FRAME ARMS:RESEMBLE INFINITE STORATOS   作:ディニクティス提督(旧紅椿の芽)

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ステグマzzzz様、評価を付けていただきありがとうございます。



どうも、艦これアーケードに手を出して見事沼に突っ込んだ紅椿の芽です。



このゴールデンウィーク中に榴雷・改を買い、さらにアーキテク子を買ってしまい、財布の中が寒くなりました。ま、まずい…………まだセレクターライフルも買ってないというのに…………下手すると生活費ががが。



と、コトブキヤの沼にはまった作者は置いておいて、今回も生暖かい目でよろしくお願いします。


Chapter.30

シャルル・デュノア——もといシャルロット・ドッスウォール・デュノアの素性が発覚した翌日、丁度よく休日であった為彼女は外出の許可を取りに事務局の方へと来ていた。IS学園において外出する際はいかなる場合であっても許可を得る必要がある。IS操縦者の候補生である彼女らは厳重な管理下に置かれており、不用意な外出は脱走行為、又は機密情報漏洩、スパイ行為として疑われる可能性が高まる。その為、素行の悪い者であろうと品行方正な者であろうと、正規の手続きを経て許可を得なければ、学外へと出る事は許されざる行為なのだ。故に、学園内では未だに『第二の男性操縦者』と持て囃されている彼女も同様に許可を得なければならない。尤も、こちらの場合は男性操縦者という貴重な存在を保護するという意味合いも強いのだろうが。

 

「では、これで書類手続きは完了です。では、良い休日を過ごして来てくださいね」

「はい。ありがとうございます」

 

最後の書類手続きを済ませたシャルロットは外出許可を得、事務局を後にした。一応、自分は男という事で通っている。昨日、偶然であったとはいえ、素性がバレてしまったのだ。彼女はまたバレてしまうのではないかという恐怖に内心怯えていた。だが、結果として乗り切ることができた。事務局を出た彼女はその緊張から解放されたせいか、大きく息を吐き、胸をなでおろした。

 

「余程緊張していたようだな」

 

投げかけられた言葉に彼女はその方向を向く。其処には、国防軍の制服に身を包んだ箒の姿があった。赤を基調とした、まるで武士が着る陣羽織を連想させるような制服を初めて見たシャルロットは一瞬戸惑ってしまう。同時に、日本の軍人はやはりサムライなのではないかと間違った考えを抱いてしまったのだった。

 

「えーと、箒、だよね…………?」

「他の誰に見えるんだ?」

「いや、だって…………ものすごくサムライみたいな格好してるからさ…………」

 

シャルロットにそう言われて、箒は少し眉間の間を押さえてしまった。そう言われる事はあちこちの部隊や基地を渡り歩いて来た為、別段慣れてはいる。だが、毎度毎度のように言われてしまってはいい加減飽きてくるものだ。唯一何も言わなかったのが一夏くらいである。

 

「…………これが私達の部隊の正装だからな。仕方ないのだ。部隊の性質上、他の部隊の士気を高める他にも規律を守らせる為の威圧感を与えるという意味合いもある。それ故のこの姿なのだ」

 

箒の所属する第零特務隊は標準的な戦闘の他、軍警察、内偵、挙げ句の果てには他部隊の指揮官の補佐とオールラウンダーな部隊である。そのような中において、自らが人柱とならなければならない事案も多々発生する。彼女らの制服とは自らの存在を誇示すると共に、他の者の士気を上げ、公正さに欠ける者を威圧するという意味を担っているのだ。故に、かつてその役目を担っていた武士へ尊敬の念を込め、この姿へとなったのである。箒自身はこの事は理解している、話したところでシャルロットに理解できるか怪しいと判断した為、彼女なりに簡略化して伝えたのだった。

 

「…………今の話を聞くにもしかして、箒って憲兵の人だったりするの?」

「本職ではないが、私の階級なら基地の警邏隊を指揮する事は可能だぞ」

「いや、それもう完全に憲兵でしょ!?」

 

箒の隣を歩くシャルロットは露骨に彼女から距離を取ろうとする。無理もない。いくら事情を知っているとはいえ、隣にいる人間が憲兵のような者であると知ったら、捕まり、尋問にかけられることを恐れるはずだ。現に彼女は箒へと少し恐怖の目を向けてしまっている。それを見た箒はため息をついてしまった。

 

「露骨に避けるな。心配しなくても、今回はお前を大使館まで連れて行く護衛としての立場にある。尋問にかけるような真似は余程のことがない限りしないさ」

「最後の言葉で一気に不安になったんだけど!? もしかして…………尋問とかしたことあるの!? どうなの!?」

「それ以上は機密事項だ」

 

結局の所、シャルロットは隣にいる護衛が尋問した経験がある事を悟ってしまった。もしかすると自分も同じような目にあうのではないだろうか、そのような不安が彼女の頭の中を駆け巡る。

 

(本当に…………信じてもいいのかな…………?)

