FRAME ARMS:RESEMBLE INFINITE STORATOS   作:ディニクティス提督(旧紅椿の芽)

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樹矢様、名称未設定様、人形ふぇち様、評価をつけてくださりありがとうございます。



どうも、紅椿の芽です。



この間、先代スペクターのアーキテクトが逝ったので、何故か二代目スペクターを買ってしまいました。積みが加速していく…………!



とまぁ、積みプラに怯える日々はさておき、今回も生暖かい目でよろしくお願いします。





Chapter.28

「…………う…………うぅ…………」

 

目を開けると、視界に飛び込んで来たのは白い天井…………薬品の匂いもすることから医務室か何かだと思う。今の所体に違和感はない。どうやらパイロットスーツを着たまま寝かせられたようだ。寝かせられているのはベッドではなく、椅子みたいなものだ。どうりで起き上がりやすいというか、寝ていて少し体が辛いはずだよ…………まぁ、パイロットスーツを着ている以上、ベッドには寝かせられないか。特殊軽量合金製プロテクターユニットが一体化してるから、全部脱がなきゃいけないだろうし、それは手間だもんね。

 

「あら、気がついたみたいね」

 

誰もいないと思われた医務室に声が響いた。思わず声のした方を向くと、そこには水色の外ハネの髪をした人——生徒会長であり簪ちゃんのお姉さんである、更識楯無本人だった。なんで知ってるかって? 色々と立ち直った時に簪ちゃんと共に秋十から紹介されたんだよ。なお、まだ秋十によって堕とされてはいない模様。無意識のうちに女の子を堕としている秋十の影響を受けていないことに少なからず驚いたよ。

 

「どう、具合は? 気分悪かったりしない?」

「え、ええ…………大丈夫です…………」

「そう。それならよかったわ。以前は一度気を失ってから一週間目を覚まさなかったこともあったそうだし、心配だったのよ?」

 

『超絶心配』と書かれた扇子をひろげて、いかにも心配してましたという雰囲気を出す生徒会長。そういえば、あの時のことも結構知っていたみたいだし、心配の目を向けられても仕方ないか…………とはいえ、なんでそんな事を知っているのかという疑問が思い浮かんだけどね。

 

「そ、そういえば、なんで生徒会長が此処に…………?」

「織斑先生から直々にあなたの様子を見ておいてって言われてるのよ」

 

そういうことなの…………てか、私って確かISに乗って気を失って…………もしかするとその時にお姉ちゃんとか山田先生とかに助けられたのかもしれない。後でちゃんとお礼と謝罪をしに行かなきゃ…………予想できなかったとはいえ、私が行動を起こさなければ起こらなかった事態だし…………軍人が自らトラブルを引き起こすなんてあっちゃいけないことでしょ。

 

「それと、私のことは楯無で十分よ。日本国防軍第十一支援砲撃中隊所属、紅城一夏中尉殿」

「——!?」

 

生徒会長——楯無さんは、私の所属を正確に言い当てた。私はまだ国防軍の所属としか言ってないし、細かい部隊名まではこっちで話したことなんて一度もない。だから、どうしてその事実を知っているのか…………思わず身構えてしまった。

 

「そう身構えなくてもいいわ。おねーさん、貴方に危害を加えるつもりなんてこれっぽっちもないわよ」

 

『ちょっと話がしたいだけ』と書かれた扇子を広げてそう言う楯無さん。とはいえ、なんで一介の生徒にしか過ぎない彼女が知っているのか、疑問に思ってしまう。もしかすると楯無さんは、軍部に通じている人間なのかも…………警戒したままではあるけど、少しだけ気を緩めることにした。

 

「私はね、日本国政府及び国防軍直轄の対暗部用暗部——いわゆるカウンタースパイの家系を束ねる者よ。貴方たちのことも、貴方たちが何と戦っているのかも知っているわ」

 

暗部…………つまり、情報部の人たちみたいな者なのかもしれない。いや、私はずっと前線にいたからよくわからないけど。

 

「そうだったんですか…………」

「ええ。でも、貴方たちの任務に干渉はしないから心配しないでね。私も詳しいことは知らされてないし、下手なことに首を突っ込んで飛ばされたくないわ」

 

