FRAME ARMS:RESEMBLE INFINITE STORATOS   作:ディニクティス提督(旧紅椿の芽)

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NFS様、ナケダマ様、評価をつけて下さりありがとうございます。



今回、トラウマを抉るような表現が一部含まれています。
それが苦手だという方はブラウザバックを推奨します。



それでも大丈夫という方は、今回も生暖かい目でよろしくお願いします。





Chapter.22

「一夏はまだ病み上がりなんだから、早く寝るんだよ?」

「ずっと寝てなかった雪華には言われなくないかな?」

「そうですよ、雪華さん。では、また明日来ますね」

「うん、じゃあまた明日ね」

 

雪華とエイミーはそう言って病室を後にしていった。エイミーが連絡を入れた後、箒や鈴、レーア、秋十、そしてお姉ちゃんまでもが集まったよ。セシリアは諸用でまたイギリスに帰っているとの事だ。それにしても大変だったよ…………鈴はものすごい勢いで泣きついてきたし、箒は私の事を守れなかったとかって言って謝ってくるし…………レーアや秋十、お姉ちゃんみたいに落ち着いていて欲しかったけど、それだけ心配をかけてしまった訳だから、気がすむまでそうさせていたよ。おかげで雪華が起きちゃったけどね。

病室は本当の意味で静かになった。この部屋にいるのは私一人。箒達は先に帰ったし、エイミーと雪華もさっき帰ったしね。聞こえてくるのは波の音と近くを通って行った海鳥の声だけ。夕暮れ時というのものも相まってか、どこか侘しくて、切ないものがあった。けど、私はなぜかどこかそわそわとした気分になっていた。

 

(さて…………早速暇になっちゃったし、本でも読んでいようかな?)

 

どうにも今の私は何かしないと落ち着きそうにない。とりあえず本を取ろうと手を伸ばした。でも…………その手先はなんだか少しだけ震えているように思える。自分で意識してやっている訳じゃないし、やっても何も意味がないことはわかっているからね。

 

(なんだか変な感じがする…………)

 

嫌な予感がした私は本を太ももの上に置き、一旦拳銃を手に取った。ごく平凡な性能を持つ拳銃だけど、殺傷能力だってちゃんとある。もし、こんな変な状態で手に取ってしまったら…………何をするかわからない。そこに不安を感じた私は、拳銃から弾倉を引き抜いた。抜き終えたフル装填済みの弾倉はサイドテーブルの引き出しにしまわせてもらうことにする。これで、万が一手にかけても発砲する危険性はない。引いてもただ撃鉄が落ちるだけだから大丈夫だ。まぁ、もし私に危害を加えてくるような人がいたらとは思ったけど…………多分、そういう人も学園の人がほとんどだろうから傷つける訳にいかない。使うとしても、それは威嚇行為だけに留めておかなければならないからね…………。

一先ず弾を抜いた拳銃はサイドテーブルの上に置いておくことにした。これなら別に使われても問題ないし、こんな状態の私が使っても弾が出ることはない。その事に安心した私は再び本へと目を落とした。結構、この本面白いんだよ。といっても、前に秋十に薦められた本だから普通の女の子が読むのとは違うと思うけどね。だって近未来海戦モノだし。でも、この主人公とヒロインの距離が凄く焦れったくて、ヒロインを応援したくなるんだよ。前に読んでいた時は、ここより数ページ前で誰かに飛ばされちゃったけどね。

 

(あ、あれ…………震えが…………止まらない…………)

 

少し本のページめくりが悪いな、と思ったら、自分の指が小刻みに小さく震えていた。やっぱり変な感じがする…………だって、一番盛り上がるところを読んでいるはずなのに、全然そうならないし…………何より心がなんだか苦しい感じがするよ。なんでなんだろ…………目を覚ましてからずっとこんな感じだ。訳がわからない。一体、私はどうしちゃったの…………?

 

(とりあえず…………もう一回寝てみよ…………もしかすると良くなるかもしれないし)

 

そう考えた私は栞を挟んで本を閉じ、もう一度軽く寝ることにしたのだった。

 

 

気がつくと、私は見覚えのあるところにいた。周りには鉄柵、暗くて湿っていて少し肌寒い空間——独房だ。前にもここにきたことはあるけど…………どうして今ここに私がいるのかがわからない。とにかく、ここにいたらロクな目に合わないことは既に経験済み。私はここから逃げ出そうとしたけど…………

 

(う、うそ…………!? か、体が…………動かせない…………!?)

 

両手と両足には枷が嵌められていて、しかもそれは壁に鎖で繋がっているようだ。そのせいで手も足も動かすことができなかった。動かしても、ただ鎖の音が虚しく鳴るだけ。声を出そうにも猿轡をつけられていて出せない。

 

(な、なんでこんな事に…………!?)

 

状況は理解したけど、ここからどうしたらいいのかわからない。逃げる事は…………まず無理だ。…………まるであの時の尋問と同じパターンだよ。あの時は手錠をつけられたり、椅子に縛り付けられたりしたけど…………今回はそれ以上だ。動きを封じられ、逃げの一手も打てない。口を塞がれている以上、助けを呼ぶことなんてできない。なにもできないことが怖くて…………思わず足が震えてしまった。

そんな時だった。突然目の前の鉄柵が砂のように崩れ去っていく。崩れ去った後に残ったのは何処までも広がる黒い空間。先が見えないのがより一層恐怖を駆り立てる。こ、こんな事…………は、初めてだから…………怖いよぉ…………。正直、アントよりも怖いと思ってしまった。頭の中は逃げたい一心で一杯になっていた。

 

(あ、れ…………?)

