FRAME ARMS:RESEMBLE INFINITE STORATOS   作:ディニクティス提督(旧紅椿の芽)

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テレビス様、ケチャップの伝道師様、評価をつけてくださりありがとうございます。
また、誤字報告をしてくださった皆様、本当にありがとうございます。



どうも、先日FA.Gアーテルが届いて、コトブキヤの謎のこだわりを実感した紅椿の芽です。



本当、アーテル凄いですよ。これは買う価値あります。とはいえ、偏向メッキパーツを普通のモデラーズニッパーで切り出すのが怖くて、薄刃か片刃のニッパーを買おうと思ってるのですが、何かオススメってありますか?



さて、そんなパーツへの恐怖を感じている作者のことは置いておくとして、今回も生暖かい目でよろしくお願いします。





Chapter.36

——ウェアウルフ・スペクターと再び邂逅を果たしたエイミーは、かつての事を思い出していた。同僚を殺され、そして彼が用いていた機体を模した機体で戦場に姿を現した亡霊。その亡霊はエイミーの手によって既に倒されていた筈だった。だが、彼女の見つめる戦況マップに表示されている光点のコードは[XFA-01 UNIT201]——紛れも無い、ウェアウルフ・スペクターそのものの型式番号。その事実が、彼女の怒りをさらに煽った。

 

「此の期に及んでまで…………お前はどこまで彼を愚弄すれば気がすむんだぁぁぁぁぁ——ッ!!」

 

エイミーは滑腔砲を両門同時に放った。この距離ならば確実にダメージが入る——彼女はそう思っていた。いくら相手がブルーパーの装甲を有しているとしても、この近距離で放たれた砲弾なら貫徹するのは容易な事だ。

 

「くっ…………!!」

 

だが、結果は違った。スペクターは徐に右手を前に突き出すと、どこから現れたのかわからない盾を構えたアントが砲弾を受けたのだ。無論、攻撃を受けたアントは盾ごと貫かれその場に崩れ落ちる。それと同時に鳴り響く照準警報。エイミーは反射的にエクステンドブースターを点火しその場から離脱する。直後、グレネード弾がエイミーが数瞬前までいた場所を吹き飛ばした。シールドとしても活用可能なオーバードマニピュレーターの甲をかざし、飛び散る破片を防ぐエイミー。エイミーは一度体勢を立て直すべく、履帯ユニットを展開し、後退した。その時になって彼女は自分の置かれている状況に漸く気がついた。

 

「ッ…………!!」

 

目の前にはウォーサイズと大盾を構えたアントが、今にも自分にその大鎌を振り下ろさんとしていた。このままでは確実に命を刈り取られてしまうだろう。彼女は左の拳を開き、その鋭利な爪をアントに向かって振り下ろした。ウォーサイズをも巻き込んだその一撃は、向こうの得物をへし折り、大盾を貫き、本体を引き裂いた。彼女はスクラップと化したアントを払いのける。

 

「忌々しい…………!!」

 

しかし、状況は一向に不利なままであった。エイミーの見つめる先には、先程倒したアントと同様の装備をしたアントが三体いる。そのアントを従えるかのようにスペクターは両腕を広げていた。まるで死神を使える冥界の主のようだ。そして、その装備は…………かつてエイミーの同僚であるマーカスを討ったアントのものと似た構成であった。彼を殺した機体と、殺された彼の機体を模した亡霊…………エイミーの怒りは限界を超えていた。

 

「お前がっ…………お前達がぁぁぁぁぁ——ッ!!」

 

どこまで彼の事を愚弄すれば気がすむのか——彼女は今も自分の心と思い出の中で生き続けている彼を侮辱されたようにも思えた。怒りに身を任せ、スペクターに向かって突撃したエイミーはエクステンドブースターで跳躍し、その禍々しい拳を振り下ろしたのだった。

 

◇◇◇

 

『こちらフェンサー15! 一夏さん、ラウラさん、支援しますわ!!』

『バオフェン05よ! 先に突っ込ませてもらうわ!』

 

あの黒い榴雷——ウェアウルフ・スペクターと交戦を開始してから一体どれほどの時間が経過したのだろうか…………防護板は幾多もの砲弾に穿たれ、既に二箇所が機能していない。ラウラの方は叢雲の砲弾を撃ち切ってしまったようで、連装リニアカノンと専用ライフルで対応している。

 

「これで残弾なし…………ッ!」

 

ハウザーモードにしていたセレクターライフルもとうとう榴弾が尽きてしまった。まぁ、非装甲アントが半分くらい片付いたから十分かもしれない。弾の切れたセレクターライフルを格納し、ロングレンジキャノンに榴弾を装填、曲射弾道で放った。本当ならMRSI(多砲弾同時着弾)砲撃を行いたいところなんだけど、あれを行うには仰角の変更をしなきゃいけないし、それをできる余裕があるかと言われたら、全然ない。というわけで、固定仰角での砲撃しかできないのだ。せめてもの救いといえば、セシリアと鈴が支援に来てくれたことかな…………相手する頭数が減って少しは楽になったかも。

 

『おい一夏! こっちは弾薬が厳しい! 早くあのスペクターとやらを潰さないと、こっちまで白兵戦をすることになるぞ!』

「わかってるよ! でも、あの装甲をぶち抜くには叢雲や私のロングレンジキャノンのような高初速砲か、近距離での滑腔砲しか手段がないの! こっちも砲撃を継続してるから、そっちを攻撃する余裕はないよ! セシリアはどうなの!?」

『ストロングライフルなら撃ち抜けるでしょうが、こちらはこちらの銃弾はロングレンジキャノンに比べたらかなり小さいですわ! それに、バイザーも強化されているようですし、頭部を潰すことも難しいと思われます!』

『ちょっと!? あの真っ黒い榴雷って何!? なんかガトリングガン撃ってきていて接近できそうにないんだけど!?』

 

