FRAME ARMS:RESEMBLE INFINITE STORATOS   作:ディニクティス提督(旧紅椿の芽)

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今回、イジメ・リンチ描写が含まれています。
こちらが苦手な方はブラウザバックを推奨します。



それでも大丈夫という方は、今回も生暖かい目でよろしくお願いします。





Chapter.19

鈴が私達の部隊に合流してからしばらく経った。鈴の人の良さもあってか、みんなに馴染んでいる。それと、ちゃんと報告書も届いたからね。鈴には護衛任務の他に、渡された機体——ISとフレームアームズの両方の評価テストもあるそうだ。一応、機体の特性を確認しておかないと、有事の際に連携が取れないということで、現在第三アリーナを貸し切って訓練している。まぁ、フレームアームズの模擬戦なんかに巻き込まれたらISはただじゃすまないだろうし、あまり人目に晒したくないというのもあるから、学園長からの特例で貸切にしてもらってる。

 

「それが鈴の機体?」

「そうよ。型式番号JX-25CX、機体名は[雹刀(バオダオ)]。今、中国主導で量産中のJX-25F ジィダオ、JX-25T レイダオの機能集約型ね」

 

提示された資料の中にはその量産機のデータも含まれていた。その二機の姿と、鈴の装備しているバオダオの姿は、混ぜたらこんな感じになるのかと納得させるものだった。ベースはジィダオのようだけど、頭部はレイダオベースのように思える。レイダオの頭部にある特徴的な四つの単眼カメラのうち上の二つを下に移し、その単眼カメラのあったところに前に突き出た二本のブレードアンテナが備えられている。両腕には元々から専用のシールドであるスラッシュシールドが装備されていて、両肩にはスラストアーマーが増設されている。爪先にはブレードベーンが追加。そして、ひときわ目を引くのが、背中から姿をのぞかせる二門の大型イオンレーザーカノン。これはどうやらレイダオの腕部ユニットそのものらしい。簡単に言えば、異形だ。

 

「機能集約型だけあって随分と盛った性能してるよ…………」

「そうね。でも、コストが高騰化したからジィダオとレイダオの二機に分けて運用することにしたそうよ」

「そっちの方が連携組みやすいだろうからね」

 

下手に機能を集約して扱いにくくするよりは、機能を分割して特化させて連携した方が戦術にも幅ができるだろうし、その方が扱いやすそうだよね。まぁ、見た目は榴雷とかと比べると怖いけど。それで、鈴が扱うのはその機能集約型との事だ。やはり、いくら扱いにくい代物とはいえ使えればそれだけの戦力になるわけだから、ベテラン向けの仕様として作り直されるのかもしれない。

 

「とはいえ、この機体、手持ち武装があまりないのよね」

 

そう言って鈴はライフルと青龍刀を両手にそれぞれ展開した。ライフルはセグメントライフルの発展型だそうで、バレルの延長とかのマイナーチェンジをして、量産仕様にしているそうだ。青龍刀に関しては刃部がチェーンブレード化していて、かなり凶悪な仕様になっている。とはいえシンプルな武器構成だから扱い易さは格段にいいと思う。

 

「あまり武器が多くても使いこなせなきゃ意味ないから、それで丁度いいんじゃないかな?」

「とは言ってもね…………私は実戦をあまり経験してないから、どうしても不安になるのよ」

 

確か報告書によれば、鈴が軍属になったのは約一年前。向こうの訓練期間がどのくらいだかわからないけど、多分正式配属になって一年未満であることは確実だ。私の時は配属から割とすぐに実戦を経験したけどさ、私は前線部隊みたいなものだし、鈴の所属する開発局的なところとは性質が全く違うから、実戦経験回数は極めて少ないと思った方がいいかも。でも、実戦を経験したからって不安にならないことなんてない。現に私なんか、戦況がいつどんな風に変化するのかわからないし、どんなタイプの敵が襲ってくるのかもわからない…………前線特有の不安にいつも駆られているよ。まぁ、武装が多ければそれだけ不安にはならないとは思うけどね。極端な話、近接ブレード一つだけの機体よりは、そこにハンドガンの一つでもつけてもらった方が安心するし。ただ、あれもこれもと詰め込みすぎると、却って扱いにくい代物になっちゃうし、器用貧乏化してしまう恐れだってあるからね。鈴の話を聞く限り、その機体は白兵戦を主眼に置いた機体だそうだから、そのくらいが丁度いいのかもしれない。