 

そんな中、私の視界にあるものが入ってくる。人影が一つ、私の方に向かってくるのがわかった。服装からして、IS学園の生徒だと思う…………こんな黒ばっかりのところで唯一白い制服を着ているわけだから目立たない訳がない。次第に人影は近づいてくる。ここからの距離じゃまだ相手の表情はうかがえない。全くわかんなくなってきたよ…………。ようやく、自分の目で相手の表情が見える距離になった時、私は心が何かで突き刺されるような感覚を感じた。だ、だって…………目の部分は暗くなっていて読み取れないのに、不気味に口角を釣り上げた口元だけがはっきりと見えてるんだから…………。まるでその口は私のことを嘲笑っているような感じだった。

 

(ど、どういう事なの…………!?)

 

彼女から目を逸らして右を向くと、同じように不気味に口角を釣り上げた口元だけがはっきりと見える女子生徒の姿があった。その気味の悪い笑い声が少しずつ、音量を上げて聞こえてくるようだった。再び目を逸らして左を向くと、こっちも同じ…………気がつけば、私の前方は似たような表情を浮かべている女子生徒で埋め尽くされていた。視界に入るものは全て、気味の悪い笑みだけ…………こっちの気分が悪くなってくるのと、同じような表情が幾つも有るのが怖くて涙が出てくる。

 

(こ、怖い…………! 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖いぃぃぃぃぃっ!! なんなの、この人達!? だ、誰か…………助けて…………!!)

 

心の中で助けを呼ぼうとしても、それが届くわけなんてない。じりじりと彼我の距離は詰められていく。なんとか必死にもがいて逃げ出そうとしたけど、ただ鎖がぶつかり合って音がなるだけで、手錠から解放されるなんて事はない。逃げ出せない事に、私は心の底から恐怖を感じていた。

 

『——裏切り者』

(え…………?)

『——邪魔なのよ』

『——品位が下がるわ』

『——私たちに泥を塗ったゴミ』

 

そんな時、私にはそんな心無い言葉が浴びせられていた。口元は相変わらず嘲笑っている。それがあまりにも不気味で…………私の心はまるで何か大きな針で至る所から突き刺され続けているような感覚に襲われた。しかも…………近づいてきた事でやっとわかった事なんだけど…………みんなその手にナイフのようなものを持っている。

 

(ま、まずい…………!! い、嫌…………嫌だ…………嫌だよぉ…………っ!! お、お願い…………! 外れて…………外れてよッ…………!!)

 

間違いなく私の事を刺しにかかってくるはずだ。すぐにでも逃げたい…………必死になってもがくけど、鎖の音がなるだけで、枷が外れる気配なんて全くない。代わりに腰につけているであろう拳銃のホルスターがもがいて揺れるたびに当たってくる。そんな風に私が必死になってもがいているのを見てなのか、向こうの嘲笑っているのが少し強くなったような気がした。

 

『——無様よね』

『——裏切り者にはちょうどいいわよ』

『——穀潰しらしいし、いいんじゃない?』

『——目障りなのよ』

『——どうせ居場所なんてないんでしょ』

『——ISを使わない奴に価値なんてないわ』

『——ランクも最下位だし』

『——生きてる意味ないんじゃない?』

 

私の事を否定してくるような言動のせいで、気分が恐ろしく悪い。ケタケタという気味の悪い笑みがより一層強くなったような気がする。そして、手に持っているナイフをみんな正面に構えている…………距離なんてほとんどない。い、嫌だ…………嫌だよ…………!! こ、こんなところで死にたくなんてない!! だけど、声にして出せないわけだから、そんな事が彼女たちに伝わる事なんてなく、どんどんにじり寄ってくる。私の恐怖はピークに達していた。

 

(こ、来ないで…………来ないで…………!!)

 

首を振って涙を撒き散らしながら、来ないでという意思を表示するが、私の思いが通じる事なんてない。嘲笑っている声に加えて、迫ってくる足音が聞こえてくる。恐怖がピークすら超えて、さらに襲ってくる。

 

(来ないで…………来るな…………来るな…………来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るなぁぁぁぁ——ッ!!)

 

 

「——来るなぁぁぁぁ——ッ!!」

 

来るな…………私に近づくな…………それ以上近づいたら、私は——

 

「——あ、あの、紅城さん!? わ、私です!! ふ、副担任の山田ですよ!!」

 

どこかほんわかとしたような声を聞いて、周りが少し良く見えるようになってきた。部屋は明るい…………目の前には病室の壁…………枷や猿轡なんて嵌められてない…………手には拳銃を構えている…………その先にいるのは、

 

「——やま、だ、せんせい…………?」

「そ、そうですよ!! わ、私です!! や、山田です!! だ、だから、そのハンドガンを下ろして下さ〜い!!」

 

山田先生だった…………それ以外に人影はない。どこか安心した私は銃を下ろした。そ、そういえば銃弾って…………よかった…………弾倉は入っていない。でも、ものすごく申し訳ない気持ちになってきた。弾が入っていないとはいえ、拳銃を——それも何の罪もない人に向けてしまったんだ。しかも——こんな事を言うのは何だけど——それを向けた相手は気の弱そうな山田先生…………私は今この場から逃げ出したい気持ちになっていた。

 

「はふぅ…………びっくりしましたぁ…………で、でも、紅城さん、大丈夫ですか? だいぶ魘されていたようですけど…………」

「…………はい…………その、すみませんでした…………いきなり銃を向けて…………」

 

私は山田先生から顔を逸らして謝った。謝るときは相手の顔を見てやれってお姉ちゃんからは言われているけど…………今、この時だけはそれができなかった。他人と目が合わせられそうにない…………さっきの夢なのかどうかすら怪しいあれのせいで…………見えなかった目のせいで、相手が何を思っているのかを知りたくなかった。こんなことを思いたくはないけど…………山田先生の優しい声の裏にも何かあるんじゃないかと思ってしまった。

 

「い、いえ…………気にしないでください! 紅城さんも何かあったみたいですから、仕方ないですよ!」

「…………そう言ってもらえるだけ嬉しいです」

 

やっぱり目を合わせるのは無理だ…………目を合わせるのが怖い。すごく失礼かもしれないけど、今の私を守るにはこれしかない。

 

「だって私は先生ですから! ところで、食欲とかありますか?」

「…………少し、なら」

「では、紅城さんに食事を持ってきますね。少し待っていてください」

 

そう言って山田先生は病室を後にしていった。病室にいるのは私一人。外は暗い事からすでに夜担っているようだ。それよりも…………ダメだ、思い出したくないのに、頭の中にあの夢の言葉が流れ込んでくる。ち、違う…………嫌だ…………私は…………私は…………ッ!!