完全に手詰まりといったところだよ。セシリアは長射程攻撃が可能だけど、直撃したところでどこまで有効打を与えられるか不明。一般的な装甲アントであるヴァイスハイトならバイザーを潰せるし、装甲もそこまで厚くないそうだから撃ち抜けるらしいけど、装甲がそれよりも厚い榴雷なら話は別。ラウラの持っている叢雲なら貫通させることも可能だけど、弾切れになっている。連装リニアカノンもそろそろ弾が心許なくなっている上に、今はキャニスターを装填しているようで弾種交換にちょっと時間がかかるそうだ。鈴からの報告によれば、大型のガトリングガンを取り出して攻撃してきているというから、榴雷の一番苦手な近接格闘戦に持ち込んで撃破することもできない。加えて私も支援砲撃から手が離せない…………完全に手詰まりになりつつある。

 

『ちいっ! 防護板をやられた! 移動する! セシリア、フォロー頼むぞ!』

『了解しましたわ!』

 

でも、そんな風に手をこまねいている余裕なんてない。ラウラが先程まで隠れていた防護板は破壊され、砕け散っていた。私が隠れている防護板も、あんな風に砕け散るのは時間の問題だ。何か別な方法は…………ロングレンジキャノンは支援砲撃で弾種交換なんてしてられないし、ラウラのシュヴァルツェ・ハーゼも継戦能力はあるが決定打に欠ける。かといってセシリアのラピエールじゃ火力不足、鈴の重レーザー砲はどうかわからないけど、使わないところを見ると弾切れの可能性が高い。

 

「鈴! 重レーザー砲の残弾は!?」

『残念だけど、弾切れよ! さっき大盾持ってる奴に撃ったのが最後!』

 

やっぱり弾切れだったみたいだ…………本当にどうしたらいいんだろ…………支援砲撃を行いながら使えそうな武器がないか、格納装備一覧を確認する私。とりあえず、アサルトライフルは火力不足、タクティカルナイフや日本刀型近接戦闘ブレードはそもそもで今は使えない。かといって火力のあるリボルビングバスターキャノンは、射出カプセルの迎撃でAPFSDSを全弾放ってしまっている。残っているのは制圧用の榴弾くらいだ。セレクターライフルのイオンレーザーライフルは使えるけど、射程外だし…………って、あれ? セレクターライフルって確かミサイルモジュールがあったはず…………その中に装填してあるのって…………。

 

「セシリア! スペクターの現在位置情報を送って!」

『わ、わかりましたが…………一体どうするつもりなんですの!?』

「いいから! 情報は常に最新のをお願い!」

『り、了解ですわ!』

 

私はグラインドクローラーを展開、榴弾を撃ちながら後退をし始めた。しっかりと地上を捉えた履帯は超重量の榴雷を素早く動かせてくれる。その間にミサイルモジュールへと換装を済ませたセレクターライフルを再び取り出す。今まで銃床代わりとして使っていたモジュールだけど、今はそれが銃口として取り付けられている。

 

『一夏! 何をする気だ!?』

「もしかするとスペクターを仕留められるかもしれない…………ラウラ! 鈴! 暫く敵を引きつけておいて! 射線は戦況マップにアップロードしておくから!」

『了解よ! その代わり早くしてね! こっちもあんまり持たないから!』

『それなりの自信があるみたいだな…………わかった。支援は任せてくれ!』

 

一番後方の防護板のところまで辿り着いた。その間、ラウラ、鈴は両サイドから攻撃を加えていて、注意をそっちに引きつけている。スペクターの注意も自然とそっちに向いているから、こっちの事は完全に気にしていないようだ。

 

『一夏さん! 最新のデータを送りますわ!』

「ありがとう、セシリア!」

 

セシリアからスペクターの現在情報が送られてきた。戦況マップにはスペクターの配置がしっかりと表示され、既にロックオンマーカーが展開されている。照準補正よし…………弾頭も正常…………発射モジュールにも異常無し…………長い間放置していた上に、一度も本来の用途で使ったことがないから不安だったけど、それは杞憂だったみたい。これなら…………いける。

 

「鈴! 射線上に入ってる! 戦況マップを確認して退避を!」

『十秒待って! こいつをスクラップに変えるから!』

 

その後暫くして戦況マップから赤い光点が一つ消えると共に、鈴が射線上より退避してくれた。射線上に味方機の反応は無し…………照準はスペクターへと確実に合わせてある。照準が合わさった事をにより、ミサイルモジュールの安全装置がオートで解除され、ミサイルハッチが開いていた。

 

「これでも…………食らえッ!!」

 

私は躊躇いなく両手のトリガーを引いた。その瞬間、放たれた八発のミサイルはAPFSDSにも匹敵する勢いで飛翔していった。直後、二機のスペクターに直撃するミサイル。そして、盛大な爆発を引き起こした。戦況マップを確認すると、スペクターを示していた二つの光点が消えていた。つまり…………あれを撃破したって事、だよね…………?

 

『なんなんですの今のは!? 戦車砲と同等の初速を持つミサイルなど聞いたことがありませんわ!?』

『今のはKEM(運動エネルギーミサイル)か? さらっと恐ろしいものを積み込んでいたのかお前は…………グスタフ(輝鎚)系列の装甲でも貫通する代物だろ、それ…………』

『…………一夏、あんたが少し物騒に思えてきたわよ…………』

 

私が今放ったミサイルはKinetic Energie Missile——運動エネルギーミサイルと呼ばれるもの。通常のミサイルは弾頭に成形炸薬弾を搭載しているけど、このミサイルはAPFSDSの弾芯と同じ材料で弾頭を作って、それを超音速で放つという、ミサイル版APFSDSといっても差し支えないものなのだ。その破壊力はもしかするとAPFSDS以上とかとも言われてるよ。そのせいで、模擬戦なんかじゃ過剰火力になるし、下手したらISを破壊しかねないから封印してたんだけどね。でも、今回はこれがあってよかったよ…………弾薬費は高くつくかもしれないけど。

 

「ま、まぁ、気にしたら負けだから…………それよりも、ラウラ。次の指示を」

『そうだな…………これより我々は残敵の掃討に当たる。各員、蟻共を駆逐せよ!』

『了解しましたわ!』

『了解よ!』

「了解!」

 

ラウラから出された新しい指示に従い、私はリボルビングバスターキャノンを展開する。装填するのは榴弾。両背部のロングレンジキャノンと合わせて、三門の重砲から榴弾を放った。さて…………一掃(Grand Slam)するとしますか!

