FRAME ARMS:RESEMBLE INFINITE STORATOS   作:ディニクティス提督(旧紅椿の芽)

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どうも、紅椿の芽です。
前回、長く書きすぎたせいもあってか、その反動で今回は前回より短めです。
では、今回も生暖かい目でよろしくお願いします。





Chapter.21

「…………まだ目覚めないんですね…………」

「うん…………ずっとこんな状態だよ…………」

 

模擬戦の翌日、エイミーは一夏の眠る病室を訪れていた。襲われた日からだいぶ時間が経ったというのに、未だに目を覚まさない一夏の様子を、エイミーはかつてドイツで行った作戦の時の一夏と重ねてしまった。そう感じるたびに唇を噛み締めてしまう。

 

「それよりも雪華さん、少し休んでください…………ずっとここにいるんですよね」

「いいよ…………私はまだ大丈夫だから…………」

 

そうエイミーに答える雪華であるが、その目の下には隈ができている。雪華は一夏が入院してから学園に顔を出しておらず、ずっと一夏のそばにいた。正直、食事を取っているのかどうかも怪しいと思われているレベルだ。そんな状態の彼女は否が応でも休ませるべきだと判断したが、エイミーにはその言葉が喉につっかえて出す事ができなかった。

 

「そうですか…………」

 

やっとの事で出せた言葉も無理やり納得するような感じの言葉だ。慰めにも何にもならない。いや、慰める事ができなかったと言った方が正しかっただろう。自分ができたのは、ただの報復だけ…………自分は助けになれていない、そうエイミーは考えてしまった。

 

「でもさ…………こう言うのは不謹慎だってのはわかってるんだけど…………一夏、やっと休む事ができたかなって…………」

「それ、どういう意味ですか…………?」

 

雪華の放った意外な一言に、エイミーは驚きを隠せなかった。これほどの事があったというのに、どこか少しほっとしているような表情をしている彼女の心情がエイミーにはわからない。なぜそんな表情ができるのだ、エイミーの疑問を募るばかりだ。

 

「こっちに来る前から一夏には休みなく仕事があったからね…………基地の防衛に、機体や武器の稼働テスト。こっちに来てからは書類作業も増えてきたし…………休みなんてほとんどなかったんだよ。だから…………こんな時くらい休んで欲しいかなって…………」

「そう、だったんですか…………」

 

実際、一夏に休みなどほとんどなかったと言っても過言ではない。報告書の作成に、アント襲撃に備えての周辺警戒、護衛としての警戒…………体は休めたとしても、気が休まる一時はなかった。だからこそなのだろう、このような形になってしまったが、一夏が休みを取る事ができた事を嬉しく思っているのは…………。なお現在、護衛として派遣されている部隊の指揮は箒がとっている。箒としても一夏が目を覚まさないのは心配ではあるが、誰かが仕事を代わりに引き受けなければならないという事で彼女が引き受けてくれたのだ。

 

「…………でも、できれば早く目を覚まして欲しいかな…………?」

 

ふと、そう言葉を漏らした雪華の顔は、その名が示すように雪の華のように儚い笑みを浮かべていた。エイミーは思わず彼女から顔をそらし、俯いてしまう。その表情は彼女にとって見るに堪えないものだった。

 

(…………全く…………こんなに皆さんに心配をかけているんですよ…………早く目を覚まして下さい…………! 一夏さん…………!!)

 

この人は一体どれだけ心配をかけたら気がすむのだろうか——エイミーは内心そう思っていた。今にも自分の心は握りつぶされそうなほどに苦しい思いをしている…………目を覚ましたら何か一言言わなきゃ気が済まない、そう心に誓った。

そんな時だった。

 

「…………ぅ…………うぅ…………っ…………」

 

ベットの方から聞こえてきた細い声。エイミーは思わず顔を上げた。視界にはベットから無理やり体を起こそうとしている一夏の姿が入ってくる。驚いたのはエイミーだけではない。ずっとここで一夏の事を見守り続けていた雪華も驚きを隠せなかった。待ち望んでいた事が目の前で起きているというのに、二人ともあまりの嬉しさに声が出せない。

 

「…………あ、あれ…………? 雪華…………? エイミー…………? どう、したの…………?」

 

——この瞬間、一夏が漸く目を覚ましたのだった。

 

 

「——そうですか! 一夏さんが目を覚ましたのですね!!」

『はい! やっと…………やっと、目を覚ましたんです…………ぐすっ…………よかったです…………!』

「エイミーさん泣かないでくださいまし…………では、また後ほど連絡いたしますわ」

 

