FRAME ARMS:RESEMBLE INFINITE STORATOS   作:ディニクティス提督(旧紅椿の芽)

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Chapter.12

季節は過ぎ去り、既に三月になろうとしていた。アント群の大規模襲撃はほとんどなく、大きくても大隊規模の軍団が初期防衛ラインに到達して、それを撃滅するくらいだった。その間にも何度かIS学園方面にいくヴァイスハイトが何体かいたから、その度に横須賀基地の航空戦闘団と共に私も強化されたゼルフィカールで行く事になったんだけどね。それにしても新兵器…………おかしい破壊力の武器だよ。軽く振るっただけで簡単にヴァイスハイトを切り裂くし、撃ったら消し飛んだし…………これが量産されたら余裕でこの戦争に勝てるんじゃないのかと思った。

 

「そういやお前、高校はどうすんだ? 十八歳までは教育課程があんだろ?」

 

基地内のPXにてお昼ご飯を食べている時、同席していた葦原大尉からそう言われた。大尉の言う通り、十八歳までは学校に行かなきゃいけない。時期的には既に受験シーズンだ。義務教育ではないとはいえ、最低でも高校は出なきゃいけないと此処は雇ってくれないみたいだしね。若年兵の場合、取ってもいいがしっかり卒業しろだけど。

 

「そうですね…………一応、藍越学園を受けようとは思ってますよ」

「藍越学園なぁ…………俺もそこ卒業だわ」

 

唐突なカミングアウトに思わず食べていた白ご飯を吹き出しそうになってしまった。まさかの目の前にいたのが私が受けようとしている学校の大先輩。驚かないわけがない。

 

「あそこは一番学費安くて就職サポートも厚い。何より、俺らの時代は美女が多いと有名だったからな」

「…………それ、絶対に後の方が本来の目的ですよね?」

「あ、ばれた?」

「…………普段の行い見てたらそうも思いますって」

 

やっぱり葦原大尉は葦原大尉だと改めて認識した。というかこの人、高校生になる前からこんなに女好きだったとは…………筋金入りのスケベだったりするのかもしれない。そんな事を思いながらお味噌汁を啜った。あ、今日はシジミのなんだ。うちではあまり作らないかな? 砂抜きとか大変だし。

 

「でもまぁ、俺としては就職の方が大事だったりするんだけどな」

「…………どっちなんですか、それ」

「両方だよ。美女もいる、就職だってできるときたらそこ以外どこを選べってんだ。俺は中学の頃から自衛隊——国防軍の前身組織だな。それに憧れててさ、絶対入ってやるって思って勉強してたんだわ。まぁ、運が良かったのかあっさり入隊できたんだけどな」

 

そう言って笑い飛ばす大尉だけど、絶対入隊するのにかなり猛勉強して、その結果今や日本の最強部隊である第十一支援砲撃中隊の中隊長を任されているんだから、凄いと思った。

 

「…………ただな、女運がないのか、今まで一人も彼女もできねえんだよ…………俺もう三十半ばだぞ…………」

「私に言われたってそれだけはどうしようもできませんよ」

 

戦闘以外で真面目な大尉の姿を見られたかと思ったけど、全然そんなことはなかった。いつも通りの女性絡みの話を私にしてくる。とはいえ私はなんとも言えないのでそのまま放置している事にはなるんだけど。だって、私に答えようがないし。

 

「てかさ、そっちはあれからどうなんだ?」

「どうなんだっていうと…………?」

「例の彼だ彼。その髪留めをお前さんにくれた男子の事。あれからなんか進展とかあったのか?」

 

おそらく大尉は弾のことを言っているのだろう。あ、もう呼び捨てにはしているよ。弾の方から呼び捨てにしてって言われたし。もうちょっと親しくなりたいというわけらしいんだけど、私は十分親しくなったとは思うんだけどね。なお、何度か弾から私に伝えたいことがあったみたいだけど、その度に予鈴が鳴ったり、大声にかき消されたりと不運なことが続いていて、結局何でもないと言われている。一体何を伝えたいんだろう? それが気になって仕方ない。

 

「そうですね…………呼び捨てする仲になったりとか?」

「他は? 他には?」

「メールを毎日するような仲になったりとか? 機密とか書いてないんで大丈夫ですよね?」

「中将に許可は取ったんだろ? ならいいんじゃね? それに、真面目なお前だからその辺の心配はねえしな。で、もう少し踏み入ったところでは?」

「あとですか…………この間の休暇、一緒に買い物をしに行ったくらいでしょうか?」

 