 

◇◇◇

 

(一体これは…………何が起きている…………!?)

 

シャルロットと別れ、単独で行動していた箒が目にしたものは、今まで生きていて経験したこともないような衝撃的な現場だった。ヴァイスハイト八機が真紅の機体を取り囲んでいたのだ。その真紅の機体は所々損傷しているが、各所に散りばめられたクリスタルユニットからして、箒は妖雷のライブラリに載っていた[NSG-X1 フレズヴェルク]と似た系列の機体と判断、同時に敵の機体であると判断したのだった。だが、その考えがより一層彼女に困惑を引き起こす。なぜ自軍の機体に銃を向けているのか——ベリルショット・ランチャーを構えた八機のヴァイスハイトがどうして自軍の機体を拘束するような立ち位置にあるのか、それが理解できなかった。

 

(わからん…………何が起きているのかはわからないが…………相当とんでもないものを見ていることに間違いはなさそうだな…………)

 

もしかすると自分は夢でも見ているのかと箒は思ってしまうが、装甲を纏っている感覚がはっきりとしている以上、現実であるという事を思い知らされる。しかし、現実である事が分かったとしても、今の自分がこの全てを相手とることなどは不可能である事を彼女は理解している。故に敵が目の前にいるのに静観していなければならないこの状況が歯がゆくて仕方なかった。

 

『——ヨモヤ貴様ラニ…………コノ妾ガ追イ詰メラレルトハナ…………』

 

そんな時だった。どこからか声が聞こえてきたのだ。少々片言で話しているようにも聞こえてくるが…………その声は機械を通した女性のものに似たような声だ。付近に友軍機がいない事は箒も確認している。そうであるにも関わらず、声が聞こえてくる事に疑問を持たずにはいられなかった。

 

『——ダガ、ココデ引クワケニハイカンノダ…………!』

 

だが、そんな疑問はすぐに氷解することとなる。片膝をついていた真紅の機体がゆっくりとだが立ち上がったのだ。その時、妖雷の音響センサーはその機体から漏れ出てくる音を拾っていたのだ。間違いない、先ほどの声は奴のものだ——そう確信した箒はより一層警戒を強める。アントが言葉を交わすなどあり得ないことだが、そのような異常な事態に直面してしまっているのだ。警戒しない方がどうかしているだろう。真紅の機体は左手に持っている武装を展開し、その姿を大弓へと変化させる。また右手には刀身を紅く輝かせている大太刀を構えた。攻勢に出ようとしている真紅の機体を警戒してか、ヴァイスハイト達はベリルショット・ランチャーを一斉にその機体へと向けた。

 

『何処迄エネルギーガ持ツカワカラヌガ…………イザ、参ル——ッ!!』

 

それが合図だったのだろう。真紅の機体は体勢を低くして一機のヴァイスハイトへと突撃する。それを阻止するべく、八機のヴァイスハイトはベリルショット・ランチャーを放った。全部で十六発もの光弾が真紅の機体を掠めるが、止まる気配はない。そして、ヴァイスハイトの一機に接近した真紅の機体は片手で大太刀を振り抜いた。金属がひしゃげる音を立てながら胴体を切り裂かれるヴァイスハイト。残骸と変わり果てたそれを一瞥すると、真紅の機体は次の目標へと向かおうとする。しかし、振り返った先に待っていたのは光弾の応酬。何発かの着弾を許してしまった。

 

『グヌゥ…………ッ!!』

 

両腕を交差させ、防御体勢をとる真紅の機体。光弾の応酬は止まる事を知らない。装甲を穿ち、その真紅の身体は傷を一つまた一つを増やされていく。

 

(まさか、同士討ちなのか…………?)

 

その光景を物陰から見ていた箒はそう思わずにいられなかった。これを同士討ちと言わずしてなんと言うのだろうか。同時に一つの考えが彼女の頭をよぎる。

 

(敵の敵は味方、か…………ならばあの機体を利用させてもらうとしよう!!)

 

その考えに行き着いた彼女は両手にマルチランチャーを展開、攻撃を加えているヴァイスハイトへとイオンレーザーを放った。攻撃を受け右腕を捥がれるヴァイスハイト。突然の敵の乱入に対して残された七機は反射的に散開する。その間に箒はあの真紅の機体の元へ近づいていた。

 

『貴公…………何ノ真似ダ…………! 妾ニ情ケヲカケルツモリカ!』

「まさか本当に言葉を話をしているとはな…………なに、あいつらを駆逐するのが私の目的だ。情けをかけたつもりなどもとよりない。利用させてもらうぞ、貴様」

 

箒は先ほど右腕を吹き飛ばした機体に再び照準を合わせた。トリガーを引くまで一秒とかからない。だが、突如として敵機接近を知らせる警報が妖雷から鳴り響いた。背後に向かって警報マーカーが表示されている事にがついた箒は、振り向くと同時にマルチランチャーをフォームシフトさせた。

 

「くっ…………!」

 

折り畳まれた銃身からイオンレーザーソードが展開される。箒の振るった剣は、振り下ろされたベリルショット・ランチャーの銃身下部を受け止めていた。だが、このイオンレーザーソードはマルチランチャーの発射エネルギーを用いて展開している。そのため、マルチランチャーの残弾分しか稼動できない。しかも、マルチランチャーと違って常にエネルギーを垂れ流しているような状態だ。みるみるうちに減っていくエネルギー。

 

「こいつでも食らうがいい!!」

 

箒は左肩の四連ニードルガンを起動、四発のニードルを放つ。ヴァイスハイトの胸部装甲に直撃したものは弾かれてしまったが、頭部に着弾した二発はヴァイスハイトのバイザーを砕き、内部のセンサーを破壊する。視野を奪われたヴァイスハイトはなにやら戸惑うような動きを見せ、隙を晒してしまった。

 

「果てろ、機械風情」

 

箒はイオンレーザーソードでヴァイスハイトを袈裟斬りする。溶断された機体は物言わぬ骸と化し、その場に崩れ落ちた。彼女は目の前の機体が機能停止した事を確認せずに、その場から離れた。直後、着弾する光弾。間一髪で避けた箒であったが、その先には再びベリルショット・ランチャーを振り下ろそうとしているヴァイスハイトの姿があった。妖雷の機動性ならば強引に進路を変えることもできるが、それをすれば彼女の肉体に大きな負荷がかかってしまう。さらに、進路を変えたところで別のヴァイスハイトが攻撃をしてくる可能性もあった。

 

(手詰まり、といったところか…………無様だな、私も…………だが、此処で力尽きるわけにはいかない!!)

