FRAME ARMS:RESEMBLE INFINITE STORATOS 作:ディニクティス提督(旧紅椿の芽)
『———敵勢力、基地及び第一防衛ラインに接近中! 第四、第五遊撃隊は速やかに排除をお願いします!』
『——くっ! いくら履帯付きのこいつでも間に合うかギリギリだぞ!』
『——文句を言うな! そこを突破されたら、それ以上に歯ぎしりをする羽目になるぞ!』
——この世界はどこへ向かおうとしているのだろう?
『——畜生! 虫けらみたいに湧いてきやがって…………! さっさとひねり潰れちまえよ!』
『——くそったれ! お前らのような連中に、俺の仲間は…………っ! 纏めてスクラップにしてやる…………!』
——今進んでいる道は再生か、それとも破滅か。そんな事は誰にもわからない。わかったとしても道を変えることなんてできるのだろうか?
『——ぐうっ…………! ま、だだ…………腕が切れたわけじゃねえんだ…………だから、てめえ如きにやられるかよ!!』
『——…………ねぇ…………か……さん…………お……かあ……んを——』
——刻一刻と進むたびに、無念の声が響く。しかし、それを気に留められる人間はいない。誰もが死なないように、今を全力で駆けている。
『——司令部よりグランドスラム04。現在接近中の敵部隊への足止めをしてください』
——だから私も、今を全力で駆けていくしかない。立ち止まったら、そこで全てが終わってしまう。終わってしまったら、後悔も、嘆きも、怒りも、何もかもができなくなる。けど、それ以上に——
「…………グランドスラム04、了解」
——もう、誰も失いたくない。守りたい人がそこにいるから。だから戦い続けるしかない、こんな、機械と戦争を続けている世界で…………。
◇◇◇
全ての始まりは約十年前。とある天才科学者が発明した、画期的なものが原因だった。空中で柔軟に動き回り、なおかつほぼ完全に操縦者を保護する機能を持つ宇宙探査を目指した飛行パワードスーツ。
名前を[インフィニット・ストラトス]、通称ISという。
発表された当時、その余りにも突飛した性能と開発者の若さから『妄想の産物』と呼ばれ、学会で認められる事はなかった。
しかし、それからしばらくして、日本、ひいては世界を揺るがす事態が発生した。日本を攻撃可能な
しかし、その際に現れたのが、空を舞う白き騎士の姿であった。剣で降り注ぐミサイル群を海上で切り捨て、同時にユーラシア大陸側からのミサイル群は当時試作兵器止まりであった大出力荷電粒子砲による砲撃で文字通り消し飛ばされた。だが、その騎士一人だけでは到底捌ける数ではない。撃ち漏らしも当然あった。しかし、それらは展開が完了した海上自衛隊、在日米海軍、ロシア海軍、中国海軍の手によって、確実に破壊されていった。国の防衛、国の失態の払拭、国の力の誇示…………上層部の思惑は幾多もあっただろうが、現場の人間はただ国民を守りたいという意思の元戦った。
五時間という長きにわたる防衛戦の末、軽傷者は出たものの、死者ゼロという類を見ない戦果を出すことができた。だが、同時にすべての国家の上層部はこの異常事態を全て解決したと過言でもない白き騎士の撃墜、もしくは捕獲を命じた。しかし、先ほどの防衛戦で日本の周辺国の殆どは弾薬をほとんど消費し、またその余りにも異常な性能をまざまざと見せつけられ、その命令に従う事はなかった。その中で唯一行動したのは日本防衛戦に参加していない韓国のみ。それを皮切りに各国軍は現地への派遣を命じる。だが、白き騎士は攻めてくる韓国軍に対し攻撃を開始。空の王者でもある戦闘機をいとも簡単に撃墜し、また派遣されてきた駆逐艦、揚陸艦を次々と無力化していく。その姿に自国の戦力を喪失するわけにはいかないと判断した各国上層部は、すぐさま派遣を中止。そして、夕暮れと共に白き騎士もまた姿を消した。これが『白騎士事件』と後に呼ばれる事になる。その後あの白騎士がISであると開発者——篠ノ之束が発表し、学会でISというものが認められる事になった。しかし、それは強力な『軍事兵器』としてであり、本来の宇宙探査とは大きくかけ離れてしまった。また、ISには重大な欠陥があることが後に発覚する事になる。