私がそう答えると、大尉は何やらため息を吐いて項垂れていた。まるで呆れたような感じの態度だったから、私は思わずむっとなってしまった。

 

「あのなぁ…………そこまでいったら普通付き合うだろうが、普通。何でその先に行こうとしねえんだよ…………」

「付き合う…………ですか」

「おうよ。好きなんだろ、そいつの事。だったらさ——」

「…………多分、好きだから付き合いたくないのかもしれないです」

 

私の口からは思わずそんな言葉が出ていた。というのもだ、弾が私のことが好きって言ってくれるのは嬉しいし、私だって彼の事が好きだ。彼はアホな事をたまにするけど、根は優しいし…………それに、普通の人よりは格好いいしね。その優しさが好きになった理由。でも、だからこそ付き合いたくない理由も同時に存在してしまった。心の内に秘めていたそれが今、ふと漏れ出してしまったのだ。

 

「…………確かに、付き合いたいという思いは私だってありますよ。彼の事は好きだし、それに優しいから。でも…………私は国防軍の人間で、ほぼ最前線にいるようなものです。いつ命を落とすかわからない…………もし私が戦死したら彼を悲しませる事になるから…………だから私は——」

「——いつ死ぬかわかんねえから付き合った方がいいんだろ」

 

私の言葉に反論するように大尉はそう言った。ふと大尉の顔を見ると、本気で呆れたような顔をしていた。けど、その表情は真剣そのもので、いつになく真面目そうだった。

 

「確かに俺たちはいつ死ぬかわからない身だ。これから死ぬのか、それともヨボヨボの御老体になって死ぬのかも知らん。そんな先の見えないところにいるんだ、目先の幸せを掴んだ方が俺はいいと思ってるぜ。それにだ」

 

大尉の一度湯呑みのお茶を啜ってからまた言葉を続けた。

 

「——お前さんは自分の事を先に考えなさすぎる。それがお前の良いところでもあり、悪いところでもある。たまには自分の事を優先してもいいんじゃねえか? 別にお前が幸せになったところで不幸になるやつなんざいねえよ。むしろ、その若さで戦場に立つ決意をしたやつに、幸せを掴み取ってほしいと願わねえ奴が何処にいる? 少なくとも俺はお前に幸せになって欲しいと思ってるぞ」

 

そう言って優しく微笑んでくる大尉の姿は、何だかお父さんみたいな感じに思えた。なんか、ドラマとかで娘の悩みに乗ってくれる世話焼きなお父さんみたいだ。因みに、私は父さんや母さんの顔は知らない。前に言ったかもしれないけど、物心ついた時には既にお姉ちゃんと秋十しかいなかったし。だから、そういうのはドラマとかの中でしか知らない。

それにしても、自分の事を優先、かぁ…………確かに今まで、私自身の事を優先にして考えた事なんて数えるくらいしかなかったね。いつもお姉ちゃんとか秋十とかの事を考えてしていたし、今回の事だって、弾が悲しまないようにって他人優先で考えてる。まぁ、付き合ってから私が死んでしまった時よりは、先に振った方があとで別な人に巡り会ったら彼は悲しまなくて済むかもしれないし、ね…………。

 

「大体よぉ…………付き合わないとか、そんな事言ってる奴がなんで今にも泣きそうな顔になってんだ。どう見たって付き合いたい気がアリアリじゃねえか」

「で、でも…………」

「デモもテロもあるか。あと、死ぬとか不吉な事を考えんな。第一、お前が所属している中隊はなんだ?」

「わ、私の所属は…………第十一支援砲撃中隊…………」

「そうだ、不死身の砲撃中隊だ。死ぬなんて考えは最初からするだけ無駄なんだ。それにな、付き合ったら付き合ったで、こちとら死なねえようにやるしかねえんだよ。そいつはこれまでも、これからも変わらねえ。だから、結局のところ、付き合うデメリットがねえんだよな」

 

なんだかすごい理屈で丸め込まれたような気もしなくはないが…………言われてみればその通りかもしれない。死にそうになることは確かにあるけど、私には守りたいものがあるからそうやすやすと死ぬわけにはいかない。それを考えてしまったら、簡単に死ぬ事なんてそうそうないんじゃないのか、もしかすると生き延び続けられるかもしれないと思えてきた。…………なんか、ずっとそのことで悩み続けてきた自分がアホらしく思えてきたよ。

 

「確かにそうかもしれませんね…………大尉、なんだか申し訳有りません。図らずとも、私の悩みを聞いていただいて…………」

「気にすんなって。隊員の面倒を見るのも中隊長の仕事ってな!」

 

