FRAME ARMS:RESEMBLE INFINITE STORATOS   作:ディニクティス提督(旧紅椿の芽)

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20話も経つと設定が破綻してないかどうか結構不安になってくる…………。
では、今回も生暖かい目でよろしくお願いします。





Chapter.20

エイミーに回収された一夏は医療施設へと運び込まれる事になった。この時間帯では学園の医務室は使えない上に、使えたとしても簡易的な治療しかできない。低体温症寸前と判断されている一夏を預けるならば、二十四時間体制で運営している学園付属の医療施設に入れるのが適切であると千冬は判断した。エイミーはそれに従って医療施設へと移動、現地で千冬達と合流した。

 

「くっ…………! なんでなんだよ…………なんで一夏姉なんだよ…………! 一夏姉が何か悪いことでもしたのかよ!?」

 

施設へと運び込まれ、治療を受ける一夏の姿を見た秋十は怒りをあらわにしていた。無理もない。事実を知る者はほとんどいないが、自分の姉がこのような仕打ちに遭ったのだ。自分が知る限り、何の罪も犯していない彼女がどうしてこのような目に遭わなければならないのか——その理由が見つからない。理不尽な暴力にさらされたとしか彼には考えられなかった。

 

「落ち着け秋十! ここは病院みたいなものだ…………大声を出すんじゃない」

「なんだよ、箒…………お前は悔しくねえのかよ! 一夏姉が…………一夏姉がこんな目に遭ったのによ!!」

「——悔しくないわけがないだろうッ!! 私だって、あいつを辱めた奴等を斬り伏せたい!! だがな…………お前や私以上に悔しい思いをしている奴等がいるんだ…………」

 

自分を嗜めるように言ってきた箒に当たる秋十であったが、彼女の言葉に、憤りを感じているのは自分だけではないと理解させられる。頭の中ではわかっていたことだが、自分の大切な家族が傷つけられたことに、心が暴走していたのだった。秋十は少しバツの悪そうな顔をした。

 

「…………悪りぃ、箒。ガキみたいに叫んじまって…………」

「…………気にするな。お前の気持ちはわからんでもない…………」

 

箒の言葉で少し落ち着いた秋十は、その周りの面々へと目を向けた。

 

「何故なんですの…………災いの芽はまだ芽吹いていたのでしょうか…………?」

「…………なんで一夏ばっかり…………!! 一夏に何か恨みでもあるの…………!!」

「私のせいよ…………あの時、私が先に出ていなかったら…………! ごめん…………ごめん、一夏ぁ…………!!」

「お前ら、少し落ち着け…………一夏は…………一夏はそんな顔を望んでないぞ…………」

 

嘆き、悲しみ、慟哭す…………秋十は全員が屈強な軍人であるということを一夏より聞かされている。鈴とは小学五年からの付き合いであり、彼女が強い心の持ち主だってことも知っている。だが、そんな彼女達ですらこれほど取り乱しているのだ…………それだけ一夏が慕われていたという証拠であり、愛されているという証だ。それを知ることができたのはいいが、このような形で見る事になるのは、秋十には耐えられなかった。

 

(折角一夏姉が幸せになれると思っていたのに…………神の馬鹿野郎!! 弾になんて言えばいいんだよ…………あいつに合わせる顔なんてないじゃねえか…………!)

 

悔しさや悲しみ、そして怒りが織り混ざった感情が秋十の中を駆け巡る。ぶつけようのない苛々を発散させることなどできず、彼自身気付かないうちに奥歯を噛み締め、掌に爪が食い込むほど握り締めていた。そして、治療室より千冬が出てくる。その表情は安堵したものとも不安に駆られているものとも受け取れる微妙な表情であった。

 

「——お前ら、紅城の容態は安定している。懸案であった低体温症も何とかなったようだ。命に別条はない。今は鎮痛剤の影響で眠っているよ」

 

重々しく開かれた千冬の口より出てきた言葉に、秋十を始めとする面々は胸を撫で下ろした。彼らには一つの大きな山場を越えた事に極度まで張り詰めていた緊張感が僅かだがほぐれたようにも思えたであろう。

 

「——しかしだ、骨に異常はないが、右足首の捻挫、打身が複数ヶ所、擦傷多数…………当面の間は安静だな」

 

だが、予想していたよりも多い傷に皆の顔は下を向く。これだけ痛めつけられていた事に憤りを感じているが、この程度の怪我で済んだ事に安心すればいいのか…………どのような態度をとればいいのか、誰も彼もが分かっていなかった。千冬も、自分の大切な妹がこの仕打ちを受けていた事に憤りを感じている。しかし、自分は教師だ、私がここで道を間違えるような真似はしていけない…………本来なら自ら手を下したいところだが、彼女は今の自分の立場を考え、別の手段で事態を収束させる事を考えていた。

 

「これから紅城は病棟で当面の間入院する事になる。身の回りの世話は…………市ノ瀬、お前に任せてもいいか?」

「…………了解しました。その任、謹んでお受けいたします」

 

普段は明るい雪華もこのように完全に消沈してしまっている。いや、この場にいる誰もが意気消沈といった状態であった。その光景を見た千冬は、自分がそうであるように周りも一夏の影響を大きく受けていたのだと実感するのだった。

 

「さて、ここに長居はできん。お前ら、寮に戻るとするぞ。だが、その前にだ——ローチェはどこに行った?」

 

千冬の言葉に、この場にいる全員がようやく気付いた。——この場に、エイミーの姿が、一夏を誰よりも敬愛している彼女の姿がない事に。

 

 

(これが…………そのデータですか…………)

 

一夏を医療施設へと運び込んだエイミーは、その後すぐに施設を後にし、寮の自室へと戻っていた。そして、自室にある自分の作業用タブレット端末を起動、あのメモリーチップを差し込んだ。そのメモリーチップは一夏を見つけた時、アーテルより渡された代物。最初は何かウィルスでも仕込まれているかと思った彼女だったが、読み込んでもその兆候は無く、いたって普通にデータを閲覧することができた。

 

(これが人のする事ですか…………!!)

