽)

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どうも、何故か某機動武闘伝を視聴していた紅椿の芽です。



実際、それ見て思ったんですよ。FAファイトとかやれないのかなーって。こう、フレームアームズファイト、レディ、ゴー! 的なノリで。実際、格闘技に近い動きをするFA見てみたい。



とまぁ、作者の願望はさておき、今回も生暖かい目でよろしくお願いします。





Chapter.39

——全く…………またへばったのか、此奴は——

 

——何回へばったら気がすむのやら…………報告もできねえじゃねえか——

 

——まぁ、どうせ聞こえてねえだろうから、勝手に言っておくか——

 

——準備は整った。後は…………時を待っていやがれ。次は勝たせてやる——

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

「ぅ…………うん…………」

 

目を開けると、視界の先には見慣れてしまった医務室の天井があった。パイロットスーツは脱がされ、代わりに病院服みたいなものを着させられている。窓の外に視線を向けると、既に日は昇っており、少し眩しく感じた。多分、あの戦いが終わってから少しだけ寝るって箒に言った気がするから、多分そのまま起きなかったのかもしれない。

 

「っ…………」

 

起き上がろうとすると、少しだけ身体中が痛んだ。痣とかそういうのがないから、軽傷で済んでいるのかもしれないけど、痛むものは痛む。墜落した時の衝撃が原因だと思う。ただ…………その時のことを思い出そうとすると、あの時振り上げられた大鎌を思い出して…………思わず体が震えてしまった。呆然とした状況ではない、はっきりと認識できる状況で見せつけられた有機的で無機質な殺意は私の脳裏にしっかりとこびりついてしまっている。間近にまで迫った死の恐怖…………いくら死ぬ事を覚悟していたとはいえ、いざ目の前でそれを感じさせられて、私は現実として受け入れたくなかった。理解するのと受け入れることの違いは分かっているけど…………やっぱり死ぬ事を受け入れるなんてできないよ…………あの時は諦めかけたけど…………生きる事を諦めるなんてことはしたくない。

 

(それにしても…………変な夢を見たよ…………)

 

夢の中で誰かに話しかけられていたみたいだけど、聞いたことのない声だった。口調はどこか荒っぽくて、なんだか男の人に近い感じ。夢って、人の記憶から作られるっていうけど、そんな声の人と会った記憶なんてない。それに、『準備は整った』って…………一体何の準備が整ったというのだろうか? うーん…………全くもってわからないや。考えれば考えるほど泥沼にはまりそうだ。

 

「——開けるよ〜」

 

そんな風に考え込んでしまっている時だった。急にカーテンの向こうから声をかけられる。この声…………間違いない、あの人だ。少なくともこの飄々とした感じで話しかけてくる女性はあの人くらいだ。私は返事をせずに仕切られているカーテンを開けた。

 

「篠ノ之博士…………」

 

束お姉ちゃん、その本人だった。あの特徴的なメカメカしいウサ耳はつけてないから、真面目モードであることがわかる。そういうところに限ってこの人、メリハリがちゃんとしている。なお昔は…………別にいいか。昔は昔、今は今なわけだし。

 

「…………大丈夫、周りに人はいないから。昔のように呼んで、いっちゃん」

「…………うん、分かったよ、束お姉ちゃん」

 

どうやら人払いを済ませてきたようで、昔のように呼んで大丈夫って言われた。今まで表面上では、例え身内であったとしても他人であるかのように振舞っていたから、そういってもらえると少しだけ肩の荷が下りるような気がする。そんなわけで、それを聞いた私は束お姉ちゃんの事を昔と同じように呼ぶことにした。

 

「それで、束お姉ちゃん…………私に何の用なの?」

 

私は素直に疑問に思った事を口にした。こんな事を言うのもどうかと思うんだけどさ、束お姉ちゃんだって忙しい訳なんだし、私一人に構っていられるような時間なんてないような気がするんだよね。

 

「まぁ、いっちゃんに伝えておかなきゃいけないことがあるからね…………すごい勝手だけど、いっちゃんが寝ている間に色々検査させて貰ったよ」

「そう、ですか…………」

 

