FRAME ARMS:RESEMBLE INFINITE STORATOS   作:ディニクティス提督(旧紅椿の芽)

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Chapter.35

——あれから二ヶ月後。

マーカスを失った悲しみから立ち直ったエイミーはいつものように任務を淡々とこなしていた。だが、そこにかつてのあどけなさはもう残されていない。ただ、彼女の中に残っているのはマーカスを撃ったモノを破壊したいという、復讐の念。それほどまでに彼女にとってマーカスとは大きな存在だったのだ。そうなってしまうのは仕方のないことなのかもしれないと部隊の誰もが思っていた。

それとは別に、第四十二機動打撃軍同様、ネヴァダに展開している様々な部隊からある噂が飛び交うようになっていた。

 

——曰く、夜間任務中、既に撃破されたはずのウェアウルフの信号がキャッチされるとの事。

 

——曰く、夜間哨戒中、その姿が見えないのにコールサインと機体の識別信号が届くとの事。

 

この噂の真相がどうなのかは別として、常に極限状態へと置かれている兵士達がそれを聞いたとなれば士気の低下は免れない事である。現にいくつかの部隊では士気の低下に繋がり始めているようだ。事態を重く見たアメリカ国防総省は、事態の可及的速やかな解決を第一と考えさせられる。彼らはネヴァダ周辺に展開している部隊のみならず、もう一つ別の部隊を現地へと派遣する事に決定したのだった。

 

◇◇◇

 

「——というわけだ。今回の任務はお前達の臨時二個小隊に担当してもらう事になる」

 

アパラチア級陸上戦艦アパラチアのブリーフィングルームにて、第四十二機動打撃軍司令のダグラス・ジェファーソン大佐は、集められたメンバーに向かって作戦の説明を行なっていた。この場に集められたのはエイミーとレーア、そして見慣れない顔ぶれ六名の計八名だった。見慣れない顔ぶれではあるが、エイミーは彼らが着ているジャケットにつけられたエンブレムの事を知っていた。

 

——米軍第二十特殊作戦部隊、通称『ファントム・タスク』。

 

傭兵や海兵隊出身の人員から構成され、危険度の高い特別な任務を遂行し、アメリカへ平和と安寧をもたらす亡霊達の集まりである。それ故に、練度は極めて高く、アメリカ軍の切り札といっても過言ではない部隊だ。ただし、素行の悪さに関しても一つ頭抜けており、正義の悪人と揶揄されることもしばしばある。

 

「了解だ。そんじゃ、俺らはそこの二人を連れて、奴の正体を暴きゃ言い訳だな?」

「そう言う事だ、カリウス中尉。以降の指示はミューゼル大尉に一任する。なお、この不可解な現象を『ウェアウルフ・スペクター(ウェアウルフの幻影)』と呼称する。質問はないか? ——よろしい。作戦開始はグリニッジ標準時二十時からだ。各員、準備に入れ。私からは以上だ」

 

ダグラスからの説明が終わると、ファントム・タスクの面々は、「調査任務とか一番俺たちに向いてないんだよ…………」と愚痴をこぼしながらブリーフィングルームを後にしていった。それに続いてエイミーとレーアも退室する。

 

「よう、ガキ共」

 

ブリーフィングルームを出た後、二人は不意に声をかけられた。振り返ると、そこには先程ダグラスに確認をした茶髪の女性と金髪の女性、そして自分達と同じくらいの年と思われる黒髪の少女の姿があった。

 

「…………何か用ですか?」

 

エイミーは少しだけ不機嫌さを出しながらそう返事した。別に女性が放った言葉が原因というわけではない。依然としてエイミーはマーカスを失った悲しみから立ち直ったとはいえ、未だに彼の仇を取れていない事にイライラを募らせていたのだった。

 

「そうカリカリすんなって。単に自己紹介してなかったと思ってな。俺はアーミア・カリウス。階級は中尉、コールサインは『オータム』、もしくは『ファントム02』だ。そんでもってこっちが」

「スコール・ミューゼルよ。階級は大尉。コールサインは『スコール』、戦場では『ファントム01』。あなた達の指揮をとる事になっているわ」

「マドカ・マグバレッジだ。コールサインは『M』、戦闘中は『ファントム05』となる。階級はお前達と同じく曹長。よろしく頼む」

 

三人はエイミー達に自分達の名を名乗った。この場にいる三人が、エース級のFAパイロットである事をエイミーとレーアは直感的に思った。しかし、エイミーにとってそんな事はどうでもよく感じていた。彼女の頭の中にあるのは、ただの復讐心…………それはいつ爆発するかわからない爆弾へと姿を変えてしまっていたのだ。不機嫌さを出していたエイミーの頭にアーミアはふと自分の手を載せていた。

 

「…………お前さんが不機嫌になっている理由は、俺たちにはわからねえ。でもな、戦場にまで私情を持ち込む事だけはするなよ。そうやって死んでいった仲間を俺は何度も見てきた。こんな事を言うのもなんだが…………お前は彼奴の——マーカスの分も生きてやらなきゃならねえんだ。それがお前を生かしてくれた彼奴への手向けってもんだろ」

 

マーカスの訃報はかつて隣の家に住んでいたアーミアの元へも届いていた。まるで自分の弟分のようにしてきた彼の死は、アーミアにとって当初は受け入れがたいものであったが、彼もまた一人の誇りある米軍兵士であり、仲間を生かすために自ら殿となったのであれば、嘆いている事など彼に対して失礼であると思うようになっていた。しかし、目の前の少女は、その誇り高き兵士を討った者を倒す事にしか頭が回ってないように見えたのだ。アーミアはかつて同じように仲間の敵討を考えている者がいる部隊の支援に当たったことがある。その者は結果として、怒りに身を任せてしまっていたが故、回避の判断が遅れ、その命を散らせてしまった。目の前の少女にはそのような末路を辿って欲しくはない——そう思ったアーミアは、生き急いでいるようなエイミーに諭すようにそう言ったのだった。