 

そして、そのデータこそ、一夏が集団で暴行を受けている瞬間の映像データだった。無抵抗の一夏に対して殴る蹴るといった一方的な暴力を浴びせ続ける四人組。何故、一夏が抵抗をしなかったのか——おそらく、民間人を傷つけるような真似はしたくなかったのだろう、心優しい彼女の事だから大いにあり得るとエイミーは思った。同時に、それを意図的にではないにせよ利用した四人組の事をさっきまで以上に許せる気がしなくなっていた。勿論、この映像に映っている事しかエイミーには伝わってこない。もしかすると、一夏が先に手を出したのかもしれないという可能性だって存在している。だがエイミーには、それだけはありえないとほぼ確信していた。一夏が自ら敵を作りに行くような事をする性格ではないことを彼女は知っているが故のことだ。

 

(そして、これがそのリスト…………)

 

渡されたデータは映像だけでは無く、その四人組のデータも様々入っていた。それらを映像と組み合わせると、指示を出しているのがイギリスからの入学生、その指示を受けているのがスウェーデン、オランダ、ベルギーからの入学生だった。誰も彼もが代表候補生ではない上に、所属しているクラスも一組ではない。映像から聞こえてくる音声には決まって『リーガン姉様』の言葉…………少なくとも四人組がこの間退学したリーガンと関係を持っていた事は推測できる。さらに音を聞き分けるように聞くと、一夏のせいでリーガンが退学した、という事を口々に言っているのが耳に入ってきた。

 

(こいつらバカなんですか…………!? あれは誰がどう見ても、あのバカが悪いんですけど…………!! それをほぼ被害者の一夏さんに罪としてなすりつけるなんて…………!!)

 

怒りのあまり、エイミーは拳を机に叩きつけていた。こいつらの行動は常軌を逸脱している、バカにも程がある——怒りが一周して呆れとなり、さらに一周して沸点へと達した。四人組への憎悪は増していく。エイミー自身、あまりにも度し難い怒りで気が狂いそうになっていた。それでも、理性を保つ事ができていたのは、軍人として個人的な感情で和を乱す事がないよう訓練されてきたからであろう。軍とは組織であり、組織は個の集まり…………個人的な感情を露わにしては、統率が乱れ、組織としては成り立たない。軍人としては正しいのかもしれない…………だが、今のこの瞬間だけは、その一線を越える事のできない自分の心が情けなく感じられていたのだった。

 

(ですが…………この報いは必ず受けていただきますよ…………!! 誰に手を出したのか、思い知らせてやります…………!!)

 

そう決意したエイミーは一度動画の再生を停止し、通信回線を開いた。こっちに来てからはめったに使う事がないだろうと思っていたのと同時に、こんなに早く使う事になるとは思っていなかったと内心思った。

 

(この時間なら、彼は既に起きて仕事に就いている事でしょう…………なら、すべき事はただ一つ)

 

通信回線のタブが黄色から緑に変わる。接続が完了した事と、向こうが通信に応じてくれたという事を示すものだ。エイミーは一息置いてから口を開いた。

 

「お久しぶりです…………第四十二機動打撃群司令官、ダグラス・ジェファーソン大佐殿」

『——おお、久しぶりだな、ローチェ少尉。そっちは元気にしているか?』

 

通信回線を繋いだ相手——自身の上司である、第四十二機動打撃群司令、ダグラス・ジェファーソン大佐であった。画面に映し出される彼は、未だに就業時間ではないにせよ、既に仕事を始めている。その前に筋トレでもしていたのであろうか、額には汗をかいており、また上半身はタンクトップ一丁という姿である。部隊にいた時と全く変わってない事に、エイミーは心の何処かで安心した。

 

「はい。私もレーアも変わりありません。ジェファーソン大佐こそ、お元気そうで何よりです」

『ハハハ、長く艦にいると体が鈍りそうになるからな。筋力トレーニングは部下よりもやっているぞ。まだまだお前たちには負けていられないからな』

 

どうやら、休暇には入れてもらってないみたいだとエイミーは思った。第四十二機動打撃群はその名の通り、機動性に長けた部隊である。運用にあたっては、内陸部攻撃に向いた大型の陸上戦艦(・・・・)を母艦とし、行動している。長く艦にいるとの事だから、おそらく作戦行動に出るのだろうとエイミーは予想した。

 

「そうですか…………くれぐれも、オーバーワークだけは気をつけてください。ただでさえ大佐は人一倍早く起きて、人一倍遅くまで仕事しているんですから」

『肝に銘じておこう。しかしだ少尉、俺に直接通信をしてきたという事は…………何かあるのだな?』

「…………その通りです」

 

司令官にはばれてしまうか…………エイミーは自分が何かを考えているという事を感づかれてしまった事に、司令官って凄いなぁ、と思ってしまったのだった。しかし、気持ちを切り替えて、真剣な表情でダグラスと向かい合った。

 

「実言うと、大佐にお願いがありまして…………」

『なんだ、その願いってのは? とりあえず言ってみろ。事はその後で判断してやる』

 

エイミーは一度呼吸を整え、一拍開けてから言葉を紡いだ。

 

「——私に、他国の生徒と模擬戦を行う許可をお願いします」

 