 

箒はエネルギー残量が心許ないイオンレーザーソードを構える。一閃だけでもいい、最初の一撃でもいなすことができればよかった。尤も、分の悪い賭けである事は彼女も理解していた。空中機動中にそのような事をすれば体勢を崩ししてしまう可能性がある事も。それでも、自身の死に場所が此処でない事は確かだ。緊張の一瞬が訪れようとしていた。

だが、その時間は訪れる事はなかった。目の前のヴァイスハイトが振り上げていた左腕は肩口より切り捨てられ、胴を貫かれていた。何が起きたのか一瞬わからなかった箒だったが、一度地面に足をつけ、体勢を立て直す。崩れ落ちるヴァイスハイトの影より姿を現したのは——

 

「ッ…………! お前…………」

『——勘違イスルナ。ドウヤラ貴公ト妾ノ目的ハ一致シテイル。故ニ貴公ヲ利用サセテ貰ッタダケダ』

「ふん…………満身創痍の身で言われても、虚勢にしか聞こえんぞ…………だが、此方も貴様を利用している事に変わりはない。一先ずここは——奴らを潰すぞ」

『百モ承知シテイル…………妾ノ足ヲ引ッ張ルナヨ、貴公』

「それは…………此方の台詞と言わせてもらおうか!」

 

真紅の機体に背中を預けた箒は、エネルギーの尽きたマルチランチャーを格納し、両腰のスラッブハンガーから近接戦闘ブレードを鞘より引き抜いた。日本国防軍の機体に配備されている日本刀型近接戦闘ブレードよりも一回り大きめの刀身を持つ太刀型近接戦闘ブレードだ。一本の真紅の機体も、大弓を格納し、長槍を構えていた。その機体の姿に箒は戦国武将のような雰囲気を感じ取っていたが、今はそちらに気を回している余裕などない。数を減らしたとはいえ、未だに五機のヴァイスハイトが残っている。立て続けに撃破され、ヴァイスハイト達は警戒をしているようにも感じられる。

 

「いざ——参るッ!!」『尋常ニ勝負!』

 

それを好機と見たのか、箒と真紅の機体はその場から一気に駆け出す。箒は再装填したニードルガンを放ちながらヴァイスハイトに牽制を行なっていく。しかし、奴らの持つ強固な装甲に阻まれ、牽制になっているかどうかも怪しい。攻撃を開始した事で、ヴァイスハイト達もその場から散開、飛び散り、それぞれが攻撃を開始した。光弾が次から次へと放たれ、地面を穿っていく。箒はそれらを紙一重で躱していき、一機へと肉薄した。狙いを定められたヴァイスハイトは攻撃の手としてベリルショット・ランチャーの銃身を振り下ろす。翡翠色に輝く刀身が箒の肩へと食い込まれる直前、彼女の振るった太刀型近接戦闘ブレードによって、ヴァイスハイトの胴は切り裂かれた。イオンレーザーソードで溶断した時とは違い、金属が強引に引き裂かれ、その時に立てる金切り音が林の中へ不気味に木霊する。

 

「まずは一つ…………!」

 

箒が一機を撃破した時、真紅の機体は二機のヴァイスハイトを相手にとっていた。両方のベリルショット・ランチャーを振り下ろし、真紅の機体へと斬りかかる機体と光弾を放つ機体の二つだ。真紅の機体は大太刀を振るい、二丁のベリルショット・ランチャーを受け止める。真紅の機体が振るう大太刀もベリルウエポンなのか、干渉波が発生し、辺りにスパークを撒き散らす。その間も動き続け、光弾を躱していく。

 

『果テルガ良イ!!』

 

幾度目の剣撃となるだろうか、スパークが飛び散る中、真紅の機体は長槍をヴァイスハイトの胴へと突き刺した。深々と突き刺さったそれは背面装甲をも貫き、機能中枢である月面回路を破壊する。長槍を振るって突き刺さった残骸を振り捨てた真紅の機体は次の目標へと狙いを定めた。

その頃箒はというと、次なる一機へと攻撃を仕掛けていた。しかし、敵も一筋縄ではいかせてくれない。片方のベリルショット・ランチャーを放ちながら、もう一方で切りかかってくるヴァイスハイト。ベリルウエポンに対抗できる唯一の武装であるマルチランチャーを使い切ってしまった箒はその攻撃を躱すしかない。さらに運の悪い事に、フリーとなっていたヴァイスハイトが箒にさらなる攻撃を加えていく。幾多もの光弾と斬撃を掻い潜る箒。

 

「ぐぅっ…………!」

 

しかし、躱していくにも限界というものがあった。躱しきれなかった光弾の一発が彼女の左肩に装備されたニードルガンを吹き飛ばす。誘爆防止の為、妖雷が自動で損傷した左肩の装甲を破棄する。パージされた装甲は装填されていたニードルガン用炸薬ペレットの誘爆によって爆散してしまう。間一髪だな…………——箒は内心冷や汗をかいていた。もし、装甲のパージが数秒でも遅れていたら、彼女の左腕は無くなっていたかもしれない。そのような最悪の事態にならなかったことが救いだろう。だが、妖雷の中で最も厚い装甲と言われる肩部装甲を失った事はかなりの痛手である。それ以前に相手がベリルウエポンを所持している時点で、妖雷程度の装甲では容易に撃ち抜かれてしまうだろう。状況としては箒が依然として不利である。それでも彼女は、戦う意志を曇らせる事はなかった。