 

「…………うぷっ…………ぉぅぇっ…………」

 

頭の中がぐちゃぐちゃになって、吐き気が襲ってくる。胃の中が空になっているおかげで、中身が出てくる事はなかったけど…………気分の悪さは最高潮。嫌だ…………気持ち悪い…………吐きたい…………。いろんなものがこみ上げてきて、それを全て体の外に出したいのに、出せないというジレンマを感じていた。

 

「はあっ…………はあっ…………」

 

吐き気が治っても、動悸と息切れが待ち構えていた。原因はあの夢だと思うけど…………それの原因がわからない。落ち着いてきても、涙が溢れ出てきて辛い…………何なの、これ…………。感情がかなり不安定になっている事が否応でもわかってしまった。そんな時、不意にドアがノックされる。思わず私は身を縮めて、身構えてしまった。

 

『紅城さーん、起きてますかー? 食事持ってきましたよー?』

 

ドア越しに山田先生の声が聞こえてきた。その事に少しだけ安心するけど…………でもやっぱり、目だけは合わせられそうにない。

その後、私はぶっきらぼうに返事をして、山田先生を中に入れたけど…………正直言って、今は一人でいたいのか、それとも他人と一緒にいたいのか…………それすらもわからなくなっていたのだった。

 

◇◇◇

 

俺——秋十——はここ最近、心配事になっている事がある。言うまでもない、一夏姉の事だ。正直千冬姉から一夏姉がいなくなったって聞いて、その後一夏姉とかなり仲が良いエイミーから、一夏姉が虐められていたって事を知った。主犯はエイミーが潰したとかって言ってたけど…………問題はその後だった。一夏姉は一週間近い間眠っていたわけなんだけど、目が覚めた翌日から態度が少しおかしかった。俺が病室に入っても目をそらされるし、俺だけじゃなくて箒や鈴を始めとした一夏姉にお付きの人達にもどこかよそよそしい態度を取っていた。さらにある時は、

 

『く、来るなぁぁぁぁ——ッ!』

 

見舞いに来たクラスのメンバーに拳銃を向けてしまうという世にも恐ろしい事態になってしまう事もあった。その後で一夏姉は平謝りをして、みんなも一夏姉が疲れて気が動転しているから仕方ないって納得してくれて、一夏姉がクラスから除け者扱いされる事はなかった。それがせめてもの救いだと思ったぜ。クラスでは一夏姉、なんだかんだで好かれているし、いろんな相談にのっているらしいから、好感度はかなり高い。一夏姉の優しさが、結果として一夏姉の場所を守ってくれたというわけだ。

しかし、いかんせんこんな状態が続くのは非常によろしくないと俺は思っている。精神的に異常をきたしていると判断されて、一週間は経過観察と言われているが、このままにしていても何も変わることなんてないだろう。下手したら悪化するかもしれない。でも、俺、箒、鈴、雪華、エイミー、レーア、セシリア、そして千冬姉と山田先生がケアをしたけど、効果はあまりなかった。ここまでやってダメなら…………俺には最後の手段が思いついていたが、それはある事のせいで使う事が出来ない。だから…………その下準備をする事にした。

 

「それで…………その、姉貴分の人、大丈夫?」

「いや…………全然大丈夫じゃねえわ。何とかしないと本気でやばい」

 

俺は昼休み、いつも昼飯を食っているメンバーから抜け出して、四組の方へと向かった。飯に関しては購買でいろいろ買っておいた。そんなわけで、四組にいたとある少女を連れ出して、屋上へと来ていた。俺が連れてきた少女——水色の内跳ね気味の髪にルビー色の瞳、そして眼鏡型ディスプレイが特徴的な女子、更識簪だ。知り合った理由は俺に白式が渡された時に、彼女も専用機である打鉄弐式を渡されていた。その時に同じ企業の機体を使っているという理由でなんだかんだで仲良くなった。彼女がいろんな意味で俺の作戦の成立条件を満たす鍵を持っているのだ。

 

「具体的にどうやばいの?」

「できれば他言無用で頼めるか?」

 

俺がそう言うと簪は首を縦に振って肯定の意を示してくれた。一応話しておけば何とかなりそうだし、状況が変わる可能性だってあるからな。

 

「そうだな…………飯は一日一食しか手をつけない、それもほとんど食べられないからオートミールだけ。寝ると悪夢を見るらしくてここ最近はほとんど寝てない。精神も不安定な状態が続いていて、悪夢を見た直後は拳銃を向けてしまうんだとよ…………」

 

正直、俺がこんな風に昼飯を食っている間も一夏姉は悪夢にうなされているのかもしれない。やっとの事で一夏姉が幸せになれると思っていたのに…………そう思った矢先がこれだ。俺がこうして何事もなく時間を過ごしているのが非常に申し訳なく思ってきた。それを聞いた簪もどこか重い表情をしていた。

 

「そう、なんだ…………それで、私にどうしろって? 多分、私は力になれないよ?」

「いや、十分力になるんだ。頼む! 俺に力を貸してくれ…………!」

 

この際男のプライドなんてどぶに捨ててやる。それで一夏姉を助ける一手に繋がるなら…………俺は両手を合わせて簪に頼み込んだ。ここで断られたら、この先の話にすら持っていけない。

 

「まぁ、同じ企業で専用機貰った好だし…………どうなるかわからないけど、私でよかったら手を貸すよ」

 

返ってきた答えは、俺の期待を裏切らないでくれた…………よかった、なんとか希望は繋がった…………! だが、本題はここからだ。内容次第ではこの手を振りほどかれる可能性だってある。そうなったら全て終わりだ。