その言葉にダグラスは少し訝しげな表情をした。まずい、この顔をした以上、事の真意を問うてくるのは明白だ——一筋縄でいかない事は理解していたが、出だしからダメ出しを食らいそうになる事だけは避けたかった。

 

「い、いや、そのですね…………一応、私も軍人ですので、こういった模擬戦のような事を行う際には上官から許可を得なければと思い至りまして…………」

 

必死になってそれとなく理由付けをするエイミーではあるが、元の理由が一夏の敵討ちのようなものであるため、なかなかいい理由が出てこず、ダグラスの前であたふたとしてしまう。あぁ、これじゃダメだ——瞬間、エイミーはそう悟った。こうなれば自分の解雇と引き換えにでも、と考えた時だった。

 

『そう畏まらんでもいい。こちらを発つ前に言ったが、模擬戦をするのは大歓迎だぞ。第一、そこは法律があるようでないにも等しい場所だ。模擬戦の一つや二つを勝手にやったところで処罰などせんよ』

 

相変わらずの真面目屋だ、と言ってダグラスは豪快に笑う。逐一報告をしてくるのは結構だが、もう少し力を抜いてもらいたいと彼は思っている。彼自身、エイミーの事を自分の娘のようにも見ている節があり、また部隊を一つの家族のようにも捉えているからこそ言えることである。

一方のエイミーは、まさかあっさり許可が得られ、また派遣前に言われていたことを忘れていた事とで、自分は一体何をしていたんだと頭を抱えこんだ。尤も、日本に来る時は一夏と再会できるという事しか彼女の頭の中にはなかったのだが。

 

「で、では、こちらの判断で自由に行っていいと…………?」

『その通りだ。判断はお前に一任する』

「例え、相手が精神的に深いダメージを負う事になってしまったとしても…………?」

『それは向こうの精神が脆いだけだろう。そのような脆弱な者が兵器を扱おうものなら大惨事に繋がるぞ。お前の裁量で構わん。少し鍛えてやれ』

「——了解しました。ご相談にのっていただきありがとうございました。それでは、失礼します」

 

通信回線を切ったエイミーは椅子にもたれかかった。これで許可は下りた、後は自分でその段取りをつけるだけだ…………一先ず大きな作業を終えたエイミーは、一度眠りにつく事にした。だが、一夏の容態が不安になり、ベットに入ってからも寝付ける事などなく、レーアからの報告を受けるまで起きていたのだった。

 

 

翌日。エイミーは千冬の元へと向かっていた。その手にはあのメモリーチップが入ったタブレット端末を持っている。自身の担任にこの証拠を突き出す事で、少し協力を得ようという考えからだった。

 

「それで、話とはなんだ?できれば手短にしてくれ。昨日の件であまり眠れていないのでな…………」

「昨日の件と大きく関係あります。…………できれば人目のつかないところでお話できませんか?」

 

昨日の件、という言葉に千冬は反応した。一夏の第一発見者である彼女が何か情報を得てきたのかもしれない、そう直感で思ったのだ。千冬は寝不足からくる軽度の目眩に耐え、席から立ち上がり、ハンドサインでついてくるように指示を出した。エイミーもその意図を掴んだのか、その後を追い、職員室を後にした。しばらく歩き続けて、千冬はそこで立ち止まった。あたりは人の気配など無く、大勢の生徒で賑わう学園とは思えないほど静かである。

 

「…………この中なら大丈夫だろう。中に入るといい」

「失礼します」

 

エイミーが連れてこられたのは、初日に一夏も世話になった応接室である。千冬としても、まさかこんな短期間に二度も使う羽目になるとは、と内心ぼやいていた。この応接室が使われるのは、進路での相談やカウンセリング等の目的がほとんどだが、それでもこの一年の最初の一ヶ月も経たないうちに、カウンセリング目的で二回も使用される事など、千冬は経験していなかった。

 

「さて…………昨日の件についてと言っていたな。話を始める前に一言言わせてくれ…………紅城の命を助けてくれてありがとう。お前のおかげで私はあいつを喪わずに済んだ。あいつに代わっても礼を言わせてもらう」

「いえ…………私の命は一夏さんに救われたようなものですから、今度は私が一夏さんを救う番ですし…………礼を言われるような事はしてませんよ」

「お前がそういうのならそういう事にしておこう——話を戻すか。それで、何かわかったのか…………?」

 

千冬に問われたエイミーは持ってきたタブレット端末を彼女の前に出した。表示されているのは件の動画ファイル。

 

「一先ず、こちらをどうぞ」

 

エイミーはその動画を再生する。惨状は途中からのものであるが、一夏の苦しむ声と一夏を罵倒するような言動が生々しく、千冬は思わず眉間に皺を寄せ、苛立ちを募らせていく。

 

「…………なんなんだ、これは」

「ある者から匿名で渡されたデータの一部です。決して合成とかそういうものではないことは、専用のシステムを用いて確認しています」

「という事は…………紅城は虐めを受けた、という事になるのか…………?」

 

千冬の問いにエイミーは力無く首肯するで答えた。できれば事実であってほしくなかったが、目の前の彼女が嘘をついているようにも思えず、これが現実である事を受け入れざるを得なかった。何故、あんな心優しい妹が虐められなければならないのだ——人当たりが良く、誰から見ても好感が持てる、そして愛する一夏が虐められたとだけあって、千冬が到達した怒りは計り知れないものとなっていた。しかし、ここで感情を露わにするのは愚の骨頂であると判断した千冬は、無理やり理性でそれを押さえつける。

 

「そうですね…………そして、これが今回一夏さんを襲った連中のリストです」

 

