FRAME ARMS:RESEMBLE INFINITE STORATOS 作:ディニクティス提督(旧紅椿の芽)
では、今回も生暖かい目でよろしくお願いします。
「なんだか騒がしいね」
代表決定戦からしばらく経った。結局、クラス代表は残った秋十がする事に決定したよ。当のもう一人の候補者は退学って扱いになったみたいだし。その後どうなったかは私にもわからないし、知りたいとも思わない。はっきりとしているのは、クラス代表は秋十に決定し、次の日の夜に秋十の就任パーティが開かれたこと。私達は報告書とかそういうのがあるから早めに抜けたけど、お姉ちゃんが止めに入るまでどんちゃん騒ぎは続いていたそうだ。で、普通なら疲れ果てている筈なのに、何故かみんな盛り上がっている。何の話なんだろ?
「どうやら二組に転校生が来るらしいですよ?」
「確か、出身は中国とか言っていたな」
「あ、エイミーにレーア。おはよう」
「一夏さん、おはようございます!」
「ああ、おはよう一夏」
既に教室に入っていたエイミーとレーアにそう教えられた。へぇ、こんな時期に転校生が来るんだ。入学式から二週間程度しか経ってないのに…………多分、秋十の情報取りとかのために派遣されてきているに違いない。まだデータ取りならいいけど、強引な手を使ってくるのなら…………私はまた民間人に銃を向けるだろう。ふと秋十の方に目を向けると、そこには他の女子達と談笑している姿があった。そこには箒やセシリアも混じっている。これなら大丈夫かもね…………ちょっとだけ安心していた。
「そういえば一夏、前に中国からの応援が来るとか言ってたよね?」
「あ、うん、言ってたね。でも、来るとかの報告は受けてないんだけどなぁ…………一応、合流予定は今週末となっているんだけど…………」
眠そうにしている雪華にそう言われて思い出す。確かに増援としてこれから中国とドイツから来ることになっている。ドイツからくるのは本来の指揮官で今月末に着任予定。で、中国からのは今週末と報告されているんだけどね…………そうなるとやはり代表候補生とかになるのかもしれない。
「多分、代表候補生とかかもしれないよ? むしろそっちの方が可能性高そうだし」
「確かにな。まぁ、我々はどっちに転んでもいいように対応するしかないのだがな」
レーアの言うことは尤もだ。いかなる状況に立たされても、態勢を維持できるようにしておかなきゃいけないからね。とはいえ、気になるのは事実。どんな人が来るんだろう…………ここの転入試験って、かなり難しいって聞くから、相当頭がいい人なのかもね。まあ、既にクラスの話題はその転校生から今月末のクラス対抗戦に移っている。各クラス代表によるリーグ戦で、優勝したクラスには半年のデザートフリーパスが配られるとの事。そのせいで、秋十に勝って欲しいという目がガチになっている。女の子って、甘いものが好きだからね…………かく言う私もそうだし。とはいえ、甘いもの食べるのが贅沢と思ってしまっているから、食べる機会はあまりないけどね。基地にいた時に、葦原大尉が基地内の売店でプリンを買ってきてくれた時くらいだよ。…………まぁ、子供扱いされていたから、そういうのもあるとは思うんだけど。
「——でも、俺が勝てんのか…………? やるからには勝つ気で行くけどさ、明らかに経験値的に…………」
秋十の会話が耳に入ってきた。確かに秋十はISを起動して、模擬戦を経験しているけど、その実力はあんまりわかんないし…………私とはそもそもで機体自体が全くの別物だから、推し量るには情報として頼りないし…………どうなんだろうね? それに、秋十の言う通り、経験ってかなり大事なことだからね。なお、私の軍歴は二年程度なのであまりそういったことに口出しはできません。どれくらい大事かは、葦原大尉か瀬河中尉に聞いた方がいいと思うよ。
「大丈夫だって! 今のところ一年で専用機を持っているのは一組と四組だけだから!」
「——その情報、古いわよ」
