FRAME ARMS:RESEMBLE INFINITE STORATOS   作:ディニクティス提督(旧紅椿の芽)

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どうも、リンクス復帰どころかレイヴン復帰までしていた紅椿の芽です。



ようやく来月FA:Gフレズヴェルク=アーテルが届くというのに、ヤクトファルクスなんて代物を出してくるコトブキヤに財布を搾り取られております。いいぞ、もっとやれ(錯乱)。



そういえば、アニメ『フレームアームズ・ガール』、最終回を迎えましたね…………あの終わり方は卑怯すぎますよ、コトブキヤさん。二期、やってくれるんですよね(期待の目)。



さて、前置きはこの辺にしておいて、今回も生暖かい目でよろしくお願いします。それと、今回はキャラ紹介と機体解説は行いませんのでご了承ください。





Chapter.34

——二年前、アメリカ合衆国ネヴァダ。

 

「こちらブラスト09、着艦します」

『了解しました。ブラスト09は第二カタパルトより進入してください』

 

任務を終えたエイミーは母艦であるアパラチア級陸上戦艦アパラチアへと帰還していた。戦闘による装甲の損傷は大小問わず見られるが、致命傷には至っていない。アメリカ陸軍第四十二機動打撃群へと所属を移された当初は着艦にも戸惑いを覚えていた彼女であったが、既に三ヶ月が経過した今ではその拙さは消えており、滑らかに着艦する。格納庫へと入ったエイミーは割り当てられているハンガーに自分の機体であるウェアウルフを預ける。圧縮空気が抜ける音とともに、視界は暗くなり、少し涼しげな空気が中へと流れ込んできた。機体から完全に降りた彼女はその場で深呼吸をしていた。

 

(はふぅ…………やっぱり戦闘は疲れますね…………)

 

ヘッドギアも外し、完全に楽な格好へとなった彼女はハンガー横の乗降タラップに腰を下ろした。今回の任務は突出したアント群の殲滅という機動打撃群ではごく普通の任務である。だが、それでも数の暴力というのは肉体的にも精神的にも疲労を一気に貯めていくものだ。何より、極度の緊張状態から解放されたせいか、彼女にはその疲労が何倍にも増して強く感じられた。

 

「どうやら相当きているようだな、エイミー」

「レーア…………まぁ、私は砲撃支援というよりは近接砲撃戦向きの機体に乗ってますからね。疲れるのは当たり前ですよ…………」

 

エイミーはそう言いながら伸びをして体をほぐす。突撃時に僅かに前傾姿勢になる癖が抜けないせいで、体が固まってしまうらしい。彼女自身早くこの癖を治したいと思っているのだが、どうにも治る気配はなく、戦闘後はこうして背伸びをする事が日課とかしているのだった。

 

「まぁ、私も人のことを言えないのだがな…………このところ任務での疲れが中々取れん」

「たまには羽を伸ばしたいですよねぇ…………」

 

疲れが溜まっていた二人は同時に溜息をついた。戦闘というものは想像している以上に疲れが蓄積するものだ。適度にガス抜きをしなければいつかは疲労によって体を壊してしまう可能性だって否定できない。任務開始から三ヶ月が経過した現在、彼女たちは休暇を取る事が可能となっているが、アント群の活動状況がそれを許さない。そう考えると堪えるものがあったようで、二人は再び溜息をついてしまった。

 

「おーおー、二人揃って溜息とは、お前ら相当疲れてんな」

「あ、ドレッド少尉…………!」

 

そんな状態の二人にある男性が声をかけた。彼の名はマーカス・ドレッド、階級は少尉である。年齢は彼女たちより上であり、ましてやエイミーにとっては以前の部隊から同じ部隊に所属している上官である事もあってか、自然と立ち上がって敬礼をしていた。

 

「エイミー、別に敬礼しなくてもいいんだぞ? それと、前々から言ってるけど、俺の事はマーカスで十分。部隊は家族、分隊は兄弟ってよく言うだろ?」

 

硬い感じの挨拶をしてきたエイミーに対して、マーカスはそう軽い感じで返した。エイミーが真面目な人間だって事は彼だって理解している。だが、どちらかといったら軽いノリの方が好きな彼からすれば、もう少し砕けてもいいと思っているのだ。長い付き合いになるんだから早いとこ慣れてほしい——いつまで経っても硬さが抜けないエイミーにマーカスはそう思っていた。