どうやら束お姉ちゃんはその検査の報告をするためにここにきたみたいだ。だけど、その表情はなんだか暗い感じがする。どうかしたのだろうか…………? ちょっと束お姉ちゃんの事が心配になっている私の眼の前に、束お姉ちゃんからタブレット端末が差し出された。そこに表示されているのは何かの数値。って、私、これに見覚えがあるよ…………ここにくる前も見たし。

 

「束お姉ちゃん…………これってもしかして…………」

「うん。今のいっちゃんのパーソナルデータになるね。しかも、超最新版の」

 

そう、表示されていたのは私の身体的な事なら全て書いてあるパーソナルデータだった。道理で見覚えがあるはずだよ…………自分の身長や、身体的特徴くらいちゃんと分かってるから、すぐにわかる訳だし。それに、館山基地では定期的にパーソナルデータの更新の為に検査もしていたから、元データが自分のものなのかを確認する時に見せられるしね。というか、両足に裂傷多数の時点で私のだってわかる。

 

「でも、どうしてこれを…………? 今のところ異常なんてないし…………」

「いや…………いっちゃんの体、結構異常なんだよ。ここ見てよ、ここ」

 

そう言って束お姉ちゃんが指差したのは、各種適性の項目だった。そこには格闘や射撃、航空機パイロットや指揮能力などの多岐にわたる分野の適性値が表示されている。私の場合、ほとんどの分野が平均より少し上ぐらいなんだけど、ある二つだけは違っていた。一つはFA適性。もうなんか、上限振り切れていて、ランク[SSS]と表示されてる。これについては前にも聞かされてたし、頭の片隅にちょっと覚えていた。でも、こっちはそういいものじゃない。最早零というよりも、マイナスの方に振れてしまっている適性があった。こんなのは初めて見たよ…………しかもそれがIS適性で、適性値が[R]…………前は[F-]って言われたけど、これってそれよりもさらに下って事だよね…………?

 

「た、束お姉ちゃん…………こ、このIS適性[R]って…………」

「…………その適性値は私が暫定的に付けたよ。[F(Fake)]のさらに下…………[R(Reject)]として。いっちゃん、かなり辛いことを告げるけどいい…………?」

 

私は束お姉ちゃんの言葉に静かに頷いた。どちらにせよ、いずれは知ることになるわけだし…………それに、聞かなきゃいけないって、頭のどこかでそう言っている。束お姉ちゃんは一息置いてから言葉を紡いだ。

 

「もう、いっちゃんはISに乗れない…………乗った瞬間、ISのフィードバックに脳が耐えられないよ。まるで、ISがいっちゃんを拒絶するかのように…………それこそ、命に関わる問題なんだよ…………」

 

ある程度予想はしていたけど…………それでも堪えるものがある。ISに乗れない…………世間で女性が力の象徴たして振るっているものを、私は扱えない、扱うことができなくなってしまったということだ。前に意識を失った時にも、ISで強力な拒絶反応が出たわけだし、命に関わる問題だって認識させられたから、もう乗ることはないって思ってる。それに…………そんな権力の象徴みたいに振りかざすのだったら、私は乗れなくてもいい。ISは、本当はそういう目的で作られたわけじゃないから…………。でもね…………そんな風に割り切ろうとしても、私にはできない。だって、束お姉ちゃんと月に行くって約束を果たすには、それを行えるものが必要…………理論上は単機で大気圏離脱と突入、そして極環境下での運用が可能なISが必要だと思うんだ。だから…………ISに乗れないって言うのは、あの約束を破っちゃうかもしれないと思ってしまったんだ。故に、そう簡単に割り切れそうにはない。理解するのと納得するのでは勝手が違うからね…………。

 

「…………だから、悪いことは言わない。もうISに触れない方がいいよ」

「…………わかったよ」

 

でも、自分の命が惜しいと思うのも事実。私は約束よりも自分の命を取ってしまったのだ。私に警告を促す束お姉ちゃんの目はいつになく真剣だったから…………その雰囲気に飲まれて私は答えを下した。けど、私にはわからないことがある。どうしてここまで適性値が低くなってしまったのか…………私には思い当たる節がない。

 

「束お姉ちゃん…………なんで私のIS適性、こんなに低くなっちゃったのかな…………? 元から低かったのは知ってたけど、ここまで低くなるなんて思ってなかったから…………」

 