入り口の方から突然聞こえてきた言葉にクラス中の人が視線を集める。そこに立っていたのは、何やら不敵な笑みを浮かべているツインテール少女の姿だった。って、あ、あれ? あのツインテール少女、めちゃくちゃ見覚えがあるんだけど…………。
「二組も専用機持ちがクラス代表になったの。そう簡単には勝たせてあげないわ」
口調は変わっているけど、あのツインテールにちらりと見える八重歯…………間違いない、あの子は——
「鈴…………? お前、もしかして鈴なのか!?」
「久しぶりね、秋十。そう、この中国国家代表候補生にして中国軍中央開発局所属の少尉、凰鈴音よ!!」
「肩書き長え!?」
まさかまさかの鈴だよ。私の第二の幼馴染である。というか、ここに知り合いが集まりすぎじゃないかな? 世界は広いようで狭いんだね…………。身をもって味わったよ。
「てか、鈴。その格好だけはやめとけって…………しかも疲れるだろ?」
「あ、ばれた? やっぱマジモードは三分が限度ね…………」
そう言って一息つく鈴。先程までの中ボス感は一気に抜けきり、代わりに普通の女の子に戻ってしまった。たまに鈴はこんな風に背伸びした言動をしていた。そのせいで弾には厨二病じゃないのかとか言われて、その度にアイアンクローをされていたっけ…………なんかそれも懐かしく思えてくる。鈴は私の知らないうちに中国に帰っていたからね。帰った事を知ったのは正式入隊する一週間前に秋十からそう告げられた時だったよ。
「まぁ、秋十はひとまず後ででもいいや」
「さらりと後回しにされる俺の扱いよ…………泣けてくるぜ」
秋十の扱いが雑すぎるように見えるけど、昔からこんな感じだから私からしたら日常的な光景。だけど、みんなからしたらこんなサバサバとした付き合いができることに驚きを隠せないでいるみたい。まぁ、箒も似たような関係だから、サバサバとしているけど。そういうわけで秋十を後回しにした鈴は一旦教室を見回すと、私の方へと向かってきた。
「久しぶり、一夏。元気にしてた?」
「うん。鈴は…………全然元気そうだね」
「あっはっは! 元気の塊鈴ちゃん、再臨よ!」
(この厨二言動は治らないみたいだね…………)
相変わらず元気な事で…………鈴は私みたいにおとなしくしている事は少なくて、こんな感じにいつも快活に笑っていた。え? 容赦なく砲弾を降らせる私のどこがおとなしいか、って…………? そ、それは任務の時だけだから! に、任務だから仕方ないでしょ!?
「——で、これってどういう事?」
「…………えっ?」
そう言って鈴はいきなり死んだ魚のような目をして私を見つめてきた。ちょっと!? 元気の塊鈴ちゃんはどこへ行ったの!? 目の前にあるのはある意味生きてる屍だよ!? 目に光が灯ってないってどういう事!? 急激な状況の変化についていけないでいると——
「なんで…………なんで、私がいない間にここまで胸が大きくなっているのよぉぉぉぉっ!!」
「ひゃんっ!?」
——突然胸を揉まれた。ちょっと表現できない刺激が全身を駆け巡るような感じがする…………って、
「い、いきなり何——ぴゃっ!?」
「中学二年の時までは私と同じくらいだったでしょうが…………この空白の一年の間に何があったのよ!?」
「ちょっ、まっ…………も、もま、揉まないで! しょ、しょこは——ひゅうんっ!?」
だ、だめ…………鈴を止められそうにない。誰かに止めてもらおうと支援要請の目線を送るけど…………
「…………あの可愛らし悲鳴、素敵ですわ…………」
「おいセシリア! 意識をしっかり持て! 衛生兵、衛生兵!」
「…………わ、私も耐えられないですぅ…………」
「エイミー!? こ、こっちにも衛生兵を!」
「てか、その辺から愛が噴き出すってどういう事!?」
「…………一夏姉は兵器だろ、マジで」
…………支援してくれそうな人は一人も残っていなかった。
「ただでさえ美少女なのに、これじゃ完全に美女行きじゃないの! だから、もう少し揉ませなさい!」
「り、理由が理不じ——ぴぃっ!?」
…………も、もうらめ…………しょ、しょれ以上は、らめぇぇぇぇぇっ…………!