そう言って楯無さんは親指を立て自分の首を切るような動作をする。…………私たちの任務ってそんなに重要度の高いものだったの? 単に護衛と防衛だけだと思ってた。まぁ、アントの存在を一般人に知らされないように情報統制を行う必要もあるからね。それを考えると、確かに重要度の高い任務だよ。

 

「それと、前回のようにまた蟻達(アント)が出た場合はすぐに撃滅して。学園内での情報統制は私達が行うから心配はいらないわ」

 

つまり、前の襲撃の時の事も楯無さんが欺瞞情報を流してくれた事で事なきを得たっていうわけなのかぁ…………面倒な役回りが来てしまっていることに申し訳なさを感じしてしまった。でも、それが楯無さん達の仕事であり、それに誇りを感じているのであれば、私のこの感情は傲慢以外の何物でもない。そんなことは考えないよう、脳の中で消し去った。

 

「感謝します…………」

「気にしないでいいわ。それよりも…………貴方に話さなければいけないことがあるの」

 

楯無さんはそう言うと、どこからともなくクリアファイルを取り出した。って、一体どこから取り出したの…………楯無さん、扇子以外何も手に持ってなかったんだけど…………。取り出したクリアファイルを私に差し出してくる楯無さん。私はそれを受け取った。クリアファイルと言う名の割には中身が見えないようになっている。わかったのは中に何枚かの紙が入っているということだけだ。楯無さんにその中の紙を出すように促された為、私はそれを取り出した。そして、そこに書いてあったのは——

 

「IS適性…………[F-]…………」

「そう…………貴方が気を失っている間、貴方のフィジカルデータを取らせてもらったわ。それはその時に出たIS適性の結果よ…………」

 

確か前の適性は[D]という最低クラスだったけど…………今度出た結果はそれをさらに下回る最低の結果だった。

 

「私も此処まで適性が低い人は見たことがなかったわ…………適性の高さが機体からのフィードバックを軽減させる要因になっていることは貴方も知っているわよね?」

 

楯無の言葉に私は頷いて答えた。フレームアームズも適性の高さが情報処理能力の高さ、機体を自身の体の一部として扱う能力の高さそのものに直結しているし、授業でも聞いているから知っている。

 

「つまり…………あまりにも適性が低すぎるから、情報処理が追いつかなくて気を失ったということですか…………?」

「そういうことよ…………前にランク[D]の子を見たことがあるけど、その子は拙い動きでも意識はしっかりと保っていたわ。貴方のようなケースは稀のようね」

「そう、ですか…………」

 

自分が思っていた以上に適性が低かったことに加えて、乗る事がほぼ命の危険性があるという事に落胆せざるを得なかった。だってそうでしょ…………乗ったら意識を失う事につながってしまうし…………これじゃ、適性なんて無い方がマシだよ…………。

 

「この事は織斑先生に伝えてあるから…………ISには乗らなくていいわ」

「…………IS学園にいるくせに乗れないとか、産廃同然ですね…………」

 

半ばやけくそになってそんな言葉が出ていた。

 

「でも、貴方の場合もう一つの適性がずば抜けていいわよ? 貴方が持つ最高の力——FA適性はランク[SSS]オーバー…………貴方は決して産廃なんかじゃないわ! 貴方がいなかったらあの時生徒に被害が出ていたわ…………」

 

楯無さんはそういうけど…………フレズヴェルクタイプが狙っていたのは私だけ。他の人には手を出さないとアナザーが言っていたから、私の力じゃない。それに、みんなを守っていたのは箒を始めとした私以外の人達だから…………私は何もしてない。

 

「その言葉、私以外の人に言ってあげてください…………私はみんなより戦果をあげられませんでしたから…………」

「謙遜しすぎるのは嫌味よ?」

「それでも、です…………では、私は失礼しますね」

 

そう言って私は医務室を後にした。既に空は赤く染まり始めている。私は自分の部屋へと戻る事にした。もう、なんだかね…………少し休みたい気分なんだ。

 

「ただいま…………」

「ピヤゥ…………」

 