 

若干不安になりつつあるシャルロット。だが、彼女が非常に優れた人間である事は理解している。こんな自分の護衛を買って出てくれたのだ。少しは信頼して見てもいいのではないか、シャルロットは少しだけそのように思い始めた。

 

「心配するな。大船に乗ったつもりでいればいいさ」

(…………!?!?)

 

だが、突然かけられた言葉に思わず驚いてしまう。自分はまだ何もしゃべっていないというのに…………まるで心の中を読まれてしまっていると思い込んでしまう彼女であったが、実際のところ、箒はただ単に暗い表情となっていたシャルロットへ安心させるような言葉をかけただけである。その為、何故彼女が自分へ警戒の目を向けてきているのかがわからなかった。

 

(本当にこんな調子で大丈夫なのかなぁ…………)

 

心の中でそんな事を思い始めるシャルロットを余所に、箒はモノレールの乗り場へ進むよう促す。すでにホームにはこの時間帯の車輌が到着していた。できるだけ早く、そして内密に行動したいと考えた二人はすぐさまその車輌に乗り込む。発車したのは二人が乗り込んでから三十秒後のことだった。

 

◇◇◇

 

「それにしても、あの二人大丈夫かなぁ…………」

「まぁ、なんとかなるように祈るしかないよなぁ…………」

 

休日のアリーナにて、私——一夏はふとそんな呟きを漏らしていた。そうなった原因は、今、フランス大使館へと足を運んでいる箒とシャルロットについてだ。行動は早く起こした方がいいという箒の判断で、彼女が連れて行くことになったんだけど…………非常に不安である。というか、箒の部隊の性質を知ったらシャルロットがどんなに怯えるかわからない。少なくともシャルロットは私達のように戦場で鍛えられたあまり動じない心を持ってないはずだ。もし、箒の部隊である第零特務隊の任務内容を知ったら…………多分、露骨に避けるかもしれないね。ある意味スパイ狩りとか、尋問とかそういうまで行ってしまう部隊だから。後で聞いたけど、前に私へ拷問をした女尊男卑主義者は全員が前歯を折られ、全治一ヶ月の怪我を、箒に負わせられたそうだ。…………私の友人が物騒すぎる件について。なお、この事は私以外知らない。あの部隊は程度によるけど基本的に任務内容も守秘義務があるみたいだからね。

とまぁ、そんな誰でも恐れ戦くような狼を連れたシャルロットの精神は大使館に着く前にすり減ってしまうんじゃないかという心配があるのだ。あ、バレる方は心配してないよ。なんか、箒が記憶を消しとばさせる技術を持っているそうだから、大丈夫って…………私には物凄く嫌な予感しかしないんだけど。

 

「一夏姉…………物凄く疲れたような表情してるぞ?」

「まぁ…………色々あるんだよ。考えたら考えたで泥沼ハマりそうだし…………」

「…………昨日の一件、やっぱりかなりの事案だったりするのか?」

「下手したら誰かの首が飛ぶくらいにはね」

 

ちょっと笑ってそう答えてみたものの、実際笑えるような話じゃない。そもそもで亡命とかかなりやばい案件でしかないよ。そんな爆弾を抱えてしまうなんて…………ついてないよ。と言っても、日本とフランスの両国が合意しなきゃなんともならないからね…………これからどう事が運ぶのか、私にも予想はできない。あくまで現時点でわかっていることは、シャルロットがフランス大統領の承認を得て亡命を申請しに行っているんだって事くらいだ。

 

「ま、まじか…………」

 

秋十は私の言った事がブラックジョークで済まないと理解したのか、引きつったような表情になった。まぁ、そうなる気持ちも分からなくはないよ。誰だって、首が飛ぶなんて聞いたらそりゃビビるもん。

 

「まぁ…………考えても仕方ないんだけどね。とりあえず、私達は私達でやれる事をやってよっか」

「そうだな…………それじゃ、久しぶりに頼むぜ、一夏姉」

 