 

「ここまで接近すれば…………!」

 

スラスターを全開にしてヴァイスハイトへと接近する箒。懐へと潜り込んだ彼女は太刀型近接戦闘ブレードを振るった。しかし、その一撃は逆手持ちになったベリルショット・ランチャーの銃身によって防がれてしまう。同時に、ベリルショット・ランチャーの持つTCSには耐えられなかったのか、太刀型近接戦闘ブレードは刀身を切り裂かれてしまった。

 

「ならば…………ッ!!」

 

箒は迷う事なく、残された太刀型近接戦闘ブレードの柄を投げ捨てる。そしてスラッブハンガーに装備されていた日本刀型近接戦闘ブレードを逆手持ちで鞘から振り抜いた。不意打ちにも近い攻撃を受け、右肘から切断されるヴァイスハイト。しかし、逆手持ちであるが故に力が入りにくかったのか、胴を切り裂くまでには至っていない。

 

「これで…………ッ!」

 

だが、一瞬でも隙が生まれればそれでよかった。箒は太刀型近接戦闘ブレードをヴァイスハイトの横腹へと突き刺した。そのまま縦に切り上げ、頭部を下から両断した。振り上げ切るとともに舞い上がる鉄屑とケーブルの破片。機体を制御する術を失った敵は地上へと引きつけられた。戦況マップに表示されている赤色光点の数は残り二。そのうちの一つの下には[UNKNOWN]と表示されている為、ヴァイスハイトは残り一機だ。箒はその一機へと照準を合わせるが、その時同時に照準警報が鳴り響いた。彼女の視線の先には迫り来る光弾と光条。既に暴力的な光はかなり接近している為、避ける余裕などない。箒は一瞬、自分の身に何が起きようとしているのか理解が追いつかなかった。今、自分が死に瀕しているのか、それすらもわからない。そのような思考状態にある彼女が目にしたのは——自身の後方から放たれた光弾が、目の前の光弾と光条をかき消していく姿だった。

 

「ッ——!!」

 

その姿を見て我に帰った箒は一度地表めがけて降下、各部のスラスターを全開にしてヴァイスハイト目がけ、一気に上昇していく。圧倒的加速力をもって振るわれた太刀型近接戦闘ブレードは、ヴァイスハイトを股下から真っ二つに切り裂いた。この機体だけ特別仕様だったのかわからないが、背部にビーム・オーヴガンを装備していたようだ。尤も、破壊された今となっては関係のない事であるが。無茶な機動をしたせいか、全身のスラスターが悲鳴をあげ、妖雷は着陸を余儀なくされた。軟着陸などという優しいものではなく、半ばハードランディングにも近いものであったが、機体が比較的軽量の部類に入っていることも幸いして、箒の肉体へのダメージは極めて低かった。

 

「貴様…………何故私を撃たない…………? 少なくとも私は貴様の——」

『言ッタダロウ。妾ハ貴公ヲ利用スルダケダ、ト。人間ヲ殺ス趣味ナドアリハセヌ』

 

箒の視線の先には、大弓を広げて構えていた真紅の機体の姿があった。おそらくあの武器で光弾を放ったのだろう。しかし、その銃口らしきものは見て取れるものの、箒へと向けられているわけではない。機体の損傷状況から考えても、明らかに優勢なのは真紅の機体だ。一体奴は何を考えている…………?——『機体損傷甚大』の表示を視界の片隅に追いやった箒はそのことが頭から離れなかった。

 

『ソレニダ…………貴公ノ戦イヲ見テ、死ナセルニハ惜シイモノト思ッタマデダ』

「はっ…………機械人形の癖に、一端の人のように話すものなのだな…………」

 

しかし、と言って箒は一度息を整える。

 

「私も、貴様の太刀筋に見入っていた…………この体で言えたものではないが…………貴様を倒すのは惜しいと、どこかで思ってしまっている…………」

 

軍人としては失格なのだろうがな——箒はまるで自虐するかのようにそう付け加えた。だが、先ほど真紅の機体に向けて話したことは本心からのものである。守りから反撃に転じる篠ノ之流の剣を身につけている彼女からすれば、あの真紅の機体が振るう大胆に攻め入る形の剣戟は、彼女の琴線にふれたのだった。

 

『…………似テイルノカモ知レンナ…………貴公ト妾ハ』

「…………月の連中にそう言われるのは癪に触るが…………貴様に言われると、そう悪くはないように聞こえるな…………」

 

軋む機体を無理やり立たせ、真紅の機体と向き合う箒。目の前の機体に敵意がないことは、今までの言動で分かっている。戦いが終わってもなお、敵意のない者に武器を向ける事は、彼女の武士道精神が許さなかった。故に、スラッブハンガーに装備していた太刀型近接戦闘ブレードと四本の日本刀型近接戦闘ブレードをパージした。それを見た真紅の機体も、背中に携えていた二本の日本刀型近接戦闘ブレードと大太刀、大弓、長槍をパージした。それを見た箒は一瞬唖然としてしまうが、すぐに納得してしまう。奴もまた自分と同類なのだな——見た目通りの性格をした目の前の機械人形に、彼女はどこか近しいものを感じていたのだ。

 

「私は篠ノ之箒…………篠ノ之流を継ぐ、日本国防軍の軍人だ。貴様…………名はなんというのだ?」

 

武士の礼儀に則ったつもりなのか、箒は真紅の機体に向かって自身の名前を告げる。それを聞いた真紅の機体は真っ直ぐ箒を見据え、暫く彼女の顔を見てから音声を発した。

 

『妾ノ名ハ、[NSG-Z0/G-AN(Another) マガツキ・裏天(りてん)]…………貴公等ニ、此ノ戦イノ始マリヲ伝エルベク参上シタ』

 

真紅の機体——マガツキ・裏天が発した音声。それが、全ての転換へと繋がるものとは、現時点で箒は知る由もなかったのだった。

 

◇◇◇

 

「レーア! 支援に来たよ!!」

「その声…………シャルロットか!? 援護助かる!!」

 