部屋に戻るとヴェルが出迎えてくれた。ベッドの上には教室に置きっぱなしだった私の制服やら鞄やらが置いてあった。多分雪華あたりが持ってきてくれたのかもしれない。私はヴェルの檻の鍵を開けた。扉を開けると、ヴェルは私の腕に飛び乗ってきた。しかも丁度プロテクターの付いているところだ。いつもと違う服装に驚いているのか、ヴェルは私の全身を見てなんだか不思議そうな顔をしていた。といっても、私からはそんな風に見えるだけであって、ヴェル自身はどう思っているのかわからないけどね。私は自分のベッドに腰を下ろした。

 

「ヴェル…………少し撫でさせてね」

 

私にお腹を見せるようにヴェルは私に寄りかかってきた。空の王者とも言われる鷲とは思えないほどリラックスした姿だ。私はその顕となったお腹の羽毛を撫でた。

 

「ピヤゥ、ピヤゥ…………」

「そこが気持ちいいの?」

 

撫でているとヴェルが甘えたがるような声で鳴き始めた。白い羽毛はなんだか手触りが良くて撫で回したくなるほどだ。でも、ヴェルとしては喉元の方を撫でられるのと脚の付け根を揉まれるのが気持ちいいみたいだ。実際、そこを撫でたり揉んだりすると可愛らしい鳴き声を出すんだよね。

 

「ヴェルは本当に撫でていて気持ちいいなぁ…………」

 

ヴェルの反応を見ていると自然と心が癒されてくる。さっきまで適性があまりも酷かった事なんてどうでもよくなってきた。

 

「ピヤウ…………」

 

でも、ヴェルはどうしてこんなに私に懐いているんだろうかと疑問に思ってしまう。本来こういう鳥って人には懐かないみたいだし…………でも、今はいいか。ヴェルはヴェルだし、他の鳥は他の鳥だ。

 

「わっ! ちょ、くすぐったいって」

 

考え事にふけっていたら、ヴェルが私の頬に頭を擦り付けてきた。頭の羽毛は少し硬めな感じだけど、くすぐったいって事に変わりはない。多分、もっと撫でてっていってるのかもしれない。そんな甘えん坊な鷲の姿を見てたら、悩んでた事が本当にどうでもよくなってきたよ。例えIS適性が壊滅的に低くても、私には榴雷とブルーイーグル、そして弾やヴェルのように私を支えてくれる存在がいる…………なんだかヴェルにその事を教えられたような気がするよ。

 

「ふふっ…………ありがとね、ヴェル。ちょっとだけ待っててね。着替えたら少し散歩にでも行こっか?」

「ピヤゥ…………」

 

ヴェルは私の言葉を理解したのか、一度起き上がって床に立っていた。ヴェルが降りた後、私は制服へと着替え始めた。パイロットスーツのまま動いているのは変な目で見られちゃうかもしれないからね。

 

「それじゃ、行こっか?」

「ピヤゥ、ピヤゥ…………」

 

制服に着替えた私はヴェルの両足に枷を付けた。そして、そのまま抱き上げる。ヴェルが人に危害を加える危険性がいくら低いからといっても、猛禽類である事に変わりはない。だからこうして安全対策はしっかりしておかなければいけないんだ。長い休みが取れたらどこか広いところにでも連れていって、自由に飛ばせてあげたいんだけどね。

寮を出た私達がまず向かったのは学園の防風林に通じる道。ヴェルはここを通るのが本当に好きみたいで、反対の方に行くといつもこっちにくるように催促してくる。その要望にいつも応えてしまう私も私だけどね。移動している間も私はヴェルを撫で続けていた。

 

「え、えっと…………紅城さん?」

 

歩いていると目の前からデュノア君がこっちに向かってきていた。どうやらアリーナから帰る途中みたいだ。まぁ、私とヴェルを見て少し驚いているようだけどね。

 

「どうかしたの、デュノア君?」

「い、いや、なんで紅城さんが鷲なんて連れてるのかなーって。それになんだか自然界には無さそうな色をしてるし」

 