そう言うと秋十は私から距離をとって、その手に雪片を展開した。今日の私は久しぶりに秋十の訓練相手を務める事になったんだよ。だって、レーアとエイミーはセシリアと鈴とのタッグとの模擬戦闘を行うそうだし、ラウラと雪華はラウラの機体の点検で手が離せないそうだし、結果として私が相手する事になったんだよ。ついでに、たまに榴雷を動かしておかないと感覚を忘れちゃいそうになるからね。相対する私も日本刀型近接戦闘ブレードを展開した。この機体で近接戦闘を行うのは滅多にないけど、常に最悪の事態を想定しておかなきゃいけないからね。

 

「こっちはいつでもいいよ」

「よし、それじゃ…………いくぜ!」

 

秋十は一気にスラスターを点火してこっちへと突っ込んでくる。そんな秋十に向けて私は——模擬弾が装填されている右腕のリボルバーカノンを躊躇いなく撃った。

 

「——って、おいぃぃぃぃぃっ!? 接近戦だけの訓練じゃないのかよッ!?」

「悪いね、秋十。これ、私の戦闘目標は『敵機接近の阻止』、秋十の場合は『弾幕の突破』だから」

「そ、そんな話聞いて——」

 

そこから先、秋十の声は聞こえなくなってしまった。放たれた模擬弾はまるで秋十へと吸い込まれるかのように当たっていく。適当にばら撒いていただけなのに、なぜこんなにも命中してしまうのか、私には分からなかった。ただ、跳ねた空薬莢が装甲に当たる音がやけに軽く聞こえた。

 

(二人とも、無事だといいんだけど…………)

 

地面に模擬弾のペイントまみれになった秋十が墜ちていったのは、そう考えている最中の事だった。

 

◇◇◇

 

フランス大使館へと到着した箒とシャルロットはすぐさま内部へと入った。ここまでの道中、シャルロットの素性がバレる事はなかった。なぜなら——

 

「…………大使館への移動になんで装甲車を使ったのさ? あれ、タクシーなんかじゃないんだよ?」

 

装輪式装甲兵員輸送車によってシャルロットが護送されたからである。無論手配したのは箒。最寄りの基地より派遣された第零特務隊が保有する車両である。今回、IS学園への派遣が決まった際、箒にはある程度自由の効く指揮権限が与えられており、これもまたその権限を使ってのものだ。尤も、このところアント群の襲撃もなく、基地内での待機を命じられ、暇を持て余していた彼らにとっては丁度いい暇つぶしにはなっただろうが。

 

「これなら一番安全であると判断したまでだ。それに、乗っていたのはドライバーとサブドライバーの二名だった上に、我々は一切彼らの目には触れてない。何も問題はないだろう?」

「そ、それはそうだけどさ…………こっちは気が気じゃなかったよ…………まるで犯罪者が護送されているような気分…………」

 

しかし、シャルロットにとってはどうやらダメなようだった。元々民間人であった彼女だ。このような軍用特殊車両に乗る機会などほとんどないに等しい。故にこのような車両に乗る事は慣れていないのだ。そんな彼女が連想したのはテレビなどでたまに流れる重犯罪を犯した者が似たような車両で護送される映像。あの中にいる犯人はこんな気分になっているのだろうか、少し思考が現実に追いついていない彼女は何やらそんな事を考えていたのだった。

 

「そんな事を言っている暇があったら今後の対応のことを考えるべきだろう。頭を切り替えることも大事なことだぞ?」

「…………そうやってすぐに切り替えられるほうが僕にはすごいと思うよ」

「そうなのか?」

「そうだよ」

 

シャルロットはさっきまでの感覚から解放されたせいか、少し伸びをした。装甲兵員輸送車の兵員室には二人しか乗ってはいなかったものの、空気的な圧迫感があった事は否めない。思わず伸びをしたくなってしまうのも仕方のない事だ、と箒はいたって普通な姿勢で彼女の隣に立っていたのだった。

 

「はふぅ…………」

「あまりだらしない声を出すな。お前の本国の大使館前だぞ?」

「そうは言っても伸びをしたくなるのは仕方ないでしょ?」

「とはいえ、いつ迎えの者が来るか——おっと、話をしたらすぐに来たようだな」

 

大使館の扉が開き中から非常にスーツのよく似合う若者が現れた。彼を前にした二人はその場で姿勢を正す。ネクタイをきっちりと締め、髪も乱れておらず、いかにも真面目という雰囲気を感じさせられ、自然と体が硬くなってしまうシャルロット。一方の箒といえば、今まで相対して来た者が国防軍大将である西崎透吾郎であったり、館山基地司令の武岡榮治中将と真面目さと威厳を併せ持った人間達であるため、シャルロットのように硬くなる事はなかった。そんな彼女の様子を見た彼は一度咳払いをしてから口を開いた。

 