そんな風に豪快に笑う大尉はやっぱり私にとってお父さんみたいな存在なのかもしれない。でも、本当にこんなお父さんがいたら、お姉ちゃんにしばかれてそうで、それを想像したらおかしくて、大尉につられて少し笑いが出てきたのだった。そうだね…………どうな事になるのかはわからないけど、たまには自分の心に素直に従ってもいいのかもしれないね。

 

「おっ、いい笑顔になってんじゃねえか。で、腹は決めたのか?」

「はい。まぁ、いつになるかはわからないですけど…………でも、彼と付き合える時は付き合いたいと思ってます」

「よし、その意気だ。頑張れよ、うら若き乙女さん」

 

結局、最後のセリフは大尉らしく女の子に絡みそうな時に使う言い回しをしてきたけど、やっぱり大尉らしくていいなぁと思いながら、残りのご飯を食べていた。この後はゼルフィカールの運用テストが待ってるし、一応受験勉強もしなきゃいけないし…………やらなきゃいけない事を頭の中でリストアップして纏めながら、半ば作業でご飯を口に入れた時だった。

 

『——番組の内容を変更し、速報をお伝えします。先ほど世界初、男性でISを起動、装着を行える人物が現れました』

 

丁度昼ドラが始まるタイミングで速報が流れた。どうやら男性のIS操縦者が現れてしまったようだ。ていうか、男性で起動とかできるの? もしかして単なる見間違いなんかじゃないのかなと思ったんだけど…………なんだろう、無性に嫌な汗が流れ落ちてくる。

 

「マジかよおい…………一体どんな奴が動かしやがった? まさか…………オカマと男装じゃねえだろうなぁ…………?」

 

葦原大尉はそんな事をお茶をすすりながら言っている。この辺でオカマと男装を少し嫌っているようなので、色々と女性的な要素が揃っていて、整形してがっつりメイクしているよりも、自然のままでいる女性が好きって言ってる事からも、否定はしないけど自分の守備範囲外と言っているようだ。呑気な大尉とは正反対に、私は嫌な汗が滝のように流れてていて、どうしたらいいかわからなくなってきていた。——できれば、その人が私とは関係のない人である事を祈っていた。…………ほら、何かと騒動に巻き込まれる体質の弟がいるからさ。

 

『——起動させてしまったのは、東京在住の中学生、織斑秋十君。あの元日本代表の織斑千冬選手の弟だそうで——』

「ぶふっ!?」

「うおっ!? どうした一体!?」

「い、いえ…………な、なんでもないです…………」

 

…………アホか! あの弟まで問題を引き起こすのか! なんでこうも我が家の人間は何かしら問題を起こす体質なんだろうか…………わけがわからないよ。というか、なんで秋十がISを動かしちゃったわけ!? もしかして…………本当は弟じゃなくて妹だった…………? いやいや! そんなわけはない。だって私の裸を事故とはいえもろに見てしまった時顔を赤くしていたから、確実に男子であることは間違いない。…………あぁ、頭が痛くなってきたよ…………。

 

「…………大尉…………頭痛薬って、ここで買えましたっけ…………?」

「お、おう。確か売ってはずだが…………お前さん、マジで大丈夫か?」

「…………多分、大丈夫だと思います。では、お先に失礼します…………」

 

残っていたご飯をお腹に押し込み、私はそのままPXを後にした。あぁ…………なんだろ、頭だけじゃなくてお腹まで痛くなってきたよ…………この時ばかりは本気で病院送りになるんじゃないかってくらい、一気に調子がガタ落ちした気がするよ。

あのニュースが放送されてから暫くして、私は中将の元へと呼び出されたのだった。

 

 

「紅城一夏中尉、ただいま到着しました」

『うむ。入ってくれ』

 

中将に呼び出され、私は久し振りに司令室へと来ていた。どうやら今回の話はそこまで機密性の高い内容ではないのか、あの特務士官も中将の横に立っている。しかし、今回は一体なんの話なのだろうか…………まぁ、秋十がISを動かしたっていう事は絶対絡んでそうな気がするけど。だって、あの速報が流れてから二時間ほどしか経ってないし。

 

「中将、その、お話というのは…………」

「ああ。君もさっきあのニュースは見たか?」

「は、はい。PXの方で見ました…………」

 

やはり、あのニュースが絡んでいる話みたいだ。多分、戸籍とか変えてるから私が秋十の姉とかっていう事はバレてないと思うけど…………もしかするとと考えてしまったら、手に汗が滲んできた。中将の顔は恐ろしい程までに真剣だ。これ、絶対バレてそうだよね…………?