 

「それはまぁ、仕方のないことだけどね。でも、鈴は大量に武器を詰め込んで、それを扱いきれる自信とかある?」

「あるわけないじゃん」

「つまりはそういう事。あとは、その機体をどこまで信じられるかどうか、じゃないかな?」

「そういう一夏は機体を信じてるの?」

 

鈴は今私が装備している機体、榴雷を指差してそう聞いてきた。それはもう、簡単な質問だよ。

 

「当たり前じゃん。榴雷には何度も命を助けられたからね。それにブルーイーグルにも…………信じるなっていう方が無理な話だよ」

 

だって、なんだかんだで死は避けられないとかとも言われてるアーテルからの一撃も致命傷は避けられたし、ブルーイーグルのお陰で瀬河中尉を守れたし、初陣で食堂のおばちゃんの娘さんとお孫さんを助けることができたから…………これだけの戦果を上げることができたのは私の実力というよりも、この二機のおかげっていうのが強いからね。それに、実力を出すには誰よりも機体を信頼しなきゃいけない。私の場合、いつの間にか愛着が湧いてたんだけどね。

 

「そっか…………それじゃ、私もこの機体を信じてみようかしら?」

「その方がいいと思うよ。そうすれば、きっと応えてくれると思うから」

 

鈴は突き出たイオンレーザーカノンを撫でながらそう言ってきた。いや、そういうことじゃないとは思うんだけど…………でも、まぁいいか。これで少しは鈴の不安が和らいでくれたらそれでいい。尤も、これって葦原大尉からの受け売りなんだけどね。初陣の時に『そいつはお前を信じていろんな奴が整備した機体だ。だから、お前がいの一番にそいつを信用してやれよ』って言われたんだよ。まぁ、その結果命令違反を犯すという行為をして、『機体を信用するのはいいが、俺の命令はちゃんと聞けよ?』と、半分笑われながら怒られたっけ。

そんな事を思っていた時、アリーナに鐘の音が鳴った。時刻を見るとアリーナの閉館五分前だった。

 

「それじゃ、今日はここまでみたいね。一応、機体の詳細諸元は前に送ったけど、この機体のメンテナンスマニュアルとかどうしたらいい? あの、雪華って子に預けた方がいいかしら?」

「いや、それ機密とかどうなのさ? そんな機密の塊、自分で管理しておいたら?」

「いつかは公開される代物よ。それが今になるだけの話だし、メンテは本職に任せたいのよね」

「まぁ、鈴がいいって言うならいいと思うけど…………でも、雪華に任せっきりはダメだよ?」

「わかってるって。自分の命を預けるんだから、自分でもやるわよ」

 

結局、鈴はバオダオのメンテナンスマニュアルを雪華に預けることにしたようだ。今のところ雪華が受け持っているのは私達の部隊にいる全六機。といっても、自分の機体は自分でやるスタイルだからそこまでの負担にはなってないとは思う。けど、一人にそこまで任せるのはなかなかに厳しい話だと思うよ。なお、雪華曰く、ブルーイーグルほど手のかかる機体じゃないから楽、と言ってた。…………私の所の機体が迷惑かけてごめん。ひとまず、アリーナに取り残されるのは嫌なので、私達は足早にそこを後にするのだった。

 

 

(うわぁ…………なんだか雨降ってきそうな天気…………)

 

アリーナから出た私はふと空を見上げた。夕暮れ時だというのにかなり暗くなってると思ったら、一面の曇り空。それじゃ暗くなるのも当たり前だ。鈍色の空からは今にも雨が降りそうな雰囲気を醸し出している。なお、鈴はどうやら一旦事務棟の方に用事があるとかで先に出て行ったよ。でも、手荷物とか先に寮に置いてきてよかった。手ぶらの方が速く走れるだろうからね。でも、

 

(雨が降ってくる前に寮に入れるかなぁ…………?)