だから、私は束お姉ちゃんに聞くことにした。束お姉ちゃんなら何か知っているはず…………一人でISを作っちゃうような人だし、何かわかると思ったから…………。束お姉ちゃんは少しだけ私から視線を逸らしたかと思ったら、また戻してため息をついた。

 

「ど、どうしたの…………? わ、私、何か聞いちゃいけないことを——」

「そうじゃないよ…………それよりも、いっちゃん。いっちゃんは『パーソナルアビリティ』って聞いたことある?」

 

束お姉ちゃんの口から出てきたのは、あまり聞いたことのない単語。いつも聞かされていたのは適性とかだったから、その言葉の意味はわからない。私は首を横に振ってわからないという意思を示した。

 

「そう…………パーソナルアビリティってのは、いわば人間の特性。実際は大体全ての数値を足すと平均クラスになるっていうものなんだけどね。いっちゃんの場合、IS適性を反転するまで喪失してしまった代わりに、FA適性が比類無きまでに高められているんだよ」

「つまり、IS適性の分もFA適性に振られているって事…………?」

「そういう事。パーソナルアビリティは何か要因があって変化する事もあるから、調べてみたんだよ。その結果がこれ」

 

そう言って束お姉ちゃんはレントゲン写真を見せてきた。データに書かれているラベルには私の名前があるから、これが私の両足のレントゲン写真であることがわかった。でも…………何か不自然に白くなっている部分がある。な、なんなのこれ…………。

 

「両足の各所に微小なT結晶の破片が食い込んでいたんだよ…………大体裂傷と同じところに。多分、これがいっちゃんのIS適性とFA適性を決めた要因だと思う。T結晶もISコアと同じように未解明の部分が多いから…………」

 

驚きを隠せなかった。だって…………まさか私の体にT結晶が食い込んでいるなんて…………全然気がつかなかった。しかも、裂傷と同じところにあるっていうから…………あの時、内部剥離を引き起こしたアーキテクトのUEユニットが損傷して、その時に食い込んだとしか考えられない。今までそういうことに気がつかなかったから、ずっと放置していたけど…………この状況を知ってしまった以上、体の中に異物があるなんてことに嫌悪感を抱いてしまう。一刻も早く取り除きたい、そう思った。

 

「取り除くことはできないの…………?」

「残念だけど…………あまりにも小さいからね。場所が場所だけに、完全に除去するのは不可能だよ…………それに、除去したところでいっちゃんのパーソナルアビリティは変化しないだろうし、下手するとFA適性どころか両足の機能も喪失してしまうかもしれない。…………悔しいけど、束さんとしても除去は推奨しないよ」

 

だが、その思いは虚しくも完全に打ち砕かれてしまった。そんな…………そこまで酷い状態だったの…………でも、除去してしまった方がリスクが大きすぎるってことは十分伝わった。流石にFA適性まで失うわけにはいかないし、最悪両足を失うなんて言われてしまったら、無理矢理でも納得するしかない。そうなってしまえば、私はFAパイロットとして生きていけないし、お姉ちゃんや秋十に楽させてあげる事も出来なくなっちゃうからね…………。

 

「わかりました…………」

「少なくとも炎症とか引き起こしてないみたいだし、今まで通りで大丈夫だよ」

 

束お姉ちゃんはそう言うけど、気休め程度。両足に異物が食い込んでるなんて一度聞かされてしまったら、後は気にし続けてしまうかもしれない。いっその事、この事実を忘れられたらどんなに楽になるのだろうか…………そう考えてしまった。

 

「それと、いっちゃんの機体についても報告があるんだ」

「それって、ブルーイーグル…………? それとも榴雷…………?」

「ゼルフィカールの方だから、ブルーイーグルだね。装甲自体に大きな損傷はないけど、墜落時に背面のフォトンブースターとイーグルユニットが損傷、ベリルバスターシールドの損失、駆動系への過負荷…………割とシャレにならないダメージを受けていたから、館山基地で修理する事にしたよ。再来週には呉の方から兵装が届くように手配しておいたから」

 

そっか…………ブルーイーグルにもかなり負担かけていたんだね。でも、それでもアナザーとの戦いでは、勝つことができなかった。機体の性能じゃない…………私自身がまだ弱いから。私が今までアナザーと戦えていたのはブルーイーグルの性能があってのもの。今回も退いてくれたみたいだけど…………もし、箒が介入してこなかったら私は負けていた。つまり、死んでいたかもしれない…………今になって、生き残ったことよりも完全に敗北したという事への劣等感が私の心を蝕んでくる。

 

「…………ねぇ、いっちゃん」

 

そんな私に束お姉ちゃんは声をかけてきた。

 

「いっちゃんはさ…………私の事、恨んでる…………?」

 

え…………? 今、この人はなんて…………?