 

「ですが…………! 私は彼の仇を討ちたいです…………! そうじゃなかったら私…………私——ッ!!」

 

それでもなおエイミーはマーカスの仇を討ちたいと言う。彼女にだって譲れない心情というものがあるのだ。そんな彼女を見たアーミアは一息ついてから言葉を紡ぐ。

 

「『——生きろ、そして語りつげ。貴様を生き残らせた者の名を』…………お前はマーカスによって生き残らせられたんだ。最早お前の命はお前だけのものじゃない、彼奴の命でもあるんだ…………そう生き急ぐんじゃねえよ」

「オータムの言う通り。それに、あなた達はまだ先が長いんだから、こんなところで終わっちゃダメ」

「私達は既に亡霊となった身だが、お前達はまだ人間だ…………人間は生きるのが任務だからな。軍人としてその任を果たすべきだ」

 

優しく諭すように語りかけるアーミアにつられ、スコールもマドカもエイミーに対してそう言葉を投げかけた。ファントム・タスクはその任務の特性上、死傷率が最も高い部隊であるとも言われている。だからこそ、そんな数々の死線を潜り抜けてきた彼女達だからこそ言える言葉なのかもしれない。

 

「まぁ、後はお前さん次第っていったところだな」

「そうね。——あら、オータム、そろそろ機体チェックの時間よ」

「また遅刻したら、今度こそレンチで殴られるんじゃないか?」

「げっ…………もうそんな時間かよ。そんじゃお前ら、出撃前にまた会おうぜ!」

 

そう言って足早に去っていく三人。その姿をエイミーはただ呆然と見ていた。彼女の頭にはさっきアーミアの言った言葉が焼き付いていたのだった。

 

(『生きろ、そして語りつげ』、ですか…………)

 

今までマーカスの敵討しか考えてこなかったエイミーにとって、その言葉はあまりにも意外なものであったのは事実だ。確かに、自分が彼の復讐に囚われて命を落としてしまったとなれば、彼も浮かばれないであろう。その事をエイミーは理解したつもりではあったが、燻る怒りの炎を完全に鎮火させるには至っていない。故に、エイミーの今の心情は非常にアンバランスな位置にあったのだった。

 

「…………私達も機体のチェックに向かうとするか。行くぞエイミー」

「…………はい」

 

そのような状態のエイミーに対して自分は何ができるのだろうか…………今は何も手立てが見つけられなかったレーアは、場所を変えて彼女の気分を入れ替える事しかできなかったのだった。

 

◇◇◇

 

『ファントム01より各機へ。周囲に敵の反応はあるかしら?』

『ファントム03、ネガテイブ。それらしき反応は見られねえ』

『オスプレイ26、こちらもネガテイブ。レーダーに感なし』

「ブラスト09、ネガテイブ。センサーの出力をあげても反応ありません」

『ファントム06、同じくネガテイブ。噂は噂だったんじゃないですか?』

 

作戦が開始されてから早くも一時間が経過しようとしていた。ウェアウルフの亡霊(ウェアウルフ・スペクター)らしき反応があったとされる場所は調査が殆ど完了している。だが、エイミーもレーアも、そしてファントム・タスクの面々ですら、それらしい反応も証拠も確認できていなかった。

 

(おかしい…………私のM32Type5E8(アヴェンジャー・イージーエイト)ならまだしも、伏兵すら見つけるEWAC仕様レヴァナントの06にすら発見されないのはおかしいわ…………)

 

スコールは今のこの状況を整理していた。だが、この状況は今までのどの状況とも一致しない。全体的に能力を向上させただけのアヴェンジャー・イージーエイトだけならこの状況はありえたかもしれない。だが、電子装備を満載し、索敵と情報収集に長けた改造をされているEWACレヴァナントアイを投入してこの結果なのだ。砂中だろうと茂みの中だろうと敵を見つけ出すこの機体を用いてまで見つけられないとなると…………スコールはそこまで考えて、その考えを頭から振り払おうとした。

 

(まさかね…………流石に本物の亡霊(ファントム)なんて事はありえないわ。そんなオカルトじみた事なんて…………非科学的よ)

 

出ていた結論は非科学的な推論でしかなかった。そんな事が現実に起こりうるわけがない、彼女は自分で立てたその仮説を自ら否定した。しかし、今の状況を他の説で証明しようとも、このオカルトじみた仮説以外に有力なものは浮かんでこない。

 

『スコール、既にスペクターの反応が確認された地点を全部回っちまったぜ? どうすんだ、この後?』

『…………そうね、もう少し情報が欲しいわ。——ファントム01より各機。これより調査範囲を広げる。今まで観測されたデータから反応出現ポイントを予測した戦況マップを送るわ。順次ポイントを巡るわよ』

 

スコールが予測した、スペクターの反応が観測されるであろうポイントが全機の戦況マップに表示される。最も有力であろう場所だけに絞ってはあるものの、その箇所は全部で九つ。距離を考えれば一晩で回りきれるかどうか怪しいものだ。エイミーはその表示されたポイントの位置を一つ一つ確認していく。そして、とあるポイントのデータを確認した時、思わず目を見開いてしまった。

 

「ブラスト09よりファントム01。意見具申よろしいでしょうか…………?」

『許可するわ』

「ありがとうございます。この調査ポイントですが…………先にこの04と指定されたポイントに向かって貰えないでしょうか?」

『それは何故かしら? 理由を教えて頂戴』

「そ、それは…………うまく言葉にできません。ただ…………直感的にそう思ったんです…………」

 