エイミーもまた怒りが湧いてきそうになったが、一度心を落ち着かせて、冷静にリストを公開する。載っている人物は、どれもこれも自分の受け持っているクラスに在籍している人間ではない事に千冬は気がついた。だからこそ、一夏が襲われた理由がより一層わからなくなってくる。唯一繋がりとして考えられそうなのは、映像の中で暴行を加えている生徒たちが言っている『リーガン』の言葉のみ。そこに行き着いた千冬は思わず声に出していた。

 

「もしやこいつら…………ファルガスが退学したのは紅城の所為だとでも言っているのか…………!?」

「恐らくその通りだと思います…………四人とも同じ事を言っている上に、ここに来る前にリーガン・ファルガスとの交流があったことがこの資料に書かれています。…………無理のあるこじつけ、といったところでしょうか? 聞いていて胸糞悪くなりましたよ」

 

エイミーは千冬には見えないよう机の下で拳を強く握りしめていた。自分で証拠を提示しておいて、それを見て再び怒りを覚えた事は仕方のない事である。

 

「…………証拠の提供に感謝する。後は奴らに天罰を下せばいいだけだな」

「それについてなのですが…………私に連中との模擬戦許可をお願いします」

 

ここに来てエイミーは本題を打ち出した。もとよりエイミーは連中がこの先どうなるのかなんて事に興味はない。あるのは、自分で連中を叩きのめしたい、そして一夏の前で謝らせたいという思いだけだった。

 

「何故模擬戦——と思ったが、お前達の事だからな。鉄拳制裁というわけか…………」

「単なる報復みたいなものですけどね…………ですが、今の私が一夏さんにできる事はこのくらいですから…………」

 

エイミーはそう言って千冬から目をそらす。結局、一夏の事を守ると言って何もできなかった…………それを負い目に感じているのか、若干卑屈になっていた。

 

「そう言うな。私は紅城と古くから付き合いがあるが、あいつは自然と人を惹きつける。お前のようにあいつの事を大切に思う奴がいてくれて私は嬉しく思っているぞ」

「…………すみません」

「褒められて謝るバカがどこにいるんだ、全く」

 

そう言われて頭を小突かれるエイミー。そんな彼女の様子に千冬は少しだけ心が救われたような気がする。やり方は間違っているのかもしれないが…………それでも、これほどまでに一夏を慕ってくれる仲間が周りにいる。その事実だけでも、今の荒みかけている彼女の心の支えとなりうるものであったのだった。

 

「模擬戦に関しては双方の合意が無ければできないが、可能な限りできるよう手配しておいてやろう。他に何か要望はあるか?」

 

千冬としては自らの手で報復を行いたいところだが、教師が表立って報復に加担するのは色々と各方面からのバッシングが来ると判断した為、少しでもエイミーの支援を行う事を決めた。

 

「そうですね…………では、模擬戦は私と彼ら四人でお願いします。それだけで構いません」

「おい待て!? お前らの機体には絶対防御がないんだぞ!? 下手をしたらお前は——」

 

千冬はそこまで言って口をつぐむざるを得なかった。思わず視界に入ってしまったエイミーの表情。目は真っ直ぐ自分を見つめ、その口角は少しだけつり上がっている。千冬はその表情に見覚えがあった。しかし、それは人のものとは違う。まるでそれは——

 

「忘れたんですか? 私は、米陸軍第四十二機動打撃群の一員ですよ? 誰を怒らせたのか…………骨の髄まで教えてあげます」

 

——獲物を前に闘争本能を剥き出しにした、猛獣そのものであるかのようだった。

 

 

「——それで、結局こういう状態になったというわけか」

「別にこの状況に不満はありませんしね。そう言うレーアこそ、楽しみにしているんでしょ?」

「そうに違いない」

 

三日後。第二アリーナのピットにて、エイミーとレーアはそう軽口を叩き合っていた。エイミーは既にパイロットスーツに着替え終わっており、ヘッドギアも装備している。エイミーが千冬に提案した模擬戦は、そのあまりにも舐めているような条件に神経を逆撫でされた四人組によって、あっさりと行う事に決まったのだった。向こうの四人組は未だにアリーナへと出てきてないが、いずれ出てくるであろう。

 

「そういえば、一夏の容態なんだがな…………未だに目を覚まさないそうだ。担当医が言うには暴行を受けた際のストレスが原因と言っているが…………」

「大丈夫…………というわけじゃないんですが、一夏さんならきっと目を覚ましてくれますよ。アーテルからも生き残った人なんですから」

 

そうだな、とレーアは少し笑みをこぼした。確かに未だに目を覚まさないという事は不安になる。だが、自分が今不安に思ったからといって、一夏が目を覚ますわけでもない。それが起きるのは漫画の世界だけだ、エイミーはそう思っている。故に、今の自分ができる事をやるしかないのだ。加えて、一夏がアーテルの一撃を受け重傷を負っても生きていたから、きっと目を覚ましてくれると彼女は信じていた。尤も、あの時と状況は大きく異なっているが。

 

「一応、向こうの機体のリストはこんなところだ。目を通しておくといいぞ」

「レーア、ありがとう」

「礼には及ばないさ。私とお前の仲だろう?」

「…………そうですね♪」

 

レーアはエイミーにデータの纏まっているタブレット端末を手渡した。

 

「編成としては打鉄が二機、ラファール・リヴァイヴ一機、そしてメイルシュトロームが一機だ」

「メイルシュトロームなんて、また癖の強い機体を…………」

「打鉄とリヴァイヴは学園の訓練機で、武装も基本装備からほとんど変更はない。だが、問題はメイルシュトロームだな」

 