 

「ありがとな!」

「うん…………それで、私は何をしたらいいの?」

「それなんだがな…………更識楯無って生徒会長だよな?」

「うん」

「生徒会長って結構権限あるんだよな?」

「うん」

「で、お前の名字って会長のと一緒だよな?」

「…………無駄に勘がいい。そうだよ、生徒会長は私のお姉ちゃんだよ」

 

ビンゴだ。別に俺は簪をそのネタで揺するつもりなんてない。一夏姉にも前に言われたからな…………人はそれぞれ、その人はその人、自分は自分だから、誰かと誰かを比較するのはしないほうがいい、ってな。無論、俺はその約束を破るつもりはない。

 

「で、私とお姉ちゃんの関係を知ったところで、どうするつもり?」

「まぁここからが本題だ。お前にしか頼めない事だ」

 

俺は簪の方に向き直る。これを棄却されたら最後、俺は全ての手を失う事になる…………本当、酷い賭けだ。俺は意を決したように口を開いた。

 

「——お前に、俺と会長の繋がりを作るきっかけになって欲しい」

 

 

「——任された仕事が余りにも軽すぎて拍子抜けしたんだけど」

「う…………そ、それを言わないでくれ」

 

放課後、俺たちは生徒会室へと向かっていた。だが、まぁ…………うん、簪に頼み込んだ事が、彼女にとってはかなりお安い御用らしく、拍子抜けされた。どうやら、あの生徒会長、アホらしいくらい簪の事を溺愛しているそうだ。故に、相当ちょろいらしい…………それでいいのか生徒会長。

 

「生徒会室はここ」

 

たどり着いた先にあったのは、教室であるが、ここだけ扉が木製になっている。謎の高級感が少し漂っているぞ…………だが、ここにあの生徒会長がいる…………そう考えただけで手に汗が滲んできた。よし…………行くぞ。

 

「し、失礼しま——」

 

重々しい音を立てて扉は開いた。そして、真っ先に目に入ってきたのが、書類の山に飲まれて死にかけている水色の髪の人がいた。…………一体どういう状況に放り込まれたのか、俺の頭は理解を放棄したような気がした。そんな彼女の横では、黙々と仕事を続けている真面目そうな生徒と、のほほんとした雰囲気を放つクラスメイトののほほんさん(本名、布仏本音)がいる。

 

「…………これ、なんていう状況なんだ…………?」

「…………私の家系の残念な面が先に出てきた」

 

簪はこの光景をみて若干頭を抱えているようだった。千冬姉の部屋にも負けないカオスっぷりだと、俺はこの瞬間思った。そう考えていると、死にかけていた水色の髪の生徒が起き上がる。簪とは内跳ねと外跳ねの違いはあるものの、かなり似た顔立ちをしている。やはり、簪の言う通り姉妹なんだな…………。

 

「あら、いらっしゃい、簪ちゃん。そして——ようこそ生徒会へ、噂の男子君」

 

そう言って人当たりの良さそうな笑みを浮かべた。彼女こそ、俺が話を持ち掛けようとしていた生徒会長の更識楯無だ。間違いない、入学式で壇上スピーチした人と同じだからな。

 

「ええ、どうやら俺は名乗らなくても良さそうな感じですね、生徒会長」

「そんな固くなくていいわよ。楯無、とか、たっちゃん、とかって呼んでね」

 

し、初対面から馴れ馴れしい感じがするぜ。しかし、これがこの人の持つ力なのだろう。一方の俺、こんな事を言われても呼び捨てなんてできそうにない。だが、そうしない限りこんな事を言われ続けるだろう。…………腹をくくるか。

 

「あ、おりむ〜だ〜。どうしたの〜? かんちゃんもいっしょだし〜?」

「本音、もう少し仕事をしっかり処理できないかしら? 何故か増えている気がするのよ…………」

 

のほほんさんが俺らに気づくと、その真向かいで作業をしている真面目系の委員長タイプの人が、のほほんさんにちゃんと仕事をするよう忠告している。この真面目感…………一夏姉にも劣らねえぞ。

 

「自己紹介がまだでしたね。私は生徒会書記担当、布仏虚といいます。それで織斑君、本日はどのような用で生徒会室に?」

「ちょ、虚ちゃん!? そのセリフ私のなんだけど!?」

 

へぇ、あの真面目な人は虚さんと言うのか。…………ん? 名字が布仏…………リボンの色は赤…………もしや!

 

「のほほんさんのお姉さん!?」

「はい。あなたの事は本音からいつも聞いてますよ。姉思いの弟、だと」

 

衝撃的だった。あののほほんとした感じののほほんさんからは想像ができない程、真面目で事務系な人が姉だなんて…………。

 

「…………すごいびっくりしたでしょ?」

「…………あ、ああ」

 

簪からそう言われて、俺は衝撃から戻ってきた。って、本題忘れかけてんじゃねえか!? なんのためにここに来たのか…………しっかりしろ、俺!

 

「虚ちゃんにセリフ取られちゃったけど…………一体どんな御用なのかしら?」

 

更識会長からそう言われる。よし、ここまできたらやるしかない。俺は一度息を整えてから、言葉を発した。

 

「会長、俺に外部からの人間を学園内に連れ込む許可を出してください」

 

俺はそう言って会長に頭を下げた。勝手に外部からの人間を学園内に連れ込む事はできない。それは生徒手帳にも書いてある事項だ。基本的に招き入れることができるのは学園祭ぐらいしかないと書いてあったけど…………今はそんな事を言ってる場合じゃない。一夏姉を助ける術は、もう学園内に残っていない。だから、こうして生徒会長という、そんじょそこらの教員よりも権限が強い人間に頼み込んだのだ。

 

「あのねぇ…………学園内に外部からの人間を勝手に連れ込むってどういう事か分かって言ってるの?」

 