『女性以外には扱えない』
ISは女性以外には反応を示さなかった。そして、篠ノ之束もISの中心となる最重要パーツ・コアをたったの467個だけ作って失踪した。数が少ないとはいえ、その性能は現行のありとあらゆる兵器を凌駕し、通常兵器がほとんど通用しないという事実から、『ISを仕留められるのはISだけ』と考えられるようになり、そのISを扱えるのは女性のみという事実を受け止めた各国上層部は、女性優遇政策を打ち立て始め、世界に『男尊女卑』を反転した『女尊男卑』の風潮が蔓延するのだった。その後、ISの軍事利用を禁止するアラスカ条約の締結、スポーツとしてのISと様々な方向へと進んでいった。
それと同時期に国連ではあるプロジェクトが打ち立てられていた。
計画名『プロジェクト・リスフィア』
陸、海、そして宇宙を開発する事によって増えすぎた人々への生活空間を広げる計画だ。この計画に参加したのは、常任理事国である米露中英仏、技術大国である日独を筆頭とする先進国各国、そしてISの開発者である篠ノ之束だった。計画の進行に伴い、ありとあらゆる環境下における作業重機の開発が急務となった。その際、人型重機の汎用性の高さをISを用いて篠ノ之束自身が証明した結果、その翌年に汎用人型重機『フレームアーキテクト』が開発された。これにはISと同じ量子変換システムが限定的であるが搭載され、動力として月面先行調査で発見された新物質『T結晶』を用いた新エネルギーシステム『ユビキタス・エネルギー・システム』が採用されており、人は新たなフロンティアを目指す事ができるようになった。地底には幾多も都市が建造され、海上にも人工島が作られていくことになる。そして、計画の最終段階として月面の開発を試みた。この時、フレーム遠隔操作型アーキテクト二機と有人機としてISコアNo.467搭載ISを月へと送ったのだが、
——それが悪夢の始まりだとは誰も知らずに。
消息を絶ってから一週間後、T結晶と同時に送られてきたのは暴走するアーキテクトの軍団だった。着陸地点はアメリカ合衆国ネヴァダ。幸いな事に民間人のいない地域であった為、米軍は機甲部隊及びISの投入によってこれを殲滅する。この時投入されたISの機体数は十数機であり、アメリカの保有する全機体の約半数近くに上った。事態を重く見た各国政府はこの事実を隠蔽、リスフィア計画の面々は事態に対処すべく、作業用重機であるアーキテクトに武装を施していく。後に『フレームアームズ』、通称FAと名付けられる機動兵器が誕生した。そして、その登場を待っていたかのように月から幾多もの大型突入カプセルが落着した。アメリカ・ネヴァダ、ロシア・イルクーツク、中国・カシュガル、韓国・京城、ドイツ・ブレーメンのそれぞれに落着したカプセルからは数多の敵性アーキテクト——差別化の為
『ISは対アント戦に投入しても戦力にはならない』
絶対数の限られるISを最悪失う事など、ISによって旨味を得ている国の上層部と女性権利団体が許す事などなく、情報統制がアントの基地を有する国でなされた。九割以上が制圧されてしまった朝鮮半島の実情を隠蔽するべく、国連軍は『オペレーション・アヴェンジャー』を発令、当時開発された[SA-16 スティレット]及び[三二式一型 轟雷]の四個連隊と二個機甲師団、多数の爆撃機部隊を投入する事により五割近い被害を出しながらも制圧に成功、以降中国軍が統治することとなった。
しかし、この作戦の結果でさえ女尊男卑の世界では、IS至上主義の世界では表舞台に出ることはなく、いつしかその功労者であるFAもISに似た何かとして、『
そして、皮肉にも当初の人口問題は戦争が起きたせいで数を減らしていったことで解決してしまった。
最初の地球降下から二年余りが過ぎた今、未だ人類はアントとの戦争を続けている——。
◇◇◇
(また、仲間が先に逝っちゃった…………)