 

「間接的にかもしれないけど、私のせいでいっちゃんは戦場に身を投じたし、それで傷ついた…………そして、私が月にISコアなんてものを送り込んだから、アーテル・アナザーなんてものが現れて、いっちゃんと戦うことになって…………いっちゃんが苦しんだ理由って殆ど私が原因なんだよ…………恨まないはずがないよね…………」

 

そう言っている束お姉ちゃんの目は今にも泣き出しそうなほど潤ませていた。見るに堪えない顔だった。…………あの時と全く一緒じゃん…………私がドイツで両足に傷を負った時と丸っ切り一緒。でも、束お姉ちゃんはあの時以上に辛そうな表情をしていた。見ているこっちが辛くなるほどに…………。

 

「い、いっちゃん…………?」

 

だから私は束お姉ちゃんを自分の胸の中に抱きしめた。これなら束お姉ちゃんの辛そうな顔も見ることはない。束お姉ちゃんにはやっぱり笑っていて欲しいかな…………そうじゃなかったら束お姉ちゃんじゃないような気がするよ。

 

「き、急に何さ…………た、束さんは大丈夫——」

「ねぇ、束お姉ちゃん、今あったかい?」

「う、うん…………いっちゃんはとってもあったかいよ」

「そんな人が束お姉ちゃんの事を恨んでると思う? 怪我とかしちゃったのは事実だけどさ、恨んだことなんて一つもないよ。みんながいればそれで十分だから…………だから、そんなに自分のことを責めないで」

 

束お姉ちゃんがISやフレームアームズを作ったことは事実。だけど、今のこの状況に陥った事とはあまり関係がないと思う。いろんな要素が絡み合った結果がこれなんだ。無責任すぎるのもどうかと思うけどさ、束お姉ちゃんみたいに必要以上に自分のことを責めすぎるのもよくないよ。そうしていると自分のことが嫌いになってしまうから。

 

「…………うぅっ…………ごめん…………ごめんね…………!!」

 

束お姉ちゃんは私の体を抱き返してきた。激しく打ち付けたところが少し痛むけど、束お姉ちゃんの心の痛みと比べたら微々たるものだ。胸のところが濡れていくのが感じられる。私の胸の中で謝り続ける束お姉ちゃんの頭を撫でながら、私は彼女が泣き止むまで抱きしめ続けていたのだった。

 

 

「ごめんね…………急に泣き出しちゃったりしてさ」

「私は気にしてないよ。束お姉ちゃんがすっきりしたのならそれで十分」

 

一頻り泣いた束お姉ちゃんは赤く腫れてしまった目を擦りながら、そう言ってきた。そこにはさっきまでの辛さとか悲しみは残っていない。なんだか憑物が取れたような、すっきりした表情になっていた。やっぱりさ、束お姉ちゃんに泣き顔は似合わないよ。こんな風にちょっとけろっとしたような顔がいいと思う。

 

「そんな事を簡単に言えるいっちゃんって、相当な優しさの塊だよねぇ…………普通なら束さんは一発二発殴られても仕方ない事をしたんだよ? それをこうもあっさりと…………」

「もう! そういう風に引きずらなくていいから!!」

 

それでもなお、さっきの話を引きずろうとする束お姉ちゃん。言っておくけど、私絡みの事でいつまでも悩まれる方が、私にとって困ってしまう事である。というか、私絡みの事で苦しんで欲しくないというのが本心。再びその話を持ち出そうとした束お姉ちゃんに私は待ったをかけた。

 

「そ、そう? 大人になると責任がつきまとうから、それを忘れちゃうっていうのもどうかと…………」

「えっ…………? 束お姉ちゃんって大人になってたの…………?」

「いやいやいや、私はもう成人してるよ!? 一体どういう目でいっちゃんは私を見てたの!?」

「どうって…………ガワだけ大人になった子供?」

「酷い!?」

 