「ようこそ、フランス大使館へ。お待ちしていました、篠ノ之箒少尉、そして——シャルロット・ドッスウォール様」

 

彼——アルフレード・シュルツ駐日フランス大使は箒の隣で硬くなっているシャルロットの気を楽にさせるよう、微笑みかけたのだった。

 

◇◇◇

 

アルフレードによって中へと案内された箒とシャルロットではあるが、箒はともかくシャルロットが入ってからビビり続けていた。このようなところに来た事がないから、というのもあるかもしれないが、今後の自分がどんな目に遭うのか…………それが不透明であるが故という事もあるだろう。どうして箒はこのようなところでも堂々としていられるのだろうか、彼女は疑問に思ってしまってばかりだった。

 

「それにしても、大使館前に国防軍の装甲兵員輸送車が来た時は何事かと思いましたよ」

「驚かせてしまったことには謝罪します。ですが、彼女を円滑にかつ安全に護送するとなれば、あれが一番適切だと判断したまでです。コソコソしているからこそ狙われるという事もあります。ならば一層の事、わざと目立つように動けば狙われる心配も減り、万が一狙われても安全は保証できます」

「そういう事でしたか…………これは失礼しました」

「いえ、此方としても事前に連絡しなかった事に非があります。紛らわしいことをして申し訳ごさいません」

「いえいえ。彼女の護送は大統領からの命令でしたので。政府関係者には私の方から口添えをしておきましょう」

「感謝します」

 

一方の箒といえば、堂々としているどころか、アルフレードと対等な立場で話をしているではないか。しかも、自分に話すような武士のように硬い口調ではなく、丁寧さを持ち合わせた礼儀正しい言葉遣いだ。切り替えることが重要だと彼女は自分に話していたが、ここまで変わる事ができるのか…………シャルロットは先程から箒に驚かされっぱなしだった。

 

「それにしても、ドッスウォール様。先程から無言ですが、どこかお身体の調子がよろしくないのでしょうか?」

 

そんな驚かされっぱなしの自分に突然アルフレードは話を振って来た。まさか自分の事を呼ばれているなどと気がつかなかったシャルロットは状況を読み込むのに数瞬の時間を要した。そして気が付いた時、彼女は焦った。自分は相当上の者から話しかけられている。なのに反応しないとは…………これは大変失礼な事であると彼女はとっさに理解した。

 

「は、はいっ! ぼ、僕——い、いや私なら、だ、大丈夫でしゅ!」

 

だが、とっさに反応したのはいいが、思いっきり舌を噛んでしまう。このような恥ずかしい真似をしてしまった事と、見られた相手が駐日大使であるという事に、シャルロットは一気に顔を赤くしてしまった。

 

「ははっ、元気そうでなによりです」

 

アルフレードはそんなシャルロットの様子に思わず苦笑してしまう。お堅く真面目な感じを醸し出していた彼が苦笑してしまった事に驚きを隠せないシャルロット。

 

「意外と笑う事が多い方なんですね」

「ええ。どうもきっちりしないと落ち着かない性格なので、いつも真面目で堅い人間だと思われがちなんです。ですが、私だって人間。笑いたい時には自然と笑顔になるものです。それに、大使館というものを堅いところではなく、誰もが気軽に入れる場所にしたいという考えもありますからね」

 

今の所なかなか実現しそうにないんですけどね、と彼は付け加える。それを聞いたシャルロットは思わず驚いてしまった。真面目できっちりしないと落ち着かない人間でありながら、中身は割と気さくな感じであるというところは彼女にとって理想的な紳士像を連想させる。もしかすると箒はそんな彼の性格を見抜いていたからこそ、堂々として話をする事ができていたのかもしれない、そう彼女は考えた。

 

「さて、此方が応接室となります。先に中へ入ってください」

「はい。ほら、シャルロット」

「う、うん」

 

アルフレードに促され、中へと入る二人。案内された応接室は対諜報装備が完備されているようで、窓などはなく壁も防音仕様となっている。そんな殺風景な部屋である事を、アルフレードは嫌ったのかはわからないが、せめてものを彩りをという事で、様々な観葉植物や置物が飾られていた。その中にはフランスの名だたる企業のロゴを模した盾も飾られている。その中でシャルロットは二つのロゴに目がいった。一つは盾と翼をモチーフとしたエンブレム——デュノア社のもの。もう一つは、堂々と社名の刻み込まれたエンブレム——ドッスウォール社のものだ。デュノア社のものは見慣れているが故にさほど目にとまる時間はなかったが、改めて見るドッスウォール社の社章はどこか新鮮であり、彼女に懐かしさを感じさせた。

 