 

「なら話は早い。先ほど、国会にて彼を——織斑秋十をIS学園に入れることにしたそうだ。議会は大分紛糾したそうだが、国連での緊急会議にても同様の結果となったからな。いくら女尊男卑が根強い政治屋でも、国連には逆らえんようだ」

 

そっか…………秋十はIS学園に行くことになるのか。確かあそこって、ある意味緩衝地域みたいなものだよね? ISの軍事利用はアント戦で役に立たないという理由からと、中枢となるコアの数が制限されてるし、フレームアームズを除けばある意味核より脅威らしいから禁止されてる。とはいえ、現在競技として使われているが、あれってどう見ても兵器利用だからね。そこって最新技術の演習場みたいだから、スパイとかもあったもんじゃないだろうし、そんな政治とかそういうのが絡んでるところに秋十が行くのはどうかなというものがある。正直、不安だ。

 

「だがしかし、IS学園が中立の立場をとるとはいえ、内部に膿を抱えている可能性も否定はできない。国防軍がそうであったように、あちらも同様と考えていいだろう。下手をすれば生徒を使って彼を拉致する国も出てくるかもしれん」

 

拉致…………それを聞いた瞬間、かつて秋十が誘拐されていた事を思い出してしまった。私は当事者だからなんとも言えないけど…………でも自分の弟がまたそんな目に遭うのだけは絶対に嫌だ。そう思うと、いつの間にか私は手を爪が食い込むくらい強く握り締めていた。

 

「その為、我々国防軍から護衛をつける事にした。その他にもアメリカ、イギリス、中国、ドイツからも順次来る予定だ」

「は、はぁ…………ですが、そのお話と私にどのような関係が——」

 

そこまで言った時に私はようやく気付いた。この話を聞いているのは私と特務士官だけ。しかも特務士官は基本的に戦闘行動は無理。そうすると、自然的に残るのは——

 

「——紅城一夏中尉。君には織斑秋十護衛の任を受けてもらう。これは西崎大将からの指示でもある」

「し、しかし…………お言葉ですが中将…………私のIS適正は最低レベルの[D]ですよ!?」

「知っている。だが、君は学校に通っている間、彼と交流があったのではないか? 同じ学校に在籍していたわけだこらな。それに、IS学園に行ったからといって無理にISに乗る必要もない」

「つまり、フレームアームズを使用しても構わないということですか…………?」

「その通りだ。そして、この護衛任務とは別にまた別の任務がある」

 

中将は一度息を整えると再び言葉を紡ぎ始めた。

 

「ここ最近、IS学園方面に向かう敵FAが出てきているのは知っているな?」

「は、はい。私も何度か迎撃に向かったことがあるので…………」

「そうだったな。奴らの狙いは未だに不明だが、こう何度もやられていると、明らかに何か狙いがあるようにしか思えない。故に、IS学園に多国籍軍による臨時編成の部隊を展開、その迎撃にあたらせると、国連からの通達だ」

 

確かに、IS学園に展開できたら、迎撃に向かうまでの時間を短縮できそうだし、デメリットなんてものはほとんどないと思う。それに…………向かってくるのが全部ベリルウエポン持ちってのも嫌な予感しかしないからね。多分、フレズヴェルクなんてものに襲撃されたら、ISではひとたまりもないだろう。それに、あそこにいるのは実戦経験をほとんどした事のない民間人が大半だ。そう考えると実戦経験のある私達が行くのは理にかなっているのかもしれない。なら、私がやることはただ一つだ。

 

「了解しました。紅城一夏中尉、謹んでその任務を遂行させていただきます」

「よろしい。ついては中尉、装備は君の保有している二機を両方とも持って行ってくれたまえ。ついでにアーキテクトの換装を行うそうだ」

 

アーキテクトの換装? その言葉に戸惑いを隠せなかった。だって、換装といったら、普通は装甲や武装の交換が大半だし、内部フレームであるアーキテクトを換装するなんて、よっぽど酷い破損をした時くらいだよ? なのになぜ換装をするのだろうか。

 

「こちらが換装予定のアーキテクトになります」

 

明らかに状況が読み込めてない私を見て、特務士官の人がタブレット端末を渡してきた。そこにはそのアーキテクトの詳細が表示されていた。基本的なところは現行のアーキテクトと同じだけど、エネルギー流路の耐久性が上がっていたり、緊急展開などに使うエネルギーも各部のUEユニットから産生されて、各部のコンデンサに蓄積されるみたい。つまり、絶対防御とかシールドバリアとかが無かったりするのを除けば殆どISみたいなものになるみたいだ。…………これって、完全に現行のアーキテクトの完全上位互換だよね?