そりゃ驚くよね。どうやらヴェルは色素に異常があるみたいで、蒼くなってしまったらしい。他にも発達不全か遺伝的なのかはわからないけど一般的な鷲の幼鳥としては小さい身体つきをしているそうだ。多分、ここから大きくなるなんじゃないかな、と私は思っているんだけどね。

 

「なんだかいつのまにかヴェルが私に懐いてて、成り行きで私が保護する事にしたんだよ」

「そ、そうなんだ…………でも、襲ってきたりしないの?」

「ヴェルはそんなことしないよ。むしろ撫でられることが好きな方かな」

「へぇ〜。じゃ、僕も少し撫でてみてもいいかな?」

「うん、いいよ」

 

デュノア君はヴェルの頭におそるおそる手を伸ばした。だが、ヴェルは何を思ったのか伸ばされた手から頭を避けた。どうしたんだろ…………こんな事今までなかったのに。

 

「あ、あれ…………もしかして僕、この子に嫌われちゃってる…………?」

「そ、そんな事はないと思うよ。多分、ヴェルの機嫌が少し悪かっただけだって」

「そうかなぁ…………そういえば、この子ってヴェルっていう名前なんだね」

「そうだよ。なんだか可愛い名前でしょ?」

「そうだね」

 

今日初めて会ったにもかかわらず、そこそこ会話が弾む私達。ヴェルが仲介役になってくれた感じだ。

 

「それじゃ、僕はもう行くよ。またね」

 

デュノア君は何かを思い出したようにその場を後にしていった。それにしてもあの走り方…………どうみても女の子の走り方に似てるんだけど。真面目に疑わざるを得ない。それに…………何かを隠してるような雰囲気もあったよ。男の子にしては声も高かったし…………何より内股になってた。

 

「ヴェル…………?」

 

ふと、ヴェルに目をやると、ヴェルはずっとデュノア君が走っていった方を見つめ続けていた。動物としての本能が何か訴えているのか、それとも…………ヴェルの考えている事が読めればいいのにと、また思ってしまった。

 

「ピヤウ…………」

 

だが、それもつかの間。ヴェルはすぐに私を見つめて、早く次の場所に行こうと催促してきた。私も一旦考えることをやめて、ヴェルに催促された通りに次の場所へと向かった。

 

(それにしてもあの違和感…………なんだったんだろう…………?)

 

一旦考えることをやめたとはいえ、ヴェルに軽くつつかれるまで、そのモヤモヤだけはどうしても消えなかったのだった。

 

 

ラウラやデュノア君が来てから大体二週間くらいが経った。相変わらず男子というものは貴重品で、今でも相当騒がれているよ。とはいえ、秋十にとっては学園での唯一の男友達であり、心労を減らす事につながってはいるみたいだけどね。しかし、彼はどうにも秋十と一緒にいる時間が多すぎるような気がしてやまない。同室だからという理由もあるのかもしれないし、たまたま私が一緒にいる時間をよく見ているだけなのかもしれない。だが、秋十の護衛を任されている以上、何が起きてもいいように対策を講じておく必要はある。ラウラが来た事で、防衛任務の方はそっちに任せっぱなしで大丈夫になったからね。というわけで、箒と一緒に護衛任務を優先して行っている。まぁ、今は私単独で行動してるけど。その方がいい時もあるし。

 

「——で、デュノアが怪しいとはどういう意味だ?」

 

こんな風にお姉ちゃんの部屋に突入して話をするときとかね。だって…………入ったら目の前に低レベルのダストハザードが発生してるんだもん。まだ黒い彗星は出てないみたいだからちょっと掃除すればいいと思うけど…………正直、掃除はしたくないかな。それに…………なんか虫籠で飼われてるんだよ。中に入っていたのは…………蜘蛛のように脚が長く、蟷螂のような腕を持ち、なんか身体が平べったい生き物だった。名前がウデムシとかっていうらしいけど…………そんな生き物が発生する条件ってダストハザード以外にあり得ないから、以前はもっとひどかったのかもしれない。そんな環境にかつて秋十がいたとは…………私は心の中で合掌した。

とりあえず今はダストハザードに触れない事にしよう。というわけでお姉ちゃんに私が怪しいと思っている事を伝える事にしたのだ。

 

