FRAME ARMS:RESEMBLE INFINITE STORATOS   作:ディニクティス提督(旧紅椿の芽)

32 / 46



どうも、時間にゆとりのない生活を送っている紅椿の芽です。



そういえば、ゼルフィカール/NEの予約が開始されましたね。無論、私は即決で予約しましたよ。おかげで財布の中が氷河期へと突入するという…………多々買いは辛い。しかも、まだブルーイーグルすら完成してない為、積みが加速していくという悪魔のメカニズム。夏休みには作り切れるとイイナー(遠い目)



さて、投稿間隔が不定期となっている作者の事は置いておいて、今回も生暖かい目でよろしくお願いします。





Chapter.32

学年別トーナメント前日。一年生にとって初の公式戦となる一大イベントが差し迫る日となった。とはいえ、練習を行っている者はいない。現在、全アリーナが明日の試合に向けて最終調整を行っているため、訓練に使用する事ができないのだ。一週間に渡って行われるトーナメント戦なのだから、調整には少しの歪みも許されないのだろう。故にアリーナ周辺は立ち入りまで制限されている。それを残念がる者もいれば、明日に備えて体調を整えると割り切っている者もいるけどね。

 

「流石一大イベントだけあって、緊張感が漂っているな」

「まぁ、それは仕方ないでしょ。確か、このトーナメントって外部からも人が来るみたいだし、上手くいけばスカウトも来るようなものみたいだからね」

 

ちょうどその付近を散歩していた私とラウラは調整の為に閉鎖されている第二アリーナを横目で見ながらそう思った。今日は調整日ということも兼ねて休日となっている。だからこうして午前中から堂々と散歩なんてのんびりした事ができるのだ。あ、別に今日の軍務をサボってるわけじゃないからね。少しくらい息抜きしておかないと、そのうち壊れちゃうもん。

 

「将来のアテができるとしたら、それは必死になるのは当たり前か。そんな事をしなくても軍ならいつでも歓迎するのだがな」

「いやいや、それどこの就職氷河期!? …………確かに軍なら雇ってくれるかもしれないけど、死と隣り合わせの職場にそうやすやすと入ろうとする人なんてあんまりいないと思うよ」

「最初は飯炊きからやらせようとは思ったんだが…………」

「それ、既にIS関係ないよね?」

 

まぁ、炊事係なら死ぬなんてことはないか。とはいえ、この学園をでてプライドが高くついてしまった人に炊事係を任せるとか…………その人完全に嫌気がさして辞めてしまうかもしれないんだけど。しかし、昨今のIS業界ではIS操縦者がモデルやら俳優やらをする事も多く、しかも本職のそれらよりも人気があるそうだ。尤も、お姉ちゃんは『そんなものにうつつを抜かしている暇があったら、模擬戦の一つや二つをやれ』と言いそうだけど。暗に部を弁えろって言ってるのかもしれない。まぁ、私たちの場合、不用意に手を出そうものなら首が飛ぶ世界だから、それに関してなら嫌という程知ってるよ。

 

「だが、IS業界がいくら稼ぎがいいとはいえ、その倍率は凄まじいことになっている。しかも、その他の企業であっても大半の枠を女性が斡旋してるそうだからな…………」

「…………男性陣の方が就職氷河期じゃん。既に世紀末なように思えて来るんだけど」

「その影響かはわからんが、軍の志願者が増えたがな」

 

それ、完全に行き場がなくなったからいきました的な感じがしてやまないんだけど…………それでも貴重な戦力であることに変わりはない。どこもかしこも、戦力は常に欲しているからね。大戦勃発から二年余り、未だに終戦の兆しが見えない以上、軍の志願者は増えていくのかもしれない。そして、人知れず命を散らしていく…………本当の意味でこの世界は世紀末なのかもね。どこへ向かっているのかわからないという意味では。

 

「まぁ、それはいいとして、ラウラは明日使用する模擬弾の調達は済んだの? 私は前から使っているやつの残りを使うけど」

 