「何をしてるか、バカタレ」
「にょわっ!?」
完全に精神が色々とおかしくなりそうになる直前、お姉ちゃんの声が聞こえたと思ったら、同時にものすごく鈍い音と鈴の悲鳴が聞こえた。そして、先程までの感覚から解放される私。また揉まれるんじゃないかと危惧して思わず胸を腕で守るようにした。
「元気なのはいいが、朝からセクハラ行為はするな。それに、もうじきSHRの時間だ。急いで自分の教室に戻れ、凰」
「げ…………ち、千冬さん…………」
「織斑先生だ、馬鹿者。一分待ってやる。その間に戻るといい」
「さ、サーッ!!」
鈴はお姉ちゃんのドスの効いた声で話しかけられた事が原因なのかはわからないけど、ものすごい速さで二組の方へと向かっていった。前から鈴ってお姉ちゃんの事が苦手だったっけ。
だが、一方の私はさっきの事のせいで、恥ずかしいやらなんやらの気持ちが混ざり合って、頭の中がごちゃごちゃしている。心なしか顔も熱を帯びているようだ。うぅ…………せめて揉まれるんだったら、弾が良かったのに…………鈴のバカ。ちなみに葦原大尉に揉まれた事はないからね。あの人はどちらかといえば下着の色を聞いてくるとかそのくらいだから…………ある意味紳士的なのかもしれない。
「さて、SHRを始めようと思うのだが…………オルコットにローチェ、その他数名は一体何があった?」
「それ以外になぜかキラキラしてますよ!? 何があったんですか!?」
この混沌とした状況の中に入ってきたお姉ちゃんと山田先生は戸惑いを隠せないでいた。まあ、そうだよね…………何も知らされずにお姉ちゃんの部屋に放り込まれるのと似たようなものだし…………カオス的な意味合いでは。
「先生、こいつらは…………一夏への愛に殉じました」
「いや、生きてるからね!? さらっとクラスメイトを殺さないでよ、箒!」
「一夏姉の破壊力は計り知れないな…………」
「可愛いは兵器…………日本が強い理由の片鱗を見た気がするぞ」
なんでこんな事になってしまったのかと思ってしまう。これは控えめに言っても酷いよ…………多分、今ちょっとでも触れられたら悲鳴あげそう。とまぁ、こんな感じで一週間ど真ん中の日の朝は過ぎて行ったのだった。
◇
朝の騒動からなんとか立ち直り、現在お昼休み。というわけで食堂に向かっているわけなんだけど…………
「——ブラスト09よりフェンサー15、進路クリア。オーバー」
「——フェンサー15、了解。引き続き警戒を厳としなさい」
「…………なにこれ?」
私の周りをエイミーとセシリアが警戒している。というかむしろ、私の方が護衛されているという珍事だ。朝の一件が原因だというのはなんとなくわかるけど、それにしたってこの状況はどうなのさ? 本来の護衛対象である秋十の方にこれをするべきなんじゃないの?
「…………こいつら、アホか?」
「…………同僚に対してもドライだな」
「…………そのうち一夏姉の親衛隊とかできそう」
「それ、かなり現実味を帯びてるんだけど…………」
なお、後ろでこの光景を見ている四人はこの状況をなんとかしてくれる気はないみたいだ。レーアもなにやらエイミーに向かってアホみたいだ、みたいなこと言ってるし。
「てか、エイミー、セシリア。物凄く歩きにくいんだけど…………」
「これも一夏さんの貞操を守るためですわ…………」
「朝にあのような事があったので、再び襲撃される可能性を考慮すべきですよ!」
「あのー、歩きにくさに関しては…………」
「「暫しのご辛抱を」」
「えぇー…………」
それってどうなのさ…………? とはいえ、一度やると言ったら聞かないこの二人だ。食堂まであと少しだし、それくらいまでなら我慢できると思って、結局そのままにしておくしかなかったのだった。
「…………なにやってんの、あんたら」
食堂に着くと、何故か大き目の席を一人で占拠している鈴に出会った。もしかするとここにいる全員が普通に座る事ができるくらいの大きさだ。しかも、食堂は混み始めている。
「あ、貴女は——朝のセクハラ大明神!!」
「それ私のことか!?」
「一夏さんの貞操を危機に晒した罪…………私は忘れませんよ!!」