直感。戦闘において己の運命を決める最後の一手であるそれだが、今のこの状況で直感という不確定要素の塊に従って動く事に、スコールは難しい顔をした。もしかすると無駄足で終わるかもしれない上に、先に遠方のポイントを回ってまうことによるエネルギーのロスによって行動時間がさらに短くなってしまう可能性だってあるのだ。指揮を預かる者として消耗は最小限に抑えたいとスコールは思っていた。だが、同時に彼女にはこの状況を変えるきっかけとなるかもしれないエイミーの直感にかけて見たいという気持ちもあったのだ。消耗を抑えるか、それとも賭けに出るか…………スコールはどちらの選択肢を取るべきか、少し迷いが出ていた。

 

『スコール、ここからは隊を二分しようぜ。どのみちこの集団で一箇所ずつ回ってりゃ、そっちの方が効率が悪い。せっかく二個小隊となってんだから、それを活用しないわけにはいかないだろ?』

 

迷っているスコールへアーミアは個別回線でそう声をかけた。隊を二分する——確かに効率は良くなるかもしれない。だが、スコールとしてはそれを選べずにいた。もし、今回の調査目標が敵の罠だったりするのであれば、少数で向かうなど自殺行為につながるだけだ。不確定要素の多い中で仲間を危険にさらすことだけは避けたかったのだ。

 

『でもオータム、あの二人は私達と違ってそこまで多くの実戦経験は…………』

『俺たちだって似たようなもんだろ? 大戦勃発から一年半、最初期の奴らで生き残りは皆指揮官としての地位に就いてる。前線に出ている奴らの経験を比べてもどんぐりの背比べだ。それに…………あいつらは砂漠の鬼と言われるブラスト中隊と海の狩人と称されるブルーオスプレイズの出身だ。そう簡単に死ぬ奴の身分じゃねえよ』

 

それに、とアーミアは言葉を続けた。

 

『あいつの直感ってやつ…………そいつに賭けてみてえんだ。隊を二分した後、俺はあいつらを引き連れてポイント04へと向かう。なぁ、構わねえだろ、スコール?』

 

アーミアはスコールへと懇願するようにそう言った。スコールはしばらく考えるが、程なくして不意に溜息を吐いた。

 

『…………どうせ貴方のことだから、命令無視をしてもやるのよね?』

『まぁ、スコールの命令以外ならな』

『そう言って何度も撤退命令無視したわよ…………』

 

再び溜息を吐いたスコールは一息ついてから、全機に回線をつないだ。

 

『ファントム01より各機へ。これより隊を二分する。分割した小隊はファントム02が指揮をとる。ファントム05、オスプレイ26、そしてブラスト09はファントム02の指揮下に入りなさい。後の指示は02に仰いで。それ以外は順当にポイントを回るわ。それじゃ…………後はお願いね、オータム』

 

スコールはそう言うと、ファントム03とファントム04そしてファントム06を連れて機体を転進させた。その様子を見てアーミアはふと笑みをこぼしていた。

 

(全く…………索敵能力が低下するから、センサー系統を強化したスティレットSC型装備のマドカを付けやがって…………スコールも心配性だな、全く…………)

 

部隊の連中には本当過保護なんだから、と内心アーミアは呟いていた。実際、アーミアの機体であるウェアウルフ・ストライカー(M32FP)は近接戦闘に備えるため、一部の電子装備を装甲に振り直している。また、攻撃特化のスティレットE型と素のウェアウルフでも索敵範囲があまり大きくはない。故に、狙撃と情報収集能力を強化したスティレットSC型をスコールはこの小隊に振り分けたのだ。お陰で部隊全体としての情報収集能力は高まった。過保護とか言ってはいるが、アーミアとしてこれは非常にありがたいものだった。

 

『さて、お前ら。俺たちは先にポイント04へと向かうぞ』

『『『了解』』』

 

全員の装備を把握したアーミアはエイミーが提示したポイントへ向けて移動を開始した。時折吹く風が砂漠に生える背丈の高い草や低木を揺らし、どこか不穏な雰囲気を醸し出している。だが、そんな事に構う事なく、小隊はポイントへ向けて歩みを進めていった。

 

『確かお前、エイミー…………だっけか?』

 

そんな時、アーミアはふとエイミーに個別回線を開いた。突然かかってきた通信にエイミーは少し驚いてしまったが、なるべく平常通りに対応しようとした。

 

「は、はい。その通りです、カリウス中尉…………」

『アーミアでもオータムでも好きなように呼んで構わねえよ。俺は荒くれ者の海兵隊出身だから、礼儀なんてなくて十分さ』

「は、はぁ…………」

 

アーミアはあっけからんもなくそう言うが、当のエイミーは困惑を隠せずにいた。それって上官不敬罪とかに抵触しないんですか?——内心そう思った彼女だが、上官が名前で呼べといってきているのだからそれに従うべきなのかもしれない。

 

「で、ではカリウス中尉…………一体何の御用でしょうか?」

『…………真面目だな、お前。まぁいいか。俺がお前さんに聞きたかったのは、なんであのポイントを指定したかだ』

 

しかし、真面目気質のエイミーがそう簡単に名前呼びすることはなく、普通にアーミアの事を呼んだ。その事にアーミアは少し呆れそうになったが、気を取り直してエイミーにどうしてこの場所を指定したのか問う。この場所は周囲が背丈の高い草で覆われているとはいえ、ほとんどが岩石と砂に覆われている。だが、ネヴァダではどこでも見られる平凡な景観だ。それだけなら同じような景観をした他のポイントもあったはず、なのにどうしてここを選んだのか…………アーミアはそれが気になっていた。

 

『こんなとこ、ネヴァダじゃいくらでもあるだろ。なのに、お前さんはここを選んだ…………他のポイントを出さずにな。…………お前、実は直感だけじゃねえだろ、ここを選んだ理由』

 

アーミアにそう言われて、エイミーは驚きを隠せなかった。確かに自分がここを選んだのは直感的だ。だが本当は…………もう一つの理由があった。

 