会長の目はさっきまでの飄々としたものから厳しいものに変わった。虚さんはメガネの位置を直して同じく厳しい目を向けてきた。思わず背中を汗が伝った。正直言って、千冬姉程じゃねえけど怖え…………下手な事を言ったら殺されそうな感じだ。でも…………俺だって、ここで引くわけにはいかない。俺は会長に目を合わせて話した。

 

「重々承知です…………学園の規則もちゃんと読みましたから、俺が頼み込んだ事にどんな責任がつきまとうか、理解しているつもりです」

「なら、どうしてしようとするのかしら? 下手をすれば、IS委員会に拘束される可能性があるのよ?」

「わかってます…………でも、それでもしなければならないんです!!」

 

少し熱くなっているのかもしれない。自分が肩で息をしているような気がしてきた。会長は少し間を置いてから、ため息をついた。きっと、目の前に意味を理解した上で突っ込んでくるアホがいるからだろう。

 

「わかったわ…………でも、なんで呼ぶのか、その理由を聞いてから判断ね。正直、明日になれば外出届を出して会いに行くくらいできるのに」

 

俺は会長に理由を話した。一夏姉が虐められたこと、そのせいで何日も眠り続けていたこと、起きたけど様子が変なこと、身近な人でもケアができそうにないこと、外出しようにも絶対安静を言われてること、起きてからろくに寝れてないこと、そして…………今も苦しんでいること。俺が覚えている限りの全てを話した。話していくうちに、俺の手が少し震えていた。多分、一夏姉を助けてあげられる力が俺になかったことを悔しがっているからなのかもしれないし、そうでないからなのかもしれない。自分でもこの理由はわからない。俺はその震えを押さえつけるかのように、拳を握りしめていた。

 

「なるほどねぇ、あの件かぁ」

 

そんな俺に会長は何処か理解したみたいな顔をして言ってきた。あの件…………?

 

「あの件って…………一夏姉の事について何か知っているんですか!?」

「まぁね。私達、学園の内偵みたいな事をたまにしてるから、ちょっとは情報が入って来るのよ。——とりあえず事情は理解したわ。つまり、あなたは今も苦しんでる紅城さんを助けるために、外からカウンセラーみたいな人を呼ぶって事、でいいかしら?」

 

会長の言ってることは概ね間違ってない。呼ぶのはカウンセラーではないが…………一夏姉にとっては似たようなものか。

 

「そういうことになりますね…………」

「で、その呼ぶ人はISについてどのくらい詳しいの?」

「いや、素でバカなので、ISを知っていてもゲームに出てるやつの名前くらいしか知らないと思います」

「了解よ。一先ず、先生や学園長に私から話をしてみるわ。それまでここで待っていて」

 

会長はやれやれといった感じで一旦部屋の奥に向かおうとした。とりあえず話をしてみるって言っていたから…………上手くすれば本当に希望が見えてきたぞ!

 

「ありがとうございます!」

「それはまだ早いわよ。でも、あまり結果は期待しないでおいてね」

 

期待するなと言われると、逆に期待してしまうじゃないですか…………。会長はそう言ってから電話みたいなやつを手にとって、何処かへ話し始めた。多分先生や学園長にって言ってたから、そこの方面だと思う。俺は事がなんとか上手く運んでくれたおかげで、少し力が抜けてしまった。

 

「ね? お姉ちゃん、ちょろいでしょ?」

「簪の力を借りずにここまで話が進むなんて思いもしなかったぜ…………」

「かいちょ〜は、人の頼みを断りきれないからね〜」

「それがいい点であり、欠点でもあるのですが…………」

 

実際、ここまでのところ簪の力を借りてはいない。会長、ちょろいんじゃなくて単にお人好しなんじゃないのかと俺は思った。

 

「——はい。では、そのように伝えておきます」

 

暫くして話は終わったようだ。奥の方から会長が戻ってくる。表情はさっきまで通りの真面目なもの。彼女はそのまま自分の席へと座った。や、やべえ…………なんか緊張してきた。

 

「さて、結果を話すわ」

 

謎の圧迫感が俺を襲う。どんな答えが出てくるのか、それがわからないが故に、計り知れない恐怖がそこにあった。結果はどうだったのか…………承認されたのか、あるいは…………。思わず息を飲んだ。そして、会長は一息ついてから口を開いた。

 

「特例として、一人だけなら構わないそうよ。ただし、制限時間は今から夜十二時まで。まぁ、織斑先生が意外にもあっさり許可を出してね、『あいつの周りにいる連中はアホしかいないから、ISなんぞを見てもスパイ行為ができるほど頭がいいと思えん』だってさ。それに学園長も、『生徒の学園生活を脅かすような人間でなければ構わない』って言うのよ。それに…………私も、あなたの必死な顔を見ていたら手助けしたくなっちゃってね」

 

そう言って『全力支援』と書かれた扇子を広げる会長。よかった…………これで一夏姉を助ける事ができる! 俺の力じゃないのは悔しいけど…………でも、一夏姉の為になるならそれだって構わない!

 

「ありがとうございます!」

「ふふっ。それと、言い忘れていたわ。あなたのおかげで簪ちゃんの機体開発が凍結されずに済んだの。だから、お礼を言うのはこっちなのよ」

 

会長は『感謝』と書かれた扇子を広げる。一体、いつ交換したんだ…………無駄に達筆なんだが。しかし、俺はそんな事をしたのだろうか? 記憶に思い当たる節がないんだが…………。

 

「『ぽっと出の俺に用意して、努力してきた人に渡さないというのはおかしい。それなら俺はそんなもの、いらない。それは、今まで努力してきた人に渡すべきだ』——あなたがこう言わなかったら、現実は変わっていたかもしれないわ。そうよね、簪ちゃん?」

「うん…………前にも言ったけど、秋十のおかげで私は前に踏み出せたみたいなものだから…………だから、ありがとう」

 

予想外の展開に俺は頭が追いついていなかった。そんなことを言ったのを思い出したけどさ、そこまで礼を言われることなのか…………? 俺は至極当たり前のことを言っただけなんだけどな…………。まぁ、いいか。とりあえず最後の段階を仕上げるだけだ。