 

第三アリーナは寮から一番離れたところにあるアリーナだ。雨が降ってくる前に寮に戻りたいけど、全力疾走してどうなのやら…………本降りになる前ならまだ許容範囲だけど、本降りに当たったら風邪ひいちゃいそうだ。それだけは避けなきゃ。まぁ、有事の際は風邪だろうがインフルエンザだろうが出撃するけどね。生まれてこのかた、そういうのとは無縁だけど。

 

(とりあえず、今は急がなきゃ…………)

 

けど、傘なんて用意してない以上、濡れたら制服とか乾かすのが大変になるだろう。私は少し早足で寮へと向かっていた。アリーナから寮へと通じる道は、校舎裏を通ると近道になる。だから、今回もその道を使うことにする。ただ、校舎裏とだけあって、学園の敷地内にある防風林がすぐそばにあるんだよね。防風林にしてはかなり木があるよ。よくこれだけの木を植えたね、って素直に思う。館山基地の周りはまだ森が残ってるけど、睦海降下艇基地に面した場所は度重なる戦闘で既に焼け野原と荒地と化しているからね…………。それは、別に今はいいか。なんだか、長い間襲撃とかないみたいだし…………まぁ、休戦中は次の襲撃の準備期間だから、どんな相手が出てくるのかわからないけどね。それでも、まだ降下艇基地レベルは第二ステージだそうだから、フレズヴェルクが生産される恐れはない…………はず。というのも、前にベリルショット・ランチャー持ちのヴァイスハイトが出てきたからね。後で聞いた話だと、一応警戒レベルは一段階引き上げられたそうだ。って、今は別にその話はいいか。とりあえず、先を急ごう。そう思って、少しだけ足を速めた時だった。

 

(うん…………?)

 

なんか、校舎の陰から生徒が出てきた。人数は四人ほど。リボンの色が青い事からして一年生だという事がわかる。でも、なんでこんな時間に? それに雨が降りそうな天気だというのに…………。これから同じく寮へ向かうグループなのかと思ったけど、彼女達は私の進路を塞ぐように立っていた。…………益々訳が分からなくなってきたよ。しかも、見た感じ外国人。国防軍に対する嫌がらせの類なのかな…………それだったら適当に流すしかないか。とりあえず、あまりに気にせず歩いた。

 

「——貴女が紅城一夏さん、かしら?」

 

お互いの距離が大体三メートルくらいになった時に、向こうの方からそう声をかけられた。敵意は…………まだよくわからない。

 

「う、うん…………そう、だけど…………」

 

けど、私の名前を呼んだ彼女以外から放たれる謎のオーラに気圧されてしまった。…………なんだろ、物凄く面倒な事に巻き込まれた気がするんだけど。

 

「そう。なら話は早いわ。貴女に少しお話があるの。ついてきてもらってもいいかしら?」

 

そう言って彼女は寮とは違う方向を親指で指していた。どうして寮じゃないんだろう…………別にただ話すだけならそこでもいいはずだし。てか、雨の方も問題になる。

 

「話…………? それなら、寮のロビーでもいいんじゃないの? それに、なんだか雨も降ってきそうだし…………」

「あまり他人には聞かれたくない話なのよ。それじゃ、こっちへ」

「あ、ちょっ——」

 

いきなり手を取られてそのまま防風林の中へと通じている道へと引っ張られて行ってしまった。油断していたけど…………これって物凄く面倒な事に巻き込まれているよね? 本能的にこの場から逃げようかと思ったけど、後方に残りの三人が配置されており、逃げ出そうとしても捕まえる気でいるように感じる。何より…………感じるオーラが嫌なもの。女尊男卑主義者的なものを感じるよ…………。しばらく歩いて、私の前を歩いていた彼女は徐に立ち止まった。学園からはかなり離れてしまっている。周りにあるのは木ばかりだ。こんなところで一体どんな話をしようというのだろうか?