『別に言いたくなかったら言わなくてもいい。単に俺が気になっただけだ』

「いえ…………何かトラブルの種になるかもしれないので言います…………」

 

エイミーは一度息を整えてから言葉を紡ごうとする。何やら息苦しいような気持ちにはなってきたが、それは頭部を覆うバイザーのせいだと彼女は決めつける。軽く深呼吸をした彼女は静かに言葉を漏らした。

 

「その場所…………マーカス少尉が最期まで戦っていた場所なんです…………」

『そうか…………つまり、今回の件は彼奴となにか関係あるんじゃねえか、そういうわけなんだな?』

「…………はい」

 

アーミアからしてみればエイミーの答えはある意味予想通りのものだった。あそこまでマーカスの仇を討ちたいと言っていた彼女の事だ、彼に関する情報となにかを結びつけるかもしれないとアーミアは思っていたのだ。

 

『わかった。だが、今回の件に彼奴が関係あるかわからないぞ? 唯一わかっているのは、確認された機体コードが[UNIT201]ってだけだ。って事で、個人回線終了』

 

そう言ってアーミアは個人回線を閉じた。彼女から聞かされた突然の情報。[UNIT201]——その機体コードをエイミーが忘れるはずもない。なぜなら、その機体コードは——そう思ったところで、エイミーの思考はキャンセルされた。

 

『ファントム05よりファントム02。まずい、この先にアントを二機確認した。解析したデータを各機に送る』

『なんかきなくせえ感じがすると思ったら、まさか敵が出てくるとはなぁ…………』

 

マドカのスティレットがアントを捕捉した。行動からして未だに気づいてはいないようだが、いつ攻撃を加えられるかわからない。アーミアはハンドサインでその場に姿勢を低くして待機するよう指示を出した。

 

『敵の数は二機だが、どうなるかわからねえ。ひとまず、スコール達に応援を頼んで——』

 

アーミアがスコール達に応援を依頼しようとした時だった。突如として鳴り響く履帯の音。その音のする方へ目を向ければバイザーを光らせ、加速していくカーキ色の機体——エイミーのウェアウルフの姿があった。

 

『ブラスト09!? お前何をしてんだ!? 待機っつったろ!!』

「すみません…………でも、彼奴らだけは…………っ!!」

 

エイミーの見つめる先、そこにいた二体のアントはどちらもウォーサイズを携えた機体…………マーカスに致命傷を負わせ、そしてその命を刈り取った者とほぼ同じ装備だった。そのアントが彼の命を奪ったのかどうかはわからない。だが、今のエイミーにそんなことは関係なく、装備が同じであれば仇としか認識していなかった。彼女は漏らした言葉に怒りを含めながら、敵に向かって突き進んでいく。

 

『命令無視しまくってる俺が言えた事じゃねえけど、命令を無視すんな! ——まぁ、大人しくしてるよりはこっちの方がいいか! お前ら、さっさと彼奴らを潰してずらかるぞ!』

『『了解!!』』

 

命令違反とは言え、単機で突っ込ませるほどアーミアは鬼ではない。むしろ、自らが出した命令を変え、自分達も突撃しようとする始末だ。だが、先走っていったエイミーには未だ追いつけていない。

 

(見つけた…………! これで…………これで…………ッ!!)

 

エイミーは照準を一機のアントに絞り、両背部の滑腔砲を放った。放たれた装填筒付翼安定徹甲弾はアントの左肩に着弾、その腕を吹き飛ばす。それによってバランスを崩すアントだが、同時に迫ってくるエイミーの姿を見つけ、彼女へ向かって突撃していった。

 

「上等ォォォォォッ!!」

 

エイミーは右手にタクティカルナイフを抜刀、左手にサブマシンガンを展開して射撃を開始する。放たれる銃弾をアントは避け、突き進んでくる。アントのうち左腕を喪失した機体は一気に前へと躍り出て、近接戦闘の距離まで詰めてきた。そして振るわれる大鎌。範囲とリーチに秀でているそれをエイミーは紙一重で躱すと、サブマシンガンを格納してアントに急接近し、空いた左手でウォーサイズを構えている腕を押さえつけた。

 

「邪魔!!」

 

エイミーはタクティカルナイフを振るい、今度は右腕を肘先から切断した。両腕を失ったことで戦闘力を喪失したアントだが、その程度で今のエイミーが怒りを治めるわけがない。切断した右腕を捨て、丸腰となったアントに向けて回し蹴りを放つ。両腕を失いバランスを保てなくなったアントは姿勢を崩し、地面に伏す。胸部を踏みつけ、身動きが取れないようにするエイミー。アントは抜け出そうともがくも、逃れる術はない。エイミーはウェアウルフの装甲で固められた脚部で、アントの頭を踏み砕いた。金属がひしゃげる音と、ケーブルが千切れる音がまるで断末魔のように鳴り響く。トドメと言わんばかりに胴体にタクティカルナイフを突き刺す。一度痙攣するような動きを見せたアントだが、その動きを最後に動きを完全に止めた。

 

『————』

 

だが、まだもう一機が残っている。残された方は未だ損傷はなく、十分な機動性を有している。それを遺憾なく発揮、エイミー目掛けて跳躍し、ウォーサイズを振り上げた。あの高度からの一撃であれば、いくら強固なウェアウルフの装甲といえど容易に貫かれてしまうだろう。

 

「ッ——!!」

 

エイミーは履帯ユニットを展開、その場から一気に後退する。直後、数秒前にエイミーのいた場所へウォーサイズが突き刺さった。深々と突き刺さったそれは岩盤へ深々と食い込み、アントの動きを制限する。その間にエイミーは先ほど倒したアントが持っていたウォーサイズを拾い上げていた。

 

「こいつで…………ッ!!」

 