「なんか、私相当重罪化してる!?」
…………うん、出会ったらこんな事になるのは想像していたよ。というか、セシリア、そのセクハラ大明神ってある意味葦原大尉や瀬河中尉のことをさしているように思えてくるんだよね…………。だが、こんなところで変な交戦状態に陥ってしまっては、お昼ご飯を食べられなくなるかもしれない。食べられるときに食べておかないと大変な事になるから…………それだけは避けなきゃ。
「二人とも、そこまでだよ。ところで鈴、私達もここに同席してもいいかな?」
「勿論よ。その為に取っていたようなものだしね。早いところ料理を取ってきなさいな」
「うん、ありがとね」
鈴のお陰で席に困る必要は無くなった。さて、それじゃお昼ご飯を選ぶとしようかな? 今日はなに食べよう? たまには煮魚とかもいいかな? よし、今日は煮魚定食にしよう。
「おばちゃん、煮魚定食一つお願い」
「私も同じものを」
「私はたぬきそばを」
「俺、とんかつ定食」
「メキシカンタコスセットを一つ」
「七面鳥の赤ワイン煮セットをお願いします」
「チキンキャセロールとハーブダンプリングのセットをお願いしますわ」
「あいよ。ちょっと待ってな」
私達が注文を終えると、厨房の奥がなにやら少し騒がしくなってきた。まぁ、一度にこれだけの注文をされたらそうも忙しくなるよね。そんな事を思いながら待つこと二分、
「へい、煮魚二つ、たぬき、とんかつ、タコスにターキー、そしてチキン今あがったよ」
注文していた料理の全てが一斉に用意された。す、凄い…………相変わらず早い仕出しの速さである。基地にいた時は全員メニューが決まっているから、その分速かったけど、こっちはバラバラなのに基地にいた時と同じ速度で用意されているよ。どういう訓練を積んだらこういう事が可能になるのか気になってしまった。まぁ、今はそのことは置いておくとして、料理を受け取った私達はすぐに鈴のいる席へと向かうことにした。
「それじゃ、改めて失礼するね」
「そんなこと言わなくてもいいのに」
「性格上仕方ないからってことで」
改まってそういう私に溜息を零した鈴だけど、その溜息は呆れとかより、相変わらずといった意味合いを含んでいたような気がする。
「そういえばちゃんと自己紹介してなかったわね。私は凰鈴音、中国国家代表候補生及び中国軍中央開発局所属の少尉よ。一夏や秋十とは幼馴染みたいなものだわ。私のことは気軽に鈴って呼んでね」
改めて聞いて思ったけど、鈴って少尉なんだ。しかも国家代表候補生を兼任するなんて…………一体どんな努力をしてきたんだろうね。私だって、中尉に階級が上がったのはある意味奇跡みたいなものだし、その前に命令違反を犯しているから下手したら降格処分を受けていた可能性も否定できない。
「鈴さんは少尉なんですか…………なら、一夏さんに謝らないといけませんねぇ」
「これは上官不敬罪ものですわ…………」
「え、えと、あんたらは…………」
「米陸軍第四十二機動打撃群所属、エイミー・ローチェ少尉です」
「英国海軍第八艦隊狙撃部隊所属、セシリア・オルコット少尉ですわ」
「この自己紹介の流れに乗るか。私はレーア・シグルス、エイミーと同じ部隊所属で階級も同じだ」
「日本国防軍第零特務隊所属、篠ノ之箒少尉だ」
「日本国防軍本土防衛軍フレームアームズ整備班、市ノ瀬雪華軍曹です」
「一応、私もしておこうかな? 改めて、日本国防軍本土防衛軍第十一支援砲撃中隊所属、紅城一夏中尉だよ」
唐突に始まった自己紹介タイム。けど、エイミーとセシリアは鈴に対して謎の圧力をかけている。別にそんなことしなくても、もう気にしてないのに…………。だが、私の自己紹介を聞いた鈴はなにやら顔を少し青くしている。え? 私何か変なこと言ったかな?
「え…………一夏ってち、中尉だったの…………?」
「え? あ、うん、そうだけど…………」
そこから先の鈴の行動はとても速かった。
「マジですみませんでしたぁっ!」
「へっ?」
まさかの椅子の上で土下座である。ちょっと待って!? あまりの展開の変化に私の頭が追いついていないんだけど!?