戦闘後、頭部保護バイザーを解除した私はそう思った。同じ部隊にいない人とはいえ、同じ基地で一緒に働いていた仲間だ。なんとも思わないなんて事はない。悔しいし、何より彼の命を、日常を奪っていった奴らを許すことなんてできない。とはいえ、奇跡的に遺体は原型をとどめていた事だけがせめてもの救いかな…………アントとの戦いじゃ遺体が原型を止めることなんてほとんどないからね。遺体袋に入れられた彼の姿と回収されていく彼の轟雷の姿を脇目にして、私はハンガーへと向かった。
『グランドスラム04、どうかしたか?』
「…………いえ、私は平気です。少し休憩を取ってしまいました。すぐにハンガーに向かいます」
『そうか…………ああ、帰還するのはゆっくりでも構わないからな』
「…………申し訳ありません、大尉」
『気にするなよ。隊長職なら部下の心配をするのも仕事の一つってな!』
そう言って少し落ち込んでいた私を隊長はいつも通りの豪快さで励ましてくれた。その心遣いは嬉しかったけど…………やはり、仲間を失ったっていう事実を受け入れるまでまだ時間がかかりそう。今朝まで一緒に喋っていた人が、夕方には消えているなんてこのご時世よくあることなのに…………悲観的にならなきゃもっと辛い世界だってのに。
(でも、こんな風に落ち込んでたら、怒られちゃうか…………)
いつまでも死んだ仲間のことで嘆くな、名前だけ覚えておいてくれたらいい…………そんな風にいつも怒られちゃっていた。嘆いていたら、彼らがした事はただの無駄死にになるって隊長に教えられたから、嘆く事はなくなったけどね。ただ、それでも足取りが重かったのは、多分
◇
「グランドスラム04、ただいま帰投しました…………」
「おう、お疲れさん。ほら、さっさと機体を解除して飯食いに行くぞ」
ハンガーに戻った私を待っていたのは隊長である葦原浩二大尉だった。他の皆は既に機体を解除して基地内のPXに行っているようだ。それにしても…………やっぱり少なからず部隊のみんなも機体にダメージを受けていた。核となっているフレームアーキテクトがむき出しになってしまっているもの、装甲表面が少し融けているもの、主砲を斬られたもの…………見ているとやはり心が痛くなる。後方支援機である私は自然とあまりダメージが来ない。危険はあることに変わりはないけど、部隊のみんなと比べたら明らかにリスクは低い。なのに部隊の誰もが私の事を責めないのは…………みんなが優しいからなんだと思う。だから、せめてでもみんなの力になるように頑張らないと…………。
「ん? どうかしたのか?」
「い、いえ! なんでもありません!」
「お、そうか。それじゃとりあえず飯にするぞ」
「は、はい!」
機体を解除した私は大尉の後を追ってPXへと向かった。結局のところ、私は大尉に助けられてばっかりなんだ、と実感するのだった。
◇
とりあえずPXに来たのはいいけど…………
(なんで、大尉はそんなに食べられるんですか!?)
正面に座る大尉が持ってきた唐揚げ定食の量に、見ているだけでお腹いっぱいになり始めていた。言っておくが私は別にダイエットとかしているわけじゃない。ここで働いている以上、脂肪より筋肉のほうが付くからその心配はいらない。ただ単に私が小食なだけだ。
「…………大尉、いつも思うんですけどそれって小食な私に対する嫌がらせですか?」
「ん? 確かにお前は小食だよな…………むしろ、それだけで足りるのか?」
「私にはこれだけあれば十分ですよ」
大尉は私が持ってきたカレーの量を見てそう言ったが、流石にこれ以上は食べられそうにないので、ちゃんと言い切る。というか、大尉の方が何かとおかしいんですよ…………周りが疲れきって殆ど食べられてないのに、そんな大食い選手権向けの量を平らげそうなんですか…………。
「けどなぁ…………お前も一応成長期なんだぞ、飯くらいはちゃんと食わねえと背が伸びねえぞ?」
そう言って私の頭から自身の顎下あたりまで水平に手を動かしていく。…………完全にバカにしてますよね、大尉? というか、身長が伸びないの、私がコンプレックスにしてるってわかってやってますよね?