 

「そのアーキテクトは今後導入予定の初期生産ロットだ。我が国には三体も給与された。護衛と防衛の任務の他に、このアーキテクトの評価もしてくれるとありがたい」

 

…………中将、それってこのアーキテクトの評価試験もついでにやってくれと言ってるようなものじゃないですか。でも、戦闘になれば否が応でもそうなるだろうし、その時に取れればいいのかもしれない。

 

「アーキテクトについての詳しい話は後で説明させる。入学に関しての事も詳細が決定次第話そう。話は以上だ。通常任務に戻りたまえ」

「了解しました。では、失礼します」

 

そう言って私は司令室を後にしようとした。それにしても…………IS学園行きかぁ…………どんなことをしているのか詳しいことは全然知らないから、どうしたらいいんだろうね…………。でも、そこに危険が迫ろうとしている。そして、そこに私の弟が向かうことになっている。そうであるならば…………私は戦う。守りたい家族がそこにいるならば、なおのことだ。とはいえ、この騒動の発端となった秋十に対して、なんでこんな事態になってしまったのかを小一時間問い詰めてみたいところだよ。まぁ、流石に迷子になってってことはないと思うけどさ。

 

◇◇◇

 

「ぶふぇっくしょん!」

「だ、大丈夫ですか? か、風邪でも引いたんですか?」

「いや…………多分誰かが噂してるだけだと思います…………」

 

◇◇◇

 

「そっか…………一夏はIS学園に行くことになったのか」

「うん…………一緒の高校、行けなくなってごめんね」

「気にすんなって。永遠の別れじゃないんだしさ」

 

中学校の卒業式が終わった後、私と弾は校舎の裏に来ていた。というか、私が弾に誘われたんだけどね。今年は気温が高いせいか、既に桜の花が幾つか咲き始めている。基地の周りにも桜の木はあるけど、まだ花は咲かせてないし、こんなに早く咲くここの桜はなんだか気が早すぎたみたいで、ちょっと控えめな感じがした。二人きりという状況なので、私がIS学園に行くことになってしまったことの旨を彼に伝えた。本当は一緒に藍越学園に行きたかったけど…………でも、任務があるから仕方ない。自分の意思でこの世界に足を踏み入れたんだから、今更文句を言えるわけがない。そんな私の心情を知ってかどうかはわからないけど、弾は慰めるような言葉を言ってくれた。ほんのちょっぴりだけど心が軽くなった気がする。

 

「でもさ、IS学園に行くなんてすげーよ。正直、卒業すら怪しい登校日数だったのにさ。大出世の一夏がうらやましーぜ」

「あ、あはは…………」

 

乾いた笑いが出てしまった。念のため言っておくけど、学力試験に関しては中堅クラスをなんとか維持できたレベルであり、実力でIS学園の一万倍なんて倍率を突破できやしない。おまけに、行く目的が秋十の護衛とアントからの防衛なんだから、言えるわけがない。あと、卒業にしたって国防軍からのテコ入れがあったに違いない。そうでもしなければ、私や悠希、明弘は卒業なんてものはできないからね。私に至っては一ヶ月以上、学校に出てなかった時もあったから尚更だ。

 

「ま、これからは別々の道で頑張らねえとな」

「そうだね。でも、弾に負けるつもりはないよ?」

「そいつはこっちの台詞だっつーの」

 

そう言い合ってるうちになんだかおかしくなって、お互い顔を見合わせて笑ってしまった。こんな時間がいつまでも続いたらいいなと思ってしまう自分がいる。でも…………こんな時間を守れるのは私達国防軍がいるから。それに…………せっかく二人きりになっているから、私から想いを伝えてもいいのに言い出せない自分がいる。こんな時に勇気を出せない自分がなんだかちっぽけに思えてきた。

 

「…………それにしても、三年なんてあっという間だったなぁ」

「私に至っては、ほとんど学校にいなかったから余計短く感じるよ」

「それに比べたら俺は時間があったわけなのに、やり残した事があるから悔しいわぁ…………」

 

そう言って嘆く弾。空の晴れ模様とは対照的になんか負のオーラを出しているような気がする。でも、こんなに残念がる弾の姿を見たことはなかったから、つい後押ししてあげたいなと思った。事によっては、まだ時間は間に合うかもしれないからね。

 