「私の上官と知っておきながら、ド忘れし、剰え破廉恥な行為に及んでしまい申し訳ありません! し、謝罪はいくらでもします! ですから、銃殺刑だけは——」
「ちょっと待った! それは行き過ぎだよ!? 私、そこまで鬼じゃないからね!?」
鈴が完全に平謝りの状態である。普通にごめんだけでも許せるんだけど、なんでここまでするかな…………上官不敬罪とはいうけど、私自身特にそういた感じでは受け取らなかったし、不敬とかって前に女尊男卑主義者の連中がしてきたような感じのものだと思っているから尚更そう思ってない。
「いやいや、あの蹂躙動画を見せられたら、こうでも謝らないと、あの二の舞に…………」
「「「「「「あぁ、納得…………」」」」」」
「大丈夫だから! 心配しなくていいから!」
どうやらこの間の模擬戦の情報が漏れ出しているようだ。で、そのあまりにも過剰すぎる火力が自分にも向かないかと恐れていると…………そんなにやばいことしたかなぁ…………? 私としては普通にやったつもりだったんだけど…………。
「それにもう気にしてないし…………」
「ほ、本当!? 許してくれるんですか!?」
「うん。あと、私に敬語は公の場以外ではなしでいいよ」
相変わらず上官としてはどうなのかと言われそうな内容だけど、むしろ変に敬語を使われる方がむず痒くて辛い。館山基地じゃ、私の事を普通に名前呼びしてたしね。
「ほっ…………でも、こんなあっさり許してもいいの? 一夏の方が階級上なのに」
「いやまぁ…………私があんまり罰するって事が苦手だし。鈴はしっかり教えたら公私を使い分けてくれるだろうしね」
「よかったですわね、鈴さん。一夏さんに許してもらえて」
「でも、次に変な真似をしたら、その時は——」
「わ、わかってるわよ!」
許した事にホッと溜息を吐く鈴。だが、そこへセシリアとエイミーのコンビネーションで迫撃される。その威圧に気圧されたのか、鈴は少し身じろぎをしていた。一方のセシリアはいつも通り優雅そうにチキンの煮込みを食べていて、エイミーも普通に七面鳥の赤ワイン煮を頬張っていた。…………毎度思うんだけどさ、エイミーほど肉料理が中心的な女の子ってあんまり見ないよ。瀬河中尉は肉と酒があれば上等って言ってたけど…………あの人も大概だよね。
「一夏が許したのならそれでいいか。ああ、鈴。私達のことも名前で呼んでくれて構わないぞ。せめて普通の時くらいはな」
「オッケー。それじゃ、よろしくね、みんな。あ、一夏、忘れてた」
「うん? 何?」
そう言うと鈴は私に向き直って敬礼をしてきた。
「これより凰鈴音少尉は紅城中尉の指揮下に入ります。よろしくお願いします」
「あ、うん。てか、中国からの増援って鈴の事だったんだ…………報告とかなくてびっくりしたよ」
「一応、報告は送ったはずなんだけど…………」
「えっ?」
「えっ」
…………報告より早く来るってどういうことなの? もしかしてこれってかつてあった真珠湾攻撃の時の宣戦布告が1日遅れで届いた的なやつなの?
「…………もしかすると、報告の日付、今日になってるかも」
「…………今度からしっかりしてね?」
やっぱり、そう言う類のものだったみたいだ。ちなみに、私と鈴がこんな話をしている間、他の面々は別の話題で盛り上がっているようだった。一体何の話題なんだろ?
「なぁ、鈴。そういや、お前、あの写真持ってたりする?」
「あの写真って、どの写真よ?」
「中学の時に、大量破壊兵器と呼ばれたあの写真」
「おけ、ちょっと待ってなさい」
そう言って鈴は徐ろにケータイを取り出して操作し始めた。というか、秋十のいうあの写真って一体なんなんだろう? それに大量破壊兵器って…………なんだろ、物凄く嫌な予感しかしない。
「あった、これこれ」
「おう、確かにこれだ」
「一体どのようなものでして——ぶはっ!」
「どれどれ——ぶはっ!」
「破壊力が…………段違いだ…………」
「…………本当に一夏は兵器じみている」
「私の知らないところでこんな事があったのか…………」
鈴が公開した写真。それは——
「——どうよ、中学の文化祭での一夏は? 蒼いチャイナドレスを身にまとい、シニョンカチューシャに白ニーソとパンプスを装備したこの姿の破壊力。おかげで何人かはコロッと堕ちたわ」
——中学の文化祭で、鈴から応援として呼ばれて着せられたチャイナドレス姿の私だった。写真の中の私は少し恥じらっているようだけど…………現実の私も実際問題恥ずかしい。
「って、なんでその写真を今ここで見せるの!?」
「え? 別にいいじゃん。可愛いやつだし」
「それ、着ている時、凄く恥ずかしかったんだからね!」
露出はかなり低めのやつなんだけど…………それでも、横のスリットから太ももとか見えてたし…………ちょっと風が吹けば捲れて大変なことになりそうだったし…………恥ずかしかったんだからねッ!!