「なんだか彼は声も高いし、走り方は女の子に近いし、秋十曰く、一緒に着替えた事がないっていうし…………」

「人にはそれぞれあるから、おかしくはないだろう?」

「そうなんだけどね…………私には違和感を感じるんだよ」

 

実際、彼の存在はなんだかちぐはぐな感じがするんだよ。男の子っていう感じは確かにあるんだけど、時折女の子のような素振りを見せることもある。デュノア君がニューハーフとかオカマとかっていう可能性も否定はできない。けど、秋十の上裸姿を見て顔を赤くしたって秋十が言ってたし、その線は薄いような気がする。

 

「それにさ…………変だと思わない?」

「何がだ?」

「だって、デュノア君…………フランス代表候補生なんだよ? 秋十ですら未だにどこの所属となるのかで揉めまくっているそうなのに、こうもあっさり所属が決まる事ってある?」

 

そう、デュノア君が代表候補生である点が一番怪しいのだ。男性操縦者は未だに貴重な存在であり、未だにその所属を巡って議論が絶えないっていう話を聞いた事がある。世界初にしてお姉ちゃんの弟という箔が付いているからそうなっているだけなのかもしれないけど…………フランスの所属で決定してるなんておかしいよ。そして代表候補生に仕立て上げられただけでなく、専用に改造されたリヴァイヴを持っているそうだ。個人用に改造するにもデータを取る必要があるだろう。基本的には改造のためのデータ取りに二週間、その後細かい調整を含めたりすると一ヶ月を要する事だってある。FAならもう少し短くなるそうだけど、絶対数が少なく事故なんて起こしてられないISならそのくらいが妥当なはず。情報元は雪華。

 

「今言われてみるとそうだな…………秋十を例にしてみると変な話だ」

「でしょ? それに、二人目なんていう偶然を必然に変える存在が見つかったってのに、ニュースどころか新聞の記事にすらなってないってどういう事? フランスだって情報統制をしたとして、即刻情報の漏れる可能性の高いIS学園に入学させる必要性があるの? どうせならずっと黙秘し続けておいて、他国よりもデータを取る方がいいはずでしょ?」

 

男性操縦者のデータは各国が喉から手が出るほど欲しいもの。だから今年は情報収集のため多くの代表候補生達がIS学園に送り込まれているとのことだ。だが、ここで得られるデータは少ないはず。ならば、その存在を黙秘しておいてデータを取り続けておいた方が利益は大きいはずだ。それなのに、こんなデータをいとも簡単に他者へ取られてしまうIS学園に入学させるメリットがわからない。なお、この意見は私なりに考えてみたものだ。

 

「なるほどな…………そういう見方もできるというわけか」

「あくまで私個人の意見だからね。でも、もし彼が秋十に対してなんらかのアクションを起こした場合は——」

「——わかっている。判断はお前達に委ねるさ」

 

私達の任務は秋十の護衛。万が一彼が秋十に害を及ぼす存在であるのなら…………私はきっとその手を血で染めるかもしれない。軍人となった時からいつかはそんなときが来るとは理解していたけど…………私に引金が引けるかどうかわからない。だがそれでも、やらなければならない。命を守るのは軍人の役目だけど、その反対に敵対者の命を奪うのも軍人の役目だからね…………。

 

「ありがと。じゃ、また状況が判明したら報告しに来るね」

「ああ。こちらの方でも一応警戒はしておこう。それとなくだがな」

 

お姉ちゃんに報告は終わったし、まだヴェルの夜ご飯をあげてないから早く戻らなきゃね。ヴェルは食いしん坊さんだから、きっとお腹を空かせて待ってるに違いない。この後もやる事がある私はお姉ちゃんの部屋を後にすることにした。でも、その前に言っておかなきゃいけない事がある。

 

「お姉ちゃん、掃除はしなくてもいいから、ゴミ捨てだけはしっかりしてよ? じゃなかったら、隠し持っているお酒を片っ端から見つけて処分するからね?」

「…………慈悲はないのか」

 

これ以上被害を拡大させないために、お姉ちゃんに釘を刺しておいた。こんなところで身内の残念さを露呈する事だけは避けたいからね。

 

 