一旦この暗い話題を切り上げ、明日の試合について話を持ち出した。実弾兵器が全てを占めている私たちの場合、リミッターをかけるというよりは模擬弾等の弱装弾を使うしかない。おまけに中身は炸薬とかじゃなくてペイント弾だからね。前の秋十みたいに粘着性マーカーペイントジェルがまとわりつくかも知れないけど、破壊するということにはならないみたいだし、ペイント弾でも十分ISのシールドエネルギーを削る威力があるそうだ。…………それを平時の訓練に用いてきた私達って何気危険と隣り合わせだったのか…………榴雷の装甲が頑丈でよかったよ。

 

「ああ。こっちに来るとき、大量のペイント弾を持ち込ませたからな。ただ、あのデカブツ(叢雲)の使用は禁止とのことだ」

「…………まぁ、榴雷のロングレンジキャノンを超える弾速と射程に威力じゃ使用制限もかかるに決まってるでしょ」

 

ラウラはそう言ってなにやら不本意そうな顔をしていた。ラウラの言うデカブツというのは百拾式超長距離砲[叢雲]のことだ。元はと言えば月面から飛来する降下艇団を迎撃したり、降下艇基地から飛ばされる射出カプセルを撃墜するために作られた高射砲。その破壊力は前回襲撃を受けたときに存分に見せてくれたよ…………後でログを見せてもらったら、一撃でアント数体が消し飛んでたし、さらに貫通して地面を抉るし、ヴァイスハイトに至っては四肢を残して消え去ってたよ…………これなんてオーバーキル? 叢雲も榴雷のロングレンジキャノンと同じ電磁投射砲だけど、全てにおいて向こうの方が上だ。だから、実戦以外での使用は厳禁となった模様。…………むしろそれでよかったのかも知れない。そうじゃなかったら、アリーナで大惨事が起こる。だって、榴雷のロングレンジキャノンがシールドバリアを突破した事があるんだから、叢雲なんて絶対防御すら突破しそうだしね。

 

「そうは言われてもな…………これでは決定打となるものが連装リニアカノンしかないぞ」

「…………その時点で既に火力は私と同じだって気づいて。それに私だって今回はリボルビングバスターキャノンを控えるつもりだから」

 

流石にロングレンジキャノンを封印するのは、榴雷としてのアイデンティティを失う事になるからしないけどね。それでも、割とお気に入りの武装であるリボルビングバスターキャノンを使わないってのは結構痛い。セレクターライフルはなんだかんだでハウザー形態でしか使ってないし。てか、イオンレーザーライフルも火炎放射器も、運動エネルギー弾頭ミサイルも癖が強すぎる。そもそも、火炎放射器なんてアントに通用するのかどうか不安に思えてくるよ。

 

「そうなのか? それにしたってお前の機体は各所にミサイルを搭載しているのだろう? 私の場合、搭載しているのはリアクティブアーマーだぞ?」

「格納している武器、殆ど重火器でしょ。それで十分じゃないの?」

「むぅ…………確かにそれはそうだが…………」

 

ラウラはやはり納得がいかないようだ。いやいや、納得してよ。第一、輝鎚の弾薬搭載量、榴雷のそれより多いんだから。しかも、大口径ライフルとかが標準装備なんだから火力は十分あるでしょ。

 

「…………まぁ、丁度いいハンデと考えるか。それに、武装が全ていつも使えるとは限らんしな」

「そういう状況を想定した訓練と思ってやればいいと思うよ」

 

ラウラは渋々といった感じだが、漸く納得したようだ。その様子を見てると、身長の小ささも相まって子供っぽく見えてしまう。まぁ、私がいうのもなんだけど。というか、少佐相手にこんな事を思っていいのかと不安になる。

 

「そういう事となればお互いベストを尽くすとしよう。背中はお前に預けるぞ」

「了解しましたよ、少佐殿。私の背中はお願いしますね」

「うむ。任せておけ、中尉」

 