「なら、今からでも遅くないかもしれないよ? やらなかったらそれこそ一生後悔するかもしれないよ?」

「それもそうだよな…………よっし、決めた! 俺、これからやり残したことやるわ!」

 

急に元気になった弾の姿を見て、なんだか嬉しい気分になった。好きな人の後押しができてよかったよ。まぁ、何をするかはわからないけど。でも、しないよりはいいんじゃないかな? しなかった事で後悔はしたくないからね。

 

「一夏、その、なんだ…………俺、お前の事が好きだ。お前を、一人の女の子として。だから、俺と付き合ってくれ!!」

「…………ほぇ?」

 

…………ちょっと待って。状況が全く読み込めない。えっと、弾は私の事が好きと言ってくれた。それは前にも言われたことだよ。多分友達としての意味だと思うけど。で、それでもって、私と付き合ってくれって——えぇぇぇぇぇっ!?

 

「その、恥ずかしいことなんだけどさ…………俺ら一年の頃から同じクラスだったじゃん。俺、その時から一目惚れしちゃったみたいで…………そ、それにさ、お前って優しかったしさ…………心の底から好きって思えたんだ…………だ、だから! お、俺と付き合ってくれ!!」

 

突然のことに言葉が出なかった。ま、まさか弾の方から言ってくるなんて…………自分の方から想いを伝えるよりも、こっちの方のシチュエーションに憧れていたけど、本当にこんなことが起こるなんて…………あまりの嬉しさに涙が出そうだよ。でも…………弾に隠し事はできないから、これだけを伝えてから考えてもらわないと…………。

 

「だ、弾、私も弾のことが好きだから、そう言ってくれるのは嬉しいよ。でもね…………」

「…………や、やっぱり、ダメなのか…………?」

「そ、そうじゃないよ! そうじゃないんだけど…………でも、これを見てからもう一度言って欲しいの」

 

私は片方のニーソを膝下まで下げた。出てくるのは刻み込まれた幾多の傷痕。多分普通の人なら見るのも辛いものだから…………それに、これで捨てられるようならそれまでだったって事で諦められるし、途中で別れられるよりは全然そっちの方がいいからね。でも…………心の中では、『それでも好きだ、付き合って欲しい』と言ってもらいたい自分がいる。弾はまるで固まってしまったかのように反応を見せない。やっぱり…………ダメだったのかな——

 

「…………知ってるよ、その傷」

「えっ…………?」

「秋十から教えてもらったんだ…………傷だけじゃない、お前が国防軍の人間だって事も…………」

「…………そう、なんだ…………」

「ああ…………だけどさ、俺がその程度で初恋の女の子を諦めると思ってたのか!?」

 

さっきまでの固まっていた彼はどこへ行ったのか、弾はまるで感情を爆発させたかのように、私の肩を掴んでそう言ってきた。今度固まってしまったのは私の方だ。って、ち、近い…………顔が近いよ…………。

 

「だ、弾…………?」

「お前が国防軍人だって構わねえ! お前の誰かに何かをする、その優しさに惹かれたんだよ! だったら、俺はそれ以上の愛で、お前の全てを包み込んでやる! それになぁっ!」

 

弾は一度息を整えてから言葉を紡いだ。

 

「目の前で好きな奴が——告白されて、振ってくださいと言ってる奴が、今にも泣きそうな顔になってたら、余計に付き合いたくなるじゃねえかよ!」

 

弾にそう言われて、自分の目尻が少しだけ熱くなり始めていることに気づいた。…………なんだか、日に日に涙脆くなってきている気がする。弾の顔を見たらその言葉は本当なのかもしれない。だって…………いつになく真面目そうな顔だったんだから。

 

「…………本当に、私でいいの?」

 

無意識のうちに私の口からはそんな言葉が漏れ出ていた。最終確認…………というわけじゃないけど、自分でもわからないどこか不安なところがあるのかもしれない。

 

「ああ、本当だ。お前でいいんじゃない。お前が一番なんだよ。だから——俺と、付き合って欲しいんだ」

 

そう言ってくれる弾の顔は赤かったけど、優しい笑みを浮かべていたと思う。な、なんだろう…………視界がぼやけて…………よく見えないよ…………。でも、ち、ちゃんと答えてあげないと…………。私は今にも決壊しそうな涙腺をなんとかしてもたせながら、しっかりとした答えを出した。

 

「ありがとう…………私も…………弾の事が好き…………だ、だから…………こちらこそ、よろしくお願いします!」

 

言い切った瞬間、涙腺は決壊し、熱いものが頬を伝うのがわかった。止めようとして目を閉じるけど、とめどなく出てくる涙。そして、それを拭われる感覚も感じた。

 