エイミーより連絡を受けたセシリアは、英国七大貴族(セブンスブライト)より出された帰還命令に従ってイギリスにいた。ケータイを閉じたセシリアは議事堂にいるガルヴィードの元へと向かう。一夏が目を覚ました事は嬉しいが、今目の前にある案件は心底あきれ返るようなものであったが故に、セシリアは心労が溜まっていた。

 

「ガルヴィード様、ただいま戻りました」

「わざわざすまないな、セシリア。そして、サラ・ウェルキン代表候補生」

「は、はい! が、ガルヴィード様にそのような事を言われるなど、き、恐縮です! 」

 

この場にいるのはセシリアとガルヴィードだけではない。イギリスの代表候補生、サラ・ウェルキン。IS学園二年生である彼女はなぜ自分がこのような場所に呼ばれたのかわからない。自分は一般的な庶民であり、このようなイギリスを代表するような有名な貴族が集うところに来るのは非常に場違いな気がしていたのだ。

 

「Ms.ウェルキンよ、そこまで丁寧な言葉を使わなくても構わない。君の普通で話してもらったほうがこちらとしてもやりやすいのだ」

「は、はい!」

 

ガルヴィードにそう言われるもサラの背筋ば伸びきったままだ。真面目な性格ゆえ、目の前の大物の前で砕けた態度をとる事ができないでいた。無理もない。目の前にいるのはイギリスの全貴族の頂点に立つ英国七大貴族にしてその総括者、ガルヴィード・ウォルケティア。普通の者なら彼の前で砕けた態度などとる事は不可能にも等しい。しかし、ガルヴィードにとっては、この立場にいるが故に硬い言葉遣いで話される事が多く、砕けた口調で話してもらったほうが気が楽なのである。そんな様子を、サラ先輩も難儀ですね、と思いながらセシリアは眺めていたのだった。

 

「それでだ、オルコット女公。貴公からの報告では、また我が国からの生徒——そして欧州からの生徒が問題を起こしたそうだな?」

 

セシリアの心労の原因となっているのは、あの欧州からの生徒達による一夏への暴行の件である。ついこの間、リーガンが一夏への侮辱ともとれる言動をしたことに対して処罰を下したばかりなのだ。心労が溜まっているのはセシリアだけでなく、ガルヴィードも同様だ。セシリアから連絡を受けた時など、我が国の生徒にはまともな者はいないのか、と頭を抱えたほどである。セシリアはため息を吐いてから口を開いた。

 

「先日の報告の通りですわ…………我がイギリスの生徒を含む四人組が紅城中尉へ暴行し、四人とも現在同じ部隊に所属しているアメリカからの派遣軍人、エイミー・ローチェ少尉によってしばかれました。被害としては、学園の訓練機三機が中破、イギリスの生徒へと貸与されていたメイルシュトロームが大破。四人は若干精神が不安定になっている、との事です」

「そうか…………その者たちには後ほど処罰を下すとしよう。IS学園にもこちらから欧州を代表して謝罪を入れる。紅城中尉には…………詫びとしてかける言葉がないな」

 

セシリアの報告にガルヴィードは眉間を押さえてしまった。無理もない。これほどまでの被害を引き起こした原因が自分の国からの者であるのだ。それに、ついこの間も失礼な真似をしてしまった一夏に対して再び申し訳ない事をしてしまったのだ…………ガルヴィードは思わずため息を吐いた。

 

「オルコット女公、紅城中尉への詫びは君の方からしてもらっても構わないか? 私には彼女に謝罪する権利がない。少なくとも、この手で摘み採れなかった悪意の芽があった以上は、な」

「ガルヴィード様が悪いわけではありませんわ! 未然に防ぐことのできなかった私にも責任があります…………このセシリア・オルコット、その命を謹んで受けさせていただきます」

 

セシリアもガルヴィードもこの場にいる者は誰にも罪がないという事は分かっている。しかし、ガルヴィードは人の上に立つ者として、下の者が犯してしまった罪を自分のものと同じように捉えているのだ。彼が誰からも好感が持たれる理由はそこにあるが、それが一番の弱点でもあったのだった。

 

「そうか…………頼んだぞ、オルコット女公。さて、Ms.ウェルキン、すまない。少し暗い話が続いてしまったな」

「い、いえ…………気にしないでください」

 