そう言って不敵な笑みを浮かべてくるラウラ。互いに信頼しあってなきゃ連携攻撃なんてできないからね。それに、榴雷以上に装甲が頑丈な輝鎚が前面に出てくれるなら私も安心して支援砲撃ができるし。ただ、あの機体の名前、ブルーイーグル並みに長いんだよ。シュヴァルツェア・ハーゼ…………確かラウラ曰く、意味は黒兎だっけ? でも、あの装備を見たらどれだけ獰猛な兎なのって思ってしまう。

 

「では、一旦散歩は切り上げて作戦会議に入るとでもするか」

「そうだね。それじゃ——」

 

お茶でも飲みながら話し合おう、と言おうとしたときに榴雷へ通信が入った。頭部の通信ユニットのみを展開し、同時にヘッドギアも装着される。通信を確認すると、この信号は…………緊急通信…………!? 送信先は[M32type5 AS]…………コールサインはグランドスラム08…………まさか! 私は急いで回線を繋いだ。

 

「悠希! 何があったの!?」

『やっと通じた。あー、一夏、そっちに降下艇基地から射出カプセルが飛んでった』

 

◇◇◇

 

遡る事、数十分前——

 

(ちっ…………数が多いな…………)

 

もう何機目になるかわからないアントへバヨネットを突き刺し、至近距離で銃弾を叩き込む悠希。館山基地には再びアントの群れが襲来していた。既にライドカノンを撃ち切り、近接戦闘を行なっている彼だが、ショットガンの弾も残りわずかとなっており、非常に厳しい戦闘を強いられている。

 

『くそ…………! 何も二陸攻(第二陸上攻撃隊)がいない時に来るかよ、普通…………!』

 

近くで戦闘を行なっている第一陸上攻撃隊のぼやきが通信を介して悠希へと伝わってきた。このところ睦海降下艇基地のアント群には動きがなく、代わりにカムチャッカ降下艇基地方面のアント群が活性化してきたため、第一陸上攻撃隊は現在稚内基地へと派遣されている。故に戦線を構築する人員が足りておらず、彼らは厳しい戦いを強いられていた。いくら素体のアントが多い構成とはいえ、その数は連隊規模(108機)。数の暴力の前では、いくら練度の高い彼らとはいえ苦戦してしまうのだった。

 

(…………ぼやいていたって数が減るわけないじゃん。次)

 

また一機、胸を貫かれて沈黙するアント。彼の背後には幾多もの残骸が転がっていた。しかし、それでも敵機の数が減る気配は一向に見えない。

 

『グランドスラム01よりグランドスラム08。そっちはどうなってんだ?』

「こちらグランドスラム08。どこを見てもアントしかいないよ。それと、弾切れ寸前」

 

直後、漸雷のセンサーが後方より接近するアントの姿を捉えた。悠希は各所に配置されたエクステンドブースターを使い急転換、構えていたショットガンを放った。ショットガンから放たれた対装甲散弾は関節部や単眼センサーを破壊し、アントの機能を喪失させた。同時に空になったマガジンが強制排除される。あ、最後の一発だったんだ、あれ——残弾の尽きたショットガンを格納し、ひとまずタクティカルナイフを展開し戦闘を継続しようとする。だが、いくら超硬度タングステンを刀身に採用しているとはいえ、本来補助兵装であるそれを使ってどこまで持つのか不安に思ってしまう。

 

(ナイフで殺しきれるか…………? いや、流石にこれじゃ殺しきれない…………使いにくくても、アレ(日本刀型近接戦闘ブレード)持って来ればよかった…………)

 

逆手持ちにナイフを構えたものの、一気に接近して重撃を叩き込むといういつもの戦闘スタイルが取れないことに歯がゆさを感じる悠希。だが、そんな事を言っていられる余裕などない。残り僅かなダブルバレルガンの残弾を確認したのち、再びアントの群れの中へと突き進む。

 

「邪魔」

 

進路上にいたアントにバヨネットを突き刺す。装甲を持たないアントにとっては致命的な一撃であるが故、そのまま各部の力を失う。その残骸を振り払い、飛びかかってきた猿型アントの頭部に銃弾を叩き込む。ハンドガンとしては大型の部類に入るダブルバレルガンの一撃を食らったアントの頭部はザクロのように飛び散った。直後に鳴り響く後方警戒のアラート。