心外だー! とでも言わんばかりに声を荒げた束お姉ちゃん。しかし、今までの行動やら言動やら服装やらを見てしまうとどうしても、ガワだけ大人になった子供みたいな印象しか受けない。昔の話になるけど、私達姉弟と箒と束お姉ちゃんでご飯食べた時、一人だけ野菜とか食べられてなかったし、割とすぐに駄々をこねる事もあったし。ましてや、厳しいがしっかりとした大人というイメージのお姉ちゃんや、横須賀の瀬河中尉に館山の葦原大尉達といった大人と触れ合ってきたから、比較してしまうとより一層子供っぽく思えてしまうのだ。

 

「…………なんかいっちゃん、最近毒舌になってきてない?」

「…………き、気のせいだと思うよ?」

「今の間はなんなのさ、今の間は…………」

 

いやいや、私そんな毒舌になった覚えはないよ!? というか、思った事を口にしたらそうなっただけなんだって! と、心の中で思っていても、目の前のどこかぶー垂れたような表情をしている束お姉ちゃんの機嫌が直る気配はない。とりあえずどうしようかなと考えていたら、不意に束お姉ちゃんはため息を吐いた。

 

「…………ま、そこまで元気があるなら大丈夫だね。そろそろ束さんは行くとするよ。あんまり長居をしていると仕事が終わらないからね」

 

そう言って束お姉ちゃんは肩を竦めながら、椅子から立ち上がった。

 

「そっか…………また暫くは会えなくなるね」

「仕方ないよ。今は一刻も早くこの戦いを終わらせなきゃいけない…………私の責任であり、私の贖罪だから」

 

私は何も言えなかった。私が口を挟んでいいような状況じゃないと、肌が感じていた。

 

「それじゃいっちゃん、一回ブルーイーグルを渡してもらえるかな?」

 

束お姉ちゃんの言葉に従って私は蒼いドッグタグを首から外した。ブルーイーグルも修理しなきゃいけないダメージを負っていたからね…………しっかりと直してもらわなきゃ。まぁ、私が未熟なパイロットっていうのも一理あるかもしれないんだけどね。

 

「よし、これで受領完了、っと。じゃあ、またね、いっちゃん」

「…………うん。またね、束お姉ちゃん」

 

私からブルーイーグルを受け取った束お姉ちゃんは踵を返して此処を後にしていった。誰もいなくなり、静かになってしまった医務室。ふと窓の外へ目を向けてみると、日は完全に昇りきっており、入り込んだ光は医務室の部屋を明るく照らしていた。視線の先には、さっき戦っていた暗く重たい曇天の空とは違って、どこまでも透き通るような蒼い空が広がっていたのだった。さて、と…………体の痛みも引いてきたし、気分転換に散歩でもしてこようかな…………。

 

 

医務室を出た私は学園の海辺付近を歩いていた。着替える服がなかったから、着せられていた病院服みたいな服を着ているけどね。薄い分、肌に風が感じられる。どこか暖かな感じの風だ。数時間前まで戦闘を行なっていたとは思えないくらい穏やかな雰囲気だった。とはいえ、見渡してみると黄色の立ち入り禁止テープが貼られている場所が所々にある。戦闘が行われたという確固たる証拠がある以上、今のこの穏やかさがとても愛しいものに感じられた。

 

(そう言えば…………この方向は館山基地がある方向かぁ…………みんな無事かな…………?)

 

見えはしないけど、私の視線の先には館山基地がある。昨日も向こうで戦闘があったみたいだし、中隊のみんなの無事が気になる。余程のことがない限りかすり傷一つすら負わないとか言われているグランドスラム中隊といえど、そこにいるのが人である以上、怪我をする事だってあるかもしれないし、最悪…………いや、そう考えるのは止しておこう。きっとみんなも無事だ、そう思っている方が気が少し楽になる。悠希とか無茶してないといいんだけどね。そんな事を思いながら基地のある方を眺めていた時だった。

 

「あっ! 一夏さん!!」

 

後ろから不意に声をかけられた。思わず声のした方へと目を向ける私。

 

「エイミー…………それにレーアまで…………」

 