 

「まぁ、エイミーは硬いですからね。仕方ないですよ」

「代わりにレーアは俺のノリにすぐ慣れたみたいだけどな」

「マーカス少尉は前にいた部隊(第八十一航空戦闘団)の連中と同じような感じがしますから、それで慣れたんですよ」

 

一人硬い雰囲気を持つエイミーを余所に、マーカスとレーアの話は盛り上がっていく。別にエイミーがこういった話に全く入り込めないというわけではないのだが、いかんせん硬さが抜けない以上、砕けた話に入るのが少々奥手気味になっていた。マーカスかレーア、そのどちらかか両方かが話にエイミーを引っ張ってこない限り、彼女は一人で悶々としていることになるのだろう。

 

(あぁ…………私もあんな風に彼と話せる日が来るんでしょうか…………?)

 

それでいて自分は自らの力で彼と言葉を交わしたいと思っている。この奥手気味な自分の殻を破って、少し活動的な自分へと変わりたい…………いつもより言葉数の多くなった自分の姿を想像したら、今からじゃ到底想像がつかず、エイミーは思わず笑みをこぼした。

 

「ん? エイミー、なんか面白いことでもあったのか?」

 

その笑みに気がついたマーカスは彼女へと言葉をかけた。まさか声をかけられるとは思っていなかったエイミーは一瞬呆けたような顔になってしまう。そして状況を理解すると、さっきまでの笑みはどこへ消えたのか、彼女はあたふたとしてしまうのだった。

 

「い、いやっ、その…………ち、ちょっと考え事をしていたら…………」

「おーおー、そんなに顔を赤くしちゃって。こりゃ俺が聞いちまったらダメな話っぽいな。なぁ、レーア?」

「そうみたいですね。エイミーもそういう年頃ですから、そういった悩みの一つや二つはあるんでしょう」

「ふ、二人は一体何を考えているんですか!? それと、マーカス少尉! そのちょっといやらしい表情やめてください!!」

 

一体何を想像していたのかはわからないが、エイミーの言う通りマーカスは少しいやらしげな表情をしていた。無理もない。彼らの所属している第四十二機動打撃群は女性の比率が少し大きい部隊である。否が応でもそう言う話は聞こえて来る上に、彼とて健全な男だ。そういった話を聞いてそのような表情になってしまうのは仕方のないことなのかもしれない。だが、その表情もつかの間。すぐに彼は表情を変えた。やっとか、という待ちくたびれたような表情だ。

 

「やっと俺の事を名前で呼んでくれたな…………」

「あっ…………」

 

マーカスに言われてエイミーはようやく気づいた。自分が彼の事を名前で呼んだ事に。長い間名前で呼ぶ事に抵抗を持っていたのに、こうもあっさりと言えてしまった事に、彼女は実感というものを感じていなかった。おそらく無意識のうちにそう出てしまったのだろう。だが、彼を名前で呼んだことは覆らない事実。またもや呆けたような感じのエイミーとは反対に、マーカスは少しだけ嬉しそうな顔をしていた。そして、彼女の頭に手を乗せ、そのままくしゃくしゃと撫でた。

 

「ちょ、ちょっと少尉!? いきなり何を——」

「いや、これでやっとお前と同じ部隊に入れたって思ってさ。少し俺との間に壁感じてたんだよ。本当、手のかかる妹分だ」

 

まー、俺一人っ子だからよくわかんねえけど、と付け加えるマーカス。そのままエイミーに微笑みかける。エイミーも彼にそう言われてしまっては、抵抗する気など起きなかった。むしろこのまま撫でて欲しいと思ったほどだ。

 

「さて、と。それじゃ、景気付けに今日は一杯行くとしようぜ! エイミーが俺の名前を呼んだ記念によ!」

「って、私たちアルコール飲めませんよ!?」

「そこはあれだ、炭酸で我慢だ我慢!」

「本当、フリーダムな人だ…………」

 

格納庫に響き渡るマーカスの笑い声と少し呆れた感じのレーア、そしてマーカスに揉みくちゃにされているエイミー。戦場という平和とは無縁なこの場に、一時の平和は確かに流れていたのだった。