「ほ〜ら、ヴェル。ご飯だよ〜」

「ピヤウ…………」

 

部屋に戻った私は早速ヴェルにご飯を与える事にした。今日の餌は前にもらった牛肉の赤身の切れ端。賄いでも使わないっていう廃棄食材だけど、ヴェルの餌には丁度いい。食堂のおばちゃん達も廃棄する食材が減るって言っていて喜んでいたしね。ヴェルは一心不乱に食べ始めた。餌やり用割箸で少し塊にして与えたのに、最初にあげた分はすぐになくなっちゃったよ。

 

「ピヤウ、ピヤウ…………」

「全くもう…………そんなに急かさなくても、ご飯は逃げたりしないよ。本当にヴェルは食いしん坊さんなんだから」

 

そんな事を呟く私をよそにヴェルは次の塊に啄ばみ始めた。ご飯の前では私の言葉なんて聞き入れてもらえないようだ。そんなヴェルの事をつい甘やかしてしまうんだけどね。だって可愛いし。

 

「本当、ヴェルちゃんにご執心だこと…………」

 

そんな私たちの様子を、タブレット端末を操作して機体データを整理している雪華は半ば呆れたような目で見ていた。

 

「雪華もヴェルにご飯をあげてみる?」

「私はいいよ。それに、こっちの仕事を片付けなきゃいけないし。一夏こそ、仕事は済んだの?」

「報告書の作成ならもう終わって、既に武岡中将の元に送ってあるよ」

「…………本当、一夏の作業の速さはやばい」

 

そこまでかな…………? 早めに終わった方が、遅れるよりは全然マシじゃん。それに、仕事は早く片付けて、自分のしたい事に時間を当てたいしね。そうじゃなかったらヴェルにご飯をあげる時間もないよ。

 

「今日のご飯はこれで終わりだよ」

「ピヤウ…………」

「そんな声で鳴いてもダメ。あんまり与えすぎるなって言われてるんだから」

 

ヴェルはいつもこんな感じだ。ご飯の時間が終わっちゃうと、必ず決まって悲しそうな声を出す。だからといって余分にご飯をあげることはできない。これでもかなりの量をあげたんだよ。これ以上は無理だって。甘やかしている私だけど、此処だけは厳しくせざるを得ない。そんな私の言葉を聞いて渋々といった感じで鳴くのをやめるヴェル。

 

「はぁ…………仕方ないなぁ、もう。ほら、おいで」

 

餌やり用の道具を片付けた私はヴェルに向かってプロテクターを付けた左腕を差し出した。肩のガンパッチと同じく強靭な革でできているものだから、ヴェルも止まりやすいものだよ。私が差し出した腕にヴェルは乗ってきた。伝わってくる重さは命の重み。目の前で同じ基地の人間が事切れていくのを見ていたから…………より一層、その重みが感じられるんだと思う。私は腕の中でヴェルを仰向けに寝かせた。そして、ヴェルのお腹や脚の付け根を撫でたり揉んだりする。そうすると、大概ヴェルは気持ちそさそうに目を細め、大人しくなるんだ。ご飯を食べさせた後はほとんどこうしてるかな。

 

「それにしてもヴェルちゃん、気持ちそさそうにしてるね」

「まぁね。とはいえ、この食いしん坊さんを落ち着かせるのは大変だよ」

 

雪華が私の隣に来た。タブレット端末を持ってない事を見ると、作業を終えたようだ。まぁ、この間はブルーイーグルの整備を任せっきりにしちゃったし、派遣部隊の扱う機体を完全整備できるのは雪華だけだからね。本当、この整備のプロには頭が上がらないよ。雪華が来た事に少し喜んでいるのか、ヴェルはまた鳴き始めた。

 

「こうして見てると、ヴェルちゃんって鷲なのかわからなくなるよね。こんなに可愛いんだし」

「確かに。全然人に危害を加えたりしないしね」

 

雪華もヴェルの頭を撫で始める。なんだかんだ言ってるけど、雪華もそれなりにヴェルのお世話をしているんだよね。私が諸用でいない時なんかは特に。

そんな時、私のケータイが鳴った。この時間にかけて来るとなると…………誰だろう? 弾ならもう少し遅いはずだし。

 