 

「そ、それじゃ、俺はそいつに電話してくるんで」

「はい。では、またの日を。——お嬢様、お仕事を再開しますよ」

「え、ちょ!? ちょっとくらい、簪ちゃんを愛でさせてよ!!」

「…………仕事しようよ、お姉ちゃん」

「私は邪魔になるから、休むね〜」

 

俺はそんな不思議な空間を後にし、一旦中庭の方へと向かった。時間は既に夕暮れ時だが…………まだ間に合う。なんとしてでも間に合わせてみせる。周りに誰もいないことを確認した俺はケータイを取り出し、ある番号にかけた。この番号にかけるのも久しぶりだな…………。コールの音が鳴り響く。何度目かのコールの後、電話は通じた。

 

「ああ、俺だ、秋十だ。悪いけど、今からIS学園に来てくれ。色々大変な事があってな…………詳しいことは後で話す。とにかくすぐにだぞ、すぐ! 駅の方で待ってるからな!」

 

◇◇◇

 

(もう…………何日寝てないんだろう…………頭がくらくらするよ…………)

 

ここ最近、寝るのが怖くて眠れない。眠るといつも決まってあの夢を見てしまう…………眠りに落ちるたびにそれを見てしまうものだから、ゆっくり休めたものじゃない。寝てないじゃなくて、寝れないが一番近いかもしれないね…………正直、今は本当に眠りたくない。目を閉じると、また私は…………もう、あんな目に遭うのは嫌…………。

 

「…………っ…………ぅぇっ…………」

 

考えるたびに吐き気が襲ってくるけど、中身なんて出てこない。ご飯も食べたくないし…………おかげで体が少し軽くなった気がする。それに、人にも会いたくないし…………会ったら、何かされるんじゃないかと思ってしまって、反射的に銃を向けてしまったからね…………今、誰かに会ったら何をしてしまうのかわからないし。

 

(…………ひどい顔してるなぁ、私…………ぼろぼろじゃん…………)

 

サイドテーブルの上に置いてある鏡に映った自分の顔は酷いものだった。寝てないせいで隈が出来てるし、食べてないせいで頬が少し小さくなってる。生きてる、って感じがあんまりしない。なんか、前の雪華みたいな状態になっているよ…………これじゃ、人の事言えないね…………。

 

(はぁ…………)

 

心の中でため息をついた私は思わず窓の外を眺めた。今日はかなり明るい…………空を見上げたら、まんまるの満月が上っていた。それ以外にも星が綺麗に輝いている。煌々とした光は私の元に降り注いでいて、それだけで本が読めそうなくらいだった。辛い事があるといつも星空を見上げるのはなんでなんだろ…………こんな事で悩んでる自分がちっぽけだから…………? でも、今の私は…………そんなんじゃないよ。よくわからない恐怖にすり潰されながら、生きているのか死んでいるのかもわからない日々を過ごしている。私って…………なんなんだろうね。

そんな時、突然病室の入り口が圧縮空気の抜ける音と共に開いた。その瞬間、私は反射的に拳銃を構えていた。ノックもなしに来たから、誰が来るのかわからない恐怖が全身を駆け巡る。だ、誰…………? 足音が聞こえるけど、入り口側の一部が死角となっているせいで見えない。…………い、嫌…………こ、来ないで…………! 恐怖で拳銃を構えている腕が震えている。涙まで溢れ出てきている。来ないで…………来ないで…………来るな…………来るな、来るな、来るな来るな来るな来るな来るな来るな——

 

「——来るなぁぁぁぁ——ッ!!」

「うおぁっ!? びっくりしたぁっ!?」

 

今まで聞いたことない声にびっくりして、意識が急に戻ってきた。い、今の声って…………。がたがたと震えて定まらない銃口の先にいたのは——

 

「よ、よぉ、一夏。久しぶりだなぁ。と、とりあえずその物騒な物をしまってくれねえか?」

「…………だ、ん…………?」

 

——本来ならいるはずのない弾がいた。私は夢の中にでもいるのか、な…………だって、おかしいじゃん…………弾がこんなところにいるなんて、さ…………だってここ、IS学園だよ…………? 普通じゃ来れないはずなんだよ…………? 理解が…………追いつかない…………っ。

弾がいることに私は安心したのか、拳銃を下ろした。その直後に襲ってくる罪悪感。私…………私は…………なんてことを…………してしまったんだ…………。大切な人に銃を向けるなんて…………守りたい人に銃を向けるなんて…………私は…………一体何を…………。罪悪感に心が押しつぶされそうだ…………私は弾から顔を逸らした。

 

「な、なぁ、一夏? お、俺、そっちに行ってもいいか? 椅子、そっちにしかないみたいでさ」

 

弾はそう言って笑っているようだけど、顔を見てないから表情はわからない。でも、これでいいんだ…………私は、弾に銃を向けてしまったんだ…………好きな人に銃を向けるなんてこと、あっちゃいけないんだよ…………それをしてしまった私に…………顔をあわせる資格なんてないんだ…………! 私は…………咎人だよ…………! それに…………顔を俯かせていたら…………弾に、こんなぼろぼろの姿、見られなくて済むからね…………。

 

「…………来ないで」

「えっ…………」

 

思わずそんな言葉が出ていた。弾も、そんな言葉を予想していなかったのか、間の抜けた声を出している。

 

「な、なんでなんだよ?」

「ごめん、弾…………私、何をするのか自分でもわからないんだよ…………さ、さっきだって…………弾に銃を…………ひ、酷い事しちゃったし…………また酷い事をしちゃうかもしれない、から…………だ、だから、来ない方がいい、よ…………」

 

次に自分がどんな行動をとるのかわからない…………それで弾を傷つけるような事だけはしたくない。だったら…………こうしてでも無理やり遠ざけておくしかないんだよ…………そんな自分が嫌で仕方ない。大切な人に牙を剥いた——その事実が私の罪悪感を大きくして、心がものすごく痛くなってくる…………哀しいのか、苦しいのかわからないけど…………涙が溢れ出てきて仕方なかった。こぼれ落ちた涙が布団を濡らしていった。

そんな時だった。急に何かの圧迫感を感じて、私は不意に視線を上げた。こ、これ…………もしかして…………私、弾に抱きしめられている…………?