「まぁ、そっちも成長してないから仕方ねえか」
「大尉、それは流石にセクハラ」
「おっと、あぶね。もう少しで憲兵に捕まるところだったぜ」
またもや豪快に笑い飛ばす大尉にジト目で抗議をするが全然相手にされない。というか、大尉、ずっと思ってるんですけど、私の事を子供扱いしてますよね? 確かにまだ未成年ですけど…………さっきのセクハラまがいの事だって、そんなに歳の離れた相手にするものじゃないですよ…………なんだろ、自分で言ってるうちに甘口のカレーが塩っぱく感じてきた。
「…………そのまま詰所で反省してきてくださいよ」
「え、やだ。俺にあんなマッチョ共と一夜を共にする趣味はない」
いや、あったらあったでそれは大問題じゃないですか…………。しかし、そんな詰所にいる憲兵の人達だけど、何故か私には優しい。まだ何も悪いことはしてないからだと思うけど、たまにお菓子をくれることもあるんだよね。なんでなんだろ?
「あ、そういえばお前にこれ渡しとけって言われてるんだった。いやー、うっかり忘れてたわ」
「? なんですか、この書類?」
「明日お前に支給される武器の一覧だとさ。それで、飯食ってからでいいから司令室に来いって言ってたぞ」
「それうっかり忘れていいことじゃないですよね!?」
相変わらず大尉に振り回される自分。もうどうしたらいいの、この人…………。とりあえず、書類を見てみよう。えーと、支給される武装はリボルビングバスターキャノンか…………って、これって対拠点攻撃用の武器ですよね!? 海上拠点の制圧でもするんですか!? 全くもってなんでこんなものが私に支給されるのかわからないよ…………。
「まーまー、後でプリン奢ってやるから許せよ。って事で頑張れ、紅城中尉」
そう言ってさらっと私を子供扱いして大尉は席を立った。…………もしかして、一大反抗作戦でもするのだろうか? というかそれよりもなんで司令室に呼ばれたんだろう? 残りのちょっと冷めたカレーを口に運びながら、その理由を考えていたのだが全然思いつかなかったのだった。
◇
「失礼します。紅城中尉、ただいま参りました」
「そんな硬くならなくていいぞ、中尉。紅茶か何か出そう。少し肩の力を抜いても構わん」
司令室に入ると、ここの基地司令をしている武岡榮治中将がそう言ってきた。いやいや、ただの士官が中将の手を煩わせるわけにはいかないじゃないですか。というか、そんなことをしたら上官不敬罪で即クビでしょ。え? 葦原大尉? ああ、あの人はいつもあんな感じだから大丈夫…………だと思う。
「い、いえ。大丈夫です」
「私が構わないと言っているんだ。少しは楽にしろ。ついでだ、何か菓子も用意してやろう。おい、今すぐ調達に行ってこい」
「サーイエッサー!」
そう言って司令の横に控えていた秘書(多分階級は特務中尉)が司令室を後にしていった。…………な、なんだかすみません。
「で、では、お言葉に甘えさせていただきます」
「うむ。少し待っていてくれ」
私がソファに座っている間、司令は奥の給湯室らしきところへと向かって、お湯を沸かしに行った。…………てか、司令にもてなされる中尉ってなんなの? 毎回毎回呼び出されるたびにこんなことになっているんだけど、なんでなの? この基地で暮らすようになって一年近く経つけど、未だにその理由がわからない。
(というか、私が素直に従ったらやけに司令、ご機嫌そうだよね…………昼間あんなことがあったというのに…………)
多分司令は割り切っているんじゃないのかな…………でも、一番辛い思いをしているのは司令だと思っている。まぁ、そんな事私にはまだよくわからないけどね。
「ほら、紅茶が入った。熱いから気をつけるんだぞ」
「あ、ありがとうございます」
紅茶を淹れ終わった司令はちょうど私の真向かいに座ると、そのまま紅茶を飲み始めた。別にそれは悪くはないと思うんだけど…………こっちが緊張して仕方ない。体が自然と縮こまってしまっていた。
「ん? 飲まないのか?」
「い、いえ。いただきます」
ちょっと熱めの紅茶をちびちびと飲む。熱いものは少し苦手だ。だから自然とこうなるのも仕方のない事なのだ。
「司令! なんとかカステラだけは買う事ができました!」
「よくやった。こちらの案件が済み次第呼び出す。それまでは休息を取るといい」
「感謝の極み! では、失礼致します!」
さっきの秘書がどうやらカステラを買ってきたそうだ。その証拠に目の前にはそれが入っていると思われる箱が置いてある。そして、いつの間にか司令が皿とフォークを用意していた。
「どうだ、一つ食べていかないか? どうも特務中尉は基地の外から買ってきたようだからな。PXのものより美味いぞ」
「本当にいいのでしょうか…………?」
「私がいいと言っている。別に上官不敬罪などは気にしなくて構わん。ほら」
「…………すみません。ありがとうございます」
そう言ってカステラの乗った皿を受け取り、食べる私。た、確かにこれはPXのものよりはるかに美味しい。多分、秘書の人が買いに行ったお店って、この基地から結構離れたところにある洋菓子店じゃないかな…………? 一体どうやってこの短時間に戻ってこれたんだろ?