「雪華、ごめん。私のケータイ取ってくれる?」

「はいはい。——おっ、どうやら愛しの彼からみたいだよ」

 

そう言って悪戯な笑みを浮かべる雪華。電話をかけて来た主は弾からだった。完全に揶揄われている…………思わず顔が熱くなってしまった。

 

「も、もう! 揶揄わないでよ!」

「惚気話を聞くこっちの身にもなってよ。それと、少し換気したいから窓開けてもいい?」

「まぁ、いいんじゃないかな? ヴェルは逃げそうにないからね」

 

雪華から電話を受け取った私はすぐに出る事にした。はやる気持ちを抑えるのが大変だよ。

 

「はい、もしもし?」

『うっす。昨日ぶりだな。今電話をかけても大丈夫だったか?』

「うん、大丈夫だよ。時間はあるし。それにしても今日は早いね。何かあったの?」

『まぁ、今日は食堂に人が詰めかけて来ていてな…………これじゃゆっくり電話をする時間もねえわと思って早めにかけたんだわ』

 

そういえば弾の家って食堂をやっているんだった。人が詰めかけて来たっていうけど、一体何があったのだろうか?

 

「人が詰めかけて来たってどういう事?」

『なんかうちの食堂が雑誌で紹介されて、その影響らしい。繁盛するのはいいけど、俺の時間も欲しいっての』

 

大変そうだね、と私は返した。とはいえ、雑誌で紹介されるなんて凄い事だと思うよ。そのおかげで儲かるんじゃないかな? 私はそういう営業関係はよくわからないからなんとも言えないんだけど。

 

『でも、一夏の声を聞いたらやる気出てきたわ。今日はこれで乗り切れるぜ!』

「そんなこと言って体壊したりしないでよ?」

 

でも、私の声でやる気が出たって言ってもらえて、なんだか嬉しい気持ちになってきた。ただ、弾を応援したいのは私だけじゃなくてヴェルもそうみたいだ。

 

「ピヤウ、ピヤウ…………」

『お、その声がするってことは——またヴェルの奴が一緒にいるのか?』

「うん。今は私の膝の上でお腹を撫でられてるよ」

『…………ヴェルの奴は俺に見せつけてんのか? 軽く嫉妬しそうになるんだが』

「男の嫉妬は見苦しいってよく言うよ? それに、ヴェルが雄か雌かまだわかんないし」

『そう言われても、四六時中一夏の側にいるヴェルが羨ましいっつーの』

 

そんな風に弾は嘆きの声をあげた。けどね…………私だって弾の側にいたいんだ。だから気持ちはお互い同じ…………けど、その言葉が喉の奥まで出てきたところで飲み込んだ。そんな弱音を弾の前ではあまり出したくはない。今の私は休暇中の『紅城一夏』ではなく、任務中の国防軍中尉の『紅城一夏』なんだから…………軍人が民間人の前で弱さは見せられないよ。

 

「あはは…………でも、そんなこと言ってたら弾、ヴェルに嫌われるかもよ?」

『げっ…………そんな事になったら、一夏に近づく度にヴェルから突かれるじゃねーか』

「まぁ、ヴェルはいい子だから襲ったりはしないと思うけどね」

 

と、そんな風に話が盛り上がっている時だった。ヴェルが急に起き上がって、床に降り立つ。そして、徐に翼を広げたかと思ったら、急に飛び上がって開いていた窓から飛び出した——って、えぇぇぇぇぇっ!? なんで!? さっきまで大人しくしていたのに!?

 

『ちょ、一夏…………今、なんか飛び立つ音が——』

「ごめん弾! ちょっと電話切るね!」

『ま、マジか——って、悪い! 俺も仕事入った! ま、また明日な!』

「また明日ね!」

 

そう言って電話を切る私。すぐさま窓から顔を出してどっちへと飛んで行ったのかを確認する。すると、秋十の部屋のベランダにある手摺に掴まって止まっているヴェルの姿が見えた。しかも、こっちに来いと言わんばかりに頭を振っている。あのわんぱくっ子…………!