「お前って…………意外と泣き虫なんだな」

 

目を開けると弾が私の涙を拭っていた。彼はなんだか戸惑ったような顔をして苦笑いを浮かべていた。なんでなの…………嬉しいんだから、止まってよ…………涙を止めてよ…………。

 

「別に…………いいじゃん…………でも、こんな人が軍人って、おかしい、かな…………?」

「俺に聞かれてもなぁ…………でも、少なくとも俺は別にそうは思わないけどな」

「それじゃ…………ちょっとだけ、甘えてもいいかな…………?」

「おうよ。俺にできることならなんでも」

「じゃあ…………少しだけ抱き締めて…………」

「了解しましたよ、心優しい軍人さん」

 

そう言って私を抱き締めてくれる弾。強すぎず、かといって弱すぎない、ちょうど良い力で抱き締めてくれる彼の優しさが直に感じられる。その優しさに触れたからなのかわからないけど、今頬を伝った一滴を最後に、涙は止まったのだった。

 

◇◇◇

 

「やっと弾の野郎は爆発したのかよ…………見てるこっちが焦れったかったぜ」

「それには本当に同感。けど、千冬姉が知ったらどうなるのか…………」

 

こっそりと影からお熱い二人のシーンを見ていた秋十と数馬。ようやく結ばれた事に安堵してなのか、彼らの表情もどこか晴れやかである。とはいえ、直後にこの事を千冬に知らせなければいけない秋十の表情は少し複雑なものに変わってしまったが。

 

「まぁ、お前の姉ちゃん重度のシスコンって言ってたしな。心中、ご察しするわ」

「修羅場になったらお前も止めるのを手伝ってくれよ…………? 一人であのオーガを止めるのは無理」

「すまん。多分俺は戦力にならない」

「使えねぇ…………」

 

秋十の嘆きは段々と切なさを伴ってきている。比較的常識人である数馬は、とりあえず飛び火しないようにこれから起こるであろう鬼の千冬の降臨から逃げようとしているが、巻き込まれるかどうかは神のみぞ知るといったところだ。戦力のあてにならないと判断した秋十は少し深い溜息を吐いたのだった。

 

「…………でもまぁ、今はいいか。一夏姉、誰にも甘えようとしてこなかったし。心から気が許せる相手が出来て良かったと思ってるよ」

「そういうお前は作れそうなのに作れねえんだけどな」

「…………? 何のことだ?」

「…………ダメだこりゃ」

 

秋十は自分の姉に心の底から気が許せる相手が出来て本当に良かったと思っている。軍人である以上、誰かに甘えるなどそう簡単にできる行為ではない。しかし、せめて今だけでも、弱さを見せられる時間としてあげたい、そう彼は思った。一方の数馬は、そうやって一夏の事を見ている秋十に対し、あまりの唐変木っぷりに呆れていたのだった。尤も、それにすら彼は気づいていないようだったが。

 

「…………さて、俺たちもそろそろ撤退するとしようぜ。バレるのは勘弁だ」

「俺も丁度そう思った。なら、さっさとずらかるか」

 

あまり長居しては二人に、自分達がここにいるということがバレてしまう事を警戒した秋十と数馬はその場からそそくさと撤退していく。その際に足音を立てないよう慎重に慎重をきして抜き足差し足になるあたり、後でお熱くなっている二人にとやかく言われたくないのだろう。

 

(一夏姉…………幸せになってくれよ。それと、弾…………一夏姉を絶対幸せにしてくれよ)

 

去り際、桜吹雪の中、抱き締め合っている二人を横目で見た秋十はそう心の中で思いながら、数馬の後を追うようにその場を立ち去ったのだった。

 

◇◇◇

 

「さて…………これで人員は揃ったな」

 

四月に入り、私と雪華は司令室にて最後の確認を受けていた。というのも、これから私達は一度横須賀に向かい、そこからIS学園島に移動する為、必要な装備と人員を把握しておかなければならないからだ。装備に関しては私の榴雷と、正式装備化されたゼルフィカール・ブルーイーグル(長いし、ゼルフィカールだと被るからブルーイーグルと普通は呼ぶけど)だから、既に確認とか手続きは完了している。ついでにアーキテクトの換装も完了。だから、最後の確認は人員だけだ。しかし、任務書類に書いてあった人員より少ない。というか、書類に国防軍からは実働人員二名、整備人員一名と書いてある。私は二名のうちの一人だし、整備人員は雪華だからわかるけど…………残りの実働人員は誰なんだろ?