 

「そういえば貴女、リーガン・ファルガスと模擬戦したのよね?」

「え? あ、そうだけ——」

 

突然だった。乾いた音が鳴り響いたかと思ったら、痛みが私の左頬を中心に広がった。一瞬、何が起きたのかわからなかったけど、彼女の方を見ると、振り抜いた右手と怒っているような顔が目に入ってきた。

 

「い、いきなり何——」

「——貴女のせいよ!」

 

謎の言いがかりをつけられる私。え…………私、この人に何かしたっけ…………? 全然記憶にないんだけど…………。

 

「貴女のせいで…………我が盟友のリーガンは…………リーガンは代表候補生の座を剥奪されたのよ!!」

 

そんなこと言われても…………私にはどうしようもできないし、第一そうなったのってファルガスさん自身が蒔いた種の結果でしょ!? それを私のせいと言われても…………なんだか八つ当たりみたいなものに思えてきた。やっぱり、女尊男卑主義者だったみたいだ。

 

「そ、そんなこと知らないよ! それって、ファルガスさんの蒔いた種の結果なんだから、私に当たるのは御門違いでしょ!?」

「口答えなんて許可してないわよ!!」

 

半ば逆ギレにも近い形で、目の前にいる彼女は私に殴りかかってきた。あまりにも単調な動きだから、簡単に避けられたけど…………でも、この格好じゃ軍服やパイロットスーツの時より動きにくい。このまま逃げたほうが安全と判断した私は、その場から離脱しようとした。

 

「逃がすかッ!!」

「ッ——!!」

 

だけど、逃げようとした瞬間、残りの三人のうち二人が私を両脇から押さえ込んできた。ま、まずい…………! いくら軍で訓練を受けて筋力があるとはいえ、二人分の拘束から抜け出せるほどの力はない。必死にもがくけど、逃げられそうにない。

 

「は、離して!!」

「そんなわけないでしょ。リーガン姉様は貴女のせいで、罪人になった…………その償いをしなさい!!」

「ッ!?」

 

両腕を押さえ込まれている状態で、お腹を殴られる。鈍い痛みがそこから全身に広がっていくようだった。償いって…………自分の責任なんだから、自分で負うのが当たり前じゃないの…………!?

 

「リーガン姉様の苦しみはこの程度じゃないわ!」

「かっ…………はぁっ…………!?」

 

今度はひざ蹴りが叩き込まれた。肺の空気が一気に押し出されるような感覚が襲ってくる。胃の中身が出てきそうになったけど、それだけは無理やり押さえ込んだ。あまりの痛みに思わず顔を顰めてしまった。

 

「リーガン姉様を返しなさいよ!」

「ぐうっ…………!!」

 

次は背中に鈍い痛み…………多分踵落としか、それに近いものだと思う。結構に痛い。とにかくここを早く逃げ出さないと…………これ以上は本当にまずい…………!! なんとか一瞬だけ…………一瞬だけでも隙を作れれば…………。

 

(民間人には手を出したくないけど…………正当防衛だから仕方ないよね…………!!)

「痛っ…………!」

 

私は私の左腕を押さえ込んでいる方の人の脛に踵蹴りを叩き込んだ。弁慶の泣き所に当たったのか、予想以上に痛がっている。そのおかげで私の拘束が弱まった。逃げ出すチャンスは…………今しかない!!

 

「離せっ!!」

「くっ…………!」

 

解放された時の勢いを利用して、右腕を押さえ込んでいる方のお腹に殴打を叩き込んだ。こっちも痛みに慣れてないのか、簡単に怯んで拘束が緩まった。全く…………殴っていいのは、殴られる覚悟のある人だけ、だよ?

 

「こいつッ! 大人しくしてなさい!!」

 

拘束から無理やり抜け出した私を押さえつけようと、私をここまで引っ張ってきた人が向かってくる。できればもう一人くらい怯ませておいたほうがいいと判断した私は…………かわいそうだけど、その人に向けて回し蹴りを叩き込もうとした。けど、手応えはない。むしろ、何かに受け止められているような——

 

「残念だったわね…………こっちにはこれがあるのよ!」

 

向こうはISを使って私の蹴りを受け止めていた。受け止められているというか、足を掴まれている。幸いなのは足首とかじゃなくて、ローファーを掴まれていたことかな…………。でも、このままじゃ逃げようにも逃げられない…………!