 

「ご、ごめん一夏…………! ま、まさかこんな事になるなんて…………!」

「ヴェルならすぐ見つかったから大丈夫だよ。ちょっとあのわんぱくっ子を捕まえてくるね」

 

めちゃくちゃ必死になって謝ってくる雪華を落ち着かせるような言葉をかけて、私は自室を後にした。ヴェルは好奇心が旺盛なのかどうかはわからないけど、散歩とかでも喜ぶし、何処かへ動きたいという思いはあったのかもしれない。でも…………折角の弾との会話を中断する原因となってしまったのもある意味事実だ。あのわんぱくっ子を捕まえるべく、私はヴェルの向かった秋十の部屋へと向かった。秋十の部屋は私たちの部屋から三部屋ほど離れたところにある。たいした距離もない。実際、歩いて一分もかからない距離だ。

 

「秋十、いる? ちょっとそっちにヴェルが飛んで行っちゃったみたいだから中に入れてくれる?」

 

秋十の部屋の前に着いた私は中に向かってそう声をかける。しかし、反応は全くない。ノックをしてみたけど、同じように反応はなかった。ドアノブを回してみると鍵はかかっていないようだ。どうせ中に入ったって大丈夫だろうと判断した私は中へと入った。

 

「秋十? 中に入るよ?」

 

中に入ってドアを閉めた。すると、部屋には電気が付いておらず、バスルームの方から明かりが漏れている。…………まさかのシャワータイムだったのかな? とりあえずヴェルの回収を最優先としよう。早速ベランダの方に向かうと、そこにはヴェルの姿があった。早い所連れて帰ろうと思ったけど、ヴェルはまた飛び上がって、今度は私の部屋の方へと飛んで行った。…………あんの、わんぱくっ子! 少しもじっとしていることができないのか!

すぐにケータイが何かの着信があったことを知らせる。開いてみるとメールが一件。差出人は雪華。内容は『ヴェルちゃん帰ってきてすぐ檻の中に入ったよ』との事…………一体ヴェルは何がしたかったのやら。私には全くもって理解できなかった。

 

(完全に無駄骨だったじゃん、これ…………)

 

こっちにきたら勝手に自分の寝床に帰ってるというこの…………もういいや。ヴェルの好奇心旺盛っぷりに振り回されるの、そろそろ慣れてきたし。そんな事を思いながら部屋を後にしようとした時だった。あのバスルームから秋十が後ずさりするように出てきた。その瞬間、私は直感的になんかヤバい事が起きてるって悟った。

 

「どうしたの秋十?」

「うおわっ!? い、一夏姉…………い、いつからここにいたんだ?」

「ついさっきだよ」

 

ちょっと声をかけただけなのに相当焦っている秋十。動揺しているのが誰から見てもバレバレだよ。でも、余程のことがない限り動揺することなんて無いはずだ。…………本当に嫌な予感しかしない。

 

「…………なんか隠してる?」

「べ、別に何も!? な、何にも隠してねえよ!?」

 

…………嘘つくのが下手すぎでしょ。隠すものがないと言っておきながら、バスルームの扉を開かせまいとしている姿を見れば、何かを隠していることは火を見るよりも明らかだ。…………なんだろ、無性に嫌な予感がするんだけど。

 

「…………秋十、そこをどいて」

 

私は強引に秋十をそこから引き離す。何を隠しているのか…………これが拾った子犬とかだったらまだ許せるけど、もしそうじゃなかった場合は…………どんな判断を下すべきなのか。そんな事を考えながら私はバスルームのドアを開けた。

 

「あ、ちょ——」

「べ、紅城さん!? な、なな何でここに…………!?」

 

ドアを開けた先の光景に私は一瞬言葉を失った。だが、それもつかの間だ。状況を理解した私は腰に装備しておいた拳銃を引き抜き、目の前の人物にその銃口を向けた。

 

「…………あなたは一体何者なの——答えて、デュノア君」

 

——だって、私の目の前にいたのは…………女の子の体をした二人目の男性操縦者であるデュノア君だったのだから…………。







今回はキャラ紹介及び機体解説は行いません。
感想及び誤字方向をお待ちしています。
それでは、また次回も生暖かい目でよろしくお願いします。

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