 

◇◇◇

 

「今日も出撃…………最近アントの出現頻度上がってませんか?」

『んな事俺に言われてもな…………奴らの気分じゃねーの? ベガスのバカヤローとアントは気温の上昇と共に活性化する的な』

「なんなんですか、それ…………」

 

あれから一週間。エイミーとマーカスは以前とは違ってかなり言葉をかわすようになっていた。最初はマーカスから言葉をかけるようなことが多かったが、今ではエイミーの方から話しかけるほどだ。しかし、そんな平穏な時間はすぐに無くなる。彼らが展開しているのは大戦勃発以来の激戦区であるネヴァダ降下艇基地。最初に降下カプセルが落着した地点にして、第一次降下艇団の降下艇基地が展開された地域でもある。故に損耗率は極めて高く、毎週新たなる人員が補充されるほどだ。そして、今回もまた彼らに出撃命令が下されたのだった。

 

『ベガスの警察に就職した同級が言ってたんだよ。酒臭いオヤジを相手するのは辛いとか嘆いてたわ』

「…………考えただけで嫌になりそうですね」

 

艦の出撃ゲートで待機している二人はそんな風に雑談をして過ごしていた。出撃まではまだ時間がある。時間を潰す方法など、一度FAに搭乗してしまえば雑談と機体チェックくらいしかないのだ。ましてや既にチェックを終えている二人にとっては雑談が唯一の時間潰しとなっていた。

 

『ブラスト04、ブラスト09、お喋りはそこまでにしておけ。もうすぐ戦闘領域に到達する。ブラストリーダーより各機へ。忘れ物はしてねえな? 間も無く戦闘領域だ。総員気を引き締めておけよ』

『『『イエッサー!!』』』

「い、イエッサー!!」

 

暫くして艦の動きが止まる。戦闘領域ギリギリまで接近したということが、その振動で待機していた皆に伝えられた。同時にゲートが開かれ、砂漠の照りつけるような日差しが差し込んでくるがわバイザーによってそのような突然の変化は和らげられる。砂漠で戦い続ける彼らにとってこれはなくてはならない機能であった。

 

『作戦開始です。ブラスト中隊、アパルーサ中隊、ブルーオスプレイズは順次発艦してください』

 

オペレーターからそう告げられ、隊長機であるウェアウルフ・アベンジャーが発艦して行く。その後も次々と発艦していき、マーカスの番となった。

 

『そんじゃ、俺は先に行ってるぜエイミー。——ブルーパー・セカンド、ブラスト04、出るぞ!!』

 

重量偏向を無視したマーカスの機体——ブルーパー・セカンドはカタパルトによって急加速され、ゲートより飛び立った。通常のブルーパーよりも重量が増しているその機体が空へ飛び上がることに、最初は驚きと疑問を抱いていたエイミーであったが、今ではそれが当たり前であるように思えている。

 

『続いてブラスト09、発艦してください』

「了解しました」

 

待機していたエイミーにも発艦の指示が出される。彼女はそのまま歩みを進め、カタパルトに両足を乗せた。つま先と踵に固定用のフックがかけられる。カタパルトに機体が固定できたことが視界の隅に表示された。射出方向には障害となるものは見えない。ウェアウルフのレーダーもそれらしきものは捉えていない。進路クリア——心の中でそう呟いたエイミーは軽く膝を曲げて体勢を低くした。

 

「ウェアウルフ、ブラスト09、行きます!!」

 

リニアレールによって加速されたカタパルトは、エイミーとウェアウルフに強力な重力をかけていく。身体がその場に置き去りにされるような感覚を感じながら、エイミーの機体は空へと打ち出される。だが、それもつかの間。すぐに重力へと従い、地上へと引きつけられた。砂や小石を巻き上げ、着地したエイミーは履帯ユニットを展開、部隊と合流すべく、移動を開始したのだった。

 

◇◇◇

 

『撃て撃て撃て撃て撃て!! そのまま撃ち続けろ!! 奴らに攻撃の隙を与えるな!!』

『そんな事言われなくてもわかってますよ!! ——ブラスト06、残弾六割!!』

『こんな物量なんて聞いていねえぞ!! こちらアパルーサ08、至急支え——』

『どうしたアパルーサ08!? 返答しろ、アパルーサ08!!』

 