「あの時の一夏姉はすごかったよなぁ…………鈴のクラスのところに長蛇の列ができてたし」
「一夏さんの可愛さ伝説はそこから始まっていたのですか!?」
「この間、お部屋にお邪魔した時に見たパジャマ姿も秀逸でしたよ?」
「私は毎日見てるけどね」
「雪華、そこでドヤ顔するか?」
「中学の体育祭のものもあるわよ?」
…………なんだろ、私そっちのけで私の話題で盛上がられた時のこの虚しさって…………しかも鈴はまた別の写真を見せてるし。もうどうしたらいいの…………?
「一夏…………大変そうだな。茶でも飲んで気を紛らせ」
「あ、ありがと…………」
そう言って私にお茶を差し出してくるレーアが、やはり男前に見えたのは気のせいじゃないと思いたい。持ってきたのは多分玄米茶。基地で出されるお茶もほとんどがこれだったような気がする。今頃、基地のみんなはどうしてるんだろうね…………少し懐かしい気分になりながら、お茶を啜った。
「あ、鈴。言い忘れてたけど、一夏姉、弾と付き合ったぞ」
「ダニィッ!?」
「んぐっ…………!?」
…………どうやら騒動はもう暫く続くみたい。結局、昼休み終了十分前までこの騒ぎは続いたのだった。…………なんで話のタネを持ち出す時、何かとつけて私のネタにするんだろうね…………他にもネタになりそうなものってあるでしょ。あと、秋十。後で簡単なお説教だよ? 個人情報をバラすっていうことがどういう事と隣り合わせなのか…………しっかり教えてあげないとね。
◇
「ごちそうさまでした」
「お粗末さん」
お昼ご飯を食べ終わった私は食器を返却口に戻していた。昼休みも残り十分。さすがに遅刻とかはない時間だけど、少し余裕を持って行動したい。そう思った時だった。返却口にいた食堂のおばちゃんが私の事を見つめてきた。な、何か悪い事でもしたのかな、私…………もしかしてお魚の骨にまだ身が残っていた!?
「確かお前さん…………国防軍の人だよね?」
もしかして、国防軍をよく思ってない人なのかな…………。結構そういう人は多いみたいだし、仕方ないとは思う。でも、ここで否定してもなんだかダメな気がするから、私は頷いて答えた。
「そうかい…………なら、伝えてくれないかい? 『娘と孫を助けてくれてありがとう』って」
「え…………?」
だが、来た言葉は全くもって予想できなかったものだった。だって、なんか罵倒とかそういうのが来ると思っていたから…………そう思っていただけあって、少し拍子抜けした気がした。
「私には娘と孫がいるんだ…………今も元気に暮らしてるよ。でも、一年近く前になんだか戦闘になったみたいで二人も巻き込まれちまったんだ。その時に白い機体を纏った国防軍の人が命懸けで守って避難させてくれたって娘から聞いてね…………いつか会ったらお礼を言いたかったんだ」
そういうおばちゃんの顔は心の底からお礼を言ってるような顔だった。こんな風に面と向かってお礼を言われたことは初めてだから…………少しどうしたらいいのか迷ってしまった。…………うん? 親子…………戦闘…………避難誘導…………白い機体…………もしかして…………!
「あ、あの…………もしかして娘さんとお孫さんって館山に住んでたりしますか…………?」
「ああ、そうだが…………もしかして、あんた——」
やっぱり…………間違いない。私があの時助けた人の家族だ。そっか…………ちゃんと私は守ることができたんだ。結果としては知っていたけど、こうしてご家族から元気に過ごしてる事を聞かされると嬉しい気持ちになってくる。
「ご家族が無事で何よりです。国防軍は国民を守ることが第一ですから」
私はそうとだけ言ってその場を後にしようとした。あの親子が無事だった事を知れただけでもここに来た価値はあったと思うよ。
「今度来た時は私に声をかけな。何か奢ってあげるからさ」
おばちゃんはそう笑みを浮かべた顔で言って、食堂の奥へと向かっていった。私はそれを見てから食堂を後にしたのだった。でも…………なんでだろ…………嬉しいのに…………また目尻が熱くなってきたよ…………なんで…………なんでなの…………?