箒と別れたシャルロットは単機で敵を押さえ込んでいたレーアと合流していた。目の前には多数の残骸が転がっているが、それ以上に未だ動いているアントが多く存在している。レーアはガトリングガンを一つ撃ち切ってしまったのか、左手に予備のACSクレイドルを展開し、機関砲による牽制を行なっていた。残弾は心許ない。腰部の爆弾倉も残り二発の通常爆弾しか搭載されていない。それでもここまで持ちこたえられていたのは、偏にレーアの実力があっての事である。状況が如何にまずい方へと向かっているのかは、実戦経験がほとんど無いに等しいシャルロットであっても分かった。彼女はすぐさま両手にアサルトライフルを展開して援護射撃を行う。

 

「レーア! そっちの残弾を教えてくれる!?」

「右ガトリングガン残弾三割とACSクレイドルの残弾五割と言ったところだ!」

 

レーアはガトリングガンをアントの頭部へと向けると三回トリガーを引いた。その一発一発が吸い込まれるかのように、三機のアントの単眼センサーだけを破壊する。本来ガトリングガンというものはその発射速度と弾数にものを言わせて弾幕を張る武器である。集弾率は低い部類に入る代物だ。武器特性上、狙撃なんて事はまず無理である。レーアからすれば普通のことかも知れないが、此の光景を初めて見たシャルロットは驚かざるを得なかった。

 

(ガトリングガンで狙撃!? どういう技術があったらできるのさ!?)

 

内心、その事を驚きつつも、アサルトライフルのトリガーを引き続けるシャルロット。放たれる銃弾は装甲を持たないアントに対して効果的な一撃となっていた、一機、また一機と自分の放った銃弾で崩れ落ちていく機械人形。

 

(でも…………なんだか見てて気持ちのいいものじゃないよ…………)

 

六機目を撃破したところでシャルロットはふとそう思った。こうして相手に向かって銃火器を放つ事は今までもあった。相手は同じ人間。模擬戦や性能評価試験で撃ち合ったり、斬り合ったりもした…………それなのに、目の前の機械人形を倒していくごとに少しだけ不快感が彼女に募っていく。人間を模した姿形をしているからなのかも知れない。それに、模擬戦ではこの戦場のように『死』というものを感じなかった。相手が人間ではないとはいえ、向けられる無機質な殺意は、彼女にとって辛いものだったのだ。

 

(…………そんな事、ぼやいている暇なんてない、か…………!)

 

弾が切れたマガジンを交換するべく左手のアサルトライフルを一度格納、予備弾倉を取り出し、空になったマガジンと付け替える。フリーとなった左手に四連装対地ミサイルランチャーを装備したシャルロットは、直ぐに照準を合わせ、アサルトライフルとともに四発全てを放った。装填されているのは、スティレットに標準装備されているS-41B 空対地ミサイル。対地攻撃において有効打となりうるその攻撃はアントを確実に一機ずつ潰していく。

 

「ちっ…………! 弾切れか…………!!」

 

両手にACSクレイドルを装備していたレーアは思わずそう声を漏らしていた。機関砲からは銃弾が飛び出ておらず、代わりにブレードが展開されている。レーアは両手のブレードを振るって近接戦闘を行なっていた。近接戦闘も可能としているスティレット系列の機体ではあるが、最も得意とする分野は高機動射撃戦である。自慢の機動力を生かした戦闘が行えない事に、レーアは僅かに苛立ちを覚えていた。

 

「レーア!!」

「私の事は気にするな! お前は自分のことだけを考えておけ!!」

 

シャルロットに心配される彼女だが、新兵も同然なシャルロットに余計な負担をかけさせるわけにはいかないと彼女は思った。それが唯の虚勢を張っているということはレーア自身理解している。だが、それ以上に初めて戦場に身を投じたシャルロットの負担を減らす事が、彼女を生き残らせる為に重要な事であることも理解していた。だからこそ弱気になっている暇など、彼女にはなかったのだ。飛来してくる銃弾をACSクレイドルを盾にして防ぐレーア。推進剤も大分消費してしまった為、地上に張り付く事を余儀なくされる。

 

「ぐ、うっ…………!!」

 

そんな時だった。彼女は油断していたわけではないが、背部の推進ユニットに被弾を許してしまった。被弾し、損傷してしまった推進ユニットには推進剤はあまり残っていないが、それでも充分誘爆の危険性がある。

 

(致し方ないか…………!!)

 

レーアは背部推進ユニットを強制排除する。接続のロックが外れ、鈍い音を立てて推進ユニットは地面へと落とされた。機動力は大幅に低下してしまうが、誘爆に巻き込まれるよりは遥かにマシと判断した、レーアの苦渋の決断であった。背部推進ユニットにを失った事で自分たちが圧倒的優位に立ったと感じたのか、アント群は攻撃の手を一層強めてくる。弾切れとなり、近接戦闘しか手が残されていないレーアは、ACSクレイドルを盾にして弾を防ぐしかなかった。

 

(これならば…………もう少し武装を詰め込んでくるべきだったか…………)

 

今更言ってもしかたのない事である事は彼女も理解していた。だが、ここまで長期戦になってしまう事を想定していなかったのは自分の落ち度であると彼女は思ったのだった。

 

「レーア!? 大丈夫!?」

 

推進ユニットを強制排除したレーアの姿を見て、シャルロットは思わず声をあげた。あれほど強かったレーアがここまで追い詰められている事に不安と、そうならざるを得なかった状況に彼女は恐怖を感じていた。

 

「く、うっ…………!!」

 

近くで近接信管砲弾が炸裂する。シャルロットはフセット・ラファールの機動力を生かして回避するが、炸裂した時の余波で機体を揺さぶられてしまう。それでもなお、引き金にかけた指だけはそこから離さなかった。一刻も早くレーアの救援に向かいたい——そう思うシャルロットだが、激しさを増すアントの攻撃によってそれを妨害されてしまう。視界には増援でもきたのか、数多のアントの姿があった。それはまるで自分に向かって突き進んでくるかのように…………。

 

「あ、あぁ…………」

 