アント側からの攻撃によって引き起こされた戦闘が口火を切ってから早くも三十分が経過しようとしていた。敵はウェアウルフのように装甲を持ってない単なるアーキテクトだけのアント。だが、その物量は現在展開しているアパルーサ中隊とブラスト中隊の二個中隊にブルーオスプレイズの六機を持ってしてでも苦戦を強いられているほどだ。既にアパルーサ中隊では二機、ブラスト中隊から一機がそれぞれ撃破されてしまっている。

 

『なかなかにキッツイ状況になってんじゃねえか、おい!』

「私に言われたってどうしようもありませんよ!」

 

ぼやきながらもマーカスはブルーパーのロングレンジキャノンを放った。左背部に集中配備されたそれは、一発目をたとえ外したとしても、もう一門の砲で確実に仕留められるようになっていた。現に、初弾はわずかに逸れてしまったが、二発目はその胴体を確実に吹き飛ばしている。だが、アウトリガーを展開し、機動力が低下しているブルーパー目掛けてバトルアックスを構えたアントが突き進んできていた。接敵まで残り二十秒——ロングレンジキャノンでの対応は厳しいと判断したマーカスは左脚部にマウントしていたタクティカルナイフに手を伸ばしていた。

 

「邪魔です!!」

 

しかし、それは横から滑腔砲を放ったエイミーによって事なきを得た。装弾筒付翼安定徹甲弾の一撃はロングレンジキャノンでなくとも絶大な破壊力を有しており、その一発でアントの上半身は消し飛んだのだった。

 

『おおう、エイミー、助かったぜ〜。流石にこいつで近づかれちまったらやばいからな』

「それもありますけど、もとより私は遊撃とマーカス少尉の援護が任務ですから。任された以上は任務を果たしますよ!」

 

そう言うとエイミーは両手にロングライフルを展開、両背部の滑腔砲と加えてアント群への攻撃を続けた。それにつられてマーカスもブルーパー・セカンドの右肩に集中配備されたシールドを跳ね上げた。そこから姿をのぞかせるのはグレネードランチャーとミサイルランチャー。

 

『——ファイア!!』

 

左背部のロングレンジキャノンと加えて攻撃を続行するマーカス。その火力は現在展開しているどの機体よりも高く、同時に制圧能力も高いものだった。エイミーとマーカスはその強烈な弾雨をアント群へと浴びせていたのだった。

 

『——全ユニットに通達。これより三十秒後、艦砲射撃を行う。着弾予想地点にいる機体は速やかに移動せよ!』

 

そんな時、彼らの耳には支援砲撃を行う旨の通信が入ってきた。戦況マップを確認すると、自分達が着弾予想地点にいることに気がついたエイミーは履帯ユニットを展開、後退の体勢をとった。

 

『さーて、ずらかるとするか! 援護は頼んだぞ!』

「わかってます! マーカス少尉は全速力で走ってください!」

『へいへい』

 

自分達に攻撃を仕掛けて来ようとするアントだけを叩いて、退路の安全を確保するエイミー。ウェアウルフのように履帯ユニットを装備してないブルーパーは撤退しながら砲撃なんて事は難しい上に、機動力に難があるため、撤退に徹しろと指導されているほどだ。ましてや重量が増しているマーカス機ではそうするのが安全策であり、唯一の手段だった。

 

「着弾予想地点を抜けました!」

『弾着まで残り五秒だ! ギリッギリじゃねえか…………』

 

それから暫くしてアパラチアからの砲撃がアント群へと降り注いだ。アパラチアの主砲である十六インチ砲から放たれた榴弾の破壊力は絶大であり、着弾とともに盛大な砂煙を舞いあげる。非装甲アントに対してはオーバーキルとも取られかねない砲撃は、その後暫く続いたのだった。

 

『相変わらずやべえ破壊力だよな…………巻き込まれたくねえわ』

「同感です…………」

 