「…………アルミリア技師の訃報を聞いたのは二年前です。私の先輩にあたるアラン・デュノア社長から直接その報せを耳にした時は、惜しい人を亡くされたと思いました」

 

ドッスウォール社の社章へ見入っていたシャルロットへ、アルフレードはそう声をかけた。彼自身、シャルロットの母親であるアルミリアが命を落としたという事に心を痛めていた。表立ってもてはやされることはないが、アント大戦勃発後、スティレットの外装を開発したアルミリアは軍内部で『救国の英雄』と呼ばれているのだ。その話は政府内部へと伝わり、アランと親交のあったアルフレードの耳へも入っていたのだった。彼は優秀な人材が失われてしまったと感じた。

 

「さて、一度本題へと入る事にしましょう。時間は限られています。このようなデリケートな問題は可及的速やかに、かつ慎重に行う必要がありますからね」

 

アルフレードはシャルロットへそう話すと、ソファへと腰掛けるよう促した。箒は未だに入り口のところで警戒の目を張り巡らせている。

 

「あれ? 箒は座らないの?」

「…………護衛まで休んでしまっては意味がないだろう。私はこのままで構わん。お前はお前でなすべき事をなすがいい」

 

そう言われてしまって何も言えなくなるシャルロット。箒としては、この重大な事態の時に護衛対象者とともに座っていたが為、とっさの事態に対応できなかったというあってはいけない事を引き起こさない為にこうして警戒しているべきだと思っている。シャルロットは別にそこまでされなくてもいいと思っているが、箒のことだから言っても変える気はないと考え、正面へと向き直った。目の前ではアルフレードがいくつかの書類を用意している。

 

「さて…………それではドッスウォール様、こちらの方へサインをしていただけますか? それだけで後は完了するようになっておりますので」

 

シャルロットが目を通した書類はもうほぼすでに書面が出来上がっており、本当に自分の名前を記入するだけで十分な状態だった。そのあまりにも良すぎる手際に、父は本当に自分を逃がす為にIS学園へと送り込んだのだと彼女は思った。彼女は迷いなくその書類一つ一つに目を通しながら、丁寧に名前を記入していく。その中には専用機であるラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡの返却に関するものや、今後の所属に関するものもあった。全ての書類に記入し終えた彼女は、持っていたペンを静かにテーブルへと置いた。

 

「書き終わりました」

「はい。では、一度確認をさせていただきますので、しばらくお待ちください」

 

シャルロットが書き終えた書類を受け取ったアルフレードはその全てに目を通していく。記入ミスや漏れがあってはいけない書類だ。もしそれらがあったのであれば、これらの書類は効力を発揮しない。故に書損じ等は許されない。アルフレードはミスがないか一字一句逃さずに確認していく。彼の表情は真剣そのものであり、先ほどまでの人当たりの良い雰囲気は消え、真面目さが全面的に押し出されているような感じであった。

 

「…………はい。特にミスはないようなので問題はありません。尤も、ドッスウォール様は名前だけの記入なので、文面のミスは私の責任になのですけどね」

 

張り詰めていた空気が少しだけほぐれたような気がした。特にミスがなかったと聞かされたシャルロットはふと安堵のため息を吐く。だが、まだ完全に手続きが完了したわけではない。シャルロットは少しだけ緊張をほぐしてから、再び気を引き締めたのだった。

 

「それでは、ISの方の返還をこちらへお願いします」

 

アルフレードはそう言ってアタッシュケースを取り出した。特殊合金製のそれは静かに置かれたにもかかわらず、重々しい音を立てる。幾多もの鍵を外され、中に入れたものへ伝わる衝撃を可能な限り軽減させる緩衝材が姿を見せた。シャルロットは自身の首から橙色のペンダント——ラファール・リヴァイヴカスタムⅡの待機形態——を取り外した。

 

(短い間だったけど…………今まで付き合ってくれてありがとう…………)

 

心の中で愛機の片割れに感謝の意を伝える。短い間だったとはいえ、シャルロットはリヴァイヴとともに幾多もの評価試験を行ってきたのだ。自身がIS学園へと向かうきっかけを作ってくれたのも、自分がテストパイロットとして専用機を託されていたことも大きい。しかし、リヴァイヴは彼女が歩んできた道を示すとともに、デュノア社というしがらみに縛り付ける代物でもあったのだ。かつての愛機を手放す事で自分は晴れて自由の身となる——そのことを理解したシャルロットは静かにアタッシュケースの中へとペンダントを置いた。

 

「…………では、これでお願いします」

「確かに受け取りました。では、これにて手続きは完了となります」

 