恐怖に支配されているシャルロットには、その数が本来よりも多く見えてしまっていた。特に規則性もなく進んでくるにもかかわらず、隊列をなし、突き進んでくるようにも見えてしまう。戦場というものに初めて足を踏み入れた彼女にとって、その光景は…………地獄そのものである。人に近しい形をした機械人形が、自分たちを殺しにかかってくる——その事実が、彼女の不安と恐怖をより一層強めていた。

 

「ゔわあ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁ——ッ!!」

 

刹那、シャルロットの感情の堰は決壊した。両手にアサルトライフルを呼び出し、躊躇いなく放った。照準など全く合わせていない。乱射だ。正確さに欠けるその攻撃はアントへと確実に降り注いでいるが、同時にレーアへも被害が及びそうになっていた。

 

「不味い…………ッ!!」

 

レーアは残っている脚部ACSクレイドルと肩部スラスターを使って、強引にホバー移動をする。直後、レーアのいた場所を銃弾が穿った。この時点で彼女はシャルロットが恐慌状態に陥ってしまったのではないかと考えていた。実戦で人が受けるストレスは非常に大きく、アント戦を初めて経験した新兵の半数は何らかのパニック状態に陥り、その四分の一が戦闘終了までに命を落としてしまうと言われている。シャルロットの訓練を任されていたレーアはその事を思い出していた。

 

「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁッ!! バケモノ共ぉぉぉぉぉッ!! 死ねぇぇぇぇぇッ!!」

「落ち着けシャルロット!! 聞いているのか!! おい——」

「——い゛や゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁ——ッ!!」

 

レーアの言葉よりも恐怖心が先走り、自分の行動を抑えることができないシャルロット。弾の切れたアサルトライフルを投げ捨て、四連装ミサイルランチャー、スピンリロード式グレネードランチャー、ハンドガンと搭載されている武器を次々と取り出しては撃っていく。辺りには空になった薬莢が撒き散らされている。暴力的なまでの攻撃を受けて、アントはその数を確実に減らしていく。

そんな時だった。最後の射撃武装であるハンドガンの弾が尽きてしまった。シャルロットは何度もトリガーを引くが銃口から弾は出てこない。弾切れだと気付いた彼女は、両手に新たなる武器を取り出した。装甲板と杭が融合した武装——インパクトバンカーである。それを装備した彼女はアント群へと突っ込んでいく。突撃してくるオレンジ色の機体に目掛けて銃弾を放つアントだが、シャルロットが前面に交差させたインパクトバンカーのシールドによって防がれる。

 

「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁッ!!」

 

半狂乱状態になったシャルロットが振るうインパクトバンカーがアントの胴に突き刺さった。刹那、装填されていた炸薬が弾ける。上半身を破壊されたアントはその場に沈黙した。それを皮切りにアントは次々とシャルロットへと襲い掛かった。しかし、近接攻撃を仕掛けるべく接近すれば脚部のアーマーエッジによって頭部を吹き飛ばされ、遠距離にいれば距離を詰められバンカーを突き刺される。さらには、攻撃をしても回避機動を取られ、逆にすれ違いざまに肩部アーマーエッジによって撃破されてしまう。

 

「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁ——ッ!!」

 

最後の一機がインパクトバンカーの一撃によって頭部を吹き飛ばされた。その瞬間、戦況マップに表示されていた赤色の光点は当該エリアより消失する。それを確認したのかしてないのかはわからないが、シャルロットはその場に膝から崩れ落ちた。周りには無残な姿となったアント群と散らばった薬莢。その光景を見たシャルロットは思わずインパクトバンカーから手を離してしまう。重厚なその武装は重々しい金属音を立てて地面へと落ちた。

 

(ぼ、くが…………やった、の…………?)

 

恐怖から解き放たれ、呆然としてしまう彼女。だが、この景色を作り出したのが紛れもなく自分である事を確信すると、彼女の両手は震え始めた。アントへの恐怖ではない。自分が何をしてしまうのかわからないことが、彼女は怖かったのだ。

 

「…………シャルロット、ここの戦闘は終わった」

 

近づいていくる足音。ふとうつむかせていた顔を上げると、そこには損傷したスーパースティレットⅡとバイザーを解除しているレーアの姿があった。それにつられてシャルロットもまた、自分の顔を覆っているバイザーを解除した。保護機能がカットされ、鉄の焼ける匂い、硝煙の匂いが鼻に染み付き、思わずむせ返りそうになった。

 

「れ、レーア…………ぼ、僕…………僕は一体…………」

「…………お前は敵と交戦し、それを撃破した。ただ、それだけだ。——よく生き残ってくれたな、新兵(ルーキー)

 

レーアがかけた言葉は、今のシャルロットを落ち着かせるに十分な言葉だった。生き残ることができた——その事を実感したシャルロットは緊張と恐怖から解き放たれ、涙を流し、嗚咽を漏らしてしまう。図らずとも自分の命を救ってくれた新兵をいたわるかのように、レーアは彼女の左肩に右手を添えたのだった。

 

◇◇◇

 

「雑魚の分際で…………粋がるな!!」

 

ウェアウルフ・スペクターの周りに存在していたアント、その最後の一機を握りつぶしたエイミーは亡霊へと目を向け直した。周囲に他の敵影はない。文字通り、一対一の構図となっている。エイミーはオーバードマニピュレーターを握りしめ、スペクターも軽く前傾姿勢を取った。両者、構えをとってから動きを変えない。まるでその時間だけを切り取ってきたかのように、相手の出方をじっと見つめていた。

そんな時、一人と一機の間を風が吹き抜ける。それが合図だった。エイミーはエクステンドブースターを点火、履帯ユニットも展開してスペクターへと突き進んでいく。一方のスペクターも、キャニスターを放ち牽制を仕掛ける。攻撃を躱し、懐へと飛び込まんとするエイミー。スペクターのロングレンジキャノンは既に射程外、ミサイルもグレネードも弾が尽きているのか、両肩のシールドを跳ね上げようとはしない。これを好機と見たエイミーはエクステンドブースターを使って跳躍、その禍々しい拳をスペクターへと叩きつけようとした。

 

「くそ…………ッ!!」

 