何度もこの光景を見てきた二人も、この状況に一種の畏怖にも似た感情を抱いていた。舞い上がる砂煙に混じって、原型をとどめていないアントの残骸も巻き上げられていく。それはまるで力が全てであると物語っているかのようにも思えてくる。実際、これだけの火力を有しているからこそ、ネヴァダにおけるアントの襲撃を幾度とも防げていると言っても過言ではない。

 

『砲撃終了。各機は残敵の掃討をお願いします』

 

爆音が鳴り止んだ後に残されていたのは着弾のクレーターと無数のスクラップだけだった。戦況マップを確認すれば周囲に高脅威目標は存在していない——一応の終結は迎えたのだとエイミーは思った。

 

『残敵掃討っても、残りいねえじゃねえか…………仕事ないってのも考えものだろ…………』

「ですが、これで今回の任務も終わりでしょう…………数の割にはなんだか呆気なかったですね」

『だよなぁ…………いつもならもっと派手に突っ込んできて、より酷え状況になってんのにな』

 

二人は既に戦闘が集結したと思って少し気を抜いてしまっていた。若干、呆気なさを感じてしまっていたが、そういう時もあるだろうと勝手に頭が結論付けていた。だから気がつかなかったのかもしれない、二人の機体が僅かな振動を感知していた事に…………。

 

「ッ…………!? マーカス少尉! 後ろ!!」

『な、何ッ——!?』

 

エイミーがそれに気がついた時、既に手遅れであった。砂の中に隠れていた一機のアントがその手にウォーサイズを構え、その得物は振り向いたマーカスの右胸を貫いていた。突然のことに一瞬頭が真っ白になってしまったエイミーだが、すぐに状況を理解し、そのアントの胴体をロングライフルで穿った。機能中枢を撃ち抜かれたアントはそのまま力なく崩れ落ちる。それにつられてマーカスも片膝をついてしまった。

 

「マーカス少尉!? しっかりしてください!!」

『ぐっ…………上手く…………息し辛え…………な…………』

「容態報告はいいですから!! すぐに救援を呼びます!! だから——」

『いや…………この場には留まれねえよ…………見ろよ、これ…………』

 

マーカスは息が絶え絶えとなりながらも、エイミーに戦況マップを見せた。そこには数を増やし続けていく赤い光点——アントの存在が表示されていた。伏兵がいた!?——エイミーはその事実に気づくが、状況は最悪へと向けて進行し続けていた。救援をこの場で待っていたのであれば、いずれアントにすり潰されてしまうことだろう。

 

「な、ならば一刻も早い撤退を!! 今ならまだ間に合——」

『ばーか…………ただでさえ足の遅いブルーパーに…………この体の俺だ…………逃げ切れやしねえよ…………』

 

マーカスの声には諦めの色が見え始めていた。だが、エイミーにはその手を離すことなど考えられなかった。やっとの事で話せるようになった相手…………それをここで失ってしまうなんて事を彼女はしたくなかった。

 

『ブラスト04だ…………ブルーオスプレイズ…………聞こえてるか…………? 』

「しょ、少尉…………一体何を…………」

『こちらオスプレイ26! マーカス少尉!? 大丈夫ですか!?』

『おぅ、レーアか…………なんとか、な…………とりあえず、ブラスト09の撤退支援を頼む…………』

『…………了解。オスプレイ23とともに向かいます』

『早めに頼むぜ…………こっちはあんまり長く…………ガフッ…………持たねえかもしれねえからよ…………』

 

マーカスは突き刺さっているウォーサイズの柄をへし折り、出血多量でいうことをあまり聞かなくなっている体に鞭打って立ち上がった。装甲の割れ目からは絶え間無く血が流れ出ており、カーキ色の装甲を赤黒く染めていく。視界がブレ、意識と朦朧とし始めている彼だが、ブルーパーのアウトリガーを展開、機体を地面に固定した。

 

「しょ、少尉!? 本当に何をする気なんですか!?」

『見てわかんねえか…………? ちょっとあいつらの、足止めを、な…………?』

 

そう言うマーカスの視線の先にいるのは無数のアント。たとえ火力と制圧力の高いブルーパー・セカンドであってもあの物量の前では非力であることは火を見るよりも明らかだった。

 

「無茶ですよ!! 少尉は死ぬ気なんですか!?」

 