閉じられたアタッシュケースを自分の脇へと置いたアルフレードは一連の手続きが完了した事をシャルロットへと告げた。亡命という重大な事がこんなにも簡単に済むなんて思ってもいなかった彼女は少し面食らってしまった。それと同時に、自分は自由の身になった事をゆっくりとであるが理解していく。

 

「それでは、ドッスウォール様。後のことは日本国からの指示に従ってください。例えフランスが身柄の引き渡しを要求してきたとしても、日本国籍を獲得した以上、手出しはできません。貴方の自由に生きてください」

「は、はい! あ、ありがとうございます!」

「いえいえ、私は一外交官としての役目を果たしたまでですから」

 

そんなかしこまらなくても、とアルフレードは言うが、シャルロットからすれば自身を助けてくれた恩人であるのだ。礼を言わない方がどうかしている。シャルロットは深々と頭を下げ、彼への深い感謝の意を示した。

 

「シャルロット、少しいいか?」

 

そんな時、後ろで待機していた箒がシャルロットへ声をかけた。その言葉につられて彼女は後ろを振り向く。

 

「ど、どうかしたの、箒…………?」

「いや、お前へ日本国からの通達をせねばならないからな」

 

箒の口から出てきた言葉に驚くシャルロット。彼女は自分の後ろで待機していたはずだ。しかも、通信機器を全て切っていたはずでもある。そんな状況でどうしてその通達を持ってくる事ができたのだろうか。ましてや、亡命の手続きはつい先ほど完了したようなものだ。この短時間でそんなすぐ承認が降りるとも考えられなかった彼女はただ困惑していた。

 

「ど、どうしてその通達を箒が知ってるの!?」

「ああ。ここに来る前、国防軍から連絡を受けていてな、少しの間ここを抜け、その時に西崎大将自らが通達をお持ちになったのだ。——シュルツ殿、この件に関しては既に貴方は知っていましたよね?」

「ええ、勿論。この手続き自体も形式上のものである事も、含めてですがね」

 

本当国防軍は手際がいいですね、と言葉を漏らすアルフレード。状況が全く読み込めていないシャルロットは何がなんなのかを理解できていない。

 

「一先ずだ、通達だけをさせてくれ」

 

箒はそう言うと一息ついてから口を開いた。

 

「シャルロット・ドッスウォール、貴公には民間協力という形で国防軍派遣部隊へと参加してもらう事となった。無論、機体は貴公の持っているフセットを使って構わん。詳細は追って説明する。——現時点での説明は以上だ」

 

箒からの通達にシャルロットは妙に納得していた。確かに、亡命者とはいえ、自身は強力な兵器を所持している。ましてやそれが人類の反抗の刃となれば、軍属にならざるを得ないだろう。それに、今の各国軍は常に人材不足となっている。民間協力であっても、戦力の頭数を揃えたいという考えはシャルロットにもわかった。

 

「となると…………僕はある意味ボランティアみたいなものになるの?」

「いや、出撃毎の弾薬費と修理費用、そして給与も出る。尤も、代表候補生レベルの給与は期待できないが…………まぁ、一人が生活していく分には問題ない金額だという事だけは言っておこう」

 

それってほぼ正規兵と同じような扱いだよね、と心の中で思うシャルロット。だが、亡命した為、根無し草も同然となってしまった自分へとやってきたこの上ない身分に口を挟むつもりはなかった。

 

「どうやらそちらの方も滞りなく済んだようですね」

 

ふとアルフレードが声をかけた。彼にとって、この案件はまさかの大統領命令であり、失敗など許されない仕事であった。故に今この場において、全ての手続きがなんのトラブルもなく完了した事への安堵から出た言葉なのかもしれない。その証拠に、彼の顔からは僅かにあった緊張が抜けていた。

 

「ええ。それでは我々はこれにて失礼致します。この度はお世話になりました」

「いえいえ、此方こそ。それではドッスウォール様、これからの御武運を祈ります」

「は、はい! ありがとうございました!」

 

シャルロットはアルフレードへ深々と頭を下げ、しっかりと礼を伝えてから、箒と共にその場を後にした。応接室を出ると、少しばかり涼しい空気が彼女たちを包んだ。緊張のあまり、シャルロットは解放された反動で意識が飛んでしまいそうになったが、涼しげな空気が意識を保たせてくれた。

 

「…………さて、これで終わったな」

 

不意に箒はシャルロットへと言葉をかけた。その表情には一仕事終えたような感じのやりきったという感情が出ているように、シャルロットは感じた。

 