 

「うざい」

 

同じように飛びかかってきた猿型アントを逆手持ちにしたナイフで切りつける。だが伝わって来る手応えは軽かった。そう感じた瞬間、悠希は右足のエクステンドブースターを全開、回し蹴りを叩き込んだ。漸雷も轟雷ベースであるため、脚部の装甲はがっちりと固められており、その装甲の塊をぶつけられたアントは派手な音を立てて残骸の中へと潜り込んでいく。だがそれでも機能を停止したわけではない。トドメを刺そうと悠希はダブルバレルガンを放とうとする。だが、弾は出ない。

 

「ちっ」

 

弾切れと判断した悠希は右手に構えていたナイフを投擲した。投げつけられたナイフは吸い込まれるようにアントの頭部に直撃、敵はその場に沈黙した。それでも、幾多もの敵内の一つでしかない。周囲には街灯に集まる虫のごとく、無数の敵が存在している。しかし、この状況は悠希にとって厳しいものだ。残弾もなく、近接武装であるタクティカルナイフも先程投擲してしまった。残されているのはダブルバレルガンに取り付けられているバヨネットナイフのみ…………正直、これだけで乗り切れるような状況でないことだけは少々頭の悪い悠希でもわかった。

 

(さてと…………どうしようか…………って、一回撤退するしかないじゃん)

 

それでも、戦わなければ生き残れない。悠希は残されたバヨネットを構え、撤退行動をとる。牽制射撃ができないというのはかなり痛いところではあるが、補給を受けなければ戦闘継続は不可能だ。

 

「グランドスラム08よりグランドスラム01。隊長、弾が切れたから一回撤退する」

『了解した。今援護の機体を送る。しっかりと戻ってこいよ』

「了解」

 

中隊の指揮を執っている浩二から護衛機がつく事を知らされるが、悠希との距離は遠い。だが、撤退を援護してくれるかのように付近には砲撃が降り注ぐ。それによってアントは足止めを食らった。

 

(今しかない、な——ッ!!)

 

この好機をのがすまいと、悠希はエクステンドブースターを全開にし、一気に基地の方へと突き進んだ。目の前に広がるのは残骸の山。最小限の動きで障害物を避けていく。そんな時、再び鳴り響く照準警報——後方警戒のアラートが表示される。

 

「しつこいな…………」

 

しかし、ろくな攻撃手段を残されていない悠希にとって、後方から迫り来るアントはかなりの脅威である。放たれる銃弾を避け、最短の経路で向かってはいるものの、状況は最悪であることに変わりはない。

 

『悠希、右に進路を取れ!』

「わかった」

 

突如として入ってきた通信の指示通りに進行方向を右へと逸らす悠希。直後、接近していたアントは無数の銃弾に穿たれ、その場に崩れ落ちた。

 

「護衛機って明弘の事だったんだ」

「ああ。全く、いつもいつも無茶しやがって…………」

 

悠希の元へやってきたのは輝鎚のバリエーション装備を全て取り付けたかのような輝鎚——明弘の機体だった。その手には未だ硝煙の立ち上る専用ライフルが持たれており、背部には今までの連装砲ではなく、大型のガトリングアームが接続されている。日に日に筋肉ゴリラと化してきている——悠希はふとそんな言葉が思い浮かんだ。そんなマイペースな悠希とは反対に、明弘はなにやら呆れたような声をかけていた。無理もない。共に戦線を構築していた第二陸上攻撃隊は補給の為、順次撤退と復帰を繰り返しており、頭数が減った分を悠希が片付けていたのだ。

 

「無茶でもしなきゃやっていけないでしょ」

「そいつはそうだがな…………死んだら元も子もねえだろ」

「まぁ、死んだら隊長に地獄の果てまで追いかけられるだろうね」

 