「…………フフッ、君の事を見ているとまるで孫を見ているかのような気分だよ」
「!?」
突然のカミングアウトに思わずカステラが喉に詰まりそうになった。急いで紅茶を飲んでなんとか助かったけど、その様子を見ていた司令の顔はどこか穏やかそうなものだった。
「い、いきなり何を言い出すのですか!?」
「君はこの基地で最年少だからな。ついつい甘やかしたくなってしまうのだよ…………志願とはいえ君のような子供にまで戦わせるなど、いつも出撃を命じる度に胸が苦しくなるものだ。だからこれは、私からのほんの気持ちだ」
司令の言葉に、私も思わず胸が苦しくなるような気分になった。確かに私は志願してここにいる。志願年齢引き下げにより十三歳からでも日本国防衛軍に入隊する事ができるようになったから、お姉ちゃんと弟を助けるためにここにいる。自分から望んできたにもかかわらず、司令はそんな風に思っていたなんて…………知る由がなかったとはいえ、そんな事を聞いたのは初めてだ。
「さて、と。一度任務の話をしよう」
その言葉とともに司令の纏う雰囲気が変わった。そう、これは戦闘時に全部隊の指揮をとるときの雰囲気に近い。それだけ重要な事なのだろう。私も気を引き締めて、心して聞こうと姿勢を正した。
「君には明日の午後、ドイツへと向かってもらう事になった。装備に関しては、貴官の搭乗する三八式一型と今回支給された武装。その他に必要なものがあれば現地の部隊に言えば応じてくれるそうだ。質問はあるか?」
「えっと…………これは中隊としてではないんですか?」
気になったのはなぜ一人だけなのかという事だ。普通部隊で移動とかじゃないの? 確かにここ千葉県館山市にある館山基地は日本における対アント戦の最前線基地だから、私の所属している第十一支援砲撃中隊、通称グランドスラム中隊はそう簡単に動かせるとは思ってないけど、かと言って舞台から欠員を出すような事をするのだろうか?
「その通りだ。しかもこれは最重要案件のようでな、私も詳細はわからん。国連軍総司令部からの命令だ、おそらく特殊任務だろう…………何やら嫌な予感がしないでもないが、健闘を祈るよ」
私はその場に立ち上がり、司令に向かって敬礼をした。
「任務承知致しました。必ず任務を遂行し、ここに無事に帰還します」
「ああ、頼んだぞ。紅城一夏中尉」
◇
(嘘でしょおぉぉぉぉっ!?)
司令室を後にし、自分の部屋へと戻る途中、頭の中で司令から言われた事を反芻するように頭の中で再生していた。待って待って、なんで私が指名されたの!? 他にもっと適任者がいるはずでしょ!? …………なんでこうなったのか少しくらい教えてよ、国連軍総司令部…………急にドイツに飛んでなんて言われても心の準備とか全然できてないよ。中隊のみんなにもしばらく抜けるって言わないといけないし…………あと持っていく荷物とかも纏めなきゃいけないし…………。
「はぁぁぁ…………」
これからしなきゃいけない事が多すぎて、ついため息が漏れてしまった。もう本当にどうしたらいいの?