 

「だ、ん…………?」

「悪い、一夏。お前のその言う事だけは聞けそうにないわ」

 

弾は優しげな声で私に話しかけてくる。一方の私はどうしたらいいのかわからずに呆然としたままだ。

 

「お前の身に起きた事、全部秋十と千冬さんから聞いたよ…………大変だった、の一言なんかじゃ絶対片付かないよな。お前から電話が来なくなって、正直不安で仕方なかったぜ」

「…………そ、それは…………その…………ごめん…………」

「謝るなよ。俺がお前にしてやれる事なんて言ったら、こうやって抱きしめてあげる事くらいしかないしさ…………本当、不甲斐ないよな、俺」

「…………そ、そんな事…………ない、よ…………だ、だって…………だって弾は…………! 弾は…………わ、私の事を心配…………してくれたんで、しょ…………だ、だったら…………」

「そう言ってくれるのは嬉しい。けどさ…………俺だって男なんだし、好きな子の事くらい守ってあげたい。お前にいつも守られっぱなしの俺が言うのもなんだけどな」

「…………で、でも…………でも私…………私…………弾に…………銃…………向け、ちゃったし…………そ、そんな私の事なんて…………」

 

涙が溢れて止まらない。それでも弾は私の事を抱きしめ続ける。さっきよりも少し力が強くなって、背中をさすってくれている感じがする。

 

「優しすぎるお前の事だから、だ…………俺の大切な人だから、守りたいんだ…………それに、俺に銃を向けたのだって、したくてしたわけじゃないだろ? 偶然なんだろ? だったら、責めるなんてことはしねえよ。お前は——俺の知っている紅城一夏…………心優しい一人の女の子なんだからさ」

 

嗚咽が止まらない。涙は止まるところを知らない。だ、ダメ…………これ、以上は…………。

 

「辛かったんだろ…………? だったら泣いてしまえよ。そして、スッキリできるものならスッキリしちゃえよ。好きな人の顔ならなんでも好きだって言うけどさ…………お前にはやっぱり、向日葵みたいな明るい笑顔が一番似合うんだよ。それにさ、泣いたら笑顔の種に水をあげてる事になるって、誰かが言ってたし、今は泣いて、その後で笑っていてくれたら、俺はそれで十分だ」

「…………だ、弾…………ご、ごめっ…………わ、わたっ…………私…………私…………ッ!!」

「気にすんな。今は俺たちしかいねえし、俺も見てねえから…………遅くなったけど、助けに来たぜ、一夏」

 

その直後、私の心は堰を切ったようにいろんなものが溢れ出してきた。毎日、何をされるのかわからなくて怖かった…………毎晩、夢でも何をされるのかわからなくて怖かった…………人と目を合わせるのが怖かった…………そうして他人を拒絶していた自分が嫌だった…………怖さとか悲しさとか、いろんなものがごちゃ混ぜになって、涙として流れ出てくる。流れ落ちた涙は弾の肩を濡らしていった。

 

「怖かった…………! 痛かった…………! 嫌だった…………! 寂しかった…………! 悲しかった…………! もう、こんなの…………こんなのは…………!!」

「わかった、わかった。本当、よく耐えたよ…………こんな事を言うのは少し変かもしれないけどさ——お疲れさん」

 

——その瞬間、私は声を上げて泣いたのだった。

 

 

「どうだ? 少しは楽になったか?」

「うん…………ありがと、弾。今までよりは少し楽、かな?」

「そいつはよかったぜ」

 

一頻りに泣いた後、私は弾と並んでベッドに座っていた。打撲したところが少し痛んだけど…………でも、弾と一緒に居られるなら、それくらい我慢我慢。なんでここにいるのか、とか疑問に思ったけど、直接会えることの方が嬉しくて、そんな疑問はどっかに飛んでっちゃった。電灯はつかないみたいだけど、月明かりがすごいからそんなものはいらない。それに…………こんなに近くで弾といるから、彼の顔もしっかりと見えるからね。

 

「そういえばさ、一夏」

「うん? なに?」

「いや、お前…………確か、飯をろくに食えてないそうじゃねえか? 大丈夫なのか?」

 

そういえば、ここ最近は全然ご飯も食べられなかったっけ。食べても、眠ってしまったときに見る悪夢のせいで吐き気が襲ってくるから、あんまり意味ないと思ってた。唯一食べられたのはオートミールくらいだけど…………それもあんまり食べたくなかったから、一日一食、ほんの少しだけ口に入れるような感じだったね。それでも、吐くときは吐いてしまったけど。

 

「多分、大丈夫だよ…………夢見ると戻しちゃうし…………それに、あんまりお腹減ってないか——」

 

そんな時、急に鳴り出すお腹の音。わ、私のだ…………は、恥ずかしい…………しかも好きな人の前で鳴っちゃうなんて…………。ちらっと弾の方を見ると、いたずらっぽい笑みを浮かべていた。むぅ…………。

 

「どうやら、腹の方はかなり正直みたいだぜ? 一応、食べられそうなものって事でゼリー買ってきたけど、食べるか?」

「い、いや、だから、大丈夫だっ——」

 

再び鳴ってしまうお腹の音。…………なんでこのタイミングで鳴るのかな? こっちは恥ずかしくて仕方ないよ…………。一方の弾は、なんだか仕方ないなぁといった感じの笑みを浮かべていた。むぅ…………思わず頬が膨れてしまった。

 

「そう膨れてるなって。ほら、いくらオートミールしか食えてないって言っても、これならなんとか食えるだろ?」

 

そう言って弾は私にゼリーを渡してきてくれた。ちゃんと蓋は剥がされていて、スプーンもつけられている。多分、色からして林檎ゼリーかな?