 

(IS相手に生身は不利だよ…………!!)

 

このままではまずいと判断した私は掴まれていたローファーを脱ぎ捨て、そのまま林の中をめがけて走り出した。片方裸足みたいなものだから、バランス悪いし、感触も違うから走りにくいけど…………でも、そんな事気にしていられる余裕なんてない。林の中をしばらく走っていれば向こうも諦めてくれるはず…………そう思っていた。

 

「あいつを逃すな!!」

「リーガン姉様の仇!!」

 

…………まだ追いかけてくる。正直、まだ走り続ける事はできるけど…………依然として私が不利な立場にある事に変わりはない。できる事はただ逃げ続ける事だけ。…………軍人としてそれはどうなんだって言われるかもしれないけど、向こうはISを保有、こっちは丸腰…………まともに当たっても勝ち目は無い。フレームアームズはこんな所で使うわけにはいかない…………模擬戦ならまだしも、対アント戦以外に持ち出すのはダメだ。故に、私には逃げの一手しか無いのである。木々の間を縫うように走り続けていた、その時だった。

 

(し、しまっ——)

 

土の上に出ていた木の根っこを踏みつけて、そのまま足を滑らせてしまった。その際に、足首からは嫌な音が鳴り、鈍い痛みが襲ってくる。バランスを崩した私はそのまま前のめりに転んでしまった。

 

「見つけたわよ!」

 

ま、まずい…………追いつかれてしまった。急いでたちあがり、また走り出そうとするけど、足首の痛みがそれを妨げてくる。やばっ…………これ絶対捻ってるよ。でも、早く走り出さないと…………!

 

「無様に転がってろ!!」

「ッ——!?」

 

走りだそうとした瞬間、背中に物凄い痛みが…………しかもかなり勢いがついていたせいか、立ち上がろうとしていた私は再び地面へと伏せられた。多分、今のは跳び蹴り…………下手したら、今ので骨折していたかもしれない。それに…………今の一撃で、意識が少し飛びそうになった。地に伏せられた私は背中を足で踏みつけられており、足をおそらく捻った今の状況では、逃げ出すのは困難だね…………なんで、こんな冷静に考えてるんだろ…………極限状態にでもなったからなのかな…………?

 

「あんたさえ…………あんたさえいなければ!!」

「お前なんか生まれてこなければよかったのに!!」

「この、女性の裏切り者!!」

「リーガン姉様に謝りなさいよ!!」

 

好き勝手言われて、全身を踏みつけられたり、蹴られたり…………側頭部を踏まれてそのままグリグリとされたのはかなり痛かった。背中を踏みつけられたまま髪は引っ張られて痛いし…………横腹に爪先が刺さるのが痛かった。それでも…………弾からもらった髪留めを壊されないように両腕で覆って守っていた。それが、今の私にできた唯一の抵抗だった。

 

「さて…………そろそろ雨が降りそうですから、皆さん戻るとしましょう」

「賛成。で、そこの粗大ゴミどうするのよ?」

「このまま放置でいいでしょう。雨のおかげで明日は綺麗になるでしょうし」

「それもそうか。それじゃ、帰るとしようぜ」

 

不気味にも聞こえる高笑いだけを残して、四人はその場を去っていった。ま、待って…………手を伸ばそうとしたけど、視界がぼやけて、手が震えている感じがする…………。震える手で髪留めのところを触ってみると、ちゃんとまだついていた…………よかった…………。どうしてこんなことになっちゃったんだろ…………私には訳がわからないよ…………。そんな時、頬に冷たいものが落ちてきた。

 

(あ…………雨、降ってきちゃった…………)

 

一粒、また一粒と落ちていた雨粒はどんどん増えてきて、いつの間にか大雨になってきた。…………これが、春雨なのかな…………なんだか、見当違いの考えまでし始める私。降ってきた雨は私の全身を濡らしていく。土に染み込んだ雨だけど、すぐに水たまりみたいなものができて、泥水が顔に跳ねてくる。多分、既に全身泥だらけ…………かな…………? 地面に無様に転がされてずぶ濡れになっている自分が情けなく思えてきたよ。でも、それよりも視界のぼやけていく方が早くて…………意識はギリギリ繋ぎとめられているような状態だった。