悠希は近くに落ちていたハンドガンを拾い、アントへ向けて放った。火器管制システムが武装データを読み込んでからすぐの事だった。放たれた銃弾は単眼センサーを破壊し、その機能を黙らせる。だが、すぐに鳴り響く虚しい音。俺、貧乏クジでも引いてる?——先程から直ぐに弾切れを起こしている悠希はそう思った。

 

「とりあえず、この武器でも持っておけ。しばらくは持ってくれるはずだ」

 

明弘は左手に構えていた専用ライフルを格納し、代わりにある武装を取り出した。機関部から伸びる長大な槍が特徴的なその兵装はバタリングラムという。それを受け取った悠希は感覚を確かめるように軽くふるってみせた。

 

「うん。これなら——殺しきれる」

「お、おいちょっと待て!? その状態で行くのかよ!?」

「え? 推進剤がまだ六割も残っているんだから当たり前じゃん。それに、残りもだいぶ減ってきたし。それじゃ、隊長によろしく」

「ま、待て——」

 

明弘の制止を振り切った悠希は再び敵陣へと突入して行く。その直前にバトルアックスを構えたアントへ接敵した。

 

「邪魔」

 

加速を緩める事なく、バタリングラムを片手で叩きつけた。その攻撃をもろに受けてしまったアントは機体を大きくひしゃげさせて崩れ落ちる。どうやらあの細身な形状とは裏腹に相当な強度を有しているようだ。「切る」よりは「突き刺す」「叩きつける」といった方が得意な彼にとってはこれほどまでにない武装である。

早々に一機目のアントを撃破した悠希の前に、今度は本隊から逸れたと思われるコボルドが現れる。砲弾の直撃でも受けたのか、右半身は半壊しており、右腕は完全に失われていた。だが、それでも左腕のビーム・オーヴガンは健在であり、漸雷程度の装甲ならば容易に撃ち抜かれてしまう。銃口を悠希へと向け、コボルドは桃色のビームを放った。

だが、悠希は近くに落ちていたシールドの残骸を拾い上げると、それをコボルド目掛けて投げつける。投げつけられた残骸とビームが交錯し、ビームは霧散した。同時に残骸も融解し、残っていたリアクティブアーマーが起爆したのか、爆発が起こる。コボルドはそれから頭部センサーを守るように左腕で覆うが、それは悪手だった。

直後、鳴り響く金属を突き破るような音。懐まで潜り込んだ悠希はバタリングラムをコボルドの腹部へと突き刺し、背中まで貫いてた。機能中枢を破壊され、コボルドは頭部センサーから光を落とした。力なく垂れ下がった腕を確認した悠希はバタリングラムを振るい、その残骸から得物を引き抜いた。

 

(周囲に敵影は無し…………後は向こうに任せるか)

 

レーダーマップを確認しても、自機の周囲には敵性反応は一つもない。目に映っているのは残骸だけだ。自分の担当するエリアは掃討が完了した事を確認した悠希は今度こそ補給の為、撤退する事にした。そんな時だった。

 

(ん? なんだろ、あれ…………?)

 

遠くに見える睦海降下艇基地から何かが飛び出したかのように見えた。光が見えたかと思ったら、伸び立つ白い白煙がいくつも見える。おそらくあれは射出カプセルであると悠希は判断する。そして、それらが向かう方向を考えると、非常にまずい事態になったと悠希は思った。事態は急を要する——頭の中では直ぐにでも上官である浩二に伝えなければならないと思っている。だが、それよりも体の方が早く動いたようで、緊急回線を開き、ある機体へと送信した。数度のコール音が鳴るが、一刻も早くこの非常事態を告げなければならないという使命感が、彼に僅かな焦りを生み出していた。

 

『——悠希! 何があったの!?』

「やっと通じた。あー、一夏そっちに降下艇基地から射出カプセルがに飛んでった」

 

◇◇◇

 

「射出カプセルが飛んでいったってどういう事!?」

『詳しくはわからない。ただ、方向的にそっちに向かってるのは間違いない』

「方角は!?」

『そっちから見て北東。数は不明』

「…………わかった。報告ありがとね」

 

私はそう言って通信を切った。僅かにだけど、悠希の声に混じって砲声が聞こえてきたから、向こうも戦場と化している。となると、こっちにもアントが流れてくるかもしれない…………って、今はそれどころじゃない!