サラはなんでもなかったかのように答えるしかできなかった。自分の知らないところで起きたていた恥部とも呼べる愚行を初めて知った事が彼女にとって衝撃が大きかった。以前代表候補資格を剥奪されたリーガンも彼女の後輩にあたる。実際彼女に指導をしていたこともあるのだ。専用機としてメイルシュトロームを預けられた者もまた代表候補にはなれなかったが、自身の後輩である。そして両者共に女尊男卑の傾向が強く、サラがいくら言っても治る事はなかった。その事実をこの場とここに至る道中で聞かされた彼女は、自分がしっかり教えていればこんな事態にならなかったのではないかと考えてしまった。今回の件は広義的に見れば自分にも非があるかもしれない、そう彼女は思った。

 

「ここから先は明るい話だ。君にも大きく関係がある。心して聞いておいてくれ」

 

そんな彼女の心情を知る由もないガルヴィードは話を変えた。明るい話と聞いて、自分の曇っていた思考が少し晴れるような感覚がサラには感じられた。ガルヴィードも先ほどとは違う、少し喜ばしそうなことがあったような表情となっている。横で見ているセシリアもガルヴィードと似たような表情だ。一体何を言われるのだろうか、サラは疑問を抱いた。

 

「君に、我が国の第三世代IS、ブルー・ティアーズを託す。どうにも、技術者の(英国面)に火が付いたようでな、修理作業が恐ろしく早く完了したのだ。適性、成績、そして人格を総合的に判断した結果、君が扱うに相応しいと判断した」

 

自身も想像ができなかった答えがガルヴィードより出された。専用機——第三世代機を渡される事は、代表候補生からしたら夢のような事である。代表候補生全てが専用機を持てるわけではない。コアに限りがある以上、殆どの代表候補生は選りすぐりの代表候補生の保険、もしくは代替品のようなものだ。サラも好成績を収めてはいたものの、他人に専用機が託されるという事となり、半ば予備としての扱いだった。専用機などは夢のまた夢、彼女はそれでも訓練機で代表候補生として好成績を収めてきた。そして、新世代機開発により新たな適性——BT適性を検査する事となり、それでも高い数値を出した。だが、貴族ではないという理不尽な理由が出され、その機体はリーガンの元へと送られてしまう。後輩がそれを受け取れるほど技能が高ければ、それを教えた自分の評価も高くなる——そう考えたサラはめげる事などなく、自分を信じて頑張ってきた。結果として、リーガンはお払い箱送りとなり、IS学園にいるイギリスのまともな代表候補生はサラのみとなってしまった。そんな中飛び込んできた専用機の話——しかも、当初は自分の機体となるはずだった機体だ。彼女は喜んだが、同時に疑問も抱いた。

 

「そ、その…………ガルヴィード様、不躾ですが質問よろしいでしょうか?」

「質問する事に対して不躾とは思わないが…………何か不満な事でもあるのか?」

「い、いえ! その…………本当に私でいいのでしょうか? 以前もその話があった時、貴族ではないという理由で話が消えました。私はガルヴィード様やセシリアのように貴族の生まれではありません…………そんな私が専用機持つのに相応しいのか、と…………」

 

代表候補生の多くは貴族や上流階級の生まれが多かった。一方のサラは一般的な家庭に生まれたのだ。彼女はいつの間にか自然と周りにコンプレックスのようなものを抱いていた。それでも慕ってくれる後輩がいた事を嬉しくは思っていたが、あの一件以来、自分は貴族の血がないから専用機を持つのに相応しくない、と思い込むようになってしまったのだった。ガルヴィードはそれを聞いて、少しため息をついてから言葉を出した。

 

「こんな私が言うのもなんだが…………君の生まれが専用機を持つか持たないかに関係する事はない。決めるのは、努力と結果だ。生まれが良かろうとも、結果を出せぬものはそれまでだ。だが君は、結果を出しているではないか。IS学園での学年別トーナメント、訓練機でよく二位へとたどり着いたものだ。私は素直に尊敬するよ」

 

それにだ、とガルヴィードは言葉を続ける。

 

「君は曲がった事が嫌いそうな性格をしているからな。女尊男卑など嫌いだろう?」

「は、はい…………そんな横暴染みた事を平然とする風潮にはいささか抵抗があります…………」

「生憎、私は女尊男卑主義者が此度の件と前回の件で信用できなくなったからな。君のような公平に物事を考えられる人間なら任せられると判断したまでだ」

 