レーアはエイミーが持つタブレット端末を操作して、メイル・シュトロームの情報を表示する。エイミーが持った第一印象は、一夏に打ちのめされ、一夏が苦しむ原因を作ったあのリーガンが使っていたブルー・ティアーズに酷似していることだった。

 

「メイルシュトロームにはあのアホ代表候補が持っていたビット兵器によく似た有線式浮遊砲台ユニットが二基搭載されている。中身は実弾な上にサイズの関係上、私達が生身で扱う小銃と同じだが…………バイザー部に万が一被弾した場合はわかるよな?」

「まぁ、ウェアウルフの装甲が頑丈ってのはわかってるけど、バイザーに当たったら下手したらザクロになりますからね」

「加えて、向こうはあのアホに影響を受けたのか実弾スナイパーライフルを装備。近接戦用に何か短刀等を装備している可能性もある。充分注意しておけよ」

 

正直、向こうがリーガンと似たような構成の機体を装備したが故に、エイミーの怒りを更に煽るかもしれないとレーアは思った。以前も似たようなことがあり、その前の作戦でエイミーの同僚を殺した機体と同じ構成のアントに対してオーバーキルとも取れる攻撃を加えていた。仲間を大切に思える彼女だからこそ、大切な人を貶められた時、どんな事をしでかすのかわからない。

 

「わかりました。レーアも情報ありがとうございます」

「だから、礼はいらないと言っただろう。向こうもアリーナに出たようだ。早く行くといい」

「はい。では、少しあの四人組を始末してきますね」

 

そう笑顔で答えたエイミーは胸から下げていたドッグタグを握った。

 

(行きますよ、ウェアウルフ)

 

心の中で念じられた言葉に反応して、ドッグタグを中心に正六角形の非発光体がエイミーの全身を包んでいく。中心から非発光体は崩壊していき、そこからは以前のカーキ色ではなく、ダークグレーに塗装し直された装甲が露わになった。また、装備も一部一新されており、腰部アーマーにはエクステンドブースターが無理やり取り付けられ、両腕には榴雷のシールドが接続されていた。この機体が、修復と強化を受けたエイミーの機体、M32B[ウェアウルフ・ブラスト]である。

 

「——網膜投影、スタート」

 

その言葉とともに、エイミーの視界に映るものは暗闇からピット内の景色へと変わった。機体を動かし、そのままピットの出口へと向かっていく。その後ろ姿を見ていたレーアはふとこう思った。人狼(ウェアウルフ)の皮を被った子供の(グリズリー)が歩いていた、と。

一方の当の本人はそんな事を気にせず、轟音と土煙を立ち上げながら、アリーナへと降り立った。すでに四人組は武器を構えており、照準を合わせればすぐにでも攻撃が可能と言った状態だ。その事はウェアウルフが警報を煩く鳴らしていることからも伝わってくる。初期ロックは先にかけられてしまっているが、それはアント戦ならいつものことだとエイミーは別段驚く様子もない。

 

「ようやく来たみたいね。私達に、それも同時に四人も相手にするなど…………少し頭がおかしいのかしら?」

「向こうはアメリカだから、脳筋なのよ。ハンバーガーとコーラで出来ているようだしさ」

「野蛮さでは向こうが上のようだけどな」

「それ、バッドステータスじゃないの?」

 

エイミーに向けて侮辱とも取れる言動を口々にする四人組。しかし、その程度で怯む彼女ではない。

 

「やっぱり、紅茶ばっか飲んでるような欧州の連中は違いますね。頭の中は茶葉みたいにカッサカサでペラッペラ。ああ、だからあのアホ代表候補もクビになったんですか。納得する証拠を見せていただき、ありがとうございます」

 

むしろブチ切れている彼女の方が相手を貶すことに置いて上なのかもしれない。全身装甲というフレームアームズの特徴のおかげで、バイザーの下に眠る獰猛な笑みは相手に全く見えていない。しかし、コケにされた方は全くもって面白くない。ましてや四人は全員無駄にプライドが高く、リーガンを崇拝している節がある。エイミーの挑発は彼らの怒りを買うのに十分だった。

 

「こいつ…………ッ! 言わせておけばッ!!」

「発砲の許可を出してくださいッ!!」

「リーガン姉様を侮辱してぇ…………っ!!」

「皆さん、攻撃開始!! あの無礼者に、あいつと同じ末路を辿らせますよ!!」

 

激昂した四人組は構えていたライフルを一斉にエイミーへと向け直し、トリガーを引いた。軽快な音共に銃弾がエイミーへと降り注ぐ。エイミーは両腕のシールド下部を地面へと突き刺し、鉄の雨を凌ごうとする。

 

(このペースなら、向こうの残弾はあと八秒程度…………余裕です)

 

周囲に着弾する銃弾が土煙を上げてエイミーの姿を消し去っていく。そして、彼女の姿が完全に土煙に覆われた時、四人組の武装は弾切れとなった。

 

「これならもうあいつは終わったでしょ?」

「大口叩いてこの程度とは、拍子抜けだったわね」

 

しかし、勝利を確信していた彼女達は弾倉交換を行う事はなかった。圧倒的な戦力差。それが彼女達の確信をより一層強め、視界を狭めていたのだった。だからこそ、彼女達は気がついていない。試合終了のブザーはまだ鳴っていないことに。同時に、グリズリー(エイミー)も目覚めた事に…………。

 

(敵を前に油断とは…………慢心もいいところです!!)