エイミーは一気にアントへと急接近する。同時に、アントも突き刺さったウォーサイズを引き抜き終えていたが、既に手遅れであった。エイミーはその手に構えたウォーサイズをアントの背面へと突き刺した。胴体を貫かれはしたが、機能中枢までは破壊されていないのか、もがいて抜け出そうとするアント。

 

「おらぁぁぁぁぁ——ッ!!」

 

だが、今対峙しているのは怒りに身を任せた獣。エイミーは突き刺したウォーサイズを回転させ、横薙ぎに振り抜いた。アントはの一撃でフレームが抉られ、千切れたケーブルが胴体側面から垂れ下がっているが、それでもなお動く事をやめない。無人兵器であるアントならではのことであるが、あの場で機能を停止していた方がアントにとっては良かったのかもしれない。

 

「とどめぇぇぇぇぇ——ッ!!」

 

エイミーはウォーサイズを振り上げ、そのままアントの頭部へと振り下ろした。勢いよく振り下ろされたそれは突き刺さるだけでは収まらず、頭部と胴体前面を大きく抉り、パーツを吹き飛ばす。機能中枢を喪失したアントはその場に崩れ落ちた。そのような状態になったアントに向かって、エイミーは無言でウォーサイズを突き刺した。彼女の頭の中に『容赦』の二文字はない。あるのは目の前の敵を破壊することだけ。だが、それでも…………復讐に駆られていた彼女の心を満たす事には至らなかった。感じていたのは唯の虚無感。ただ呆然と彼女はそこに立っていたのだった。

 

『——スト09! 応答しろ、ブラスト09!! 聞こえているのか、エイミー!!』

 

そんな彼女を呼び覚ますようにレーアが彼女の名前を呼ぶ。その声を聞いてエイミーはゆっくりとだがレーアの方へ頭を向けた。

 

「…………私は大丈夫です。敵もちゃんと撃破しましたよ…………」

『そいつはそうなんだがな…………ひっでえ惨状だな、これ。オーバーキルもいいところじゃねえか? お茶の間で放送できねえぞ』

『人間で言ったら、頭を粉砕されて心臓を刺され、もう一つは顔を剥ぎ取られてハラワタを掻き出されたような状態だからな…………機械だったのがせめてもの救いか…………』

 

レーアより遅れて到着したアーミアとマドカは思わずそう言葉を漏らしてしまった。無理もない。頭部を完膚なきまで破壊されたアントの残骸に、飛び散った破片やケーブルがその戦闘の凄まじさを物語っている。二人は、この時だけはアントが無人兵器であった事を喜ばしく思えてしまった。もしこれを人間だったと仮定したら、一面血の海に変わっていたに違いない。

 

『そういや、そいつら以外に敵影はあったか?』

「いえ…………私は見てませんよ?」

 

周辺に敵の影はない。実際、エイミーが交戦した二機以外にアントは出現していなかった。本来、集団で攻めてくるアントが分隊規模でしか存在していないということは、アーミアの経験上まずありえない。ただでさえ混迷化した状況から抜け出すために策を変えたというに、さらなる謎を呼び込んできたこの状況。そんな時だった。音速で飛来した物が彼女達の後方を吹き飛ばした。

 

『な、なんだ!? どこからの砲撃だ!?』

『推定二時の方向! ファントム05、解析を!』

『り、了解だ!』

『ひとまず、一旦散開だ!!』

 

突然の砲撃に驚く三人だが、エイミーは別の意味でこの砲撃に対して驚いていた。あの弾速と射程…………エイミーの頭の中には一つだけ、この攻撃が可能な武器が思い浮かんでいた。だが、それは本来ありえないもの。自軍を攻撃する自軍の武器など存在してはいけないのだ。

 

『解析結果、出たぞ…………』

 

散開して岩陰に身を潜めていた三人へマドカが解析した結果を伝える。だが、その口調はどこか重々しい雰囲気を出していた。思わず緊張がエイミーに走る。自分が想定している最悪の結果になって欲しくない——そう彼女は願っていた。

 

『情報に少し乱れがあったが、確実な方で言えば、砲撃してきたやつの識別信号は[M38 UNIT201]…………ウェアウルフ・ブルーパー・セカンドのものだ。一先ず報告して、鹵獲か撃破のどちらを選択すべきか打診するぞ』

 

——だが、その願いは無情にも自身の想定を上回る最悪の結果として打ち砕かれてしまった。敵は、砲撃してきたのは、何者だと報告された…………? ブルーパー・セカンド…………? 201…………? エイミーの思考は報告された情報を飲み込めずにいた。むしろ信じたくはなかったのかもしれない。報告された識別信号、それは紛れもなく——

 

(マーカス少尉のブルーパー・セカンド…………!?)

 

そう思った彼女が行動を起こすのにそう時間はかからなかった。岩陰から飛び出したエイミーは履帯ユニットを展開、一直線に敵へと突き進んでいく。

 

『お、おい!? 一人で行くな! 死ぬ気かお前!?』

「…………」

 

アーミアの言葉に反応を示さないエイミー。彼女の目に映っていたのは、[M38 UNIT201]と[XFA-01 UNIT201]を交互に表示している赤い光点のみ。赤い光点が指し示すものは——(アント)。それが何を意味しているのか、エイミーは自らの目で確かめるべく突き進んだ。

 

『あいつ俺より命令違反してねえか!? そうそうあんなやついねえぞ!?』

『そうぼやいている場合じゃない…………付近にアントの反応が出た。数は全部で二十。それと、本部から通信。『奴を正式に[XFA-01 ウェアウルフ・スペクター]と呼称、速やかに排除せよ』との事だ』

『仕方ない…………早い所片付けてエイミーの支援に向かうとしましょう…………!』

『戦闘は避けられねえってか…………スコール達に応援を要請したが、その前に駆逐しちまうとしようぜ!!』

 

ぼやいている暇も嘆いている暇もない。命令を下された以上、それを全うするのが軍人としての責務。アーミア、マドカ、レーアはそれぞれの得物を取り出してアント群への攻撃を開始した。