 

「ラウラ! 直ぐに機体を展開して! 非常にまずい事態になったよ!」

「お、おう! しかし、何が起きたんだ?」

 

私達は自分の機体を展開させる。私は榴雷を、ラウラはシュヴァルツェア・ハーゼを展開し、その手にはリボルビングバスターキャノンと叢雲という得物を構えていた。

 

「どうやらこっちに睦海降下艇基地からの射出カプセルが向かってきているみたい…………何が搭載されているかわからないから迎撃しなきゃ」

「そういう事だったのか…………了解した。一夏は全員に召集と教師に避難命令の発令をするよう伝えてくれ」

「了解!」

 

ラウラはそう言うと叢雲の砲口を無理やり上の方へと向けた。バイポッドもあるけど、短くて長さが足りてないようで、現在は畳まれたままだ。一度、迎撃はラウラに任せて私は全機へ通信を繋いだ。

 

「グランドスラム04より各機へ! 現在、アント群が学園島北東より接近中! 至急集合されたし! 繰り返す! アント群が接近中! 至急集合されたし!」

『スレイヤー24、了解した!』

『ブラスト09、了解です!』

『オスプレイ26、了解だ!』

『フェンサー15、了解ですわ!』

『バオフェン05、了解よ!』

『え、えっと、こちらシャルロット、わ、わかりました!』

 

幸いにも全機体の回線がオンラインになっていた為、早く集めることが出来そうだ。

 

「集合地点は私のマーカーがあるところ! 交信終わり、以上!」

 

速やかに通信を終えた私は再び射出カプセルが飛んでくる方向へと向き直った。頭部の照準用バイザーを下ろし、ロングレンジキャノンとリボルビングバスターキャノンを構え直す。射出カプセルの迎撃なんてしたことがないから自信なんて無いけど…………それでも私達がやらなきゃいけない。被害を最小限にとどめるためにも、これ以上誰かを失わないようにするためにも…………そう思うと、リボルビングバスターキャノンのフォアグリップを握る手に力が入った。

 

「射出カプセルは全部で六つ…………やるぞ、一夏!」

「了解——ッ!」

 

有効射程内に射出カプセルが到達したことを確認した私はロングレンジキャノンとリボルビングバスターキャノンを同時に放った。装填していたのは装甲目標に対して有効なAPFSDS。三発の砲弾が同時に射出カプセルへと着弾したのが見える。だが、内部への損傷が小さかったのか、破壊までに至ってない。

 

(やっぱり硬いか…………っ!)

 

射出カプセルは質量弾としても運用されているのかはわからないけど、大気圏突入も可能なほど重厚な装甲を持っているって訓練時代に教えられたことを思い出した。直様砲弾の再装填を済ませた私は三発それぞれの発射タイミングを僅かにずらして放った。ロングレンジキャノンにはさっきと同じAPFSDSを装填したけど、リボルビングバスターキャノンには成形炸薬弾を装填した。射出カプセルへAPFSDSで穿孔し、成形炸薬弾で内部から起爆させるという算段だ。弾速の速いAPFSDSが着弾してから数瞬後に成形炸薬弾が同じ位置へ着弾する。その直後、私が攻撃を続けていた射出カプセルは爆散した。漸く一つ…………だけど、まだ射出カプセルは残っている! 幾多も砲弾を放つが、残りはどれもこれも硬すぎて弾かれてしまっている。このままじゃ、落着阻止限界点に到達してしまう!