「一夏さん、よかったですわね…………貴方が思ってるほど、評価は悪くないみたいですよ?」
「セシリアの言う通りだな…………あの人の笑顔と家族を守れてよかったじゃないか」
「…………セシリア、箒…………うんっ!」
私は自分が上官であることも忘れて、嬉し涙を溜めながら、守ることができたことを嬉しく思ったのだった。守れた——その事実だけで、私は国防軍人になってよかったと心の底から思ったのだった。
◇
『——おっ、一夏。今日は電話かけてくるの早いんだな。まだ飯前だぜ?』
「——もしかして…………邪魔しちゃった?」
『そんなわけあるかよ。せっかく俺たちが話せる唯一の時間なんだから、邪魔とか言わない』
その日の夕方。IS学園の海岸付近に来ていた私は、そこから弾に電話をかけていた。付き合う事にはなったけど、私がIS学園に入って秋十の護衛を担当するようになった所為で、全く面と向かって会う機会がない。唯一私達が二人の時間を共有しあえるのはこの電話のひと時だけだ。
「そうだね…………なんだか無粋な事言っちゃったね」
『気にすんなって。それよりも何かいい事でもあったのか? 妙に声が弾んでるぞ?』
「あ、やっぱりわかっちゃった?」
『お前とはよく話してたから、声の違いくらいすぐわかるっての』
で、どんないい事があったんだ、って弾は聞いてきた。さすがに任務がらみのことは言えないから、別に話しても良さそうな話題を出した。
「実はね、今日鈴が転校してきたんだ。相変わらず元気そうだったよ」
『鈴がか!? あいつ、ふらっと帰って行ったと思いきやそんな大物になって帰ってきて…………俺はとんでもねえフレンドを持っちまったぜ』
全く…………そういう弾だって声が弾んでるじゃん。人の事を言えないよ。でも、離れていた友達が帰ってくるっていい事だよね。それに、鈴と弾もよくつるんでいたみたいだし…………なんだか、私よりも話とかしてたんじゃないのかと思ってしまって、つい鈴に嫉妬してしまいそうになった。
「そんな大袈裟な…………少なくとも私は普通だよ?」
『日本を守る国防軍人がよく言うぜ。まぁ、お前の場合、俺の彼女だから、そういう意味では特別な人だけどな』
「も、もう…………!」
弾はいきなりこんな事を言ってくるから私もよく驚かされる。しかも、それがほとんど自覚症状無しだから尚更タチが悪い。とはいえ、悪気があるわけじゃないから責めようにも責められないんだけどね。それに…………そう言ってもらえるってかなり嬉しいし。
『お、やべえ…………爺ちゃんに呼ばれちまったわ。すまん、ちょっと行ってくる』
「いいよ、気にしないで。その代わり、後でメールしようね?」
『おうよ! それじゃ、また後でな!』
「うん、またね」
そう言って私は電話を切った。本当はもっと長くお話ししていたい…………でも、それで弾の頭にお玉が飛んでくるのだけは忍びない。弾のお爺ちゃんである厳さん、かなり厳しい人だからね…………でも、その実は家族思いな人なんだよ。どうやら、今日も買い出しか何かで呼び出されたみたいだね。そんな日常がケータイ越しに聞こえてくる、それが少し嬉しかった。私は少し離れているけど…………でも、彼の日常も守りたいんだ…………私は第十一支援砲撃中隊所属のFAパイロット、守り切ってみせるよ…………絶対に。
(…………願わくは、弾の前から彼の日常が消えたりしませんように…………)
沈みゆく夕陽に照らされた海に、私はそう祈ったのだった。
キャラ紹介
エイミー・ローチェ(cv.佳穂成美)
身長:154㎝
体重:[データ破損]
年齢:15
容姿イメージ:轟雷(フレームアームズ・ガール)
所属:アメリカ陸軍第四十二機動打撃群
階級:少尉
搭乗機:M32B [ウェアウルフ・ブラスト]
レーア・シグルス(cv.綾瀬有)
身長:156㎝
体重:[データ破損]
年齢:15
容姿イメージ:スティレット(フレームアームズ・ガール)
所属:アメリカ陸軍第四十二機動打撃群
階級:少尉
搭乗機:SA-16s2-E [スーパースティレットⅡ 対地攻撃仕様]
今回はこの二人を紹介しました。
感想や誤字報告などを待っています。
では、また次回、生暖かい目でよろしくお願いします。