 

突如として響き渡る重厚な音と共に、土煙を突き破って二発の砲弾が飛来してくる。直撃コースではないにせよ、油断しきっていた彼女達に避ける術はない。

 

「なぁっ!?」

 

エイミーの放った二発の特殊砲弾は四人組の眼前で起爆する。砲弾に詰められていたのは炸薬ではなく、何かゲル状の物体——硬化ベークライトだ。今まで経験したことのないものが飛んできた事に動揺を隠せず、回避もままらなかった彼女らの機体にベークライトが付着していく。攻撃性を持ったものでないが故に、シールドバリアも絶対防御も機能せず、装甲表面や関節部にベークライトは張り付き、固まっていった。

 

「な、なんでよ!? なんでシールドバリアが機能してないのよ!?」

 

シールドバリアが機能しなかった事に打鉄乗ったベルギーの生徒はさらに動揺する。シールドバリア、および絶対防御は機体及び操縦者にダメージを与えるものからの防御にしか機能しない。それには加速による強烈な圧力や毒性物質も含まれる。しかし、エイミーの放ったベークライトは毒性など全くない人体に無害な物質。故にIS側が防御の必要性無しと判断したが故の結果だった。直様体勢を立て直そうとブースターを噴かすが、それは叶わなかった。

 

「え、煙幕!? 小癪な…………ッ!!」

 

突如として張られた煙幕により視界は劣悪なものになる。ハイパーセンサーの恩恵があるとはいえ、最後に頼るのは自前の光学センサー——目だ。何も見えないところで行動する事に人間は恐怖を覚えやすい。体勢を立て直そうとした彼女は最早精神的にも物理的にも動きを止められてしまったのだ。

 

「で、でも、こんな煙幕くらい——ぐうっ…………!?」

 

煙幕を切り払おうとした時、彼女の身体は何かに押さえつけられた。よく見てみると大きな拳によって握られている。次第にその力は上がっていき、本来なら悲鳴をあげることのない打鉄のシールドが圧壊寸前となった。

 

「——そのまま、死んでください」

 

彼女を握り締めていた本人——エイミーは、躊躇いなく彼女を地面へと突き刺したのだった。金属が潰れ、引きちぎれる音が不気味に響き渡る。

エイミーのウェアウルフの拳は普通のフレームアームズとは全く違うシロモノとなっている。一般的なマニピュレーターよりも遥かに大きく、そして禍々しい。実態は一種の武装であり、オーバードマニピュレーターと呼ばれるものだ。一般的な武装を扱う事は不可能となるが、その代わりに凶悪な近接戦闘能力を得られるというもの。それを両手に装備しているエイミーの姿は、凶暴なグリズリーそのものだ。地面へとめり込まされたベルギーの生徒は動きを止めた。一応死んでないことを確認すると、次のターゲットに狙いを定める。

 

「——次は貴方ですね」

 

エイミーは履帯ユニットを展開、一気に加速する。ウェアウルフ(轟雷)の特性は戦車に似ており、その展開速度の速さも一つに挙げられる。その加速した先にいるのは、もう一機の打鉄をまとったオランダの生徒。

 

「エリーザ!? くそっ! この野郎!!」

 

仲間がやられた事に怒りをあらわにした彼女ではあるが、アサルトライフルを向けるも弾は一向に出てこない。無理もない。彼女は弾倉交換をしてないのだから。弾切れとなったライフルから出てくるのは虚しく鳴り響く撃鉄の音のみである。

 

「アホですか? まぁ、あのアホ代表候補の下にいたのですから、アホなのは変わりないでしょうけどね」

 

エイミーはそんな露骨な隙を逃す事などなく、両背部の低反動滑腔砲を放った。吸い込まれるように着弾した成形炸薬弾はオランダの生徒を派手に吹き飛ばす。衝撃の強さに彼女は地面へと叩きつけられた。

 

「やらせないわよ!! カバーに入りなさい!」

「了解しました!!」

 

しかし、それを守るかのようにイギリスの生徒が纏うメイルシュトロームから放たれた有線式浮遊砲台ユニットが邪魔をしてくる。エイミーは軽く舌打ちをすると、浮遊砲台ユニットに向けて滑腔砲からキャニスターを放った。無数の鉄球が放たれ、浮遊砲台の進路を妨害する。二基の内一基が鉄球の波に飲まれ破壊される。それを見て危険と判断したのか、イギリスの生徒は浮遊砲台ユニットを引っ込めた。エイミーはその間に未だ体勢を立て直すのに手間取っている二機のもとへと突っ込むが、向こうが立ち直る方が僅かに早かった。

 

「逃すと思っているんですか?」

「きゃあっ!?」

「ぐっ…………!」

 

エイミーは二門の滑腔砲の照準を二機のブースターにそれぞれ合わせた。正確に照準されたAPFSDSは二機のブースターを貫き、再び体勢を崩させる。

 

「こ、のっ…………ちょこまかと逃げないでください!!」

 

自分の後ろにスナイパーライフルの一撃が通過していくが、エイミー自身に当たる気配はない。

 

(この程度の回避で当てられないとか…………雑魚と呼ぶにも烏滸がましいですね)

 

向こうが一マガジン分撃ち切ったのか、弾は飛んでこなくなった。変わりに来るのはさらに精度が悪すぎる浮遊砲台からの一撃。しかし、そのサイズ故に攻撃力はISのシールドバリアを削るくらい。フレームアームズの装甲に到達したところでどうという事はない。その程度の威力では履帯すら破壊できないと判断したエイミーは体勢を崩した二機に迫る。

 

「こ、来ないで! 来ないでぇっ!!」

 

半狂乱となって叫ぶスウェーデンの生徒はエイミーに向けて弾倉交換したサブマシンガンを放つも、エイミーはシールドを前面に展開し、速度を緩めることなく突っ込む。その姿にスウェーデンの生徒は恐怖した。攻撃を意に介さないその姿は、例え銃を食らっても突っ込んでくる(グリズリー)——彼女にはウェアウルフがそう見えたのだった。