この理由で満足か? とガルヴィードは付け加える。サラとしてもこの上ない理由を言われたため、心から納得する事ができた。何よりも、自分の努力や結果を形あるものとして認められた事に、今度こそ心から喜んだ。あまりの嬉しさに思わず声が出なくなり、首肯で答えるしかできなかった。

 

「では、これより君にはブルー・ティアーズの試験任務を命じる。今後の次世代機開発の礎と、我が国の技術発展の為に尽力してくれたまえ」

「は、はい! 任務をこなせるよう、精一杯努力させていただきます!!」

 

ガルヴィードより向けられた期待の声に、サラはそれに応える意思を表明すべく自然と敬礼の型を取っていた。おそらく緊張しているのだろう、セシリアはサラのガチガチに固まってしまっているその動作を見て思わず頬が緩みそうになってしまった。だが、この場で自分がそのような表情になるのはいかがなものと思い、真剣な表情を保った。

 

「それでは、Ms.ウェルキン、こちらへ」

 

ガルヴィードはサラを手招きした。それに従って彼女はガルヴィードの元へと歩みを進めたが、あまりに緊張しすぎていた為か、右手と右足を同時に出すという状況に陥ってしまう。それを見たガルヴィードは、もう少し気楽にしてもいいのだが、と内心思うが、サラからすれば大物に呼び出されるという事自体慣れるものではないため、自ずとそうなってしまったのだった。

 

「これより、ブルー・ティアーズは君のものだ。期待しているよ」

 

サラの手には蒼いイヤーカフス——ブルー・ティアーズの待機形態——が乗せられた。それはまるで新しい主人を迎える事に喜びを感じているかのように、一瞬その蒼を輝かせた。

 

「は、はいっ!」

「ははっ、よろしい。話は以上だ。オルコット女公、彼女と共にIS学園に出向したまえ」

「了解いたしましたわ。では、私共はこれにて」

 

ガルヴィードからそう指示を受けたセシリアはサラを先導するように、議事堂から退室しようとする。そんな時、ガルヴィードが思い出したかのように声を出した。

 

「ああ、Ms.ウェルキン。一言言い忘れていた。最初から相応しいと見られる人間なんていないさ。誰もが相応しいと思われるように努力する事で、いつしか相応しいと見られるようになる。君もそうであるように研鑽するといい」

 

フッと言って目を閉じるガルヴィード。彼自身この地位につけたのは、自分が残した功績があってのもの。それまではセブンスブライトの中にいるとはしても、ただの一席にしか過ぎなかった。故に、サラはそれをしらないわけだが、彼女は彼の言葉に自然と重みが感じられたのだった。

 

「そう言えば、何故セシリアは専用機の枠に入らなかったの? あなたの実力なら選ばれてもおかしくないはずよ?」

 

議事堂を後にしたサラはセシリアに思わずそう問うた。セシリアが軍に属する前、共にISの訓練をしていたのだ。だからセシリアもサラの後輩ともとれる。サラよりは劣るが、セシリアにはそれでもセンスがあるようにとれる様だった。だからこそ、彼女が選ばれてもおかしくはないという結論に至った。なのに、選ばれなかったのは何故なのか、彼女は疑問に思った。

 

「そう言われましても…………私には他に任務がありますし、試験任務よりも実戦任務の方が得意ですから。コンセプトが違う機体を二機も扱うのは私にはできませんわ。それに、軍属である以上、いつ命を落とすかわかりません。ガルヴィード様は、特化点と全体を総合的に捉えて判断なさりますから、サラ先輩の方が優っていたという事なのでしょう」

 

セシリアからの回答はガルヴィードからの回答と似ていたものだった。唯一違う点は、セシリアが軍人でありいつ死ぬ身かわからないという点だ。また、鈴のようにISとフレームアームズを両用してもいいが、セシリアのフレームアームズ——ラピエールにはブルー・ティアーズに通ずる武装であるビット兵器が搭載されていない。コンセプトも長距離狙撃支援機と中距離広範囲射撃機と異なり、運用も違ったものとなる。鈴の持つバオダオとIS[甲龍]のコンセプトが近いから同時運用ができたのだ。若干一名ほど(一夏)、コンセプトが全く違う機体を二機扱っているが、セシリアにそんな芸当は残念ながらできなかった。また、自身はFAパイロットである事に誇りがあり、ISの専用機に対してもほとんど興味がなかったのだった。

 