「それにしても、これからが大変だぞ? 民間協力とはいえ、一応軍に従事するようなものだ。ひとまず、西崎大将と派遣部隊指揮官に挨拶だけはすませておかなければな」

「そうだね。それに制服もちゃんとしたものに発注し直さなきゃいけないし…………やる事いっぱいだよ」

 

これからやるべきことの量を考えて、シャルロットは少しげんなりとしてしまった。無理もない。これからは今までとはちがう人間として生きていかなければならない。だが、学園にいた人間たちからは恐らく『シャルル』として見られる可能性が高くなる。その時に自分は別人として振る舞えるのか…………彼女はそれが気がかりとなっていた。

 

「ああ、言い忘れていたが、お前の戸籍情報は書き換えさせてもらったぞ」

「ぶふっ…………!?」

 

だが、そんな事も箒の爆弾発言によって綺麗さっぱり彼女の頭の中から吹き飛んでしまった。

 

「こっちでの戸籍を作っておいて、正式にお前を『シャルロット・ドッスウォール』とするにはこれが一番手っ取り早いからな。あまり使いたくはなかったが…………私にはサイバー関係では右に出るものはいない者()とコネがあってな。今回ばかりは使わせてもらったのさ」

 

中々にぶっ飛んだ事をさらっと言ってしまう箒に、シャルロットはどう突っ込んでいいのかわからなくなってしまった。自分の脳が理解するのに追いつけていない…………その事を自覚したシャルロットは考える事を少しの間放棄する事にしたのだった。

 

「そ、そうなんだ…………と、ところでさ、国防軍総司令の西崎大将って人はわかったけど、派遣部隊指揮官って誰の事なの? というか、派遣部隊って何なのさ?」

 

今の思考を放棄すると共に、別の思考へと切り替えるシャルロット。急に派遣部隊と言われてもピンとこなかった彼女は箒に問いかけた。

 

「派遣部隊というのは、現在IS学園に展開している多国籍部隊のことだ。私も所属しているぞ」

「へぇ〜、そんなのがあったんだ。全然知らなかったし、気がつかなかったよ」

「だろうな。可能な限り任務は隠密に済ませなければならないからな」

「なるほどね。で、その派遣部隊の指揮官っていうのが…………」

「ああ、"今"はボーデヴィッヒ少佐がやっている」

 

シャルロットは思わず疑問に思ってしまった。箒が強調した『今』という言葉。もしかすると前任がいたのかもしれないし、代理で誰かがしているのかもしれないと思ったシャルロットは箒に質問した。

 

「あれ? "今"は、ってことは…………」

「ああ、前は一夏——いや紅城中尉が指揮をとっていたぞ。今でも部隊の副官を務めているんだがな」

「えっ…………? べ、紅城さんって中尉だったの…………?」

「ああ。階級で言えば、ラウラの次に高いぞ」

「…………意外すぎて頭がこんがらがってきたよ」

 

シャルロットには一夏が中尉の階級にあったことが驚きだった。確かに、自身に拳銃を向けてきた時は軍人の目をしていたが、それ以外での一夏の事を思い浮かべると、どうしても軍人なのか怪しくなってくる。可愛らしいぬいぐるみストラップを鞄につけてるし、厳しさよりも優しさの方が強く見えてくるし、何より仕草が子供っぽく、彼女には感じてしまうのだ。それがあってか、シャルロットは一夏が軍人であることが妙にアンバランスな風に捉えてしまうのだった。

 

「…………シャルロット」

「な、なにかな?」

「…………あまり、一夏の前で子供っぽいとか言うなよ? 彼奴、結構気にしてるそうだからな」

 

やっぱり気にしてたんだと思ったシャルロット。何はともあれ、これでひと段落ついた彼女たちはそのまま大使館を後にしていったのだった。

 

◇◇◇

 

箒とシャルロットがしばらく留守にしてからもう二日経った。結果として亡命自体は成功したとの報告も受けている。一応、この案件は生徒会長の耳にも入っていたようで、私達に協力してくれる事になったよ。おかげで、現在学園内には『シャルル・デュノアは現在フランスにて試験任務中』という噂が広がっている。その他にもお姉ちゃんとかに報告したり、色々書類の変更とかを手伝ったりした。報告書とか書いていると、こういう事務仕事も得意になってくるんだよね。…………なお、学力自体は未だに平均より少し上くらいのところにしかいられないんだけどね。

まぁ、それはおいておくとして、手続きとかそういうのが片付いたにもかかわらず、未だに二人は帰還してない。その間の警戒任務はラウラが引き継いでしてくれたからいいものの…………挨拶回りをするにしても時間がかかりすぎでしょ。