「あれ、一夏じゃん。どうしたの、ため息なんかついて」
「お前らしくない、と言ったら少し変になるか?」
「あ、悠希、それに昭弘も…………」
そんなため息をついている私の元に二人がやってきた。私と同じくらいの身長の方が三河悠希、所属は私と同じ第十一支援砲撃中隊で階級は少尉。一方の筋肉の塊みたいな方は古地昭弘、第五遊撃中隊所属で階級は少尉。普通なら二人は私に敬語を使うところだけど、年も近いし別に階級が下とか上とか私には関係ないから、二人にもタメ口で話していいよって言ってある。まぁ、私の方が一歳ほど年下なんだけどね。
「二人は今筋トレ帰り?」
「まぁ、ここでできる唯一無二の俺の趣味だからな」
「俺はその趣味に付き合ってきたんだよ。で、一夏は何してたの?」
「ちょっと司令に呼ばれて、その帰り…………」
「そのため息と関係ありそうだな」
そう言って昭弘は私の目をその力強い目で見てくる。やっぱり昭弘にはわかっちゃうか…………それに悠希も何考えているかわからない顔してるけど、多分気付いているんだろうね。
「うん…………実は明日の午後からちょっと中隊を離れるんだ…………」
「転属?」
「ううん、出張みたいなものかな? でも、ちゃんと帰ってくるからね」
「そうか。身体には気をつけておけよ」
「うん、ありがと…………」
「それじゃ、俺たちはこの辺で」
そう言って二人は自分たちの部屋へと向かっていった。二人にはなんともないって言ったけど、実際問題が山積みだよ…………まず大尉にこの事を伝えておかないと。
「おお、青春してるね〜、嬢ちゃん」
「…………見てたんですか、大尉」
廊下の角の陰からひょっこりと顔を出す大尉の姿が見えた。あの顔のニヤけっぷりからしたら…………絶対最初から最後まで見てたに違いない。上官なんだけど、ものすごく演習でぶっ飛ばしてやりたい気持ちになった。
「いーや、偶然だ偶然。それよりほれ、約束の品物だ」
そう言って大尉は私にビニール袋を渡してきた。中に入っていたのはコンビニとかで見かけるプリンである。まさか、本当に一方的な約束だったけど買ってきてくれたんだ…………。
「まぁ、突然の出撃があったとはいえ、お前に通達するのが遅れたのは変わりないからなぁ。一応、それで許してちょ」
私に向かって謝ってくる大尉の姿は、まるで娘に怒られた父親みたいな感じに見えた。まぁ、ドラマとかでしか見たことないから私もなんとも言えないんだけどね。
「別に怒ってなかったから構いませんよ。それよりもありがとうございます、大尉」
「ほっ…………それならよかった。それで、司令とどんな話をしてきたんだ?」
「えっと、その…………明日の午後にドイツへと向かうことになりました」
「話の脈絡飛びすぎじゃない、紅城中尉!?」
飛びすぎというか、まともに話せるのこのへんくらいなんですよ…………他は最重要案件としてまだ教えてもらってないんですし。
「そんなわけで、しばらく中隊からは離れることになります」
「そうか…………そんじゃ、万が一の時に備えて、こっちは再編をしておくから、お前は気にせず仕事をしてこいよ」
「わかってますって。では、失礼します」
「おう。それと、今日は早く寝ておけ。ウキウキ気分で寝てなかったら、明日が辛いぞ〜」
「遠足じゃないし、私はそこまで子供じゃないです!!」
「あと、できれば向こうのパツ金ねーちゃんの写真とか——」
「一回詰所に行ってきてください!!」
完全に大尉の変態丸出しじゃん! というかそもそもでこれ出張で、もしかすると現地で戦闘する可能性も否定できないんですよ! むしろ不安すぎて眠れないかもしれない。そう考えたらより一層深いため息が出てしまったのだった。
この時、このドイツへの出向がまさかあんな事になるとは全く予想だにしていなかったのだった。
あと、大尉。コンビニのプリン、美味しかったです。
感想とか待ってます。
それと活動報告でアンケートを行います。そちらの方もよろしくお願いします。