 

(…………あ…………なんで…………ここ…………に…………)

 

私の意識が飛ぶ直前、私のぼんやりとしていた視界に白と青の物体が入ってきた。その正体を理解した瞬間、私の意識は闇へと消えていったのだった。

 

◇◇◇

 

「…………遅いですね、一夏さん」

「そう、だね…………」

 

鈴からバオダオのメンテナンスマニュアルを受け取った雪華の元に、今度はエイミーが細かな調整を依頼しに来ていた。二人とも既に夕食は済ませており、タブレット端末でセッティングのシミュレーションをしていたのだが、この部屋のもう一人の住人である一夏が帰ってこないことに、思わずエイミーはそう声を漏らした。時間的に見ても寮の門限は近い。普通なら夕食前には必ず帰ってきている一夏が戻ってこないことに、二人は不安を募らせていた。

 

「流石に夜の散歩——なんて、訳はないですよね…………?」

「それはないよ。一夏は門限以降は基本的に部屋にいるし…………一夏はそういうのをきっちり守る人だから…………絶対にそれだけはないと思う」

 

雪華はそう言って、再び作業に戻るが、タブレット端末に打ち込む数値を少し打ち間違えてしまった。彼女は急いでその項目を修正するが、親友がこんなに遅くまでなっても帰ってこないことが不安で堪らなかった。あの時の記憶が雪華の脳裏に浮かんだ。作戦終了後に拘束され、拷問を受けていた、あの時の痛々しい一夏の姿を…………。考えたくはなかったが、同じような目にあっているのではないか——そう雪華は考えてしまった。そのせいで雪華の指先が僅かにだが震え始めていた。

 

「あ、あの、雪華さん…………」

「大丈夫…………ちょっと、変な事考えちゃっただけだから…………」

 

そう言って、雪華はエイミーに心配をかけさせまいとするが、却って彼女に心配をかけさせてしまうのだった。エイミーも、正直なところ不安に心を押しつぶされそうになっていた。自分の命の恩人が未だに帰ってこない——まだ、自分はその恩返しができてない…………今の自分にできる最善策を考えるが、一秒、また一秒と時間が過ぎてくたびに不安が募っていく。そんな時、不意に部屋のドアがノックされた。二人は一夏が帰ってきたと思い、一瞬安心したような顔になる。

 

「あ、私が出てきますね」

「お願いするよ」

 

ここは作業中の雪華ではなく、エイミーが出ることにした。一夏の帰りに、自然と顔が綻びそうになるエイミー。期待を胸にドアを開けた。

 

「ん? ローチェ、か…………すまない、市ノ瀬はいるか?」

 

だが、ドアを開けた先にいたのは千冬であった。その事に一瞬落胆しそうになるエイミーだが、教師の前でそんな顔になってはいけないと、至って普通であることを装った。

 

「雪華ならいますけど…………」

「そうか…………すまないが、中に入れてもらってもいいだろうか?」

「あ、ちょっと待っててください。雪華、織斑先生が来たんだけど、中に上がってもいいかって…………」

「別に大丈夫だよ。作業は一旦中断するけどね」

「大丈夫みたいです。では、どうぞ」

「…………すまない」

 

千冬を中へと入れたエイミーだが、彼女の顔もまた深刻そうなものになっている事に気付いた。その瞬間、エイミーに嫌な予感が走った。でも、それだけは外れて欲しいと願い、頭をブンブンと振って、何処かへ飛ばそうとした。

 

「お茶とか出しますか?」

「いや、構わなくていい。それよりもだ…………紅城は帰ってきたか?」

 

千冬からの言葉に、雪華とエイミーは思わず息を飲んだ。寮監である千冬が、一夏が帰ってきたかどうかを直々に聞きに来たのだ。つまり、千冬も一夏を確認していない。嫌な汗が二人の背中を伝った。

 

「そうか…………。紅城が未だに帰っていてない。既に篠ノ之、凰、オルコット、シグルス、そして織斑に捜索をさせているが…………一向にいい報告が出ない。二人も捜索に加わってくれ。私もすぐに出る」