 

「…………うん、ありがと。それじゃ、いただきます」

 

私はそれを受け取った。…………のはいいんだけど、スプーンを持った時、手の震えが出てきて、上手く掬えそうにない。実際、上手く掬えそうな気配が全くない。オートミール食べてる時も震えてて、かなり食べ辛かった記憶がある。

 

「どうしたんだ、一夏? 食わないのか?」

「いや、その…………手が震えてて、上手く食べられそうになくて…………」

「マジでか…………」

 

実際震えているから仕方ない。この震えはずっと続いている。原因は不明。でも、このままじゃ食べられそうにないし…………どうしよ。私はちらちらと弾の方に目を向けた。折角だし…………ちょっとくらい甘えても、いいよね…………?

 

「ねぇ」

「な、なんだ、一体?」

「弾が…………食べさせて?」

「ファッ!?」

 

ものすごく驚いたような悲鳴をあげる弾。別にそこまで驚かなくてもいいのに…………。

 

「だって…………このままじゃ食べられないし…………」

「だ、だからって、そ、それはなぁ…………」

「…………やっぱり、嫌?」

「そ、そんな目をするなよ…………ほら、こっちに寄越せ」

 

そう言って弾は私の手からゼリーとスプーンを取っていった。

 

「ほらよ、口開けろって。ほい、あーん」

「あ、あーん」

 

弾はちゃんと私に食べさせてくれた。なんか手慣れている感があるけど、弾って鈍感なところがあるからこんな風に自然な形でできるんだと思う。久しぶりに食べた甘いものだから、とても美味しく感じる。それに水っ気があるから、オートミールより食べやすいよ。林檎のすっきりとした甘さが心地よかった。

 

「どうだ、美味いか? まぁ、コンビニのやつなんだけどさ」

「うん! これならまだ食べられそうだよ。次の、お願いしていい?」

「へいへい、了解しましたよ、中尉殿」

 

弾には私が国防軍の中尉だって事を話してるよ。隠し事なんてできないし、したくない。弾ならそういう事は人前で言わないし、こんな風に二人きりの時、茶化すような感じで言う事はあるけどね。そんなこんなで結局、最後まで弾に食べさせてもらったのだった。

 

 

「そんじゃ、俺はそろそろ帰るわ。モノレールの終電に間に合わなかったら海を泳いで帰んなきゃなんねえしな」

「そっか…………そうだよね…………」

 

ゼリーを食べさせてもらった後、暫く二人で喋っていたんだけど、弾はそろそろ帰らなきゃいけなくなったみたいだ。こんな風に長い時間二人きりでいたのは嬉しかったけど…………でも、やっぱり寂しく感じるかな…………? ずっと一緒にいたいって思ってるし…………。

 

「全く、そんな寂しそうな顔をすんなって。今生の別れじゃねえんだ。またそのうち会えるさ」

 

そう言って弾は私の頭の上に手を置いた。なんだか子供扱いされている感がものすごくあるけど…………でも、今はこうしてもらうことが嬉しくて仕方ない。弾はそのまま私の頭を撫でてくれた。気持ちいい…………普段から蘭ちゃんの頭でも撫でているのかわからないけど、凄く落ち着く。今まで魘されていたことが嘘のようだ。

 

「ねぇ…………またちょっと甘えてもいい?」

「…………ったく、今日は珍しく甘えてくるなぁ。で、具体的に何をして欲しいんだ?」

 

弾はやれやれといった感じで少し甘えさせてくれるようだ。まぁ、ここまで甘えたいなんて思った事、初めてかもしれない。でも、今日くらいはいいよね…………?

 

「うんとね…………ちょっと、こっちに来て」

「へいへい」

 

私はそう言って弾をこっちに呼び寄せた。自然と弾は私の目線に合わせてしゃがんでくれた。私は迷いなく彼に抱きついた。

 

「——って、い、いいい一夏ぁっ!? お、おおおおまっ、お前——」

「…………少しの間、こうさせて」

 

弾はなんだか焦っているみたいだけど、そんな事御構い無しにわたしは彼を抱きしめていた。どうしても今だけは彼に抱きついていたい…………理由はよくわからないけど、今は誰かに触れていたいという思いがあった。

 

(弾…………あったかいなぁ…………)

 

直に温もりを感じて、私はなんだか言いようのない安心感に包まれていた。心の底から安心する感じがあるよ…………こんな風に感じたのはいつぶりかなぁ…………。思う存分弾の温もりを感じた私は彼を解放した。

 

「…………唐突すぎんだろ、お前」

「ごめんごめん」

 

弾はものすごく顔を赤くしていた。まぁ、急にあんな事をしたら誰だってびっくりしちゃうか。でも、私に後悔はない。少し軽い感じで謝ったけどね。

 

「それじゃ、今度こそ俺は行くぜ」

「帰るときは気をつけてね。次、長い休みがあったら会いに行くから」

「おうよ。その日を楽しみにしてるぞ。そんじゃ、またな」

「うん、またね」

 

弾はそう言って病室を後にしていった。なんだか今の時間が夢のように感じるよ…………今までずっと恐怖に苛まされる時間を過ごしていたから尚更だ。今は月明かりが優しく私を照らしている。その光が私の悪夢を取り払ってくれているような気がした。

 

(なんだろ…………眠くなってきたよ…………)

 

最近ろくに寝てなかったせいか、急に眠気が襲ってきた。今までは眠ると直ぐにあの悪夢を見てしまう事しかなかったけど…………今なら悪夢を見ずに眠る事ができそうだ。そう思ったら、私の意識は急速に微睡みの中へと突入していったのだった。

結果として何も夢を見る事はなかった。夢を見ずに眠る事ができたのはいつぶりなんだろう…………? こうして私は長い悪夢から解放されたのだった。




今回、キャラ紹介及び機体解説は行いません。
感想及び誤字報告をお待ちしています。
では、また次回、生暖かい目でよろしくお願いします。

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