 

「中将、実働人員が書類よりも一人足りてないような気がするのですが…………」

「気にするな。直に到着するそうだ」

 

その言葉に私と雪華は思わず目を見合わせていた。いやいや、そこで初めてわかるとか本当にまずくないんですか? 前みたいな女尊男卑主義者とかが来たら、多分拒絶反応でますよ? と、そんな風な事を考えていた時だった。

 

「遅くなり申し訳有りません。篠ノ之箒少尉、只今到着致しました」

 

司令室に入ってきたのは、まさかの箒だった。となると…………最後の一人って——

 

「ようやく本当の意味で全員が揃ったようだ。それにしても、篠ノ之少尉、なぜ遅れたのだ? 西崎大将殿からは君が遅れるとしか聞いてないのだが」

「はい。また軍内部に女尊男卑主義者がいたようで、つい先日舞鶴基地にて騒動を引き起こしたらしく、その一斉検挙に回っていた為、遅れてしまった次第になります」

「そうか。私が言うのもどうかだが、任務ご苦労であった」

「恐縮です」

 

この流れからして完全に実働人員って箒だ。その事にほっと胸をなでおろす。人員の全員が私の知人だったからってのも大きい。やはり、気の知れた仲間じゃないと落ち着かないし、背中もなかなか預けられないからね。

 

「では、紅城中尉、篠ノ之少尉、市ノ瀬軍曹の三名が我が国防軍からの護衛人員とする。特に、市ノ瀬軍曹。整備の指揮を君に一任する事になる。しっかりと頼むぞ」

「了解しました。整備班の代表として最善を尽くさせていただく所存です」

 

雪華はそう言って中将に向かって敬礼をした。こうしてみるとやっぱり雪華も国防軍人なんだなぁって改めて感じさせられる。多分、ブルーイーグルとかの整備で相当お世話になるから、頭が上がらないよ。

 

「なお、護衛隊の指揮はドイツ軍から派遣される者が執るそうだが、到着はしばらく後になる。それまでの間、紅城中尉には指揮を担当してもらう。やってくれるな、中尉?」

 

って、はいぃぃぃぃぃっ!? わ、私が指揮を執るの!? い、いや、中隊を二分したりした時は私に指揮権が来る時はあったけどさ…………それ、相当少ない事案だよ!? で、でも…………任された以上はちゃんとやらないと…………けど、私にやれるのかな…………? 不安は一杯あるけど、どのみちやるしかない。

 

「了解しました。第十一支援砲撃中隊の名にかけて、その任、謹んでお受け致します」

「ははっ、そう意気込まんでもいい。いつも通りにやってくれればいいさ」

 

そう言って中将は微笑んできてくれた。なんか余計に緊張していたせいか、その表情を見て少し力が抜けてしまった。とはいえ、臨時とはいっても指揮官になった事に変わりはない。今まで以上にしっかりしなきゃ…………。

 

「それに、皆には学園生活を送ってほしいとも思っている。君達を若年兵として戦場に送り出してしまった私達が言うのもなんだがな」

 

まぁ、中学校はほとんど行ってないからね。それに、今回は週一回に定期報告書、他に何かあった際に緊急の報告書を出しておけばちゃんと給与も出るみたいな話だし。

 

「だが、くれぐれも例の彼と淫らな関係を持ったりしないように。——ああ、紅城中尉にその心配は必要なかったか。君には素敵な彼がいるからね」

「ち、中将!? い、一体どこでそれを!?」

「ふっ…………それは機密事項だ」

 

中将にからかわれる私。突然そんな事を言われたせいであたふたとしてしまった私を見て、雪華も箒も苦笑いを浮かべていた。うぅ…………恥ずかしい。まぁ、でも弾と付き合い始めてからメールの頻度はかなり上がったよ。なかなか会うことができないから尚更だ。でも…………どこからその情報が漏れた——って、この事知ってるの、葦原大尉しか知らないはずだから、絶対大尉の仕業だ。こういうことがなかったらいい人なんだけどなぁ。

 

「——さて、それでは任せたぞ。健闘を祈る」

 

しかし、そんな浮いた気分もつかの間。纏う雰囲気を変えた中将に釣られ、私達も気を引き締めた。なら、私も指揮官らしく振るまわなきゃね。

 

「了解しました。紅城中尉、以下三名。織斑秋十の護衛任務、これより開始します」

 

こうして、任務を受諾した私達はIS学園へと向かう事になったのだった。




次回、学園編に突入です。今後も生暖かい目でよろしくお願いします。

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