 

不安が見事に的中してしまった。だが、こんなところでくよくよしていても何も変わらないことを理解している二人は、千冬に首肯で返答した。

 

「そうか…………すまない。私は先に出ている。なるべく早く頼むぞ」

 

千冬はそう言うと、持ってきていた雨具を着、懐中電灯を持って部屋を後にしていった。その後を追うように、二人も雨具を装備し、懐中電灯を持って千冬の後を追ったのだった。

 

 

寮の外に出て、雪華と二手に分かれて一夏を捜索するエイミーだが、未だに一夏の姿どころか手がかり一つすら見つかってない。インカムを千冬より渡され、リアルタイムで報告が飛び交うが、耳に入ってくるのは同じく未だに見つかってないという空しい結果だけだった。

 

「どこ…………どこにいるんですか、一夏さん!!」

 

呼びかけるも、返事はない。夜手間ある事に加えて、雨が降っているため、視界は最悪である。鈴の証言より、第三アリーナで別れる時までは一緒にいたということから、そこに通じる道を一つ一つしらみ潰しに探しているが、どこからも発見の報告はない。エイミーは学園の校舎裏を通るルートを捜索している。だが、周りに見えるのは防風林の木々だけであり、懐中電灯で照らしても特に成果を得られないでいた。それでも、一夏を必ず見つけるという思いが彼女の歩みを進めさせる。いつの間にか寮からかなり離れており、丁度校舎側から防風林を突き抜けるような道との交差地点にたどり着いた。

 

「一夏さーん!! いたら返事して下さーい!!」

 

エイミーの言葉に返ってくるのは自身に叩きつけてくる雨粒の音だけ。せめて足跡でもいいから何か手がかりになるようなものがないか、彼女は辺りを懐中電灯で照らしてみる。すると、防風林の中へと通じる道に何かが落ちている事に気がついた。おそらく石か何かだろうとは思いつつも、一応確認はしてみようとエイミーはそれに近づいていった。遠くから見た時は小さくてよくわからなかったが、近づくにつれてはっきりとしてくる。

 

(え…………なんでこんなところにローファーが…………? それも、片方だけなんて…………)

 

エイミーは徐にそれを拾ってどこかに名前がないかを探し始めた。名前は程なくして見つかった——靴の中に書かれていた『一夏』の文字。嫌な予感が再びエイミーを襲った。もしかすると一夏は——最悪の事態が予想されてしまった。いや、そんなわけはない、と自分に言い聞かせるも、この状況が否定させてくれない。

 

「一夏さん! 一夏さん!! いたら返事して下さいッ!! 一夏さんッ!!」

 

エイミーは今出せる限界の声で林の中へそう呼びかけた。しかし——やはりと言ってはなんだが——返答はなかった。返事がないということに一瞬絶望を感じたが、彼女は希望を掛けて林の中に向けて懐中電灯を照らした。その時だった。何かが林の中を歩いている音がする。その音は次第に大きくなり、自分の元へ向かってきていると、エイミーは感じた。そして、歩いてきた者の正体が、彼女の持っていた懐中電灯に照らされたことで明らかになった。特徴的な頭部、推進器を内蔵している両肩と大腿、華奢なフォルムに白いカラーリングと青いクリスタルユニット——彼女が見間違えるはずがなかった。

 

「…………フレズヴェルク=アーテル…………!!」

 

かつて一夏に一生消えない傷を残した魔鳥がエイミーの前に姿を現した。突然の事に彼女は一瞬どうすればいいのかわからなくなってしまったが、アーテルの腕の中に抱かれている者の存在に気づく。

 

「一夏さん!? もしや、お前が…………ッ!!」

 

アーテルの腕の中には意識を失っている一夏が抱かれていた。全身泥だらけで、手など肌の出ている所からは痣が見え、そして片方しか履いてない靴。何よりも、泥で汚れてはいたが、一夏の肌がいつもより白くなっていた事にエイミーは気付いた。もしかすると、このアーテルが一夏を襲った——そう考えた彼女は目の前の魔鳥に敵意を剥き出しにする。

 