 

「邪魔です」

「きゃあっ!?」

 

気づいた時には既に遅い。エイミーに襟首を掴まれた彼女は投げ飛ばされ、地面を無残に転がされる。エイミーはそんなものはどうでもいいとばかりに、動けずにいる打鉄の方を見据えた。

 

「あ…………あっ…………あ、ああっ…………!!」

 

赤く光るバイザーを見たせいか、声にならない悲鳴をあげるオランダの生徒。異様な両手とも相まって、その恐怖は計り知れないものである。そんな様子を見てもエイミーは別になんとも思わない。

 

「時間もないので、さっさと果ててください」

 

握りしめた拳が情け容赦もなく振り下ろされた。モロに叩き込まれた拳は顔面を地面へと沈みこませる。沈み込んだところを中心として地面に亀裂が入った。打鉄の装甲は見るも無残にひしゃげてしまった。そのまま拳を開き、その凶々しく尖った爪が装甲を引き剥がす。ブースターを潰された機体に飛ぶ翼など無い。尤も、その主が気を失った今、飛ぶ術など失っているのだが。

 

「次」

 

エイミーはエクステンドブースターを点火、その場からおよそ元のウェアウルフとは思えない機動性を発揮し、投げ捨てたリヴァイヴへとその牙を剥いた。あまりのことに動くことができなかった彼女は、辛うじてシールドを構えた。リヴァイヴのシールドは極めて強固であると言われており、単純な強度で言えば打鉄よりも上と言われることもあるものだ。

だが、現実は非情なものである。エイミーは拳を開き、シールドへとその鋭利な爪を突き立てた。不快な金属音が鳴り響き、いとも簡単にシールドは貫かれる。エイミーはそれを握りつぶし、引き剥がすように奪い取り、その辺へと投げ捨てた。もはや声も出ない。目の前にいるのは、今にも自分を襲おうとしている魔獣。羆なんてものじゃ無い。今まで体験したことのない恐怖にさらされながら、奥歯をガタガタと鳴らすしか彼女にはできなかった。

 

「恨むのなら、こうなった自分を恨んでください」

 

だが、そんな彼女をエイミーは無慈悲に爪を突き立て、一気に引き裂いた。打鉄同様、装甲はズタズタに引き裂かれ、原型がわからないほどになる。止めと言わんばかりに、左の拳による殴打が叩き込まれ、そこで彼女の意識は現実から切り離された。

 

「そ、そんな…………戦力差は四倍もあったのよ…………こっちはISなのよ…………なのに、どうして…………!?」

 

あまりにも凄惨な状況に残されたイギリスの生徒は信じられないといった声を出した。自分たちは最強のISを纏っている、しかも四機もいる——火力でなら、あの模擬戦のように一方的な展開になったかもしれない。だが、一夏の榴雷と比べて火力が貧弱そうなエイミーのウェアウルフ相手ならどうということは無い、負ける要素は無い——そう信じていた。だが、現実はどうだ。たった一機に、それも近接格闘戦で潰されている。

 

「模擬戦の中止を申請します! こんなの…………模擬戦なんかではないわ! こんな品のない戦いを続ける意味などない!」

 

彼女は模擬戦の即時中止を申請した。自分の知っている模擬戦などではない。こんな品のない野蛮な戦いなど、崇高なISの試合であってはならないという彼女の思考がそうさせたのだった。

 

『貴様は何を言っている? お前は習わなかったのか? ISの試合には、どちらか一方を戦闘不能にする以外に大まかなルールはないぞ。細かなレギュレーションはあるだろうが、ローチェはそのどれにも違反していない。故にお前のその理由での申請には応じられん。以上だ』

 

しかし、彼女の申請は無情にも棄却される。この模擬戦の監督は彼女がリーガンよりも崇拝している千冬だ。千冬も一人の代表であるため、このような試合に異議を唱えてくれる、彼女はそう思っていた。だが、千冬はそんな生易しい考えを生憎持ち合わせていなかった。千冬の言う通り、ISの試合は公平化を司るルールは基本存在していない。あるのは、どちらかを戦闘不能にするだけ——操縦者への直接攻撃は競技違反であるが、この場合においてはそれは適用されない。聞いていた千冬もまた、そんな甘い考えが世界に通用すると思っていたのかと、頭を抱えた。

一方のイギリスの生徒、自分の崇拝する千冬が自分の言葉を聞き入れてくれなかったことに半ば絶望していた。何故…………自分は間違った事を言っていない——そう思っていた。しかし、その考えはかつて一夏と模擬戦をしたリーガンと同じもの。歪んだ思考を持っていた者に魅せられたが故に、自身も歪んだ思考に染まっていたのだった。

 

「そんな…………!!」

「残念でしたね。残りは貴方だけのようですし、さっさと終わらせます」

「くっ…………! この、減らず口——きゃあっ!?」

 

最早時間をかける必要もない。エイミーは躊躇いなく滑腔砲を交互に二発ずつ放った。通常弾頭であるが、それでもISに対しては十分な火力があり、装甲やスタビライザーを破壊していく。

 

「し、しまっ、ビットが——!!」

 

砲撃でビットの制御ユニットを破壊されたのか、メイルシュトロームのビットは使用不可能となった。残されているのは残弾一発のスナイパーライフルと近接短刀のみ。かろうじて使える近接短刀を装備しようとするも、普段使ったことのない装備であるが故に、展開までかなり時間がかかってしまった。戦闘において大きな隙を晒した彼女は、眼前に迫りつつあるグリズリー(エイミー)の前では格好の獲物であった。