だが、その攻撃はスペクターのシールドを吹き飛ばすだけだった。スペクターは右腕を突き出し、突き出された左腕の軌道を逸らしていた。そして、代わりにエイミーの滑腔砲を握りしめる。密着した状態では攻撃しようにもできない。オーバードマニピュレーターは確かに強力な兵装ではあるが、その大きさ故、使いにくい場面も存在しているのだ。

 

「滑腔砲が欲しけりゃ、くれてやりますよ!」

 

エイミーは滑腔砲の強制排除を行なった。残弾は残されておらず、また砲身も握りしめられてしまった以上、何か歪みが生じている筈だ。それではもう砲として機能しない。強制排除を行うと同時に、履帯ユニットを逆回転、スペクターからある程度の距離を取る。直後、エイミーの頭があった場所をスペクターの拳が通過した。そのお粗末な攻撃にエイミーは苛立ちを隠せなかった。

 

「お前はそれでも亡霊か!! さっきのは…………元の操縦者の方が上手でしたよ!!」

 

見当違いの怒りであることは彼女も理解していた。だが、相手がかつての上官の機体を模したものであるならば、そう思わざるを得ない。先ほどのようなお粗末な攻撃がこれ以上続けば、それは彼を辱めている事に繋がると彼女は思った。彼も近接戦闘は苦手だったが、今回のように攻撃が当たらないということはなかった。因縁の相手を前にしたエイミーにとって、怒りを覚えるにそれは十分なものだったのだ。

 

「さっさと…………潰してやりますよ!!」

 

再び突撃し、拳を振るうエイミー。腰の捻りを加え、大質量の拳を叩きつけてやらんとばかりに振りかぶっていた。それに合わせて拳を突き出すスペクター。その二つの拳がぶつかり合い——スペクターの左腕はロングレンジキャノンとともに吹き飛んだ。純粋な質量兵器として機能しているオーバードマニピュレーターと、通常の拳では拮抗すること自体無理な話だ。左腕を吹き飛ばされたスペクターはバランスを崩し、思わず後ずさりをする。しかし、それを許すほど、エイミーに優しさなどというものは残されていなかった。

 

「お前が…………死ねぇぇぇぇぇ——ッ!!」

 

繰り出した貫手はスペクターの首を刎ねた。そのまま胴体を掴み上げ、渾身の力を込めてそのパーツを握りつぶした。機能中枢を完全に破壊されたスペクターはその場に崩れ落ちる。

 

「はあっ…………はあっ…………はあっ…………」

 

緊張から解放され、息を整えるエイミー。周りに戦闘の音は聞こえない。戦況マップにも[XFA-01 UNIT201]の光点は存在していない。自分の因縁の相手でもあるスペクターを撃破したことに、彼女は僅かな安らぎを感じていた。

 

(…………彼は私達の心の中で生きているんです…………これ以上、彼を亡霊として蘇らせないで…………!! もう戦場に…………連れてこないで…………!! 彼を…………休ませてください…………!!)

 

引きちぎられ、地面へと転がったスペクターの頭部はその光を失った目で何を見たのだろうか…………。感情を抑えきれないエイミーは、拳を近くに転がっていたスペクターのシールドへと叩きつける。鈍い音が学園島へと響き渡った。さながら、この戦いの終わりを告げるかのように…………亡霊となった者へ捧げる鎮魂の鐘のように…………。




・RF-13S 妖雷

RRF-9 レヴァナントアイ・リベンジャー及びRF-12/B セカンドジャイヴをベースとし、近接戦闘能力を強化した機体。エクスアーマーの採用によって欠点である防御能力も強化され、また飛行能力を有しており、極めて汎用性の高い機体となっている。生産数こそ少ないが、現在も特務部隊用として日本国防軍では生産が続けられている。



[マルチランチャー]
イオンレーザーカノンを縮小化し、取り回しをよくした兵装。携行性を重視したため、威力は低下している。銃身が中折れ式となっており、イオンレーザーソードを展開することが可能。セカンドジャイヴが装備しているものと同型である。

[肩部ニードルガン]
両肩に装備されたニードルガン。炸薬ペレット式による射出型爆圧スパイクであり、装甲貫徹能力は低いとされる。また、ニードルガン発射器には小型の榴弾を装填することも可能である。

[近接戦闘ブレード]
本機には日本刀型と、それを大型化した太刀型の二種類が装備されている、それらは全てスラッブハンガーとともに腰部装甲として機能しているともされる。





・SA-16b-CⅡ フセット・ラファール

SA-16 スティレットの姉妹機とも言えるフセットを近接機動戦向けに改造した機体。肩部装甲、膝装甲、さらに爪先と踵にアーマーエッジと呼ばれる装甲が採用され、ただの蹴りや回避運動を攻撃に転用することができる。また、両腕部にバックラーシールドが取り付けられており、防御能力も強化されている。本機はシャルロット・ドッスウォール専用機として開発された為、彼女の戦闘スタイルに合わせたチューンナップが施されている。



[アサルトライフル]
標準的なプルバップ式アサルトライフル。

[四連装ミサイルランチャー]
スティレット系列が装備するS-41B空対地ミサイルを発射するランチャー。一度に発射する弾数は増えたが、そのぶん重量も増している。

[スピンリロード式グレネードランチャー]
レバーアクションによるリロードを可能としたグレネードランチャー。細身である為、空戦型の本機でも機動性を損なわずに使用する事が可能である。

[アーマーエッジ]
肩部、膝部、爪先、踵に搭載されたブレードベーン及び鋭利化した装甲。副次効果として本機の空力特性を向上させることにつながっている。

[インパクトバンカー]
本機の有する兵装で最も強力な対装甲兵器。大型のパイルバンカーであり、炸薬の爆発に耐える為、各部が強化されており、シールドとしても機能する。本装備は先端部を交換することによってインパクトバンカーの他、『インパクトエッジ』『インパクトナックル』として使用する事が可能である。





今回は箒の乗機である妖雷とシャルロットの乗機であるフセット・ラファールの二機を紹介しました。
感想及び誤字報告をお待ちしております。
では、また次回、生暖かい目でよろしくお願いします。



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