『落チ着ケ。私ハ彼女ニ手ヲ出シテハイナイ』

 

しかし、目の前の魔鳥はまるで溜息をつくようなそぶりを見せてからエイミーに向けてそう言ってきた。彼女は言葉を話してきた事にも驚いたが、それ以上に一夏に手を出していないという事に驚いていた。だが、前科がある上、敵である以上、その言葉を鵜呑みにはできなかった。

 

「そ、それを信じるとでも思ってるんですか…………!」

『信用サレナイ事ハ承知シテイル。ダガ、私ハ此奴ニ『私ガ倒スマデ、勝手ニ有象無象如キニ殺ラレルナ』ト約束シタ。偶然、此奴ガソノ有象無象ニヤラレカケテイタカラナ…………シカシ、私ガ直接出テハ、此奴ノ立場ガ悪クナル。ソレヲ避ケタ結果ガコレダ。TCSヲ雨除ケニシタガ、低体温症寸前ダ。早ク運ブガイイ』

 

機械のくせによく喋ることだ、エイミーは内心そう思っていた。そして、言葉を聞くうちにそれが魔鳥の真意であるようにも思えてきた。その証拠に、魔鳥はウエポンラックに主兵装の大鎌を携えていない。胸部ガンポッドに弾が装填されているかどうかはわからないが、少なくとも交戦する気は無い——エイミーはそう判断した。アーテルもそれを指し示すかのように、一夏の身柄をエイミーへと受け渡した。それと同時に一つのメモリーチップも。

 

『ソノメモリーチップニハ、此奴ヲヤッタ連中ノデータガ入ッテイル。貴様ノ好キナヨウニ使ウトイイ』

 

そう言うとアーテルはエイミーに背を向けた。両肩の推進器からは小さいながらも噴射炎が見えている。おそらくこの場から発つ気なのだろう。本来であれば攻撃を加えるべき場所なのかもしれないが、一夏を助けてくれた手前、エイミーにはそんな事ができるわけがなかった。

 

「…………教えてください。何故、一夏さんを狙うんですか…………? 確かに一夏さんは優秀ですが…………他にも有能なパイロットはいるはずですよ…………」

 

そんな言葉が自然と口から出ていた。それを聞いたアーテルはエイミーへと振り返る事なく答えを出した。

 

『私ト奴ハ似テイル。故ニ戦イタイダケダ』

 

そう言い残して、アーテルは雨降る夜空へと消えていった。アーテルの言葉が頭から離れないエイミーではあったが、それ以上に一夏の方を優先させなければならない。

 

「…………こちらエイミー、一夏さんを発見、保護しました。先に寮へ帰還しています」

 

エイミーはこの時、インカムが常時音声を送る仕様でなかった事に感謝した。敵とコンタクトを取ったなどと知られた暁には自身の未来など無い。音声送信を終了した彼女の耳には安堵の声が聞こえてきたが、腕の中にいる一夏を見て果たしてそう言えるのかと、思わず唇を噛み締めていた。そして、アーテルのお陰で一夏が命を落とすような最悪の展開にならなかったことに対して複雑な気持ちになっていたのだった。

ひとまずエイミーは自身が着ていた雨合羽を羽織らせ、そのまま背負った。身長差のある二人だが、背負う分には問題無い。片方の手には靴を、もう片方には渡されたメモリーチップを持ち、寮へ向けて歩き始めた。なるべく早く帰って、体を温めてあげたい——アーテルに低体温症寸前と言われた以上、外に長居するのは危険だと考え、エイミーは歩く速さを可能な限り上げたのだった。

 

(…………一夏さん…………私、一夏さんのように我慢できそうにないです…………一夏さんを襲った相手をボコ殴りにしないと気が済みそうにありません…………!!)

 

同時に、自分の恩人へこのような仕打ちをした者への怒りも湧き上がっていた。燃え盛る怒りの炎は誰にも止められない。エイミーは必ず報復してやるという決意を胸に抱き、その時を待つ事にしたのだった。




今回、キャラ紹介及び機体解説は行いません。
感想及び誤字報告をお待ちしています。
では、また次回も生暖かい目でよろしくお願いします。



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