 

「ラウラ! そっちの撃破数は!?」

「こっちはなんとか二つだ! それよりもまずい! もうじき落着阻止限界点に近いぞ! あいつらはまだ来ないのか!?」

「もうすぐ来ると思うけど、間に合わないよ! ——落着阻止限界点、突破します!!」

 

残された三つの射出カプセルが落着阻止限界点を超えてしまった。こうなってしまえば、たとえ撃破したとしても、中の物が出てきてしまう。中身がわからない以上、地表付近での撃破は適切ではないと私もラウラも判断していた。そして、射出カプセルはゆっくりと地表に落着する。同時にカプセルのハッチが開いた。大型爆弾の類ではなかったことに安堵する私だけど、直後に鳴り響いた照準警報がそんな余裕を一瞬にして消し去っていった。本能的にショックブースターを使ってその場を飛び退くと、二発の砲弾が超音速で突き抜けていった。今の弾速は…………レールキャノンクラス…………まさか…………。

 

「無事か!?」

 

着地の際に体勢を崩した私に、ラウラが焦った声で呼びかけてきた。幸いにもどこにも被弾はないし、そこまで大きく体勢を崩したわけでもないから、リボルビングバスターキャノンを支えにして体勢を立て直した。ショックブースターか無かったら多分確実に撃破されていたよ…………。

 

「う、うん、間一髪だったけどね…………でも、今の攻撃って——」

 

レーダーマップには多数の赤い光点が表示されている。私は砲弾が飛んできた方へと顔を向けた。そこにはカプセルから出現している多数のコボルドを従えているFAの姿があった。重装甲で重装備な機体だけど、あれはどう見てもヴァイスハイトなんかじゃない。白くのっぺりとした感じの頭部に、右肩にマントのように積まれている二枚のシールド、そしてこちらに向けられている左肩の二門ある主砲…………レイアウトとか頭部とかは違うけど、大体は似ている…………というか、そのままだ。

 

(な、なんで…………)

 

目の前で起きていることが信じられずに、私は思わず言葉を失ってしまった。だ、だって、今の私達の前に姿を現した機体は——

 

(なんで榴雷が向こうにいるの——ッ!?)

 

——私がずっと乗り続けている機体である、榴雷そのものだったんだから…………。[XFA-01 UNIT201]と新しく型式番号を与えられ、漆黒に身を染めていた榴雷三機は、私達に敵意がある事を示すかのように、特徴的なバイザーの奥に隠されたラインアイを禍々しく光らせたのだった。







機体解説

M48typeG/SH シュヴァルツェア・ハーゼ

M48 グスタフ(輝鎚)のドイツ仕様機をドイツ軍特殊作戦群『シュヴァルツェ・ハーゼ』向けに改造を施された機体。ベースはM48type2(輝鎚乙型)としており、全身には対光学兵器として冷却ジェルを充填されたリアクティブアーマーを装備している。また、背部には降下作戦に対応したパラシュートパックを取り付けるアタッチメントが増設されている。頭部は大きく改造が加えられており、甲型と丙型の特徴を併せ持ち、かつ広範囲索敵能力を持つセンサーブレードが取り付けられ、ウサギのような外観をしている。その特徴的な頭部と、操縦者であるラウラ・ボーデヴィッヒ少佐の戦績もあってか、『獰猛な黒兎』と称される事もある。



[M102機関砲 ヒビキ]
日本での名称は[百二式機関砲 火引]。大口径機関砲であり、輝鎚シリーズの主兵装である。本機はこれを二丁装備している。

[二連装リニアカノン]
携行式電磁投射砲。連装化することで発射レートを上げたが、排熱に問題点があり、一定時間の射撃後、排熱フィンを展開させる必要がある。

[M110狙撃砲 ムラクモ]
日本での名称は[百拾式超長距離砲 叢雲]。本来は降下艇基地への砲撃や、射出カプセルを迎撃するための高射砲。電磁加速による大口径砲弾は圧倒的破壊力を誇るが、現状扱えるのはペイロードに余裕のある輝鎚シリーズのみとなっている。

[ユナイトソード]
輝鎚の全高ほどもある大剣。柄付近のブースターによって加速する事で破壊力を高めている。分解する事でショートソード、バトルアックス、グレイヴとして運用する事も可能である。





今回はラウラの乗機であるシュヴァルツェア・ハーゼの紹介でした。誰かこのヘビーな機体の再現してくれませんかねえ…………(願望)
感想及び誤字報告をお待ちしています。
ではまた次回も生暖かい目でよろしくお願いします。



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。