 

『先手は貰うぞ!!』

 

突撃するアーミアとレーアを支援するようにマドカはスナイパーライフルによる狙撃を行う。一体のアントに着弾したが、その程度で奴らの進軍速度が低下することなどない。

 

『オラオラオラァァァァァッ!! 甘ーんだよ、雑魚どもがぁっ!!』

 

だが、その先に待ち受けているのは近接戦闘に特化した改装を施されたアーミアのウェアウルフ・ストライカー。両腕のダブルバレルガンとバヨネットナイフを用いて攻撃を加えていく。二体程倒したようだが、いかんせん数の差が激しい。

 

『ファントム02、支援しますよ!』

 

敵に囲まれかけていたアーミアを援護するべくレーアがガトリングガンによる牽制を行う。自身を破壊するに充分な威力をあのガトリングガンが有していることを知ってなのか、アントは大きく距離を取っていく。即席の連携ではあるが、それでも充分機能していた。

 

(あと少し…………あと少し…………!!)

 

その頃、エイミーは表示が[XFA-01 UNIT201]へと改められていた光点まであと少しというところまで接近していた。間も無く目標が視認できる、その正体を知ることができると彼女は思っていた。だが、近づくにつれて攻撃の密度が上がっていく。最初は砲撃だけだったのだが、今ではグレネードまでが飛んできているのだ。エイミーはそれらを躱しながら彼我の距離を詰めていった。

 

(目標、視認圏な——)

 

心の中でそう言葉を漏らした時、エイミーの目には衝撃的な光景が映ってきていた。頭部こそ白くのっぺりとしたものへと換装されているが、左背面に集中配備された二門のロングレンジキャノン、右肩に装備された二枚のシールド…………カラーリングこそ夜に溶け込むよう漆黒に染められているが、ほとんどの特徴はエイミーに取って見覚えのあるものだった。いや、見覚えのある程度では済まない。あの装備、あの姿はまさしく——

 

(マーカス少尉のブルーパー・セカンド…………!!)

 

確認したエイミーは思わず奥歯を噛み締める。その黒く染まった装束を纏った姿は、命を犠牲にしてまでも自らの命を救ってくれた彼に対する冒涜でしかないとエイミーは感じていた。同時に、あの白いパーツが彼を操っているようにも思えてきて、今すぐにでもスペクターを撃破したい気持ちになっていた。

スペクターの二門あるロングレンジキャノンの内、外側の砲がエイミーに照準を絞った。エイミーは本能的に自分が狙われていると察し、その場から退避する。直後、砂が舞い上がった。向こうは自分を殺しにかかってきている…………ならばこちらも同様に攻撃するのみ——目の前の亡霊を倒すべく、エイミーは両背部の滑腔砲を同時に放った。

 

「こいつで——ッ!」

 

だが、放たれた二発の砲弾はどちらも避けられてしまう。別にそれは構わなかった。当たったところで、あのブルーパー由来の重装甲がいかなる攻撃であろうとも跳ね返してしまうだろう。しかし、今のエイミーにとって有効打となりうるのは滑腔砲によるAPFSDSの砲撃しかないのも事実だ。そして、その一撃を頭部に叩き込むしか、あのスペクターを倒す方法は無いと彼女は直感で理解していた。

 

(次こそは…………!!)

 

装填が完了した滑腔砲を再び放つ。今度はそれぞれ発射タイミングをずらした偏差射撃だ。一発は左肩の増加装甲に当たり、大したダメージを与えられていないようだったが、もう一発は頭部への直撃コースを突き進んでいた。これなら確実に当たる——そう思ったエイミーだったが、直様現実というものを知らされる。

 

『————』

「なっ…………!?」

 

スペクターは二枚あるシールドの内、一枚を展開し、自身の頭部の前にかざした。均質圧延鋼板と無拘束セラミックスによる複合装甲によって生み出された非常に強固なシールドは、ウェアウルフの持つ滑腔砲の直撃をもってしても、刺さりはしたが貫くことはなかった。その驚異的な防御力を前にして彼女は驚きの声を上げるが、すぐにそれに納得した。陸戦型フレームアームズであるウェアウルフ(轟雷)ファミリーは戦線を構築し、それを維持するという戦車と同じ運用をされている。そのウェアウルフの耐久性を高めるという改装を施されたブルーパーならその程度受け止められてもおかしくは無い。味方なら嬉しい防御力であるが、敵に回った今、彼女はそれが忌々しく思えていたのだった。

 

「ちぃっ…………!!」

 

だが、そんな事を考えている余裕などない。もう一枚のシールドが跳ねあげられたと思いきや、そこから六発の対地ミサイルが放たれた。エイミーは履帯を展開して高速移動を開始するとともに、フレアランチャーを取り出し、自身の後方に射出した。赤外線ホーミングで、なおかつ誘導性能の低いミサイルだったおかげか、フレアに誘導され、エイミーに当たることはなかった。自分の後方で生じた爆発に安堵を感じるエイミーだったが、その気の緩みが綻びを生み出した。

 

「ぐうっ…………!!」

 

再び舞い上がる砂塵。エイミーは自然と装甲の薄い頭部バイザーを守るかのように腕を構えた。頭部は様々な電子機器や外部カメラを搭載している為、特にカメラのあるバイザー部は薄くなっているのだ。飛んできた握りこぶし大の石が直撃し、操縦者が重傷を負った事例がある以上、そう教えられてきた彼女達は自然と防御体勢をとってしまった。同時に、足までもが止まってしまった。それを見逃すスペクターではない。

 

『————』

「ッ…………!?」

 

エイミーが防御体勢をとった直後、左腕に何かが着弾した。衝撃が機体を激しく揺らす。同時に表示される『左腕損傷』の文字。左腕の装甲が吹き飛ばされ、その下に隠れているアーキテクトがむき出しとなっていた。アーキテクトは単なるフレームである以上、装甲ほどの防御力はない。むしろ、ほぼないと言っても過言ではない。

 

(このままじゃ…………!!)