そこには何やら花束を抱えたエイミーと、何かのボトルを持ったレーアの姿があった。二人ともアメリカ陸軍の制服に身を包んでいる。どうかしたのだろうか…………というか、その花束とボトルは一体…………。

 

「気がついたんだな、一夏…………心配したぞ」

「あはは…………また心配させちゃったみたいだね」

「全くだ。それにだ、戦っている時なんてこいつ、オーバーロードしているウェアウルフで飛び出そうとしたくらいだぞ」

「し、仕方ないじゃないですか、レーア! あ、あの時はもう自然と体が…………」

 

どうやら私がアナザーと交戦している時、エイミーが損傷した自機で交戦エリアに乗り込むつもりだったようだ。って、あの時は空戦していたから陸戦型のウェアウルフじゃ相手になれないだろうし、それ以前にオーバーロードでろくに動かせなかったはずでしょ。…………そう考えると完全に自殺行為じゃない、それ。とはいえ、みんなに心配をかけさせてしまった事は事実。…………本当、よく怪我をする上官で申し訳ない。

 

「そ、そういえば一夏さん。もう、動いても大丈夫なんですか…………?」

「多分ね。特に大きな怪我とかもしてないわけだし、散歩くらいはいいでしょ? それよりも、二人はどうして此処に?」

 

私がそう聞くと二人はなんだか暗い表情になって顔を俯かせていた。あ、あれ…………どうしたのかな…………もしかして聞いちゃいけない事だったのかな…………?

 

「あ、あの、二人とも——」

「——今日は私の上官の命日なんです…………」

 

絞り出したようなエイミーの声が聞こえた。上官の命日…………そっか…………それじゃ暗い気持ちになるのも仕方ないよね。

 

「…………ごめん、軽率だったよ」

「気にしないでください…………それよりも彼の事を聞いてくれますか?」

 

私はエイミーのその言葉に小さく返事をするしかできなかった。エイミーは私の返事を聞いたのか聞いてないのかわからないけど、柵の方へと歩みを進めた。

 

「彼の名はマーカス・ドレッド、最終階級は大尉でした。本国で任務を当たっている時はよく彼がお節介をやいていました。でも、彼はある作戦で負傷して、敵の増援から私を逃がすために殿となって殉職しました…………彼も一夏さんと同じ、ブルーパー乗りだったんですよ?」

「私も彼には結構世話になってな…………あまりよくわからないが、上官というよりは私達の兄のように感じていた。生きていればもう二十歳になっているはずだ…………」

「そう、だったんだ…………」

 

私はそうとしか言葉が出てこなかった。仲間を失った経験は私にだってある。でも、殆ど面識のない人ばかりだったから…………そんな親密な仲の人を失った事はないから、二人の気持ちは私には計り知れない。二人は柵の方へ近づくと、海へ向かって花束とボトルを投げ込んだ。ボトルは鈍い音を立てて海へと沈み、花束はその花弁を波に揉まれながら流されていく。

 

「…………遠い日本からですが、今年も貴方の冥福を祈ります、マーカス。どうか、もう貴方が争いに巻き込まれない事を祈っています…………」

「…………貴方の飲みたがっていたバーボン、今年も送ります。日本からですが、どうか安らかに眠っていてください…………」

 

手を合わせ、祈りを捧げる二人。何処と無く、二人の背中には深い悲しみの跡が浮き出ているような気がした。そう、だよね…………大切な人を喪ったんだから…………それだけ悲しみも大きくなるよね。私にだって大切な人はいる。でも、もし守りきれなかったら、きっと二人のような思いをするのかもしれない。だったら、私は何が何でも守り抜くよ…………悲しみはこれ以上増やしてはいけないから…………。

私は気がついたら両手を合わせていた。多分、同じブルーパー乗りとして何かを感じているのかもしれない。私も二人と同じように祈りを捧げた。

 

(…………面識はありませんが、同じブルーパー乗りとして貴方の冥福を、そして二人のことを見守ってくださるよう祈ります…………)

 

蒼天の下、私達はしばらくの間その場で祈りを捧げ続けていた。鳴き声をあげながら飛び交う海鳥達がその祈りを届けてくれる、私にはそんな気がしたのだった。






今回、キャラ紹介及び機体解説は行いません。
感想及び誤字報告をお待ちしております。
では、また次回も生暖かい目でよろしくお願いします。



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