エイミーのその言葉にマーカスは返事をすることはなかった。いや、できなかったと言った方が正しいのかもしれない。薄れゆく意識の中、彼はバイザーを下ろし照準を合わせていたのだ。今もてる集中力をそちらに注いでいる以上、他の行動をとることはできない。右肩のシールドが跳ね上げられ、ブルーパーの特徴でもあるロングレンジキャノンが展開された。

 

『オスプレイ26、23に先んじて到着しました。これよりブラスト09の撤退支援に当たります』

『とりあえず来たのはお前だけか…………まあいいか。殿は俺が務めるから、お前らはさっさと撤退しろよ…………』

 

二人の元に到着したのはレーアだった。彼女の到着を確認したマーカスは自らが殿として動く事を二人に伝えると、展開していた砲門の全てを放った。強力な衝撃が彼の衰弱した体を襲い、一瞬意識が飛びそうになってしまうが、機体側によるブラックアウト防止機能が働き、コネクタから電流が流れた為、激痛を伴ってだが意識を失うことはなかった。

 

「ま、待ってください!! 少尉は…………少尉はどうするんですか!?」

『言っただろ…………殿だって…………残弾も心元ねえな…………レーア、早くそいつを連れて行け…………!』

『…………了、解…………っ!』

 

マーカスからの指示を受けたレーアはエイミーの左腕をホールドして、その場から離脱しようとする。だが、いくら推力を強化されたE型のスティレットであっても、重装備のウェアウルフを持ち上げていくことはできない。

 

『済まない、遅れた! オスプレイ23だ! 俺はどうすればいい!?』

『オスプレイ23はブラスト09の右腕をホールド! その後、一気にこのエリアを離脱する!』

『了解した!』

 

遅れて到着したオスプレイ23はレーアからの指示を受け、エイミーの右腕をホールドした。ホールドを確認した二人は同時に主機の出力を上げていく。辺り一面に砂埃を舞上げ、ゆっくりとだが加速していく。

 

「レーア! 待ってください! まだ、少尉が…………マーカス少尉が残ってます!! いくら殿とはいえ、私は…………ッ!!」

『——済まない。エイミー、許してくれ…………』

 

レーアがそうエイミーに謝罪の言葉を述べた直後、二機のスティレットは一気に出力を上げ、ウェアウルフを低空まで引き上げながら、今の場所から離脱しようとする。次第に遠ざかるカーキ色の背面装甲。ウォーサイズによって背中まで貫かれていようとも、仁王立ちで戦い続けるその後ろ姿へとエイミーは手を伸ばしていた。

 

「少尉…………っ! マーカス少尉…………っ!」

 

攻撃を受け、体勢を崩すブルーパー・セカンド。成形炸薬弾が着弾したのか、装甲が弾け、一部アーキテクトがむき出しとなってとなお火砲の唸り声は止むことがない。傷ついていく彼の姿を掴もうとするも、エイミーの手は空を切るだけだった。そんな時、エイミーのウェアウルフに通信が入った。ノイズ混じりでよく聞こえないが、今の彼女の耳にははっきりと聞こえてくるものだった。

 

『——…………聞こ…るか…………? 済ま…えな…………でも、お前…組めて、良かったぜ…………ゴフッ…………ありがと、よ…………エイミー…………——』

 

命の灯火が消えかかっているにもかかわらず、死力を尽くして任を全うしようとしているマーカスからの通信を受けたエイミーは言葉が出なかった。何か返答をしなければならない…………大切な人の最後なら、せめて自分の言葉でお礼を伝えたい——そう思って口を開こうとした彼女だったが、結局その口から言葉とした言葉が出てくることはなかった。

 

「あ、あ、あぁっ…………あぁぁっ…………!!」

 

彼女の瞳に映ったのは——幾多ものアントに胸を貫かれ、両腕を力なく垂れ下げ、崩れ落ちていくブルーパー・セカンドの姿だったのだから…………。

 

「あぁっ…………あぁぁっ…………! あぁぁぁぁぁぁぁ…………っ!! マーカス少尉ぃぃぃぃぃぃぃぃ——ッ!!」

 

その直後のことだった。エイミーの戦況マップに表示されていた[M38 UNIT201]の光点がその光を失ったのは…………。


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