 

再び鳴り響くミサイル接近警報。エイミーはフレアを撒くことすら忘れ、直様その場から退避する。状況は彼女が極めて不利だった。離れればあの長距離砲が、近づけばグレネードとミサイルを放たれる。加えて損傷もない…………既に左腕の装甲を失ってしまっているエイミーにとって、スペクターはある種の要塞にも見えなくもなかった。

 

『こちらファントム03だ! ブラスト09、支援するぞ!』

 

そんな時、突如としてかかってくる味方からの通信。アーミアの通信を応じたスコールの隊が到着したのだ。エイミーは自分からそう遠くない位置にまで近づいているファントム03のブルーパーを確認した。ファントム03が構えていたスナイパーライフルが放たれる。その一撃はミサイルを放つ為展開して伸びきっていたスペクターのシールド接続アームを吹き飛ばす。

 

『ブラスト09、無事か!?』

 

エイミーの容態を確認する為、ファントム03は彼女に声をかける。いくらアーキテクトがまだ無事であるとはいえ、ダメージを受けていないとは言い切れない。実際には、奇跡的にもエイミーに怪我などは無く、まだ戦闘行動を行うのに十分であった。その事を伝えようと口を開こうとしたエイミーだったが、直後に鳴り響いた照準警報に、頭の中で思っていた言葉とは違った言葉が口から出ていた。

 

「ファントム03! そこから退避を!!」

『へぁ——』

 

刹那、ブルーパーの装甲が弾け飛んだ。狙撃のために足を止めていたブルーパーへスペクターはロングレンジキャノンの照準を合わせ、一切の躊躇などなく放ったのだった。胴体の中央部を撃たれ、上半身と下半身が分離した状態で地に伏せるブルーパー。既に死んでいるにもかかわらず、スペクターは残された上半身に砲弾を叩き込む。ロングレンジキャノンに装填されていた弾薬に引火したのか、残骸は爆炎に飲まれる。友軍がこう呆気もなく、無残に殺されてしまったことで、その怒りをさらに強めたエイミーはスペクターを睨みつける。やはり奴は死者を冒涜するような存在だ——そう思った時には既に彼女はスペクターに向けて駆け出していたのだった。

 

「あぁぁぁぁぁ——ッ!!」

 

左腕の装甲を失ったからなのか、それともウェアウルフが彼女の感情に呼応しているからなのか、今のウェアウルフは通常よりも速度が出ていた。砂を巻き上げ突き進み続けるウェアウルフ。それを止めるべくスペクターはロングレンジキャノンやグレネードを放つも、それらに臆することなくエイミーは進み続ける。

 

『こちらファントム04だ! ブラスト09、援護するぞ!!』

 

スペクターへと突撃していくエイミーの姿を見て、スコールやアーミアとともにアントの掃討を行なっていたファントム04がエイミーの支援にはいる。ファントム04のウェアウルフ・アベンジャーはアサルトライフルを放ちながら、スペクターの注意を自身へと向けさせる。実際、突撃してきているエイミーよりも、自身へと攻撃を加えているファントム04を脅威だと判断したのか、スペクターはロングレンジキャノンの照準をファントム04へ絞った。その間もグレネードによるエイミーへの牽制は続いていた。

そして放たれる砲弾。だが、重装備をしているスペクターより軽装なアベンジャーは寸でのところで砲弾を躱した。後方で爆ぜる砲弾は成形炸薬弾——装弾筒付翼安定徹甲弾よりは弾速が遅い弾であった事も幸いしたのだろう。

 

『へっ! いくらプラズマサボット方式でも、足の遅えHE弾なら避けられるっての!!』

 

初弾を躱したファントム04はそう言うが、スペクターはもう一門の砲の照準を既に合わせ終えていた。次も躱してやるよ——そう意気込むファントム04。先ほどの一撃を躱した事で妙な自信をつけたのだろう。そして、外側の砲が火を噴いた。

 

『なぁっ…………!? きゃ、キャニスターだと…………!?』

 

だが、放たれた砲弾は暫く飛翔したのち、幾多ものベアリングボールを撒き散らした。キャニスターである。本来群がっているアントへ撃ち込む事で効果を発揮する砲弾であるが、スペクターはそれをアベンジャーへと放った。無数の小鉄球がアベンジャーの装甲を叩く。アサルトライフルの弾倉に着弾して誘爆する事だけは避けるべく、ファントム04はその場で武装を投棄した。

 

「ファントム04!」

 

エイミーが呼びかけるも時既に遅かった。キャニスターを受け止めるためにファントム04は足を止めてしまった。その瞬間、プラズマサボットとリニアレールによって加速された装弾筒付翼安定徹甲弾が、アベンジャーの胸部装甲を穿った。心臓と片方の肺を潰されたファントム04は断末魔をあげる事なく、その場に崩れ落ちる。即死だった。

 

「っ…………!!」

 

再び味方が無残に殺されていく様を見たエイミーは怒りに我を忘れそうになるが、奥歯を噛み締めて理性を保たせ、目の前のスペクターを見据えた。だが、ファントム04の死は無駄ではない。スペクターのシールド裏に搭載されたグレネードランチャーは、その設置場所故、照準が極めて甘かった。そして、彼が命を懸けて時間を稼いでくれたおかげで、エイミーはロングレンジキャノンのもう一つの射程範囲外(・・・・)に到達していた。

 

「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁ——ッ!!」

 