 

「がっ…………はあっ…………!?」

 

エクステンドブースターによる加速を受けた膝蹴りをまともに受けた彼女は、勢いよく肺の空気を吐き出される。それは皮肉なのか、彼女が一夏にしたものと全く同じ攻撃であった。

 

「ふんっ」

「ッ——!?」

 

そのまま仰け反った身体は、頭を蹴り飛ばされることで地面への落下コースをたどった。榴雷ほどではないが、それでも陸戦兵器であり強固な装甲が特徴であるウェアウルフの蹴りだ。頭を大きく揺さぶられ、ブラックアウトしそうになるが、地面に叩きつけられた衝撃で意識はかろうじて繋ぎとめられた。

しかし、それは却ってダメージを大きくする一因になったかもしれない。薄れた意識は彼女の目に入った光景——自分の首を掴み締め上げようとしてくるエイミーの姿が尋常じゃない恐怖を駆り立てる。轟音とともに、凶々しい爪が自身の首筋を掠めて地面へと突き刺さった。彼女はあまりの恐怖に涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしてしまった。

 

「そういえば、聞いておきたい事があったんでした」

 

エイミーはふと思い出したかのように、彼女へと問うた。一体何を聞かれるのか、正直に答えたら解放してもらえるのか——今、状況を支配しているのはエイミーである事をようやく理解した彼女は、何を聞かれても答えようと心に誓ったのだった。プライドなどどうだっていい。目の前の魔獣にはそんなものは通用しない事が、身が滅びる寸前で気づいたのであった。

 

「あなた方が一夏さんを襲った、それで間違いないですよね?」

「そ、そうよ! 私たちがやったわよ!」

「では、あの場で一夏さんにした事以外でやった事はありますか?」

「な、ないわ! あとは何もやってないわよ!!」

「そうですか…………」

 

エイミーは彼女達が一夏を襲った事を知ってはいたが、一応確認の為彼女らに聞いたのだった。

 

「貴方…………もしかして、あいつの肩を持つって言うの!? 我が盟友リーガンをこの学園から追いやったあいつを!?」

「何を言っているんですか? あのアホ代表候補は自分で自分の首を絞めていたんですよ? おかげで強制送還になったようですが。それを他人のせいとしてなすりつけるとは…………人としての器が知れますね」

 

彼女は思わず苦虫を潰したような顔をした。誰しも人としての器が知れると言われればそうなるかもしれない。だが、彼女はそう言われても仕方のない事をしてしまったのだから、反論の余地はない。

 

「どうやら、試合は終わりのようですね」

 

エイミーは何を思ったのか、彼女の首筋に当てていた爪を引き抜いた。そのまま彼女に背を向け、ピットへと戻る素振りをする。

 

(この一発で…………この私をコケにした報いを受けさせます…………!!)

 

地面へと伏せさせられた彼女は残弾一発のスナイパーライフルをエイミーの背へと向けた。一矢報いるつもりなのだろうか、このまま無様に負けるわけにはいかないと、わずかに残っていたプライドがそうさせていたのだった。そして、彼女はトリガーを引いた。

 

「——貴方の負けで」

 

だが、スナイパーライフルの弾はエイミーに届きすらしなかった。まるでそうされる事がわかっていたかのように、エイミーは履帯ユニットを展開、ドリフトまがいの事をして、彼女の後ろへと回り込んだ。彼女が気付いた時は既に遅い。エイミーは爪で搔き上げるように、彼女の身体を宙へと舞い上がらせる。重力に従って落下してきたそれを、今度は渾身の力を込めたストレートを叩き込んで吹き飛ばした。壁面近くであった事も関係してか、壁に叩きつけられ、そのまま地に崩れ落ちる。凄惨な光景の広がるアリーナにはエイミー、ただ一人だけが立っていた。破壊を尽くしたグリズリーは漸くその怒りを鎮める事となったのだった。

 

「——戦闘…………終了」





機体紹介

M32B ウェアウルフ・ブラスト

第四十二機動打撃群所属のエイミー・ローチェ少尉専用機として改装されたウェアウルフ(轟雷)である。両肩に射撃用センサーを搭載している他、両背部の低反動滑腔砲、両腕部のシールド等、原型機とは違って左右対称となる機体構成をしている。また、近接戦闘に対応した調整も施されており、跳躍や展開の補助としてエクステンドブースターが二基ほど腰部アーマーに搭載されている。武装も低反動滑腔砲を除けば、近距離から中距離に対応した装備で構成される。

[低反動滑腔砲]
ウェアウルフ(轟雷)の主兵装。両肩に搭載されたセンサーと併用する事で走行中も高い射撃精度を誇る。各種砲弾を運用可能。

[サブマシンガン]
携行性の高い武装。装填弾数は少ないが、高い発射レートを誇る。なお、ウェアウルフ・ブラストには同系統の武器としてアサルトライフルも搭載されている。

[オーバードマニピュレーター]
フレームアームズのマニピュレーターを超大型化し、攻撃用にした武装。通常形態と超硬度メタル製クローを展開した『デストロイ形態』、カノンユニットを展開した『カルテット形態』をとる事が可能。エイミー機に搭載されたものはデストロイ形態で固定されている。これを両手に展開したウェアウルフ・ブラストは、その野性味あふれる獰猛な姿となる為、『グリズリー』と呼称される事もしばしばある。





今回は本編で大暴れ(?)したエイミーのウェアウルフ・ブラストでした。
感想及び誤字報告お待ちしています。
では、また次回、生暖かい目でよろしくお願いします。

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