「そ、そうだったの…………」

「ええ、そうですわ。ですが、サラ先輩に負けないよう切磋琢磨していきますわよ?」

「それはこっちのセリフよ。後輩にはまだ負けないんだから」

 

そう言いながら二人は、帰りの便へと乗るべく、手配された超音速機が待機している空港へと向かったのだった。

 

◇◇◇

 

私が目を覚ましたら、なんかベッドに寝かされていた。鼻に薬の匂いがつーんとするから多分、病院とかそういうところの場所に寝かされているんだと思う。そして、目を覚ましたら目の下に物凄い隈を作っている雪華と鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしているエイミーがこっちを見てて…………その直後、私に抱きついてきたんだよね。抱きつかれた時に、腕とか背中とかから少し痛みがしたけど、ちょっと顔をしかめるくらいだったから大丈夫だと思う。

 

「よかった…………目を覚ましてくれてよかった…………」

 

一旦私から離れた雪華とエイミーだが、エイミーは少し部屋を出ている。残った雪華は涙ぐんだ声で心から嬉しそうな声をしている。一体、今度は何日くらい寝ていたんだろうか…………前は確か三日くらいだったはず。

 

「ねぇ、雪華…………私って何日眠っていたの?」

「確か、今日で一週間くらいだったはずだよ…………」

 

一週間も眠ってたの…………私は一度気絶すると長期間眠る体質にでもなってしまったのかな…………? 今回も体のあちこちが痛いし、右足の足首は完全に固定されている。右足首は捻った記憶があるし、全身が痛いのは多分蹴られたりしたからその痣だと思う…………。

 

「そうなんだ…………ところで、今って誰が部隊指揮してるの?」

「箒が代理でやるって言ってたから、任せてる」

「そっか…………多分、当面は前線に出れなさそうだし、しばらくの間は箒に指揮を任せる事にするね」

「私の口からそれを伝えておくよ」

 

まぁ、箒なら大丈夫かな? 第零特務隊という万事屋に所属しているわけだし、部隊指揮くらいは造作もない事かもしれない。そう考えると、今の私って…………臨時とはいえ指揮官としてこれでいいのかなと不安になってくる。結局、こんな感じに仕事不能状態に陥ってみんなの足を引っ張っちゃったわけだしさ…………本当、私ってなんなんだろうね。

 

「その…………一夏?」

「うん? どうかしたの、雪華?」

 

雪華は私にその隈が目立つ目を私に向けてきた。どうしたらそんな隈ができるのさ…………? もしかして、ずっと寝てなかったりするのかな? そんな目で心配そうな目を向けられてもね…………逆にこっちが心配になってくるんだけど。

 

「いや、なんだかさ…………すごく悲しそうな顔してたから…………心配になっちゃって…………」

「そんな顔で言われたらこっちが心配になってくるよ…………ほら、こっちにおいで」

 

私は雪華をベットの方に手招きした。椅子から立ち上がってこっちに向かってくる雪華だけど、どこか足元がおぼつかない様子だ。多分、ほとんど寝てないどころか、ご飯もろくに食べてないんだと思う。そうじゃなかったらここまで衰弱しているような感じはないよ。とはいえ、私も指先とか腕とかに力がうまく入らないんだけどね。

 

「な、なに? いち——」

 

足がもつれてしまったのか、私の方に倒れこんでくる雪華。私は彼女を優しく受け止めてあげた。受け止めた衝撃が全身の痣に響いたけど、このくらいならなんともないよ。

 

「心配してくれてありがとう…………でもね雪華、今の自分の顔を見てみて。逆に心配しちゃうからさ…………だから、今は少し休んだ方がいいよ」

「で、でも…………」

「いいから休んで。私はこうやってちゃんと目を覚ましたんだから…………だから、自分の体を大切にして」

「全く…………一夏には…………言われたくない、よ…………」

 

雪華はそう言って、ベットに寄りかかるように眠ってしまった。すぐに寝息を立ててきたことからかなり疲れていたんだと思う。私はベットの布団の上に乗っていたバスタオルを雪華にかけてあげた。雪華の顔はかなり安らいだような顔をしている。相当心配させちゃったんだなぁと思うとともに、指揮官として部下に心配をさせてしまった事に申し訳ない気持ちになった。私は雪華の頭を撫でながらそんな事を考えていた。それにしても雪華の髪ってさらさらしてるなぁ…………撫でているとなんだか気持ちよくなってくる。ふと視線をサイドテーブルに向けると、その上には私が携行を許可されている拳銃が置かれていた。おそらく持ってきたのは雪華だろう。それを手に取った私は弾倉の中身をチェックする。…………全弾装填済み、かぁ…………一度も使ってないから弾が減ってるなんてことはないしね。