スペクターの至近距離まで接近していたエイミーは声にならない声をあげ、滑腔砲を放つ事も忘れ、スペクターの頭を殴りつけた。フレームアームズのマニピュレーターは殴るといった行為もできるほど強固にできているが、今のエイミーはマニピュレーターを『ワイルドハンド』と呼ばれる出力とフレームを強化したものへと換装している。彼女はその手を緩めることはなく、幾度となく殴りつける。スペクターは抵抗するも、エイミーの手が止まることはない。そして、スペクターの頭部にエイミーのストレートが叩き込まれる。強度を増した拳の一撃を受け、白いバイザーをひしゃげさせたスペクターは大きく頭部を揺さぶられるが、反撃とばかりにグレネードランチャーを放った。相打ち覚悟で放たれたそのグレネード弾は、エイミーの左背部の滑腔砲を吹き飛ばし、両者を爆炎で包み込む。辺りは一瞬激しい光によって照らされた。スペクターは爆炎から脱するも、グレネードランチャーは既に使い物にならなくなっており、その白い頭部にも煤が付いていた。

 

「お前がぁぁぁぁぁ——ッ!!」

 

だが、エイミーもあれだけの爆炎に包まれたにもかかわらず、攻撃を継続する意思は消えていなかった。エイミーはグレネードが着弾する直前、左背部の滑腔砲を投棄していた。それが幸いしたのか、誘爆による爆炎はエイミーよりわずかに離れた場所で生じたのだ。そのお陰で大破することはなかったウェアウルフだが、右背部の滑腔砲はなんとか生きているという状態で、一発でも撃とうものなら砲身破裂を引き起こしてもおかしくない。さらに装甲の至る場所が煤焦げ、頭部のクリアバイザーには亀裂が一条入っているほどだ。それでも、履帯を使って加速し、強引に跳躍したエイミーはスペクターの胸部へと向かってタクティカルナイフを突き出していた。いくら安定性の高いブルーパーをベースとしているとはいえ、加速のついたフレームアームズを受け止められるほどではない。ナイフを右胸部に突き刺され、バランスを崩したスペクターは背面から砂地へと倒れ込んだ。マウントを取るような体勢をとったエイミーは、深々と突き刺したナイフを引き抜く。無理やり捻り抜いたせいか、スペクターの胸部装甲に割れ目が入った。エイミーは左手でスペクターの頸部を押さえつけ、その装甲の割れ目にハンドガンの銃口をねじ込ませた。

しかし、スペクターもただ地に伏せられている訳ではない。頸部を掴まれてもなお、動かせる左手でエイミーの顔を鷲掴みにした。損傷していたこともあってか、掴まれた時の衝撃でウェアウルフのバイザーには不気味な音を立ててヒビが多数走っていく。

 

「こいつで…………くたばれぇぇぇぇぇ——ッ!!」

 

エイミーはねじ込んだハンドガンを放ち続けた。装填されていた徹甲榴弾(APHE)がスペクターの内部構造を破壊していく。彼女はトリガーから指を離さない。内部で引き起こされた爆発はスペクターの厚い装甲によって外へ逃れることなどできず、中でその暴力を振るい続ける。

 

「はあっ…………はあっ…………」

 

トリガーを引き続けるも、無機質な音だけが虚しく響き渡った。周囲には空になった薬莢が撒き散らされている。ハンドガンに装填されていた全ての徹甲榴弾を受けたスペクターは、ぐしゃぐしゃとなった頭部バイザーの隙間から、センサーを数回点滅させると、その光を落とした。エイミーの頭を掴んでいた左腕も力なく地へ垂れる。エイミーの目には既にスクラップも同然となったスペクターが昇りつつある太陽に少し照らされた姿が目に入る。

 

「っ…………」

 

エイミーは思わず空へと顔を上げた。東の空が明るくなりつつある。それが刺激となったのかはわからないが、彼女は目を閉じた。

 

『——スト09! 応答しろ、ブラスト09! 聞こえてるのか、エイミー! 返事をしろ!! おい——』

 

レーアがエイミーの事を心配して呼びかける声が聞こえていたが、彼女は答えなかった。いや、答えることができなかったと言った方が正しい。彼女の心の内は、自分が慕っていた上官であり同僚を殺した敵を討ったことと、その同僚を模した機体を倒した事にわずかな満足を感じていたが、同時にそんな事をしても彼が戻ってこない事を改めて認識させられ、その虚しさも相まって胸の内がぐちゃぐちゃになっていたのだった。

 

「…………ぐっ…………ぁぁぁぁぁ…………あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ————ッ!!」

 

堰を切ったかのように、エイミーは声にならない叫び声を上げる。やり場のない、自身でも理解できてない感情が行き先もわからずに放出されていく。そんな彼女の姿と、二名の犠牲を払って倒されたスペクターは、砂漠に昇った太陽に照らされた。スペクターを示す[XFA-01 UNIT201]の光点が光を失ったのは、それより暫く前の事だった。





・M32FP ウェアウルフ・ストライカー

近接戦闘に対して難があったウェアウルフを格闘戦仕様に改装した機体。両腕にバヨネットナイフを装着したダブルバレルガンを装備しており、そのほかにもタクティカルナイフや、ショットガンを格納装備としている。しかし、バランスの悪い機体である事は否めず、後に日本で開発される三二式伍型丙 漸雷(M32Type5 ウェアウルフ・アベンジャー)を導入する事になる。それでも一部のパイロットはこの機体を今でも使い続けている。



・M32Type5E8 アベンジャー・イージーエイト

導入されたウェアウルフ・アベンジャーの性能を全体的に強化した機体。主に指揮官機として配備されることが多い。特長がないのが特徴と揶揄されることもあるが、それだけ本機が汎用性を突き詰めた機体である事を証明している証拠だ。なお、イージーエイトはEのフォネティックコードであるイージーからつけられている。Eのフォネティックコードは本来エコーであるが、第二次大戦時のある中戦車につけられていたコードからの系譜という事でイージーとつけられている。





今回はこの二機について軽く紹介しました。
感想及び誤字報告をお待ちしています。
では、次回も生暖かい目でよろしくお願いします。



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