 

「一夏、二日ぶりだな」

 

そんな風に思っていた時、不意に後ろから声をかけられる。うん、間違いない…………この声の主は——

 

「箒…………一体どこまで行ってたのさ。時間かかりすぎでしょ?」

「これでも早く片付けたつもりなんだがな…………まぁいいか。とりあえず、千冬さんがくる前で助かった」

「まぁ、織斑先生なら事情を話せばわかってくれると思うけどね」

「そうだったら、こうも急いで来たりはしないんだよな」

 

そうだね、と私は箒に返した。まぁ、箒には箒なりの事情があったんだろうという風に自分の中で完結させてしまったけどね。下手に聞くよりはそう思ってる方が楽だし。

 

「そういえば、あの子(シャルロット)は?」

「ああ、彼奴(シャルロット)なら後で合流する手筈になってるんだがな…………」

 

どうやらシャルロットとは一緒に行動してないようだ。だとすれば一体どこにいるのだろうか?

 

「諸君、おはよう」

「「「おはようございます!」」」

 

丁度、SHRの時間になったのか、お姉ちゃんが教室へと入って来た。その後ろではなにやら少々お疲れ気味の山田先生がいる。…………恐らく、シャルロット絡みの件がダメージを与えているに違いない。よく見ればお姉ちゃんも少し疲れているような感じだ。端から見ればいつもと変わらない凛とした表情なんだろうけど、よく見ると目がいつもより少しだけつり上がってる。大概、こういう時はお姉ちゃんが疲れている時だ。秋十もそれに気がついたのか、小さく合掌をしていた。って、それは違う、それはしちゃいけないやつだよ。

 

「…………そこで、合掌をしている男子、私は御神体ではないぞ。さて、貴様らに残念な知らせがある。デュノアが所属しているデュノア社からの呼び出しにより、この学園を去った。もう戻ってくることはないだろう」

 

お姉ちゃんからのその報告に、教室中の女子達はある意味絶望にも近い声を上げていた。まぁ、あれだけ人気のあった人がいなくなったわけだし、何より二人目の男子が消えたからね…………男の人との関わりが薄い彼女達にとっては辛い話なんだろう。私からしたら、そういう方面ではあまり関係のない話だけどね。

 

「そう嘆くな。代わりと言ってはなんだが、このクラスに新しく転校生が来る事となった。山田先生、あとは頼む」

「はい。では、入って来てください」

「——失礼します」

 

お姉ちゃんがそう言うと、さっきまでの絶望は何処へ行ったのか、クラスの中に明るい雰囲気が戻って来た。そして、山田先生が入口の方に向かって声をかけると、どこか聞き覚えのある声が聞こえて来た。そして、入口の扉が開き、そこで待機していた人が中へと入って来る。私と似た制服を着ていて、眩い金髪を首元で一つに結っており、一目見た感じで美少女ってのがわかる。だが、その容姿はどこか見覚えがある感じにも思えて来るのだ。山田先生の近くまで歩いてきた彼女は、そこでようやく口を開いた。

 

「シャルロット・ドッスウォールです。見た目外国人ですけど、国籍は日本です。皆さん、よろしくお願いします」

 

そう言って彼女——シャルロットは私たちに向かってお辞儀をしてきた。シャルロットが遅れてきたのはこう言う事だったのかと妙に納得する私がいる。だが、クラスの殆どの女子達は無言となっている。まぁ、そりゃそうだよね…………名前は全く違うけど、元はシャルル・デュノアで通じていたわけであり、全く容姿が同じ人が入ってきたんだから、困惑するのも無理はない。

 

「え、えっと…………シャルル、君…………?」

 

不意に女子の一人がそう声を漏らした。

 

「シャルルは僕の従兄妹です。あまりにも似てるからよく間違われるんですけど、僕はシャルロットなので間違えないでくださいね」

「は、はい…………」

 

自然な流れの設定なんだろうけど、一部無茶な設定があるような気がしたよ…………まぁ、それで納得してしまっているから、これはこれでいいのかもしれない。誰がこれを考えたのか、ちょっと尋ねたい気分になったけどね。なお、箒の方を見るといつボロが出ないか気にしていて、冷や汗をかいているような感じだったよ。

 

「それじゃ、皆さん、改めてよろしくお願いします」

 

そう言って私たちに笑顔を見せてくるシャルロット。そこには前のように一片の曇りもない。そんな彼女からまるで風のような自由さが滲み出ていたように、私は感じたのだった。






今回、キャラ紹介及び機体解説は行いません。
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では、また次回も生暖かい目でよろしくお願いします。



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