 

「すみません…………各方面に連絡をしていました」

「いいよ、気にしないで。どこに連絡していたの?」

「箒さんにセシリアさんや鈴さん、レーアに秋十君と織斑先生ですよ。皆さん大喜びしてました!」

 

病室に戻ってきたエイミーは物凄く喜んでいる表情をしていた。うーん…………もしかしなくてもエイミーにもかなり心配をかけてしまったかもしれない。エイミーは私がこうやって意識を失うのを見るの二度目だし…………本当に申し訳ない。

 

「そうなんだ…………でも、当面安静なんでしょ?」

「まぁ、そうですね…………全身に打撲が複数箇所、右足首を捻挫ですからね。正直前よりも長く眠っていたので、心配で心配で…………」

「その…………ごめんね」

 

思わず謝ってしまった。指揮官ってのは部下の不安を取り除くのも仕事だっていうのに…………却って不安を与えて心配させてしまったからね。本当、指揮官として失格だよ…………。

 

「あ、謝らないでください! これは仕方なかった事なんですから…………」

「そうかもしれないけどさ…………」

「それに、今回一夏さんは被害者なんですし…………指揮官を守るのが私達の役目ですから…………それができなかった私達こそ申し訳ありません…………」

 

逆に謝られてしまった。確かにこれは仕方のない事なのかもしれないけど…………あそこで私が無理にでも突破して寮に帰っていたらこんな事にはならなかったような気がするよ。だから、決してエイミー達が悪いなんてわけがない。

 

「気にしないでよ…………この話は終わりにしよ? 私絡みのことで悩まられるのはあんまり好きじゃないからね。それに、私はちゃんと生きているんだから…………」

「そ、それはそうですけど…………まぁ、一夏さんがそういうのなら…………」

 

エイミーは渋々といったような感じで納得してくれたようだ。なんかこんなやりとりを前にもしたような気がする。渋々といった表情がなんだかおかしくなって、思わずエイミーの頭を撫でてしまった。

 

「わ、わっ!? な、撫でないでください! 私そこまで子供じゃないですよ!?」

「ついエイミーが私の妹みたいな感じに見えちゃったからね。気に障ったかな?」

「い、いえ別に! …………む、むしろ良かったですぅ…………」

「うん? 何か言った?」

「な、なんでもないです!!」

 

なんだか、こうやってあたふたとしているエイミーが可愛く見えてきた。普段から言われている私が言うのもなんだけどさ、エイミーには少し幼い感じが残っている感じがするからね。もし、私に妹がいたらこんな感じなのかな、とつい思ってしまった。

 

「そ、それよりも、一夏さん。何か欲しいものとかありますか? すぐにでも用意しますよ?」

 

急に話題を変えてきたエイミー。まぁ、このまま暗い話を続けられるよりはマシだからね。それにしても欲しいもの、かぁ…………前は正直する事がほとんどなかったし、派遣だったから娯楽用品とか持って行けなかったから時間つぶしなんて外の景色を眺めるくらいしかなかったっけ。エイミーは私のお世話係になってたけど、他にも仕事あったようだしね。でも、今回は学園生活という事で少しばかりの娯楽用品を持ってきている。折角持ってきたんだから使わなきゃ。

 

「それじゃ、私の部屋にある本を持ってきてもらってもいいかな? あとはケータイとか」

「わかりました! それじゃすぐに持ってきますね!」

「あ、それと、返事は少し小さい声でね?」

 

私はそう言って今も眠り続けている雪華を指差した。その意図を理解したエイミーは小声で『す、すみません…………』と謝ってから部屋を出て行った。部屋には静寂が訪れた。聞こえてくるのは雪華の寝息と外で鳴いている鳥の声だけ。本当なら心が安らぐひと時なのかもしれない。でも今の私は——

 

(あ、れ…………なんなんだろう…………この、手の震え…………)

 

——心のどこかが震えていたような気がする。この時点で、今自分に何が起きているのか、理解できていなかったのだった。







今回、キャラ紹介及び機体解説は行いません。
感想及び誤字報告をお待ちしています。
では、また次回、生暖かい目でよろしくお願いします。


余談だけど、一夏ちゃんが読んでる本って、原作ArkPerformance大先生の海洋冒険SFの小説とかだと思うんだ、きっと。

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